ブラームス ヴィオラ・ソナタ集 続・名盤 ~神様VS王様~
昔、アマチュア・オーケストラでヴィオラを弾いていたこともあって、この曲は憧れの曲でした。当然、楽譜を買い求めて練習をしましたが、自分のレベルでは何しろ難しくてほとんど弾けませんでした。(笑) 写真はその楽譜です。
この2曲は本当に大好きなのですが、それは決して贔屓目とかではなく、愛くるしさと円熟した味が見事に溶け合って、地味ながら”滋味”に溢れた最晩年のブラームスの大変な傑作だと思います。個人的には、魅力の点でもチェロ・ソナタ以上、3曲のヴァイオリン・ソナタと全く遜色が無いと思っています。
この曲については、3年前にブラームスの室内楽特集をした時に、ブラームス ヴィオラ・ソナタ集 愛聴盤という記事を書いています。この曲はオリジナルのクラリネット版で聴くと、晩年の枯れた味わいが、とても強く感じられますが、ヴィオラ版で聴くと、だいぶ若さと色艶を取り戻したように聞こえるので不思議です。作品番号が実際の120番から一気に80番台辺りの作品に若返ったようなのです。特に第1番の1楽章、そして第2番の2楽章、いずれもアレグロ・アパショナートですが、ブラームスの情熱的な感情表現が余すことなく現れています。僕が何度聴いても胸を揺さぶられてしまう楽章です。
旧記事では、お気に入りCDとしてスーク盤をご紹介しました。この曲の可愛らしさと渋さがほどよく混じり合った素晴らしい演奏なのですが、あえて欠点を言えばピアノのパネンカが弱いことです。もうひとつのズーカーマン盤はロマンティックでずっと若々しさを感じる演奏で、バレンボイムのピアノの良さも有ってバランス的には優れています。
その記事の中で、昔LP盤で聴いていたヴィオラの神様プリムローズについて触れましたが、CDをようやく聴くことが出来ましたので、現代のヴィオラの王様バシュメットの演奏と合わせてご紹介したいと思います。
ウイリアム・プリムローズ(Va)、ルドルフ・フィルクスニー(Pf)(1958年録音/EMI盤)
かつて東芝EMIがCD化しましたが現在は廃盤です。それをようやく中古店で入手できました。プリムローズはかつてはヴィオラの神様でした。イギリス出身ですが、トスカニーニのNBC交響楽団の全盛期1930年代の首席ヴィオラを務め、退団してからはソロや室内楽活動を行いました。シャルル・ミンシュの「イタリアのハロルド」の録音でも素晴らしいソロを弾いています。そんなプリムローズのブラームスのソナタとあれば、代表盤にふさわしいのですが、それが廃盤ということは、やはりヴィオラは陽の当たらない楽器です。久しぶりに聴くこの演奏ですが、素晴らしさに感動しました。テンポは速めですが、大きな歌いっぷりに感情がいっぱいにこめられています。それも慈愛だけでは無く、驚くほどの激しさを持ち合わせます。スフォルツァンドでは弓のアタックで音がつぶれるほどです。この「グチャ」という音こそが正にヴィオラ特有の音で、やはりこう弾いてほしいです。
ここには、アドルフ・ブッシュやヨゼフ・シゲティのヴァイオリン、パブロ・カザルスのチェロのような、人間の心や感情そのものと言える演奏があります。それでいていかにも「ヴィオラ」という楽器(の奏者?)らしい、奥ゆかしさや謙虚さを決して失わないのです。
もうひとつ特筆すべきはフィルクスニーのピアノの素晴らしさです。この人は、フルニエと組んだチェロ・ソナタでも見事な演奏を聴かせてくれましたが、ここでも素晴らしいテクニックに支えられた、力強さと繊細さを兼ね備えた実に魅力的なピアノを弾いています。この曲のピアノ伴奏に関しては最上だと思います。
ユーリ・バシュメット(Va)、ミハイル・ムンチャン(Pf)(1995年録音/RCA盤)
現代のヴィオラの王様バシュメットは、活動が華やか過ぎるのがどうも好きになれず、この演奏も最近ようやく聴いたものです。太く厚く、広がりがあるヴィオラの音が素晴らしく、正に王者の貫禄です。1楽章を非常に遅いテンポで悠然と演奏する様も、やはり王様の風格です。ところが、この王様は非常にクールであり、感情に流されたりしません。冷たい氷のハートと言っては言いすぎですが、演奏は実に冷めています。第1番は通して、そんな印象を受けます。第2番もスタイルは同じですが、こちらのほうが音楽に自然に入り込むことは出来ます。2楽章の大きなスケール感は聴きものです。ムンチャンのピアノは上手いのですが、バシュメットに似て感情の起伏が余り感じられ無いのが欠点です。
ということで、バシュメットの王者の風格を横目で見ながらも、プリムローズ/フィルクスニーの歴史的な演奏こそは、この曲のマイ・フェイヴァリット盤に君臨しそうです。もっとも、このCDは廃盤で手に入りにくいので、この曲を聴いてみようと思われる人には、まずはスーク盤をお勧めします。
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コメント
ハルくん様、こんばんは~。
またまたブラームスの室内楽で、隠れた名曲を紹介されましたねぇ~。地味ながらも滋味に溢れたとは、良くぞ言われました!やはり、貴殿自身も弾かれておられるだけあって、愛惜あたわざるソナタなのでしょうねぇ~。
ハルくんのおっしゃるように、晩年の作品ながらも~オリジナルのクラリネット版よりも、艶っぽくて情趣があり、独特の華やぎさえ感じさせるこのヴィオラ・ソナタ~、僕もとても好きです。
若い時は、断然ヴァイオリン・ソナタの方が好きで、アーティストに関係なくいろいろ聞きましたねぇ~。でも、四十路を迎える頃から、このヴィオラ・ソナタ2曲とバルトークのヴィオラ・ソナタ~、そして~ウォルトンのヴィオラ協奏曲等を聞いて、すっかりヴィオラに魅せられてしまいました。
因みに、僕は~ご紹介のバシュメット版、それからFMで今井信子さんと、キム・カシュカシュアンさんの演奏を聞きましたが、バシュメット版が切れ味鋭く、クールな中にも深い味わいが感じられて、僕は好きなのですがねぇ~……
投稿: kazuma | 2011年12月10日 (土) 19時46分
kazumaさん、こんばんは。
ヴィオラソナタをとてもお好きとのこと。大変嬉しく思います。自分で弾いていた楽器の曲だからと誤解されるのが心配なくらい、これは素晴らしい曲ですからね。
バルトーク、ウォルトン、それにショスタコーヴィチも良いとは思いますが、ブラームスの室内楽を溺愛する身としては、この2曲のソナタは格別です。
バシュメットは大変立派なのですが、時に人肌を感じなくなるのに抵抗があります。その点、プリムローズやスーク、ズーカーマンはどこをとっても人肌を感じられるのが好きです。まあ、これはあくまでも好みということです。
投稿: ハルくん | 2011年12月10日 (土) 21時29分
こんばんは。
プリムローズ盤を聴き終えました。暖炉を前に聴きたくなる1番1楽章以外は、晩年の曲とは感じさせない演奏でした。お粗末なライナーが多過ぎる(特にJazz)なか、レコ芸盤の解説は一読の価値。
投稿: source man | 2011年12月15日 (木) 23時49分
source manさん、こんばんは。
プリムローズ盤、よく手に入りましたね。情熱的な演奏が、確かに晩年の曲では無いように感じさせます。
レコ芸盤は友人のものを見たことがあります。ライナーノートが実に充実していましたね。素晴らしいです。
投稿: ハルくん | 2011年12月16日 (金) 00時12分
ハルくん様、こんにちは
初めてコメントさせていただきます。
推薦されていたプリムローズ&フィルクスニー版、EMIのCLASSIC名盤999の第3期に「ブラームス ピアノ小品集」として入っていました(58年5月21日録音なので多分ご推薦のものと思います)。思わずぽちっとしてしまい、本日手元に届きました。これから聞いてみます。楽しみです。
投稿: kinchan | 2013年1月23日 (水) 14時38分
kinchanさん、はじめまして。
コメントを頂きまして誠にありがとうございます。
EMIの名盤999シリーズに入っていたのですね。「ブラームス ピアノ小品集、ヴィオラソナタ集」ということですので間違い無く同じ録音です。
このシリーズ、2集まではそれほど魅力を感じませんでしたが、3集には他にも興味をそそられる録音が含まれていますね。教えて頂きまして有難うございます。
お聴きになられたあとの、ご感想を楽しみにお待ちしています。
投稿: ハルくん | 2013年1月23日 (水) 23時02分
ハルくん様
morokomanです。
数箇月にわたってプリムローズ盤を聴いてきましたが、恥ずかしいことに自分はヴィオラという楽器に対して、余りにも情報が不測していることを実感しています。
プリムローズの演奏のどこが凄いのか、よくわからない……。
いえ、凄いのでしょうが、それを理解する前提知識というものが、全く私には備わっていません。
なので、他の演奏家の演奏と聴き比べをするべきなのでしょうね。
バシュメットは図書館で『ウォルトン/ヴィオラ協奏曲』があったので借りて聴きました。
鋭角的な切れ込みに凄みを感じさせるヴィオラでしたが、これはもともとウォルトンの曲がそうなのか、それともバシュメットの演奏がそうなのか、これもわかりませんでした。
なので、バシュメットを理解するにもやはりブラームスのソナタの聴き比べをするべきなのでしょうね。
ですが「プリムローズ盤を凌駕する録音は、おそらく無いだろう」という確信は、私の中にもあります。
その確信の根拠はピアノ。ヴィオラと違い、聴き慣れている楽器なのですぐに理解できました。
ルドルフ・フィルクス二ー……この人、只者じゃない……!
ピアノ伴奏で、これ以上のことができる演奏家は、果たしてどれほどいるでしょうか。
聴きながら時々、「ブラームス本人が伴奏したら、こんな感じになるのではないか」などと思ってしまうほどです。
このCDには他にピアノ小品が収録されていますが、どれも人肌のぬくもりを感じさせる、血の通った演奏です。
血も涙も凍りつきそうなアファナシエフや、人間の気配を感じさせないレーゼルとは全く違う次元の演奏で、ブラームスも私たちと同じ人間なのだ、と言う当たり前のことを気づかせてくれます。
このCDはやはり良い買い物でした。CLASSIC名盤999シリーズは、良いラインナップを揃えていると感じますね。
投稿: morokoman | 2013年5月23日 (木) 00時06分
morokomanさん、こちらへもコメントありがとうございます。
もちろん演奏には人それぞれの好みと言うものが有りますから、絶対ということは有りません。けれども、プリムローズの演奏は多少なりともヴィオラを弾いた自分が良いと思うので、間違いだということは無いと思います。
もしも聴き比べをされるなら、バシュメットは苦手なので、スークあたりがお勧めです。
フィルクスニーもお気に入られて良かったです。フルニエと共演したチェロソナタも絶品ですよ。
投稿: ハルくん | 2013年5月23日 (木) 01時05分
こんばんは。
第1ソナタを
ヴィオラのバシュメット盤
クラリネットのル・サージュ盤
で交互に毎日のように聴いています。
どちらも魅力的なので甲乙つけがたいです!
こうしてみると、ヴィオラ編曲版を作ってくれた
ブラームスに感謝したくなりますね。
両者の演奏とも、僕には
暗すぎず渋すぎず、かと言って健康的過ぎず
ちょうどいい塩梅に思えますが
初心者ゆえお許しくださいませ。
投稿: 影の王子 | 2018年6月12日 (火) 22時26分
すみません、ル・サージュはピアニストで
同盤のクラリネットはポール・メイエです。
レーベルはBMG。2001年録音です。
投稿: 影の王子 | 2018年6月12日 (火) 22時31分
影の王子さん、こんにちは。
メイエ&ル・サージュ盤は聴いていませんが、本当にクラリネット版とヴィオラ版は甲乙がつけがたいですね。
元々音楽そのものが『暗すぎず渋すぎず、健康的過ぎず』と本当に魅力的ですからね。一般的には地味な存在の作品なのが勿体無いです。
投稿: ハルくん | 2018年6月13日 (水) 12時45分
ハルくんさん、こんばんは。
僕は高校生の頃、カントもヘーゲルも、フォイエルバッハもショーペンハウアーも何もかも分からない哲学馬鹿だった上に、物理も英語も古文・漢文も分からない落ちこぼれ学生でしたので、サルトルの分かったような「実存主義」は、結論としては受け入れ難いものでした。
それもあって後に構造主義や所謂<ポスト>構造主義の哲学に活路を見出だします。
そのためか、皆さんの求める「人間的な演奏」からは対極にあるかと思われるかもしれません。しかし、フロイトの
「オイディプス帝国主義」
は、僕にとっては赦し難い
「ファシズム」
なのです。
ですから、皆さんの仰っている
「歌わせる」、「ロマンティズム」、「造形」
と言った用語法は必ずしもよく分かっているわけではありません。
ところで、ヨゼフ・スークのヴィオラと ヴァイオリンのCD、ピアノ三重奏曲やドヴォルザークの協奏曲、フルニエのチェロと共に確りしたよい演奏でした。
投稿: kum | 2020年8月 8日 (土) 23時59分
kumさん
確かに「歌わせる」、「ロマンティズム」、「造形」などの違いは、色々と聴き比べてみないと理解しずらいかと思います。
レビューなどで「対照的」「対極的」と称されている演奏をあえて聴いてみると良いのかも知れないですね。
投稿: ハルくん | 2020年8月 9日 (日) 13時39分
ハルくんさん、こんばんは。
ブラームスの「諦念」や「寂寥感」は、理解できても、フルトヴェングラーの造形が崩れたとか、ロマンティシズムに溢れたという例は、僕には凡その見当しかつきません。
例えばザンデルリンクのような「インテンポ」を主体とする指揮からは程遠いテンポを動かした指揮ですね。
僕は宇野功芳先生の批評でフルトヴェングラーを知りましたので、先生の理想とする「機械的ではない指揮」
はなんとなく見当が付きます。
クラシックは聴き比べなので、ハルくんさんが仰っている「リファランス」(参照)の意味も分かり始めました。
同じはずのスコアから全然別な音が出てくるので、クラシックに限らず音楽は極めて主観的なものですね。
投稿: kum | 2020年8月11日 (火) 00時19分
kumさん、こんにちは。
音楽は絵画や彫刻と違って、再現芸術ですからね。とくにクラシック音楽は作曲者以外の演奏家の「誰か」による再現を前提としています。当然、再現者により様々な解釈が行われるわけですし、時代と共にその解釈も変化してゆくわけですから決して正解は無いと思っています。そういう意味では極めて主観的なものですよね。
なので「これが最高」という言い方は余り好きではなくて「これが一番好き」なのだと心がけています。
ただ、そうはいっても各国の料理は本場の味が勝ることが多いように、音楽も本場の味を好んではいますし、やはり「最高」だと感じることが多いです。
投稿: ハルくん | 2020年8月12日 (水) 12時47分
ハルくんさん、おはようございます。
音楽のような再現芸術だけでなく、解釈や定石、方法論が時代と共に変化するのは、例えば「スポーツ」であるとか、「マインド・スポーツ」であるとか、「学問」であるとか、「政治・経済政策」や「仕事」、「家事」など考えてみると、「宗教の教義」まで含めると膨大な範囲に及びます。
しかしながら、音楽は残響を含めても10数秒も経てばほとんど消えてしまうわけで、儚いものですね。
それが昔はレコードすらなかったのですから、人々は曲のイメージを一瞬にして心に焼き付けなければなりませんでした。
しかし、スコアで再現(=表象)する方法だけは存在していました。
今は配信やCDがあり、プログラムさえ組み替えれば、同じ曲の別ヴァージョンも楽しめる、というわけです。これが、ほんとうに恵まれた環境にいるのかどうかはともかく、「比較検討する」上では絶好の環境にわれわれはいるかと思います。
投稿: kum | 2020年8月14日 (金) 06時15分