ウエーバー 歌劇「魔弾の射手」全曲 名盤 ~ドイツ国民のオペラ~
『魔弾の射手』(原題ドイツ語:Der Freischütz)は、言わずと知れたカール・マリア・フォン・ウェーバーが作曲したオペラです。
ドイツの古い伝説に基ずく題材でオペラを作曲することを思いついたウェーバーは、ヨハン・フリードリヒ・キントに台本を依頼します。そこでキントはヨハン・アウグスト・アーペルとフリードリヒ・ラウンの『怪談集』に収められた民話『魔弾の射手』を基に台本を書き上げました。
オペラはドイツ伝統の歌芝居であるジングシュピールの形で完成し、1821年にベルリンの王立劇場でウェーバー自身の指揮で初演されて空前の大成功を収めました。
原題のDer Freischützとは、ドイツの民間伝説に有る、「思いのままに命中する弾を持つ射撃手」の意味です。伝説では7発のうち6発は狙った標的に必ず命中するが、残りの1発は悪魔の望む所へ命中するとされます。
このオペラはよく「ドイツ国民のオペラ」と言われますが、リヒャルト・ワーグナーが下記のように讃えています。
『「魔弾の射手」が美しいドイツの大地に生まれたことを思うだけでも、ドイツの民を心から愛さずにはいられない。森を語り、夕べの美しさを語り、星を語り、月を語り、時を打つ村の塔の鐘を語っては止まぬ夢を見るドイツ。汝らと共に信じ、胸ふるわせ、讃えることの出来る何たる幸せ。私がドイツの民の一人であることを思う、その喜び。』(以上、概略)
ドイツオペラには、それ以前にもモーツァルトの「後宮からの誘拐」、「フィガロの結婚」「ドン・ジョヴァンニ」「魔笛」、そしてベートーヴェンの「フィデリオ」と数々の傑作が生まれましたが、物語の舞台はいずれもドイツではありませんでした。ドイツ古来の民話を題材として、ドイツの深い森を舞台として生まれた初めてのオペラが「魔弾の射手」です。
現在もドイツには深い森が残り、伝統の射撃祭の日には昔ながらの衣装をまとった狩人たちが街を練り歩くのだそうです。
また、この作品には民謡が多く含まれていると思われがちですが、実際はそうでは無く、このオペラの民謡的な歌が後に民謡のように歌われるようになったというのが事実です。それほど国民に愛されたのですね。
登場人物
マックス:若い狩人。射撃の名手。
アガーテ:マックスの恋人。
カスパール:若い狩人。悪魔ザミエルと契約を交わした。
クーノ:森林保護官。アガーテの父。
エンヒェン:アガーテの従姉妹。
オットカール:ボヘミアの領主。
ザミエル:悪魔。魔弾の作り方を伝授する。
隠者
あらすじ
第1幕
狩人のマックスは翌日行われる射撃大会の練習をしていた。しかし弾は的を射抜くことができない。このままでは結果が危ぶまれるが、恋人アガーテの父クーノは、大会の彼の結果次第ではアガーテとの結婚は認めないと言っている。
狩人のカスパールは、自信を喪失したマックスに、「狼谷へ深夜に来たら、勝つ方法を教えてやる」と言い、マックスを誘い出す。
第2幕
その夜、マックスは狼谷に向かった。その頃、カスパールは狼谷で悪魔のザミエルに、マックスの命を引き換えに契約の延長と、7発中6発は自分の狙うところに命中し、残りの1発は悪魔の望む箇所へ命中する魔弾を作るように頼んだ。そこへマックスがやってきて、カスパールと共にその魔弾を鋳造する。
第3幕
射撃大会の日となり、アガーテは花嫁衣裳を着て、マックスとの結婚に備えている。婚礼の花冠を頼んでいたが、届いてみると葬儀用の冠だった。そこでアガーテは森の隠者から貰った白いバラで花冠を編んでもらい、それを代わりにかぶることにした。
「狩人の合唱」が歌われて、開始された射撃大会ではマックスが魔弾を使い素晴らしい成績を上げていた。領主がマックスに最後の1発で鳩を撃つように命令すると、その弾は飛び出してきたアガーテに向かって発射されてしまう。しかし、バラの花冠がお守りになってくれて弾はそれる。そしてその弾がカスパールに命中して、彼は死んでしまう。
不審に思った領主がマックスにその理由を問いかけると、マックスは正直に答えた。怒った領主はマックスに追放処分を宣告するが、隠者が登場してマックスの過ちを許すように領主に諭す。領主はそれに従い、1年の執行猶予の後にマックスとアガーテとの結婚を許すことにした。一同は領主の寛容の徳を讃え、神に感謝の祈りを捧げる。
それでは所有するCD盤をご紹介します。
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ウィーン・フィル/国立歌劇場合唱団、グリュンマー(S)、ホップ(T)、ベーメ(B)、シュトライヒ(S)他(1954年録音/EMI盤)
有名なザルツブルク音楽祭のライブです。当時、フルトヴェングラーの演奏は遅過ぎると批評されたそうですが、それへのマエストロ本人の反論が有ります。「これはたんなるロマン派オペラではなく、このジャンルの最初の作品であり、しかも他のいかなるオペラにも増してそれを代表し、その真髄をきわめた作品であり、・・このオペラはひたすら『ロマン派的に』演奏されなければならない」 (フルトヴェングラー『音と言葉』)。この録音には実演下による演奏の傷は多々有るものの、この劇的な音楽の奔流はちょっと他の指揮者には聴かれないものです。最高の歌手陣による渾身の歌唱も圧巻です。嬉しいことにモノラル録音ながら、ステレオのような奥行きとダイナミズムが有る優秀な録音で、最近King Internationalから真ステレオ録音盤がリリースされましたが、買い替えが不要かと思えるほどです。
ヨゼフ・カイルベルト指揮ベルリン・フィル/ベルリン・ドイツオペラ合唱団、グリュンマー(S)、ショック(T)、クーン(B)、オットー(S)他(1958年録音/EMI盤)
カイルベルトも時代と共にその名が忘れられる一方で、古き良きドイツを感じさせるマイスターとしていまだに根強いファンを持ちます。この録音も「魔弾」の代表盤として君臨してきました。録音こそ幾らか古めかしさは感じますが、当時のベルリン・フィルのドイツ的な厚みのある音と底力に圧倒されます。セッション録音の完成度の高さと、あたかもライブのような気迫が兼ね備わった素晴らしい演奏です。それはまたジングシュピールとしての古典的な造形性とロマン派的な激性が高次元で融合していて実に見事です。しかし「狩人の合唱」は凄い!
ロブロ・フォン・マタチッチ指揮ベルリン・ドイツオペラ管/合唱団、ワトソン(S)、ショック、フリック(B)、シェードレ(S)他(T)(1967年録音/DENON盤:原盤オイロディスク)
かつて日本の聴衆にも親しまれたマタチッチはブルックナーの名演などからコンサート指揮者のイメージが強いですが、実は歌劇場のキャリアが豊富でオペラも得意でした。この演奏はドイツの伝統的なオーソドックスさと巨匠的なスケールの大きさを備えて極めて聴き応えが有ります。セッション録音ですが擬音が多用されていて、さながら映画を観ているような臨場感が有ります。狼谷の場面など緊張感の有る演奏と相まって迫力満点です。歌手陣ではガスパールのフリックが最高ですが、他も実力者揃いです。旧東独オイロディスクの録音はアナログ的な柔らかさと明瞭さが有り素晴らしいです。
カール・ベーム指揮ウィーン国立歌劇場管/合唱団、ヤノヴィッツ(S)、キング(T)、リーダーブッシュ(B)、ホルム(S)他(1972年録音/オルフェオ盤)
これはウィーンでのライブです。ベームは「魔弾」のセッション録音を残していませんので、これが唯一のディスクと成ります。実演ながら、がっちりと引き締まった造形感を持ち、緊迫したドラマを十全に描いているのは流石ベームです。歌手陣も万全ですが、ヤノヴィッツのアガーテは凛々しさで出色です。録音も生の舞台を彷彿させる臨場感のある素晴らしいもので、これはセッション録音では感じられない魅力です。狼谷の場面で演奏に被る効果音がやや大き過ぎるようには思いますが、その分非常に劇的で凄まじい迫力が有ります。やはりベームのオペラ・ライブは最高です。
カルロス・クライバー指揮ドレスデン国立歌劇場管/ライプチヒ放送合唱団、ヤノヴィッツ(S)、シュライヤー(T)(1973年録音/グラモフォン盤)
カルロス43歳にしての初レコーディングは「魔弾」でした。それまでの伝統的な演奏スタイルを払拭したような斬新な演奏はリリース当時「新しい決定盤」ともてはやされました。確かに快速なテンポでえぐような彫りの深いフレージングは今聴いても刺激的です。もちろん演奏がそうなのですが、レコーディング写真を見ると、スタジオにスタンドマイクが大量に立てられていて、編集段階で各楽器が明瞭に浮き上がるように調整されたことが容易に理解出来ます。その為に音のバランスが不自然に感じられる箇所も多く見受けられます。加えて、セリフを全て歌い手でなく役者に任せているのが、やや不自然です。もちろん管弦楽は上手く、魅力的な響きです。カルロス・ファンには最高の名盤でしょうが、伝統的なドイツオペラを好む向きには必ずしもベスト盤にはならないと思います。
ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送響/合唱団、ベーレンス(S)、コロ(T)、メヴェン(B)、ドナート(S)他(1979年録音/DECCA盤)
クーベリック手兵のバイエルン放送響とのセッション録音であり、悠然としたテンポで管弦楽も合唱も見事に整い仕上げられた演奏です。しかしシンフォニックな響きは良いとしても、ここには劇場の雰囲気は全く有りません。これがワーグナーなら良いのでしょうが、このオペラには不釣り合いのように感じます。合唱も美しいですが、狩人の合唱など、もっと荒々しさが欲しいです。狼谷の場面にも恐ろしさが有りません。このオペラには演奏精度の高さよりも、血が湧き肉踊るような劇的な要素が不可欠だと思います。
ヴォルフ=ディーター・ハウシルト指揮ドレスデン国立歌劇場管/合唱団、 スミトコヴァー(S)、ゴルトベルク(T)、ヴラシーハ(B), イーレ(S)他(1985年録音/DENON盤)
これは第二次大戦で連合軍の爆撃により瓦礫となり、40年ぶりに再建されたドレスデン国立歌劇場の復興記念ライブです。ハウシルトは主にドイツの歌劇場で活躍して、日本でもN響や新日フィルへ客演指揮しましたが、地味な存在です。しかし名門ゼンパーオーパーでの「魔弾」のライブ録音が聴けるのは嬉しいです。極めてオーソドックスかつ穏やかで目新しさは無いかもしれませんが、ドイツ伝統の舞台が味わえます。録音もこの楽団のいぶし銀の響きを忠実に捉えていて嬉しいです。CD3枚組で幕ごとに収まっているのも聴き易いです。なお、この年には記念演奏会としてヘルベルト・ブロムシュテット指揮で第九が演奏されました(その記事はこちらの中)。
サー・コリン・ディヴィス指揮ドレスデン国立歌劇場管/ライプチヒ放送合唱団、マッティラ(S)、アライサ(T)、ヴラシハ(B)、リンド(S)他(1990年録音/フィリップス盤)
これはセッション録音であり、ディヴィスの指揮は全体的に悠然とした構えで、シンフォニックに仕上げています。その点ではクーベリックにやや似ていますが、こちらは名門歌劇場オケであることが有利に働いていて、やはりオペラの味を感じます。擬音も多く使われて劇場的な雰囲気を感じさせ、狼谷の場面も中々にリアルです。歌手陣は配役と声質のバランスが的確で聴き易いです。オペラの実演のような奔流のような緊迫感は有りませんが、じっくりと落ち着いた聴き応えは有ります。録音は優秀です。
実は学生時代最初に手に入れたレコード(LP盤)はグラモフォンのヨッフム指揮バイエルン放送響盤でした。今はどこにも見当たらないので手放したようですが、地味ながら古典的なジングシュピールとして良い演奏だったと思います。
ということで、個人的には舞台の臨場感がそのまま楽しめるライブ盤にどうしても惹かれますが、加えて演奏に絶大な魅力が有るとなると、フルトヴェングラー盤とベーム盤の二つに絞られます。
もちろんセッション録音にも凄く惹かれる演奏は有り、カイルベルト盤とマタチッチ盤です。
この四つがマイ・フェイヴァリット盤となりますが、さりとてカルロス・クライバー盤を外すわけにはゆかないのでこれは番外としたいです。
それにしてもドイツビールを飲みながら聴くにはこのオペラは最適です。ドイツの村や森を想い浮かべながらご一緒に如何でしょう?
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