”秋のブラームス祭り”は続きます。ということで、今じっくりと聴きこんでいるのはエマーソン弦楽四重奏団の演奏する弦楽四重奏曲の全集(と言っても3曲ですが)と、ピアノ五重奏曲ヘ短調の2枚CDセットです。そして、すっかりこの演奏にハマってしまっています。
弦楽四重奏曲第1番ハ短調op.51-1
弦楽四重奏曲第2番イ短調op.51-2
弦楽四重奏曲第3番変ロ長調op.67
ピアノ五重奏曲ヘ短調op.34
エマーソン弦楽四重奏団、レオン・フライシャー(ピアノ)(2005-07年録音/グラモフォン盤)
”傑作の大森林”(?)であるブラームスの室内楽作品の中で、弦楽四重奏曲のジャンルは余りポピュラーとは言えません。確かに往々にして”晦渋”とか”難解”だと言われますし、ピアノや管楽器が加わった他の作品達と比べると、どうしてもとっつき難さが有るのは間違いありません。けれども良い演奏で聴きさえすれば、ブラームス特有のロマンティシズムが緻密な書法によって極めて味わい深く書かれている作品ばかりであることがよく分かります。
一方、ブラームス唯一の作品であるピアノ五重奏曲については、昔からブッシュSQやウイーン・コンツェルトハウスSQ、ブダペストSQといった歴史的名盤の存在によって広く親しまれていますし、曲そのものも若きブラームスの熱い情熱とロマンティシズムが混じり合った傑作中の傑作です。
この全4曲をセットにするとは、さすがはエマーソンSQ、ニクイかぎりです。
彼らはこれまでにクラリネット五重奏曲の素晴らしい演奏もCD化していますが、やはり弦楽四重奏を母体とする作品に特化して録音を行なって来たようです。従って、彼らがこの先、弦楽五重奏曲や六重奏曲を録音するかどうかは少々疑問です。彼らは4本の弦楽器で織成す音楽の、かつてない極限の高みを目指しているように思えるからです。それは単に技術的な面だけでは無い、音楽的にも極めて深いものです。それは他の団体から聴き取れるものとは一線を画しているような気がしてなりません。
ともかくは、このCDの演奏のご紹介をします。
第1番は、3曲の中でもハ短調という調性から最もドラマティックで悲劇的な要素が強いことから比較的聴き易い曲です。これまでは、ブダペストSQの痛切で肺腑をえぐられるような演奏に最も惹かれていました。確かに「晦渋」な演奏ではありますが、そこがブラームスらしくて良かったのです。けれども、エマーソンSQの演奏は随分と印象が異なります。美しくしなやかな音と完璧な合奏力で、少しも「晦渋」には聞こえません。それで聴き応えが失われてしまったかというと、そんなこともありません。アルバン・ベルクSQのような力みも無く、肩の力が抜けた自然体なのですが、決めるべきところでのキメの見事さは特筆ものですし、演奏にぐいぐいと引き込まれてしまいます。
第2番は素朴で哀愁漂う曲ですが、ここでも美しい音を駆使した、しなやかな歌いまわしに魅了されます。3曲の中でも特に地味だと思っていた第2番の魅力に改めて気気付かされたような気がします。
第3番は「古典派への回帰」という一種のパロディともとれるユニークな曲ですが、エマーソンSQの素晴らしく均衡のとれた美しい演奏で聴かされると、ようやくこの曲の真の姿が見えたような気がします。これはパロディでも何でもありません。古典的な様式をベースにブラームスの秀逸な作曲技法で味付けをした本当に美しい音楽であることが良く分ります。考えてみれば、それこそがブラームスの真骨頂だったわけですからね。第2楽章の甘い音楽も、ウイーンの団体以上に繊細に優しく弾いてくれていて言葉を失います。それでいて、しばしば現れる立派で毅然とした表情との見事な対比!第3楽章の心が揺さぶられるようなロマンティックな味わいもブラームスそのものですし、第4楽章のいじらしいばかりの表情も最高で、彼らの音楽的センスの良さには呆れるほどです。
今でもこの3曲のブラームスとしてのベスト演奏はブダペストSQであると思っています。けれども純粋な音楽美をとことん表現した演奏としては、これからはエマーソンSQを第一に考えたいと思います。これほど分かり易く、それでいて音楽の魅力を200%伝えてくれる(倍返し??)ブラームスの四重奏曲の演奏というのはかつて無かったように思うからです。今までブラームスの弦楽四重奏曲は晦渋で中々馴染めないと思われていた方は、是非エマーソンSQの演奏で聴かれてみると良いと思います。
ピアノ五重奏曲へ短調でピアノを弾くのがレオン・フライシャーというのは意外な印象を受けます。10年前位にこの人の生演奏を聴いた時には、特別に優れたテクニックを持っているとは思えなかったからです。それが一時期の腕の故障の影響なのかどうかは分かりませんが、エマーソンSQの超人的な合奏力からすれば、もっと優れたテクニシャンのピアニストが選ばれそうな気もします。実際に演奏を聴いてみても、ブダペストSQと共演した壮年期のルドルフ・ゼルキンのような剛腕の演奏とは完全に異なります。それは「カルテット対ピアニスト」という構図では無く、「カルテット+1」すなわち「クインテット」という印象なのですね。それがエマーソンSQ達の意図であるとすれば、最適なピアニストを選んだのだと思います。誤解が有るといけませんが、決してフライシャーが下手な訳ではありません。腕にまかせて自己主張をするようなタイプでは無い、極めて誠実な演奏家だというだけです。
けれども、この演奏は驚くべき名演奏です。単に「熱演」だとか「上手い」というレベルでは語れない、正しくエマーソンSQによる異次元の演奏です。一聴しただけでは、演奏に激しさや迫力は余り感じられませんし、「良く整っているなぁ」という風にしか受け止められかねません。ところがどっこい、じっくりと聴いてみると、彼らの楽譜の読みの深さは尋常で有りません。テンポは大胆に変化させますし、フレージングの多彩さや表情の豊かさは本当に驚くほどです。しかも、それが「姑息」な印象は全く受けず、深い楽譜の読みが、完全に「音楽に奉仕する形で」音化されています。これほどまでに「純音楽的」な演奏は聴いたことが有りません。ここには、ドイツ的な武骨さも、ウイーン的な甘い味付けも有りませんが、ローカルな味を超越した普遍的な感動を受けます。元々、偏執的(?)なほどにローカルな味わいに固執してる自分がこんな風に感じることは珍しいことです。
この曲では第1ヴァイオリンをユージン・ドラッカーが弾いています。もう一人第1ヴァイオリンを曲によって交替で弾くフィリップ・セッツァーも大変な名手なのですが、やはり自分にはドラッカーのほうが音楽的に一段上のように感じられます。第2楽章アンダンテでの、ゆったりとしたテンポで夢を見るように漂う静かな空気感は一体何でしょうか。このような演奏は、単にテクニックが優れているだけではどうにもなりません。第3楽章のスケルツォも気迫や力で押しまくるのではなく、念押しするリズムとアクセントがドイツ的とはまた違う堅牢さを感じさせていて快感です。そして、白眉はトリオです。実はこのトリオの歌はこの曲でも最も好きな部分なのですが、彼らはここで今まで聴いたことも無いほどにテンポをぐっと落として無上の至福感を与えるのです。この部分に初めて感動した時と同じような目頭が熱くなる思いをさせられました。終楽章も入念に彫琢された熱演ですが、ここはやはりゼルキン&ブダペストSQの圧倒的な演奏の前には幾らか影が薄く感じられます。
それにしても、この2枚組CDに収められた4曲は何度聴いても飽きが来ずに、新しい発見の有る素晴らしいブラームス演奏です。
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