僕の好きなヴァイオリン・コンチェルトと言えば、まずはベートーヴェン、ブラームス。それにチャイコフスキー、シベリウス、メンデルスゾーンと続きます。その中でも色々と違う演奏を聴いて大いに楽しめる点ではブラームスが一番かもしれません。このブログでも既に、特別に愛聴している演奏をご紹介した「ヴァイオリン協奏曲ニ長調 名盤」と、女流演奏家だけに絞った「続名盤 女神達の饗宴」と2度記事にしています。そこで今回は、男性演奏家だけに絞った「男祭り」です。もっとも”男”と言っても、ほとんどが往年の大巨匠達です。
それでは順にご紹介してゆきます。
ブロニスラフ・フーベルマン独奏、ロジンスキー指揮フィルハーモニック響(1944年録音/Music&Arts盤) 録音は年代相応ですが、曲のせいか鑑賞には問題ありません。世紀のヴルトゥオーゾの演奏が聴けるだけで良しとしましょう。とにかく表現力が豊かで、とことん歌わせます。これこそがヴァイオリンの原点だという感じです。その自由奔放さは現在ではちょっと考えられません。2楽章終了時に拍手が入ったあとの終楽章での名人芸も凄いです。細部の仕上げは結構おおざっぱなところもありますが、このおおらかさが味なのでしょう。この演奏は機会があれば是非とも聴かれて欲しいと思います。
ヨゼフ・シゲティ独奏、オーマンディ指揮フィラデルフィア管(1945年録音/CBS SONY盤) シゲティは20世紀の歴史上で五指に入る偉大なヴァイオリニストだと思いますが、晩年の演奏は音が滑らかで無いために一般的には余り高い評価を受けていません。音楽そのものは、ちょっと類例が無いほどの深みに達しているので実にもったいないことだと思います。この演奏では技術的にもまだ衰えを見せていませんし覇気も充分ですので、晩年の演奏に付いて行けない方にはお勧めです。それでも他の演奏家に比べれば遥かに深い表現力です。音質は年代相応ですが聴き易いです。
ユーディ・メニューイン独奏、フルトヴェングラー指揮ルツェルン祝祭管(1949年録音/EMI盤) フルトヴェングラーのこの曲の録音ではヴィートとの1952年イタリアライブが有りますが、なにせ隣の家から聞こえてくるような粗悪な音質です。それに比べればこちらは遥かにマシです。メニューインのヴァイオリンも素晴らしく、情熱的に弾き切っています。カデンツァは荒いほどですが、この曲には合っています。これはフルトヴェングラーの指揮に触発されているのでしょう。メニューインの代表盤としては後述のケンぺ盤になるでしょうが、こちらも捨て難いです。
ナタン・ミルシテイン独奏、モントゥー指揮アムステルダム・コンセルトへボウ管(1950年録音/TAHRA盤) ミルシテインはこの曲を何度も録音しましたが、これは全盛期のライブ録音です。生演奏にもかかわらず安定した技巧は流石ですが、到るところで音をポルタメント気味に引っ張るのには古めかしさを感じてしまいます。全体的に決して夢中になり過ぎてはいませんが、終楽章の早めのテンポによる躍動感は中々に聴き応えが有ります。録音が古い割には明快で聴き易い音質です。
ヤッシャ・ハイフェッツ独奏、ライナー指揮シカゴ響(1957年録音/RCA盤) 超人ハイフェッツとライナー/シカゴの共演とくれば演奏は聴く前から想像ができます。いつもながらの唖然とするほどの快刀乱麻ぶりです。このバイオリンの切れ味に対抗できるのはレオニード・コーガンただ一人でしょう。それにしても、爽快さは比類が無いのですが、ブラームスの暗い音楽の情緒表現にはほとんど期待できません。それでも2楽章は案外と歌いこんでいて中々に雰囲気が有ります。3楽章の上手さは凄いですが、健康的で何だかスポーツみたいです。やっぱり自分の好みには合いません。
ユーディ・メニューイン独奏、ケンぺ指揮ベルリン・フィル(1957年録音/EMI盤) メニューインの独奏するコンチェルトが推薦されている記事なんか滅多にお目にかかったことはありません。ところが中々に良い演奏が有ります。このブラームスもその一つです。外面的な美音や甘さを排除している点では自分の好みだといえます。シゲティの求道的なまでの厳しさには及びませんが、この禁欲主義には大いに惹かれます。2楽章なども非常に深々として感動的です。初期のステレオ録音なのがちょっと残念ですが、ケンぺの振るベルリン・フィルの厚い響きは魅力的です。
ダヴィド・オイストラフ独奏、クレンペラー指揮フランス国立放送管(1960年録音) オイストラフの弾くチャイコフスキーは最高に好きなのですが、ドイツものは必ずしも好きなわけでありません。この人の持つ楽天的な雰囲気がどこか音楽にそぐわない気がするからです。このブラームスでも、クレンペラーのスケールの大きな指揮に見劣りしない立派なヴァイオリンなのですが、どうしてもその点が気になります。3楽章では初めのうちクレンペラーの遅いテンポにややもたれ気味ですが、徐々にその壮大な表現にはまってしまうところは流石です。
ダヴィド・オイストラフ独奏、セル指揮クリーヴランド管(1969年録音) オイストラフがこの曲をどうして10年も経たないうちに同じEMIに再録音したのかは判りませんが、演奏は非常に素晴らしいです。オイストラフの演奏は、クレンペラー盤の時にはアウアー流の美感に大きく傾いたスタイルでしたが、セル盤ではヨアヒム流の精神性に傾いた印象を受けます。荒々しいほどに思い切りよく弾く音には気合が漲っており、甘いポルタメントも抑制気味で、個人的には禁欲的な要素が増したこちらを好みます。セルのオーケストラ伴奏も堅牢で隙の無い充実したもので、クレンペラー盤のような、やや異種格闘技的な雰囲気は感じさせません。
イツァーク・パールマン独奏、ジュリーニ指揮シカゴ響(1976年録音/EMI盤) パールマン31歳の録音ですが、当時の勢いそのままの快演と言えます。テクニック充分ですが少しも神経質にならずに思い切り良く弾き切っているのがこの曲にピッタリです。歌い方もポルタメントをかけて甘く弾いています。それが嫌味に感じられないのは恐らく心に感じたそのままの表現だからでしょう。ジュリーニの指揮は非常に立派で堂々としています。スケールが大きいですがリズムがもたれることも無く、良い面だけが表れています。シカゴ響の音には潤いこそ有りませんが、分厚い音ですしソロ楽器の上手さも特筆されます。
サルヴァトーレ・アッカルド独奏、マズア指揮ライプチヒ・ゲヴァントハウス管(1978年録音/デッカ盤) 当時のゲヴァントハウス管の音に期待して購入したのですが、流石はフィリップスによる録音で中声部の厚い管弦楽の響きが心地良く味わえます。全体的にゆったりとしたテンポは良いのですが、第3楽章などは少々落ち着き過ぎのように思います。アッカルドのヴァイオリンは弾き崩すことをせずにある意味古典的な演奏なのですが、どうしてどうしてニュアンスに富み、深い味わいが有ります。但し3楽章だけはもう少しジプシー的な雰囲気が加わっても良いと感じました。
アイザック・スターン独奏、メータ指揮ニューヨーク・フィル(1978年録音/SONY盤) スターンにはオーマンディ伴奏での旧盤も有りました。それも良い演奏でしたが、録音、演奏ともにこちらの新盤のほうが更に良いと思います。オイストラフほど楽天的では無く、シゲティほど厳しくは無い、丁度中間の位置づけです。メータの分厚いオケ伴奏に支えられて、テクニック、気迫の充実したバイオリンを聞かせてくれます。必ずしも注目される演奏ではありませんが、これは中々の名演だと思っています。
ギドン・クレーメル独奏、バーンスタイン指揮ウイーン・フィル(1982年録音/グラモフォン盤) この中では唯一の現役奏者です。既に現代を代表する巨匠と呼んでいいでしょう。クレーメルを実際に生で聴くと音が随分細いので、この曲のライブの場合、分厚いオケ伴奏(しかもバーンスタイン)に埋もれてしまわないか心配ですが、録音であれば心配はありません。クレーメルらしい繊細でリリシズムに溢れた演奏です。3楽章も実に爽快感に溢れます。反面ブラームスの音楽の、しつこさや情念の深さは不足する感が無きにしもあらずです。クレーメルはこの後にもアーノンクールのオケ伴奏で新盤を入れていますが、僕はこの旧盤のほうが好きです。
フランク・ペーター・ツィンマーマン独奏、サヴァリッシュ指揮ベルリン・フィル(1995年録音/EMI盤) 往年の大巨匠達の中に入るとどうしても小粒な印象を受けます。ライブ録音にもかかわらず破綻の全く無い素晴らしく整った演奏なのですが、逆にブラームスに「あんなに綺麗に弾かなくても良いのにね・・・」とでも言われそうです。それだけオードソックスな演奏です。サヴァリッシュがベルリン・フィルを振るのも珍しいですが、ツインマーマンに見事に合わせた伴奏ぶりです。あっぱれ!2楽章のシェレンベルガーのオーボエ・ソロはもちろん絶品です。
ワディム・レーピン独奏、シャイー指揮ライプチヒ・ゲヴァントハウス管(2008年録音/グラモフォン盤) 最高のテクニックで一音一音を完璧に弾き切っている点で最右翼の演奏だと思います。ただ、オイストラフやパールマンのほうが良い意味で荒々しく弾いているので必ずしもレーピンの方が聴いていて楽しいとは限りません。幾らかスッキリし過ぎの感が無きにしも非ずだからです。しかし第3楽章には生き生きとした躍動感が有ります。カデンツァにハイフェッツ作を使っているのが特徴でこれは面白いです。ゲヴァントハウス管は重厚な響きを聴かせますが、シャイーにより以前よりも響きに明るさをもたらされたのは、マズア時代の暗い響きを好む身としては悩ましいところです。それでもこの10年ほどの間にリリースされた演奏の中ではバティアシュヴィリに次ぐ魅力を感じます。
というわけで、これらの演奏はどれもが中々に個性的で捨てがたいものばかりです。
<補足>
メニューイン/フルトヴェングラー盤、ミルシテイン/モントゥー盤、パールマン/ジュリーニ盤、アッカルド/マズア盤、ツィンマーマン/サヴァリッシュ盤、レーピン/シャイー盤を追記しました。
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