シベリウス(交響曲全集)

2023年2月11日 (土)

シベリウス 交響曲全集 クラウス・マケラ/オスロ・フィルの新盤

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クラウス・マケラ指揮オスロ・フィルハーモニー管弦楽団(2021年録音/DECCA盤) 

フィンランド出身の若手指揮者クラウス・マケラは1996年生まれなので、まだ今年で27歳です。12歳からシベリウス・アカデミーでチェロと指揮を学びましたが、指揮はあの“隠れた手”と呼ばれるフィンランドの名教授ヨルマ・パヌラの門下です。 

マケラは若くしてスウェーデン放送響の首席客指揮者に就いたかと思えば、2020年にはノルウェーのオスロ・フィルの首席指揮者に、2021年にはパリ管の音楽監督に就き、ついに2027年からはロイヤル・コンセルトヘボウ管の首席指揮者に就任する予定という驚異のスピード出世ぶりです。 

そんなマケラがデッカと専属契約を結び、最初の録音となったのが、オスロ・フィルとのシベリウス交響曲全集です。昨年のリリース時から興味は有りましたが、オーケストラがフィンランドでは無くノルウェーの団体なので、ちょっと間を置いてしまいましたが、今回ようやく聴いてみました。 

順に聴いてみますと、1番は予想していた通りオスロ・フィルらしい穏健な響きで、弦楽がとても美しい反面、木管の民族的な味わいや金管の荒々しさが不足していて物足りません。もちろんシベリウスなのでロシア風に爆演されても困りますが、もう少し北の国の厳しさを感じたいです。ただ、旋律を息長く歌わせるのはマケラの魅力です。録音も素晴らしいですし、こうした優しさのある1番も楽しいです。 

2番はゆっくりしたテンポで開始します。北海の押し寄せる荒波を想うには厳しさが足りませんが、広々とした空の大気を感じます。良く歌い、ロマンティックで、これまでのフィンランド指揮者のシベリウスとはタイプが違います。 

3番は弦楽のがっちりと明確なアンサンブルで開始しますが、立派過ぎて曲の素朴感が薄いと言うのは天邪鬼?この曲にスケールの大きさを注ぎ込んだ点は特筆もので、2楽章の寂寥感、終楽章の広がりと美しさにも惹き込まれます。 

4番はとかく晦渋と言われる曲ですが、この演奏は非常に聴き易いです。メリハリが実に上手く付いていて、良く歌ってロマンティックさを感じさせてくれます。ハーモニーも非常に美しく、この曲が難しいと思われる方には一番にお勧めしたいです。 

5番はオスロ・フィルの清涼な音色がそのまま生かされています。早春の光が明るく感じられ、音楽が大気中に広がってゆくようです。ただし、北欧の自然の厳しさや孤高さが幾らか薄く感じられます。終楽章で力み無く壮大な広がりを感じさせるのは素晴らしいです。 

6番はオスロ・フィルの弦楽が美しく、心に沁み込んできます。ロマンティックな味わいが強く、晦渋さが無いことから親しみ易いです。あえて言うなら、この作品の深遠さが幾らか薄く感じられますが、それもまた長所と短所が表裏一体だからでしょう。 

7番は本当に美しい演奏です。しかしこの作品には彼岸のような、現世を超越した雰囲気を求めてしまいます。その点、ほんの僅かながら現世的な美のように感じられなくも有りません。これだけ美しければいいじゃないかという気にもなるのですが。 

個々の曲について好みが出るのは当然ですが、全集として非常に新鮮で、マケラの若き才能を嫌と言うほど感じさせられる出来栄えです。全体の爽やかさはマケラの資質とオスロ・フィルの特徴が見事に合致したものでしょう。録音も優秀です。

なお、この全集には最後の交響詩「タピオラ」と、交響曲第8番と思われる自筆のスケッチを基にオーケストレーションが施された「3つのフラグメント」が収録されています。

オーソドックスなシベリウスの交響曲全集としては、ベルグルンド、カム、ヴァンスカなどのフィンランドの楽団の演奏によるものを本命としたいですが、この全集は非常に楽しめます。ですので、いずれ母国の楽団と再録音をしてくれたら嬉しいです。 

ちなみに今年の秋には、マケラとオスロ・フィルの来日ツアーが有るようです。ちょっと聴いてみたいですね。

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2016年12月23日 (金)

シベリウス 交響曲全集 オッコ・カム/ラハティ交響楽団 ~今年聴いたCDから~

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今年聴いたCD第二弾はシベリウスの交響曲全集ですが、これはオッコ・カム/ラハティ交響楽団の昨年秋の日本ツアーに合わせてBISレーベルからリリースされたものです。ちなみにSACDハイブリッド仕様です。

初台のオペラシティで開かれた交響曲チクルスには後期の第5、第6、第7のアーベントを聴きに行きました。その感動の内容についてはこちらのブログ記事をご参照ください。

カムのシベリウスといえばデビュー時にグラモフォンに録音した第1から第3番の名演奏が有りますし、1982年のヘルシンキ・フィルの日本ツアーで渡辺暁雄とシェアしたチクルスの素晴らしい演奏がTDKによって記録されてCD化されています。

その後の檜舞台から少々離たカムの活動には欲求不満に陥っていましたが、それが一気に晴らされたのがラハティ響との日本ツアーであり、この交響曲全集でした。

コンサートの記事で書いたエピソードのように、カムは演奏直前にカメラ片手にホールの周辺をフラフラと歩き回るほどおおらかな人なので、それは音楽にも表れているように思えてなりません。人によってはオスモ・ヴァンスカが厳しく鍛え上げたラハティ響を”ユルめた”と批評する意見も見受けられますが、自分のように逆にヴァンスカ時代の演奏は幾らか”過剰”と感じられる者にとっては、カムのおおらかさが、とても心地良く感じられるのです。

来日時のラハティ響の編成は大編成では無く、幾らか小規模の編成でした。このCDの録音でもそれは感じられます。ですので通常大編成の音に慣れている第1、第2、第5ではやや音の薄さが感じられなくもありません。それはベルグルンドの三度目の全集に使っていたヨーロッパ室内管ほどではありませんが、共通した要素となっています。しかしこれはベルグルンドが目指した、シベリウス時代に実際に用いられていた小編成の管弦楽による演奏の再現に通じるものが有ると思います。

また重要なポイントとして、ロシア風のダイナミックな曲想を持ち合わせ、ともすると管楽器が咆哮しかねない第1、第2の二曲に対して非常に抑制を効かせていることです。あくまでも主役が弦楽器の印象を受けますし、そのソノリティの高さにはとても感心します。

第2では第3以降の深いシベリウスの世界にだいぶ近く感じられるのです。かといって終楽章など高揚感が不足するわけでは決してありません。それは外面的ではなく内面的な感動で勝負をしているからです。うごめくように始まりフィナーレに向かい延々と続く伴奏音型の上に奏でられる旋律は心に深く深く迫ります。

第5に関しても、近代管弦楽とばかりに金管を輝かしく鳴らすのではなく、やはり弦楽がサウンドの主体となります。第2楽章のように民謡的な旋律のいじらしい歌い方は独壇場で、こういう部分はカムは昔から本当に上手いです。終楽章はさすがに立派に金管を鳴らしていますが、それが過剰に感じられることは一切ありません。

ですので第3、第4、第6、第7のような室内楽的な要素に強く支配される曲ともなると、小規模ゆえの長所が増々生かされてきます。本来『寡黙な』シベリウスの音楽に何と合うことでしょうか。特有の”神秘感”も非常に良く感じられて素晴らしいです。

若いころのカムがそうであったように、ロマンティシズムを感じさせる特徴は少しも変わりません。それでいてシベリウスの音楽の本質を他の誰と比べても劣らないほどに掴んでいます。

その音造りの方法論として、オーケストラを厳しく締め付けるのではなく、自発性を尊重していることは、カム自身の口からも楽団員のコメントからも確かに伺えます。

シベリウスを得意とする指揮者の中でも、激しさを持つヴァンスカやセーゲルスタムとは遠く異なり、またストイックなまでに透徹したパーヴォ・ベルグルンドとも異なり、おおらかな自然体の印象を与えるネーメ・ヤルヴィや渡邉暁雄に近いスタイルです。

もちろん彼らのシベリウスはどれもみな素晴らしいので、全集盤に優劣など付けるのは無意味です。しかしあえて自分の好みを言えば、ベルグルンド(二度目のヘルシンキ・フィルとのEMI盤)と並んで、このカムの新盤が目下ツートップの存在です。

あとはネーメ・ヤルヴィの新盤(グラモフォン)にも強く惹かれますが、むしろセーゲルスタム(二度目のヘルシンキ・フィルとのONDINE盤)のセットには、ペッカ・クーシストが独奏するヴァイオリン協奏曲とフィンランドの男性合唱団が感動的な歌を聞かせる「フィンランディア」という二つの最高の演奏が含まれているので、他人にはむしろこちらを勧めたいところです。

いずれにしても、オッコ・カムのシベリウスは自分には最も肌に合う演奏なのは間違いありません。オペラシティでバッタリ出会って会話ができたのも偶然とは思えない余りに得難い体験でした。

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2015年8月23日 (日)

オッコ・カム・トゥ・ジャパン! ~シべリウス生誕150周年に~

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今年はフィンランドの生んだ大作曲家ヤン・シベリウスの生誕150年ですね。
僕もシベリウス好きという点では人後に落ちませんし、全7曲の交響曲をこよなく愛します。
その交響曲全集を色々と聴いてみましたが、結局のところ、同郷のフィンランドの指揮者がフィンランドのオーケストラを率いて演奏したものが上位を占めてしまいます。ベルグルンド/ヘルシンキ・フィル、ヴァンスカ/ラハティ響、セーゲルスタム/ヘルシンキ・フィル、サラステ/フィンランド放送響というところです。例外はヤルヴィ(親父ネーメのほう)/エーテボリ響ぐらいです。

それらの中で、一番好きなのは?といえば、やはりベルグルンド/ヘルシンキPOということになるのですが、実はそれ以上に好きかもしれないのが、かつて日本のTDKが録音したヘルシンキ・フィルの1982年日本ツァーのライヴです。オッコ・カムと渡邊暁雄の二人の指揮者が交響曲全7曲を振り分けましたが、両者の演奏が共に素晴らしく、これをもってベスト全集としたいぐらいなのです。

実は、その10年ほど前にグラモフォンが交響曲の全集録音を企画したものの、4番以降を既にベルリン・フィルと録音していたカラヤンが1番から3番までの録音を断ってしまいます。その理由は定かでは有りませんが、代役に抜擢されたのが若きカムでした。最初に2番を録音して、中々に素晴らしいのですが、ベルリン・フィルのシベリウスの音とのギャップが幾らか感じられます。そこで残りの1番、3番を母国のヘルシンキ放送響に変えて録音を行いましたが、これは正真正銘見事なシベリウスです。これなら全曲をこのコンビで録音し直してくれれば、さぞや素晴らしい全集が出来上がったことでしょうが、結局残されたのはカラヤンとカムの何となく妙な全集でした。

カムはこんなケチも災いしてか、表舞台から一歩も二歩も退いた存在に成っていましたが、最近ようやくフィンランドの優秀なオケであるラハティ響の常任に就いたので大いに期待をしていました。

そして、ついにシベリウス生誕150周年の今年11月、日本に来て全曲演奏をしてくれます!こんなに嬉しいことは有りません。

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そして、来日に先駆けては、9月に新録音の交響曲全集がリリースされます。長年の夢がようやく実現しました!聴くのが楽しみでなりません。

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これはもう、来日公演、交響曲全集のCD、ともにシベリウス演奏史に残る大きな出来事になる可能性が高いですね。
シベリウス愛好家の方は皆で楽しみに待ちましょう!

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2011年2月11日 (金)

ネーメ・ヤルヴィのシベリウス 交響曲全集(新盤) ~春への憧れ~

立春も過ぎて春が近づいてくるかなと思っていたら、またまた日本列島が大雪に見舞われそうです。春の到来までにはもう一つ山越えのようですね。それでも以前にも書いたことがありますが、僕は今頃の時期にはむしょうにシベリウスの音楽が聴きたくなります。真冬のころにはそれほど思わないのですが、ちょうど今頃の、耳を澄ませば春の足音が遠くからかすかに聞こてくるような、正にそんなタイミングなんです。これは全くの自分のイメージですので、他の人とは違うのかもしれません。

シベリウスの音楽の中核を成すのは何と言っても交響曲です。全7曲の全てが名作ですが、特に後になればなるほど音楽は深みを増してゆきます。この世のものとは思えない神秘感を湛えるあたりはブルックナーの音楽との共通性を感じます。

演奏家に関しては、2年前の「シベリウス 交響曲全集 名盤」という記事で書いていますが、僕が愛聴するのは、作曲者の母国フィンランドの血を引く指揮者が自国のオーケストラを指揮したものです。こういう種類の音楽は同じ土地で生まれ育って、同じ文化を共有する民族で無いと本物の演奏は難しいと思うのです。他の国の人間が演奏すると、どうしても大抵の場合に違和感を感じてしまいます。

僕の愛聴盤を上げると、ベルグルンド/ヘルシンキ・フィル(EMI盤)、セーゲルスタム/ヘルシンキ・フィル(ONDINE盤)、サラステ/フィンランド放送響(FINLANDIA盤)、ヴァンスカ/ラハティ響(BIS盤)、それに変則ですがオッコ・カムと渡邊暁雄の二人が全曲を振り分けたヘルシンキ・フィルの日本ツアー・ライブ(TDK盤)といったところです。ベルグルンドとサラステは大げさなところのない非常に結晶化した演奏ですし、セーゲルスタムとヴァンスカはその反対にダイナミックレンジの非常に広いドラマティックな演奏です。オッコ・カムと渡邊暁雄のライブには、優しさとロマンティシズムを感じます。

Neemejarvi_3 上記以外では、ネーメ・ヤルヴィがスウェーデンのエーテボリ交響楽団を指揮してBISレーベルに録音したものが、優れていました。中でも1番、6番は、曲のベストを争う素晴らしい演奏でした。このコンビの生演奏は、10年ほど前に東京文化会館で、交響曲第2番を聴いたことがありますが、音が極めて個性的で、それはまるで北海の荒海のように暗いモノトーンの音色でした。演奏そのものも実に素晴らしく、BIS盤よりも数段上の名演だったのです。考えてみれば、ヤルヴィはエストニア出身ですが、この国はフィン民族の血が入っていますので、フィンランドとは血縁になります。地理的にも非常に近い距離にあります。

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ヤルヴィはエーテボリ交響楽団と2001年から2005年にかけてグラモフォンに再録音を行いましたが、僕は2番以外は聴くのを随分と後回しにしていました。昨年になって初めて全体を聴いたのです。じっくり聴いてみたところ、非常に素晴らしい出来栄えでした。BIS盤では総じてテンポが速く、一気苛性の勢いが有りましたが、反面落ち着きの無さが目立ちました。それに比べると再録音盤ではテンポがゆったりして、落ち着いて身を委ねられます。旋律を大きく優しく歌い、ロマンティシズムを強く感じさせるあたりは、カムと渡邊暁雄の日本ライブに一番よく似ています。BIS盤のような曲ごとの出来栄えに凸凹が見られず、全曲とも名演奏です。特に印象的なのは1番、2番、6番、7番で、これらは曲のベストを争うかもしれません。1番と2番はライブ録音と記載が有りますが、完成度が高いのに驚かされます。ただ、強いて言うと3番が結晶化不足で幾らか脂肪分が多過ぎる気がします。これは好みの問題でしょう。オケの音質は、BISの旧盤は透明感が有り過ぎて(それ自体は魅力ですが)実際の生の音とは異なる印象ですが、再録音盤は実際に生で聴いた音に近いです。

全体としてBIS盤を大きく凌駕するばかりでなく、フィンランドのネイティヴ演奏家たちの演奏に充分匹敵する名全集だと思います。ネイティヴ演奏家たちの体感温度が0℃だとすれば、ヤルヴィは2℃くらいでしょうか。この2℃の違いがこの演奏の魅力になっている気がします。それが世評の高い英国勢の演奏だと更に2℃上昇した感じで、それでは少々高過ぎるように感じます。それぐらいシベリウスの音楽はデリケートなものだと思っています。

付け加えますと、この全集はプライスダウンして、同じシベリウスの管弦楽曲CDが3枚加えられているのも魅力です。ということで、愛聴盤がまた一つ増えました。

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2009年3月 7日 (土)

シベリウス 交響曲全集 名盤 ~シベリウスの音楽に思うこと~

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フィンランドの生んだ大作曲家ヤン・シベリウスは、交響曲第5番の楽譜に自ら「自然の神秘と生の憂愁」と書き記しました。けれどもそれは、シベリウスのほとんどの作品について当てはまります。特に後期の作品になると、心象風景やあるいはもっと大きな「宇宙の摂理」といったものさえを感じさせるのです。そういう意味では、曲想こそ異なるとは言えアントン・ブルックナーの音楽と共通している面が有ると思います。両者の音楽は同じように外面的な演奏を著しく嫌います。もしも演奏に演出効果を狙ったりすると音楽の持つ意味が全く感じられなくなってしまうのです。ひたすら真摯に音楽に帰依する演奏家のみが彼らの曲を演奏する資格を得られます。言うなれば「音楽を真に演奏できるのは、音楽に選ばれたる者のみ」ということなのです。

シベリウスの完成された交響曲は全部で7曲です。音楽に選ばれた指揮者が演奏をする場合には例外なく全てが名演になります。逆にそうでない指揮者が演奏をすると、およそ全く魅力を感じさせません。その意味では、シベリウスの曲のCDを選ぶときにはなるべく単独で選ばずに全集単位で購入するのがベストだと思います。また、そのほうが其々の曲を理解し易くなる利点が有るとも思います。

僕がこれまで聴いてきたシベリウスの交響曲全集の中で、愛聴盤をご紹介します。

Sicci00019 オッコ・カム&渡邉暁雄指揮ヘルシンキ・フィルハーモニー(1982年録音/TDK盤) これは全集盤として制作されたものでは無く、1982年に日本の各地でヘルシンキ・フィルのコンサートツアーが行われた時にライブ収録されたものです。1、4、7番を渡邉が指揮して、2、3、5、6番をカムが指揮しているのですが、二人のロマンティックな指揮ぶりがとても似通っているので、全集として聞いても何ら違和感が有りません。母国フィンランドの名門楽団のシベリウスはそれまで耳にしていた西洋のメジャーオーケストラの演奏とは全く異なり、「本物」を教えてくれました。残念ながら全集としては売られていませんが、単売のCD全てを絶対に揃えるべきです。それほど素晴らしい記念碑的な演奏記録です。

Cci00010b パーヴォ・ベルグルンド指揮ヘルシンキ・フィルハーモニー(1982~87年録音/EMI盤) 多くのシベリウス・ファンに絶賛された素晴らしい演奏です。シベリウス演奏を知り尽くし、その特有の響きを極め尽くしたヘルシンキ・フィルが名匠ベルグルンドの下で繰り広げる演奏は正にリファレンスと言っても差し支えありません。合計3回もの全集録音を残したベルグルンドですが、これは2回目のものです。3回目のヨーロッパ室内管とのものも高い評価を受けていますが、オーケストラが持つシベリウスの響きへの適合性の点で、やはりヘルシンキ・フィル盤が最も優れていると思います。どの曲をとってもベストを争う素晴らしさです。

Siberius71fb11mpnl_ac_sl1076_ パーヴォ・ベルグルンド指揮ヨーロッパ室内管(1995~97年録音/FINLANDIA盤) ベルグルンドの3回目の全集で、世評も高いのですが、上述したようにヘルシンキ・フィル盤と比べるとオーケストラの音の点で後塵を拝します。とは言っても非常に優れた全集盤で有ることには変わらず、シベリウスやベルグルンドのファンには是非両方とも揃えられて欲しいです。このオーケストラの編成は幾らか小さめなので、初期の1,2番では響きが薄く感じられてしまい、むしろ3、4、6、7番といった中期以降の曲の方が素晴らしいです。

Saraste ユッカ=ペッカ・サラステ指揮フィンランド放送響(1993年録音/FINLANDIA盤) サラステは1980年代にRCAに同楽団とセッション録音を行っていましたが、これはロシアのサンクトペテルブルクで全曲演奏会を行ったときのライブ録音です。演奏の完成度が非常に高いので、恐らくはリハーサル時の録音との編集だと推測します。オーケストラも優秀ですがサラステの造る透徹したシベリウスの音楽はとても魅力的です。サラステは2008年8月にヴァンスカの後任としてラハティ響の音楽監督に就任しましたので、3度目の全集録音に大いに期待したいところです。

Si34v オスモ・ヴァンスカ指揮ラハティ交響楽団(1995~97年録音/BIS盤) ヴァンスカはラハティ響をヘルシンキ・フィルと並ぶ優秀なオーケストラに育て上げてました。かつて東京のトリフォニーホールで全曲演奏会を行ったのですが、僕は残念ながら聴き逃しています。それが本当に悔やまれるほど、これは素晴らしい演奏です。この全集はシベリウス・ファンには既に良く知られた名盤ですが、第5番は初稿と通常版との両方の録音が収録されているのが非常に貴重です。

Sibelius115 ネーメ・ヤルヴィ/エーテボリ交響楽団(2001~05年録音/グラモフォン盤) ヤルヴィの2回目の全集で、BISの旧盤も良かったですが、総じてテンポが速く落ち着きの無さが目立ち、曲による出来不出来が有りました。それに対して新盤は全曲素晴らしく、特に1、2、6、7番は曲のベストを争うかもしれません。全体はテンポが落ち着き、ロマンティシズムを強く感じさせて魅力的です。響きはBIS盤では透明感が有り過ぎて実際の音と異なる印象でしたが、新盤は実演で接した音に近いです。シベリウスの管弦楽曲CD3枚分が加えられているのも魅力です。(更に詳しくは関連記事を参照下さい)

949 レイフ・セーゲルスタム指揮ヘルシンキ・フィルハーモニー(2002~04年録音/ONDINE盤) 同じヘルシンキ・フィルを指揮してもベルグルンドよりずっとスケールの大きさが有ります。適度の荒々しさと美しさの両立が実に魅力的でとても好きな全集です。セーゲルスタムには、以前デンマーク国立放送響を指揮した全集が有るのですが、そちらは少々荒々しさが過ぎている気がします。このセットには、ヴァイオリン協奏曲をフィンランド生まれの名手ペッカ・クーシストが弾く最高の演奏が含まれているのも大変嬉しいです。

Sibelius-17-ott5utlil_ac_sl1200_ サー・コリン・デイヴィス指揮ロンドン交響楽団(2002-08年録音/LSO Live盤) コリン・ディヴィスはシベリウスを好むようで、これ以前にもボストン響、ロンドン響と全集録音を行っていて、これが3回目の録音と成ります。各曲は個々にライブ収録されたので足かけ7年に渡りますが、統一感は完全に取れています。しかし、管弦楽の響きが暗いのは良いとしても、柔らかくくすんでいるのはシベリウスには必ずしも適しません。特有の透徹感や厳しさに欠けています。英国のオーケストラはシベリウスを得意にするという世評には疑問です。その要因は英国の伝統的なピッチの低さにあるでしょう。この全集には「クレルヴォ」も収録されているのは嬉しいです。

Sibelius444 オッコ・カム指揮ラハティ交響楽団(2012~14年録音/BIS盤) 過去の名盤を凌駕する素晴らしい全集で、カムの新盤が出ずに欲求不満に陥っていたのを一気に晴らしてくれました。幾らか規模の小さい編成の様で、大編成の音に慣れている1、2、5番は音の薄さが感じられなくもありません。もっとも作曲当時の編成の再現に通じますし、ともすると管楽器が咆哮する1、2番でも抑制を効かせた、弦楽器主体にしたソノリティが素晴らしいです。さりとて高揚感が不足するわけでは有りません。5番も立派に金管を鳴らしますが過剰では有りません。それが3、4、6、7番のような室内楽的な曲となると、本来の『寡黙な』シベリウスの音楽に見事に適合します。元々カムはロマンティシズムを強く感じさせますが、シベリウスの音楽の本質は他の誰にも劣らないほど掴んでいます。(更に詳しくは関連記事を参照下さい)

Sibelius-91xlcevp59l_ac_sl1500__20230217001001 クラウス・マケラ指揮オスロ・フィル(2021年録音/DECCA盤) フィンランドの若手マケラがデッカと契約を結び、最初の録音となった全集です。1番などはオスロ・フィルの穏健な響きが美しい反面、荒々しさが不足して物足りません。2番以降も総じて厳しさは足りませんが、良く歌いロマンティックで、爽やかで広々とした大気を想わせます。 とかく晦渋と言われる4番は聴き易く、この曲が難しいと思われる方には一番にお勧めしたいです。5番以降も深遠さこそ薄めながら、これだけ美しければいいじゃないかという気になります。全体の爽やかさはマケラの資質とオスロ・フィルの特徴が見事に合致したものです。非常に新鮮でマケラの若き才能を嫌と言うほど感じさせられる全集で、録音も優秀です。(更に詳しくは関連記事を参照下さい)

Si44wata渡邉暁雄指揮日本フィルハーモニー(1981年録音/日本コロムビア盤) これは番外として上げておきたいと思います。なにしろ渡邉暁雄は母方がフィンランド人ですので、シベリウスと同じ血をひいています。当然シベリウスの音楽にはこだわりが有り、全集も2度録音しています。これは2度目の方で、日本人指揮者の優れた演奏としては朝比奈隆のブルックナーと並ぶものと考えます。残念なのは朝比奈と同様にオーケストラの実力が海外の一流オケと比べるとどうしても聞き劣りすることです。

上記の他で過去に入手した全集として、バルビローリ指揮ハレ管(EMI盤)は昔は随分と愛聴しました。しかし後から次々と現われたフィンランド演奏家勢のものを聴いてしまうと、オーケストラの音や録音も含めて魅力はすっかり失われてしまいました。やや新しいところではラトル指揮バーミンガム市響(EMI盤)が曲によっては(1、4,6番辺り)良いのですが、不満足の曲も多く全集としては魅力に欠けます。その同じバーミンガム市響をフィンランド出身のサカリ・オラモが指揮したものも有り(ワーナー盤)期待したのですが管楽器の音が煩くて気に入りませんでした。
それ以外にも、シクステン・エールリンク指揮ストックホルム・フィル(FINLANDIA盤)、アンソニー・コリンズ指揮ロンドン響(DECCA盤)といった古いところも有りますが、いずれも愛聴盤には成り得ませんでした。

その他にも、ロシア、イギリスなどの指揮者、楽団がかなりの数の録音を行っていますが、結果的に母国フィンランド人がフィンランドの楽団を指揮した演奏を中心に選んでしまいました。これは音楽への共感と響きの純度の点で、他国の演奏家では簡単に越えられない大きな壁だからです。単に演奏技術が高いだけではどうにもなりません。英国や北欧の演奏家だから良いというのは僕に言わせれば大きな(小さな?)間違いです。

僕はシベリウスを聴く時には大抵その時に気が向いたものを全集単位で選んで聴いています。ですので各曲を単独で比較することは余り無いのですが、今回は丁度良い機会でもあるので、改めて第1番から順番に全集以外のCDも交えながら聴き比べてみようと思います。気長にお付き合い下されば大変嬉しい限りです。

<曲毎の紹介>
シべリウスの交響曲 第1番~第7番 名盤

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