シューマン 交響曲全集 ~名盤~
シューマンの音楽の魅力と言えば、後期ロマン派のような派手さの無い、本当に浪漫的な佇まいの中に幸福感だけでなく、焦燥感や孤独感などが混然一体となった音楽であることだと思っています。「渾然一体」というのは大事な点で、それが音そのものにも言えるからです。ですので北でも南でもないドイツ中部の響きこそがシューマンに最もしっくり来ます。
フランツ・コンヴィチュニー指揮ライプチヒ・ゲヴァントハウス管(1960年録音/Berlin Classics) ゲヴァントハウスの管楽器と弦楽器とが美しく一体化した音は正に伝統的なドイツの響きで、特にこの当時の古風な音は大きな魅力です。コンヴィチュニーの指揮も全体的にゆったりとしたテンポで少しもせせこましさを感じさせない堂々と立派な構えが、いかにもドイツの頑固親父を想わせるカぺルマイスターぶりです。4番などはロマンティックな雰囲気にやや不足する気はしますが、どの曲にも深い味わいが有ります。録音は古くなりましたが年代的には優れます。
ラファエル・クーベリック指揮ベルリン・フィル(1964年録音/グラモフォン盤) クーベリックの一度目の全集です。当時のベルリンPOの暗く重いドイツ的な音色と高い合奏能力、それに管楽器の個々の上手さが大変魅力です。ただし全体的にクーベリックの解釈には後述するバイエルン放送響との二度目の録音ほどの円熟味は有りません。従って全集としてはバイエルン放送盤を取りたいです。曲毎では2番、4番辺りが優れると思います。録音は古くは成りましたが悪くは無いです。
ウォルフガング・サヴァリッシュ指揮シュターツカぺレ・ドレスデン(1972年録音/EMI盤) シュターツカペレ・ドレスデンの全盛期の音は特別です。柔らかく厚みが有り、いぶし銀の響きが最高だからです。サヴァリッシュの指揮はテンポ感が非常に良く、生命力と重厚さが両立していて中でも3番の演奏が特に優れています。健康的な明るさは1番でも生かされていますが、4番ではややマイナスに働いています。EMIと東独エテルナとの共同制作だった為に響きの素晴らしさを捉えた名録音で、アナログ盤では最高でしたがCDではその魅力が充分に伝わるとは言い難いのが残念です。
クルト・マズア指揮ライプチヒ・ゲヴァントハウス管(1973年録音/シャルプラッテン盤) コンヴィチュニーからゲヴァントハウスの音楽監督を引き継いだマズアは”生真面目”な指揮者ですが、大抵の演奏はテンポも表情も変えることなく曲を進めるのに退屈してしまいます。この全集でもその印象はそのままなのですが、4曲の中では第2番、第4番が比較的楽しめます。ゲヴァントハウスの古風でいて堅牢なドイツ的な響きはとても魅力です。録音は年代相応と言う感じです。
ズービン・メータ指揮ウィーン・フィル(1976-81年録音/DECCA盤) 録音当時のメータは本当に勢いに乗っていました。どの曲でも生き生きとして切れの良いリズムによる躍動感が素晴らしく、旋律のしなやかな歌わせ方も抜群です。ウィーン・フィルは弦楽も管楽もその上手さに加えて音がとにかく美しく、トゥッティでは透明感が有りながらも薄さは無く、極上の響きを味わえます。それにはDECCAの優れた録音も大きく貢献しています。全体としては暗さよりも明るさが勝る印象の為、曲毎では1番、3番辺りが特に優れていると思います。
ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送響(1979年録音/SONY盤) クーベリックは上述の1960年代初めのベルリン・フィルとの旧録音(DG盤)にも良さが有りますが、個人的には解釈がより熟したこのニ度目の録音の方を好みます。1番や4番などでは全ての部分がベストの出来映えとは言えませんが、どの曲も総じて優れた演奏だと思います。オーケストラの優秀さも言うまでも有りません。ほの暗いロマンの香りやシューマネスクな味も良く出ています。さほど近代的ではない、ふくよかで柔らかい南独的な音色もそれはそれで楽曲に適しています。比較的地味ですが良い全集です。
ベルナルト・ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管(1981-84年録音/フィリップス盤) どの曲でもハイティンクらしい自然体で地味な指揮ぶりですが、元々地味で誠実、効果を狙うようなところのないシューマンの音楽には適しています。作品にしっかりとした重みを与えて、繰り返し聴くほどに味わいが滲み出て来ます。4曲ともムラの無い仕上がりです。何と言っても名門コンセルトヘボウの演奏の上手さと音色が素晴らしく、魅力的なシューマンの響きはSKドレスデンと並び立ちます。所有するのはDECCAからの再リリース全集ですが、フィリップスらしく柔らかく厚みの有る優れた録音です。
レナード・バーンスタイン指揮ウィーン・フィル(1984-85年録音/グラモフォン盤) ライブ録音による全集盤なので、どの演奏にもレニーらしい高揚感が感じられます。1番は緩急とディナーミクの幅が大きく、造形感がやや失われた感も有りますが、濃厚なロマンティックさや表情の多彩な変化が楽しめます。2番はレニーが好んで演奏しただけあり、非常に説得力と聴き応えを感じます。3番、4番も重々しさと彫の深さが有り、ウィーン・フィルの音の魅力も大きく貢献していて素晴らしい全集です。録音も優れます。
ハンス・フォンク指揮ケルン放送響(1992年録音/EMI盤) ケルンの大聖堂に象徴されるように、この古都の楽団の暗めの響きはいかにもドイツ的で、シューマンにはとても適しています。もちろんアンサンブルも優れます。フォンクは何度か難病を乗り越えて活動して来た人なので、指揮ぶりも誠実極まりなく、姑息な演奏効果を狙ったりせずに全体をゆったりと陰影を生かした表現で仕上げているのが素晴らしいです。地味な存在ですが、録音も優れますし強くお勧め出来る全集盤です。
ジョゼッぺ・シノーポリ指揮シュターツカぺレ・ドレスデン(1992-93年録音/グラモフォン盤) やはりSKドレスデンのシューマンの古雅な響きは魅力的です。となると、どうしてもサヴァリッシュ盤との比較となりますが、速めのテンポでキレ良く躍動感に溢れるサヴァリッシュに対して、シノーポリの方が幾らかゆったり気味でスケール感が有り、堂々とした印象です。管楽器などのソロの質の高さではサヴァリッシュの録音時のメンバーの方が上なのですが、録音の質の差というよりもリマスターの結果としてシノーポリ盤の方がCDの音は圧倒的に優れます。
リッカルド・ムーティ指揮ウィーン・フィル(1993-95年録音/フィリップス盤) 同じウィーン・フィルの演奏でもフィリップスによる録音の為か、メータのDECCA盤、レニーのDG盤よりもずっと柔らかく地味な響きに感じられます。シューマンとしてはこの方が「らしい」かもしれません。全体的には幾らか速めのテンポで流れてゆきますが、極端なほどではありません。この人がイタリアものを演奏する時とは完全に違うのはやはりウィーンで勉強した影響もあるのでしょうか。各曲の楽章ごとに出来栄えに幾らか凸凹があるものの、トータルでは優れます。
クリストフ・エッシェンバッハ指揮北ドイツ放送響(1998-99年録音/RCA盤) 北ドイツ放送響の実際の生音は、ずっしりと厚みの有る暗い響きでいかにも北ドイツ的です。それがシューマンの音楽にはよく適します。エッシェンバッハもまた現代では珍しいくらいに暗い情念を持つ人で同質性を感じます。演奏には1番の1楽章のように速いテンポで幾らか肩透かしをくらった印象を受ける場合も有りますが、2番の様に暗い響きと沈滞した雰囲気が音楽にぴったりの曲も有ります。全体としてはユニークでいてシューマンの本質を突いた優れた全集だと思います。
ダニエル・バレンボイム指揮シュターツカペレ・ベルリン(2003年録音/テルデック盤)バレンボイムは1970年代にシカゴ響と、2021年にはSKベルリンと全曲録音を行っていますが、これはその中間の二度目の録音です。最も充実していた時代の演奏なので、全体は活力が有り恰幅の良さが魅力的です。どの曲でもゆったりと管弦楽のほの暗く厚みの有るドイツ的な響きを生かして何とも魅力的です。管楽器と弦楽器の溶け合い具合が素晴らしく、シューマンの音として秀逸です。この響きを守れたこともバレンボイムの名門歌劇場での長期政権が揺るがなかった理由の一つでしょう。録音も優れます。
クリスティアン・ティーレマン指揮シュターツカぺレ・ドレスデン(2018年録音/SONY盤) 来日した際にサントリーホールで行われた全交響曲チクルスのライブ録音です。どの曲もティーレマンらしい遅めのテンポで重量感のある演奏が魅力的ですが、何と言っても管弦楽の響きが魅力です。会場で聴く生音はさぞや素晴らしかったと想像しますし、SONYによる録音は幾らかスッキリとし過ぎであるものの、あのドイツ的なドレスデンサウンドをほぼ忠実に捉えている印象を受けます。曲別では2番、3番の演奏が特に優れると思います。
はて、こうして全集盤を並べてみても、決定盤を絞ることは難しいです。以前ならサヴァリッシュ盤を選びましたが、今と成ってはリマスターの音がマイナスです。そこでドレスデン・サウンドを味わいたいならシノーポリ、ティーレマン盤が優位です。ただし同格かそれ以上の素晴らしさはハイティンク/コンセルトヘボウ盤です。
しかし結局は各曲のお気に入りをその時の気分に応じて聴くのが一番かと。なんだ、全集盤の比較の意味が無い??
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