エルガー ヴァイオリン協奏曲 ロ短調Op.61 名盤
エルガーの作品の中では「威風堂々」「愛の挨拶」は別として、チェロ協奏曲がジャクリーヌ・デュ・プレの凄演のおかげで広く知られています。確かに曲自体とても親しみ易さを持つ作品ですね。それに比べると、ヴァイオリン協奏曲の方は一般的には地味な存在です。演奏時間が50分近くかかるのも影響しているかもしれません。しかし、作品のどの部分を聴いてもエルガーそのもので、シンフォニーを聴くような壮大さが有ります。その点はむしろチェロ協奏曲以上で、エルガー好きには応えられない傑作です。
この作品は、当時のヨーロッパで最も人気の高かったヴァイオリニストのフリッツ・クライスラーからの依頼で委嘱されました。曲は1910年に完成してクライスラーの独奏、エルガーの指揮で初演が行われて大成功となりました。
後に初演者によるレコーディングが企画されましたが、なぜかクライスラーは中々録音しようとしませんでした。そこで代わりに抜擢されたのが、当時若干16歳のユーディ・メニューインで、1932年にエルガー自身の指揮で録音が行われました。
曲は3楽章構成です。
第1楽章アレグロ ロ短調 冒頭、管弦楽により主題が長々と提示されますが、正にエルガーらしい品格のあふれる美しさです。ついに満を持してヴァイオリンソロが登場すると、主役は完全に移りますが、充実した管弦楽が常にそれを支えています。
第2楽章変アンダンテ 変ロ長調 まるで英国の美しい田園風景を目の当たりにするような詩情に包まれながら、ヴァイオリンがいつまでも美しく歌い続けます。
第3楽章アレグロ・モルト ロ短調~ロ長調 終楽章はヴァイオリンに様々な超絶技巧が要求されていて、名ヴァイオリニストと言えども大いに苦労します。それでも技巧だけの曲に陥らないところがさすがはエルガーです。
それでは、愛聴するCDのご紹介です。
ユーディ・メニューイン独奏、エドワード・エルガー指揮ロンドン響(1932年録音/EMI盤) エルガーの指揮で初演者のクライスラーに代わって独奏をした当時16歳の神童メニューインの録音です。エルガーは「この曲での君の演奏ほど私に芸術的な喜びを体験させてくれたものは無かった」と後にメニューインに手紙を送っています。それが本心に違いないことはこの演奏を聴けば容易に理解できます。高度の技術、深い表現力に驚嘆します。そしてエルガーの指揮も他のどの指揮者よりも生気に溢れていて感動的です。当然SP録音で音質は良くないですが聴き易く、一度聴き始めた途端に全く気に成らなくなります。歴史的であると同時に最高の演奏です。
ユーディ・メニューイン独奏、サー・エイドリアン・ボールト指揮ロンドン・フィル(1965年録音/EMI盤) 16歳でこの曲の録音を行ったメニューインですが、これは33年後にロンドンのロイヤル・フェスティヴァル・ホールで演奏したライヴ録音です。この翌年には後述の二度目のセッション録音が行われますが、基本解釈に大きな違いは有りません。年齢を経てからの実演ゆえに時々ヴァイオリンの弓が揺れたり音が汚れたりはしますが、逆に気迫と即興性が感じられるのは楽しいです。録音もステレオで意外と優れています。
ユーディ・メニューイン独奏、サー・エイドリアン・ボールト指揮ニュー・フィルハーモニア管(1966年録音/EMI盤)メニューインにとって2度目となる録音ですが、英国の名匠ボールトを指揮者に迎えての万全の体制で行われました。妙な力みが無く自然体でありながらも、エルガー直伝による作品理解と演奏にかける意気込みとで、これもまた素晴らしい演奏です。もちろん最新録音では有りませんが、当時のEMIとしてもベストの音録りに成功しています。前年のライヴと比べれば当然完成度は勝ります。
ヒュー・ビーン独奏、サー・チャールズ・グローヴス指揮ロイヤル・リヴァプール・フィル(1973年録音/EMI盤) ミスター・ビーンこと(んなわけないだろ)ヒュー・ビーンはカラヤンやクレンペラー時代のフィルハーモニア管のコンサートマスターで、英国内で非常に尊敬されていました。この録音はその実力の何よりの証明です。切れ味や凄味は乏しいですが、美しい音でソリスト然とせずに音楽に奉仕する芸風はエルガーの音楽にぴったりですし、何よりも緩徐部分での心のこもり方が並みでありません。グローヴスとオーケストラも素晴らしいです。
チョン・キョンファ独奏、ゲオルク・ショルティ指揮ロンドン・フィル(1977年録音/DECCA盤) デビュー当時もベテランになっても、その孤高の芸風が変わることの無いキョンファですが、このエルガーもまた禁欲的なまでに余計なものを削ぎ落した演奏です。ですので、聴き手によっては余り面白くないと思うかもしれませんが、それこそがこの人の特徴です。奥に秘められた音楽への深い愛情を是非とも感じ取られてください。ショルティの指揮は幾らかカッチリし過ぎの感は有りますが、エルガーを知り尽くすロンドン・フィルの力も借りて決して悪く有りません。
イダ・ヘンデル独奏、サー・エイドリアン・ボールト指揮ロンドン・フィル(1977-78年録音/TESTAMENT盤:EMI原盤) 10ヵ月の間に三回に分けて入念に行われたセッション録音です。1楽章のボールトのテンポは前述のメニューイン盤よりもかなり遅く、雄大なスケールで立派なことこの上有りません。2楽章も遅く、深々とした詩情がまるでデーリアスのようです。問題は3楽章で、遅いテンポが緊張感を欠いて音楽がもたれがちです。ヘンデルに関しては遅いテンポでの大きなヴィブラートがやや過剰気味のように思えます。技術的には大健闘していますが、所々で僅かに疵が気に成ります。
イダ・ヘンデル独奏、サイモン・ラトル指揮バーミンガム市響(1984年録音/TESTAMENT盤) ロンドンのロイヤル・フェスティバル・ホールにおけるライヴですが、これは素晴らしい演奏です。ヘンデルは愛情一杯に歌わせていながらも決して饒舌にはなりません。特に2楽章が秀逸です。ヴィブラートも過剰には感じません。1、3楽章は技術的に6年前の録音よりも上出来で、この人はこんなに技巧的にも弾けたかと認識を新たにするほどです。ラトルとバーミンガムについてもライブならではの生気に溢れ、しかも奇をてらった印象は全く受けず、このようなオーソドックスな演奏も出来るのだと感心しました。録音も非常に良く、オーケストラの音が柔らかく美しく捉えられています。
ナイジェル・ケネディ独奏、ヴァーノン・ハンドリー指揮ロンドン・フィル(1984年録音/EMI盤) 英国生まれのケネディはジュリアード音楽院でドロシー・ディレイに師事しますが、アカデミックな教育と肌が合わなかった事を公言したり、プロデビューの日に衣装を忘れて古着姿で演奏し、その後もパンク・ファッションを衣装としたり、あるいはポップ・ミュージシャンとの共演、ジャズやロック曲の演奏などと自由奔放な行動で知られました。しかし、本国での実力評価は高く、このCDもグラモフォン誌のレコード・オブ・ザ・イヤーに選出されました。名匠ハンドリー指揮の素晴らしいオーケストラをバックに、歌い崩しやハッタリの無い極めて正統的なエルガーを聴かせます。
ナイジェル・ケネディ独奏、サイモン・ラトル/バーミンガム市響(1997年録音/EMI盤) 旧盤から13年後の二度目の録音です。様々な経験を経た為か旧盤とくらべて、大きな歌わせ方と表現意欲が感じられます。ラトルの指揮も同様に現代的にメリハリを効かせた演奏を聴かせます。従って、その点でベストマッチと言えますが、決して音楽を逸脱しているわけではありません。一般的には新盤が好まれるでしょうが、より英国紳士的なエルガーを味わいたいとすれば旧盤かもしれません。どうかご自分の耳と感覚で両者を聴き比べて頂けたらと思います。
ヒラリー・ハーン独奏、サー・コリン・デイヴィス指揮ロンドン響(2003年録音/グラモフォン盤) ハーンが24歳の時の録音ですが、メニューインのように10代から盛んに演奏活動をしていたので、既に風格を感じます。もちろん技巧的にも完璧です。歌わせかたがクールで感情を前面に出さないアイス・ドールなのは相変らずなのですが、この曲の場合には余りマイナスにはなりません。ただし、温かい歌が好きな方には物足りないかもしれません。Cデイヴィスの指揮は貫禄で立派この上ない管弦楽を聞かせてくれます。
どれもこの名作を楽しむのに不足は無いのですが、演奏だけで考えればメニューインとエルガーの共演盤が最高です。あとはマイ・フェイヴァリットとして、ヘンデル/ラトル盤とメニューイン/ボールトのライヴ盤ですが、ビーン/グローヴス盤、それにケネディの二種類にも大いに惹かれます。
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