J.S.バッハ カンタータ 第147番「心と口と行いと生活で」BWV147 名盤 ~主よ人の望みの喜びよ~
「G線上のアリア」や「トッカータとフーガニ短調」などと並ぶバッハの最もポピュラーな曲の一つが「主よ人の望みの喜びよ」です。このコラールはカンタータ 第147番「心と口と行いと生活で」に含まれていることから、このカンタータ自体もバッハの200曲以上残存するカンタータの中で最も親しまれています。もっとも「主よ人の望みの喜びよ」というタイトルは、ピアニストのマイラ・ヘスがピアノ独奏曲に編曲した際に付けられたものです。
このカンタータはバッハがライプチッヒのトーマス・カントルに就任した1723年の「マリアの訪問の祝日」(毎年7月2日)のために書かれましたが、原曲はそれより先に待降節(クリスマスを待つ時期)の為に書かれた未完のカンタータであり、それに更に曲を加え改作を行い完成をさせました。有名なコラールもこの時に新たに作曲されたものです。
曲は、処女のままイエスを身ごもったマリアが老女エリサベト(洗礼者ヨハネの母)を訪れ、その祝福を受けて神を讃える歌「マニフィカト」を歌うというのがその内容です。全体は第1部と第2部に分かれ、合計10曲から構成されるというカンタータとしてはかなり規模の大きなものです。
第1部
1、合唱「心と口と行いと生活で」
2、レチタティーヴォ(テノール)「幸せな口よ!」
3、アリア(アルト)「おお魂よ、臆することは無い」
4、レチタティーヴォ(バス)「頑(かたく)な心は、強き者をも盲目にする」
5、アリア(ソプラノ)「イエスよ、道を開いてください」
6、コラール(合唱)「私がイエスを持つことのなんという幸せ」(「主よ人の望みの喜びよ」)
第2部
7、アリア(テノール)「イエスよ、助けたまえ」
8、レチタティーヴォ(アルト)「至高の全能者の不思議な御手は」
9、アリア(バス)「私はイエスの奇跡を歌う」
10、コラール(合唱)「イエスは変わりなきわが喜び」
もちろん最も知られているのは第1部最後のコラールですが、第2部最後のコラールにも同じ旋律が使われています。まずは、この2曲のコラールがこのカンタータの核心と言って良いでしょう。けれども、トランペットが祝祭的に活躍する第1曲の合唱と第9曲のバスのアリアも非常に輝かしく印象的ですし、第3曲のオーボエ伴奏によるアルトのアリアと、第5曲のヴァイオリンを伴うソプラノのアリアは、しみじみと深く心に訴えかけて実に素晴らしいです。
聴きどころの多さでは、僕の最も好きなカンタータ第140番「目覚めよと呼ばわる声あり」と、がっぷり四つというところです。どすこい!
それでは、僕の愛聴盤に参りましょう。カール・リヒター指揮ミュンヘン・バッハ合唱団/管弦樂団(1961年録音/アルヒーフ盤) リヒターはカンタータの全集は未完に終わりましたが多くの録音を残しました。これはその選集からです。ピリオド演奏派の少人数による洗練された合唱と比べると大人数のそれには幾らか古さを感じますが、神の頂きに少しでも近づきたいという精神の強さが感じられるのはむしろこちらの方です。ゆったりと大河の流れの如く歌われる二つのコラールの何と感動的なことでしょうか。バッハはやはり”小川”では無く”大海”です。アルトのテッパーやソプラノのブッケルの歌も器楽独奏と相まって素晴らしく感動的です。録音は僅かに古さが感じられます。
ヘルムート・ヴィンシャーマン指揮オランダ声楽アンサンブル/ドイツ・バッハゾリスデン(1972年録音/フィリップス盤) これもリヒターと同様に遅めのテンポでスタイルの古さを幾らか感じます。リヒター盤よりも合唱の規模は小さそうですが、ピリオド派の極少人数よりも多く、このカンタータの場合はこれぐらいが好きです。独唱陣にはコトルバス、ハマリといったかつての名歌手が揃っています。二つのコラールはリヒターと同じようにゆったりとした大河の流れを想わせますが、美しさに於いては随一だと思います。
ヘルムート・リリング指揮ゲヒンゲン聖歌隊/シュトゥットガルト・バッハ合奏団(1983‐4年録音/ヘンスラー盤) これは全集盤からの演奏です。リヒターと比べれば幾らか速めのテンポによる演奏ですが、ピリオド楽器派ほどの先鋭性は持ちません。けれども独唱、合唱、器楽全ての出来映えは優れていますし、音楽を落ち着いて味わえる中庸かつ極めてオーソドックスな演奏です。全体に”厳しさ”よりは”穏やかさ”の印象を強く受けます。やや微温的ですし、際立つ個性は感じられませんが、コラール全集の中の1曲として聴くには最適だと思われます。
ニコラウス・アーノンクール指揮テルツ少年合唱団/ウイーン・コンツェントゥス・ムジクス(1984年録音/テルデック盤) アーノンクールがレオンハルトと完成させたカンタータ全集からの単売です。最大の特徴は合唱にテルツ少年合唱団を使い、ソプラノ、アルト・パートを合唱団のメンバーが歌っていることです。大人のプロの団体と比べれば”つたなさ”が感じられますが、反面彼らの持つ清純さはかけがえのないものです。トーマス教会合唱団の理想的な録音が無い以上、大きな存在感を示しています。アーノンクールにしてはことさらに癖のある演奏をしているわけでは有りませんが、トランペットの音色が古色蒼然としていたり、独奏楽器を情緒的に奏させたりと楽しませてくれます。但し、二つのコラールは合唱の強弱の付け方が大胆で、作為的に感じられます。
ジョン・エリオット・ガーディナー指揮モンテヴェルディ合唱団/イングリッシュ・バロック・ソロイスツ(1990年録音/アルヒーフ盤) ガーディナーはピリオド楽器派にしては穏健な部類なので演奏に自然に溶け込めます。極端に小さ過ぎない編成も好ましく、楽器の古雅な響きが美しくとても心地良いです。合唱、独唱ともプロの大人ですので、同じ古楽派でもアーノンクールとは全く異なる味わいが有り、これはちょっと好みでも甲乙が付けられません。二つのコラールはリズムが軽く弾む様ですが、ドラマティックに過ぎることなくイエスを讃える喜びが自然と湧き上がります。バッハが”大海”では無く”小川のせせらぎ”に感じられますが、これもまた悪くありません。
さすがに名曲ですので良い演奏は多いのですが、残念ながら自分にとっての決定盤にまでは到達していないというのが正直なところです。強いて言えばリヒターかアーノンクールになるのですが、もしも歴代のトーマス・カントルのクルト・トーマス、マウエルスベルガー、あるいはロッチェが聖トーマス教会合唱団と録音を残してくれていれば自分にとっての理想的な演奏に成ったのかもしれません。
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