J.S.バッハ(器楽曲:弦楽器)

2018年1月10日 (水)

J.S.バッハ「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」 続・名盤 ~新春・女流名人戦~

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新年の聴き初めにふさわしい音楽というと真っ先に思い浮かぶのがやはりバッハです。その峻厳さには襟を正さずにはいられませんが、かといって決して堅苦しいわけではなく、音楽に人間愛が一杯に感じられるのが真の偉大さです。

ということで選んだのは「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」です。

”音楽の父”J.S.バッハが、たった1台のヴァイオリンの為に作曲した、この奇跡の作品については、5年前に「無伴奏ヴァイオリンの為のソナタとパルティータ 名盤」として記事を書いています。そこで今回はその後に入手したCDをまとめた「名盤・続編」です。

この曲集はかつてはどちらかいうと男性の巨匠が腕を競い合っていたように思いますが、時代も移り変わり近年ではむしろ女流奏者の意欲的な演奏が目立つようになりました。

そこで、いずれも現役の女流ヴァイオリニスト4人のCDを選び、題して『新春・女流名人戦』です。
して、その4名人とは。

チョン・キョンファ(韓国・1948年生まれ)
ヴィクトリア・ムローヴァ(ロシア・1959年生まれ)
レイチェル・ポッジャー(英国・1968年生まれ)
イザベル・ファウスト(ドイツ・1972年生まれ)

4人にはやや年齢差が有りますが、いずれ劣らぬ個性派ですので聴き比べが楽しみでした。それでは鑑賞記を年齢順では無くて録音した順番に。

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レイチェル・ポッジャー(1998-99年録音/チャンネル・クラシックス盤)

4つの中で録音時期は最も古いです。ポッジャーは英国生まれですが、ドイツで教育を受けて若い時期からバロック奏法に興味を持ち、古楽アンサンブルの創設に関与をしたり、レコーディングを行ううちに1997年にトレヴァー・ピノックのイングリッシュ・コンソートのコンサートミストレスに抜擢されました。このCDはその直後の録音で、1739年製のバロック・ヴァイオリンを使用しています。
どの曲もほんの僅かにヴィブラートをかけた美音できっちりと演奏しています。テンポには幾らか伸縮が有って即興性を感じさせます。しかしそれは決して過度なものではありませんし、むしろ四角四面の学究派的な退屈さから解放された魅力となっています。「シャコンヌ」でも大上段に構えたリはしていませんが、とても心に染み入ります。ボウイング技術が素晴らしく、音符一つ一つのテヌートとスタッカートの処理が非常に明確かつ的確で、やはりバロック一筋の演奏家であると感心させられます。あらゆる点でバランスの良い、正に古楽器派の新時代の王道を行くような素晴らしい演奏だと思います。マイナーレーベルからの発売で地味な存在ですが、これは広く聴かれて欲しい名盤です。

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ヴィクトリア・ムローヴァ(2007-08年録音/Onyx盤)

ムローヴァは元々モダンヴァイオリンの騎手として活躍していましたが、ある時期から古楽演奏家との共演を多く経験するうちにピリオド楽器の嗜好が強くなったようです。ですのでこの録音ではガット弦を張った1750年製のガァダニーニにバロック弓を用いて演奏をしています。
確かに演奏についてもヴィブラートを控えた古楽奏法を試みています。けれども例えばポッジャーの演奏と比べてみると、やはりモダン奏法の癖をそう簡単に消し去ることが出来ず、随所でそれを感じさせてしまいます。もちろんモダン奏法のバッハが悪いというわけではありませんし、古楽器の持つ音色を味わえるのは確かですので、この演奏を支持する方も案外と多いかもしれません。けれども個人的には何となくどちらつかずの印象を受けてしまい、どうせなら純古楽器奏法か、あるいはコテコテのモダン奏法のほうが楽しめます。録音についてはとても優秀で、楽器の音の美しさを忠実に捉えています。

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イザベル・ファウスト(2009-11年録音/ハルモニア・ムンディ盤)

ファウストはバッハの直筆譜を徹底的に研究した結果、『荘厳な構築性を兼ね備えた大聖堂のような総合芸術で、調和、均衡に驚愕する』と述べています。ヴァイオリンは愛機のストラディヴァリウス製「スリーピング・ビューティー」を使用。詳細は記述が有りませんが、恐らくガット弦を張り、バロック弓を使用していると思われます。奏法はほぼノン・ヴィヴラートの古楽奏法です。
第1番のプレリュードをやや速めのテンポで開始します。音は美しく澄み古楽器特有の痩せた印象は受けません。淡々とした雰囲気が敬虔さを滲み出させます。2曲目のフーガは一転して快速で、跳ねるようなリズムを感じますが、それでいてフーガを見事に弾きこなしているのには驚かされます。
全体的には速めのテンポで舞曲のリズムを強調した奏法で統一しています。「シャコンヌ」についても往年の巨匠達があらん限りの熱演をするところ、あっさりと爽やかに演奏しています。最初は拍子抜けしましたが、ここにある『軽み』こそが新鮮な魅力であり、後半のしっとりとした響きの美しさを引き立たせています。けれども荘重な楽曲においては厳かな雰囲気を充分に漂わせていて中々に感動的です。

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チョン・キョンファ(2016年録音/ワーナークラシックス盤)

これは一昨年リリースされた新しい録音です。評論家の故宇野功芳先生が生前絶賛したキョンファの東京での演奏会のバッハ無伴奏は私も聴いていますが確かに素晴らしかったです。その後、指の故障のために演奏から離れていた彼女が復帰して全曲録音してくれたのは嬉しいのですが、キョンファの無伴奏全曲を聴けずに逝去された宇野先生はさぞ心残りであったろうと思います。
使用している楽器はモダン仕様の愛機1735年製ガルネリ・デル・ジェスです。キョンファはこの4人のうち唯一モダン奏法でバッハに挑みます。古楽奏法流行の時代に在っても”我が道を行くのみ”です。
ここに聴かれるバッハは精神的に強靭かつ浪漫的で、ひたすら音楽の本質に迫ろうという強い意思に貫かれています。この演奏は往年のヴァイオリン界の巨人シゲティやミルシュテイン、あるいはメニューインといった面々を想わせます。テンポはかなり流動的で緩急や表情の巾が大きいですし、ヴィヴラートも躊躇わずに多用しています。技巧的な難所では流麗とは言えませんが、反面、神への祈りを感じさせるような楽曲では敬虔さと深い想いを感じずにはいられません。

というわけで、4人の女流名人のバッハを堪能しました。いずれも一聴に値する名演奏であることは確かなのですが、現在自分が好む無伴奏はどれかと言えば、ポッジャーとファウストで少々迷ったうえ、最終的にポッジャーを選びます。次点が僅差でファウストです。残りの二人はキョンファ、ムローヴァの順となります。

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2012年4月 5日 (木)

J.S.バッハ 「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」BWV1001~6 名盤 ~奇跡の音楽~

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”大海のごとく偉大なバッハ”(ベートーヴェン談)の最高峰作品は「マタイ受難曲」、「ヨハネ受難曲」、「ロ短調ミサ曲」であるとしても、僕がかねがね奇跡の音楽と思っているのは「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ集」です。あの小さな楽器のヴァイオリンたった一台のために書かれた曲集であって、鍵盤楽器の伴奏も何も有りません。それが、大編成の声楽曲や交響曲にも負けないほどの大きな音空間を創り上げます。それは正に宇宙的なまでの広がりを持っています。これこそは奇跡以外の何物でもないと思います。

この曲の凄さを知ったのは、今から30年以上も前の僕がまだ20代の頃です。東京文化会館にヘンリク・シェリングのヴァイオリン・リサイタルを聴きに行きましたが、その日の演奏曲目にバッハの無伴奏パルティータの第3番が含まれていました。演奏が始まると、それまで聴いたことも無いような美しい響きが、あの大きなホール一杯に響いてゆきました。演奏するシェリングの身体には少しも力みが無く、一見すごく軽く弾いているのですが、ふわりと自然に広がっていく音に、客席全体が包み込まれてしまいました。僕が聴いていたのは最上階5階のサイドなので、シェリングは見下ろすステージの上で弾いているのですが、音はまるで大きなホールの空間がそのままヴァイオリンになってしまったかのように感じられました。それは、あたかも大きなヴァイオリンの箱の中で聴いているかのような感覚なのです。ヴァイオリンのコンサートを聴きに行って、こんな感覚を持った経験は後にも先にもこの時だけです。恐らくは、バッハの音楽とシェリングの演奏が組み合わさって、初めてこのような現象が起こるのだと思います。この時の来日公演では、別の日のコンサートがTDKからライブCDとして出ていますが、あの体験は実際の会場で無ければ味わえないものだと思います。

要するに、この曲は、”音楽の神様に選ばれし者”に演奏されたときには、とてつもない音楽になってしまうのです。

この曲はバッハの自筆譜において3曲のソナタと3曲のパルティータが交互に配列されています。

1.ソナタ第1番 ト短調 BWV1001
2.パルティータ 第1番 ロ短調 BWV1002
3.ソナタ 第2番 イ短調 BWV1003
4.パルティータ 第2番 ニ短調 BWV1004
5.ソナタ 第3番 ハ長調 BWV1005
6.パルティータ 第3番 ホ長調 BWV1006

最も良く知られているのは、パルティータ第2番の終曲の「シャコンヌ」です。その長大な変奏曲は、パイプオルガンにも匹敵する巨大な音空間を想わせます。
そして曲集で重要な肝となるのが各ソナタに置かれたフーガです。フーガが果たしてヴァイオリン1台で演奏することが出来るものだろうかと、曲を実際に聴く前までは不思議でなりません。しかしいざ聴いてみれば各ソナタのフーガは実に堂々たるもので、多声部が次々と追いかけ合って行く様は、これをたった4本の弦と1本の弓で演奏しているかと思うと驚愕するばかりです。
もちろんヴァイオリンは基本的に同時に二つの音(重音)しか出すことができませんので、三重音以上は分散和音のように弾きます。それをオルガンのように聴かせるわけですから、演奏も至難を極めます。音程と弓使いが完璧でないと音楽になりません。しかも単にテクニックだけで片付けられるような浅い内容の音楽ではありませんので、いよいよ演奏家には多くのものが要求されます。

いずれも第2楽章にフーガを置く4楽章構成のソナタも素晴らしいですが、古典舞曲を元にした短い曲を多く並べたパルティータの魅力も絶大です。第3番の「ブーレ」などは楽しさの極みですが、一方で第2番の「シャコンヌ」のような長大な楽曲も存在します。

いずれにしても、この「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」こそは、バッハの究極の器楽曲だと思います。

それでは僕の愛聴盤のご紹介です。

6c592408cbd172778c635c24b9b8e558ヘンリク・シェリング(1967年録音/グラモフォン盤) 昔から定盤と呼ばれている演奏です。本来はアナログ盤で聴くのが一番ですが、不公平になるのでCDで聴き比べることにします。実演での音空間は体験できなくても、家で聴くには充分美しいです。シェリングのベートーヴェンやバッハは、何ら大げさなことをしていないのに何故これほど音楽の偉大さを感じるかというと、基本は技術です。特筆すべきは音程の完璧性です。それは実演の場合でも全く変わることがなく、他の誰のスタジオ録音よりも音程が確かで、一音たりとも外すことが有りません。その結果、重音、アルぺッジオが非常に美しく響きます。まるでオルガンのような響きを感じさせる奏者が他に居たでしょうか。その為には、ボウイング(弓使い)のなめらかさも不可欠なのですが、この人はほぼ晩年まで衰えることが有りませんでした。技術的な難所にあっても微動だにしないテンポの安定性も特筆されます。結果として、フーガでの構築性や立派さは比類が有りません。演奏家としての自分を表に全く出さないので、一聴すると個性が無いように感じるかも知れませんが、それは間違いであり、シェリングはバッハの偉大な音楽を完全に演奏しようとするからこそ、そこに演奏家の矮小さを介在させないのです。この曲の計り知れない大きさや凄さを最も感じさせてくれるのは、やはりこの演奏です。

Bach51geimu7jql_sx355_ヤッシャ・ハイフェッツ(1952年録音/RCA盤) ハイフェッツが演奏する映像を観てみると、背筋を伸ばした堂々とした立ち姿と迫力ある弓使いに驚かされます。このバッハの演奏もそんなイメージそのままの凄演です。テンポは速く一気呵成に弾き切りますが、小綺麗に弾こうなどとはツユほども考えず、弓を弦にハッシとぶつけて偉大なバッハと格闘するかのような真剣勝負さを感じずにはいられません。ヴァイオリンの音そのものは大変厳しいのですが、あちこちでポルタメントを使うのにはいささか古さを感じさせます。残響の少ない小ホールで録っているような音質はハイフェッツにはピッタリで、目の前に気迫が迫ります。モノラル録音ですが、音は明瞭ですしハイフェッツの演奏を味わうのに何ら影響はありません。

Swscan00106ヨハンナ・マルツィ(1954年録音/テスタメント盤) 原盤はEMIですが、古いアナログ盤が希少のために、中古市場で驚くほどの高値を呼んだことで有名です。それが今では普通にCDで聴くことが出来るのが嬉しいです。彼女の音を聴いていて、なぜか連想してしまうのがピアノのリパッティの音です。派手さは無いのですが、純朴でとても美しい音です。技術的にも安定しているので、重音が美しく響きます。演奏スタイルも良く似ていて、誇張や派手さは全く無いのですが、深く心に染み入ってきます。何よりも音楽に「祈り」を感じさせるのが素晴らしいです。この敬虔な雰囲気の中に、いつまでも浸っていたくなる感覚というのはそうそう有るものではありません。とはいえ曲によっては相当な気迫を感じさせます。フーガの演奏も実に素晴らしく、彼女はやはり凄いバイオリニストだったと思います。テスタメントのリマスターには充分満足していますが、本家のEMIからもボックス盤で出ています。

398ヨゼフ・シゲティ(1955-56年録音/ヴァンガード盤) シゲティは偉大なヴァイオリニストだと思いますし、この人の弾くブラームスなどは感情表現の深さに涙が止まらなくなるほど感動させられます。このバッハの演奏もやはり同様のスタイルであり、大きなヴィブラートやポルタメントを遠慮なく用いて情緒的に強く訴えかけます。「シャコンヌ」などはそれが痛切なほどです。いささか古めかしさを感じますが、その真実味を帯びた人間性溢れる表現は比類が無く、好き嫌いが分れるところだと思います。重音や、スタッカートの音に気迫がこもり切っているので音に荒さを感じますが、これぞシゲティの本領発揮でファンには気にならないでしょう。昔はともかく、今では広く一般にお勧めするべき演奏ではないのかもしれませんが、同じハンガリー出身でもマルツィとまるで異なるタイプの名演奏として大切な存在です。

Ym449ユーディ・メニューイン(1956-57年録音/EMI盤) 子供のころから「神童」ともてはやされたメニューインは、ある専門家によれば、デビュー前にマスターしておかなければならないヴァイオリニストとしての基礎技術が欠けていたそうです。それでは大人になってからは、豊饒な音も持たず、確かな技術も無いとなると、何が特徴かということになりますが、月並みな表現ですが、この人には「精神」が有ったと思います。この演奏も、聴き始めは音程の不安定さと汚い音に耳を覆いました。第1番のフーガなどは、「のこぎりを引いているのではないか」と思ったぐらいです。ところが聴き進むうちに、それでもバッハの偉大な音楽に真正面から必死で立ち向かう姿が浮き上がってくるのです。それは、燃えさかる炎の中に人を助けに飛び込んでゆくような、人間の意思を超えた何か壮絶なものを感じずにいられません。決してリファレンスの演奏にはなり得ませんが、「凄いものを体験した」という聴後感は、ことによるとシゲティ以上かもしれません。しかしこれは誰にでもお勧めできる演奏ではありません。

51j21715r8l__sl500_aa300_ナタン・ミルシテイン(1973年録音/グラモフォン盤) 昔から、(シゲティは別にして)シェリングと並ぶ定番なのは知っていましたが、実は聴いたのは今回が初めてです。シゲティほどに激しく楽器を痛めつけませんが、その気迫はかなりのものです。技術も鮮やかですし、演奏に非常に切れが有ります。基本的にはロマン派の演奏スタイルなので、音楽の形式が自由で舞曲を多く含むパルティータのほうが適していると思います。事実、非常に素晴らしいです。ソナタも情感深く歌わせるアダージョやシャコンヌは素晴らしいと思いますが、フーガ楽章で音が次々に重なって巨大になってゆく造形性はシェリングほどには再現できていません。重音の和音の美しさも、やはりシェリングには一歩譲ります。とは言え、やはり一つの時代を画した、非常に存在感の有る名演奏だと思います。

Bach51rq4o1242l_sx355_オスカー・シュムスキー(1975年録音/Nimbus盤) 7歳でのデビュー時にストコフスキーから「かつてない神童」と呼ばれたほどの逸材だったにもかかわらずシュムスキーの名前が余り知られていないのは、早くから教育活動の道を主に進んでしまったからです。けれども60歳を過ぎた頃から再び演奏活動を再開してレコーディングも積極的に行いました。その中で名盤として最も知られているのがこのバッハの無伴奏全曲です。ゆったりとしたテンポで丁寧に語りかけるようなバッハで、一音として気持ちの籠らない音は無いとさえ言えます。ビブラートを多用してはいますが、それでいて古い演奏家のように過度にロマンティックに傾くこともなく極めて正統的なスタイルです。技巧も確かで音色も美しく、また録音年代が比較的新しいことが幸いして良い音で鑑賞することが出来ます。CD収録の曲順は変則で、1枚目にソナタ1番、パルティータ2番、ソナタ3番、2枚目にパルティータ1番、ソナタ2番、パルティータ3番という具合です。

4110080336カール・ズスケ(1983-88年録音/シャルプラッテン盤) ズスケは、実演ではカルテットでしか聴いたことは有りませんが、非常にしなやかで美しい音でした。このバッハもドレスデンのルカ教会の響きと相まって、非常に美しい音を聴くことが出来ます。ユニークなのは、聴き手に聴かせようという意思が希薄で、ひたすら自己の内面に向き合っているかのように内省的な演奏です。自分の魂との対話・・・そんな印象なのです。技術的には、フーガ楽章などでポリフォニーが充分に再現できているかというと少々難しいといころですが、細部にこだわらず全体を通して聴いていると、いつの間にか惹き込まれてしまいます。

ここで古楽器派についても上げておかないわけには参りませんね。

Bach___sl1259_シギスヴァルト・クイケン(1981年録音/独ハルモニア・ムンディ盤) 古楽器派の代表的な奏者としてはやはりクイケンが上げられそうです。1700年製のストラディバリウス「ジョヴァンニ・グランチーノ」を使用していて、これはバロック・ヴァイオリンによる全曲録音の先駆けの一つです。以前は古楽器の音を「干物の魚」のようにどうも貧相に感じましたが、最近ではやはりこのような音がバロックには合うのかなと思うようになりました。確かに無心で耳を傾ければ、アダージョなどの遅い曲では素朴な音色と落ち着いた歌い回しとが相まってとても懐かしさを誘い魅了されます。けれどもフーガのような難しい部分となると演奏の完成度はまだまだ低く、正直聞き苦しさを感じてしまいます。が、しかし楽器に装着する顎(あご)あても肩あても無い時代の演奏の再現という意味では、この未完成な印象がむしろ忠実なのかもしれません。古楽器復活のエポックを画した録音としても重要な価値を持ちます。

971モニカ・ハジェット(1995-96年録音/EMI盤) 女流のハジェットもトン・コープマンと一緒にアムステルダム・バロック合奏団を結成して途中までコンミスを務めてみたり、まだ10代だった1970年頃からバロック・ヴァイオリンを弾くという筋金入りの古楽器奏者です。その後大勢の奏者が出てきましたが、この人の演奏は一味違うと思っています。40代に録音したこの「無伴奏」は楽しめます。ズスケが自分の魂との対話だとすれば、ハジェットは、さしづめ名女優です。表情が豊かで雄弁に演奏していますので、下手をすると単に姑息な演奏に陥ってしまいそうですが、そうはならずにバッハの音楽の別の面を語り尽くしています。まるで、英国のシェイクスピア俳優の台詞を聴いているみたいです。そういえばハジェットもイギリスの出身でした。アマティ制作の1618年クレモナのヴァイオリンの素晴らしい音が優秀な録音で楽しめるのも魅力です。

Bach_61iatxmrll_sx355__2 シギスヴァルト・クイケン(1999-2000年録音/独ハルモニア・ムンディ盤) クイケンがエポック的な一度目の録音から18年の間を置いて二度目の録音を行いました。楽器は同じストラディバリウス「ジョヴァンニ・グランチーノ」です。旧盤とは基本的な解釈が変わることは有りませんが、全体的にテンポが緩やかで落ち着いたゆとりが感じられます。演奏の完成度もかなり向上して、フーガのような難所でも聞苦しさが減りました。その分、他の演奏者との際立った違いが少なくなったのも事実です。皮肉なことに”古楽器演奏を聴いている”という実感は旧盤のほうが勝るように思います。ファンは両方とも聴くべきですし、どちらか一つだけという方には新盤を勧めるでしょうが、個人的にはむしろ旧盤を取るかもしれません。

これ以外にも魅力的な演奏があるとは思いますが、シェリングの演奏を大本命として、マルツィを次点、シゲティ、ミルシテイン、シュムスキーを外せない演奏だと思っています。
また、「続・名盤」で上げたポッジャー盤、ファウスト盤は新時代の名盤として特筆したいと思います。

<補足>
ハイフェッツ盤、シュムスキー盤、クイケン新盤を追記しました。

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