J.S.バッハ(ミサ曲、受難曲)

2013年6月 9日 (日)

J.S.バッハ「ヨハネ受難曲」 堀 俊輔/合唱団アニモKAWASAKI 演奏会

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当ブログへ時々お越し頂いているlin2さんの所属する合唱団アニモKAWASAKIによるブラームスの「ドイツ・レクイエム」の演奏会を一年前に聴かせていただきましたが、毎回オーケストラ演奏を行なうのが東京交響楽団という本格的な演奏会ですので、今年のJSバッハの「ヨハネ受難曲」も是非聴きたいと思っていました。昨日その演奏会に行ってきました。

会場は、東日本大震災で大きな被害を受けたホール内部の修復をようやく終えて、この春にリニューアル・オープンしたミューザ川崎です。被災前には何度も訪れたホールですので、久しぶりに訪れるのも楽しみでした。

曲目の「ヨハネ受難曲」は、あの偉大な「マタイ受難曲」の影にどうしても隠れがちですが、大傑作であるにもかかわらず、「マタイ受難曲」や「ミサ曲ロ短調」ほどは広く聴かれていないのが何とも惜しまれます。この合唱団では、2006年に「マタイ受難曲」、2011年に「ミサ曲 ロ短調」を取り上げて、今回はバッハ三大傑作の最後として「ヨハネ受難曲」を取り上げたそうです。自分自身も、「ヨハネ」だけは生演奏を聴いたことが無かったので、今回は本当に楽しみにしていました。

合唱団の音楽監督であり指揮をする堀俊輔さんは、シュトゥットガルトのバッハ・アカデミーで指揮者部門の最優秀賞を得ているそうですし、期待も大きくなります。

静かにゆったりと始まる「マタイ」とは対照的に、「ヨハネ」は、急速な弦楽の分散和音の伴奏に乗って、いきなり「Herr!(主よ!)」という劇的なコーラスで始まります。緊張感を持った歌声にぐいぐいと引きこまれました。合唱団は全部で80名ほどですが、人数は女性の方が圧倒的に多いです。にもかかわらず、男性パートと女性パートの声のバランスが良く取れているのに感心します。合唱トレーナーがとても優秀なのでしょうね。

最近はプロの合唱では、バッハ演奏は少人数が主流なのですが、個人的には人数の多い厚みのある合唱が好きです。少人数のプロの透明なハーモニーも良いですが、アマチュアの真摯な合唱や、少年聖歌隊の素朴な歌声には大いに感動させられることが多いです。スケールの大きな厚みのある合唱で、バッハの音楽の大きさを感じるのも事実です。「バッハは小川にあらず。大海である。」と言ったのはベートーヴェンです。ドイツ語のBach=小川をかけてバッハの音楽の偉大さを表したのですね。第3曲のコラール「おお、大いなる愛」あたりからは、合唱の声が更に力を増していったように感じました。ヴァイオリン3プルトの比較的小編成のオーケストラの音ともバランスが絶妙です。これは指揮者の力でしょう。

それ以降も素晴らしい合唱で、コラールの比重の高い「ヨハネ」を心ゆくまで楽しめました。カール・リヒターのCDももちろん良いのですが、コンサート会場で生で聴く合唱は本当に良いものです。

けれども「ヨハネ」の最大の聴きどころは、最後に置かれる合唱曲「安らかに憩え、聖なるむくろよ」と、イエスに永遠の賛美を贈るコラールです。このフィナーレだけは、「マタイ」の終曲と比べても感動の質において全く遜色が無いと思います。そしてこの曲では、それまでと比べて一段も二段も充実した歌声に変わりました。それまでも素晴らしかったですが、このフィナーレには相当の力を入れて練習されたのではないでしょうか。ロマンティックな趣でスケールが大きく非常に感動的でした。

合唱のことばかりに触れましたが、ソリストたちも良かったです。特に素晴らしいと思ったのは福音史家役のテノール、櫻田亮(さくらだまこと)さんで、その美しく伸びやかな声には心底魅了されました。

アニモKAWASAKIの来年の公演予定は、モーツァルトの「レクイエム」だそうです。素晴らしい曲が続きますね。合唱団のメンバーの皆さんは忙しい中を一生懸命練習されるのでしょうが、こんな素晴らしい曲を順番に歌うことができるというのは本当に幸せですね。

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2012年3月18日 (日)

J.S.バッハ 「ミサ曲 ロ短調」 BWV232 名盤 ~最高傑作~

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「ミサ曲」とは、古くは2世紀ごろからカトリックの典礼のための式文に付けられた音楽です。それが20世紀(21世紀?)に至るまでの長い間に数えられないぐらい多くの曲が作られたはずです。かつては、日常的なミサに用いられていましたが、18世紀ごろからは、特別な祝祭の式典に用いられるための大きな規模のミサ曲が作られるようになり、それは通常のミサ曲と区別するために、「ミサ・ソレムニス」と呼ばれました。有名な作品としては、ベートーヴェンのソレが有るのは言うまでもありません。バッハが亡くなる前の年に書き上げた大作「ミサ曲ロ短調」も、トランペットなどの楽器を加えた、非常に壮麗で祝典的なミサ・ソレムニスです。

バッハの2曲の受難曲では、ルターのドイツ語の聖書がテキストでしたが、こちらは通常のラテン語の典礼文が歌詞として使用されています。全曲を演奏すると約2時間を要する壮大で崇高な情感に満ち溢れた大作で、「マタイ受難曲」、「ヨハネ受難曲」と並ぶ、バッハの音楽の集大成と呼べるのは間違いありませんし、人によっては、この曲をバッハの最高傑作と考える人も少なくは有りません。

全体は27曲に及びますが、構成は下記の通りです。

Ⅰ ミサ

   キリエ (3曲)

   グローリア (9曲)

Ⅱ ニケーア信経(クレド) (9曲)

Ⅲ サンクトゥス (1曲)

Ⅳ ホザンナ、べネディクトゥス、アニュス・デイ、ドナ・ノビス (5曲)

ところが、この作品は非常に謎に包まれています。4つの部分に分かれていますが、前半のミサ(「キリエ」「グローア」)は、1733年にドレスデンの宮廷に教会音楽家として奉職を申し出た時に献呈した作品ですが、これだけで一つの完成されたミサ曲です。その15年後に後半の「ニケーア信経(クレド)」「サンクトゥス」「ホザンナ、べネディクトゥス、アニュス・デイ、ドナ・ノビス」が付け加えられましたが、大半の曲は過去の作品の改作です。そもそも、バッハが何の目的で、この大作を書き上げたのかは分かっていません。生前に実際に演奏されたのかどうかすらも分かっていません。あげくには、学者の中には「バッハは”ミサ曲ロ短調”などという作品は書いたことが無い。誰かが別々の作品を綴じ合わせただけだ。」という説を唱える人まで現れる始末です。事実、バッハ自身も完成譜に何らタイトルを付けませんでした。真相が分かっていないことだらけのこの作品ですが、確かなのは一大傑作であるということです。

個人的には、オラトリオ風で、ストーリー性、ロマン性の強い「受難曲」を更に好んでいますが、この曲を聴いていると、本当にそれ以上かもしれないと、ふと思える時もあります。

僕は「受難曲」の場合は、どちらかいえば現代楽器の演奏のほうが好きなのですが、「ロ短調ミサ」では、逆に古楽器のほうが好きかもしれません。現代楽器だとトランペットの音量バランスを保つのが難しいので、大抵の演奏で音が大き過ぎて耳障りに感じます。その点、古楽器であれば適度なバランスを保ちやすくなります。そのような音響的な問題も有りますが、元からロマン性の高い受難曲と、バロック性の高いミサ曲との違いも有るのかもしれません。

それでは、僕の愛聴している演奏のご紹介です。

0091712bcs ルドルフ・マウエルスベルガー指揮ドレスデン聖十字架合唱団/シュターツカペレ・ドレスデン(1958年録音/Berlin Classics盤) 旧東ドイツ時代の聖トーマス教会合唱団の録音が無いのがつくづく残念ですが、代わりに聖十字架合唱団の録音が有ります。オーケストラもバッハが前半の「キリエ~グローリア」を捧げたドレスデンの宮廷楽団です。繰り返しになりますが、僕はプロの合唱団が少人数で歌う洗練されたバッハよりも、教会の少年合唱団の素朴で真摯な歌声を好みます。本当に大聖堂の中でミサに参列しているかのような雰囲気がたまらないのです。指揮をする兄マウエルスベルガーのテンポはゆったりと落ち着いていますし、管弦楽の響きも非常に古雅で美しいです。独唱陣もヘフリガー、アダム、シュターダーといった素晴らしい歌手が揃っています。

00000150639_2カール・リヒター指揮ミュンヘン・バッハ合唱団/管弦楽団(1961年録音/アルヒーフ盤) 「キリエ」の出だしの音の一撃が凄いです。合唱と管弦楽の悲痛な響きには言葉を失うほどです。重厚で劇的、ロマンティックですが、時代遅れの印象は無く、むしろ古楽器派ではこれほどまでには感じられない強靭な神への祈りに圧倒されます。こんなアマチュア合唱団が存在したことはつくづく驚きです。現代楽器の弦楽も、時折ポルタメント気味に弾きますが、違和感は全く有りません。管楽のトランペットだけはどうしても音が強過ぎに感じますが、逆に祝祭的な気分が高まりますし許容は出来ます。独唱陣も、ヘフリガー、DFディースカウ、テッパーといった最高の歌手が揃っています。         

Richter2413 カール・リヒター指揮ミュンヘン・バッハ合唱団/管弦楽団(1969年録音/アルヒーフ盤) リヒター全盛期の日本公演でのライブ録音です。会場は東京文化会館です。演奏スタイルは1961年盤とほぼ同じで、感動的な合唱が本当に素晴らしいです。ライブならではの感興の高さが有りますし、これだけ質の高い演奏が日本で行われたのは驚きです。但し、スタジオ盤と比べた場には、幾らか不安定さを感じるのは事実です。独唱陣は女性がやや落ちますし、トランペットの音量バランスが強過ぎるのが耳障りです。ディスクとして何度も繰り返して鑑賞する場合には、やはり1961年盤のほうを取ります。

Hmollparrott アンドリュ―・パロット指揮タヴァナー・コンソート&プレイヤーズ(1984年録音/EMI盤) 彼らの「ヨハネ受難曲」のディスクに先駆けること6年前の演奏ですが、この時すでに1パート1人を基本としたリフキンの学説スタイルを、いち早く取リ入れています。透明感あふれる重唱と小編成の器楽が再現する精妙な音は見事の一言です。それまでに聴いてきた「大編成」の演奏とはまるで異なる室内楽的な演奏に驚かせられます。本当に美しいと思うのですが、この演奏に宗教音楽としての峻厳さが感じられるかというと答えはノーです。ですので、精神性云々という議論は、この際忘れることにして楽しんでいます。

059bruggen フランス・ブリュッヘン指揮オランダ室内合唱団/18世紀オーケストラ(1989年録音/フィリップス盤) 同じ古楽派でも、ある程度の人数をかけた編成ですので、1パート1人の重唱と比べると遥かにハーモニーに厚みが有ります。オーケストラも同様で、ノンヴィブラートの響きがパイプオルガンのように聞こえます。音に厚みが有り、それでいて古楽の味わいを持ちますので、最もリファレンス的に鑑賞することができます。管弦楽はソロ部分も含めて非常に優秀ですし、独唱陣も素晴らしいです。普通は僕の好まないカウンター・テナーもマイケル・チャンスが声質も技巧も抜群で、並みの女性アルトよりもずっと素晴らしいです。何よりも、精神性が希薄に感じられることが多い古楽器で、これほど聴きごたえのある演奏は少ないのではないでしょうか。ブリュッヘンには新盤も有りますが、そちらはまだ聴いていません。

Hengel520825 トーマス・ヘンゲルブロック指揮バルタザール=ノイマン合唱団/フライブルク・バロック・オーケストラ(1996年録音/BMG盤) トーマス・ヘンゲルブロックが北ドイツ放送響の指揮者に就任したのは驚きでした。あのオケ特有の重厚な響きは果たして変わってしまうのでしょうか。このCDは得意の古楽器による少人数の編成の演奏です。透明感あふれるルネッサンス期のようなハーモニーが魅力的です。オーケストラのノン・ヴィブラートの響きは澄み切っていて、アーテュキレーションが非常に豊かです。古楽器派にしては基本的に遅いテンポでじっくりと演奏しますが、グローリアのような速いテンポの曲は、躍動感を持って祝祭的な華やかさを非常によく出しています。この演奏も宗教音楽としての峻厳さは感じませんが、楽しめる点ではパロット盤と並びます。 

Imagescawiap1l ゲオルク・クリストフ・ビラー指揮聖トーマス教会合唱団/ライプチヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団(2000年録音/フィリップス盤) バッハ没後250年記念演奏会として、ライプチッヒの聖トーマス教会でバッハの命日に行われたコンサートが全世界にTV生中継されましたが、これはその時のライブ録音です。元々、緻密さよりは真摯な歌声が魅力の少年合唱団ですし、これは実演なので、演奏の精度は決して高くはありません。けれども、何といっても記念すべき演奏会の記録ですので、その場に居合わすことが出来なかった渇きを潤すことにしています。バッハゆかりの教会で聴く臨場感を一杯に味わうことができます。ビラーはこの後に、古楽器オケで再録音を行なっていますが、こちらは現代楽器による演奏です。その為か、テンポもそれほど速過ぎないオーソドックスなものになっています。演奏も初めは堅い印象ですが、後半に入ってどんどん高揚してゆくのは実演ならではです。DVD化もされていますが、そちらには行きつけである川崎の名曲喫茶”珈琲の詩”のマスターが最前列で聴かれている姿が映っています。

この曲の場合には古楽器の演奏も好んでいるため、愛聴盤はどうしても多くなります。強いていえば、リヒターの1961年盤とブリュッヘン盤の二つに絞り込めますが、リヒターの東京ライブ盤、マウエルスベルガー盤、パロット盤、ヘンゲルブロック盤、ビラー盤も、それぞれ折に触れて聴きたくなります。

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2012年3月10日 (土)

J.S.バッハ 「ヨハネ受難曲」BWV245 名盤

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ライプチッヒの聖ニコライ教会

バッハは「受難曲」を生涯に4曲か5曲書いたとも言われていますが、正確なことは分かっておらず、楽譜が残されているのは、マタイ福音書からの「マタイ受難曲」とヨハネ福音書からの「ヨハネ受難曲」の二つだけです。マタイ受難曲はライプチッヒの聖トーマス教会で初演されましたが、ヨハネ受難曲は同じライプチッヒでも、聖ニコライ教会で初演されたと伝えられています。それはマタイの初演の3年前の聖金曜日です。

二つの受難曲は、どちらも傑作中の傑作ですが、一般的に人気の高いのは「マタイ受難曲」のほうなので、バッハのファンといえども、「マタイ」は聴いても「ヨハネ」は聴かない、という人も居るようです。どちらも、ユダの裏切りから、イエスの裁判、処刑、埋葬までの話を元にしたオラトリオ風の受難曲ですが、内容は幾らか異なります。「マタイ」は、受難を悲劇として捉えていて、哀しみに溢れたアリアを多く含んでいます。それに対して「ヨハネ」は、受難そのものを神の愛の成就と捉えているので、マタイよりもずっと光を多く感じる作品です。二曲の違いを象徴しているのは第1曲で、「マタイ」が暗く静かに開始されるのに対して、「ヨハネ」はずっと動的であり切迫感を感じます。それはまた、イエスがゴルゴダの丘で十字架にかかることの表現の違いでもあります。「マタイ」でのイエスの最後の言葉が「我が神、我が神、なぜ私をお見捨てになったのですか」に対して、「ヨハネ」では、それが「こと果たされぬ」となります。この言葉からも、処刑をよりポジティヴに捉えていることが分かります。

全体の曲想も、「マタイ」が暗く重苦しいのに比べると、「ヨハネ」のほうは、もっと明るさを感じます。作品の規模としては、「マタイ」は通常、演奏時間が3時間にも及びますが、「ヨハネ」はおよそ2時間です。最大の聴きどころは、まず第1曲「主、われらを統べ治める君よ」で、悲劇的かつ雄大な合唱曲です。それに最後の合唱曲「憩え、安らけく」とコラール「ああ主よ、汝の御使いに命じ」です。この曲を通して聴くのが長いと感じられる方は、まずこの最初と最後をじっくり聴かれると良いと思います。特に終曲は「マタイ」の終曲と比べても全く遜色無いと思います。他にも、第一部の最後、第13曲のテノールのアリア「ああ、我が念いよ」や、第二部では第20曲の、やはりテノールのアリア「心して思いはかれ」、第24曲のバスのアリアと合唱「急げや、悩める魂よ」などのドラマティックなアリアが多いことでは「マタイ」をむしろ上回るかもしれません。

「マタイ」と「ヨハネ」のどちらが優れているかという比較を、どうしてもしたくなるでしょうが、それは余り考えて欲しくありません。正直に言えば、やはり「マタイ」ということにはなるのでしょうが、これほど偉大な二つの受難曲を、そんな風に優劣で語るのは、馬鹿馬鹿しいことだと思うのです。

それでは、僕が愛聴している演奏のご紹介です。

41hbymsjewl__sl500_aa300_ ハンス・ヨアヒム・ロッチェ指揮聖トーマス教会合唱団/ライプチヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団(1975年録音/キングレコード盤) 元は旧東ドイツのシャルプラッテンの録音ですが、キングレコードが数年前にハイパー・リマスター化して、アナログ的な素晴らしい音質を蘇らせました。ロッチェのバッハはかつて東京で「マタイ」の実演を聴いていますが、それは本当に感動的な演奏で、今でも自分の心の宝になっています。前任のマウエルスベルガーからトーマス・カントールを引き継いだロッチェの時代は伝統的で保守的なバッハ解釈の最高到達点だったような気がします。次のビラーは、かなり(トーマス・カントールとしては)革新的なので、ピリオド奏法を取り入れて変化させてゆきます。とにかく、この聖トーマス教会の少年合唱団の素晴らしさといったら言葉になりません。大人が少人数で歌う現代の洗練されたバッハも悪くは有りませんが、目を閉じて聴いていて、本当に教会の中に居るかのような雰囲気になる点ではこの録音がベストです。僕は実際にドイツの大聖堂で礼拝に参加したことが有ります(ただし信者ではありません)が、あの時の讃美歌の敬虔な雰囲気がそのままに感じられます。独唱陣もシュライヤー、アダム、オジェーといった素晴らしい歌手が揃っています。ゲヴァントハウス管弦楽団は現代楽器を使用していますが、派手さの無い古雅な響きは実に魅力的なうえに、表現の巾では古楽器を上回ります。例えば第一部最後のテノールのアリア「ああ、我が念いよ」での重厚な音による凄みには圧倒されます。ロッチェはカンタータにも多くの録音を残しましたが、この「ヨハネ」こそが最大の遺産だと思います。出来れば是非、このハイパー・マスタリング盤でお聴きになられてください。「マタイ」に比べて「ヨハネ」は物足りないと思われている方にこそお勧めします。

Remin_bc ギュンター・ラミン指揮聖トーマス教会合唱団/ライプチヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団(1954年録音/Berlin Classics盤) ラミンは第二次世界大戦中にトーマス・カントールに就きましたが、無事に戦後まで務め果たしました。カール・リヒターの師としても知られています。録音は非常に少ないのですが、最も条件の整ったものとして、この「ヨハネ」が代表盤に挙げられます。後継者のマウエルスベルガーやロッチェと比べると、テンポがかなり遅めで、ロマンティックな解釈です。リヒターのバッハ演奏の原点がここに有ることが分かります。トーマス教会の合唱も、良く言えば非常に素朴、悪く言えばかなり粗さが目立ちます。ただ、それも大海のような音楽の前では些細な傷ですし、気にもなりません。第1曲から、その巨大な演奏に圧倒されてしまいます。独唱者ではヘフリガーがエヴァンゲリストを若々しい声で非常にドラマティックに歌っています。この録音の2か月前に、フルトヴェングラー生涯最後の「第九」をルツェルンで歌ったことも影響しているのではないか、などと考えてしまいます。実際、あの第九でのテノール独唱は最高でしたから。

Richter_johhannes カール・リヒター指揮ミュンヘン・バッハ合唱団/管弦楽団(1964年録音/アルヒーフ盤) リヒターはライプチッヒ時代の師であるラミンが亡くなった時に、トーマス・カントールの後継者の要請を受けました。けれども、彼は既にスタートをさせていたミュンヘンでの音楽活動から離れようとはしませんでした。地位や名声よりも、人間愛や心を大切にしたからだろうと思います。自らが育て上げたミュンヘン・バッハ合唱団の合唱は、あの「マタイ」での感動的な歌唱と変わりません。アマチュア団体らしい僅かな粗さは有っても、逆にその真摯な歌声にはプロの団体では味わえない良さを感じるからです。もちろん好みの問題ですが、僕は上手いだけのプロ合唱よりも、むしろアマチュアの合唱が好きです。そのアマチュア・コーラスの究極の姿がここに有ると思います。最後の合唱曲「憩え、安らけく」での感動的な合唱が典型です。独唱陣も、エヴァンゲリストのヘフリガーを始めとして、プライやテッパーなどの素晴らしい歌手が揃っています。

Cd_bwv245 シギスヴァルト・クイケン指揮ラ・プテット・バンド/合唱団(1987年録音/DHM盤) クイケンというとバロック・ヴァイオリンというイメージですが、僕は案外指揮者としてのこの人が好きです。モーツァルトのミサ曲なんかにも良い演奏が有ったと思います。レオンハルトと比べると、ちょっと大人し過ぎかなとも思いますが、逆にこの静かなたたずまいの「ヨハネ」も意外に良いと思います。この曲にドラマティックさを求める人には向かないと思いますが、なんとなくグレゴリア聖歌を想わせるような静寂さがユニークです。一人静かに部屋で聴くには良いのではないでしょうか。全体に古楽派にしては、さほど速過ぎないテンポも気に入っています。器楽の扱いの上手さも、さすがはヴァイオリンの名手です。独唱陣では、プレガルティエンのエヴァンゲリストが非常な美声で魅了します。

Johns_passion_5 アンドリュ―・パロット指揮タヴァナー・コンソート&プレイヤーズ(1990年録音/EMI盤) 1パート1人を基本とした編成を取っているのは、リフキンの学説スタイルですが、驚くほど精妙な重唱(合唱ではありません)を楽しめます。その美しさと上手さは唖然とするほどですが、この演奏は感心はするけれど、感動するかというと、また別の問題です。感心して聞いているうちに、なんだか「受難曲」を聴くと言うよりも、美しいBGMを聴いている気になります。昔居た、スウィンガル・シンガーズ、あれみたいなのです。古楽器派は精神性が乏しいという偏見(?それとも事実?)はこういう演奏から生まれてしまうのではないでしょうか。

以上の演奏の中では、何と言ってもロッチェ/トーマス教会合唱団/ゲヴァントハウス管の素晴らしさに尽きます。リヒター・ファン、古楽器ファンの方にこそ、是非とも聴いて頂きたいと思います。

もちろん、リヒター盤は非常に感動的で大切な存在ですし、ラミン盤、クイケン盤も、それぞれとても好んでいます。

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2012年3月 4日 (日)

J.S.バッハ 「マタイ受難曲」BWV244 名盤 ~人類の遺産~

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ライプチッヒの聖トーマス教会

「マタイ受難曲」はバッハがライプチッヒの聖トーマス教会のカントールであった時代の聖金曜日に、この教会で初演されました。歌詞の内容は、新約聖書の「マタイによる福音書」で語られるイエスの受難物語(ただしルターによるドイツ語訳)です。物語は福音史家(エヴァンゲリスト:テノール)、イエス(バス)を中心にしたレチタティーヴォで進められ、加えてそれぞれ2群に分かれた合唱、独唱、オーケストラが、アリア、コラールを歌ってゆくという壮大な構成の楽曲です。合唱が二つに分かれているのには意味が有り、第1群は当時その場に居合わせて、事件を目撃した人々の視点から歌うことが多いグループで、第2群は現在の信徒たちの視点から歌うことが多いグループなのだそうです。

物語は1部と2部に分かれますが、1部ではイエスがユダの裏切りで囚われの身になるまで、2部ではイエスが裁判にかけられ、ゴルゴダの丘で処刑されて埋葬され、その後に天変地変が起きるまでが語られています。演奏時間は約3時間に及び、「人類の罪をあがなうための神の子の受難」というキリスト教の思想を、ドラマティックなオラトリオと化した、単にバッハの最高傑作と言うよりも、およそ考えられる人類最高の音楽遺産であるのは間違いないでしょう。たとえばワグナーの「トリスタンとイゾルデ」や「パルジファル」、ベートーヴェンの「第九」、ブルックナーやマーラーの優れた交響曲、あるいは同じバッハの大作「ロ短調ミサ曲」や「ヨハネ受難曲」も有りますが、「マタイ」を超える作品だとは、中々言い切れません。

自分がこの曲に出会ったのは大学の卒業まじかに、聖トーマス教会合唱団とゲヴァントハウス管弦楽団の来日公演をたまたま聴く機会が有ったからです。それまで知っていた音楽とは全く異なる凄さを感じて、大変なショックを受けました。それ以来、少なくとも自分にとって、やはり特別な音楽だと言えます。

このような作品を、いつものように愛聴盤を並べて、どうのこうのと語る気にも余りならないのですが、実際に鑑賞すれば心の中で思い、感じることはもちろん多々有ります。そんな気持ちを少しでもご理解して頂けると有り難いと思います。

19701 ルドルフ&エアハルト・マウエルスベルガー指揮聖トーマス教会&聖十字架合唱団/ライプチヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団(1970年録音/Berlin Classics盤) トーマス教会合唱団で「マタイ」の洗礼を受けた自分が、最初に買ったレコードはもちろんこれでした。この録音の数年後に生で聴いているので、演奏スタイルも変わりないと思います。当時ドレスデン聖十字架合唱団のカントールであった兄ルドルフと、ライプチ聖トーマス教会合唱団のカントールであった弟エアハルトが二つの合唱団を合わせて、オ―ケストラはゲヴァントハウス管弦楽団、独唱陣もエヴァンゲリストに若きシュライヤー、イエスにテオ・アダム、テノールにロッチェ、アルトにブルマイスターと層々たるソリストが顔を並べるという、正に当時の東ドイツ国家を上げて制作された録音です。演奏も、ことさらに悲劇のドラマを強調するわけではなく、むしろ底光りのするような美しさを放ちながら、淡々と慈愛に満ちて歌い進めてゆくという印象です。現代の古楽器派に多くみられる速いテンポで俊敏に進む演奏とは印象が全く異なります。それにしても、少年合唱団の歌声は本当に美しいですし、まるでドイツの教会で聴いているかのような敬虔な雰囲気は、どんなに上手いプロの合唱団でも味わうことは出来ません。当時のゲヴァントハウス管のコンサートマスター、ゲルハルト・ボッセ教授は、ここでは第2群のソロを弾いていますので、第42曲「我に返せ、わがイエスを」のヴァイオリン独奏が聴きものです。第39曲「憐れみたまえ」での第1群のソロも非常に上手く、ボッセ教授と遜色ありません。録音も柔らかく自然な響きで満足できます。

Matthaus カール・リヒター指揮ミュンヘン・バッハ合唱団/管弦楽団(1958年録音/アルヒーフ盤) リヒターはトーマス・カントールのギュンター・ラミンらに師事しましたので、聖トーマス教会のいわば分家みたいなものです。そのトーマス教会からはラミンの後任としてカントールの要請を受けましたが、それを断って尽力したのがミュンヘンの地です。ミュンヘン・バッハ合唱団は、リヒターが自ら街頭に立ってメンバー募集のビラを配って結成したアマチュア合唱団ですので、その真摯な歌声にはプロっぽさが有りません。ですので現代の少人数の合唱ほど洗練された透明感や上手さは持ち合わせませんが、胸の奥底に響く真実味が感じられます。リヒターの演奏するカンタータには曲によって幾らか凸凹が有るように思いますが、受難曲で表現する、絶望や哀しみの痛切さ、あるいは人間の喜びの感情の表出は、ちょっと比類が無いように感じるからです。独唱陣も、エヴァンゲリストのヘフリガーやアルトのテッパーを始めとして、素晴らしい歌唱が揃います。どんなに古楽器派全盛の時代になっても、このリヒターの残した演奏の価値は変わらないと思います。

Df951ed1223a5675443f0adfd1c1cafc ウイレム・メンゲルベルク指揮アムステルダム・コンセルトへボウ管(1939年録音/フィリップス盤) 第二次大戦下で行われたライブの録音です。当然、音質は古めかしいですが、鑑賞に耐えないほどではありません。演奏スタイルも現在の古楽器派の演奏に慣れた耳で聞いたら、卒倒するぐらいに個性的で大時代的です。テンポは大きく揺れ動き、旋律は極端なレガートで歌われます。アリア「憐れみたまえ」での、ポルタメントを一杯にかけてすすり泣くように奏されるヴァイオリンや、終曲の合唱で途中で完全に止まってしまうかのようなテンポの動きは、ほんの一例です。けれども、この演奏には不思議な「真実味」を感じます。これは、出演者の全員が明日の命も判らない時代に、心の底から偉大な音楽に没入して演奏し、歌っているからに違いありません。これは、やはり一聴に値する演奏です。

G5424747w オットー・クレンペラー指揮フィルハーモニア管(1960年録音/EMI盤) この演奏もメンゲルベルクほど古くはありませんが、個性的な点では並びます。全体が、本当にイエスが自ら十字架をかかえて、引き擦りながら歩くかのように遅い足取りのテンポです。その結果、この作品が極限まで巨大な威容を示されています。どこまでがバッハの偉大さか、クレンペラーの偉大さかが判らなくなるほどです。ウイルヘルム・ピッツ指揮の大編成の合唱団は絶唱するあまり、ワーグナーのようにオペラスティックに感じる場合がありますし、DFディースカウ、シュワルツコップ、ルードビッヒなどの名歌手達も同傾向の歌い方です。宗教合唱曲としては、少々イメージから外れていますが、だからこそ逆に古楽器派ファンに是非とも一聴をお勧めしたい演奏です。好きになるにしろ嫌いになるにしろ、対極に有る演奏を聴くことは作品の理解を深めるのに必ずプラスになると思うのです。

891bab7e1c76de8afc4805f85bdaf3a0 グスタフ・レオンハルト指揮ラ・プテット・バンド/合唱団(1989年録音/DHM盤) 僕は個人的には、必ずしも古楽器の演奏が好きということは有りません。オーケストラが現代楽器でベタベタと奏されるのも嫌ですが、古楽器の痩せた音は、確かに「当時のそれらしい雰囲気」は感じさせるものの、表現力に物足りなさを感じるからです。(古楽器ファンの方ごめんなさい) それでも、このレオンハルトの演奏は結構気に入って聴いています。プレガルティエンのエヴァンゲリストは非常な美声で聞かせますし、男性合唱団とテルツ少年合唱団も澄んだ歌声で魅了します。レオンハルトの指揮はそれほど速いテンポでは無く、しっかりとドイツ的なリズムの重さを感じさせてくれるのがとても良いです。時には現代楽器を聴き慣れた耳の垢を落とすのも必要だと思って聴いています。

以上の演奏は、どれもが不滅の価値を持つものだと断言できますが、個人的にはマウエルスベルガー盤をリファレンスにしています。この演奏はやはり自分のマタイ体験の原点とも言える演奏です。それに並ぶ大切な演奏がリヒター盤です。この二つはバッハの作品の偉大さと共に、「人類の遺産」と呼べると思います。もうひとつ、クレンペラー盤が色々と不満な点は有りますが、どうしても外せません。

古楽器派の演奏ではレオンハルト盤しか持っていませんので、もしも良い演奏が有ればご紹介頂けると嬉しいです。

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2012年2月26日 (日)

聖トーマス教会合唱団&ゲヴァントハウス管弦楽団 2012日本公演 J.S.バッハ「マタイ受難曲」

Bach_matthauspassion

僕がバッハの「マタイ受難曲」を初めて実演で聴いたのは今から30年以上も前のことですが、たまたまライプチヒ聖トーマス教会合唱団の日本公演を東京文化会館で聴ける機会が有った時です。恐らくこの曲をまともに聴いたのも、その時が初めてだったように思います。大勢の少年達の歌声と、オーケストラの峻厳な響きが、まるで天からの調べのように感じられて、訳も分からずに感動しました。涙も、もしかしたら流していたかもしれません。

その後、この曲を聴く機会はいくらでも有ったはずなのですが、何故か聴きに行くことはありませんでした。それはきっと、その時の素晴らしい印象を大切に持ち続けたかったのでしょう。家では幾つかのレコード、CDを購入して鑑賞しましたが、その後、生演奏に接したのは、一昨年のドレスデン聖十字架合唱団のコンサートでした。

そして昨日、来日中の聖トーマス教会合唱団の「マタイ受難曲」を再び聴きに行くことが出来ました。横浜みなとみらいホールのマチネコンサートです。週末の昼間に公演してくれる横浜は多忙のサラリーマンにとっては大変有り難いです。

ご存じの通り、この合唱団はライプチッヒの聖トーマス教会に所属して、全員が教会の寄宿舎で一緒に生活をしながら、聖トーマス学校で学ぶ少年達です。なにしろ創立されてから800年という長い歴史を持ち、歴代のカントール(教会の音楽監督)の中で最も有名なのは、言わずと知れたヨハン・セバスチャン・バッハです。

彼らは教会の毎週の音楽行事でモテットやカンタータを歌い、受難曲やミサ曲の定期演奏も行っています。ですので、プロの合唱団がコンサートで歌うのとは活動の基盤が根本から異なっています。最近はやりの、古楽器派による少人数で歌う合唱は透明で完璧なハーモニーを聴くことが出来ますが、僕は少年達の真摯な歌声で聴くのが一番しっくりと感じられます。「マタイ受難曲」の初演もこの教会で行なわれました。バッハの死後、100年間はこの曲の演奏が行われなかったとは言え、メンデルスゾーンが復演したのもこの合唱団と、そしてやはりライプチッヒのゲヴァントハウス管弦楽団でした。正にこれは本家本元の演奏なのです。

現在のカントールはゲオルク・クリストフ・ビラ―です。これまでDVDとCDでしか聴いたことは有りませんでしたが、彼がかつて合唱団の団員だったころにカントールだったマウエルスベルガーやロッチェの重厚なスタイルとは異なり、ずっと速くフレッシュな演奏をするイメージを持っています。

それでは、昨日聴いた感想です。

開演前のアナウンスによれば、テノールに予定されていたゲンツさんが体調不良(風邪?長旅疲れ?)とのことで、エヴァンゲリストのマルティン・ペッツォルトさんが、二役を歌うということでした。

まず、第1曲の長大な合唱「来たれ娘たちよ、われと共に嘆け」ですが、テンポが速かったです。完全にリズムを強調した古楽器派的な演奏です。自分は「古い」人間ですので、やはり昔の大河を想わせるような演奏のほうが好きです。オーケストラもビブラートをほぼ完全に排したピリオド奏法ですので、そういう意味では雰囲気が有りますが、音そのものは痩せています。ヴァイオリンはガット弦で、バロック弓を使っているようでした。遠目でしたので、もし間違いでしたらごめんなさい。編成もやや少なめです。昔のゲヴァントハウス管の分厚く荘厳な響きはもうここには有りません。合唱もバランスを考えて、やはり少なめです。とは言え、第1、第2群がそれぞれ30人位は居ますので、最近の演奏としては大きめと言えるのでしょう。当然、2曲目以降の演奏スタイルは同様です。

ソリストでは、アルトをカウンターテナーが歌います。古楽演奏派的には当たり前なのでしょうが、僕は好みません。ソプラノはボーイソプラノの器用は無く、ちゃんと(?)女性のウーテ・ゼルビッヒさんが歌いました。こちらは、僕はボーイソプラノも好きなのでどちらでも良かったです。それにしても、エヴァンゲリストとテノールを一人二役のペッツォルトさんが大活躍で、そのとても美しい声には魅入られました。昨日のソリストのMVPでしょう。

合唱団については、もちろん上手いのですが、純粋無垢な歌声を聴いて、それを上手いの下手のと言いたくもありません。そんな矮小な聴き方が恥ずかしくなるような気持になります。でも聖十字架合唱団も素晴らしかったですが、聖トーマス教会合唱団はやはり素晴らしいです。

オーケストラ奏法には好みが有るとしても、ゲヴァントハウス管はやはり素晴らしいです。早いテンポでも安心して聴いていられます。第1群のヴァイオリン・ソロは現在のコンサートマスターのフランク・ミヒャエル・エレベンさんだと思いますが、一番の聴きものの第39曲「憐れみたまえ」での独奏は、やはり素晴らしかったです。速いテンポですが、充分に歌わせてアルトを引立てます。但し、30年前の文化会館での当時のコンサートマスター、ゲルハルト・ボッセさんのオーラが漂うような演奏にはやはり及びません。これはビラ―の速いテンポも影響しているのかもしれません。

終曲の合唱「われら涙流しつつ、ひざまずき」までを聴き終えて、感じたのは「時代は変わった」ということです。どんなに少年合唱団の歌声が素晴らしくても、全体の演奏のイメージを決めるのは指揮者です。かつての重圧なライプチッヒ・スタイルの演奏は、もう聴けません。「ロ短調ミサ」の古楽器による演奏は好きですが、「受難曲」とくに「マタイ」は以前の重圧なスタイルが懐かしくなります。本音では、昔のような演奏を聴いて「少しも変わっていない」と喜びたかったのです。でも、トーマス教会と言えども変化してゆくのですね。「変化」が「進化」だとは必ずしも思いません。むしろ古楽器派全盛の時代だからこそ、この合唱団だけは変わらないでほしいと思ってしまうのです。でも、そんな「古い」人間は、家で当時のCDを聴くしかないのでしょうか。自分もピリオド派による「流行の」演奏を聴いて、少しは楽しめる「ちょっぴり新しい」人間に少しづつは変わっているとは思いますが、完全に変われる前に、たぶん神に召されてしまうことでしょう。(苦笑)

等々と書いてしまいますと、随分不満めいて聞こえるでしょうが、でもやはり宗教合唱曲は会場で生演奏を聴くのが最高です。まだ今週は東京での公演が3回残っています。これまで実演で聴いたことが無い方は、今からでも是非聴きに行かれることをお勧めしますよ。少々大げさに言えば、人生観が変わります。

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2010年12月 7日 (火)

ドレスデン聖十字架合唱団 2010日本公演 J.S.バッハ「マタイ受難曲」

Dresdener_kreuzchor_2010

師走ですが、今年は第九を聴きに行かずに、代わりにドレスデン聖十字架合唱団の日本公演を聴きに行きました。会場は横浜みなとみらいホール。曲目はバッハの「マタイ受難曲」です。第九の代わりに聴くには充分の大作です。でも考えてみたら、僕がこの曲を生で聴くのは何と約30年ぶりです。その20代の時に聴いたのはライプチヒの聖トーマス教会合唱団でした。その後、聴く機会はいくらでも有ったはずですが、何故か聴かなかったのは、たぶん聖トーマス教会合唱団のその時のマタイが余りに素晴らしく、そのイメージを大切にし過ぎたからかもしれません。ともかく今回は久しぶりに聴きに行くことにしました。

この合唱団は、古都ドレスデンの聖十字架教会に所属する聖歌隊です。団員は全員、教会の寄宿舎で一緒に生活をして学校で学ぶ9歳から19歳の少年達です。その点は、聖トーマス教会合唱団と同じです。実際、この二つの聖歌隊はドイツの代表的な教会合唱団です。

バッハの合唱曲というと、現代ではプロの合唱団や大人のそれが少人数で歌うのが流行になりました。それは確かに透明で完璧なハーモニーを聴くことが出来ますし、素晴らしいと思います。でも僕はやはり宗教曲は教会合唱団で聴くのが好きですね。少年の純粋無垢の合唱は、上手い下手を超えて心に響くものが確かにあります。大人の合唱は得てして表情付けにわざとらしさが出てしまうことがあるように思います。聖十字架合唱団を生で聴くのは初めてですが、やはり素晴らしい合唱団です。中には休みの曲で座っているときに足を崩したりしている少年も居ましたが、それもまた微笑ましいものです。けれども、彼らがひとたび歌い出せば実に感動的なハーモニーを届けてくれます。

ソリスト達は全員が大人です。時々ソプラノをボーイ・ソプラノが歌うこともありますが、その場合には相当な技量が求められるので、この選択は賢明だと思います。中でも福音史家のテノール、アンドレアス・ヴェラーは声が非常に美しく、圧倒的な上手さでした。表情が本当に豊かです。というと合唱団の話と矛盾するようですが、あれだけ上手いと有無を言わせません。

指揮はローデリッヒ・クライレは10年以上前から聖十字架合唱団のカントール(音楽監督)なのですね。オーケストラはドレスデン・フィルですが、小編成で表情の豊かな演奏でした。現代楽器使用ですが、ビブラートは非常に控えめで、古楽的な奏法です。この辺りは当然でしょうね。クライレさんのテンポは概して速めで、三拍子の曲は非常に舞曲リズムを強調しています。第1部では淡々と進めていた印象ですが、第2部に入ると徐々に話に連れて表現も劇的に変わっていきました。ある意味オペラティックな解釈とも言えないことはありません。けれども教会少年合唱が直ぐに厳かな雰囲気に戻してくれます。この辺のバランスは絶妙です。宗教的な厳かさな雰囲気とイエスの受難のドラマティックな要素の混じり合った素晴らしい演奏でした。ですのであの感動的な終曲の終了後に、指揮者がまだ腕を下げていない状態で、我先に盛大な拍手をした一部の輩が居たのにはがっかりしました。周りの聴衆が静かにしているのに気が付いて、すぐに拍手を止めてくれたのがせめてもの救いですが、困ったものです。指揮者が順に歌い手、奏者を立たせて、聴衆のとても温かく盛大な拍手に応えているうちに忘れてはしまいましたが。

というわけで、純真な歌声と偉大な曲に感動できた至福のひと時でした。

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2008年8月 3日 (日)

J.S.バッハ「ミサ曲ロ短調」 福島章恭/東京ジングフェライン演奏会

実はもう先週の日曜日の事なのですが、音楽評論家であり合唱指揮者でもある福島章恭さんの演奏会を聴いてきました。曲目はJ.S.バッハの大作「ミサ曲ロ短調」でした。福島さんは宇野功芳、中野 雄のお二人と一緒に「クラシックCDの名盤」(文春新書)いう音楽本としては異例のベストセラーを執筆されていたので、名前は以前からよく知っていましたが、演奏会を聴いたのは初めてです。合唱は、オケはヴェリタス室内オーケストラ。どちらも福島さんの手兵と言ってもよい団体だそうです。

管弦楽やオペラは日本でもプロの公演が多く開かれていますので、それほど欲求不満に陥ることはありませんが、合唱曲となるとモーツァルトの「レクイエム」やベートーベンの「第九」以外には、なかなかお目にかかれないのが実態です。そんな中で、アマチュアで活発に活動している団体が「マタイ受難曲」とかの大曲を時々演奏してくるのは本当に有り難いことです。そして今回のロ短調ミサ公演会場の杉並公会堂へ楽しみに出かけたのでした。

ということで、こういう曲を生で聴けるだけでも有り難いのですが、福島さんの指揮は偉大なバッハの音楽に真正面から真摯に立ち向かうという姿勢がひしひしと感じられて好感が持てました。合唱も初めのうちは緊張のせいかやや声が詰まって硬かった気がしましたが、曲が進むにつれてどんどん調子が出てきて素晴らしくなりました。そして圧巻だったのはソロ声楽陣とヴェリタス室内オーケストラです。ソロシンガー達はさすがに福島さんの人選だけあって、声も技術も感情面も全員文句無し、というかそれ以上です。オケも桐朋学園出身のプロの奏者が集まっていますが、恐らくほぼ固定に近いメンバーなのではないでしょうか。弦楽パートの技術が高く、しかもボウイングがそろっているために非常に聴き応えが有りました。というのも日本のオーケストラはそれが案外苦手。歴史的にヨーロッパの国々とは違い、近代になってから色々な国から違った流派が入ってきたので、弾き方吹き方が奏者により色々。特に年齢層の高いオーケストラほど著しいように思います。更に言えば、日本の奏者は音程の取り方が平均律(ピアノの音程。基本的に変らない。)だそうです。ところがヨーロッパの伝統ではそれぞれの調性によって音の取り方が少しずつ変ります(例えば同じミの音でも調によって同じ高さではなくなる)。それを「音楽的に」良い耳でお互いに聞きわけながらハーモニーを取るのですね。そういう専門教育を子供の頃から受けた上で自国の楽団に皆集まるわけですから、そりゃ音やリズムの統一感や表情、味わいも生まれてこようというものです。

話が少々反れてしまいましたが、ヴェリタスはそんな統一感を持った素晴らしい団体です。福島さんによれば、「まだまだ発展途上でもっともっと良くなりますよ。」とのことですので、これは楽しみです。

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