ブラームス(室内楽曲)

2017年2月 2日 (木)

ブラームス 弦楽六重奏曲第1番&第2番 ~隠れ名盤~ ルッツ・レスコヴィッツ、エミール・クライン他

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オーストリアのザルツブルク出身のヴァイオリニスト、ルッツ・レスコヴィッツ氏の存在を知ったのは一昨年の秋のことでした。氏の生演奏を聴いたヴァイオリン好きの友人が感激してその話をしてくれたからです。

その後、実際に自分も演奏を聴ける機会が有りました。友人の話に違わずそれは素晴らしい演奏でした。

レスコヴィッツ氏をご存知の方は少ないと思います。何故なら氏はエージェントを使わずに、小規模のコンサートを各地で開いているからです。聞くところでは氏は必ずしも大勢の客を好むわけでは無く、本当に自分の演奏を聴きたい客にたとえ人数は少なくても演奏を身近に聴いて貰う方が良いという考えなのだそうです。

今では本場でも希少となりつつある伝統的なウイーンの演奏法を伝承する目的で世界を旅するルッツさんは、まるで音楽の伝道師のようではありませんか。

レスコヴィッツ氏のキャリアを読んで頂くとどれほど凄い演奏家なのかがお分かりになると思いますが、とりわけ名ピアニストのイエルク・デームス氏と50年もの間、デュオを組んだことは特筆されると思います。

過去には協奏曲の録音もされたようですが、残念なことに現在入手できるCDはごく限られています。そんな中で見つけたのが「ブラームス 弦楽六重奏曲第1番&第2番」です。

Luz_brahms_sextet_front       (1995年録音/ARTE NOVA CRASSICS盤)

これはARTE NOVAから発売されたディスクです。
第1ヴァイオリンのルッツ・レスコヴィッツ氏と第1チェロのエミール・クラインが演奏全体をリードしている印象ですが、他の4人の奏者も知名度は低いながら、いずれも実力者ばかりです。

演奏は一言で”極めて美しい”です。第1番ではパブロ・カザルス達の録音に代表されるような、激しく、まるで慟哭するような演奏が有りますが、それとは正反対です。このブラームスの青春の息吹を心の奥底に染み入るような実に柔らかい歌い方で聴かせてくれます。この曲は前半の第1楽章と第2楽章が非常に充実しているので、どうも頭でっかちのような印象を受けてしまいがちです。ところが彼らの演奏で終楽章を聴いてみると、何ともゆったりとしたウイーン的な魅力に溢れ、すこぶる充実して聞こえます。もちろん前半の1、2楽章の演奏も素晴らしく、全体のバランスが凄く良いのです。レスコヴィッツ氏のヴァイオリンは誇張や恣意的な表現を排除して大変美しく、この名曲に独特の輝きを与えています。

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もし貴方がブラームジアーナーであれば、第1番の感想を読まれれば、第2番の演奏がそれ以上に曲に向いていることは楽に想像出来ると思います。「アガーテ」と呼ばれるこの曲には大げさな演奏は似合いません。レスコヴィッツ氏とエミール・クラインがリードする演奏には、恋人への思い、優しさが溢れ出ています。元々第2番もとても好きでしたが、この演奏で聴くと人気の高い第1番に肩を並べる名曲であることに気づきます。過去のウイーン・コンツェルトハウスQやアマデウスQなどの演奏をすっかり忘れさせるほどに素晴らしい内容です。

残念なことに、これほど素晴らしいCDなのに現在は廃盤となっています。中古もしくは海外のAmazonなどで探されるしかありません。

☆ 2017.3.11.演奏会情報(東京都目黒区洗足)
 
ルッツ・レスコヴィッツ ヴァイオリン・リサイタル

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2016年2月27日 (土)

千住真理子×仲道郁代 ブラームス:バイオリン・ソナタ全曲コンサート

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ブラームスの書いたバイオリン・ソナタは3曲だけですが、どれも傑作なのでこれらを同時に演奏するとなれば誰の演奏でも聴きに行きたくなります。しかもそれがファンの仲道郁代と千住真理子とあれば尚更です。

その二人のDUOコンサートが銀座のヤマハホールで開かれました。
舞台の上のお二人から話を聞くまでは知らなかったのですが、お二人のDUOコンサートというのは今回が初めてなのだそうです。確かに意外でした。チェロの長谷川陽子を加えたトリオでよく演奏しているからでしょうね。

さて、舞台に登場したお二人は相変わらず素敵でした。今日の席は前から二列目のやや左寄り。お二人を目の当たりに見るのには絶好の位置です。

でも、いくらファンだといっても、それで「演奏が良かった」などと書いては演奏家に失礼というものです。AKBではありません。

今日の演奏の合間のお二人のショート・トークのときに、千住さんが「若い頃、江藤俊哉先生から『この曲はロールスロイスが40kmで走るようなものだ』と聞いたことがありました。」と話していました。

確かにわからない例えではありません。それで言えば今日の演奏は40kmというより60kmぐらいの印象だったでしょうか。特に千住さんの握るハンドルにはやや力が入り過ぎていたような気がします。第1番や第2番の美しい旋律に「いじらしさ」がまだまだ不足しているように感じられました。それはテクニックの問題では無いと思います。それだけ演奏が難しい曲なのですね。
その点、第3番は情熱で押し切れるような曲想なので、60kmで丁度良かったです。リヒテルとオイストラフの録音などは100kmぐらいで少々速度違反に感じるからです。

お二人は「大変なプログラムですが、今日この時の私たちの演奏を聴いて下さい。」とも話していました。今日の演奏の印象は書いた通りですが、10年後にもまた3曲の演奏を聴けるとどんな印象を受けるか楽しみです。

今日は他に「F.A.E.ソナタ」とアンコールで「(ブラームスの)ワルツ」を演奏してくれました。ブラームスファンとしては大満足です。

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2014年12月27日 (土)

ブラームス 室内楽曲集 ハンガリー弦楽四重奏団の名盤

Mi0001046430ブラームス 室内楽曲集 ハンガリー弦楽四重奏団/ジェルジー・ショルチャニー(Pf)/デイヴィッド・グレイザー(Cl)(1968年録音/EMI盤)

今年新しく入手したブラームスの室内楽CDは僅かに一つだけでした。まぁ「ダメよ、ダメダメ~」と言わないでつかぁさい。(←マッサン風広島弁)

ハンガリーの往年の名カルテット、ハンガリー弦楽四重奏団の2枚組のCDで、弦楽四重奏曲第1番と第2番、ピアノ五重奏曲、クラリネット五重奏曲という4曲が収められています。少々古い録音ではありますが、これは結構気に入っています。

ハンガリー弦楽四重奏団は名ヴァイオリニスト、シャーンドル・ヴェーグによって1935年に結成されましたが、セーケイ・ゾルターン加入後に拠点をハンガリーから移すこととなったためにヴェーグは退団して、ゾルターンをリーダーとして戦後は主にアメリカで活動を行いました。ブダペスト四重奏団、ヴェーグ四重奏団と並ぶハンガリーの輩出した往年の名カルテットです。

Szekely_zoltan           セーケイ・ゾルターン

ブダペスト四重奏団のメンバーは実はロシア生まれで、ドイツで研鑽、ハンガリーで入団と、ヨーロッパをカバーする経歴を持つのに対して、ハンガリー四重奏団のメンバーはあくまで生粋のハンガリー生まれなので、演奏のスタイルが幾らか異なります。ハンガリーのジプシー音楽の要素を少なからず持っているブラームスの曲にとっては、このローカルな味付けはプラスに感じられます。かといって情緒綿々として造形感が損なわれているような演奏では決してありません。メンバーの持つ技術は秀れていますし、古典的な造形性をしっかりと保有しています。要するに古典的な造形性を保持しながらも、ハンガリーの民族的な雰囲気をそこはかとなく持ち合わせた演奏スタイルだという印象です。また、ハンガリー出身の弦楽器奏者たちが持っている、悲哀が感じられる暗めの音色はブラームスの曲にはうってつけです。

もっともハンガリー四重奏団は、表現力と音楽の大きさでブダペスト四重奏団の後塵を拝し、綿々とした情緒表現の深さではヴェーグ四重奏団に及ばないという、両団体の中間に位置するような立ち位置が、彼らの印象をやや弱めている点は否定できません。ベートーヴェン演奏でもそうでしたが、このブラームスの演奏でも同様に感じられます。そう理解したうえで聴いてみれば、これは中々に味わいの有る演奏だと思います。ピアノ五重奏曲とクラリネット五重奏曲のテンポ設定は速過ぎも遅過ぎもしない中庸ですが、後者の終楽章などでは各変奏をゆっくりと後ろ髪を引かれるように情緒一杯に演奏しています。弦楽四重奏曲においても平均より遅めの速さでじっくりと歌わせています。これは中々に効果的だと感じました。

ちなみに共演者のピアニストは同郷のハンガリー生まれのジェルジー・ショルチャニーで、クラリネット奏者はアメリカ人のデイヴィッド・グレイザーです。2人ともテクニック的には申し分が無いですし、ハンガリー四重奏団と織成している緊密でバランスの良いアンサンブルは特筆ものです。

録音についてはEMI録音ですので、大きな期待は出来ませんが、このフランスEMI盤は決して悪くは無いと思います。

このCDは必聴盤として何が何でもお勧めするほどでは無いものの、ブラームスの室内楽が好きで色々と聴かれたい方にとってはとても愉しめるディスクの一つであると思います。

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2013年11月14日 (木)

ブラームス/ヨアヒム編曲 「ハンガリア舞曲集」 ~ジプシー・ヴァイオリン~

Remenyi_and_j_brahmsエドゥアルト・レメーニ(左)とヨハネス・ブラームス(右)

クラシックをほとんど聴かない人にも知られている「ハンガリア舞曲集」は、ブラームスによる『編曲集』ですね。ブラームスが青春時代に交友を持ち、一緒に演奏旅行に出かけたハンガリー出身のヴァイオリニスト、エドゥアルト・レメーニから教えられたジプシー音楽に興味を持ったブラームスが、色々な旅先でメロディを採譜して、それをピアノ連弾用に編曲したのが「ハンガリア舞曲集」です。この曲集は大ヒットとなり、それを知ったレメーニはブラームスを訴えましたが、ブラームスは楽譜を「作曲」ではなく「編曲」としていたので、この訴えは退けられました。

ちなみに、このレメーニは、1886年に世界一周の演奏旅行を行なったときに日本にも来て、何回か演奏会を開いています。それは明治天皇の御前演奏会や鹿鳴館、さらに神戸や横浜での演奏会です。

この曲集はピアノ連弾版を基に、ブラームス自身をはじめ、何人かの作曲家の手で管弦楽用に編曲をされました。この曲集はコンサートのアンコール用として大変にポピュラーな存在です。もちろんピアノ連弾版も広く親しまれています。

更には、ブラームスの友人でもあるヴァイオリニストのヨゼフ・ヨアヒムの手によってヴァイオリンとピアノ用に編曲されています。ヨアヒムはハンガリー出身の大ヴァイオリニストですが、この人をブラームスに紹介したのもレメーニでした。

最初にブラームスにジプシー音楽を教えたレメーニは、当然ヴァイオリンで演奏をしたことでしょう。また、多くのジプシー達が街で演奏をしていた楽器はヴァイオリンか、小規模なアンサンブルであったと考えられます。そうしてみると、この音楽の原点はピアノ連弾でもオーケストラでも無く、実はヴァイオリンであるような気がします。ところが、『ブラームスのハンガリア舞曲集』としては、ヴァイオリン版はそれほどポピュラーではありません。CDを入手しようとしても、録音の数は多く有りません。そんな中で、これはと思って選んだのがナクソス盤です。

8_553026マラト・ビゼンガリエフ(Vn)、ジョン・レナハン(Pf)(1994年録音/ナクソス盤)

ビゼンガリエフというヴァイオリニストは1962年生まれのカザフスタン人です。カザフスタンは旧ソ連でしたが、中央アジアに位置して古くはモンゴルと同じ遊牧民族でした。カザフの語源である「カザク」とは「放浪の民」を意味します。早い話がジプシーですね。そのカザフスタン生まれの実力派ヴァイオリニストとあれば、期待できそうな気がしました。そしてCDを聴いてみたところ、期待を大きく上回る素晴らしさだったのです。この曲集をヴァイオリン演奏で聴いていると、放浪の民のジプシーたちが、楽器を携えて旅先で演奏をする姿が目に浮かんできます。これこそは、この音楽の原点であろうと思えるほどです。ピアノやオーケストラで聴く曲とは全く違って聞こえるのです。ヴァイオリン技法を駆使した編曲はヨアヒムの手に寄りますが、ヨアヒム自身がハンガリー生まれですし、ブラームスの書いた楽譜よりもむしろ元々のジプシー音楽に近いのではないかと推測されます。

ビゼンガリエフの演奏も本当に素晴らしいです。即興的で変幻自在を極めた弾き方であり、こういう演奏はどんなに上手いオーケストラでも無理でしょう。テクニックと艶のある音色は文句の無い素晴らしさですし、何よりもジプシーの奔放さや哀愁がこぼれるのが最高です。ジョン・レナハンのピアノもヴァイオリンにピタリと合っていて不満は有りません。

というわけで、ピアノ版やオーケストラ版よりも魅力的とすら思えるヨアヒムのヴァイオリン版ですが、このナクソスのCDには全21曲が収録されていて、もちろん録音も優れています。おまけに珍しいヨアヒム自作曲の小品「アンダンティーノ」「ロマンス」まで聴けるというサービスぶりですので、五つ星の大推薦盤です。

ちなみにナクソスのサイトで試聴ができます。さわりを聴くだけで、きっと虜になると思いますよ。

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2013年11月 8日 (金)

ブラームス ヴァイオリン・ソナタ集 ユーディ・メニューインの名盤

”秋のブラームス祭り” 本日の出し物はヴァイオリン・ソナタ集です。この3曲、どれもが深まりゆく秋に聴くのに、とっても相応しい名曲ですね。
そして、登場する演奏家はユーディ・メニューインです。

41yf1812vwlユーディ・メニューイン(Vn)、ルイス・ケントナー(Pf)(1956-57年録音/EMI盤)

ユーディ・メニューインは1916年生れのユダヤ系アメリカ人で、1999年に亡くなりました。この人は不思議なヴァイオリニストでした。幼少の頃には「神童」としてもてはやされて大変な人気を獲得しましたが、彼は早熟の天才であったために曲を楽々と弾きこなせてしまい、多くのコンサートに明け暮れました。そのために、普通であれば若い年齢の時に地道に取り組むべき基礎練習が不足していたそうなのです。結局、その付けが回って、後年になってから技術的な問題が起きて来たという話です。確かに壮年期以降のメニューインを同じ世代のオイストラフやスターン、ミルシュテイン、シェリングらと比べると、ボウイングには滑らかさが不足して音がしばしばカスれますし、フィンガリングも何となくぎくしゃくした印象を受けてしまいます。

僕がメニューインの演奏を最初に聴いたのは学生時代で、フルトヴェングラーと共演したベートーヴェンの協奏曲の録音でしたが、当時の東芝EMIのアナログLP盤の音の悪さも手伝って、全く良さが分かりませんでした。

ところが、随分と後になってウィルヘルム・ケンプと組んだベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ集を聴いたのですが、その演奏の素晴らしさには驚かされました。特徴は少しも変わらないのにです。要するにこの人は、晩年のヨゼフ・シゲティのタイプなのですね。音はカスれ気味で、テクニックはヨレヨレしていても、そこから聞こえてくる音楽には妙に説得力が有って、心に訴えかけてくるという具合です。これはもう理屈では無くて、演奏家の持つパッションが聴き手の心に対してダイレクトに届くということなのでしょう。

それ以来、この人のバッハやブラームス、ベートーヴェンなどの録音を色々と聴いてみましたが、どれもが素晴らしいものでした。そして既に廃盤となっているために中古盤を入手するのに苦労をしていた(というのも、Amazonでは法外な高値で販売されていますので)ブラームスのヴァイオリン・ソナタ集をようやくリーゾナブルな価格で手に入れることが出来ました。これは1956年から1957年にかけてのEMI録音です。ピアノを弾いているのはハンガリー出身のルイス・ケントナーという人で、メニューインとはしばしば共演をしていました。

この録音は、なにせ最初期のステレオ録音ですので優れているとは言えません。けれどもデジタル・リマスターで高音強調に加工されていないのがむしろ良かったように思います。メニューインの音楽に似合った人肌の温もりを感じさせるような音質だからです。それは、とても古い写真のセピア色の雰囲気を連想させます。メニューインの実際の音もこのような音であったのではないでしょうか。この人は日本にも来ていますから、生演奏に接した人に聞いてみたい気がします。

それにしても、メニューインの奏でるブラームスは何とも人間的です。若手でテクニックがバリバリのヴァイオリニストがするような演奏とは最も遠い世界です。こういう演奏が良いと感じるのは、自分が齢をとった証拠なのでしょうが、でも良く考えてみれば僕は学生の頃からシゲティ晩年の枯れた演奏が大好きでしたので、ブラームスと同じ”年齢不詳の青年”だったのかもしれません。

3曲の中では、第1番と第2番の穏やかな曲想は、メニューインに実に適しています。ルイス・ケントナーのピアノもメニューインが組んでいるだけあってピタリとはまっています。深まりゆく秋に聴くブラームスの味わいを心から満喫できます。ああ、こんな音楽を聴いていると、若い頃の恋を思い出してしまいますね・・・。う~ん、詩人になってしまう??

曲想の激しい第3番も意外に(?)素晴らしいです。世評の高いオイストラフ&リヒテルという巨人同士の剛演のような迫力は有りませんが、ブラームス特有の暗い情熱を余すところなく表現しています。しかも生身の人間の等身大の演奏ですので、第2楽章などは何とも心に染み入ります。終楽章での気迫も充分です。

ブラームスのヴァイオリン・ソナタ集では、リファレンスとしては今でもシェリング&ルービンシュタイン盤が最適だと思っています。ただ個人的には、CDが分かれてはいますがシゲティ&ホルショフスキー盤に最も強く惹かれます。最近ではスーク&バドゥラ=スコダの1997年録音盤が録音の優秀なことも含めて非常に気に入っています。このメニューイン&ケントナー盤も音質が古めかしいものの、これから愛聴盤の一角を占めそうです。

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2013年11月 1日 (金)

ブラームス 弦楽六重奏曲第1番&2番 ジュリアード四重奏団のライヴ盤

僕は基本的にはサッカー・ファンなので、プロ野球にはそれほど興味が湧かないのですが、今年の野球は面白いですね。メジャーリーグではボストン・レッドソックスが優勝しましたが、田沢が活躍し、上原が胴上げ投手となりました。直前に、かつてボストンで活躍した小澤征爾さんが二人を激励したのが良かったのかな?

日本シリーズでも、東北楽天ゴールデン・イーグルスと読売ジャイアンツが熱戦を繰り広げていますね。連日テレビで観戦して声援を送っています。東京育ちの自分は一応はジャイアンツ・ファンなのですが、今回ばかりは楽天に肩入れしています。未曽有の大震災が起きて、いまだに元の生活を取り戻せないでいる多くの人を含めて、東北の人たちの大きな励ましに成っていると思うからです。東北に力を!頑張れ!

そんな今年の秋もいよいよ深まってきました。”秋のブラームス祭り”はまだまだ続きます。ということで、今日のお題は、弦楽六重奏曲です。

51mbmz9qbalジュリアード弦楽四重奏団、ワルター・トランプラー(Va)、レスリー・パーナス(Vc:第1番)、バーナード・グリーンハウス(Vc:第2番)(1964-65年録音/Dremi盤)

ジュリアード弦楽四重奏団と言えば、自分が初めてその名前と演奏スタイルを知ったのは吉田秀和さんの著書からでした。確か高校生の頃だったと思います。その著書によれば、『ブダペスト四重奏団の正確無比なアンサンブルを更に研ぎ澄まして、まるで精密機械のような演奏を行う』というような紹介だったと思います。そこで、実際に吉田さんのお薦めのベートーヴェンの中期弦楽四重奏セットを購入して聴いてみたのですが、自分にとっては当時好きだったブッシュ四重奏団やブダペスト四重奏団に比べると、余りにも味気の無い演奏に感じられたので余り好きには成れませんでした。

そのイメージが強かったので、その後も余り積極的に彼らの演奏を聴くことは有りませんでした。ところがそんな彼らのイメージが大きく変わったのは、1990年代に録音された、ブラームスのクラリネット五重奏曲を聴いてからです。この団体で50年もの長い期間、第一ヴァイオリンを弾いてリーダーを務めたロバート・マンの奏でる音楽が、以前とは違って何か非常に大きなものに感じたからです。「これは、まるでヴァイオリンの大巨匠の音楽ではないか!」というようにです。それをきっかけに弦楽四重奏や五重奏を聴きましたが、どれもやはり同じように気宇の大きな音楽でした。更にベートーヴェンの弦楽四重奏曲の二度目の全集録音を聴いてみたところ、ライヴ録音ということもあって、かつての精密機械みたいで味気の無い演奏とは全く異なりました。正確さや緻密さは後退していますが、ここには偉大なベートーヴェンの魂しか感じさせないような真に音楽的な演奏が有ったのです。

ところが、更に改めて、かつての1960年代から70年代にかけて録音された旧全集盤を聴き直してみると、表面的には精密機械のようではあっても、ロバート・マンのロマンティックな資質がそこに見え隠れていることに気付きました。高校生の頃にはとてもそれを聞き取る耳は持っていなかったということですね。

今回ご紹介するCDは、カナダのDremiレーベルからリリースされた、1964年と65年にワシントンの米国議会図書館のホールで行われたライブ録音です。世界有数のこの図書館には室内楽ホールが併設されていて、昔から多くの大物演奏家がコンサートを行っています。かつてはホールのレジデンス・カルテットとして、ブダペスト四重奏団が担当をしていましたが、その後を引き継いだのがジュリアード四重奏団です。それは正に、ニ十世紀の最も偉大なカルテットのバトン・タッチだとも言えるのかもしれません。

何しろ、彼らはこの二曲のスタジオ録音は一度も行っていません。それを聴けるというのは大変に貴重です。もちろん六重奏ですので、ジュリアードSQの四人に加えて、ヴィオラとチェロが一人づつ加わります。ヴィオラには名手として有名なワルター・トランプラーが、そしてチェロにも名手レスリー・パーナスが第1番に、バーナード・グリーンハウスが第2番に参加しています。

演奏を聴いてみると非常に興味深いものでした。1960年代当時の彼らはスタジオ録音では、あれほどまでに機能的に研ぎ澄まされた演奏を行なっていましたが、それよりも晩年の演奏に近いようなロマンティックな情緒を感じさせます。とは言っても、精度が高く、ダイナミックで切れ味の良いスタイルは、やはりジュリアードSQです。全盛期の機能性と晩年の情緒性の両方を兼ね備えた演奏は、ライヴのせいかもしれません。どの団体も実演では、自然な高揚感に溢れる演奏を行う傾向にありますので。

第1番には、パブロ・カザルス、アイザック・スターン達の破格の演奏や、アマデウスSQとアルバンベルクSQのメンバーが合同で行った名演奏が有りますので、それ以上だということは有りません。けれども充分に存在感の有る演奏です。一音一音を噛みしめるように演奏して、熱い青春の息吹を感じさせて感動的です。ジュリアードSQのイメージとは余り重ならないこの曲がこんなに素晴らしいとは驚きです。終楽章の立体的な造形性もすこぶる聴き応えが有ります。

第2番では、アマデウス&アルバンベルクSQのライブ録音盤が、この曲の控え目な曲想に対しては幾らか大袈裟な気がしていて、むしろ昔のウイーン・コンツェルトハウスSQたちの演奏が好きでした。ジュリアードSQたちの演奏は、よく歌ってはいても表情の度をわきまえているように感じます。第2楽章スケルツォのあのいじらしい主題が何ともチャーミングです。第2番に関しては、W.コンツェルトハウスSQたちの名盤に並ぶ魅力を感じます。

この録音は恐らくCBSが行ったのだと思います。同時代のブダペストSQやジュリアードSQの録音での、残響が控え目で楽器の分離の良い音と非常に似かよっています。個人的には残響過多なEMIの録音あたりよりもずっと好きです。音揺れも有りません。特に第1番の録音が明瞭で快感です。第2番の方は1年古いだけなのに少々鮮度が落ちている印象です。

一見マニアライクなディスクに思えそうですが、聴いてみれば非常に魅力的な演奏ですので、広くお勧めしたいと思います。

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2013年10月25日 (金)

ブラームス 弦楽四重奏曲集&ピアノ五重奏曲 エマーソン弦楽四重奏団の名盤

”秋のブラームス祭り”は続きます。ということで、今じっくりと聴きこんでいるのはエマーソン弦楽四重奏団の演奏する弦楽四重奏曲の全集(と言っても3曲ですが)と、ピアノ五重奏曲ヘ短調の2枚CDセットです。そして、すっかりこの演奏にハマってしまっています。

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弦楽四重奏曲第1番ハ短調op.51-1
弦楽四重奏曲第2番イ短調op.51-2
弦楽四重奏曲第3番変ロ長調op.67
ピアノ五重奏曲ヘ短調op.34

エマーソン弦楽四重奏団、レオン・フライシャー(ピアノ)(2005-07年録音/グラモフォン盤)

”傑作の大森林”(?)であるブラームスの室内楽作品の中で、弦楽四重奏曲のジャンルは余りポピュラーとは言えません。確かに往々にして”晦渋”とか”難解”だと言われますし、ピアノや管楽器が加わった他の作品達と比べると、どうしてもとっつき難さが有るのは間違いありません。けれども良い演奏で聴きさえすれば、ブラームス特有のロマンティシズムが緻密な書法によって極めて味わい深く書かれている作品ばかりであることがよく分かります。

一方、ブラームス唯一の作品であるピアノ五重奏曲については、昔からブッシュSQやウイーン・コンツェルトハウスSQ、ブダペストSQといった歴史的名盤の存在によって広く親しまれていますし、曲そのものも若きブラームスの熱い情熱とロマンティシズムが混じり合った傑作中の傑作です。

この全4曲をセットにするとは、さすがはエマーソンSQ、ニクイかぎりです。
彼らはこれまでにクラリネット五重奏曲の素晴らしい演奏もCD化していますが、やはり弦楽四重奏を母体とする作品に特化して録音を行なって来たようです。従って、彼らがこの先、弦楽五重奏曲や六重奏曲を録音するかどうかは少々疑問です。彼らは4本の弦楽器で織成す音楽の、かつてない極限の高みを目指しているように思えるからです。それは単に技術的な面だけでは無い、音楽的にも極めて深いものです。それは他の団体から聴き取れるものとは一線を画しているような気がしてなりません。

ともかくは、このCDの演奏のご紹介をします。

第1番は、3曲の中でもハ短調という調性から最もドラマティックで悲劇的な要素が強いことから比較的聴き易い曲です。これまでは、ブダペストSQの痛切で肺腑をえぐられるような演奏に最も惹かれていました。確かに「晦渋」な演奏ではありますが、そこがブラームスらしくて良かったのです。けれども、エマーソンSQの演奏は随分と印象が異なります。美しくしなやかな音と完璧な合奏力で、少しも「晦渋」には聞こえません。それで聴き応えが失われてしまったかというと、そんなこともありません。アルバン・ベルクSQのような力みも無く、肩の力が抜けた自然体なのですが、決めるべきところでのキメの見事さは特筆ものですし、演奏にぐいぐいと引き込まれてしまいます。

第2番は素朴で哀愁漂う曲ですが、ここでも美しい音を駆使した、しなやかな歌いまわしに魅了されます。3曲の中でも特に地味だと思っていた第2番の魅力に改めて気気付かされたような気がします。

第3番は「古典派への回帰」という一種のパロディともとれるユニークな曲ですが、エマーソンSQの素晴らしく均衡のとれた美しい演奏で聴かされると、ようやくこの曲の真の姿が見えたような気がします。これはパロディでも何でもありません。古典的な様式をベースにブラームスの秀逸な作曲技法で味付けをした本当に美しい音楽であることが良く分ります。考えてみれば、それこそがブラームスの真骨頂だったわけですからね。第2楽章の甘い音楽も、ウイーンの団体以上に繊細に優しく弾いてくれていて言葉を失います。それでいて、しばしば現れる立派で毅然とした表情との見事な対比!第3楽章の心が揺さぶられるようなロマンティックな味わいもブラームスそのものですし、第4楽章のいじらしいばかりの表情も最高で、彼らの音楽的センスの良さには呆れるほどです。

今でもこの3曲のブラームスとしてのベスト演奏はブダペストSQであると思っています。けれども純粋な音楽美をとことん表現した演奏としては、これからはエマーソンSQを第一に考えたいと思います。これほど分かり易く、それでいて音楽の魅力を200%伝えてくれる(倍返し??)ブラームスの四重奏曲の演奏というのはかつて無かったように思うからです。今までブラームスの弦楽四重奏曲は晦渋で中々馴染めないと思われていた方は、是非エマーソンSQの演奏で聴かれてみると良いと思います。

ピアノ五重奏曲へ短調でピアノを弾くのがレオン・フライシャーというのは意外な印象を受けます。10年前位にこの人の生演奏を聴いた時には、特別に優れたテクニックを持っているとは思えなかったからです。それが一時期の腕の故障の影響なのかどうかは分かりませんが、エマーソンSQの超人的な合奏力からすれば、もっと優れたテクニシャンのピアニストが選ばれそうな気もします。実際に演奏を聴いてみても、ブダペストSQと共演した壮年期のルドルフ・ゼルキンのような剛腕の演奏とは完全に異なります。それは「カルテット対ピアニスト」という構図では無く、「カルテット+1」すなわち「クインテット」という印象なのですね。それがエマーソンSQ達の意図であるとすれば、最適なピアニストを選んだのだと思います。誤解が有るといけませんが、決してフライシャーが下手な訳ではありません。腕にまかせて自己主張をするようなタイプでは無い、極めて誠実な演奏家だというだけです。

けれども、この演奏は驚くべき名演奏です。単に「熱演」だとか「上手い」というレベルでは語れない、正しくエマーソンSQによる異次元の演奏です。一聴しただけでは、演奏に激しさや迫力は余り感じられませんし、「良く整っているなぁ」という風にしか受け止められかねません。ところがどっこい、じっくりと聴いてみると、彼らの楽譜の読みの深さは尋常で有りません。テンポは大胆に変化させますし、フレージングの多彩さや表情の豊かさは本当に驚くほどです。しかも、それが「姑息」な印象は全く受けず、深い楽譜の読みが、完全に「音楽に奉仕する形で」音化されています。これほどまでに「純音楽的」な演奏は聴いたことが有りません。ここには、ドイツ的な武骨さも、ウイーン的な甘い味付けも有りませんが、ローカルな味を超越した普遍的な感動を受けます。元々、偏執的(?)なほどにローカルな味わいに固執してる自分がこんな風に感じることは珍しいことです。

この曲では第1ヴァイオリンをユージン・ドラッカーが弾いています。もう一人第1ヴァイオリンを曲によって交替で弾くフィリップ・セッツァーも大変な名手なのですが、やはり自分にはドラッカーのほうが音楽的に一段上のように感じられます。第2楽章アンダンテでの、ゆったりとしたテンポで夢を見るように漂う静かな空気感は一体何でしょうか。このような演奏は、単にテクニックが優れているだけではどうにもなりません。第3楽章のスケルツォも気迫や力で押しまくるのではなく、念押しするリズムとアクセントがドイツ的とはまた違う堅牢さを感じさせていて快感です。そして、白眉はトリオです。実はこのトリオの歌はこの曲でも最も好きな部分なのですが、彼らはここで今まで聴いたことも無いほどにテンポをぐっと落として無上の至福感を与えるのです。この部分に初めて感動した時と同じような目頭が熱くなる思いをさせられました。終楽章も入念に彫琢された熱演ですが、ここはやはりゼルキン&ブダペストSQの圧倒的な演奏の前には幾らか影が薄く感じられます。

それにしても、この2枚組CDに収められた4曲は何度聴いても飽きが来ずに、新しい発見の有る素晴らしいブラームス演奏です。

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2012年12月13日 (木)

ブラームス クラリネット・ソナタ集 続・名盤 ~最後の室内楽作品~

ブラームスは晩年、ピアノのための小品集を作品116、117、118、119と、たて続けに書いた後に、再びミュールフェルのためにクラリネット・ソナタの作品120の1と2の2曲を書きます。これがブラームスの書いた最後の室内楽作品となります。作品114のクラリネット三重奏曲とこの2曲のソナタに関しては、クラリネットをヴィオラに変えて演奏しても良いとしています。

僕は昔、アマチュア・オーケストラでヴィオラを弾いていましたので、当然このソナタの楽譜を購入して自分で弾いてみました。いや、正確に言えば「弾こうと努力してみた」ですね。(苦笑)

ですので、どうしてもヴィオラ版のほうに愛着が有るのは否定できません。ただ、面白いと思うのは、クラリネットとヴィオラの演奏を聴き比べてみると、随分と印象が異なります。クラリネットで演奏されると、本当に晩年の枯れた感じが良く出ます。この曲は、クラリネット三部作のトリオやクインテットに比べると、若さを取り戻した感は有りますが、それでもクラリネットの音色そのものが、枯淡の雰囲気を与えます。それがヴィオラで演奏されると、遥かに若返ったように聞こえます。ヴィオラは弦楽器の中では最も柔らかい音質ですが、感情を外面に表したり、音のアタックを強調するという点においては、クラリネットを上回るからではないかと思います。

もうひとつ、ヴィオラ版では重音を出すように書き替えられています。これはブラームスのロマンティックなハーモニーが醸し出されるので魅力が増します。特に第2番の2楽章中間部での6度の和音!何度聴いても魅了されてしまいます。

それにしても、この2曲のソナタは大変な名作です。ブラームスが再び霊感を取り戻したことにより、最晩年の円熟した技法を用いて一部の隙もない傑作が生まれました。あらためてこのソナタを聴き直してみると、どれほどブラームスが澄み切った境地でこの曲を書いたかが、よく分ります。ブラームスはあるとき、友人であるヴァイオリニストのヨアヒムに宛てた手紙で、「ウイーンに来るときには、あの”可愛らしい曲”を、もう一度弾けるように、ぜひ君のヴィオラを持ってきてください」と書いています。ブラームスがこの曲に、とても愛着を持っていたことを知ることのできるエピソードではないでしょうか。

個人的に特に好んでいるのは、第1番の1楽章と第2番の2楽章ですが、第1番と第2番の魅力には甲乙がつけがたく、やはり作品120として2曲合わせて味わうべきです。

これまで、この曲については、ヴィオラ版を「ヴィオラ・ソナタ集 愛聴盤」「ヴィオラ・ソナタ集 続・名盤」で、クラリネット版を「クラリネット・ソナタ集 名盤」で記事にしています。今回は、クラリネット版の新しい愛聴盤をご紹介することにします。

51dhgphuil__aa300__2レジナルド・ケル(Cl)、ジョエル・ローゼン(Pf)(1953年録音/ウエストミンスター盤) ケルといえばオールドファンには、1930年代にブッシュ四重奏団と組んだクラリネット五重奏曲のEMI録音が懐かしいことでしょう。これは後年の録音ですが、面白いことにブッシュSQのヴィオラ奏者カール・ドクトールの息子であるパウル・ドクトールが弾くヴィオラ版の録音と2枚セットになっています。そちらの演奏は取り立ててどうということはありませんが、ケルのクラリネット版は非常に面白い演奏です。ケルはイギリス人ですが、ドイツ・オーストリアの奏者と違って音色は明るくフランス的です。そのうえ節回しが即興的で、どうかするとジャズのベニー・グッドマンを連想させます。いえ、実はグッドマンのほうがケルに奏法を教えて貰ったことがあるのだそうですが。真正ドイツのライスターとは対照的な、ケルの演奏は第1番の3楽章や4楽章などでは粋なスイング感を持っていて非常に楽しいです。この曲が、決して枯れただけの音楽では無いと思っている自分には、ウラッハ盤よりもむしろ好ましく思います。

51gtndmmgml__sl500_aa300_カール・ライスター(Cl)、ゲルハルト・オピッツ(Pf)(1983年録音/オルフェオ盤) ライスターはブラームスのクラリネットの名作を何度も繰り返し録音していますが、この円熟期の録音はクラリネットとピアノががっぷり四つに組んだ、誠に堂々とスケールの大きな演奏です。オピッツのピアノも実に素晴らしいです。底光りのする美しい音色で、含蓄のある深い味わいのある表現を聴かせてくれます。これは決して「枯淡」ではない、音楽として最高に聴きごたえの有る名演奏だと思います。ウイーンでの録音ですが、音質もバランスも極上です。

41cec3txvxl__sl500_aa300_カール・ライスター(Cl)、フェレンツ・ボーグナー(Pf)(1997年録音/Briliant盤) これは三重奏曲、五重奏曲と合わせたクラリネット三部作を収めた廉価2枚組CDです。前述のオルフェオ盤と比べると、やはり14年の時の経過を感じます。全体的にテンポが緩やかになり、表現も淡々としています。「枯れた」と言っても良いのでしょうが、より彼岸に近づいたような印象を受けます。ボーグナーのピアノは透明感のあるタッチで優秀ですが、オピッツのような押しの強さは感じません。

7130c7yqdsl__sl1018_アルフレート・プリンツ(Cl)、マリア・プリンツ(Pf)(1988年録音/フォンテック番) ライスターと同世代の名手プリンツですがこの曲は何故か日本制作盤しかありません。さすがはウイーン的な柔らかい音でしっとりと演奏していますが、曲想の違いから第1番は少々まったりとし過ぎていてもっと緊迫感が欲しいと感じました。一方で第2番は緩やかな曲想にピタリと合っていて、特に第二楽章の中間部は絶美で感動的です。ピアノ共演は奥様ですが中々に立派な演奏です。余談ですがプリンツは若いころにウイーン音楽大をクラリネットの他にピアノでも首席卒業しています。ですので日本のクラリネット奏者とピアノで共演してこの曲の録音を行っています。

Mi0000991668 ディーター・クレッカー(Cl)、ヴェルナー・ゲニュート(Pf)(1982年録音/ARTS盤) 日本では知名度は低いもののクレッカー教授といえば本国ドイツでは有名です。音色は比較的明るめで、演奏も決して重々しくはありません。しかしフランスやイギリスの奏者と比べればまぎれもないドイツ流であり、安定したテクニックと美しい音色でしみじみとした聴き応えあるブラームスを聞かせてくれます。ピアノのゲニュートもがっちりとして素晴らしい演奏ぶりです。マイナーレーベルですが、この二曲に加えてヨゼフ・スークとペーター・ダムでホルン三重奏曲が収録されています。

というわけで、この曲のクラリネットによる演奏としては、ライスター/オピッツ盤がマイ・フェイヴァリットとなりました。でも、他のケル、プリンツ、クレッカーなど幾つかの盤も大いに捨て難いです。

<補足>プリンツ盤、クレッカー盤を加筆しました。

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2012年12月 5日 (水)

ブラームス クラリネット五重奏曲 続々・名盤あれこれ

北国からは既に雪の便り。地元の神奈川県でも、秋は終わりに近づいて、「秋のブラームス特集」も、いよいよ「クラリネット五重奏曲」です。晩年にブラームスが一度は失った創作意欲を再び取り戻すきっかけとなった名クラリネット奏者、リヒャルト・ミュールフェルトの為に書いた傑作中の傑作です。ブラームス自身は三重奏曲作品114のほうが好きだと言っていたそうですが、我々聴き手としては、やはりこの曲の翳の濃い味わいと聴き応えには、効し難い魅力を感じます。

この曲については過去に、「クラリネット五重奏曲 名盤」、そして「クラリネット五重奏曲 続・名盤」で、二度記事にしていますが、今回はその後に更に加わった愛聴盤をご紹介したいと思います。

Brahms-cbepj5hil_ac_sl1400_ デイヴィッド・シフリン(Cl)、チェンバー・ミュージック・ノース・ウエスト(1989年録音/デロス盤) 米国の名クラリネット奏者シフリンと同じカルテットによるモーツァルトの五重奏曲は知る人ぞ知る名盤でしたが、その5年後に録音されたブラームスです。決して濃厚で翳りの濃い演奏というわけではありませんが中々に美しいです。第1ヴァイオリンのカヴァフィアンの豊かな表現力は相変らず魅力的です。他の弦楽メンバーの力量には僅かに物足りなさが感じられるのが残念ですが、シフリンとカヴァフィアンの演奏がそれを充分に補います。なお、シフリンには’96年にエマーソンSQと録音した新盤が有ります。

81npdo10pelチャールズ・ナイディック(Cl)、ジュリアード弦楽四重奏団(1994年録音/SONY盤) これは廉価BOXの弦楽四重奏、弦楽五重奏と一緒に収められているのですが、実に素晴らしい演奏です。ゆったりとしたテンポでフレーズの終わりに念押しをするので、実際以上に遅く感じます。ロバート・マンのヴァイオリンの歌いまわしは大きく、非常にロマンティックです。クラリネットのナイディックはジュリアード音楽院の教授ですが、マンにぴったりと寄り添って素晴らしいです。他のメンバーももちろん上手いですが、音楽の内容表現に徹しているのが素晴らしいです。終楽章の変奏曲などは気合が入って激しく、それでいて非常に立派という、およそベストの演奏のように思います。かつてのジュリアードQのイメージとはまるで異なる、この大きくて深いブラームスの味わいは正に最高です。

41cec3txvxl__sl500_aa300_カール・ライスター(Cl)、ブランディス弦楽四重奏団(1997年録音/Briliant盤) ライスターがこの名曲を何度録音したかは調べませんでしたが、確か5回以上は録音したはずです。この演奏は、その一番最後の方の録音です。演奏には年輪と熟成を全ての音符に感じさせています。但し、元々情緒に流されるようなタイプではありません。そのあたりは好みです。ブランディスの弾くヴァイオリンの表現力と味わいも悪くはありませんが、超一流とは言い難い気がします。激戦区のこの曲の演奏としては、特別に抜きんでる存在では無いと思います。

Bura-51x4ru9sx9l_ac_ アンドレアス・オッテンザマー(Cl)、カヴァコス(Ⅴn)他(2014年録音/グラモフォン盤) ベルリン・フィルの首席オッテンザマーのソロ・アルバム「ハンガリアンコネクション」に収められます。父親のエルンスト、兄のダニエルもウィーン・フィルの首席というクラリネット一家ですが、ハンガリーの血を引く家系だそうです。ブラームスはハンガリーのジプシー音楽から大きな影響を受けていますし、このような面白いコンセプトアルバムが生まれたのでしょう。名ヴァイオリニストのカヴァコスやウィーン・フィルのメンバーがを共演して情緒豊かな名演奏を繰り広げています。音符の長さを大胆に変化させた即興性はジプシー音楽を意識してのことでしょうが、その割には品が良く繊細です。どうせなら更に下品に思い切りやってほしかったですが、そこはやはり現代の演奏家ということでしょうか。

ということで、依然としウイーンコンツェルトハウスSQ/ウラッハ盤およびフックス盤が両横綱の座を占め、バヴィエ/ヴェーグSQ盤、ゴイザー/ドロルツSQ盤を大関として、関脇にはシフリン/エマーソンSQ盤、マイヤー/アルバン・ベルクSQ盤を置きたいです。さしづめオッテンザマー盤は張出関脇というところでしょうか。
もっともこれは僕の全く個人的な番付(盤付?)ですので、物言いが付くのは承知の上です。どすこい

<補足>
オッテンザマー盤は2015年のリリース盤ですので、この記事には後から加筆しました。

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2012年12月 1日 (土)

ブラームス クラリネット三重奏曲 イ短調op.114 名盤 ~人生の錦秋~

「弦楽五重奏曲第2番」作品111を最後に作曲からの引退を決意した58歳のブラームスでした。ところが、その後にマイニンゲンの街を訪れたことで状況は一変します。マイニンゲンには大変優秀な宮廷オーケストラが有って、そこにはクラリネットの名手リヒャルト・ミュールフェルトが在籍していました。

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ブラームスはミュールフェルト独奏の演奏会に足を運んだのですが、その演奏に大変な感銘を受けたのです。比較的歴史の浅い楽器のクラリネットには、元々優秀な奏者は決して多くはありませんでしたが、ミュールフェルトのクラリネットを当時の人が讃えた言葉によると、『メランコリックにして歌心にあふれ、表情の巾が広く、雄々しさとデリカシーを兼ね備えている』のだそうです。

ブラームスは、当夜の演奏会の感激をクララ・シューマンへ宛てた手紙の中で、『当地のミュールフェルト以上に、クラリネットを美しく吹く人間はいません』と書き記しました。

こうしてブラームスは、再び創作の霊感を呼び起こされて、ミュールフェルトのために、クラリネットの室内楽曲を書きました。それは「クラリネット三重奏曲作品」114、「クラリネット五重奏曲」作品116、そして2曲の「クラリネット・ソナタ」作品120の1と2です。これらは正にブラームスの人生の晩年において、鮮やかに輝いた「錦秋」のごとき作品たちです。ブラームジアーナーにとっては、この三部作は正にかけがえのない宝物です。

そのうちの最初の作品「クラリネット三重奏曲イ短調」作品114は、クラリネット、チェロ、ピアノという非常に地味な編成ですが、本当に心の奥に大切にしまい込んで置きたくなるような愛すべき音楽です。ブラームス自身もクラリネット五重奏曲以上に、この三重奏曲を好んでいると語っていたそうです。

僕の愛調盤ですが、奇しくもいずれもウイーン・フィルとベルリン・フィルのメンバーの演奏となりました。

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レオポルド・ウラッハ(Cl)、フランツ・クヴァルダ(Vc)、フランツ・ホレチェック(Pf)(1952年録音/ウエストミンスター盤)
 モノラル時代に一世を風靡したウラッハの演奏です。そのレトロで枯れた音色はウイーンの名手といっても現代の奏者とは相当の隔たりが有ります。但し、演奏は意外にも速めのテンポで活力が有ります。クヴァルダのチェロも非常に表情豊かで演奏が前面にでて来るのは録音のバランスだけでは無いようです。ホレチェックのピアノは二人の引き立て役に徹していて余り目立ちませんが、美しく、まとまりがよく取れています。第2楽章での抒情性や第3楽章のアンダンティーノの優美さにも大変魅了されます。例えばライスターの晩年のように枯れて静寂を強く感じる演奏とどちらがこの曲の本質かと問われると困りますが、こういう演奏で聴くと必ずしもこの曲は決して枯れ切っているわけではないと感じます。

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アルフレート・プリンツ(Cl)、アーダルベルト・スコチッチ(Vc)、イエルク・デームス(Pf)(1979年録音/DENON盤)
 元ウイーンフィルのプリンツは、非常に柔らかい音で、モーツァルトの演奏においては師匠のウラッハ以上に好きなのですが、ブラームスもまた情緒的でしっとりとした音を聴かせてくれます。スコチッチのチェロも、デームスのピアノも同様に非常に柔らかく味わい深い音でピタリと合わせています。この辺りの同質感、一体感というのは、やはり長い歴史をかけて作り上げられてきたウイーンのDNAなのだなぁと、つくづく思います。もちろん寂寥感にも不足しませんが、同じように優しさや美しさを強く感じられるのが魅力です。

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カール・ライスター(Cl)、ゲオルク・ドンデラー(Vc)、クリストフ・エッシェンバッハ(Pf)(1968年録音/グラモフォン盤)
 泣く子も黙る元ベルリン・フィルの大御所、ライスターはこの曲を幾つか録音しているはずですが、これは比較的若い1968年の録音です。流石に後年の円熟こそ有りませんが素晴らしい演奏をしています。エッシェンバッハのピアノも非常に魅力的です。まだ若い時代にもかかわらずブラームスの情感を滲みださせるのはやはりただ者ではありません。チェロは元ベルリン・フィル団員でドロルツ四重奏団のドンデラーです。他の二人に比べると幾らか弱さを感じますが、美しくアンサンブルを整えていて問題はありません。全体的に枯れた雰囲気だけでなく、艶やかを感じさせるのは全体の曲想とは矛盾しません。

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カール・ライスター(Cl)、ヴォルフガング・ベットヒャー(Vc)、フェレンツ・ボーグナー(Pf)(1997年録音/Briliant盤)
 ライスターのこの晩年の録音では、正に円熟し切った至芸を聴かせてくれます。『ブラームスは、その音楽を理解するために、長い時の流れを必要とする作曲家だと思う』と語ったのはライスター自身ですが、その言葉が実感させられるような素晴らしい演奏です。晩年のブラームスの孤独感が痛々しいほど感じられます。元ベルリンフィルの首席チェロのベットヒャーも素晴しいですし、ハンガリー出身のボーグナーのピアノも美しい音で二人を支えています。枯れた演奏を聴きたい場合には最もお勧めできます。

ということで、それぞれのウイーン風の味わい、ドイツ風の味わいは、どちらも代え難く、上に上げている演奏をどれも同じように愛聴しています。

<補足>
ウラッハ盤、ライスターの1968年盤を加筆しました。(2017.2.12)

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