ショパン 「ポロネーズ集」 名盤
ショパンの曲で僕が特に好んでいるのは2曲のソナタとプレリュードですが、もちろん他の曲も好きです。バラード、ノクターンなど、どれを聴いても「ピアノの詩人」の面目躍如ですものね。孤独な憂鬱さを感じる音楽はショパンの本質をついていると思います。けれどもショパンの偉業の一つとして、舞踏曲の芸術化ということが上げられると思います。ワルツ、マズルカ、ポロネーズなどを、単なる「踊り」の為の音楽では無く、高い芸術性を持った鑑賞用の音楽に昇華させたからです。
それらの曲は、どれも素晴らしいですが、ショパンの祖国ポーランドで祭礼や儀式の時に踊られていたポロネーズは、「ブンチャカチャッチャチャッチャ」という独特のリズムが男性的で、力強く勇壮な雰囲気が大きな魅力です。このリズムは、ロシアのチャイコフスキーなども好んで取り上げましたが、何と言ってもショパンが筆頭格と言えるでしょう。
ショパンは7歳の時に最初のポロネーズを作って、10代の頃までに約10曲の作品を書きました。けれども、それらは初期作品と扱われていて、現在一般に聴かれているのは、彼がポーランドを離れてから書いた作品26以降の7曲です。
第1番嬰ハ短調op.26-1
第2番変ホ短調op.26-2
第3番イ長調「軍隊」op.40-1
第4番ハ短調op.40-2
第5番嬰へ短調op44
第6番変イ長調「英雄」op.53
第7番変イ長調「幻想ポロネーズ」op.61
いずれも非常な名曲ですが、勇壮な舞曲にもかかわらず、1、2、4、5番のように暗い情熱に支配された短調の曲が多いです。特に4番、5番が秀逸で、第4番ハ短調では厳しい運命の重さに押し潰されそうになりながらも、必死に立ち上がって進もうとしている姿を想わせます。第5番嬰へ短調は「英雄」と並んで僕の最も好きなポロネーズです。長い曲で第1主題が何度も繰り返されるのに、くどさを感じないでもありませんが、切迫感に包まれた暗い情熱に引き込まれます。中間部は抒情的で美しく魅力的です。
一方で、3、6番のように力に溢れた長調の曲が大きな輝きを放っています。第3番「軍隊」も名作ですが、第6番「英雄」は傑作中の傑作で、何度聴いても胸いっぱいに勇気が広がる最高の曲です。無駄のない構成も実に素晴らしいと思います。
それでは僕の愛聴盤ですが、7曲のポロネーズが収められているCDは意外に多く有りません。
アルトゥール・ルービンシュタイン(1964年録音/RCA盤)
ポーランドの生んだこの大ピアニストを抜かすわけには行きません。ポロネーズの民族的なリズム感が最も強く感じられます。ピアニスティックな切れ味はポリーニやブレハッチに敵いませんが、男性的で堂々としたスケールの大きな演奏としてはやはり素晴らしいです。反面、この方のピアノにはややサロン的な楽天性が感じられて、ショパン特有の孤独感や翳りといったものは薄いです。中では第5番と「英雄」の立派さが印象的ですが、「英雄」単独では後述のライブの素晴らしさを知っていると幾らか物足りなく感じます。
サンソン・フランソワ(1968年録音/EMI盤)
フランソワの晩年の録音の為に、口の悪い評論家が「酒に酔って弾いているようだ」などど評していたような憶えがあります。確かにリズムは重く引き摺るようで、それも気まぐれに変化しているように聞こえますが、元々即興的な閃きが魅力の人なので、これも芸風の行きついた先と思えなくはありません。孤独にもだえ苦しみ、自らの運命と必死に戦うような演奏で、輝かしい勝利の歌にはかけ離れたポロネーズです。最初の1枚にはとても選べませんが、何枚目かに個性的な演奏を聴いてみたくなったらお勧めです。録音は時代相応ですが明瞭です。
マウリツィオ・ポリーニ(1974年録音/グラモフォン盤)
ポリーニに一番適しているのは「練習曲集」だと思いますが、このポロネーズ集も気に入っています。リズムを崩さずに厳格に刻むので、音楽が非常に威厳を持って立派に感じられます。流れの良さと、重厚さとのバランスが秀逸だと思います。1番、2番では演奏にやや不完全燃焼を感じますが、「軍隊」以降の曲では凄みすら感じ合させ、特に僕の好む第5番と「英雄」の出来栄えが傑出しているので大いに満足です。ここでは装飾音の一つ一つまでが音楽に完全に奉仕していると思います。ポロネーズ集としては最も愛聴するディスクです。
ラファル・ブレハッチ(2013年録音/グラモフォン盤)
新時代のショパン弾きではブレハッチが優れています。彼は20歳でショパンコンクールで優勝を飾りましたが、このポロネーズ集は28歳のときの録音です。素晴らしいテクニックで、あのポロネーズの特徴的なリズムをことさらに強調することなく、速めのテンポで颯爽と弾き切ります。それを新鮮さと捉えるか、味気なさと捉えるかは聴き手により分かれると思います。ピアノの音に輝きは有りますが、それが楽天的なそれでは無く、深い孤独感を感じさせるのは、やはりポーランド生まれの血なのでしょうか。特に第4番以降の曲ではポリーニ並みに凄みを感じさせます。
ということで、この4枚の中でたった一つとなればポリーニ盤を取りますが、他の3つも折に触れて聴きたい演奏です。
なお全集盤ではありませんが「英雄」など単独曲の録音にも素晴らしいものが有りますのでご紹介します。
ウラジーミル・ソフロニツキー(1949年録音/DENON盤) ソフロニツキーはサンクト・ペテルブルク生まれですが、少年期をワルシャワで過ごしてピアノを習います。その影響なのか、ショパンを主要レパートリーとしました。この録音はショパン没後100年にモスクワで行ったオール・ショパン・リサイタルのライヴですが、ポロネーズは「英雄」のみです。演奏に即興的な自由さを持ち、明確な打鍵と輝かしい音、豊かなロマンティシズムが印象的です。決して力まかせに陥らないのも素晴らしいです。録音は良好です。
アルトゥール・ルービンシュタイン(1960年録音/Muza盤) ルービンシュタインの祖国ポーランドのワルシャワでのコンサートのアンコールで「英雄」を弾きました。この演奏には上述のRCAのセッション録音とは全く異なる気迫と緊張感が感じられます。全盛期ですのでテクニックも申し分なく、これこそが真の「英雄ポロネーズ」なのかと、認識を新たにさせられる感があります。もしもこういう演奏で7曲を残してくれたら、決定盤間違い無しです。
ウラディミール・ホロヴィッツ(1960年代録音/CBS盤) ベスト盤ですが、「軍隊」「5番」「英雄」「幻想」と主要な曲を聴くことが出来ます。どの曲もホロヴィッツ一流の「クセ」の有る演奏で、好き嫌いの分かれ道ではないかと思います。で、僕は好きです。どんなスタイルでも究極まで突き詰められた「芸」は、やはり真の芸術だと思うのです。但し聴いていて、作曲家よりも演奏家の体臭を強く感じてしまうのは覚悟しなければなりません。
マルタ・アルゲリッチ(1967年録音/グラモフォン盤) 「英雄」「幻想」を聴くことが出来ます。 若きアルゲリッチの録音ですが、僕は70年代までの彼女の演奏は大好きです。本能と感性のままに、曲にストレートにぶつかる演奏が後年の恣意的な演奏とは随分印象が異なるからです。この2曲の演奏も、一気呵成に弾いているようで、表情をひょひょいと変えてゆくのが実に楽しいです。ポリーニのような造形性や立派さは有りませんが、音楽の勢いが非常に魅力的です。
エフゲニ・キーシン(1993年-2004年録音/RCA盤) ショパン選集の中から、1、2、4、5、6番を聴くことが出来ます。各曲に共通しているのは、遅めのリズムで重いことです。そのために躍動感に不足するように感じます。それでいて4番などは、引きずる様なテンポが人生の苦悩を増した印象かと言えば、意外にそうでもありません。「英雄」は1999年と2004年の二種類が有りますが、1999年のほうが躍動感に溢れていて好きです。
ということで、「英雄ポロネーズ」では単独としても、ポリーニのグラモフォン盤が好きですが、それに並ぶのがルービンシュタインのワルシャワ・ライブ盤です。
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コメント
ハルくんさん、こんばんは。 ポロネーズ、私の好きな曲も 第4、5、6番ですね。特に「英雄ポロネーズ」は いつ聴いても胸が熱くなります。CDですが 私の好きなコルトーの演奏がないので残念です。(6番と7番しか・・・)今、持っているのは ルービンシュタイン盤、フランソワ盤、ポリーニ盤です。ポリーニについては、肌が合わないと言うか、このポロネーズ集以外は 凄いと思いますが 何故かしっくり来ません。このポロネーズ集は素晴らしいと思うのに、どうしてでしょうね?(笑)
投稿: ヨシツグカ | 2012年6月30日 (土) 21時28分
ヨシツグカさん、こんばんは。
英雄ポロネーズ、本当に胸が熱くなりますね。実に素晴らしい曲です。
ポリーニは他にはエチュードとソナタも好きですが、このポロネーズはとても良いですね。厳格なリズムが、この人のスタイルに合っているからじゃないでしょうか。概して抒情的な曲はあっさりしていて物足りなく感じますので。
投稿: ハルくん | 2012年6月30日 (土) 23時44分
私は幻想ポロネーズが好きですね。作曲者の主観がとても強い曲なので好き嫌いはあると思うのですが。変イ長調なのに全体的にとても暗い。そこが好きです。破格と乱調という点ではベルリオーズの「幻想」に似ているような気もします。偶然かどうかわかりませんが曲想も似た部分があります。あれは若い頃女性に振られたのが動機らしいですが、ショパンのは晩年ですからやはり死を意識していたのかもしれませんね。
投稿: NY | 2012年7月 5日 (木) 01時04分
NYさん、こんばんは。
幻想ポロネーズがお好きなのですね。
記事中で一言も触れていなくて申し訳ありませんでした。(汗)
それにしても、この曲はユニークですね。ポロネーズらしくないポロネーズと言う点で。ポロネーズ風の「幻想曲」と呼べそうです。
でも良く聴くと音の光彩の繊細な変化や溢れる詩情がやはりショパンですね。
ベルリオーズの「幻想交響曲」との類似性への着眼には驚きました。今まで気付いたことは一度も有りませんでした。
ベルリオーズのほうも改めて聴き込んでみたくなりました。
投稿: ハルくん | 2012年7月 5日 (木) 22時18分
両「幻想」ともに最後のほうで”ウチら陽気なかしまし娘ー”みたいに聴こえてしまうところがありますよ。私だけかなあ。ベルリオーズの幻想は一種のエンターテイメントですね。お笑いに近いのではないかと。私はとても好きなんです。失礼しました。
投稿: NY | 2012年7月 8日 (日) 00時37分
NYさん、こんにちは。
♪ウチら陽気なかしまし娘~♪ですかぁ。
うーん、どちらも確かに聞こえます。(笑)
これって、阿波踊りのリズムでもありますね。
♪エライヤッチャ、エライヤッチャ、ヨイヨイヨイヨイ~♪
エンターテイメントに間違いありません。僕も幻想交響曲は好きですよ。
同じアホなら聴かなきゃソンソン~ですね。
失礼しました!(笑)
投稿: ハルくん | 2012年7月 8日 (日) 12時27分
こちらにもお邪魔します。
ノロケと言われてしまいそうですが、嫁のアイドル、ポリーニのポロネーズはイイですね。5番は嫁も若い頃得意にしていた曲です。
実は、キーシン、ツィマーマンも嫁にとってアイドル的存在で、(困ったもんだ…)今ではただのオバサンに成り下がってしまいましたが、若き日、男性ピアニストの力強いタッチに憧れ、ポリーニのマネをしようとして、ピアニストとしては失敗しちゃった、そんなやつです。
ハルくんさん、これからもどうかお元気で!
投稿: sasa yo | 2012年8月11日 (土) 06時24分
sasa yoさん、こちらへもありがとうございます。
ポリーニのポロネーズは力強さと厳しさが有って良いですよね。僕も5番は大好きな曲ですし、ポリーニの演奏は本当に素晴らしいです。
奥様の演奏も是非聴いてみたいですね。どうぞよろしくお伝えください。(笑)
投稿: ハルくん | 2012年8月11日 (土) 13時04分
ハルくんさん、こんばんは。
今日はショパンのワルツの録音を聴いていました。ショパンが書いた舞曲は、「踊るための曲」というだけでなく、より自由に弾くこともでき、様々な見方ができるのが素晴らしいと思います。
ポロネーズも素晴らしい曲集ですね。私もNYさんと同じく幻想ポロネーズが好きです。ハルくんさんが書かれている「舞曲の芸術化」が極められたのがこの曲だと思っています。
遺作のポロネーズにもチャーミングな佳曲がありますよ。現存するショパン最年少の作(なんと7歳!)である第11番ト短調なんか、私は結構気に入っています。無論、円熟期の作品とは比べ物にならないのですが、何気ないフレーズの音の選びかたとかを聴くと、子供のころから繊細な感覚を持っていたのだと思います。
CDですが、ポリーニは「幻想」との相性がいま1つなのが個人的に残念です。でも輝く音やむやみにリズムを崩さないスタイルはポロネーズに合っていますし素晴らしい演奏だと思います。遺作も含めた完全全集となると、私はカツァリスの録音しか持っていません。「幻想」単独の録音なら沢山あるのですが(笑)。
ところで、ハルくんさんのブログの最上部に表示されている楽譜はショパンの遺作のワルツですね。ワルツ特集のご予定はありますか?
投稿: ぴあの・ぴあの | 2014年1月21日 (火) 23時19分
ぴあの・ぴあのさん、こんにちは。
ショパンのポロネーズ集は、作品26以降の7曲を収めたものでも、それほどは出ていませんね。ルービンシュタインやフランソワがいまひとつなので、愛聴盤が本当に限られてしまいます。
最近では、プレハッチの新盤が良いみたいなので聴いてみたいと思っています。
ルイサダやツィメルマンも出してくれないものですかね。
ショパンのワルツ集も良いですね。
ワルツとエチュードは記事を書きたいと思っていますよ。年内の目標に加えてみたいですね。
投稿: ハルくん | 2014年1月22日 (水) 15時01分
こんばんは。
恥ずかしながら、ブランデンブルグ協奏曲と同じで曲名から余り興味をもてなかったのです苦笑。
第1番の、膨らんで直ぐにしぼんでといったような主題に驚きながらも、好きな短調が多いし、幻想~も長調を余り感じないし、もっと早く聴くべきでした。
①ルービンシュタイン
②ポリーニ
①で大満足も、貴Blogを拝読して②も入手し先程聴き終えました。舞踏、舞曲という成り立ちを考えると、軍隊や英雄での強さには説得力を感じます。同じ長調なので、コノ強さで幻想~も!?というのは杞憂で、むしろ最も魅かれた演奏でした。
②の後では、①をサロンに感じてしまうのは理解できます。ボクには短調曲を、使用するピアノに因る処が大きいのか、ノクターンでも感じる抒情性をより感じさせてくれるので、23:00以降に聴く時は①に手を伸ばします。
投稿: source man | 2018年11月13日 (火) 22時03分
source manさん、こんにちは。
サロン的というのは少々言い過ぎで、齢を取ったせいか最近はルービンシュタインも好きですよ。他にも案外好むのがサンソン・フランソワです。この人のラヴェル、ドビュッシーは最高ですがショパンもやはり良いです。それに比べると意外とまだピンとこないのがブレハッチです。
全集盤がポリーニだけというのも何なのでそれらを追記したいと思っているのですが未だ出来ていません。そんなのばかりです(苦笑)
投稿: ハルくん | 2018年11月14日 (水) 10時24分