ベートーヴェン(弦楽四重奏曲全集)

2013年9月21日 (土)

ベートーヴェン 弦楽四重奏曲全集 名盤 ~汲めども尽きない魅力~

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楽聖ベートーヴェンの作品ジャンルのうち「三本の矢」と言えば、もちろん交響曲、ピアノソナタ、弦楽四重奏曲の三つでしょう。このうちの弦楽四重奏曲は一般的には地味な存在ですが、ベートーヴェンの愛好家にとっては交響曲以上に奥深く、汲めども尽きない魅力のあるジャンルです。外向的な性格の交響曲に対して、弦楽四重奏曲は極めて繊細で内向的な性格を持っています。そこが愛好家にとっては何よりも大切に思える理由なのです。

4月から足掛け6ヵ月かけて、弦楽四重奏曲を作品ごとに記事にしてきましたが、今回はそれを「全集盤」として総括してみたいと思います。むろん全作品の演奏のどれもが最高の演奏家などというのは存在しません。毎回多くの演奏家を聴き比べてみたものの、曲によって気に入った演奏家は予想したよりもずっとバラバラだったのです。ですので鑑賞する際には、それぞれの曲のお気に入りのディスクを取り出すことが多くなると思います。ただ、同じ演奏家で全曲を通して聴いてみるのも大切なことで、演奏家の個性よりも、曲の個性の違いを比較しやすくなります。するとまた多くの事が聞こえてくると思うのです。

さて、その全集盤を選択するに当たって、個々の作品ごとに気に入った演奏の上位にポイントを付けてゆく方法を考えました。具体的には、一番のお気に入りには5点。次点には3点。三番手グループには1点としました。けれども実際には自分の好きな曲というのが有るわけで、それと他の曲とのポイントの付け方が同じでは、愛聴盤としては不合理を感じます。そこで、自分の特に好きな曲、すなわち「ラズモフスキー第1番」、第13番(大フーガ付)、第14番、第15番の4曲については、1位に+3点(計8点)、2位に+2点(計5点)、3位に+1点(計2点)というように、ボーナス・ポイントを加算しました。

それでは、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲全曲の総合得点結果です。

第1位 43点 ブダペストSQ
第2位 29点 エマーソンSQ
第3位 18点 ヴェーグSQ
第3位 18点 ジュリアードSQ新盤
第5位 10点 ゲヴァントハウスSQ
(第5位相当にジュリアードSQ旧盤)

あくまでも全集盤ということなので、曲によってはベストに選んだブッシュSQやヴェラーSQは入って来ません。それと意外に点が伸びなかったのが、往年のバリリSQ、スメタナSQと、音楽雑誌では評価の高いアルバン・ベルクSQでした。ズスケSQ、メロスSQ、ウイーン・ムジーク・フェラインSQは健闘したものの入賞までには及びませんでした。

それでは、並み居る名カルテットの演奏の中から見事に上位入賞した団体のご紹介です。

<第1位>
90650dc0bfe3c81c14f641d351d90ca5ブダペスト弦楽四重奏団(CBS盤) 何故かメンバーが4人ともロシアの出身で、ベルリンで勉強したのちにハンガリーに移ってこのカルテットのメンバーに加わります。アメリカに渡った後の歴史的な名声は古いファンなら良くご存知です。第1Vnのヨーゼフ・ロイスマンは大変な名奏者ですが、第2Vnのアレクサンダー・シュナイダーも劣らぬ名手です。更にヴィオラ、チェロの上手さ、音楽性も素晴らしい為、それまでの四重奏団の第1Vn専制君主型から4人が互角に渡り合う民主主義型を初めて確立した団体だと言えます。彼らの存在無しにジュリアードSQ以降の近代型のカルテットは有り得ないのです。驚くことに、彼らの合奏能力は1940年代頃から既に完成の域に達しています。その証拠が40年代に録音したベートーヴェンの四重奏曲集です。全集では有りませんが、主要な曲をほぼ録音しています。これは復刻盤の音質も優秀なので、彼らのファンは必聴です。また1950年代にもモノラル録音で全集盤を残しました。人によってはステレオ盤よりも高く評価する声も聞かれますが、この時期はシュナイダーが自分のカルテットを主催するためにメンバーから抜けていましたし、僕としては彼らの音楽が最高に熟した晩年のステレオ録音盤を最上位に置きます。曲としては、ラズモフスキー第3番、「ハープ」、第14番、第15番という重要な曲でトップを押さえましたし、多くの曲で万遍なくポイントを稼いでいますので第1位は当然です。残響の少ない当時のCBS録音が、CD化により更に高音がきつくなっているので聴き慣れないリスナーには音質面で幾らか抵抗が有るかもしれません。けれども彼らは元々禁欲的な厳しい音ですので、慣れてしまえば、むしろ魅力にすら感じられます。最初に全集を購入される方に薦めるのには躊躇をを感じないわけではありませんが、色々と聴いた後に最後にたどり着くべき全集だと断言します。

<第2位>
Emersonbeethovenエマーソン弦楽四重奏団(グラモフォン盤) 現代最高と言えるカルテットの全集は何とライブ収録です。ジュリアードSQやアルバン・ベルクSQがスタジオ録音の全集に続く二度目の全集をライブで録音したのは理解できますが、最初からライブというのは無謀とも思えました。ところがこの全集の完成度は他のあらゆる団体のスタジオ録音を凌駕します。アンサンブルの精緻さはもちろん、音程が完璧でハーモニーが極上の美しさです。更にダイナミックに迫力を聞かせる部分と、柔らかく歌う部分の対比が実に見事で千辺万化する表情の豊かさが素晴らしいのです。彼らはドイツ的でもウイーン的でも有りませんが、真に「音楽的な」名演奏だと思います。それを成し遂げる大きな理由は第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンの力量が五分で、曲によって完全に交替出来ることです。強いて言えばユージン・ドラッカーの歌いまわしのセンスの良さを好みますが、もう一人のフィリップ・ゼルツァーの音楽性も劣りません。4つの楽器が完全にコントロールされている点では、全盛期のジュリアードSQに匹敵するか、それ以上だと思いますが、幅広い表現力を兼ね備えていることからするとジュリアードを越えた最高の団体だと思います。曲としては、ラズモフスキー第3番、第12番、第16番でトップを押さえました。次点にも多く入っています。

<第3位>
V4871ヴェーグ弦楽四重奏団(仏Naive盤) もしも家で折に触れて鑑賞する全集を選ぶとすれば、ブダペストSQとエマーソンSQになると思いますが、もしも『無人島にたった一つだけ持ってゆける全集』を選ぶとすれば、僕はヴェーグSQの新盤を選びそうな気がします。シャーンドル・ヴェーグこそはハンガリーの生んだ大ヴァイオリニストであり、彼が主催するこのカルテットは、完全にヴェーグの担当する第1Vnの主導型です。この新盤の録音時、技術的には全盛期をとっくに過ぎていますので完璧ではありません。けれども、表現意欲が全て心の内側へ向けられていて、外面的に「聴かせよう」などという煩悩を少しも感じさせないこの演奏からは、限りない「癒し」のオーラを与えられます。苦悩から解放されたベートーヴェンと大ヴァイオリニストであるヴェーグ晩年の魂の語らいを、その傍らでただただ聴き惚れるしかないでしょう。千利休の「わび」「さび」の世界を感じさせる「枯淡の境地」とも表現できる素晴らしい全集です。曲としては、作品18、第13番でトップを押さえました。

<第3位>
51065xicuplジュリアード弦楽四重奏団(CBS盤) ワシントンの国会図書館ホールでのライブ録音による新盤です。彼らの旧盤では、合奏を極限まで追い込み、切り詰めた精緻で透徹した演奏を聞かせましたので、ジュリアードと言えば一般にはその印象が強いのですが、この新盤では時の流れと実演という条件のもとで、驚くほど印象が異なります。もちろん緻密さも感じますが、それよりも遥かに大きな感情のうねりを感じさせるのです。その要因は第1ヴァイオリンのロバート・マンの表情豊かな演奏ぶりに有りますが、まるでかつての4人平等の合奏体のイメージが第1Vn中心の専制君主型に戻ったかのようです。それぐらいマンの持つ音楽が大きく凄かったからです。これも絶対に外せない素晴らしい全集です。トップを押さえたのは「ハープ」のみですが、次点に多く入ってポイントを稼ぎました。

ところで、彼らの旧盤は昔、LP盤で聴いたものの余り好きにはなれずに手放してしまいました。けれども、最近もう一度聴き直してみたくなり、CDで買い直しました。機能的で無駄の無い印象は変わりませんが、それがジョージ・セルとクリ―ヴランド管の、あの透徹したベートーヴェンのイメージとピタリ重なり、昔よりもずっと楽しめます。やはり「良いものは良いなぁ」と考えを改めました。主要な曲の演奏は既に個々の曲の記事に書き加えてありますが、全集の得点としては第5位に相当するか、それ以上の結果になりそうです。

<第5位>
312ゲヴァントハウス弦楽四重奏団(NCA盤) ゲヴァントハウス管弦楽団の首席奏者で構成するこのカルテットは、かつてのゲルハルト・ボッセ時代からのファンなのですが、現在のメンバーも非常に素晴らしいのは紀尾井ホールでの生演奏を聴いて実感しました。古き良きドイツの伝統をベースに、優秀なテクニックで現代的な先鋭性も持ち合わせますので、どの曲も高水準の素晴らしさです。メンバーの音程も録音も優秀なので、ハーモニーが非常に美しく感じられます。『ドイツ的で古臭く無いベートーヴェンの演奏』という条件であれば、最右翼なのは間違いありません。それに、もしも全集盤を初めて購入してみようという方がおられれば、是非お勧めしたいです。輸入盤で非常に安値で買えるのも有り難いです。CDのケースがツーピースの箱型なのは好みもあるでしょうが、意外と扱いやすいと思います。

ゲヴァントハウス四重奏団を、同じドイツ的でも、もうう少ししなやかな演奏で、ということならばズスケ四重奏団という選択肢も有ります。あるいはメロス四重奏団もお勧めできます。また、ウイーン的な演奏で、ということであれば、ウイーン・ムジーク・フェライン四重奏団がお勧めできます。本当はウイーンの団体ではヴェラー四重奏団の全集が聴いてみたかったのですが、録音は僅か数曲に限られます。彼らがもしも全集を残していたら、ことによるとベスト・スリーを争うぐらいの全集になった可能性が有りますので、非常に残念です。

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