J.S.バッハ(器楽曲:弦楽器、管楽器)

2023年4月29日 (土)

J.S.バッハ「無伴奏チェロ組曲」BWV1007~1012 名盤  ~チェリストの聖書~

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しばらく記事のUPが空いてしまいました。というのもバッハの無伴奏チェロ組曲を集中して聴いていた為です。これまでに購入したCDを引っ張り出して聴き直していたら、いや面白くて。。。
こういう面白さは集中して一挙に聴かないと中々分からないのですよね。 

バッハの作曲した「無伴奏チェロ組曲」は、言わずと知れたチェロ独奏用の楽曲集ですが、第1番から第6番までの6つの組曲から成ります。作曲された年代は正式には分かっていませんが、ケーテン時代の1720年前後の作曲と推測されています。作曲の背景については、宮廷オーケストラ団員でヴァイオリン、チェロ、ビオラ・ダ・ガンバを弾きこなしたクリスティアン・フェルディナント・アーベルの為に書かれたという説が有力です。残念ながらバッハの自筆譜は存在しませんが、幸いなことにバッハの妻のアンナ・マクダレーナによる綺麗な手書き写譜が残されています。

バッハはケーテン時代に「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ(全6曲)」を『第1巻』として作曲しましたが、この「無伴奏チェロ組曲」にはマクダレーナの写譜に『第2巻』という表記が記されています。但し、実際に作曲されたのはチェロ組曲の方が先であるというのが通説です。 

この作品は長い間、単なる練習曲として歴史に埋もれていましたが、大チェリストのパブロ・カザルスがまだ13歳の時に、故郷のバルセロナの楽譜店で偶然にも古い出版譜を見つけたことから陽の目を浴びるようになったというエピソードは良く知られています。

現代において「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ」はヴァイオリニストの“聖書”ですが、こちらはチェリストの“聖書”です。両作品は鍵盤楽器以外の無伴奏による器楽楽曲として双璧の存在で、永遠に輝きを放ち続けることでしょう。 

無伴奏チェロ組曲第1番ト長調 BWV1007

無伴奏チェロ組曲第2番ニ短調 BWV1008

無伴奏チェロ組曲第3番ハ長調 BWV1009

無伴奏チェロ組曲第4番変ホ長調 BWV1010

無伴奏チェロ組曲第5番ハ短調 BWV1011

無伴奏チェロ組曲第6番ニ長調 BWV1012 

各組曲は、プレリュード、アルマンド、クーラント、サラバンド、メヌエット(もしくはブーレかガヴォット)、ジーグの6曲から成っていて、いずれもプレリュードの後に5曲の舞曲が続きますが、ヴァイオリン・ソナタ&パルティータのように「フーガ」や「シャコンヌ」は有りません。

演奏においては、番号が進むごとにだんだんと難しくなり、第5番ではスコルダトゥーラという変則調弦(A線を全音低いG音にする)が用いられます。さらに第6番は元々「ヴィオラ・ポンポーザ」という腕に乗せて弾く大型のヴィオラ(バッハが考案したという説が有りますが証拠は無く、そもそも実物も現存していません)の為に書かれていますが、これは普通に調弦されたチェロの4弦の上にさらに 高いE弦を加えた5弦の楽器です。その為にモダン・チェロで演奏するのは至難の業であることから、特に古楽器奏者の間では、同じ5弦のチェロ・ピッコロを用いて演奏されることも多いです。 

全曲の中では第1番のプレリュードが映画やテレビCMで頻繁に使われて、様々な楽器でも演奏されることから良く知られていますが、第6番のガヴォットなども耳に馴染みが有ると思います。他の曲も舞曲のレベルにはとても収まり切らない哲学的な深さを秘めていたりと、そのどれもが傑作です。しかも、これらは様々な演奏スタイルを受け入れられる大変に懐の広い楽曲です。 

それでは所有しているCDを現代楽器(モダン・チェロ)と古楽器(バロック・チェロ)とに分けてご紹介してみます。 

<モダン・チェロによる演奏>

Windcoloryshopping_f16toce856263_i_20221 パブロ・カザルス(1936-39年録音/EMI盤) 13歳で楽譜を発見したカザルスが、そのうち1つの組曲を演奏するのにも10年かかりましたが、録音を行なったのは60歳前後のことです。つまり半世紀近くも曲集を研究したことになります。ところが演奏には、まるで今生まれたばかりのような生命力と情熱が漲っています。アカデミック臭さは微塵も感じられず、音楽がまるで嵐のように迫り来ます。それは例えばワルター/ウィーン・フィルのモーツァルトやフルトヴェングラーのベートーヴェンを聴くのと共通します。その後に登場する数々の演奏家や古楽器演奏とは違う、正にカザルスだけが持つ深い人間の精神性に裏付けされた個性的な演奏で、単なる歴史的遺産というだけに留まらず、立派に現役の演奏として鑑賞出来ます。古いSP録音なので音質は古めかしいですが、所有する東芝EMIのGRシリーズ盤では、変にデジタル臭くリマスターされていないのが嬉しいです。 

539 ピエール・フルニエ(1960年録音/アルヒーフ盤) フルニエはこの曲を2回セッション録音していますが(他にライブも2種残されています)、その最初の録音です。長い間カザルス盤と共に「定番」として君臨した演奏だけに、現在でも輝きを失うことはありません。全体のテンポは中庸ですが、呼吸に深さが有るので、実際以上に落ちついて聞こえます。崇高さと気品に溢れていますが、厳格過ぎることが無いので、ここには大きな慈愛の心に包み込まれるような安心感が有ります。技巧的にも充分高いのですが、それを表立って示される気が全くしません。これこそが本当の音楽家、いや芸術家というものでは無いでしょうか。無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータで言えば、ちょうどヘンリク・シェリング盤に相当します。録音年代は古くなりましたが、優秀なアナログ録音なのでCDで聴いても充分美しく聴けます。 

51rkwkdqdjl_ac_ エンリコ・マイナルディ(1963-64年録音/DENON盤:オイロディスク原盤) マイナルディはイタリア生まれですが、主にはドイツ/オーストリアで活動しました。この録音当時66歳で、元々技巧的に特に優れるとは思いませんが、驚くほど遅いテンポで弾いています。表情も朴訥で一本調子の印象です。ところが重低音が腹の底にまで響き、聴いているうちに何か巨大な聖堂か、あるいは巨峰を仰ぎ見るような錯覚に捉われます。それはクレンペラーかクナッパーツブッシュの指揮に通じるかもしれません。第2番のメヌエットや5番、6番のガヴォットの余りの巨大さには言葉を失います。6曲は通常ならCD2枚で収まるところが3枚となっている極めてユニークな演奏と言えます。従って最初に聴くのには向きませんが、幾つかの演奏を聴いた後に体験してみるのが良いでしょう。オイロディスクによる重心の低い録音は落ち着いた響きで素晴らしいです。 

Cla110616142_20230429160701 ダニール・シャフラン(1969-74年録音/ヴェネチア盤:メロディア原盤) ロストロポーヴィチと並ぶロシアの大チェリストだったシャフランは一般の知名度こそ高くは有りませんが、少ない録音からもその驚くべき実力が窺い知れます。幸いこの全集を残してくれたことは大きな喜びです。バッハの偉大な作品にがっぷり四つで組み合う気迫はカザルスにも匹敵します。超絶的な技巧もさることながら、その表現力は余りに凄まじく、バロックの範疇を完全に飛び出していて、聴き手は言葉を失い、身体をわしづかみにされるままです。特に第6番は圧巻です。好みの違いは有るにしてもこの偉大な演奏は必聴です。所有するのは露ヴェネチア盤ですが、録音/リマスターは良好で、この凄演を聴くのに何ら支障は有りません。 

81elual1lil_ac_sl1500_ ピエール・フルニエ(1976-77年録音/フィリップス盤) フルニエの前回のアルヒーフ盤から16年も後に行った2回目のセッション録音です。全体的にテンポが遅くなっていて、一つ一つの音をかみしめる様な深い趣が有ります。この楽曲をメイン・レパートリーの一つとして弾き続けて来た年輪の重みがひしひしと感じられて感銘を受けます。反面、曲の速い部分や難所では、さすがのフルニエにも技巧の衰えが幾らか感じられます。従って、アルヒーフ盤とどちらか一つということではなく両盤を揃えておきたいです。それでも「どちらかにしろ」と言われたとしたら。。。やはりアルヒーフ盤でしょうか。フィリップスの録音は柔らかく優れていますが、楽器の音像が大き過ぎるのがちょっと気に成ります。 

Bach-4260277749262_20230429160701 アンドレ・ナヴァラ(1977-78年録音/カリオペ盤) イタリア系フランス人のナヴァラの録音も定評のあるところです。晩年の演奏にもかかわらず技術的にも安定していて、速いパッセージではさすがに苦労していますが、聞き苦しいことはありません。同時代のフランスには名チェリストが本当に大勢居ました。聴き手を驚かせるような凄味こそ有りませんが、繰り返し聴くほどに深い味わいが増してゆく、正にいぶし銀のような名演奏です。器楽的な良さと音楽的な良さが高次元でバランスよく保たれている点では代表的な演奏だと思います。優秀なオリジナル音源からのリマスターで、楽器の音像が広過ぎるのがやや気に成りますが、アナログ的で柔らかく厚みの有るモダン・チェロの美しい音には魅了されます。 

51nsnodvihl_ac_ ポール・トルトゥリエ(1982年録音/EMI盤) トルトゥリエの2回目の録音で、この時68歳でした。昔、某評論家が「完璧な技術」と評していましたが、現在の耳で聴いてみるとそれほどとは思えず、時代の違いかなと思ったりもします。全体は中庸のイン・テンポで進んでいて、過度な表情付けは全く有りません。偉大な作品に真摯に向き合っている点では好印象ですが、何か特別な閃きを感じられるかと問われると首をひねってしまいます。「練習曲」のように聞こえると言ったら言い過ぎでしょうが。ロンドンの教会で録音された為、深い残響の中で音像が浮かび上がります。楽器の音の生々しさは薄いですが、耳が疲れずに聴き易いと言えないことも有りません。 

139 ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ(1991年録音/EMI盤) スラヴァ(ロストロポーヴィチの愛称)が64歳の時にフランスの最も美しい村のひとつヴェズレ-に有り、ユネスコ世界遺産にも登録されている聖マドレーヌ大聖堂で行った、この曲の唯一のセッション録音です(他に1955年のプラハの春音楽祭でのライヴ録音が有ります)。時に技巧の高さに物を言わせた力任せの演奏をしてしまう事も有るスラヴァですが、ここでは淡々と無心にバッハに向き合っています。それが大聖堂の深く柔らかい残響と溶けあって、あたかも時間の流れに身を任せるような錯覚に陥りそうです。第6番などはこの人なら更に磨き上げられそうな気がしますが、全体としては同じロシアのチェロの巨人シャフランの劇的な演奏とはまた違う素晴らしさです。 

646 ヤーノシュ・シュタルケル(1992年録音/RCA盤) シュタルケルは1950年代と60年代に全曲録音を行っているので、3回目の録音となりますが、この時は68歳でした。若い頃の演奏には余計なもの一切を削ぎ落した凄味と切れ味が有りましたが、それと比べると相変らず孤高の雰囲気は有るものの、随分と角の取れた円熟味が感じられます。しかし音程の正確さやフィンガリングはまだまだ見事です。音の粒の明確さ、旋律線の歌わせ方やリズムなど、曖昧さは皆無で、特に第6番を艶の有る高音で完璧に弾き切るのが凄いです。全体のテンポは案外ゆったりとして落ち着きが有りますが、音楽には自然に流れるような生命力を感じます。RCAによる録音も優秀で、深く美しい楽器の響きが快感です。 

710xdpjiknl_ac_sl1186_ アンナー・ビルスマ(1992年録音/SONY盤) バロック・チェロの名手ビルスマは、後述する1979年の最初の録音ではバロック・チェロを用いました。ところが2回目となるこのニューヨークでの録音では、第6番でチェロ・ピッコロを使用した以外は、モダン・チェロのストラディヴァリウスを用いました。ビルスマ本人が「無伴奏チェロ組曲」の世界は広大であり、アプローチの可能性も無限である」と述べているらしく、実際に演奏そのものも最初の録音とはまるで別人のように表現豊かで多彩な演奏スタイルとなっています。それでもじっくりと腰の座った落ち着いた演奏はやはりビルスマです。まだ悟り切れない修行中の奏者が肩に力を入れた熱演とは異なる、王者の風格を感じます。バロック音楽一筋のビルスマと現代曲の片手間にバッハに取り組む演奏家とは、やはり一緒くたには出来ません。SONYの録音もそうした音楽を見事にとらえています。 

Uccg6254_ihf_extralarge ミッシャ・マイスキー(1999年録音/グラモフォン盤) マイスキー最初の全集録音から15年を経ての2回目の録音です。いわゆる厳格で求道的なバッハ像からは遠く離れた、豊かな表現意欲に溢れた自由闊達な演奏ですが、特に違和感を感じることもなく、非常に楽しめるバッハに成っています。テンポは全般的に中庸で、遅過ぎも速過ぎも無く、各曲とも適切な選択がされています。ですので、プレリュードでは荘厳さも充分に感じさせます。マイスキーの高い技巧の冴えも素晴らしく、この人は元々それほど好きな奏者では無いのですが、この演奏には驚きました。ベルギーの修道院にある木造りのホールで収録された楽器の響きが非常に美しく録られていて、演奏の魅力を更に高めています。 

D2qkc0uvyaaaqbb マリオ・ブルネロ(2009年録音/EGEA盤) イタリア生まれの現代の巨匠ブルネロには、トリノでの1993年ライヴによる旧録音(AGOLA盤)が有りますが、これは2回目の録音です。ブルネロと言えば自然を愛するチェリストで、富士山頂やサハラ砂漠など静寂の中で演奏することで内面から音楽が湧き上がるのだそうです。これはペルージャのサンタ・チェチリア礼拝堂でのセッション録音です。モダン・チェロの使用ですが、A415ピッチで調弦した古雅な響きとノン・ヴィブラートに近い奏法が、バロック・チェロを聴いているような錯覚さえ覚えてしまいます。テンポは速くは無く、じっくりとした落ち着きが有りますが重苦しさは感じません。全体を包む瞑想感と弱音の繊細さにも惹きつけられます。随所での楽曲への新鮮な解釈が見られますが、奇をてらった印象は全く受けません。高度な技巧には安心感が有ります。制作はイタリアのマイナーレーベルですが、自然な音造りの優秀録音です。 

<バロック・チェロによる演奏>

71bfkf7acl_ac_sl1104_ アンナー・ビルスマ(1979年録音/SEON盤) ビルスマの最初の録音で、第6番はチェロ・ピッコロを用いています。それまでの主流であったモダン楽器を使ったレガート奏法中心のロマン派然とした演奏達とは異なりノン・ヴィブラートで、スラーをかなり外してスタッカートを多用した素朴で古雅な音は、初めのうちは“干物の音”の様に感じられて抵抗が有りましたが、今ではむしろこちらの方が自然に感じられます。その後に次々と登場する古楽器演奏家は、自由な表現な即興演奏風のスタイルが増えて、それはそれでまた面白いのですが、ビルスマの古楽器派の原点のような禁欲的な演奏には心が落ち着きます。ビルスマは上述したモダン・チェロを用いて2回目の録音を行いましたが、このバロック・チェロの旧盤は正に不滅の演奏です。 

51v4pjz0f2l_ac_ 鈴木秀美(1995年録音/ハルモニア・ムンディ盤) 鈴木秀美は2004年に再録音をしていますが、これは最初の録音です。日本の演奏家にも古楽器派が随分と増えましたが、この人はやはり我が国の古楽派のレジェンドです。師事をしたビルスマの奏法を継承してはいますが、薄くヴィブラートをかけるのと、スタッカートもビルスマほど徹底はしていません。もちろんロマン派然とした濃い表現は見られませんが、残響が多めの録音が功を奏して音的にはビルスマよりも美しく感じられるかもしれません。速い曲ではかなり気迫を込めて演奏していますが、音の粒立ちが余り良く無い為に幾らか雑に聞こえます。何もレジェンドにケチを付ける気は毛頭有りませんが、正直な感想です。なお、再録音については後述します。

Tower_4746178_i_20230403175114 ブリュノ・コクセ(2001年録音/アルファ盤) コクセは1963年生まれのフランスのバロック・チェロ奏者で、アンナー・ビルスマにも師事しています。この録音は17世紀から18世紀に制作された4台の楽器をモデルにして再制作されたチェロを曲ごとに使い分けて行われました。演奏は装飾音の数が多く、フレージングも即興的なぐらい自由自在です。それを風が吹くようにさらりと弾いてみたり、独白のような静寂をみせたりと一筋縄で行かないユニークさが有り、荘厳で重苦しいバッハとは対極にあります。技巧的にも素晴らしく、聴いていて実に楽しいのですが、一つ気に成るのは、左手が指板を叩く音が常にバチバチと派手に聞こえることです。個人的には指板の音は生々しさが感じられて好きなのですが、これはちょっと煩さ過ぎます。よほど近いところにマイクが立てられていたのでしょう。その割には楽器が遠目で柔らかく聞こえるので、不思議な録音です。

Bach340289 鈴木秀美(2004年録音/SONY BMG盤) 鈴木秀美の二度目の再録音盤です。前回から9年ぶりの録音と成りますが、当然その間に細部の解釈や弾き方をじっくりと見直した跡が見られます。楽器は前回と同じだそうで、第6番はチェロ・ピッコロを使っています。全体的にテンポがゆったりとして味わいが増したように感じられますが、録音の優秀さも寄与しているようです。そういう意味では日本の古楽派のレジェンドとして意味の有る録音となりました。但し速い楽曲での技術的な音の曖昧さは旧盤と変わりは無く、克服出来てはいません。もちろん他の欧米の巨匠達にも曖昧さが全く無いわけでは有りませんが、鈴木氏の演奏は少なくとも自分には何故か気に成ってしまいます。素晴らしい演奏の曲も有るだけに残念です。 

894 ピーター・ウィスペルウェイ(2012年録音/Evil Penguin Records盤) ウィスペルウェイは、この当時まだ40代の終わりでありながら、何と3回目となる全曲録音でした。第6番はピッコロ・チェロを使用しています。ピッチをケーテン時代の宮廷楽団のピッチA=392に合わせているのがポイントで、当時の宮廷における楽器の響きを味わうことが出来ます。この人もまたビルスマに師事しましたが、演奏スタイルは非常に個性的かつ雄弁極まりなく、緩急自在の速さとリズム、間、フレージングを即興的に自由奔放に弾いていて驚かされます。バロック・ヴァイオリンのカルミニョーラやビオンディの演奏をそのままチェロで体現した印象を受けます。一方で深く情感を込めた部分にも大いに惹き付けられます。この人はモダン・チェロも弾きこなすテクニックが素晴らしいので、安心して身を委ねられます。楽器の古雅で深みのある音を捉えた録音も優れています。 

さて、こうして聴いてゆくと、魅力的な演奏が数多く有るのでマイ・フェイヴァリットを絞り込むのも中々に迷いますが、モダン・チェロでたった一つ選ぶと成れば、やはりフルニエのアルヒーフ盤となります。次点としてフルニエのフィリップス盤、マイナルディ盤、ナヴァラ盤、ビルスマのSONY盤、ブルネロ盤というところです(多いな!)。バロック・チェロではビルスマのSEON盤が本命ですが、ウィスペルウェイ盤も外せません。
しかし、繰り返しますが、この懐の広い傑作は聴き手の好みが様々に分かれるでしょうから、どうかご自分のフェイヴァリットを探されてみてください。

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2018年1月10日 (水)

J.S.バッハ「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」 続・名盤 ~新春・女流名人戦~

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新年の聴き初めにふさわしい音楽というと真っ先に思い浮かぶのがやはりバッハです。その峻厳さには襟を正さずにはいられませんが、かといって決して堅苦しいわけではなく、音楽に人間愛が一杯に感じられるのが真の偉大さです。

ということで選んだのは「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」です。

”音楽の父”J.S.バッハが、たった1台のヴァイオリンの為に作曲した、この奇跡の作品については、5年前に「無伴奏ヴァイオリンの為のソナタとパルティータ 名盤」として記事を書いています。そこで今回はその後に入手したCDをまとめた「名盤・続編」です。

この曲集はかつてはどちらかいうと男性の巨匠が腕を競い合っていたように思いますが、時代も移り変わり近年ではむしろ女流奏者の意欲的な演奏が目立つようになりました。

そこで、いずれも現役の女流ヴァイオリニスト4人のCDを選び、題して『新春・女流名人戦』です。
して、その4名人とは。

チョン・キョンファ(韓国・1948年生まれ)
ヴィクトリア・ムローヴァ(ロシア・1959年生まれ)
レイチェル・ポッジャー(英国・1968年生まれ)
イザベル・ファウスト(ドイツ・1972年生まれ)

4人にはやや年齢差が有りますが、いずれ劣らぬ個性派ですので聴き比べが楽しみでした。それでは鑑賞記を年齢順では無くて録音した順番に。

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レイチェル・ポッジャー(1998-99年録音/チャンネル・クラシックス盤)
4種類の中で録音時期は最も古いです。ポッジャーは英国生まれですが、ドイツで教育を受けて若い時期からバロック奏法に興味を持ち、古楽アンサンブルの創設に関与をしたり、レコーディングを行ううちに1997年にトレヴァー・ピノックのイングリッシュ・コンソートのコンサートミストレスに抜擢されました。このCDはその直後の録音で、1739年製のバロック・ヴァイオリンを使用しています。
どの曲もほんの僅かにヴィブラートをかけた美音できっちりと演奏しています。テンポには幾らか伸縮が有って即興性を感じさせます。しかしそれは決して過度なものではありませんし、むしろ四角四面の学究派的な退屈さから解放された魅力となっています。「シャコンヌ」でも大上段に構えたリはしていませんが、とても心に染み入ります。ボウイング技術が素晴らしく、音符一つ一つのテヌートとスタッカートの処理が非常に明確かつ的確で、やはりバロック一筋の演奏家であると感心させられます。あらゆる点でバランスの良い、正に古楽器派の新時代の王道を行くような素晴らしい演奏だと思います。マイナーレーベルからの発売で地味な存在ですが、これは広く聴かれて欲しい名盤です。

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ヴィクトリア・ムローヴァ(2007-08年録音/Onyx盤)
ムローヴァは元々モダンヴァイオリンの騎手として活躍していましたが、ある時期から古楽演奏家との共演を多く経験するうちにピリオド楽器の嗜好が強くなったようです。ですのでこの録音ではガット弦を張った1750年製のガァダニーニにバロック弓を用いて演奏をしています。
確かに演奏についてもヴィブラートを控えた古楽奏法を試みています。けれども例えばポッジャーの演奏と比べてみると、やはりモダン奏法の癖をそう簡単に消し去ることが出来ず、随所でそれを感じさせてしまいます。もちろんモダン奏法のバッハが悪いというわけではありませんし、古楽器の持つ音色を味わえるのは確かですので、この演奏を支持する方も案外と多いかもしれません。けれども個人的には何となくどちらつかずの印象を受けてしまい、どうせなら純古楽器奏法か、あるいはコテコテのモダン奏法のほうが楽しめます。録音についてはとても優秀で、楽器の音の美しさを忠実に捉えています。

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イザベル・ファウスト(2009-11年録音/ハルモニア・ムンディ盤)
ファウストはバッハの直筆譜を徹底的に研究した結果、『荘厳な構築性を兼ね備えた大聖堂のような総合芸術で、調和、均衡に驚愕する』と述べています。ヴァイオリンは愛機のストラディヴァリウス製「スリーピング・ビューティー」を使用。詳細は記述が有りませんが、恐らくガット弦を張り、バロック弓を使用していると思われます。奏法はほぼノン・ヴィヴラートの古楽奏法です。第1番のプレリュードをやや速めのテンポで開始します。音は美しく澄み古楽器特有の痩せた印象は受けません。淡々とした雰囲気が敬虔さを滲み出させます。2曲目のフーガは一転して快速で、跳ねるようなリズムを感じますが、それでいてフーガを見事に弾きこなしているのには驚かされます。全体的には速めのテンポで舞曲のリズムを強調した奏法で統一しています。「シャコンヌ」についても往年の巨匠達があらん限りの熱演をするところ、あっさりと爽やかに演奏しています。最初は拍子抜けしましたが、ここにある『軽み』こそが新鮮な魅力であり、後半のしっとりとした響きの美しさを引き立たせています。けれども荘重な楽曲においては厳かな雰囲気を充分に漂わせていて中々に感動的です。

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チョン・キョンファ(2016年録音/ワーナークラシックス盤)
これは一昨年リリースされた新しい録音です。評論家の故宇野功芳先生が生前絶賛したキョンファの東京での演奏会のバッハ無伴奏は私も聴いていますが確かに素晴らしかったです。その後、指の故障のために演奏から離れていた彼女が復帰して全曲録音してくれたのは嬉しいのですが、キョンファの無伴奏全曲を聴けずに逝去された宇野先生はさぞ心残りであったろうと思います。使用している楽器はモダン仕様の愛機1735年製ガルネリ・デル・ジェスです。キョンファはこの4人のうち唯一モダン奏法でバッハに挑みます。古楽奏法流行の時代に在っても”我が道を行くのみ”です。ここに聴かれるバッハは精神的に強靭かつ浪漫的で、ひたすら音楽の本質に迫ろうという強い意思に貫かれています。この演奏は往年のヴァイオリン界の巨人シゲティやミルシュテイン、あるいはメニューインといった面々を想わせます。テンポはかなり流動的で緩急や表情の巾が大きいですし、ヴィヴラートも躊躇わずに多用しています。技巧的な難所では流麗とは言えませんが、反面、神への祈りを感じさせるような楽曲では敬虔さと深い想いを感じずにはいられません。

というわけで、4人の女流名人のバッハを堪能しました。いずれも一聴に値する名演奏であることは確かなのですが、現在自分が好む無伴奏はどれかと言えば、ポッジャーとファウストで少々迷ったうえ、最終的にポッジャーを選びます。次点が僅差でファウストです。残りの二人はキョンファ、ムローヴァの順となります。

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2012年4月 5日 (木)

J.S.バッハ 「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」BWV1001~6 名盤 ~奇跡の音楽~

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”大海のごとく偉大なバッハ”(ベートーヴェン談)の最高峰作品は「マタイ受難曲」、「ヨハネ受難曲」、「ロ短調ミサ曲」であるとしても、僕がかねがね奇跡の音楽と思っているのは「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ集」です。あの小さな楽器のヴァイオリンたった一台のために書かれた曲集であって、鍵盤楽器の伴奏も何も有りません。それが、大編成の声楽曲や交響曲にも負けないほどの大きな音空間を創り上げます。それは正に宇宙的なまでの広がりを持っています。これこそは奇跡以外の何物でもないと思います。

この曲の凄さを知ったのは、今から30年以上も前の僕がまだ20代の頃です。東京文化会館にヘンリク・シェリングのヴァイオリン・リサイタルを聴きに行きましたが、その日の演奏曲目にバッハの無伴奏パルティータの第3番が含まれていました。演奏が始まると、それまで聴いたことも無いような美しい響きが、あの大きなホール一杯に響いてゆきました。演奏するシェリングの身体には少しも力みが無く、一見すごく軽く弾いているのですが、ふわりと自然に広がっていく音に、客席全体が包み込まれてしまいました。僕が聴いていたのは最上階5階のサイドなので、シェリングは見下ろすステージの上で弾いているのですが、音はまるで大きなホールの空間がそのままヴァイオリンになってしまったかのように感じられました。それは、あたかも大きなヴァイオリンの箱の中で聴いているかのような感覚なのです。ヴァイオリンのコンサートを聴きに行って、こんな感覚を持った経験は後にも先にもこの時だけです。恐らくは、バッハの音楽とシェリングの演奏が組み合わさって、初めてこのような現象が起こるのだと思います。この時の来日公演では、別の日のコンサートがTDKからライブCDとして出ていますが、あの体験は実際の会場で無ければ味わえないものだと思います。

要するに、この曲は、”音楽の神様に選ばれし者”に演奏されたときには、とてつもない音楽になってしまうのです。

この曲はバッハの自筆譜において3曲のソナタと3曲のパルティータが交互に配列されています。

1.ソナタ第1番 ト短調 BWV1001
2.パルティータ 第1番 ロ短調 BWV1002
3.ソナタ 第2番 イ短調 BWV1003
4.パルティータ 第2番 ニ短調 BWV1004
5.ソナタ 第3番 ハ長調 BWV1005
6.パルティータ 第3番 ホ長調 BWV1006

最も良く知られているのは、パルティータ第2番の終曲の「シャコンヌ」です。その長大な変奏曲は、パイプオルガンにも匹敵する巨大な音空間を想わせます。
そして曲集で重要な肝となるのが各ソナタに置かれたフーガです。フーガが果たしてヴァイオリン1台で演奏することが出来るものだろうかと、曲を実際に聴く前までは不思議でなりません。しかしいざ聴いてみれば各ソナタのフーガは実に堂々たるもので、多声部が次々と追いかけ合って行く様は、これをたった4本の弦と1本の弓で演奏しているかと思うと驚愕するばかりです。
もちろんヴァイオリンは基本的に同時に二つの音(重音)しか出すことができませんので、三重音以上は分散和音のように弾きます。それをオルガンのように聴かせるわけですから、演奏も至難を極めます。音程と弓使いが完璧でないと音楽になりません。しかも単にテクニックだけで片付けられるような浅い内容の音楽ではありませんので、いよいよ演奏家には多くのものが要求されます。

いずれも第2楽章にフーガを置く4楽章構成のソナタも素晴らしいですが、古典舞曲を元にした短い曲を多く並べたパルティータの魅力も絶大です。第3番の「ブーレ」などは楽しさの極みですが、一方で第2番の「シャコンヌ」のような長大な楽曲も存在します。

いずれにしても、この「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」こそは、バッハの究極の器楽曲だと思います。

それでは僕の愛聴盤のご紹介です。

6c592408cbd172778c635c24b9b8e558ヘンリク・シェリング(1967年録音/グラモフォン盤) 昔から定盤と呼ばれている演奏です。本来はアナログ盤で聴くのが一番ですが、不公平になるのでCDで聴き比べることにします。実演での音空間は体験できなくても、家で聴くには充分美しいです。シェリングのベートーヴェンやバッハは、何ら大げさなことをしていないのに何故これほど音楽の偉大さを感じるかというと、基本は技術です。特筆すべきは音程の完璧性です。それは実演の場合でも全く変わることがなく、他の誰のスタジオ録音よりも音程が確かで、一音たりとも外すことが有りません。その結果、重音、アルぺッジオが非常に美しく響きます。まるでオルガンのような響きを感じさせる奏者が他に居たでしょうか。その為には、ボウイング(弓使い)のなめらかさも不可欠なのですが、この人はほぼ晩年まで衰えることが有りませんでした。技術的な難所にあっても微動だにしないテンポの安定性も特筆されます。結果として、フーガでの構築性や立派さは比類が有りません。演奏家としての自分を表に全く出さないので、一聴すると個性が無いように感じるかも知れませんが、それは間違いであり、シェリングはバッハの偉大な音楽を完全に演奏しようとするからこそ、そこに演奏家の矮小さを介在させないのです。この曲の計り知れない大きさや凄さを最も感じさせてくれるのは、やはりこの演奏です。

Bach51geimu7jql_sx355_ヤッシャ・ハイフェッツ(1952年録音/RCA盤) ハイフェッツが演奏する映像を観てみると、背筋を伸ばした堂々とした立ち姿と迫力ある弓使いに驚かされます。このバッハの演奏もそんなイメージそのままの凄演です。テンポは速く一気呵成に弾き切りますが、小綺麗に弾こうなどとはツユほども考えず、弓を弦にハッシとぶつけて偉大なバッハと格闘するかのような真剣勝負さを感じずにはいられません。ヴァイオリンの音そのものは大変厳しいのですが、あちこちでポルタメントを使うのにはいささか古さを感じさせます。残響の少ない小ホールで録っているような音質はハイフェッツにはピッタリで、目の前に気迫が迫ります。モノラル録音ですが、音は明瞭ですしハイフェッツの演奏を味わうのに何ら影響はありません。

Swscan00106ヨハンナ・マルツィ(1954年録音/テスタメント盤) 原盤はEMIですが、古いアナログ盤が希少のために、中古市場で驚くほどの高値を呼んだことで有名です。それが今では普通にCDで聴くことが出来るのが嬉しいです。彼女の音を聴いていて、なぜか連想してしまうのがピアノのリパッティの音です。派手さは無いのですが、純朴でとても美しい音です。技術的にも安定しているので、重音が美しく響きます。演奏スタイルも良く似ていて、誇張や派手さは全く無いのですが、深く心に染み入ってきます。何よりも音楽に「祈り」を感じさせるのが素晴らしいです。この敬虔な雰囲気の中に、いつまでも浸っていたくなる感覚というのはそうそう有るものではありません。とはいえ曲によっては相当な気迫を感じさせます。フーガの演奏も実に素晴らしく、彼女はやはり凄いバイオリニストだったと思います。テスタメントのリマスターには充分満足していますが、本家のEMIからもボックス盤で出ています。

398ヨゼフ・シゲティ(1955-56年録音/ヴァンガード盤) シゲティは偉大なヴァイオリニストだと思いますし、この人の弾くブラームスなどは感情表現の深さに涙が止まらなくなるほど感動させられます。このバッハの演奏もやはり同様のスタイルであり、大きなヴィブラートやポルタメントを遠慮なく用いて情緒的に強く訴えかけます。「シャコンヌ」などはそれが痛切なほどです。いささか古めかしさを感じますが、その真実味を帯びた人間性溢れる表現は比類が無く、好き嫌いが分れるところだと思います。重音や、スタッカートの音に気迫がこもり切っているので音に荒さを感じますが、これぞシゲティの本領発揮でファンには気にならないでしょう。昔はともかく、今では広く一般にお勧めするべき演奏ではないのかもしれませんが、同じハンガリー出身でもマルツィとまるで異なるタイプの名演奏として大切な存在です。

Ym449ユーディ・メニューイン(1956-57年録音/EMI盤) 子供のころから「神童」ともてはやされたメニューインは、ある専門家によれば、デビュー前にマスターしておかなければならないヴァイオリニストとしての基礎技術が欠けていたそうです。それでは大人になってからは、豊饒な音も持たず、確かな技術も無いとなると、何が特徴かということになりますが、月並みな表現ですが、この人には「精神」が有ったと思います。この演奏も、聴き始めは音程の不安定さと汚い音に耳を覆いました。第1番のフーガなどは、「のこぎりを引いているのではないか」と思ったぐらいです。ところが聴き進むうちに、それでもバッハの偉大な音楽に真正面から必死で立ち向かう姿が浮き上がってくるのです。それは、燃えさかる炎の中に人を助けに飛び込んでゆくような、人間の意思を超えた何か壮絶なものを感じずにいられません。決してリファレンスの演奏にはなり得ませんが、「凄いものを体験した」という聴後感は、ことによるとシゲティ以上かもしれません。しかしこれは誰にでもお勧めできる演奏ではありません。

51j21715r8l__sl500_aa300_ナタン・ミルシテイン(1973年録音/グラモフォン盤) 昔から、(シゲティは別にして)シェリングと並ぶ定番なのは知っていましたが、実は聴いたのは今回が初めてです。シゲティほどに激しく楽器を痛めつけませんが、その気迫はかなりのものです。技術も鮮やかですし、演奏に非常に切れが有ります。基本的にはロマン派の演奏スタイルなので、音楽の形式が自由で舞曲を多く含むパルティータのほうが適していると思います。事実、非常に素晴らしいです。ソナタも情感深く歌わせるアダージョやシャコンヌは素晴らしいと思いますが、フーガ楽章で音が次々に重なって巨大になってゆく造形性はシェリングほどには再現できていません。重音の和音の美しさも、やはりシェリングには一歩譲ります。とは言え、やはり一つの時代を画した、非常に存在感の有る名演奏だと思います。

Bach51rq4o1242l_sx355_オスカー・シュムスキー(1975年録音/Nimbus盤) 7歳でのデビュー時にストコフスキーから「かつてない神童」と呼ばれたほどの逸材だったにもかかわらずシュムスキーの名前が余り知られていないのは、早くから教育活動の道を主に進んでしまったからです。けれども60歳を過ぎた頃から再び演奏活動を再開してレコーディングも積極的に行いました。その中で名盤として最も知られているのがこのバッハの無伴奏全曲です。ゆったりとしたテンポで丁寧に語りかけるようなバッハで、一音として気持ちの籠らない音は無いとさえ言えます。ビブラートを多用してはいますが、それでいて古い演奏家のように過度にロマンティックに傾くこともなく極めて正統的なスタイルです。技巧も確かで音色も美しく、また録音年代が比較的新しいことが幸いして良い音で鑑賞することが出来ます。CD収録の曲順は変則で、1枚目にソナタ1番、パルティータ2番、ソナタ3番、2枚目にパルティータ1番、ソナタ2番、パルティータ3番という具合です。

4110080336カール・ズスケ(1983-88年録音/シャルプラッテン盤) ズスケは、実演ではカルテットでしか聴いたことは有りませんが、非常にしなやかで美しい音でした。このバッハもドレスデンのルカ教会の響きと相まって、非常に美しい音を聴くことが出来ます。ユニークなのは、聴き手に聴かせようという意思が希薄で、ひたすら自己の内面に向き合っているかのように内省的な演奏です。自分の魂との対話・・・そんな印象なのです。技術的には、フーガ楽章などでポリフォニーが充分に再現できているかというと少々難しいといころですが、細部にこだわらず全体を通して聴いていると、いつの間にか惹き込まれてしまいます。

ここで古楽器派についても上げておかないわけには参りませんね。

Bach___sl1259_シギスヴァルト・クイケン(1981年録音/独ハルモニア・ムンディ盤) 古楽器派の代表的な奏者としてはやはりクイケンが上げられそうです。1700年製のストラディバリウス「ジョヴァンニ・グランチーノ」を使用していて、これはバロック・ヴァイオリンによる全曲録音の先駆けの一つです。以前は古楽器の音を「干物の魚」のようにどうも貧相に感じましたが、最近ではやはりこのような音がバロックには合うのかなと思うようになりました。確かに無心で耳を傾ければ、アダージョなどの遅い曲では素朴な音色と落ち着いた歌い回しとが相まってとても懐かしさを誘い魅了されます。けれどもフーガのような難しい部分となると演奏の完成度はまだまだ低く、正直聞き苦しさを感じてしまいます。が、しかし楽器に装着する顎(あご)あても肩あても無い時代の演奏の再現という意味では、この未完成な印象がむしろ忠実なのかもしれません。古楽器復活のエポックを画した録音としても重要な価値を持ちます。

971モニカ・ハジェット(1995-96年録音/EMI盤) 女流のハジェットもトン・コープマンと一緒にアムステルダム・バロック合奏団を結成して途中までコンミスを務めてみたり、まだ10代だった1970年頃からバロック・ヴァイオリンを弾くという筋金入りの古楽器奏者です。その後大勢の奏者が出てきましたが、この人の演奏は一味違うと思っています。40代に録音したこの「無伴奏」は楽しめます。ズスケが自分の魂との対話だとすれば、ハジェットは、さしづめ名女優です。表情が豊かで雄弁に演奏していますので、下手をすると単に姑息な演奏に陥ってしまいそうですが、そうはならずにバッハの音楽の別の面を語り尽くしています。まるで、英国のシェイクスピア俳優の台詞を聴いているみたいです。そういえばハジェットもイギリスの出身でした。アマティ制作の1618年クレモナのヴァイオリンの素晴らしい音が優秀な録音で楽しめるのも魅力です。

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シギスヴァルト・クイケン(1999-2000年録音/独ハルモニア・ムンディ盤) クイケンがエポック的な一度目の録音から18年の間を置いて二度目の録音を行いました。楽器は同じストラディバリウス「ジョヴァンニ・グランチーノ」です。旧盤とは基本的な解釈が変わることは有りませんが、全体的にテンポが緩やかで落ち着いたゆとりが感じられます。演奏の完成度もかなり向上して、フーガのような難所でも聞苦しさが減りました。その分、他の演奏者との際立った違いが少なくなったのも事実です。皮肉なことに”古楽器演奏を聴いている”という実感は旧盤のほうが勝るように思います。ファンは両方とも聴くべきですし、どちらか一つだけという方には新盤を勧めるでしょうが、個人的にはむしろ旧盤を取るかもしれません。

これ以外にも魅力的な演奏があるとは思いますが、シェリングの演奏を大本命として、マルツィを次点、シゲティ、ミルシテイン、シュムスキーを外せない演奏だと思っています。
また、「続・名盤」で上げたポッジャー盤、ファウスト盤は新時代の名盤として特筆したいと思います。

<補足>
ハイフェッツ盤、シュムスキー盤、クイケン新盤を追記しました。

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