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2014年8月19日 (火)

シカゴ 「シカゴと23の誓い」(Chicago) ~’70年代 ブラスロックの旗手~

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1970年代に登場したブラスロック。当時のロックミュージックの進化の中で、管楽器を全面的に取り入れたロックとして台頭しました。とりわけシカゴとブラッド・スウェット&ティアーズ(BS&T)がその双璧でした。どちらか言えば大人の雰囲気のBS&Tに対して、あくまでも若者のためのロックという雰囲気だったのがシカゴですが、彼らには大変懐かしさを憶えます。何故かと言えば、中学生時代にロック小僧になった自分が高校1年になり、生まれて初めて行ったロックコンサートが日本武道館でのシカゴの初来日公演だったからです。1971年6月のことです。この翌月には(僕は行きませんでしたが)グランドファンク・レイルロードの後楽園球場での嵐の中の伝説的コンサートが有りましたし、9月にはあのレッド・ツェッぺリンの初来日コンサートが開かれました。

正にオールド・ロックファンにとっては黄金時代だったと言えます。最も印象深いのはもちろんレッド・ツェッぺリンですが、シカゴも初めて聴いた生のロックバンドとして決して忘れられません。

当時のシカゴのメンバーは7人で、通常のロックバンド編成のギター、ベース、ドラムス、キーボードに、トロンボーン、トランペット、木管の3人が加わります。

シカゴは初めはバンド名を”シカゴ・トランジット・オーソリティ”(シカゴ交通局の意)として、デビューアルバムのタイトルにもバンド名をそのまま付けました。ところが、当のシカゴ交通局からクレームを付けられたために、バンド名を”シカゴ”に変更し、二作目のアルバムに「シカゴ」とタイトルを付けました。

LPレコードの全盛期であった当時は、ロックで二枚組というのは珍しかったのですが、それを彼らはデビューから三作目まで2枚組をリリースする快挙を達成しました。その後に彼らは膨大な枚数のアルバムを発表し続けますが、ロックとしての革新性はデビューアルバムと二作目が際立っています。粗削りな魅力のあるデビューアルバムにも強く惹かれますが、まとまりが良く完成度の高い二作目の聴き応えはやはり最高です。

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このアルバムには日本タイトルに示された23曲のナンバーが収められています。ただし特徴的なのは、数曲ごとからなる組曲が幾つも置かれている点です。例えば”僕らは何処へ-僕らの道-僕らの詩-僕らの国”の4曲や、7曲もの短い曲からなる”バレエ・フォー・ア・ガール・イン・バキャノン”(その1曲目はヒットナンバーの「メイク・ミー・スマイル」(僕らに微笑みを)、4曲からなる”愛の記憶”、4つの楽章形式からなる”栄光への旅路”などです。この他に、彼らの代表曲の「25 or 6 to 4」(長い夜:直訳だと”午前4時25~6分前”)」も含まれています。

ここではデビューアルバムに溢れていた、反戦学生運動のような挑戦的な味わいは既に消えていて、むしろ後年のAORのようなポップな味わいが意外に多く感じられます。しかしロックテイストと非常に上手くブレンドされていて、そのバランス感覚が抜群です。

その後に、彼らは「サタデイ・イン・ザ・パーク」や「ハード・トゥ・セイ・アイム・ソーリー(素直になれなくて)」といったビッグヒット・ナンバーを出しますが、その頃にはすっかり軟派のポップグループに成り果ててしまい、かつての”ブラスロックの旗手”の面影はどこにもありません。これは残念でなりません。もっとも「素直になれなくて」は実は大好きな曲なので複雑な心境ですが。
「素直に聴けばいーじゃないかぁ」「ダメよ~ダメダメ」てなものです。(笑)

ということで、このアルバムの「長い夜」を聴きましょう。曲を書いたのはキーボードのロバート・ラムですがベースのピート・セテラが歌っています。テリー・キャスの荒々しいギターリフとアドリブ演奏が非常に印象的です。これはタングルウッドで1970年に行われたライブの映像です。これを観ると初来日公演が思い出されてなりません。あ~、これも青春!

2014年8月 3日 (日)

イエス 「危機」(Close to the Edge) ~壮大なるロック・シンフォニー~

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”イエス”と言っても、イエス・キリストではありましせんし、「イエス・ユー・キャン」でもありません。ましてやチャゲ&飛鳥の「セイ・イエス」でもありません。1970年代に大変人気の高かったプログレッシヴ・ロック・グループの名前です。

リーダーはボーカルのジョン・アンダーソンですが、当時のメンバーはキーボードのリック・ウェイクマン、ギターのスティーブン・ハウ、ドラムスのビル・ブラッフォード、ベースのクリス・スクワイヤと全員が実力と人気を兼ね備えていたと思います。特にリック・ウェイクマンは「展覧会の絵」で一世を風靡したエマーソン、レイク&パーマーのキース・エマーソンに並ぶ人気キーボード奏者でした。

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彼らの代表盤と言えば、やはり5枚目のアルバム「Close to the Edge」(日本題:危機」になると思います。曲目が僅か3曲と、ポピュラーとしては非常に珍しい構成でしたが、曲が組曲になっていたりと、ちょっとクラシックを意識した跡が見られます。実際に彼らはこの前のアルバムでブラームスのシンフォニーをアレンジして演奏したりしていますが、その首謀者?はクラシックを専門に習ったリック・ウェイクマンですね。この人はキース・エマーソンと比べると、ずっとクラシカルな演奏スタイルです。余談ですが、昔キャット・スティーブンスという歌手の「雨に濡れた朝」という名曲が有りましたが(試聴はこちら)、その中で鮮やかなピアノを弾いていたのは誰あろうリック・ウェイクマンです。

話を元に戻すと、アルバム「危機」にはとてもシンフォニックなサウンドが多く登場します。息が長くスケールの大きい楽想からは『ロックのシンフォニー』という印象を強く与えられます。更にその合間に美しい情緒と繊細さに富んだ楽曲が交互に現れます。これは正に壮大なシンフォニーです。

「最もクラシック音楽のシンフォニーを想わせるロック・アルバムは何か?」と聞かれたら、僕ならこの「危機」を上げます。ピンク・フロイドの「原子心母」では無いのです。

以下は曲目の詳細です。

「危機」(Close to the Edge)

1.危機
  1)着実な変革
  2)全体保持
  3)盛衰
  4)人の四季

2.同士
  1)人生の絆
  2)失墜
  3)牧師と教師
  4)黙示

3.シベリアン・カートゥル

「危機」の翌年にリリースされたLP3枚組ライブアルバム「Yessongs」(イエスソングス」も演奏の出来映え、ボリュームともに非常に充実していて、これもまた愛聴盤なのですが、その中で、この「危機」をライブにもかかわらず見事に演奏しています。もちろん緻密さではスタジオ録音には敵わないのですが、白熱度では当然ながらライブが上回ります。

どこかで読んだ話ですが、当時のプログレバンド、キング・クリムゾンのメンバーたちは、イエスを「子供みたいなバンド」と揶揄していたそうです。これはとんでもない間違い、あるいは思い上がりだと思いました。ジャズ的な即興演奏を主体とするキング・クリムゾンと、クラシック的な楽譜演奏を主体とするイエスとでは演奏の方法論が全く異なるので、比較のしようが有りません。
実際に、「危機」を演奏するためには、相当入念なリハーサルが必要でしょう。
しかし、それを置いても、このアルバムに込められた音楽の豊かさは驚くほどで、プログレッシヴ・ロックの五指に入る名アルバムだと言って過言ではありません。
(アルバム「危機」の試聴はこちら

2014年5月28日 (水)

ブルース・スプリングスティーン 「ボーン・イン・ザ・USA」

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ブルース・スプリングスティーンの1970年代から1980年代にかけての人気は凄まじかったです。とりわけ米国では正に「カリスマ」の存在。まぁ、例えてみれば"アメリカの矢沢栄吉"か??

ブルース・スプリングスティーン、通称「ボス」は、米国ニュージャージー州生まれのシンガー・ソングライターですが、その音楽が余りにアメリカ的であるので、両親もアメリカ人と思いきや、実は父親はオランダ系とアイルランド系のハーフ、母親はイタリア系アメリカ人なのですね。ということは、クオーターということですが、そこでことさらに「♪オレはUSAで生まれた~♪」ということなのでしょうか。

とにかく当時は、汚れ傷んだ(印象の)ジーンズとシャツでステージに登り、ドスの効いた太い声でうなる様に絶唱する歌は、すこぶる”オトコ”を感じさせました。僕には、その道??の嗜好は有りませんが、あの男っぽさには、”オトコがオトコに惚れずにいられない”ような強烈な魅力が有りました。

そんなボスも既に還暦を過ぎて、だいぶ声にパワーが無くなりました。特に今年1月にリリースされた最新アルバム「ハイ・ホープス」では、ちょっと痛々しいほどの声の変わりように感じられます。けれども、その前の2012年リリースの「レッキング・ボール」では声の衰えも幾らか感じられなくはありませんが、むしろ全盛期のようなノリの良さとカントリー・テイストが感じられる曲ばかりで、これは久々の愛聴盤となっています。

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   「レッキング・ボール」(2012年リリース)

けれども、ボスの全盛期のエナジーを最も感じさせるのは、やはり1984年にリリースされた7枚目のアルバム「ボーン・イン・ザ・USA」をおいて他には有りません。個人的には2枚組の「ザ・リバー」も大好きなアルバムなのですが、たった1つと言われれば「ボーン・イン・ザ・USA」しかありません。そのタイトル曲は”名曲”と言うよりはアルバムの象徴的な曲として存在感を示していますが、それ以外の曲では都会的なセンスとカントリーのテイストを絶妙に兼ね備えた曲想がとにかく素晴らしく、どの曲をとってもハートに強く訴えかける名曲ばかりです。これだけの曲を揃えることのできるコンポーザーとしての才能も、それは凄いものです。

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      「ボーン・イン・ザ・USA」(1984年リリース)

それでは、このアルバムの中から1曲。
タイトル曲「ボーン・イン・ザ・USA」も良いのですが、同じく大ヒットしたナンバー「ダンシング・イン・ザ・ダーク」を聴いてみましょう。アップテンポで哀愁が漂う曲想は正にボスの独壇場です。これは確かプロモーション・ビデオですので、「ベストヒットUSA」の小林克也の声が聞こえて来そうですね。

2014年5月 1日 (木)

エマーソン・レイク&パーマー 「展覧会の絵」

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「展覧会の絵」がクラシックの名曲であることは、ロック・ファンにも良く知られていると思いますが、実は自分の音楽人生を左右した大変に思い出深い作品なんです。自分は中学~高校時代とバリバリのハード・ロック少年だったのですが、当時ハマったのがエマーソン・レイク&パーマー(略してELP)でした。このプログレッシヴ・ロック・バンドが、こともあろうにクラシックの名曲「展覧会の絵」をロックに編曲して1枚のアルバムにしてしまったのです。元々、リーダーのキース・エマーソンは、その前からバッハ、チャイコフスキー、ドヴォルザーク、シベリウスといったクラシック音楽家の名曲をロックにアレンジしては演奏していましたが、最高傑作となったのがこの「展覧会の絵」です。

ELPが初来日した1970年代、まだ東京ドームになる前の後楽園球場でコンサートを開きましたが、もちろん聴きに行きました。「展覧会の絵」も当然演奏しましたが、キース・エマーソンのパフォーマンスが凄かったです。

51ytkbjsdl           エマーソン・レイク&パーマー 「展覧会の絵」(1972年リリース)

この曲の原曲を書いたムソルグスキーは、友人であった画家ヴィクトル・ハルトマンが亡くなったあとに開かれた遺作展で10枚の絵を見て、その印象をピアノ曲にしました。それらは、ロシアやさまざまな国の風物が描かれていました。但し、10枚の絵の曲が単純に並ぶのではなく、「プロムナード」という短い前奏曲(間奏曲)が繰り返して挿入されています。この「プロムナード」というのは、ムソルグスキーが展覧会で絵を順に見ながら歩く姿なんだそうです

これは本当にキース・エマーソンの天才ぶりを知らしめるアルバムです。ムソルグスキーの音楽の味わいを残しながらも、パーフェクトなプログレッシヴ・ロックに仕上がっています。原曲とは関係の無いアコースティック・ギターと歌の「賢人」や、バリバリのロック「ブルース・バリエーション」は、ムソルグシキーの音楽の流れに自然に溶け込んでいますし、「バーバヤーガ」での演奏の迫力はオーケストラをむしろ凌いでいます。終曲の「キエフの大門」での、主メロディに加えたボーカル・メロディの感動的なことも正に天才的です。ボーカルのグレッグ・レイクの声質がとても美しいので音楽にとても良く適しています。

アンコール曲として演奏されたチャイコフスキーの「くるみ割り人形」からの行進曲が「ナット・ロッカー」というのも揮っていますね。このアルバムはロックのアルバムとしても歴史上のトップ5に入ろうかという傑作だと思いますし、クラシックのオーケストラ編曲版と比べても、楽しさの点では、むしろ上回る傑作だと思います。

余談ですが、このアルバムはライブということになっていますが、相当編集されているのは明らかです。これほど完璧な演奏が一発録りで出来るはずが無いからです。

このアルバムを本当に夢中になって聴きましたが、そのうちに原曲を聴いてみたくなり、ある日スヴャトスラフ・リヒテルという名ピアニストの弾いたピアノ・ソロ版のレコードを買って来ました。この曲は、オリジナルのピアノ曲版を別の人の手によってオーケストラに編曲された版も有れば、ELPのようにロックにもなってしまうことが驚きで、実に面白いなと思いました。

それから、ELPの演奏している他のクラシック曲のオリジナルも聴いてみたくなり、あれこれと聴き進んでいるうちに、気がつけば、すっかりクラシック・ファンになっていました。良い音楽に垣根は有りませんから、クラシックでもロックでも、ジャズやタンゴでも自分の感性に触れる音楽は何でも楽しめば良いと言うのが、自分のポリシーです。

2014年4月24日 (木)

ジェフ・ベック・グループ 「ベック‐オラ」(Beck-Ora/Cosa Nostra)

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ジェフ・ベックは1960年代末から70年代にかけて、エリック・クラプトン、ジミー・ペイジと共に”三大ロック・ギタリスト”と称された名ギター・プレイヤーです。3人はそれぞれに非常に強い個性が有るので、「誰が上だ」と比べるのは余り意味の無いことで、自分の好きなプレイヤーを贔屓にすれば良いですし、あるいはそれぞれの魅力を味わえば良いことです。
けれども、3人の中で、最も”予測不可能”で”ユニーク”なギターを聴かせるのは間違いなくジェフ・ベックです。そのことは、クイーンの名ギタリストであったブライアン・メイが賞賛しています。メイのような正攻法の名手にとっては、ベックの自由奔放さは、逆に羨望にも似た印象を受けるのではないでしょうか。

ジェフ・ベックはロック・ギタリストとしてスタートしましたが、徐々にボーカルの比重を減らしたインストルメンタル主体のフュージョン的なプレイヤーに変貌してゆきました。現在でも進化を続けている極めて息の長いプレイヤーです。

ただ、”完全無欠のロックンローラー”である自分の趣味で言えば、第一期ジェフ・ベック・グループが好きなのです。特に完成度の高い2枚目のアルバム、「ベック‐オラ」(Beck-Ola、Cosa Nostra)が好きなのですよね。

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このアルバムは1969年にリリースされましたが、面白いのはアルバム・ジャケットにルネ・マグリットの「La Chambre d'écoute」という絵画作品を使っています。ビートルズ・ファンであれば、アップル・レーベルと間違えそうです。

アルバム・タイトルの「ベック‐オラ」ですが、「オラ」といってもあまちゃんでは有りませんよ。イタリア語の接尾語で、「・・・の製品、作品」という意味が有るようです。つまり「ベックの作品」ということですね。副題の「Cosa Nostra」は「われわれのもの」という意味だそうです。

このアルバムでのメンバーは、ジェフ・ベックの他に、ロッド・スチュワート(ボーカル)、ロン・ウッド(ベース)、トニー・ニューマン(ドラムス)、ニッキー・ホプキンス(キーボード)という5人編成でした。後から思えば、スーパーグループと呼んで良かったですね。

「ベック‐オラ」に曲は8曲収録されていますが、オリジナル・ナンバーの他に、エルヴィス・プレスリーのヒット・ナンバーの「オール・シュック・アップ」「ジェイルハウス・ロック(監獄ロック)」が含まれています。

8曲はパワフルなナンバーが主体ですが、「ガール・フロム・ミル・ヴァレー」のような美しいバラードも含まれます。けれども最も印象深いのは、やはり「ジェイルハウス・ロック」です。僅か3分12秒の間の手に汗握るスリリングな演奏には鳥肌が立ちます。ベックのギタープレイも最高ですが、ロッド・スチュワートの歌もホント凄いです。それでは、このナンバー、皆さんと一緒に楽しみましょう。

2014年3月11日 (火)

ブラインド・フェイス ~スーパー・ジャイアンツ~

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クリームを解散したエリック・クラプトンが、元トラフィックのスティービー・ウインウッドと組んで結成したのがブラインド・フェイスです。もちろんクラプトンがギター、ウインウッドがヴォーカルとキーボード担当ですので、ドラムスにはクリームからジンジャー・ベイカーを連れて来て、もう一人ベースにはリック・グレッチが加わりました。

彼らは1969年の6月にハイド・パークで10万人の観客を集めたコンサートでデビューして、8月にアルバム「BLIND FAITH」をリリースします。バンド名がそのままアルバムタイトルなのですが、日本では何故か「スーパー・ジャイアンツ」に。なにも当時黄金期にあった読売ジャイアンツの人気にあやかったわけでもないでしょうにね。”超巨人”だなんて、今なら”進撃の巨人”になるかもしれません。

とにかくクリームに替わるスーパー・バンドの登場だと凄い話題になりました。合わせて話題になったのは、アルバムのジャケットに頬にあばたの目立つ少女の裸の上半身写真が使われたことでした。当時まだ中学生で思春期だった僕らにとっては凄くインパクトが有りました。実はこのアルバム・デザインは米国では問題視をされたために、バンドメンバーの写真に差し替えられました。ですので、英国盤と米国盤ではデザインが異なっています。日本では確か、アルバム本体には少女の写真を使い、同サイズのメンバー写真を付録にしたのではなかったでしょうか。昔のことでだいぶ記憶も薄れています。

その写真を撮ったSeidermannという写真家は、アルバムに使うモデルを捜してロンドンの地下鉄で、ある少女にアプローチをしました。彼は少女の家に行って少女の両親とその話をしましたが、そのとき少女は14歳で、幾らかイメージの年齢からオーバーしているように思えました。そこで、その家に居た少女の妹さんのほうに急遽モデルを変更しました。それが当時11歳だったMariora Goschenちゃんです。

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イギリス盤

Blindfaith
アメリカ盤

肝心のアルバムの音楽は、当時は「期待外れだ」という声が多かったです。それは誰しもが、クリームの白熱した「ライブ・パフォーマンス」の再現を望んでいたからです。確かに「Do what you like」のような延々と続く長いジャムセッション曲も含まれてはいますが、大半は比較的短めのポップな曲でした。クリームのスタジオ録音以上に親しみ易い演奏ナンバーが並んでいたのです。

ただ、僕はこのアルバムを気に入りましたし、現在でも好んでいます。トラフィック時代からスティービー・ウインウッドが好きだったこともありますし、クラプトンの書いた屈指の名曲「プレゼンス・オブ・ザ・ロード(Presence of The Lord)」を始め、とても良い曲が並んでいると思うからです。さすがに「Do what you like」のドラム・ソロだけは少々長過ぎに感じますが、こういう曲を入れてベイカーのご機嫌を取ったのでしょうね。全体的には少々アンバランスさを残しているアルバムですが、演奏にリラックス感の感じられるこのアルバムは聴いていて心地良く、飽きさせません。やはりロック史に残る名作アルバムだと思っています。

しかし、このスーパー・バンドはクリーム以上に短命に終わります。その年の10月に、あっという間に解散してしまいました。僅か4か月余りの活動という非常にあっけない幕切れでした。以後、クラプトンは自分のやりたいように気ままに音楽を演奏できる環境で活動を続けてゆきます。プレイヤーのエゴ丸出し(だから凄かったのですが)のバンドはクリームで懲りたのかもしれませんね。

1969年ハイド・パーク コンサートから「泣きたい気持ち(Hard to cry today)」

2014年3月 4日 (火)

クリーム(Cream) ~ロック史上最強のトリオ~

Cream

1966年に結成されて1968年に解散したイギリスのバンド、クリーム(Cream)。僅か2年だけの活動にもかかわらず、ハード・ロック・ミュージックへの影響は計り知れません。

エリック・クラプトン(ギター&ボーカル)、ジャック・ブルース(ベース&ボーカル)、ジンジャー・ベイカー(ドラムス)というトリオですが、彼らが集中したときの緊迫した演奏には、他のどんな編成のバンドにも勝る凄みがありました。現在でも現役のエリック・クラプトンの若き当時のギターワークは圧倒的ですし、元々はジャズ・プレイヤーのジャック・ブルースとジンジャー・ベイカーのパフォーマンスは当時のロック・ミュージシャンの中では群を抜く存在でした。

彼らがシングル曲としてリリースした「ホワイトルーム」は、当時の洋楽ヒットとなってラジオでも流れました。ですので、当時中学生であった自分も、現役バンドとしての認識がありました。他の曲の「サンシャイン・オブ・ユア・ラヴ」「クロスロード」なんかもえらくカッコいい曲だと思いました。ですので、彼らの解散前後に幾つかのアルバムを購入して聴きました。

それから既に半世紀近くが過ぎてしまったのですが、いま思えば彼らの残したアルバムには最良のパフォーマンスは収められていますが、トータルアルバムとしては決して最良の姿では無いように思います。「これが代表盤」というのがいま一つためらわれてしまいます。もちろん当時のファンであれば、2枚組の「Wheels of Fire」を上げるでしょう。人によっては「Goodbye」かもしれません。けれども、どちらのアルバムも、ライブテイクとスタジオテイクを組み合わせるという編集を取っているのが気に入りません。彼らの”命が燃え尽きるかのごとき白熱したライブ・パフォーマンス”と”おっとりのんびりしたスタジオパフォーマンス”(それはそれで好きですが)のイメージがまるでかけ離れていて統一感を損ねています。

こんなへんちくりんなアルバムにしてしまった元凶はもちろんレコーディング・プロデューサーだったフェリックス・パッパラルディです。この人は自身もミュージシャンで、楽器がギターとヴィオラ(!)という変わり種でして、「ホワイトルーム」で聞こえる不思議なロングトーンはこの人が弾いているヴィオラなのです。クリーム解散後は自分のバンドである”マウンテン”を結成して結構売れました。良いアルバムを幾つか出しています。

とにかく「Wheels of Fire」はライブテイクとスタジオテイクを別々にして独立したアルバムにしてほしかったですし、「Goodbye」は全てライブテイクでまとめて欲しかったです。それが残念でなりません。でも前述した通り、演奏そのものは涙が出るほど素晴らしいです。そういう意味では不滅の価値が有ります。比較的短い「クロスロード(Crossroads)」一曲だけを聴いても彼らの凄さが思い知らされます。

「クロスロード」 1968年ロイヤルアルバートホールでの解散コンサート

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「Wheels of Fire」(邦題:クリームの素晴らしき世界)(1968年リリース)

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「Goodbye」(邦題:グッバイ・クリーム)(1969年リリース)

2014年1月26日 (日)

ジャーニー 「フロンティアーズ」 ~アメリカン・ロックの王道~

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毎回WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)のTV放送のテーマ曲として使われているのが、1980年代のロックバンド、ジャーニーの「セパレイト・ウェイズ(SEPARATE WAYS)」です。前回も、これにはすっかりハマってしまいました。この曲は、彼らの「フロンティアーズ」というアルバムに収められていて大ヒットしましたが、僕も当時はレコード(アナログディスクです)を買って聴きました。当時、僕はまだ20代でしたが、学生時代から続けていたアマチュア・オーケストラ活動に飽きてしまい、替わりに熱中したのがテニスです。週末には仲間と一緒に車で山中湖や房総、軽井沢に出かけて行って、朝から晩までテニスをしました。そんな行き帰りにカーステレオで聴いたのが、当時流行ったTV番組「ベストヒットUSA」に出てくる音楽です。特に好きだったのはホール&オーツでしたが、このジャーニーも好きでしたね。カルロス・サンタナのバンドでデビュー当時、天才少年ギタリストとして話題になったニール・ショーンがサンタナを退団して、結成したのがジャーニーでした。

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ジャーニーは1980年代に入ると大ブレイクしましたが、この「フロンティアーズ」のアルバムは、彼ら自身が最高の自信を持っていたということが納得できる素晴らしい傑作ロック・アルバムです。
当時は、多様なロックが流行った時代でしたが、彼らのサウンドは1970年代から続くハードロックの正に王道を行く内容です。
ということで、この「フロンティアーズ」を久しぶりに聴きたくなって、CDを購入してしまいました。

「セパレイト・ウェイズ」は、愛し合った恋人同士が、離れて別々の道に行くという内容なので、どうしてWBCのテーマに使われているのかはよく分りません。単に、勇気の湧き起る曲なので使われただけなのかもしれません。でもまぁ、勝負の世界は、常に勝つか負けるかの分かれ道ですので、案外と番組に相応しいのかもしれませんね。
どちらにしても、この曲では重厚なバンドの音と、スティーヴ・ペリーの伸びのあるヴォーカルとニール・ショーンのギターが聴きものです。
他の曲もどれも名作揃いですが、バラードの「フェイスフリー(FAITHFULLY)」は惚れ惚れするほど美しい曲です。こういう曲を歌わせるとペリーは実に上手いです。

YouTubeで、ジャーニーが1983年に日本武道館で行ったライブでの「セパレイト・ウェイズ」の映像を見つけましたのでリンクしておきます。メンバーのダサい衣装が、いかにも当時を想わせます。(笑)

2014年1月10日 (金)

ザ・フー 「ライヴ・アット・リーズ」(25周年エディション)

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2012年ロンドン・オリンピックの閉会式でトリを飾ったのが、かつてビートルズ、ローリング・ストーンズと並ぶブリティッシュ・ロック・グループとして人気の有ったザ・フーです。Who(だれ)だなんて、とぼけたバンド名ですが、さすがはユーモアの国、英国のグループですね。

彼らの活動のピークは1960年代末から1970年代にかけてですが、当時ロック少年だった自分は当然熱中したものです。なんといってもステージの上でのパフォーマンスが凄く、ギタリストのピート・タウンシェンドはギターを床に叩きつけて壊すわ、火をつけて燃やすわと、当時としては驚きでした。破壊パフォーマンスの元祖ではないでしょうか。また、この人は上の写真のような驚異的なジャンプを見せました。『空中に浮いたまま止まって見えるほどのジャンプ』と言えば、あの伝説的なロシア・バレエ団ダンサーのニジンスキー、コント55号時代の萩本欽一、あるいはオウム真理教の麻原教祖(これはウソでしょうけど)のようですね。

とはいえ、肝心のステージでの演奏の大迫力も並みでは無く、スタジオでの整理された音による演奏とはまるで異なりました。

演奏の実力で言えば、ビートルズ、ローリング・ストーンズとは比較に成らず、ギターのピート・タウンシェンドはリードギターとリズムギターを同時にかき鳴らすとてもユニークな奏法で、速弾きこそ出来ないものの、重低音を主体にした飛行機の爆音のような音が快感でした。ベースのジョン・エントウィッスルもまたとてもユニークで、高音主体でギンギンと速弾きをして興奮させました。要するにベースのようなギターと、ギターのようなベースの絡まり合いが最高なのです。どっこいドラムスも負けていません。キース・ムーンという素晴らしくパワフルなドラマーは、レッド・ツェッぺリンのジョン・ボーナムと双璧だったと思います。そしてボーカルのロジャー・ダルトリーのやはりパワフルな歌声。映画「ウッドストック」での熱唱する姿が今でも忘れられません。さすがにロンドンでのオリンピックではパワーが落ちていましたが。

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彼らの本領はライブにあるので、当然代表盤もライブです。愛聴盤はただ一つ、「ライヴ・アット・リーズ」です。1970年にイギリスのリーズ大学の狭い学生食堂で行なわれたライブ録音なのですが、演奏の内容が最高だからです。なまじ大きな会場でなかったので、スタジオ・ライブのような緻密さと熱気の両立が可能になったのかもしれません。

このディスクは最初にアナログLP盤で発売された時には、収録曲はわずかに6曲でしたが、非常に興奮して聴いたものです。「サマータイム・ブルース」は洋楽のヒットチャートに上がりましたので、当時洋楽を多少でも聴かれた方なら覚えていることでしょう。

けれども現在は、この時のライブから25年後に、「25周年エディション」として発売されたCD2枚組で愛聴しています。会場での演奏が全て収められていて、CD二枚目にはロック・オペラ「トミー」がカットなしで入っています。その中の一曲が、ロンドンオリンピックの閉会式で歌われた「シー・ミー・フィール・ミー」ですね。会場で続いて歌われた「マイ・ジェネレーション」も入っています。

普通は、昔のアルバムがCDリマスターをされる時に、オリジナル盤に無かった曲がボーナス曲として数曲加えられて編集されるのは好みませんが、このCDは例外で、文句なく完全版を聴くべきです。

当時のアルバムジャケットはボール紙にスタンプされただけのようなシンプルなもので、これがまた妙に魅力だったのですが、さすがにCDでは普通にケースに収められています。ジャケット写真は同じですけれどもね。

2013年12月20日 (金)

ニール・ヤング ~偉大なカナディアン・ロッカー~

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ニール・ヤングは、かつてバッファロー・スプリング・フィールドやクロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤングという実力派グループに所属していた時期も有りますが、活動の大半はソロもしくは自分の結成したバンドを率いてでした。当然、そのほうが彼の強烈な個性が存分に発揮されています。カナダ出身ですが、アコースティック・ギターやピアノで美しいカントリー・テイスト溢れる歌を聴かせるかと思うと、エレキ・ギターをジェット機の爆音のように鳴り響かせて、ワイルドなロックを聴かせてもくれます。その、どちらもが本当に魅力的です。

彼は、これまでにアルバムを数多く出していますが、僕が特に愛聴しているのは、ニール・ヤングが最も創作意欲に溢れていた初期の2つのアルバムです。どちらも非常に完成度が高く、ファンの間ではどちらも大変に人気の高い作品です。

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「After The Gold Rush/アフター・ザ・ゴールド・ラッシュ」(1970年)

ソロ活動になって3枚目のアルバムですが、ファンの間では一番人気の高いアルバムではないかと思います。アルバムの流れの中心となるアコースティックのナンバーの数々は、どれもが優しい愛に満ち溢れていて、心の奥底に語りかけてきます。メロディもサウンドもシンプル極まりないのですが、どの曲も大変に美しく何度聴いても飽きさせません。その中で、第3曲「Southern man」では、激しいエレキ・ギターの音が真実のメッセージとなって心に突き刺さってきます。魂を揺さぶられるようです。もうひとつのエレキサウンド・ナンバー第9曲「When you can really love」も、一見古いサウンドなのですが、やはり飽きさせません。主流のアコースティック・ナンバーの間にエレキサウンド・ナンバーが上手く収められていて、全体の味付けのバランスが絶妙なのです。

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「Harvest/ハーヴェスト」(1972年)

「アフター・ザ・ゴールド・ラッシュ」に続いて発表された「豊作」というタイトルを付けられた4枚目のアルバムです。前作と比べると、ずっと重くシリアスな雰囲気になっています。サウンドも前作には無かった、本格的なオーケストラが何曲かで使われています。ですので曲の内容もサウンドも、前作よりもずっと聴きごたえが有ります。また全体を通して、アメリカ南部の土臭さも増しているように感じます。良くも悪くも「濃い」わけです。先日、ご紹介した「Heart of Gold」は、このアルバムの第4曲として納められています。もちろんこのアルバムでもアコースティック・ナンバーは、どれもシンプルで美しいのですが、僕はエレキサウンド・ナンバーの第8曲「ALABAMA」と第10曲「Words (Between the Lines of Age)」が、物凄く好きで心惹かれます。第3曲「A Man needs a Maid」や第7曲「There's a World」にはフル・オーケストラが使われますが、演奏しているのはロンドン交響楽団という豪華さです。正規メンバーだけで演奏しているとは思いませんが、プレーヤーの上手さは本物です。

というわけで、この2枚はどちらも優劣が付けられないほどの素晴らしさなのですが、あえて自分の好みで一つだけ選べば「Harvest」のほうを取ります。

Weld
「WELD/ウェルド」(1991年)

「アフター・ザ・ゴールド・ラッシュ」「ハーヴェスト」以外のアルバムも、それぞれに異なる魅力が有って素晴らしいのですが、僕が好きなのは2枚組ライブ・アルバムの「WELD」です。長年の仲間クレージー・ホースと共演したこのアルバムは、正にタイトルの通り、激しいエレキ・ギター・サウンドが炸裂し炎のように燃えて、ついには”WELD(溶解)”してしまうような、熱い熱いパフォーマンスが聴きごたえ充分です。但し、家でお聴きになるときにはご注意を。でないと、ご家族や近所から騒音の苦情間違い無しですので。

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