アントン・ブルックナー 交響曲全集 ~名盤~
ブルックナーやマーラー、それにベートーヴェンなどは交響曲の全集が数多く出ていますが、全ての曲の演奏が良いというものは中々存在しないと思います。その人に熱烈な「押し」が有る場合は別なのですが。ですので、結局はそれぞれの曲ごとに好きな演奏を選び出すことになります。ただ、一人の指揮者で全曲を聴き通すことで、各曲の色合いの違いを細かく知ることが出来るという利点は有るのかもしれません。
そういうわけでブルックナーの生誕200年を記念して(笑)自分の気に入っている全集盤を挙げてみたいと思います。
オイゲン・ヨッフム指揮ベルリン・フィル、バイエルン放送響(1958-67年録音/グラモフォン盤)
ヨッフムはブルックナーを非常に得意としていた名指揮者で、交響曲全集を2回録音しています。これは最初の全集で、ベルリン・フィルとバイエルン放送響とを曲によって振り分けています(2,3,5,6番がバイエルン放送で、残りはベルリン・フィル)。音の傾向からするとバイエルン放送響のほうがブルックナーには適していると思います。オーストリアにも近く、アルプス山脈の麓と言っても良いミュンヘンの楽団は昔からブルックナーが得意です。ベルリン・フィルもドイツ的な堅牢な響きを残している時代なので、これはまた別の魅力は有ります。全集としての統一性の点では幾らかマイナスですが、どちらも優秀な楽団なので慣れてしまえばどうということは有りません。ヨッフムの指揮に若々しさが有り、各スケルツォ楽章の切れ味などは印象的です。演奏の出来栄えは曲により幾らか凸凹が有るとはいえ、これだけの水準を保つのは凄いです。中では1番、2番、6番、9番あたりの演奏が特に素晴らしいです。ベルリンのイエス・キリスト教会、ミュンヘンのヘルクレスザールで行われた録音も優れていて余り古さを感じさせません。
オイゲン・ヨッフム指揮シュターツカペレ・ドレスデン(1975-80年録音/EMI盤)
ヨッフムの2回目の全集では、名門SKドレスデンが全ての曲を演奏しています。聴きようによってはややメカニカルな音に聞こえたベルリン・フィルよりも、音に古雅な素朴さが感じられるドレスデンの方が聴いていて心地良いのは確かです。録音も透明感の有るグラモフォン盤に対して、こちらは響きの豊かさで知られるドレスデンの聖ルカ教会で東独エテルナにより収録されたことで中声部が厚く感じられます。ヨッフムのブルックナーは新旧盤どちらも神経質にならない素朴さ、豪快さが大きな魅力ですので、どちらを選んでも充分に満足できますが、もしもどちらか一つを選ぶとすれば、平均点の高さが旧グラモフォン盤よりも優れるEMIの新盤を選びます。なお、この全集は何度も再リリースされていますが、CDに限っては国内盤や廉価版のXmasBOXよりも写真のオランダ盤が中低域の音が厚く、本来のドレスデンらしい音が味わえますのでお勧めしたいです。
ワレリー・ゲルギエフ指揮ミュンヘン・フィル(2017-19年録音/ワーナークラシックス盤)
オーストリアのリンツではブルックナー音楽祭が毎年秋に開催されますが、ゲルギエフとミュンヘン・フィルは2017年から3年連続で聖地である聖フローリアン修道院で交響曲の全曲演奏/録音を行いました。ミュンヘン・フィルには、これまで層々たるブルックナー指揮者たちが指揮して来たので、ブルックナーの響きが底の底から沁みついています。 ゲルギエフはロシア音楽では定評が有りますが、ブルックナーには懐疑的な方も多いようです。ところが全く正統的な演奏で、特に中期以降の曲ではゲルギエフらしさはほとんど感じられません。ブルックナー指揮者が見せる自然体の解釈により、あの深遠な音楽を再現させています。ただ考えてみればロシア音楽でもゲルギエフはテンポの急激な変化は余り取らずに、息の長い旋律を深く歌わせます。そのスタイル自体は実はブルックナーの理想形に共通しています。これはミュンヘン・フィルの自主制作録音で、聖フローリアン修道院の残響の美しさは有名ですが、各楽器の音の分離とバランスの良さは特筆されます。
クリスティアン・ティーレマン指揮ウィーン・フィル(2019-22年録音/SONY盤)
ブルックナーの生誕200年を記念するプロジェクトとして、2019年の第2番からスタートして、2022年の第9番まで足かけ4年で完成させました。ウィーン・フィルはブルックナーの演奏にかけては世界で最も理想的な音色を奏でます。もちろんミュンヘン・フィル、SKドレスデンなども極上の音なのですが、ブルックナーが生れ育ったオーストリアのアルプス地方の空気のように、のどかでいて美しく澄み渡った音はウィーン・フィルならではです。そのウィーン・フィルもこれまで一人の指揮者で交響曲全集を完成させたことは無く、これが初めての全集です。ティーレマンの解釈はドイツ・オーストリアの伝統そのものの正統派スタイルでどの曲も素晴らしいです。中では第4番が最も優れると思いますが、他の曲も其々が名盤の上位に上げたい演奏ばかりです。1番から9番だけでなく、初期の「ヘ短調」「第0番」も含みます。 ウィーンのムジークフェラインとザルツブルクの祝祭大劇場の二か所でライブもしくは無観客ライブで録音されましたが、ウィーン・フィルの美しい音をホールで聴くような臨場感を持つ優秀録音です。
以上、どれも素晴らしい全集ですが、特に古雅なドイツの響きを持つSKドレスデンとのヨッフムEMI盤、聖フローリアン修道院でのミュンヘン・フィルが聴けるゲルギエフ盤、そしてウィーン・フィルの素晴らしい演奏で初期の2曲を含むティーレマン盤の3つは、どれをとってもブルックナーの音楽に心底浸り切れます。
<補足>より詳しくは下記リンク参照
最近のコメント