モーツァルト(協奏曲: ピアノ 第20~27番)

2014年6月17日 (火)

モーツァルト ピアノ協奏曲第20、23、24、25番 イヴァン・モラヴェツ&ネヴィル・マリナー/アカデミー室内管

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チェコ出身のピアニストであるイヴァン・モラヴェツは、それほど人気の有る存在だとは言えないでしょう。戦後に活躍したチェコのピアニストというとヤン・パネンカが有名ですが、個人的には知名度の点で劣るルドルフ・フィルクスニーとか、このイヴァン・モラヴェッツのほうがずっと実力のあるピアニストだと思っています。モラヴェッツの録音では、ブラームスのピアノ協奏曲第1番と第2番が冴えたテクニックに加えて、名人芸と呼べる雄弁な語り口で非常に魅力的でした。

そのモラヴェッツが、サー・ネヴィル・マリナー指揮アカデミー室内管のオーケストラ伴奏で録音したモーツァルトの4曲の協奏曲集が有ります。元々は第20番+23番と第24番+25番の各1枚づつのCDでリリースされたものですが、現在は2枚組で購入できるのでお買い得です。

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ピアノ協奏曲第20番ニ短調 K.466
ピアノ協奏曲第23番イ長調 K.488
ピアノ協奏曲第24番ハ短調 K.491
ピアノ協奏曲第25番ハ長調 K.503
イヴァン・モラヴェツ(ピアノ)
サー・ネヴィル・マリナー指揮アカデミー室内管
録音1997年(20、23番)、1995年(24、25番)
録音場所:ロンドン
(ヘンスラー盤)

モラヴェッツはとても理知的な演奏家のようで、モーツァルトの場合には、ブラームス演奏で見せたような大胆な表現は影を潜め、ずっと控え目で古典的な造形性を守っています。ですので、何気なく聴いていると気付かないぐらいの微細なニュアンスの変化に留めています。

比較的新しい録音ですので、モラヴェッツのピアノの硬質で澄んだ音色が良く捉えられています。ちょっとブレンデルの音を連想します。録音全体の響きとしては柔らかくとても美しいです。タッチは切れが良くリズム感が抜群で、全く崩れが有りません。それでいてメカニカルな印象を受けないのも長所です。またフォルテで打鍵が強過ぎにならないのも現代のヴィルトゥオーゾ・ピアニストたちとは一線を画した良識を感じます。

ネヴィル・マリナーの伴奏指揮は例によって無駄な力みが無く、特別な個性を持たないオーソドックスなものですが、その分モラヴェッツのピアノを押しのける様な真似はしませんし、最上の引立て役に徹しています。誤解が有るといけませんが、もちろん演奏に気合が入っていないわけでは有りません。必要十分な迫力を持ち合わせています。テンポの設定も中庸でイン・テンポをきっちりと守っていますので安心して聴いていられます。

収録された4曲の演奏はどれも完成度が高いと言えますが、特に第25番は同曲の最上位に位置する美演かもしれません。これまではハイドシェックの古いEMI録音を好んでいましたが、茶目っ気たっぷりで悪戯者のハイドシェックに対して、モラヴェッツはもっと王道を行く演奏です。ところが音楽の愉悦感においてはハイドシェックに優るとも劣らず、あの野暮ったいモラヴェッツの顔つきからはとても想像が出来ないほどです。やはりピアノは顔で弾くものではありませんね。指揮は顔でするものですけれど(棒で指揮しているうちは大巨匠には成れません??)。マリナー/アカデミーの伴奏も美しく非常に素晴らしいです。

それ以外では第20番が気に入りました。節度のあるロマンティシズムと陰りが曲そのものの美しさを強く感じさせてくれます。同じ短調曲の第24番もやはり素晴らしく、曲の性格から第20番よりもロマンティック度は増しています。
残る長調曲の第23番は、幾らかタッチが重く感じるのと終楽章がやや男性的過ぎなのが気になりますが、均整のとれた演奏です。

とにかく、どの曲も水準の高いモーツァルト演奏ですので、もっと多くの人に聴いてほしいと思います。

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2014年6月12日 (木)

モーツァルト ピアノ協奏曲第24、21、17、12番 マウリツィオ・ポリーニ/ウイーン・フィル盤

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マウリツィオ・ポリーニはもちろん押しも押されぬ現代の巨匠ピアニストですが、この人を一番好んで聴いたのは、現代物は別として、1970年代にショパンの「エチュード」や「プレリュード」「ポロネーズ」あたりを録音していた頃です。シューマンの演奏もとても好きでした。一方、ベートーヴェンやブラームスの曲はそれほどではありませんでした。モーツァルトは、と言えば、ベーム/ウイーン・フィルと共演したピアノ協奏曲第23番&19番が忘れられません。”共演”と言っても、音楽を完全にベームがリードしていて、若きポリーニは「ベームさんの邪魔をしてはいけないぞ」とばかりに、忠実な使徒さながらの奥ゆかしい印象を受けました。

それ以降、ポリーニのモーツァルトを聴いた記憶はほとんど有りません。興味が薄かったせいもあるでしょう。ただ、ひょんなことでウィーン・フィルを弾き振りした協奏曲のライブ収録されたCDが2枚有ったのを思い出して、これを聴いてみることにしました。

Uccg50065m01dlピアノ協奏曲第21番K467&第17番K453(2005年録音/グラモフォン盤)

Uc0011ピアノ協奏曲第24番K491&第12番K414(2007年録音/グラモフォン盤)

ポリーニのような大ピアニストになると、ギャラの高額さから、小規模のホールでは採算が取れなくなります。その為にどうしても客席数の多い大ホールで演奏することになります。この演奏は全てウイーンのムジークフェライン大ホールで行われたコンサートライブです。ポリーニのようなヴィルティオーゾであればグランド・ピアノを弾きこなして音量も充分出せますし、それには幾らか大きめの編成の管弦楽がバランス的に合います。結局、そういう条件がモーツァルトのピアノ演奏に相応しいかどうかなのですが、これは最良だとは思えません。決してフォルテピアノによるこじんまりとしたモーツァルト演奏が好きな訳では無いのですが、今どき肥大化したモーツァルトはどうかなと思います。

とにかく演奏を聴いてみます。

まずは第21番K467です。ポリーニのピアノはロマン派的で、十六部音符を常にキッチリとは刻みません。ですので古典派を演奏すると、音符の音の座りがどうも悪く、落ち着かない印象を受けます。その点、先日のルプー盤とは決定的に異なります。更にダイナミクスの巾も大きいです。フォルテではここぞとばかり打鍵を強く打ちこみます。まるでベートーヴェンのようです。
さて、それではこの演奏は嫌いかというと、これが意外に楽しめます。ウイーン・フィルの音、とりわけ弦の柔らかい歌を聴いているだけでもうっとりします。ポリーニの指揮にベームのような貫禄は有りませんが、ウイーン・フィルの音はやはり特別です。それをバックにポリーニがポリーニらしく思い切り良くピアノを弾いているので痛快と言えば痛快です。不満を感じながら聴いていたのに、いつのまにか愉しんでいます。第2楽章などロマンティックの限りで、”みじかくも美しく萌え??”というところかな。終楽章も速いテンポで生命力に溢れていて心が躍ります。

第24番K491では冒頭の管弦楽の迫力に圧倒されます。弦楽がうなりを立てているのに興奮させられます。その割に騒々しく感じないのは、さすがにウイーン・フィルです。管楽やティンパニが目立ち過ぎずに全体の音に溶け合っているからですね。ポリーニのピアノは徹底的にロマン派的な演奏ですが、最もロマン派的なこの曲の場合には余り違和感は感じません。フォルテの強打は凄まじい限りですが許してしまいましょう。第2楽章はウィーン・フィルの弦の表現力は最高なのですが、神秘感は今一つのように感じます。こういう楽章はバレンボイムがやはり素晴らしいです。

第12番K414と第17番K453は、いわば前プロに当たるのでしょうが、どちらも明るくチャーミングな名曲です。特に第12番はルプー盤にも収録されていましたが、実に魅力溢れる曲ですね。ポリーニにしては、この2曲をなるべく若々しく弾こうと心がけているように感じます。若きモーツァルトの愉悦感を精一杯に感じさせてくれて楽しめます。但し、やはりフォルテ部分でロマン派的な重い打鍵がしばしば現れるのが気にはなります。
管弦楽伴奏については、もちろんウイーン・フィルの柔らかい音と豊かな表情が特筆ものです。ただ、リズムの刻みにやや甘さが有るので、優れた専門の指揮者が振れば更に良かったような気はします。そんな些細な点を全て忘れさせてくれるのがウイーン・フィルの美しい音ではあります。

必ずしも全面的に好きなタイプの演奏では無いのですが、中々に聴きどころと愉しさの有るポリーニ/ウイーン・フィルのコンビのモーツァルトです。今後また録音される機会は有るのでしょうか。続編が出たとしたら、何だかんだと言いながらもきっと聴きたくなることと思います。

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2014年6月 6日 (金)

モーツァルト ピアノ協奏曲第19番~第27番他 アンドラーシュ・シフ&ヴェーグ/カメラータ・アカデミカ

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アンドラーシュ・シフは人気が有るピアニストですが、個人的にはこれまで特別な感銘を受けた記憶はありません。彼のピアノは贅肉が少なくて、とても純度の高い音ですが、何というか、端正に過ぎて少々面白みに欠ける印象を受けていたからです。ですので、モーツァルトの協奏曲の録音も知ってはいましたが、これまで食指を動かされませんでした。ただ、ひょんなことで試聴をしてみたところ予想以上に良い印象を受けたので、後期の選集を入手してみました。

一方シャーンドル・ヴェーグについてはヴェーグ弦楽四重奏団を主宰していたことで余りにも有名ですが、真に素晴らしいヴァイオリニストであり、リーダーでした。その演奏については、このブログでも何度か記事にしました。けれども指揮者としての演奏はほとんど聴いたことがありませんでした。

61byx0phqlアンドラーシュ・シフ独奏、シャーンドル・ヴェーグ指揮ザルツブルク・モーツァルテウム・カメラータ・アカデミカ(1988-1993年録音/DECCA盤)

シフとヴェーグのコンビは、モーツァルトのピアノ協奏曲の全集を完成させていますが、自分が購入したのは第19番から最後の第27番までの9曲に加えて「2台のピアノの為の協奏曲」と「3台のピアノの為の協奏曲」(但しこちらの指揮はゲオルグ・ショルティ)が収められたCD5枚組の選集です。もっとも、このセットは既に廃盤で国内では入手困難でしたので、AmazonUKに注文して買いました。

実は試聴をしたときに強い印象を受けたのは、シフのピアノよりもむしろヴェーグ率いるザルツブルク・モーツァルテウム・カメラータ・アカデミカの演奏だったのです。それは、ひと口で言って”室内楽的な演奏”です。弦楽器、とりわけヴァイオリン・パートの表情づけが繊細かつ極めて雄弁で、あたかもヴェーグが自分で弾くヴァイオリンのようなのです。その表情にハッとさせられる瞬間が何度も訪れます。これほどデリカシーに溢れた管弦楽の演奏はちょっと聴いたことがありません。もっともそれを可能にしているのは、奏者の数をかなり減らしているからではないでしょうか。ですので曲によっては音の厚みが妙に薄く感じられます。録音編集で弦と管の音量バランスは合わせられるでしょうが、響きそのものは如何ともしがたいです。要するに”室内楽的な演奏”というのが長所でもあり短所でもあるのです。

シフのピアノに関しても特徴自体は上述した通りですが、基本的にモーツァルトには向いています。粒の揃った音には羽が生えたような軽味が感じられて天馬空を行くような趣が有りますし、硬質でコロコロいうような音は往年のリリー・クラウスを連想させます。クラウスのように内面に燃えるようなパッションを感じさせてくれるかというと、それほどではありませんが、時にはフォルテで非常に力をこめて鍵盤を叩くことも見受けられますし、若々しさに溢れていてとても愉しいモーツァルト演奏だと思います。特徴的な点としては、意外に楽譜通りに弾くのではなく装飾音を多く付け加えていることです。これは初めて聴いた時には「おやっ」と思いますが、繰り返して聴くと気になりません。極めて自然でセンスの良い装飾だからなのかもしれません。良し悪しは別にして、自分にはフリードリッヒ・グルダの装飾音よりも耳に残りません。また、カデンツァではオペラの旋律まで飛び出して来るのは楽しさの極みです。

収録曲の中で、最も気に入ったのは第21番K467です。演奏によってはムード的に流れてしまう曲ですが、室内楽的で贅肉の少ない美演を聴かせてくれます。デリカシーに溢れる弦の表情が新鮮です。管楽器とティンパニの音は控え目で全体に柔らかく溶け込んでいます。シフのピアノも端正で音の粒立ちの良さが生きていて魅力的です。先日ルプーの演奏を絶賛したばかりで、またまた絶賛するのも躊躇われますが、この演奏も実に素晴らしいです。

第20番K466はシンフォニックな曲なので、弦の音の厚みの無さがどうしても気になります。繊細な表情づけが素晴らしいだけに残念です。シフのピアノは、この曲の地獄の淵を覘きこむような怖さは感じませんが、過剰な力みの無い美演です。ただしカデンツァだけはベートーヴェン的でうるさく感じます。

第22番K482も良い演奏です。バレンボイムのようなロマンティックさは有りませんが、スッキリとした端麗さが魅力です。管楽器の洗練され過ぎない素朴な音もかえって楽しく感じられます。

第23番K488は元々編成がシンプルで室内楽的な曲ですので、このコンビには向いています。ですので水準以上の美演であるのは間違いありません。ただ、グリモーの新盤のような天才的な名演奏には及びません。

第24番K491は第20番と同じ短調のシンフォニックな曲ですので、弦楽の音の厚みが心配されましたが、意外に薄さを感じさせません。耳の慣れか録音の処理が上手かったのか分りませんが、ともかく不満を感じません。むしろ同じハ短調でもベートーヴェンの第3番のような過剰なほどの劇的演奏をされるよりは好ましいです。但し”怖さ”は有りません。シフのピアノには力が入っていますが、ぎりぎり曲の枠内に感じられますし、タッチの切れの良さも際立ちます。

第25番K503では音楽が肥大化することも無く、何の過不足も無く曲の良さをそのままに感じられる演奏です。

第26番K537は第20番の演奏と並んで気に入りました。「戴冠式」の呼名に相応しく、シフは真珠の粒の輝きを感じさせる魅惑のピアノを奏で、管弦楽は勇壮かつ美しい伴奏でそれを支えています。この曲に関しては、昔LPで聴いたヘブラーとコリン・デイヴィスによる最美の演奏に迫っているような気がします。

第27番K595は逆に幾らか期待外れです。第2楽章などは中々に美しいのですが、この孤高の曲を弾くにはシフの円熟度がまだ足りないように思われます。この曲では装飾音も余計に感じます。管弦楽伴奏も室内楽的な美しさは有りますが、ベームとウイーン・フィルのような入神の域には達していません。つくづく難しい曲だと思います。これは演奏者が頭で考えて演奏できるような音楽の種類では無いからですね。「音楽の女神の方から演奏者が選ばれる」そんな音楽ではないでしょうか。

「2台のピアノの為の協奏曲」ではピアノ独奏をシフとショルティが弾いています。「3台のピアノの為の協奏曲」では更にバレンボイムが加わります。この2曲については、管弦楽の演奏も含めて何の不満も無い出来栄えです。

ということで、個々の曲に関してはどうしたって好き嫌いが幾らか出るのは当たり前ですが、総じて素晴らしい演奏です。これなら改めて全集で聴いてみたい気がします。

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2014年5月31日 (土)

モーツァルト ピアノ協奏曲第21番&第12番 ラドゥ・ルプーの名盤

41ppgtg4xtl_2ラドゥ・ルプー独奏、ユリ・シーガル指揮イギリス室内管弦楽団(1974年録音/DECCA盤)

デビューした当時、”千人に一人のリリシスト”と称されたラドゥ・ルプーも、現在ではすっかり大家に成りましたが、この人は何しろ滅多にレコーディングを行なわず、来日する機会も極めて少ない有様なので、”千人”というよりも、まるで”仙人”のような演奏家です。

ルプーのレパートリーと言えばシューベルト、ブラームスのイメージが最も強く、次いではベートーヴェン、シューマンあたりでしょうか。モーツァルトでは往年の名奏者シモン・ゴールドベルクと組んだヴァイオリン・ソナタ集という大物が有りますが、それ以外は聴いた覚えが有りません。ですが、 ピアノ協奏曲に第21番と第12番を組み合わせたディスクが1枚だけ有りました。不覚にもこれまで聴き逃していましたが、聴いてみたところ本当に素晴らしかったのでご紹介します。

ルーマニア生まれのルプーは先輩のディヌ・リパッティと同門になりますが、モーツァルトを得意としたリパッティの弾き方に案外似ているように感じます。更に言えば、同じく同郷のクララ・ハスキルにも似ているかもしれません。3人の弾くモーツァルトの音からはそのような印象を受けます。

1970年代以降の優秀なピアニスト達に共通しているのは、大きなホールでも耐えるような輝かしい音色と音量を持つことですが、この3人の音を聴いていると、音質、音量から最適なのは中規模程度の広さのホールというように思えます。もちろんフォルテピアノの演奏家は当たり前としても、現代楽器のピアニストでこのように感じられる人は少数派だと思います。誤解が有るといけませんが、かつて大ホールで聴いたルプーは音量に不足することは有りませんでした。ただ、その音は非常に美しいのですが、金属的な響きの印象は全くせず、あくまで「木製の箱」であるピアノが鳴るような印象でした。

モーツァルトのピアノ協奏曲第21番K467は両端楽章でハ長調の堂々とした曲想を誇りますが、ルプーはフォルテを決して過剰に鳴らすことが無く、音に抑揚の有る美しさを感じさせます。もちろん演奏には若々しい情熱を感じさせますが、常に節度を保っています。もってまわった表情づけが見られないにもかかわらず、いじらしいほどの感受性が一杯に感じられます。ルプーは幾らかスタッカート気味で切れの良いタッチを持ちますが、リズムが前のめりになることも無く、音符を端折ることも有りません。現代のピアニストには、意外に古典派とロマン派の奏法の区別が無いように思える演奏家も少なくないように思いますが、ルプーは古典派的な演奏がしっかりと身についているように感じます。
この名曲の演奏では、これまでゲザ・アンダ/ウイーン響盤とフリードリッヒ・グルダ&アバド/ウイーンPO盤が好きでしたが、ことによるとルプー盤はそれ以上に気に入ったかもしれません。

第12番イ長調K414は地味な存在ですが、とても素晴らしい名曲です。ルプーとシーガルはこの曲に於いても抑揚を保ちつつ、それでいてこの曲の魅力を一杯に感じさせてくれます。バレンボイムのこの曲の演奏では更にロマンティックに感動を与えてくれますが、古典的な節度を保ちつつ同等かそれ以上の満足感を与えてくれるこのルプーの演奏も本当に素晴らしいです。

イスラエル出身のユリ・シーガルはかつて日本のオーケストラへも客演していましたが、ここでは元々優れたイギリス室内管の魅力を一層引き出しているように感じます。それにしても素晴らしい室内オケです。バレンボイム、内田光子、ペライアなど層々たるピアニストがこのオケとモーツァルトの ピアノ協奏曲全集を録音したことが良く分ります。
ルプーとシーガルの共演は、表面的では無い底光りをするような美しさと、立派な威容を感じさせる稀な演奏を生んでいます。

「このコンビでもっと録音を残してくれていれば」と思えて仕方がない出色のモーツァルトです。

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2011年12月27日 (火)

エレーヌ・グリモーのモーツァルト/ピアノ協奏曲第23番他

Title0005_2今年を振り返って、というわけでもありませんが、自分のブログについて言えば、一年の半分もの時間を費やしたモーツァルトのピアノ協奏曲に尽きると思います。こんなに長い期間、来る日も来る日もそれを聴き続けたことはありません。そのうちの第23番K488の記事の時に、発売のタイミングで間に合わなかったディスクが有りました。それは僕の大好きなエレーヌ・グリモーの演奏です。彼女が弾いたブラームスの協奏曲第1番は最高に好きな演奏のひとつですし、ブラームスやシューマンの独奏曲も気に入っていますが、モーツァルトに関しては、これまで全く聴いたことが有りませんでした。ですので、初めて出す協奏曲のCDの曲目が第23番と知った時には、聴くのが楽しみで仕方ありませんでした。

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① ピアノ協奏曲第19番K459
② コンサート・アリア「どうしてあなたを忘れられよう」K505
③ ピアノ協奏曲第23番K488
エレーヌ・グリモー(ピアノと指揮 )、モイカ・エルトマン(ソプラノ)、バイエルン放送響室内管(2011年録音/グラモフォン盤)

このCDのユニークな点は、2曲の名作協奏曲の間に、素晴らしいコンサート・アリアが収まっていることです。幼少の時に、このアリアを初めて聴いたグリモーは、この曲に込められたモーツァルトの音楽ならではの優美さに心を打たれて、それ以来ずっと愛して止まない曲となったそうです。

まず、1曲目の第19番を聴いて、オーケストラの音のきりりと引き締まった端正な響きに驚きます。この団体の母体はバイエルン放送響ですが、少人数で室内管弦楽団の編成をとっています。グリモーは指揮もこなしていますが、スタッカート気味でノン・ヴィヴラートに近い古楽器的な弾き方にもかかわらず、非常に繊細な表現を聞かせています。その反面、ピアノは現代に近い弾き方なので、オケの音とギャップが生まれそうですが、両者はとても上手く融合していて少しも不自然でありません。2楽章の哀しみの表情もとても深々しています。

2曲目のコンサート・アリアは若手のモイカ・エルトマンの美しい声に惹かれます。この曲は、昔からテレサ・ベルガンサの美声で親しんで来ましたが、エルトマンの歌も非常に素敵です。そして、もちろんグリモーも、この曲への愛情がにじみ出るような美しいピアノ伴奏を聞かせています。

3曲目が第23番です。もちろんスタイルは第19番と同様です。早めのテンポで引き締まった両端楽章も良いですが、2楽章の一見無表情の演奏が虚無感までも感じさせて、言いようも無く哀しくなります。大げさに歌うよりもよほど孤独な怖さを感じるのです。一転して、3楽章の飛び跳ねるような生命力のほとばしりは見事です。ピアノもオケも最上の出来栄えです。この曲の一番好きなハイドシェックの演奏に肉薄するか、あるいは並び立つほど魅力的な演奏だと思います。僕の大好きな第23番に素晴らしい愛聴盤が増えました。それにしても、本業のピアノはともかくも、グリモーの指揮の才能には驚嘆します。彼女のモーツァルトの弾き振りの第二弾、そしていずれは全曲を聴いてみたくなります。この美貌にして、この才能。う~ん、参った!

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2011年11月 3日 (木)

モーツァルト ピアノ協奏曲第27番変ロ長調K.595 名盤

5月にスタートしたモーツァルトのピアノ協奏曲特集が、とうとう最後の曲になりました。第27番K595です。この曲は3年前に、「クラリネット協奏曲&ピアノ協奏曲第27番」という記事にしたことがあります。その時に、僕がモーツァルトの音楽に開眼するきっかけとなったのが、この曲だったことをお話ししました。

モーツァルトは11歳の時に初めて第1番から第4番までの4曲を書いて以来、35歳で生涯を閉じるまでの24年間に全部で27曲のピアノ協奏曲を作曲しました。その最後の作品が、この第27番です。それはモーツァルトが神に召される11か月前のことです。

前作の第26番「戴冠式」からは、3年間の空白が有りましたが、第25番、26番が、大きな規模の管弦楽編成の華やかな曲だったのとはガラリと変わって、極限まで切り詰めたようなシンプルな編成の曲です。

この曲は、それまでの曲とは全く異なります。というのも「演奏会で聴衆に聴かせよう」という目的を持って書かれたようには聞こえないからです。例えてみれば、あたかも遠い天のかなたから聞こえてきた調べのような神秘性を漂わせています。「彼岸の音楽」とでも言いましょうか。モーツァルトが、たとえ本当に神様に使わされた音楽家だったとしても、そんな風に感じられる曲は決して多くありません。協奏曲であれば、やはり晩年の作品であるクラリネット協奏曲K622がそれです。亡くなる11か月前に書かれたことと、まるで彼岸のような雰囲気から、この時モーツァルトはすでに自分の死期を悟っていたかのようによく言われます。但し、僕は必ずしもそうとは思いません。というのもこの曲は、演奏によって印象が案外と変わるからです。枯れた詠嘆の雰囲気に聞こえることもあれば、瑞々しい命の息吹を感じる音楽に聞こえることもあるからです。けれども、当時はウイーンでの人気がすっかり落ちてしまい収入に困窮し、体調までも思わしくなかったモーツァルトが、まるで秋の青い空のようにどこまでも澄み切った音楽を書いたことは驚きです。

第1楽章アレグロは、天から聞こえてくるような弦のさざなみで始まります。それに乗って美しい第一主題が流れたかと思った瞬間、音は天空に舞い上がり、そして急降下します。昔、僕が学生の時に初めて耳にして、雷が脳天に直撃したような衝撃を受けた部分です。この瞬間に、僕はモーツァルトの音楽に目覚めたのでした。

第2楽章ラルゲットも天国のように美しい曲です。けれども孤独な寂しさを感じます。せっかく天国に来たというのに、まるでモーツァルトの魂が一人ぼっちで居るかのようです。ピアノもオーケストラも、余りの美しさに言葉を失います。

第3楽章アレグロは、ロンド形式です。この主題は次の作品である歌曲K596「春への憧れ」にそのまま転用されていますが、元々は民謡だそうです。それまでの明るく愉しいロンドとは異なって、どこか寂しさを感じさせます。モーツァルトにとって明るく楽しい春は、遠く手に届かない「憧れ」だったのでしょうか。

それでは、僕の愛聴盤のご紹介です。

Cci00028ウイルヘルム・バックハウス独奏、ベーム指揮ウイーン・フィル(1955年録音/DECCA盤) 僕がかつてモーツァルトに開眼した演奏です。美しい音で純粋無垢な、本当に神々しいような演奏です。1950年代のステレオ録音なので、さすがに音の鮮度は落ちていますが、当時のDECCAは優秀なので全く不満は感じません。それどころか、現在では失われてしまった当時のウイーン・フィルの柔らかく、美しい音を聴くことが出来ます。編成の小さい弦楽が透明で室内楽的な音を醸し出しますが、ベームの指揮は見事としか言いようがありません。どこをとっても立派で深い意味が有ります。この曲の諦観の雰囲気も最も良く出ています。バックハウスのピアノについても全く同じことが言えます。ピアニスティックな要素がまるでないのに、何度聴いても飽きることが有りません。ピアノが楽器としてのピアノでは無く、まるで天から聞こえる音のようにも思えます。

413cnwnq4bl__sl500_aa300_ルドルフ・ゼルキン独奏、オーマンディ指揮フィラデルフィア管(1962年録音/CBS盤) ゼルキン壮年期の演奏です。1楽章のゼルキンのピアノは中々に美しいと思いますが、オーマンディのオケ演奏はさすがにベームほど立派ではありません。2楽章は遅いテンポで、心の奥底に沈んでいくような哀しさを感じさせます。3楽章では一転して、弾むような楽しさを感じさせます。全体的に中々に良い演奏だと思います。

Casad_00ロベール・カザドシュ独奏、セル指揮コロムビア響(1962年録音/CBS盤) 1楽章のテンポは速めです。少々あっさりし過ぎかなとも思いますが、過剰な表情が無いのでこの曲の持つ純粋無垢な雰囲気がとても良く出ています。カザドシュの宝石のように粒立ちの良い音が余計にそう感じさせます。2楽章は案外ゆったりとしています。ここではセルのオケ演奏が非常に美しいです。3楽章は再び速めで清々しい演奏です。

25_27 エリック・ハイドシェック独奏、ヴァンデルノート指揮パリ音楽院管(1962年録音/EMI盤) この曲は天衣無縫のハイドシェックのスタイルには一番向かなそうですが、全くの杞憂です。端々にルバートや自由な表情の変化を聞かせますが、それでいてこの曲の諦観な雰囲気も持ち合わせるという、大変な離れ業をやり遂げています。こんな魔法のような演奏が出来る人は、中々他には居ないと思います。若いころのこの人は本当に天才でした。ヴァンデルノートのオケ伴奏も美しく素晴らしいです。

Uccd34291クリフォード・カーゾン独奏、セル指揮ウイーン・フィル(1964年録音/DECCA盤) カーゾンのピアノも淡々として過剰なものが何も有りません。純粋無垢な演奏がかえって哀しさを感じさせます。セルの演奏も同様で、時にスタッカートが短か過ぎなのが気になりますが、ウイーン・フィルの美しい音を生かしています。2楽章では遅いテンポで諦観の雰囲気を強く醸し出していて心に染み入ります。3楽章も落ち着いていて哀しみを感じさせます。

2edebf2ef962870ed7a190d588ced904ダニエル・バレンボイム独奏/指揮、イギリス室内管弦楽団(1967年録音/EMI盤) EMIの全集盤に含まれています。バレンボイムにもこの曲は向いていないかと思いきや、そんなことも有りません。1楽章はある種の「華」が有り、諦観よりも生命の息吹を感じます。但し、2楽章は遅いテンポで哀感の表出を目指したのでしょうが、少々粘り過ぎて音楽がもたれます。3楽章も遅めですが、やはり明るさと「華」を感じます。

671ゲザ・アンダ独奏/指揮、ザルツブルク・モーツァルテウム室内管(1969年録音/グラモフォン盤) 全集盤からの演奏です。1楽章のテンポは速めです。アンダのピアノは硬質で研ぎ澄まされたタッチが美しいですが、オケの音が少々薄く洗練不足に感じます。第2楽章は中庸のテンポですが、第3楽章のテンポは速く軽快です。現世の春の喜びを歌っているかのようです。全体的に悪い演奏とも思いませんが、特に素晴らしいとも思えません。

Curzon クリフォード・カーゾン独奏、ブリテン指揮イギリス室内管(1970年録音/DECCA盤) セル盤からわずか6年後に再録音を行いました。カーゾンは旧盤も素晴らしいですが、新盤は更に演奏の純度を高めている印象です。ブリテンの指揮はセル以上に完璧で、さすがはコンポーザーと感心させられます。完成度の高さでも新盤が上を行くと思います。どちらか一つに絞るとすれば、僕は新盤のほうを選びます。

3198100700 エミール・ギレリス独奏、ベーム指揮ウイーン・フィル(1973年録音/グラモフォン盤) ベームのオケ伴奏は本当に素晴らしく、冒頭のオケの序奏だけでも完結した芸術に聞こえます。バックハウス盤でのウイーン・フィルの50年代の柔らかい音も最高でしたが、立派さではこちらが更に上回ります。但し3楽章はリズムが重すぎて少々もたれます。ギレリスはベームに触発されて素晴らしいピアノを弾いています。神々しいほどのバックハウスと比べるのは少々酷に思いますが、これは大健闘です。

Fi2546314_0e アンネローゼ・ シュミット独奏、マズア指揮ドレスデン・フィル(1974年録音/独edel盤) 全集盤からの演奏です。1楽章は速いテンポで春の息吹を感じさせるようです。シュミットのピアノも力強く立派です。その分、詠嘆とか哀しみは余り感じません。2楽章も速めで、軽く流れてゆきます。3楽章は落ち着きと躍動感のバランスが良いです。全体的に堅実な演奏ではありますが、個人的には何度も繰り返して聴きたいというほどではありません。

Hmv_3637593_2 フリードリッヒ・グルダ独奏、アバド指揮ウイーン・フィル(1974年録音/グラモフォン盤) さすがにウイーン・フィルの音は美しいです。アバドの指揮もしなやかで良いのですが、さすがにベームのような立派さや威厳は有りません。グルダのピアノも美しいですが、カデンツァではかなりピアニスティックに弾くのが好みから離れます。それでも全体の音楽は自然なので、装飾音を一杯に交えた、かつてのスワロフスキー指揮盤ほどの抵抗感は有りません。

Vcm_s_kf_repr_615x846 マレイ・ペライア独奏/イギリス室内管(1979年録音/SONY盤)  ペライアは1楽章をかなり速いテンポで開始します。これには躍動感よりもせわしなさを感じてしまいます。メリハリも必要以上に強調されています。ピアノは音は綺麗なのですが、弾き方がオケと同様で、どうも落ち着きません。2楽章は逆に落ち着いたテンポで哀感を出しています。3楽章は中庸の良いテンポです。というわけで、1楽章以外は素晴らしい演奏です。

Mozart_serkin ルドルフ・ゼルキン独奏、アバド指揮ロンドン響(1983年録音/グラモフォン盤) BOX選集に含まれています。1楽章は意外に標準的なテンポです。ゼルキンのピアノは、初めは音の粒の凸凹が気になるのですが、いつの間にか慈愛と哀感に惹きつけられてしまいます。2楽章は遅いテンポで淡々と進みますが、深々とした趣に強く惹かれます。3楽章はかなり遅いテンポで、とてものんびりしていますが、一音一音に味わいが有って心に浸み入ってきます。これは巨匠の晩年でなければちょっと出せない味なのでしょう。

349 ダニエル・バレンボイム独奏/指揮、ベルリン・フィル(1988年録音/TELDEC盤) EMI盤から20年後の新盤です。ピアノ独奏は基本的に変わりませんが、フィンガリングやフレージングに更に磨きをかけた印象を受けます。オーケストラは録音のせいもあるでしょうが、編成が大きくなったような厚い響きに聞こえます。2楽章は旧盤同様に遅くロマンティックですが、音の流れは新盤の方が良いです。3楽章もゆったりと落ち着いていて美しいです。

Felista_00000448546 ジャン=マルク・ルイサダ独奏、メイエ指揮オルケストラ・ディ・パドヴァ・エ・デル・ヴェネート(2001年録音/RCA盤) ルイサダは、あの素晴らしいショパン演奏で知られていますが、モーツァルトの録音はまだ多く有りません。ここでは、美しい音でデリカシーに溢れたピアノを聞かせてくれます。テンポは全体にゆったりと落ち着いていますが、枯れた雰囲気はなくどこか華を感じさせます。といってもピアニスティックな感じは全くしません。メイエの指揮するオケも美しいです。 

以上を全て聴き直してみましたが、やはりピアノとオーケストラのどちらも素晴らしい演奏が理想です。その点で完璧なのは、やはりバックハウス/ベーム盤です。この孤高の曲の稀有な名演奏だと思います。ギレリス/ベーム盤もオーケストラの素晴らしさでは充分に匹敵しますが、ピアノがバックハウスの域には達していません。むしろ両者とも優秀なのは、カーゾン/ブリテン盤ですので、これをセカンドチョイスとしたいです。他にはユニークな、ハイドシェックEMI盤、ゼルキン/アバド盤にもとても惹かれます。なお補足ですが、バックハウス/ベームには1960年のザルツブルクでのライブ録音盤が出ていますが、演奏も音質もDECCA盤には及びません。記録として聴いてみたいと思う方のみに止めておくべきです。

ということで、この半年間、モーツァルトのピアノ協奏曲を改めて聴き直しましたが、モーツァルトにとってこのジャンルは本当に中心となる音楽だと実感します。もちろん他にもオペラやシンフォニーなどの素晴らしいジャンルが有りますが、 作曲家としても、演奏家としても本領を最大限に発揮できたのは、ピアノ協奏曲を置いて他には無いと思います。繰り返しになりますが、1番から19番までの曲も是非じっくりとお聴きになられてみてください。こんなにも魅力的な宝の山を見過ごすのは、本当にもったいないですよ。

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2011年10月28日 (金)

モーツァルト ピアノ協奏曲第26番「戴冠式」ニ長調K.537 名盤

モーツァルトのピアノ協奏曲特集も、残すところ2曲となりました。今回は最後から2番目の、第26番「戴冠式」K537です。この副題が付いたのは、神聖ローマ皇帝レオポルド2世の戴冠式の祝典がフランクフルトで開かれた際に、モーツァルト自身が演奏を行った曲だからです。けれども、この頃は既にウイーンの聴衆の好みに合う曲を書かなくなったため、予約音楽会にも客が集まらずに収入に困っていて、フランクフルトへ行くのにも借金をして工面したそうです。

元々この曲は戴冠式の為に書かれた曲では有りません。前作の第25番で、ウイーンの聴衆が喜ぶような音楽に再び戻ろうとしたモーツァルトが、同じ意図で書いた曲です。ところが時すでに遅し、予約演奏会に客は全く集まらなかった為に、新曲の演奏機会が無かったのです。

そういう作曲の背景から、この曲は第20番以降の作品ではとても明るく分り易い、言うなればウイーンの聴衆にも理解できるような曲になりました。従って、かつては頻繁に演奏される人気曲でした。もちろん現在でもポピュラーですが、他の充実した曲の人気が高まるのにつれて、徐々に地盤沈下しているようです。それは例えば、モーツァルトの愛好家でもあるアインシュタインが、「この曲は単純で分り易過ぎて、モーツァルトの真の魅力を半分も伝えていない」と評していることからも伺い知れます。

この曲がそういう評価を受けてしまうのは、曲想のみでなく楽譜の不備にも起因しています。というのも、この曲は、楽譜の上で未完成の作品なのです。多くの部分で音符が右手パートしか書かれてなく、左手部分が欠落しています。モーツァルトにとっては、左手は演奏会のその場でたやすく即興演奏ができたからでしょう。ブライトコプフ社の「旧全集」では、後世の人間が加筆した楽譜で出版をしましたが、「モーツァルト新全集」では、加筆部分は省かれて、極力元の楽譜に戻されました。

そういう「未完成協奏曲」であるにもかかわらず、この曲はやはり天才の手による名作だと思います。たとえ「真の魅力の半分」だとしても、凡才の完成作の魅力を遥かに上回るからです。

第1楽章アレグロは、いかにも戴冠式の祝典に似合うような優雅で華やかな音楽です。まるで、第20番以前の曲の様です。主題は非常にチャーミングですし、聴き手の心を不安に陥らせるような転調は行ないません。

第2楽章ラルゲットは、淡々とした随分と単純な曲ですが、モーツァルトはこういう曲でもとても魅力を感じさせます。

第3楽章アレグレットは、ロンド形式です。この楽章もシンプルですが、愉しさに満ち溢れています。もしも第20番以降に、こういう曲を書き続けていたら、ウイーンでの人気も衰えずに済んでいたことでしょう。けれども、それでは後世の人達が聴くことが出来る真の名曲が減ってしまうわけですから、芸術家の創作活動というのは難しいものですね。

それでは、僕の愛聴盤をご紹介します。

Casad_00ロベール・カザドシュ独奏、セル指揮コロムビア響(1962年録音/CBS盤) イン・テンポで余計な表情づけをしていません。カザドシュのピアノもセルの伴奏も一つ一つの音符を本当に忠実に再現しています。およそ不純物の混ざらない清潔な印象です。かといって四角四面で面白くない演奏ではありません。カザドシュは宝石のように粒立ちの良い音で清々しさを感じさせます。過剰にロマンティックな演奏が苦手な人には最高なのではないでしょうか。

C0852659 リリー・クラウス独奏、サイモン指揮ウイーン音楽祭管(1965年録音/SONY盤) モーツァルトを得意とするクラウスは、女流ですが男性よりもずっと力強い演奏をします。と言っても、無神経で雑なのではありません。女々しくないだけです。彼女は「機械的」とか「神経質」とは無縁の人間的な温かい肌触りを感じる音を出すので好きです。2楽章の淡々とした中にも、ぐんぐん惹きつけられるような魅力は凄いです。3楽章の毅然としていて立派な演奏も素晴らしいです。オーケストラの質は最上とは言えませんが、音楽の良さは充分に出ています。

671ゲザ・アンダ独奏/指揮、ザルツブルク・モーツァルテウム室内管(1965年録音/グラモフォン盤) 全集盤からの演奏です。1楽章は速めのテンポで非常に躍動感を感じます。但しその分、優雅さはやや欠ける気がします。アンダのピアノはこの曲でも硬質の音で力強く明瞭で素晴らしいです。2楽章は淡々とというよりも、弾むように前へと進むようです。3楽章は速いテンポが曲想にピッタリで、聴いていて本当に愉しいです。

2edebf2ef962870ed7a190d588ced904 ダニエル・バレンボイム独奏/指揮、イギリス室内管(1974年録音/EMI盤) EMIの全集盤に含まれています。1楽章のテンポはゆったり気味で、立派さと優雅さを上手く出しています。ピアノの音の粒の明瞭さは普通という感じです。2楽章はとても遅く濃厚なロマンティックさです。3楽章も1楽章と同様に、堂々と立派で優雅さも感じさせます。時折見せる効果的なルバートにもうっとりと酔わせられます。

Fi2546314_0e アンネローゼ・ シュミット独奏、マズア指揮ドレスデン・フィル(1974年録音/独edel盤) 全集盤からの演奏です。1楽章は速めのイン・テンポで進みますが、安定感が有るのはさすがにドイツ流です。曲の持つロマン的な雰囲気よりは、古典的な造形性を強く感じさせます。ですのでこの曲の持つ、感情の激しさを求めると肩透かしをくらいます。2楽章も速いテンポで、あっさりとすり抜けます。3楽章も1楽章と同様に余り悲劇的な雰囲気を感じさせないので、少々物足りなさを覚えてしまいます。

Vcm_s_kf_repr_615x846 マレイ・ペライア独奏/イギリス室内管(1983年録音/SONY盤)  ペライアのモーツァルトは僅かしか聴いていませんが、この演奏は実に美しいです。ピアノの粒が非常に整っているのと、フレージングがとても自然です。こと美しさにかけては一番かもしれません。特に弱音で静かにゆっくりと弾く2楽章は、まるで夢を見ているようです。但し、全体的に強音のアタックにまで抑制がかかっているので、幾らか物足りなさを感じないでも有りません。

31sa8psmmzl__sl500_aa300_ダニエル・バレンボイム独奏/指揮、ベルリン・フィル(1989年録音/TELDEC盤) ピアノに関してはEMIの旧盤に比べて音の粒立ちや細かい表情が良くなっている気はしますが、大きな違いは感じません。印象が異なるのはオーケストラの響きです。シンフォニーのように厚い音で壮麗に鳴っています。ですので堂々とした1楽章などは益々立派に聞こえます。25番やこの曲のように華やかな曲では、ベルリン・フィルとの新盤のほうが優るように思います。

4109031243_2 エリック・ハイドシェック独奏、グラーフ指揮ザルツブルク・モーツァルテウム管(1992年録音/VICTOR盤) ハイドシェックの最大の魅力は、自由自在、天衣無縫の演奏にあります。若いころは、幾らか未消化な部分が有っとしても、頭で考え過ぎずに本能で自然に弾いていました。それに対して、この演奏は、魔法のような表情の変化を聴かせて実に愉しめるものの、少々作為を感じさせます。これには好みが分かれるのではないでしょうか。

以上の中のマイ・フェイヴァリットはというと、カザドシュ盤、ペライア盤、バレンボイム/ベルリン・フィル盤ですが、リリー・クラウス盤にも惹かれます。

さて、次回は特集の最終回、第27番K595です。他のどの曲とも異なる孤高の名曲を、じっくりと聴き直しながら記事を書きたいと思っています。

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2011年10月21日 (金)

モーツァルト ピアノ協奏曲第25番ハ長調K.503 名盤

モーツァルトのピアノ協奏曲の第20番以降の曲は、どれもが大変な傑作ですが、その中で一番地味で目立たない曲と言えば、この第25番でしょう。前作の第24番がハ短調であれほど悲劇的な曲想だったのに、この曲は一転してハ長調の華麗で明るい曲想です。それにもかかわらず目立たないのは何故でしょう。とても美しい曲なのですが、ほかの曲のような霊感に少々乏しいからでしょうか。確かに第20番以前の曲でも、ずっと霊感を感じさせる曲は多く有りました。それに何しろ、この曲の直後には、あの傑作交響曲の第38番「プラハ」を書いているのですから、その落差は感じてしまいます。

この曲は恐らく、第20番以降の難しい曲で、ウイーンの聴衆からそっぽを向かれた反動から、それ以前の華やかで分り易い音楽に戻そうと試みたのではないかと思います。その曖昧な立ち位置が、この曲を何となくとりとめの無い作品にしてしまった気がします。とは言いながらも、この曲がとても美しく立派な音楽に仕立てられているのは、天才モーツァルトの円熟した匠の業です。ところで、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番も同じハ長調ですが、1楽章の第2主題がどことなく似ている気がします。

第1楽章アレグロ・マエストーソは、力強く立派で華麗な音楽です。但し演奏によっては、確かにとりとめが無い曲に聞こえてしまいます。

第2楽章アンダンテは、ゆったりとした明るく美しい音楽です。にもかかわらず、ここにはどうも「何か」が足りないように思えてしまいます。

第3楽章アレグレットはロンド形式ですが、僕はこの楽章は大変好きです。まるでオペラを観ている時のように、心がうきうきと愉しくなるからです。

それでは、僕の愛聴盤をご紹介します。

25_27 エリック・ハイドシェック独奏、ヴァンデルノート指揮パリ音楽院管(1962年録音/EMI盤) 1楽章は速いテンポで、まずオーケストラの壮麗な響きに惹きつけられます。ハイドシェックのピアノは登場するや、自由自在に駆け回る印象です。若いころのこの人は、天衣無縫で本当に素晴らしいです。2楽章も美しいですが、3楽章の愉しさは正に最高で、この曲がやはり素晴らしい傑作なのではないかと思えてしまうほどです。

671ゲザ・アンダ独奏/指揮、ザルツブルク・モーツァルテウム室内管(1968年録音/グラモフォン盤) 全集盤からの演奏です。この1楽章もハイドシェック盤並みに快速です。やはり、このほうが楽しく感じます。アンダはこの速さでも音の粒立ちが良いのには感心します。2楽章も速めで音楽の流れが良いです。3楽章では更に加速していて実に爽快なのですが、これでは少々速過ぎで愉悦感は逆に薄れるかなという気もします。

Fi2546314_0e アンネローゼ・ シュミット独奏、マズア指揮ドレスデン・フィル(1973年録音/独edel盤) 全集盤からの演奏です。1楽章は速めで躍動感が有って良いです。マズアの率いるオケの響きも非常に美しいです。シュミットのピアノもオーソドックスで面白みこそ有りませんが、曲の良さは充分出していると思います。2楽章も実に美しいです。3楽章はしっとりと落ち着いていますが、音楽は良く流れていて決してもたれません。

2edebf2ef962870ed7a190d588ced904ダニエル・バレンボイム独奏/指揮、イギリス室内管弦楽団(1974年録音/EMI盤) EMIの全集盤に含まれています。1楽章を速いテンポにするのは我が意を得たりです。やはり、この方がこの曲は楽しめます。それでいて、かしこにロマンの香りがプンプンするのは、この人ならではです。2楽章ではゆったりと更にロマンの雰囲気を感じさせます。3楽章は軽快ですが速過ぎずに、理想的なテンポに思えます。そして演奏の自由自在さが益々この曲の愉悦感を高めます。

Hmv_3637652 フリードリッヒ・グルダ独奏、アバド指揮ウイーン・フィル(1975年録音/グラモフォン盤) アバドは1楽章を遅めのテンポで堂々と立派に演奏しようとしていますが、逆に音楽が重くもたれる結果となり、余り楽しくありません。それはウイーン・フィルの典雅な音をもってしてもカバー仕切れないようです。2楽章もオケの音が美しい割には余り酔うことができません。3楽章のテンポもゆったり気味ですが、ここではグルダの美しく瑞々しいピアノに弾きつけられます。

Mozart_serkin ルドルフ・ゼルキン独奏、アバド指揮ロンドン響(1981年録音/グラモフォン盤) これもまた、アバドの指揮ですが、1楽章の遅いテンポはゼルキンの要求でもあるでしょう。始めは止まりそうなぐらい遅く感じます。ところがゼルキンは音符ひとつひとつを本当に慈しむように弾いてゆくので、いつの間にか惹きつけられてしまいます。2楽章も遅いですが、グルダ盤よりももたれません。白眉は3楽章で、非常に遅いテンポでとうとう最後まで乗り切ってしまうどころか、独特のたおやかさを感じさせるのが魅力的です。

31sa8psmmzl__sl500_aa300__2ダニエル・バレンボイム独奏/指揮、ベルリン・フィル(1988年録音/TELDEC盤) EMI盤から20年後の新盤です。ベルリン・フィルの壮麗でシンフォニックな響きはこの曲にピッタリという印象です。バレンボイムのピアノも旧盤よりも弾きこんだ印象で輝きを増しています。2楽章はロマンティックでピアノもオケも非常に美しいです。3楽章も歯切れの良さと優美さが両立していて素晴らしいです。聴いていて胸いっぱいに愉しさが溢れてきます。 

Michelangeli20 アルトゥーロ・ベネディッティ・ミケランジェリ独奏、ガーベン指揮北ドイツ放送響(1989年録音/グラモフォン盤) これはライブですが、録音は優秀です。ミケランジェリはかつての鋭い切れ味は衰えたものの、透明感のある音と繊細なタッチは失っていません。ことさらに立派にしようという力みを感じることもなく、ゆったりしたテンポで音楽を慈しむかのようです。北ドイツ放送響の響きは落ち着いていてピアノと合っています。

以上の中のマイ・フェヴァリット盤はといえば、何と言ってもハイドシェックのEMI盤ですが、もうひとつバレンボイム/ベルリン・フィル盤も上げたいです。

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2011年10月16日 (日)

モーツァルト ピアノ協奏曲第24番ハ短調K.491 名盤

第22番、23番に続く第24番も同じ年の作品です。けれども曲想はがらりと変わります。モーツァルトのピアノ協奏曲の中で短調の曲はわずかに2曲ですが、ひとつはあの第20番K466。もうひとつがこの曲です。どちらの曲も同じように暗くデモーニッシュな雰囲気ですが、感情をストレートに吐露する点で第24番は第20番以上です。

この曲は調性がハ短調ですが、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番が同じハ短調です。ですので、この2曲には何となく同じ香りを感じます。おそらくベートーヴェンはモーツァルトのこの曲に深い共感を覚えていたに違いありません。

この曲は、モーツァルトが予約演奏会のために書いた最後の曲になりました。自分の書きたい音楽をあからさまに表現してしまったために、耳触りがよく、明るく社交的な音楽を望むウイーンの聴衆からはこれで完全に見放されることになります。そういう点でも、この曲は孤高で悲壮感に溢れる音楽です。

第1楽章アレグロは、暗くものものしく始まったあとに、感情が激しく爆発する楽章です。ウイーンの聴衆はさぞかし驚いたことでしょう。ロマン派を先取りするような音楽は、ベートーヴェンが手をつける前からモーツァルトによって成されていたのです。

第2楽章ラルゲットは、第20番の第2楽章と共通するような、穏やかで優しい静寂に包まれた音楽です。木管楽器がピアノと何と美しく寄り添ったり離れたりすることでしょう。

第3楽章アレグレットは、主題に8つの変奏曲が続きます。1楽章と同じように、哀しみの感情が激しく爆発しますが、この曲ではとうとう20番のように明るく終えることも出来ずに、悲劇的なままに曲を閉じます。

おそらく、「モーツァルトの音楽は綺麗だけれども、どうも聴き応えに不足する」と感じておられる方にとっては、この第24番は第20番と同じように受け入れられるはずです。ちなみに自分の場合は、第23番や27番を更に好んではいますが、もちろんこの曲にも効し難い魅力を感じています。

それでは、僕の愛聴盤をご紹介してゆきます。

Img_232134_8126049_0クララ・ハスキル独奏、マルケヴィチ指揮コンセール・ラムルー管(1960年録音/フィリップス盤) ハスキル最後の録音であり、第20番とカップリングの定番ディスクです。最新リマスターではハスキルのピアノの音がとても美しく嬉しいです。しかもタッチが非常に力強いのにも驚かされます。一つ一つの音符やスケールの全てが大切に意味深く扱われているのにもつくづく感心します。2楽章の深い哀しみの情感はどうでしょう。マルケヴィチの指揮は非常に激しくデモーニッシュなものですが、打楽器が強硬され過ぎに感じます。 

41h5p5kghfl__sl500_aa300_ウイルヘルム・ケンプ独奏、ライトナー指揮バンベルク響(1960年録音/グラモフォン盤) ライトナーの指揮するオケのほの暗く美しい響きに驚きます。リズムに切れも有ります。ケンプのピアノは、おおらかな印象で、取り立てて深刻ぶらないのに味わいが有ります。ベートーヴェンでは音にひ弱さを感じるケンプですが、モーツァルトではフォルテが強過ぎずに丁度良いです。イン・テンポで弾いているのに少しも機械的に感じないのもさすがです。2楽章は淡々としていますが、自然にじみ出るような哀しみの情感を感じます。但し、3楽章は更にデモーニッシュな雰囲気が欲しいところです。録音はこの時代にしては優秀です。

Casad_00ロベール・カザドシュ独奏、セル指揮クリーヴランド管(1961年録音/CBS盤) 冒頭、セルの威厳のある指揮に惹きつけられます。響きが美しく、フレージングやアクセントに多彩な表情がつけられていて感心します。カザドシュのピアノは淡々としていますが、決して無味乾燥なわけでは無く、とても美しい演奏です。但し、ピアノの録音がこもりがちでパリッとしないのが欠点です。せっかくの珠を転がすようなタッチが魅力半減です。

671ゲザ・アンダ独奏/指揮、ザルツブルク・モーツァルテウム室内管(1966年録音/グラモフォン盤) 全集盤からの演奏です。1楽章は速めのテンポで切迫感を感じます。この曲にしてはいくらかオケの響きに薄さを感じないでもありませんが、デモーニッシュな雰囲気で悪くありません。アンダのピアノは硬質の音で力強く素晴らしいです。2楽章では大きめの音であっけらかんと弾いているようでいて、不思議と美しい情感を感じさせます。3楽章も1楽章と同様の表現で良いです。

932 パウル・バドゥラ=スコダ独奏/指揮、プラハ室内管(1970年録音/スプラフォン盤) バドゥラ=スコダ教授の弾き振りです。いかにもウイーン正統派のスタイルという印象です。ドイツ流ほど厳格では無く、フランス流ほど自由さは有りません。音符やフレーズの処理がきっちりしていても窮屈にならないのが良いです。3楽章は速めで歯切れの良さが有ります。全体的に端正なピアノですが、とても美しさを感じます。こういう演奏だったら当時のウイーンの聴衆にも受け入れられたんじゃないかと思います。

2edebf2ef962870ed7a190d588ced904ダニエル・バレンボイム独奏/指揮、イギリス室内管(1971年録音/EMI盤) EMIの全集盤に含まれています。まず冒頭のオケの濃厚でロマンティックな表情に圧倒されます。フォルテの音は激しくデモーニッシュさを感じさせます。こういう指揮が出来たら指揮者に転向して当然ですね。ピアノのタッチも重すぎず、自由自在さが有って、僕には理想のモーツァルトの音に聞こえます。2楽章もたっぷりとロマンティックに酔わせてくれます。3楽章も素晴らしく、力強いピアノとオケが最高です。それでいて音が少しも固くなりません。この演奏は、全集の中でも第22番と並ぶ名演だと思います。

Fi2546314_0e アンネローゼ・ シュミット独奏、マズア指揮ドレスデン・フィル(1972年録音/独edel盤) 全集盤からの演奏です。1楽章は速めのイン・テンポで進みますが、安定感が有るのはさすがにドイツ流です。曲の持つロマン的な雰囲気よりは、古典的な造形性を強く感じさせます。ですのでこの曲の持つ、感情の激しさを求めると肩透かしをくらいます。2楽章も速いテンポで、あっさりとすり抜けます。3楽章も1楽章と同様に余り悲劇的な雰囲気を感じさせないので、少々物足りなさを覚えてしまいます。

Mozart_serkin ルドルフ・ゼルキン独奏、アバド指揮ロンドン響(1981年録音/グラモフォン盤) ゼルキン&アバドの選集に含まれています。この曲でもやはり遅いテンポのゼルキンにアバドがしっかりと合わせています。1楽章では両者とも感情の爆発がかなり抑制されている印象で、その代わりに深い哀しみの表情が心に浸みこんできます。2楽章は意外にテンポの微妙な揺れや間が有るので、淡々とした感じは受けません。3楽章ではゼルキンのピアノが俄然力強さを押し出してベートーヴェンさながらです。スケールの大きさがユニークです。

31sa8psmmzl__sl500_aa300_ダニエル・バレンボイム独奏/指揮、ベルリン・フィル(1988年録音/TELDEC盤) まずは冒頭のオーケストラの迫力に圧倒されます。まるでシンフォニーのようです。いや、以上かも。ピアノももちろん頑張っていますが、自分の指揮するオケに対して分が悪いというのは皮肉です。全体にEMI盤と同じように大変ロマンティックな演奏で聴きごたえが有りますが、個人的にはピアノとオケのバランスが取れたEMI盤のほうが、聴いていて自然に惹き込まれます。

4109031243_2 エリック・ハイドシェック独奏、グラーフ指揮ザルツブルク・モーツァルテウム管(1992年録音/VICTOR盤) ハイドシェックは若い時代にこの曲のモノラル録音を残していますが、聴いたことはありません。ですので、時を経て新しい演奏を聴くことができたのは嬉しいです。昔と比べると表情づけがずっと濃厚になりました。ただし個人的には、たとえ未熟な部分は有っても、ひたすら感性で天衣無縫に弾いていた若い時代の演奏のほうを好みます。それに、美しかったタッチも少々衰えを感じます。オーケストラが第一級とは言えないのも残念です。

ということで、以上の中のマイ・フェイヴァリット盤はというと、ピアノとオケの両方が素晴らしいバレンボイムのEMI盤です。そしてピアノだけならハスキル盤も大好きです。

<関連記事>
モーツァルト ピアノ協奏曲第24、21、17、12番 ポリーニ/ウイーン・フィル盤

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2011年10月 7日 (金)

モーツァルト ピアノ協奏曲第23番イ長調K.488 名盤

秋の雰囲気がだいぶ深まってきましたね。どうしたってセンチメンタルになってしまうこの季節に、とてもふさわしい曲に順番が回ってきました。モーツァルト・ファンであれば、「ケッヘルよんぱっぱー」と聞いただけで、胸にきゅーんと来てしまうのではないでしょうか。僕自身、ピアノ協奏曲の中では1、2を争う大好きな曲です。

このピアノ協奏曲第23番K488は、前の第22番と次の第24番と同じ年の作品ですが、共通しているのは、管楽器が非常に印象的に使用されてる点です。特に22番、24番ではまるで、管楽器のシンフォニア・コンツェルタンテと間違えそうな部分がしばしば現れます。それに比べると、この第23番はティンパニーとトランペットが使用されない為に、全体の響きはずっと室内楽的に聞こえます。ですので、曲全体が夏のような輝かしい陽射しの元での色彩では無く、秋の紅葉のように非常に陰影に富んだ色彩を持っています。そして、この曲でもやはりクラリネットが重要な役割を担っていますが、第1楽章冒頭の主題が、名作「クラリネット協奏曲」と「クラリネット五重奏曲」のそれとよく似ているのが面白いです。

この曲は全3楽章のいずれもが、実に魅力的なのに驚かされます。ひとつひとつの音符、フレーズが一瞬さえも飽きさせることが有りません。元よりモーツァルトのピアノ協奏曲に駄曲は一曲も無いとは思っていますが、この曲ほど、完成度の高い曲も中々無いと思います。

第1楽章アレグロは、オーケストラの奏でる主題をピアノが繰り返すという単純明快な構成です。それでいて何度聴いても飽きさせないのは、やはり旋律、楽想の素晴らしさだと思います。「複雑にする必要の無い」下地の良さが有ればこそです。

第2楽章アダージョは、単独でも演奏されるほどに魅力的で、まるで秋の夕暮れのように人恋しさや物寂しさを感じさせてやみません。ホロヴィッツが記録映像の中で、「この楽章はシチリア―ノだ。」と述べながら、6/8拍子のリズムを強調して弾いていましたが、余りに強調し過ぎて違和感を覚えました。あくまでも「シチリア―ノ風」であって、舞曲の「シチリア―ノ」では無いと個人的には思っています。

第3楽章アレグロ・アッサイはロンドですが、2楽章から一転して飛び跳ねるように快活な音楽に変わります。正に「輪舞(ろんど)」です。今まで深く沈んでいたのに突然歓喜に豹変するのは、まるでモーツァルト自身のようだったのかもしれません。ところが、中間美以降は光と影が混じり合い、色彩が刻々と変化していって、嬉しいのか哀しいのか、よく判らなくなってしまいます。音楽のその余りに素早い展開に置いてきぼりにされそうで、ついてゆくのに精一杯です。ああっ、ウォルフィーくん、君って人は・・・・。この楽章は、本当にモーツァルトの魅力が極まっていると思います。

ということで、この曲は大切な大切な曲ですが、普段は所有ディスクをまとめて聴くなんてことは有りません。ですので、今から心がわくわくしています。では順番に聴いてゆきます。

1197111202 クララ・ハスキル独奏、パウムガルトナー指揮ウイーン響(1954年録音/フィリップス盤) ハスキルが僅か8歳でデビューした時の曲が、この曲です。モーツァルトを弾くために生涯を捧げたクララおばさんが、何十年も最重要レパートリーとして弾き続けたこの曲の演奏には、聴いていて思わず涙ぐまずにいられません。音符のひとつひとつを慈しむように歌わせて、どこまでもゆったりと音楽に身を浸り切らせたような一体感が本当に素晴らしいです。実は僕が学生時代に最初に買ったのもこの演奏のLP盤でした。モノラル録音で、オケの音は良好ですが、ピアノの音が古めかしいのが残念です。

Casad_00ロベール・カザドシュ独奏、セル指揮コロムビア響(1959年録音/CBS盤) 曲の性格の違いか、いつものセルの厳格なオーケストラの音に、やや窮屈さを感じます。カザドシュのピアノは、ここでもやはり粒がよく揃った、いぶし銀の輝きです。但し、この曲の持つ翳りの部分が少々希薄に感じられるのがもの足りません。どちらかいうと「秋」よりも「春」を感じさせます。このコンビの録音の中では、好みで下位にランクされる演奏です。

41h5p5kghfl__sl500_aa300_ ウイルヘルム・ケンプ独奏、ライトナー指揮バンベルク響(1960年録音/グラモフォン盤) 1楽章は、速過ぎず遅すぎず実に良いテンポで進みます。ケンプのピアノは、相変わらず神経質なところが無いおおらかさで一杯です。2楽章は淡々ととしていますが、じわりとにじみ出るような味わいを感じます。3楽章は意外に早いテンポで躍動感が有ります。ライトナーが指揮するバンベルク響も美しい響きです。この曲の持つ室内楽的な雰囲気を生かしていて素晴らしいと思います。

20080324_28671 エリック・ハイドシェック独奏、ヴァンデルノート指揮パリ音楽院管(1962年録音/EMI盤) 若い頃のハイドシェックのモーツァルトはタッチに軽みを感じるのと、天衣無縫の自在さが大好きです。特にこの曲の第3楽章は驚異的な速さで弾き切りますが、その中での一瞬のルバートや変幻自在のニュアンスが正に天才的です。同じフランス人でも、この曲に関しては一本調子のカザドシュとはまるで違います。ヴァンデルノートとオケもピタリと伴奏していて見事ですが、あの速さでファゴットが吹き切るののも驚嘆です。1、2楽章ではそこまで凄くは有りませんが、やはり好きな演奏です。

671ゲザ・アンダ独奏/指揮、ザルツブルク・モーツァルテウム室内管(1963年録音/グラモフォン盤) 全集盤からの演奏です。アンダのピアノの音が綺麗に録れていますし、情感的にも不足しない良い演奏だと思います。全集として曲の素晴らしさを味わうのには、これで何の不満も感じません。但し、演奏に何か特別な閃きを求めた場合には、もしかしたらここには見当たらないかもしれません。

Uccd34291クリフォード・カーゾン独奏、セル指揮ウイーン・フィル(1964年録音/DECCA盤) カーゾンのK488は、ケルテス指揮盤が一般的ですが、僕はセル盤で聴いています。セルの指揮はやはり厳格ですが、ウイーン・フィルの音の柔らかさが潤いを与えてくれます。カーゾンのピアノも柔らかなタッチでじっくりと一音一音をかみしめるように弾いています。落ち着いて心静かに味わうには、とても良い演奏だと思います。

C0852659 リリー・クラウス独奏、サイモン指揮ウイーン音楽祭管(1965年録音/SONY盤) ハスキルより8年あとに生まれたクラウスも、やはりモーツァルトを得意としました。ハスキルほどロマンティックでは無く、ずっとすっきりと演奏しますが、やはり昔の人だけあって少しも機械的に弾くことは無く、人間の温かい肌触りを感じます。若々しさも失っていませんし、好きな演奏です。オーケストラは聞いたことの無い名前ですが、臨時編成でしょうか。上手く無いですし、オン・マイクで弦の粗さがよく分かります。アマチュア・オケを経験した自分にはさほど抵抗はありませんが、一般のリスナーには聴きづらいかもしれません。

2edebf2ef962870ed7a190d588ced904ダニエル・バレンボイム独奏/指揮、イギリス室内管弦楽団(1967年録音/EMI盤) EMIの全集盤に含まれています。ユニークなのは2楽章の遅さで、淡々とモノローグのように弾くので、まるで第22番の2楽章のようです。1、2楽章については、この人にしては平均的な出来栄えに思います。特別な閃きも感じない代わりに、これといって不満も有りません。曲の素晴らしさは充分に伝えられています。

Fi2546314_0e アンネローゼ・ シュミット独奏、マズア指揮ドレスデン・フィル(1974年録音/独edel盤) 全集盤からの演奏です。1楽章は速めのイン・テンポでサラサラ流れるように進む演奏です。古典的な造形性では随一です。2楽章は淡々としていますが、それが逆に虚無感を生んでいて良いと思います。3楽章は速めで颯爽としています。オケも上手いですし、あらゆる点で中庸のリファレンス的な演奏だと思います。その分、特別に強い印象は残りません。

Img_1323059_44008530_0 マウリツィオ・ポリーニ独奏、ベーム指揮ウイーン・フィル(1976年録音/グラモフォン盤) ベーム/ウイーン・フィルのモーツァルトのピアノ協奏曲伴奏は他に27番が有っただけだと思いますが、もっと沢山聴きたくなるほど美しい演奏です。立派で威厳が有るのに、窮屈になりません。但し、ポリーニのピアノは真面目の一言に尽きます。ベームの前で、肩に力を入れ過ぎたのかもしれませんね。指揮にピタリと合わせていますが、自在さが無いので余り楽しくありません。

Mozart_serkin ルドルフ・ゼルキン独奏、アバド指揮ロンドン響(1981年録音/グラモフォン盤) BOX選集に含まれています。他の曲と同様にだいぶ遅いテンポです。それも徹頭徹尾遅いので、正直もたれてしまう印象です。2楽章などは、それが効果的に働きそうなものですが、そうとも思えません。アバドも、ゼルキンのテンポに付けてゆくのが辛そうです。アバドの好きなテンポで演奏すれば、ずっと良かったんではないかという気がしてなりません。

349 ダニエル・バレンボイム独奏/指揮、ベルリン・フィル(1988年録音/TELDEC盤) テンポ設定や表現スタイルはEMI盤と変わりません。ピアノの音が幾らか重く感じるのと、オケの音に高いカロリーを感じます。特に3楽章では、かなりシンフォニックに聞こえます。徹底しているのは良いとしても、この室内楽的な曲には少々過剰なんじゃないでしょうか。但しEMI盤も、幾らか消化不良を感じるので、この曲ではむしろ新盤を取りたい気もします。

Gulda_0 フリードリッヒ・グルダ独奏/指揮北ドイツ放送響(1993年録音/EMI盤) グルダには以前、アーノンクールが伴奏指揮したスタジオ盤が有りました。リズムが妙に誇張された演奏で余り好みませんでした。これはライブ演奏ですが、ずっとオーソドックスです。それでもピアノの低音部を強調してみたり、自由な解釈は色々と有りますが違和感を感じません。1、2楽章の落ち着いたテンポと、3楽章の速いテンポも理想的です。北ドイツ放送響の音は陰影が深く、しっとりとして美しいです。

ということで、改めて聴き比べてみましたが、最も魅力的に感じたのは、やはりハイドシェックEMI盤とハスキル盤でした。それに次点として、ケンプ盤とグルダのライブ盤です。

今回の記事には間に合いませんでしたが、もうじきリリースされる予定のグリモー盤も有ります。なんと言っても、僕の好きな美人ですし(コラ、邪道!)、近いうちに聴いて感想を追記したいと思います。

<後日記事>
エレーヌ・グリモーのモーツァルト/ピアノ協奏曲第23番

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