モーツァルト ピアノ協奏曲第19番~第27番他 アンドラーシュ・シフ&ヴェーグ/カメラータ・アカデミカ
アンドラーシュ・シフは人気が有るピアニストですが、個人的にはこれまで特別な感銘を受けた記憶はありません。彼のピアノは贅肉が少なくて、とても純度の高い音ですが、何というか、端正に過ぎて少々面白みに欠ける印象を受けていたからです。ですので、モーツァルトの協奏曲の録音も知ってはいましたが、これまで食指を動かされませんでした。ただ、ひょんなことで試聴をしてみたところ予想以上に良い印象を受けたので、後期の選集を入手してみました。
一方シャーンドル・ヴェーグについてはヴェーグ弦楽四重奏団を主宰していたことで余りにも有名ですが、真に素晴らしいヴァイオリニストであり、リーダーでした。その演奏については、このブログでも何度か記事にしました。けれども指揮者としての演奏はほとんど聴いたことがありませんでした。
アンドラーシュ・シフ独奏、シャーンドル・ヴェーグ指揮ザルツブルク・モーツァルテウム・カメラータ・アカデミカ(1988-1993年録音/DECCA盤)
シフとヴェーグのコンビは、モーツァルトのピアノ協奏曲の全集を完成させていますが、自分が購入したのは第19番から最後の第27番までの9曲に加えて「2台のピアノの為の協奏曲」と「3台のピアノの為の協奏曲」(但しこちらの指揮はゲオルグ・ショルティ)が収められたCD5枚組の選集です。もっとも、このセットは既に廃盤で国内では入手困難でしたので、AmazonUKに注文して買いました。
実は試聴をしたときに強い印象を受けたのは、シフのピアノよりもむしろヴェーグ率いるザルツブルク・モーツァルテウム・カメラータ・アカデミカの演奏だったのです。それは、ひと口で言って”室内楽的な演奏”です。弦楽器、とりわけヴァイオリン・パートの表情づけが繊細かつ極めて雄弁で、あたかもヴェーグが自分で弾くヴァイオリンのようなのです。その表情にハッとさせられる瞬間が何度も訪れます。これほどデリカシーに溢れた管弦楽の演奏はちょっと聴いたことがありません。もっともそれを可能にしているのは、奏者の数をかなり減らしているからではないでしょうか。ですので曲によっては音の厚みが妙に薄く感じられます。録音編集で弦と管の音量バランスは合わせられるでしょうが、響きそのものは如何ともしがたいです。要するに”室内楽的な演奏”というのが長所でもあり短所でもあるのです。
シフのピアノに関しても特徴自体は上述した通りですが、基本的にモーツァルトには向いています。粒の揃った音には羽が生えたような軽味が感じられて天馬空を行くような趣が有りますし、硬質でコロコロいうような音は往年のリリー・クラウスを連想させます。クラウスのように内面に燃えるようなパッションを感じさせてくれるかというと、それほどではありませんが、時にはフォルテで非常に力をこめて鍵盤を叩くことも見受けられますし、若々しさに溢れていてとても愉しいモーツァルト演奏だと思います。特徴的な点としては、意外に楽譜通りに弾くのではなく装飾音を多く付け加えていることです。これは初めて聴いた時には「おやっ」と思いますが、繰り返して聴くと気になりません。極めて自然でセンスの良い装飾だからなのかもしれません。良し悪しは別にして、自分にはフリードリッヒ・グルダの装飾音よりも耳に残りません。また、カデンツァではオペラの旋律まで飛び出して来るのは楽しさの極みです。
収録曲の中で、最も気に入ったのは第21番K467です。演奏によってはムード的に流れてしまう曲ですが、室内楽的で贅肉の少ない美演を聴かせてくれます。デリカシーに溢れる弦の表情が新鮮です。管楽器とティンパニの音は控え目で全体に柔らかく溶け込んでいます。シフのピアノも端正で音の粒立ちの良さが生きていて魅力的です。先日ルプーの演奏を絶賛したばかりで、またまた絶賛するのも躊躇われますが、この演奏も実に素晴らしいです。
第20番K466はシンフォニックな曲なので、弦の音の厚みの無さがどうしても気になります。繊細な表情づけが素晴らしいだけに残念です。シフのピアノは、この曲の地獄の淵を覘きこむような怖さは感じませんが、過剰な力みの無い美演です。ただしカデンツァだけはベートーヴェン的でうるさく感じます。
第22番K482も良い演奏です。バレンボイムのようなロマンティックさは有りませんが、スッキリとした端麗さが魅力です。管楽器の洗練され過ぎない素朴な音もかえって楽しく感じられます。
第23番K488は元々編成がシンプルで室内楽的な曲ですので、このコンビには向いています。ですので水準以上の美演であるのは間違いありません。ただ、グリモーの新盤のような天才的な名演奏には及びません。
第24番K491は第20番と同じ短調のシンフォニックな曲ですので、弦楽の音の厚みが心配されましたが、意外に薄さを感じさせません。耳の慣れか録音の処理が上手かったのか分りませんが、ともかく不満を感じません。むしろ同じハ短調でもベートーヴェンの第3番のような過剰なほどの劇的演奏をされるよりは好ましいです。但し”怖さ”は有りません。シフのピアノには力が入っていますが、ぎりぎり曲の枠内に感じられますし、タッチの切れの良さも際立ちます。
第25番K503では音楽が肥大化することも無く、何の過不足も無く曲の良さをそのままに感じられる演奏です。
第26番K537は第20番の演奏と並んで気に入りました。「戴冠式」の呼名に相応しく、シフは真珠の粒の輝きを感じさせる魅惑のピアノを奏で、管弦楽は勇壮かつ美しい伴奏でそれを支えています。この曲に関しては、昔LPで聴いたヘブラーとコリン・デイヴィスによる最美の演奏に迫っているような気がします。
第27番K595は逆に幾らか期待外れです。第2楽章などは中々に美しいのですが、この孤高の曲を弾くにはシフの円熟度がまだ足りないように思われます。この曲では装飾音も余計に感じます。管弦楽伴奏も室内楽的な美しさは有りますが、ベームとウイーン・フィルのような入神の域には達していません。つくづく難しい曲だと思います。これは演奏者が頭で考えて演奏できるような音楽の種類では無いからですね。「音楽の女神の方から演奏者が選ばれる」そんな音楽ではないでしょうか。
「2台のピアノの為の協奏曲」ではピアノ独奏をシフとショルティが弾いています。「3台のピアノの為の協奏曲」では更にバレンボイムが加わります。この2曲については、管弦楽の演奏も含めて何の不満も無い出来栄えです。
ということで、個々の曲に関してはどうしたって好き嫌いが幾らか出るのは当たり前ですが、総じて素晴らしい演奏です。これなら改めて全集で聴いてみたい気がします。
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コメント
ハルくんさま
梅雨らしい天気が続きますね。
ヴェーグ、シフ 二人ともハンガリー出身ですか。
ハンガリーは弦、ピアノ共に素晴らしい方が多いですね。
シフ、余り聴かなかったのですが良さそうです。
年齢と共に演奏の好みも変わりますね。
中古盤、探して聴いてみます。
投稿: よーちゃん | 2014年6月 8日 (日) 09時55分
よーちゃんさん、こんにちは。
この演奏はシフとヴェーグ両方の魅力だと思います。良かったら聴いてみて下さい。
このボックスは国内では中古が余り出回っていないようですが、イギリスアマゾンでは2000円以下と安かったです。もちろん全集盤でもそれだけの価値はきっと有ると思いますが。
投稿: ハルくん | 2014年6月 8日 (日) 11時10分
ハルくん様
この指揮者、自らの名を冠した高名な弦楽四重奏団を率いておられた方ですね。御風貌が、L・ストコフスキとI・スターンを足して割ったような…(笑)。
このツィクルス、ポリドール(株)のLondonレーベルのPOCL規格で、1枚ずつリリースされてました。
緩急強弱、表情付けは指揮者が主導権を握っていそうな演奏のような気も致しますが、バレンボイムやアンダに内田光子と比べて、どんな演奏かな?と期待を抱かせる、貴ブログの御内容でございます。
投稿: リゴレットさん | 2018年4月11日 (水) 06時47分
リゴレットさん
この19番以降のセットが非常に素晴らしいので全集を購入したいと思っていますが実現していません。
いきなり全集ということでは無く、まずお好きな曲を単売ディスクで1枚選んで聴かれてみるのも方法かもしれませんね。
投稿: ハルくん | 2018年4月12日 (木) 12時37分
ハルくん様
LP時代はモーツァルトのピアノ協奏曲全集や、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集を買い込むのは、相当な覚悟が要ったものですが、昨今は旧譜で良いのならば、輸入盤バジェット・ボックスであまり負担感なしに手にする事が、可能になりました。
まぁ、それでもカード・ゲームに例えますと、ばばは引きたくないですから(笑)、その奏者の演奏上の特徴や傾向がよく出ていそうな曲を、情報誌やネットで調べて、それで最初は探る…良い作戦ですね。
投稿: リゴレットさん | 2018年4月22日 (日) 09時46分