ヨハン・シュトラウス(2世) 喜歌劇「こうもり」(Die Fledermaus) 名盤
今年の初聴きはNHK衛星放送のニューイヤー・コンサートでしたが、それ以外にもウインナ・ワルツのCDを色々と聴いていました。それについてはまた来年。(笑)
代わりに喜歌劇「こうもり」(ドイツ語でDie Fledermaus)です。ヨハン・シュトラウス(2世)の代表オペレッタであるだけでなく、レハールの「メリー・ウイドー」と並ぶ、楽しい楽しい傑作ですね。作品の中にワルツやポルカの名曲がふんだんに盛り込まれていて、これ1曲でニューイヤー・コンサートをそのまま味わう気分になれます。
原作はベンディックスの喜劇『牢獄』に基づいてメイヤックとアレヴィが書いた喜劇『夜食』です。オペレッタの台本はそれをカール・ハフナーとリヒャルト・ジュネが手直ししました。
作品はヨハン・シュトラウスお得意の優雅で美しいワルツと楽しいポルカが全編に使われています。台本には日付の設定は特に有りませんが、ドイツ語圏の国では大晦日恒例の演目となっています。
本家のウィーンでは毎年年末年始に公演され、大晦日の国立歌劇場の「こうもり」と新年のウィーン・フィルの「ニューイヤー・コンサート」がウィーンでの恒例行事となっています。
一般的にオペレッタの楽しみというと、スコアにはほとんど書かれていない台詞が演出家の裁量で決められて、観客を笑わせるために世事などを取り上げたり、様々なアドリブが用いられます。音楽も他のウインナ・ワルツを自由に追加したり、逆に演奏しなかったりもします。ですので、本来オペレッタは「今回はどんな演出となるのだろう?」とワクワクさせられる実演が一番です。昔観たウィーン・フォルクス・オーパ―の公演は実に楽しかったです。
歌手の声域も厳密では無く、アイゼンシュタインを昔はテノールが歌うことが多かったですが、最近はバリトンで歌われることが多く、オルロフスキー侯爵はバリトンや女性歌手が歌う場合も有り、さらに地声で歌わせたりと趣向が凝らされます。看守役にはいつか二期会の公演だったか、コント55号の坂上二郎が扮していたのには笑わせられました。日本語上演で大いに楽しめるのもオペレッタならではです。
<登場人物>
アイゼンシュタイン男爵(テノールまたはバリトン)- 金持ちの銀行家
ロザリンデ(ソプラノ)- アイゼンシュタインの妻
フランク(バリトンまたはバス)- 刑務所長
オルロフスキー公爵(メゾソプラノまたはカウンターテナーやテノール)- ロシア貴族
アルフレード(テノール) - 声楽教師、ロザリンデの昔の恋人
ファルケ博士(バリトン) - アイゼンシュタインの友人、こうもり博士
アデーレ(ソプラノ) - ロザリンデの小間使い
フロッシュ(台詞) - 刑務所の看守
他
<あらすじ>
第1幕 アイゼンシュタイン邸
アイゼンシュタインの妻ロザリンデが嘆いている。夫が役人に暴力をふるってしまったことで8日間の禁固刑となってしまった為だ。
そんな折、昔の恋人アルフレードが、家の前で毎日セレナーデを歌ってはロザリンデに求愛をしている。夫が刑務所に入るので、その留守にロザリンデと逢引しようと企んでいる。ロザリンデもまんざらではないが、世間体を気にして躊躇している。
そこへファルケ博士がやって来てアイゼンシュタインに、「今夜、オルロフスキー公爵邸で舞踏会が開かれるので、楽しんでから刑務所に入ればいい」と勧める。妻をどうごまかすか躊躇するアイゼンシュタインをファルケは「いくらでもごまかせるさ」とそそのかす。その気になったアイゼンシュタインは、舞踏会に行くことに決めて小躍りする。
アイゼンシュタインが「礼服を出して」と言うので怪しみ気づいたロザリンデは、それなら自分も舞踏会へ行こうと決心し、小間使いのアデーレに暇を出す。アデーレも実は姉から手紙でオルロフスキー邸の舞踏会に誘われていた。
そしてアルフレードがやって来る。ロザリンデは喜び、二人で酒を飲み始める。ところが、そこへ夫を連行しに来た刑務所長フランクが現れる。男を家に引き入れたことが知られるとまずいと思ったロザリンデは、とっさにアルフレードを夫に仕立てる。困ったアルフレードもアイゼンシュタインに化けることを承知して、身代わりとなり刑務所に連れて行かれる。
第2幕 オルロフスキー公爵邸の舞踏会
オルロフスキー侯爵邸では華やかな舞踏会が開かれていた。侯爵がファルケに「何か面白いことは無いか」と言うとファルケは、「今夜は“こうもりの復讐”という楽しい余興がある」と言う。
やがて、女優に化けたアデーレや、フランスの侯爵ルナールを名乗ったアイゼンシュタイン、刑務所長らが次々にやってくる。
そこへ仮面をかぶってハンガリーの伯爵夫人に変装したロザリンデが現れる。
アイゼンシュタインは伯爵夫人が自分の妻だとは気づかずに口説き始める。ロザリンデは夫の浮気の証拠にしようと懐中時計を言葉巧みに取り上げる。人々は、仮面の女性の正体を知りたがるが、彼女はハンガリーのチャールダーシュを歌って「私はハンガリー人よ」と言う。
人々がファルケ博士に「“こうもりの話”をしてくれ」と言う。3年前ファルケとアイゼンシュタインが仮面舞踏会に出かけた帰りに、アイゼンシュタインが酔いつぶれたファルケを森に置き去りにした為に、翌日ファルケは日中、仮面舞踏会のこうもりの扮装で笑われがら帰宅する破目になり、「こうもり博士」というあだ名をつけられたのだった。
やがて舞踏会が最高潮に達するが、夜も更けると締めくくるワルツが始まり、全員が歌い踊る。
第3幕 刑務所の部屋
刑務所の中で、身代わりで捉えられているアルフレードがロザリンデへの愛の歌を歌っている。朝っぱらからブランデーで酔っ払った看守のフロッシュがくだを巻いていると、同じく酔っ払ってご機嫌なフランク所長が戻ってくる。
そこへアイゼンシュタインが出頭して来たので、所長は「既に牢にはアイゼンシュタイン氏が入っているんだが」と驚く。
更にそこへロザリンデが来たので、アイゼンシュタインは慌てて弁護士に変装する。ロザリンデは昨日の経緯を変装したアイゼンシュタインに話す。そこでアイゼンシュタインは正体を現して妻とアルフレートを責めるが、ロザリンデは舞踏会で奪い取った時計を取り出して見せ、逆に夫をやり込めてしまう。
そこにファルケとオルロフスキー公爵、その他舞踏会の客たちが現われる。
ファルケは「昨日舞踏会に誘ったのは、すべて私が仕組んだことで、3年前の“こうもりの復讐”だ。」と種明かしをする。「それでは浮気も芝居なのか」と安心するアイゼンシュタイン。アルフレードは「実際とは違うが、まあいいか」とつぶやく。
そしてロザリンデの歌う「シャンパンの歌」で幕となる。
とまあ、こんな具合です。
さて、それでは所有のCDのご紹介へ。
クレメンス・クラウス指揮ウィーン・フィル、国立歌劇場合唱団、ギューデン(S)、パツァーク(T)、リップ(S)他(1950年録音/DECCA盤) 当然ながらモノラル録音ですが、DECCAの優秀録音は鑑賞の妨げになりません。録音当時のウィーン・フィルの田舎情緒あふれる音色はいかばかりでしょう。クラウスの指揮は決して緩いばかりではなく、躍動感も充分です。しかしウインナ・ワルツ独特のリズムには、これこそが本物かと思わずにいられません。歌手達も当時ウィーンで活躍していた名歌手たちが揃い、その歌声には酔わされます。台詞は全てカットされていますが、CDで繰り返し聴く条件下では抵抗有りません。どれほど時代が変わっても普遍的な価値を持つ名演奏だと思います。
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ウィーン・フィル、国立歌劇場合唱団、ギューデン(S)、クメント(T)、ケート(S)他(1960年録音/DECCA盤) クラウス盤から10年経ち、ウィーン・フィルの音の田舎臭さは薄れたものの、柔らかく甘い音色は健在です。それにカラヤンの歯切れ良い指揮とが上手く融合して、極上の楽しさを味合わせてくれます。主要な役の歌手陣はクラウス盤からは幾らか見劣りますが、その代わりにこの録音には舞踏会の場面にガラ・パフォーマンスが挿入されていて、当時の世界的な歌手(テヴァルディ、モナコ、ニルソン、ビョルリンク、ベルガンサ他)が次々と登場します。ニルソンが歌う「踊り明かそう(マイ・フェアレディ)」など他のどこで聴けるでしょう!プロデューサー、カルショーが残した「ニーベルンクの指輪」全曲にある意味で匹敵する、現在では到底実現し得ない録音遺産です。
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ウィーン国立歌劇場、ギューデン(S)、ヴェヒター(T)、シュトライヒ(S)他(1960年録音/RCA盤) 上述のDECCA録音と同じ年の大晦日にウイーンで公演されたライブ録音です。歌手は何人か入れ替っていますが、カラヤンの人選ですのでDECCAと同等以上と言えます。ライブですのでノリの良さはこちらが当然上です。アンサンブルのずれは随所に有りますが、気にするだけ野暮というものです。舞踏会のガラパフォーマンスもさすがにDECCA盤には劣りますが、ステファノの「オーソレミオ」など豪華です。実演ならではのセリフが長いのはドイツ語の分かる人なら良いですが、そうでないと長ったらしく感じるかもしれません。モノラル録音ですが音質は明瞭です。
ウィリー・ボスコフスキー指揮ウィーン響、国立歌劇場合唱団、ローテンベルガー(S)、ゲッダ(T)、ホルム(S)他(1971年録音/EMI盤) ウィーン・フィルの名コンサートマスターだったボスコフスキーはクラウスからニューイヤーコンサートを引き継ぎましたが、この録音ではウィーン・シンフォニカ―が使われました。クラウスに比べれば遥にスマートな演奏ですが、カラヤンよりもゆったりとしたテンポでウィーンのおおらかな雰囲気が漂います。歌手陣も名歌手が揃い、味わいが深いです。録音も良好ですし、名盤の一つに数えたいと思いますが、その反面、もしもこれがウィーン・フィルだったらと思うと幾らか残念な気もします。
カルロス・クライバー指揮バイエルン国立管、国立歌劇場合唱団、ヴァラディ(S)、プライ(Br)、ポップ(S)他(1975年録音/グラモフォン盤) もちろん有名な名盤ですし(と認めた上で)颯爽としたテンポで躍動感に溢れた「こうもり」は当時実に新鮮で驚きでした。序曲の中間部のほの暗い情緒や、挿入された「雷鳴と電光」の迫力には天才を感じたものです。旋律の歌いまわしの上手さも同様です。ただしそれはあくまでクライバーの「こうもり」であって、ウイーンの伝統的なそれではありません。そういった違和感は拭えません。歌手陣は平均的ですが、侯爵にロシア民謡歌手のイヴァン・レブロフを起用したのは、彼の妙な歌唱のおかげでシャンパンの歌が台無しに(自分にはそう聞こえる)なりました。これはクライバーのファンの為の「名盤」だと思います。
アンドレ・プレヴィン指揮ウィーン・フィル、国立歌劇場合唱団、カナワ(S)、ブレンデル(Br)、グルべローヴァ(S)他(1990年録音/フィリップス盤) 録音がだいぶ後のものとなり、この中では録音が最も優れます。プレヴィンはウィーン・フィルの美しい音を生かしますし、クライバー盤よりはずっと伝統的なウインナ・オペレッタを楽しめます。ただし、ここにはクラウス、ボスコフスキー時代のおおらかな雰囲気とは別のものが有ります。その原因は歌手陣のオペラ調のドラマティックな歌い方に有るようです。オペレッタにはもう少し軽みのある歌唱が相応しいように思います。当然好みの問題なので、逆にこれで丁度良いと感じる方もおられるでしょうし、まずは実際にお聴きになられるしかないと思います。
ということで所有盤では、演奏に関してはクレメンス・クラウス盤を最も好みながらも、ガラ・パフォーマンスのボーナスポイントが絶大なカラヤンのDECCA盤が演奏、録音を含めた総合点でトップです。この両盤に続くのはカラヤンのライブ盤とボスコフスキー盤を上げたいです。
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