ブラームスはロマン主義音楽の時代にあって”新古典主義者”とも呼ばれていますね。それは古典派の様式を踏襲していたからです。けれどもブラームスの音楽は非常にロマンティックでセンチメンタルです。要するにブラームスは『古典派の衣を着たロマン派』あるいは『古典派の肉体にロマン派の魂を持つ』と言い表せるのではないでしょうか。ですので特に交響曲の演奏について、自分はそのバランスを重要視しています。たとえばフルトヴェングラーのブラームスは肉体も魂も完全にロマン派ですので、どんなに凄い演奏であっても好みません。その逆に、いくら造形がしっかりしていてもロマンの魂が抜けたような演奏もまた駄目です。というのが自分のブラームス演奏についての基本的な考え方なのです。
ブラームスの交響曲は僅か4曲ですが、どれも充実仕切った傑作なので、どんなに聴いても飽きることが有りません。最近は第4番を最も好んでいますが、昔から大好きな第3番にもやはり惹かれます。
第1番はとても理屈っぽく書かれているので、「いいかね、この音楽はここが聴きどころで、こういう風に聴かなければ駄目なんだよ。」と説教されてるかのような印象を受けます。ところが、そこにまた惹かれてしまうのですね。結局のところブラームスの愛好家”ブラームジアーナー”には理屈っぽい人が多いのかもしれません。同じアナのムジーナーなのです。
第2番は終楽章の”イケイケどんどん”的なノリが余り好みではありませんが、3楽章までが非常に美しく、やはり魅力の尽きない曲です。
演奏に於いて、これら4曲を全て満足させてくれるのは至難の業なのですが、その神業を見せる演奏家も稀に存在します。ということで、所有盤を順にご紹介します。
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ウィーン・フィル/べルリン・フィル(1948-52年録音/EMI盤) フルトヴェングラーの唯一のブラームス全集です。第1番VPO(1952年)、第2番BPO(1952年)、第3番BPO(1949年)、第4番BPO(1948年)といった戦後のライブ録音集なので音質は貧しいです。フルトヴェングラーのブラームスはオールドファンには人気が高いですが、テンポを劇的に変化させ、煽りに煽るタイプの演奏であり、古典的な造形性は完全に犠牲となっています。ですので個人的には好みません。中ではウィーンPOの美音が感じられる第1番が楽しめます。第3番、第4番の演奏の凄まじさはブラームスからはほど遠いのですが、それでも聴いているうちに否応なしに引き込まれてしまうのはマエストロの魔力です。このBOXセットは協奏曲やドイツレクイエムも含み、廉価ですので所有されていても悪くはないと思います。
オイゲン・ヨッフム指揮ベルリン・フィル(1951-56年録音/グラモフォン盤) ヨッフムにはロンドン・フィルとステレオ録音した全集盤も有りますが、これは50年代のモノラル録音による全集です。何と言ってもフルトヴェングラー時代のベルリン・フィルの音がそのままに聴けるのが魅力です。音色は暗く重厚で、古き良きドイツを感じることが出来ます。その後カラヤン時代に入って音色が急速に変わってしまったのはつくづく惜しまれます。ヨッフムは堂々たる指揮ぶりですが、テンポを変化させながら表情豊かにロマンティシズムを表出します。フルトヴェングラーほど古典的造形性が失われていないのは好ましく、特に第3番、第4番が優れています。セッション録音なので音質は良好です。
ルドルフ・ケンぺ指揮ベルリン・フィル(1955-60年録音/英テスタメント盤:EMI原盤) ケンペがEMIに個々に録音したものを英テスタメントが全集としてリリースしました。前述のヨッフム盤と同じ様に、フルトヴェングラーが亡くなって間もない時期の録音なので、ベルリン・フィルの響きが暗く厚く、古のドイツ的な音を味わえるのが魅力です。ケンペの指揮は比較的早めのテンポで古典的な造形性を保ち、芝居がからないように自然に盛り上げてゆくのが素晴らしいです。特に第1番と第2番が優れています。第1番と第3番がモノラル録音、第2番と第4番がステレオ録音と異なりますが、音質の傾向は同じで、聴いていて抵抗は有りません。ケンペ晩年のミュンヘン・フィルとの全集録音とはオーケストラの音色も指揮ぶりもだいぶ趣が異なります。
ラファエル・クーベリック指揮ウィーン・フィル(1956-57年録音/DECCA盤) クーベリック40代初めの録音からです。マエストロと相性の良いウィーン・フィルとの共演が嬉しいです。クーベリックの指揮はどの曲でも速めのテンポで颯爽と進みますが、彫りが深く切れ味が有ります。またそこはかとなく深い情緒が感じられます。特に第4番の演奏が優れているように思います。最初期のステレオ録音ですが、響きの薄さも余りマイナスには感じませんし、当時のウィーンPOの持つ柔らかく甘い音色が味わえます。 個人的な好みで言えば、後述するバイエルン放送響盤よりも魅力を感じます。
ブルーノ・ワルター指揮コロムビア響(1959-60年録音/SONY盤) CBSの録音のせいもあるのでしょうが、オーケストラの響きが薄いのがブラームスにはマイナスです。けれども、それをカバーしているのがワルターの豊かな歌い回しで、まるでヨーロッパの楽団の様な演奏を引き出していることです。曲毎では、最も出来の良いのがノスタルジックな表現に惹かれる4番で、次いでは1番を取ります。それに比べると2番、3番は幾らか聴き劣りします。しかし全集として聴く価値は有ると思います。ワルターが1950年代にニューヨーク・フィルと録音したモノラル盤を高く評価される方も見受けられますが、アメリカ的でマッチョな演奏には少しも魅力を感じません。
ジョージ・セル指揮クリーブランド管(1964-67年録音/SONY盤) セルのブラームスは常にイン・テンポを保っていて、古典的な造形性をきっちりと守っているのが素晴らしいです。それでいて節目には、しっかりと重みを感じさせてくれます。テンポ設定も速過ぎることなく、第4番あたりはゆったりと情緒を感じさせます。もっとも、余りの音の切れの良さがブラームスにしてはスッキリし過ぎに感じられ、金管の響きもブラームスにしては明る過ぎるので、ハーモニーから音型が浮き上がり過ぎます。自分にはやはりドイツ流の全ての楽器が柔らかく溶け合った響きが好ましいです。
サー・ジョン・バルビローリ指揮ウイーン・フィル(1967年録音/EMI盤) バルビローリの演奏を改めて聴いてみると、つくづくどの曲も深い情感に覆われた演奏だと思います。この人のマーラー演奏のようにテンポは遅く、一歩一歩を踏みしめながら歩みますが、演奏スタイルと同期しているせいか不思議と不自然さやもたれる印象は受けません。ブラームスの古典的造形は希薄でも、内面のロマンティシズムのほとばしりによって、他には例が無いぐらい強い説得力を持ちます。恐らくこれはバルビローリにしか演奏が出来ない非常に個性的なブラームスです。
ハンス・シュミット-イッセルシュテット指揮北ドイツ放送響(1967-73年録音/EMI盤) ブラームスの生まれ故郷ハンブルクの北ドイツ放送響(NDR)のライブ録音による全集です。NDRの暗くくすんだ音色が、いかにもブラームスの曲に良く似合います。どっしりと構えたテンポも、いかにもドイツ的ですが、このリズムを念押しする感覚が無いとどうしてもブラームスには聞こえません。その点、この演奏は安心して聴くことができます。ちょうどザンデルリンクのスケールを一回り小さくしたような印象ですので、もちろん良い演奏なのですが逆に損をしているようにも思います。全体的に高音強調型のリマスターにも不満が残りますし、第1番がモノラル録音なのもマイナスです。
クラウディオ・アバド指揮ウイーン・フィル他(1970-72年録音/グラモフォン盤) アバド最初のブラームスシンフォニー全集は4つの異なる楽団が演奏しました。1番がウイーン・フィル、2番がベルリン・フィル、3番がSKドレスデン、4番がロンドン響です。同じ頃のクーベリックのベートーヴェン全集が同じ様に全曲異なる楽団でしたので、グラモフォン社のアイディア企画だったのでしょう。個人的にはこういう全集は嫌いです。このアバドの全集で最も良いと思うのは3番です。やはりSKドレスデンという楽団の持つ音色のブラームスへの曲への適正が全てです。次いでは1番で、ウイーン・フィルにしてはいま一つながらも悪いことは有りません。残る2番、4番の演奏には余り魅力は感じません。
ベルナルト・ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトへボウ管(1970-73年録音/フィリップス盤) この録音当時のコンセルトへボウの響きはSKドレスデンと双璧とも言える素晴らしさです。ドレスデンの東独的な堅牢な響きとは異なりますが、美しく熟成され切った豊穣の響きは正にヨーロッパの最高の遺産です。ハイティンクの指揮はどの曲においても腰の据わった落ち着いたイン・テンポで、堂々とした見事な造形性を生み出しています。それもまた最上のブラームスの条件です。力んだ煽り方は一切しませんが、じわりじわりと感興を高めてゆく懐の深さを感じます。フィリップスの柔らかいアナログ録音もコンセルトへボウの美しい音を忠実に捉えていて実に素晴らしいです。
サー・エードリアン・ボールト指揮ロンドン・フィル(3番のみロンドン響)(1970-73年録音/EMI盤) 「バッハからワーグナーまで」というCD11枚BOXに含まれます。どの曲でもロマンティシズムに溺れ過ぎない節度を保っていて、テンポは速からず遅からずの中庸で、ほぼインテンポを守り、表情の大袈裟な変化は見せません。正に英国紳士の気品ある姿を想わせる雰囲気です。オーケストラの響きも地味で、くすんだ音色を持ちますのでブラームスに似合います。どの曲においても良質のブラームスに仕上がっていますし、これらは噛み続けるほどに味わいの増すスルメのような演奏だと言えるかもしれません。第1番ではユーディ・メニューインが自ら志願してコンサートマスターに就いたといういわくつきです。
クルト・ザンデルリンク指揮シュターツカペレ・ドレスデン(1972年録音/TOWER RECORD盤) これまでDENONから全集盤や単独盤でリリースされて来ましたが、タワーから出たハイブリッド盤が最もアナログ原盤の音に近くお薦めです(もちろんDENON単独盤でも何ら問題は有りません)。シュターツカペレ・ドレスデンのことを「幾ら引っ張ろうとしても動かない牛車のようだ」と称したのは、指揮者フリッツ・ブッシュ(アドルフ・ブッシュの兄)でしたが、同じドイツのザンデルリンクが指揮をすると、遅めで微動だにしないイン・テンポを守り、その特徴が最高に生きてきます。どの曲でも念押しするリズムがスケール感を生み出し、厳格なマルカート奏法には凄みすら感じられます。柔らかく目のつんだ典雅で厚みのある響きには心底魅了されますが、管楽器奏者たちの音楽的な上手さにも惚れ惚れさせられます。ティンパニーのゾンダーマンの妙技も最高ですし、正に全盛期のこの楽団とザンデルリンクが組んだ一期一会の全集です。曲毎でも第2番以外はいずれもベスト盤に位置します。
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィル(1970年代/グラモフォン盤)演奏はどの曲も中庸のテンポで進みますが、ベルリン・フィルの音の厚みが演奏全体に重みと迫力を感じさせます。ただ、弦楽器などは余りに流麗に過ぎて聞こえますし、レガートを強く意識した演奏は耽美的と言えば聞こえはいいのですが、艶やかさが逆に厚化粧に感じられます。カラヤンの演奏に共通するのは、外面的な美を追求するあまり、音楽の内面的な真実性が希薄になる点です。演奏から寂寥感や悲しみが感じられることはほとんど有りません。フォルテで管楽器を派手に鳴らすのも常套手段で、第1番、第2番、4番の終楽章などこれみよがしに鳴り渡りますので、それまで厚い音で楽しませてくれていた心地良さがどこかに吹き飛んでしまいます。
カール・ベーム指揮ウイーン・フィル(1975年録音/グラモフォン盤) ウイーン録音の全集盤です。ウイーン・フィルの透明感のある響きは必ずしもブラームスの音には合わないと思っています。一方、堅牢なドイツの音に対してしなやかなウイーンの音にも良さは有ります。ベームの演奏は落ち着き過ぎの傾向は有りますが、極めてオーソドックスなので安心して聴くことが出来ます。曲毎では第2番の演奏がベスト、続いては第4番の出来が良く、逆に第3番は落ちます。曲により出来栄えに差は有りますが、スタイルが一貫しているので好きな全集です。
クルト・マズア指揮ライプチッヒ・ゲヴァントハウス管(1977年録音/フィリップス盤) ゲヴァントハウスの音が素晴らしく、コンヴィチュニー時代の質実剛健な響きは後退しているものの、そんじょそこらのドイツのオケでは出せない重厚な音を聞かせています。マズアも期待以上に健闘しています。ザンデルリンクの貫禄には程遠いものの、非常に安心して聴いていられるオーソドックスなブラームスです。全体的に中庸か、いくらかゆったりとしたテンポですが、全てにおいてイン・テンポを守っているのでスケール感もそれなりに感じられます。所々で覇気の無さが散見されるのは玉に傷ですが、何よりもゲヴァントハウスの響きが最大の魅力で、やはり素晴らしい全集の一つとして数えられます。
レナード・バーンスタイン指揮ウイーン・フィル(1981‐82年録音/グラモフォン盤) バーンスタインは古典派形式の曲だと、確かにロマンの味わいは強いのですが、しっかりとイン・テンポを守り、様式感をとても大切にします。ですのでブラームスのシンフォニーも安心して聴くことが出来ます。どの曲の演奏でも奇をてらった演出は一切行わずに造形性を重視しています。ゆったりとしたテンポでスケール大きく聴き応えは充分です。緩徐楽章などでは幾らか耽美的に過ぎるような印象を受けないでもありませんが、その分ロマン的な情緒表出がとても豊かです。ウイーン・フィルの音は幾らか明るめに響いていますが、しっとりとした歌や楽器の音色の美しさは絶品です。
ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送響(1983年録音/オルフェオ盤) ミュンヘンでのライブ録音の全集です。どの曲にも共通して感じられるのは、クーベリックのリズムに念押しが不足することです。結果としてどの部分でも呼吸の浅さを感じてしまいます。ブラームスにそれほど重厚さを求めない聴き手には構わないことなのでしょうが、自分の場合には不満がどうしても残ります。録音も優れていますし、一般的には決して悪い演奏では無いとは思うのですが余りお勧めはしません。むしろ前述したDECCAのウィーンPOとの全集をお勧めしたいです。
オトマール・スイトナー指揮シュターツカペレ・ベルリン(1985年録音/シャルプラッテン盤) 写真はドイツ盤ですが、単独盤でも、ボックス盤でも出ています。テンポは決して遅く有りませんが、呼吸の深さが有るので腰が据わった印象です。第1番や第2番の終楽章などでは幾らかテンポを煽りますが、全体には古典的、ドイツ的な造形性をしっかりと感じます。それに加えてロマン的な味わいを持っているのも素晴らしいです。どの曲でも弦と管が柔らかく溶け合った響きが美しく、強奏部分でも少しもうるささを感じさせません。これは録音の柔らかさも寄与していると思います。特に3番と4番の演奏が優れますが、4曲とも欠点の無いのが大きなポイントで、その点ではザンデルリンクに匹敵します。これは全集としてもっともっと注目されて良い名盤です。
サー・コリン・デイヴィス指揮バイエルン放送響(1988-89年録音/RCA盤) バイエルン放送響との全集ですが、どの曲の演奏にも共通しているのは、速くもなく遅くもない中庸のテンポで、穏健な表現かつ品の良い英国紳士的なものです。確かに同郷の先輩ボールトのブラームスにも同じ特徴が有りました。オーケストラは優秀で音も美しいのですが、曲によってブラームスの音楽の持つ翳りの濃さに不足するのが欠点です。4曲の中では4番が最も優れ、次いで2番、3番でしょうか。1番は曲想にしては高揚感が乏しいのが気に入りません。廉価全集ですが、交響曲の他に3曲の管弦楽曲、オピッツ独奏の2曲のピアノ協奏曲、竹澤恭子独奏のヴァイオリン協奏曲が含まれる超お買い得盤ではあります。
カルロ・マリア・ジュリーニ指揮ウイーン・フィル(1989-91年録音/グラモフォン盤) ジュリーニは、どの曲でも遅いテンポでイン・テンポを守り、ゆったりとスケールの大きさを感じさせます。その点が、ブラームスの音楽と大きく合致しています。その上、少しも力みが無いのに緊張感を失うことがありません。全体を通してカンタービレがよく効いていて美しいですが、部分的には幾らか過剰に感じる箇所も有ります。ウイーン・フィルの響きはシュターツカペレ・ドレスデンのいぶし銀の音とは異なりますが、流麗で非常に美しいです。これはウイーン・フィルのブラームス全集の中でもベスト盤の一角を争うと思います。
ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団(1989-91年録音/EMI盤) N響を指揮して我が国に馴染みの深いサヴァリッシュにはウィーン交響楽団との1960年代初めの全集録音が有りますが、これは二度目の全集です。全体的にゆったりとしたテンポでスケールが大きく堂々とした演奏です。インテンポをかたくなに守りますが、端々でリズムの念押し、音のタメを効かせていて、真正ドイツ的で重厚なスタイルと言えます。一方で慈しみ深さや高まる感興の深さも素晴らしいです。 どの曲も名演ですが、特に4番はロマンティックさを強く押し出していて実演の様にうねる渾身の演奏に圧倒されます。録音は余り明晰過ぎずに響きをほの暗く捉えていてブラームスには向いています。
クルト・ザンデルリンク指揮ベルリン響(1990年録音/カプリッチオ盤) ベルリン響との新盤ですが、オーケストラの実力において旧盤のシュターツカペレ・ドレスデンには到底敵いません。全体的にかなり遅いテンポが沈滞したロマンを感じさせはしますが、少々重過ぎてもたれた印象を受けてしまいます。確かにスケールは大きいのですが、リズムに切れの良さが有りませんし、音楽に推進力が感じられません。第4番の終楽章の凄さなどは正に圧巻ですが、全集としてザンデルリンクのブラームスを聴くならばやはり旧盤に限ります。
クリストフ・エッシェンバッハ指揮ヒューストン響(1991-93年録音/EMI Virgin盤) 現代の指揮者の中で数少ない強い個性を持つ点で注目するのが、クリストフ・エッシェンバッハです。流行のスタイルには目もくれずに、かつてのドイツの巨匠時代の重厚でロマンティックな路線を再現しているように感じるからです。この全集は、オーケストラがアメリカのヒューストン交響楽団だったので敬遠をしていましたが、実際に聴いてみて驚くのは演奏表現の統一感です。ゆったりとしたテンポが生み出すスケールの大きさとともにアゴーギグとテンポの流動性を巧みに生かしていて、ロマンティックなスタイルでありながらも正統的なブラームスを感じさせます。ヒューストン響の優秀さも印象的ですが、弦の上に管を柔らかくブレンドされたヨーロッパ風の美しい響きをアメリカのオーケストラからこれほど見事に醸し出すというのは、エッシェンバッハの実力なのでしょう。
小林研一郎指揮ハンガリー国立響(1992年録音/キャニオン盤) コバケンが最も相性が良かったのは、かつて指揮者コンクールで優勝したハンガリーの国立交響楽団でした。50代の円熟期にブラームスの交響曲全集をブダペストのフランツ・リスト音楽院大ホールで録音してくれたのは良かったです。どの曲も比較的ゆったり目のテンポでスケールの大きさを感じます。非常にオーソドックスな聴き応えのあるブラームスです。ドイツの団体のようにリズムを厳格には刻みませんが、適度のしなやかさが有り、ジプシー音楽の香りのするブラームスの音楽にぴったりです。4曲の中では第2番と第4番が特に気に入りました。管弦楽の素朴で美しい響きも大きな魅力ですが、それを十全に捉えた優秀な録音が嬉しいです。現在はオクタヴィアレコードから再リリースされています。
ギュンター・ヴァント指揮北ドイツ放送響(1996-97年録音/RCA盤) シュターツカペレ・ドレスデンの持つ暖色系の音に対して暗いモノトーンの北ドイツ放送は正にブラームスの生まれ故郷ハンブルグのどんよりした曇り空を想わせます。ヴァントが晩年にライブ録音したこの全集はその暗く渋い響きを生かした演奏です。全体的に引き締まった演奏ですが、時にテンポのギア・チェンジが頻出してスケール感が損なわれてしまいます。彫の深いのは良いとしても少々神経質に聞こえるのがマイナスです。金管が時に張り出して聞こえるのもやはり煩わしさを感じます。
クリスティアン・ティーレマン指揮シュターツカペレ・ドレスデン(2013年録音/グラモフォン盤) 最新の録音が非常に素晴らしく、現在のシュターツカペレ・ドレスデンの美音を忠実に捉えた全集だと思います。にもかかわらずティーレマンの演奏は正にジキルとハイドのようで、スケールの大きさを感じさせたかと思えば、しばしばテンポに余計なギア・チェンジをして矮小さを感じさせてしまいます。少なくとも古典派形式の曲に対してはまだまだ青さを感じてしまいます。それはべートーヴェンの全集では見逃せるレベルでしたが、ブラームスではちょっと見逃し切れません。しかし、そうは言っても、このセットには交響曲の他に、ピアノ協奏曲とヴァイオリン協奏曲のライブ映像のDVDが含まれていて、そちらは非常に魅力的です。
ということで、マイ・フェイヴァリット盤はこれまで何度も書きましたが、ザンデルリンク/ドレスデン・シュターツカペレ盤で決まりです。この不動の王座は揺らぎません。次いではハイティンク/コンセルトヘボウ盤とスイトナー/シュターツカペレ・ベルリン盤を上げたいと思います。どちらもザンデルリンクと同じドイツ的なスタイルですが、武骨なザンデルリンクに対して、しなやかさを備えている点で異なる魅力が有ります。
その他、ウイーン・フィルの演奏も選んでおきたいので、バルビローリ、ベーム、ジュリーニ、バーンスタインを上げます。この4種はどれも素晴らしく、甲乙は付け難いです。またコバケン/ハンガリー国立響は日本人指揮者の全集として屈指の出来栄えです。
上記に上げていない全集盤にはトスカニーニ、あるいはベイヌム、ケルテスなど色々と有りますが、全集としてはそれほどの魅力を感じていません。
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