ベートーヴェン(弦楽四重奏曲:後期)

2013年9月14日 (土)

ベートーヴェン 弦楽四重奏曲第16番ヘ長調作品135 名盤 ~ようやくついた決心~

ベートーヴェンが書いた最後の弦楽四重奏曲であり、書き換えを行なった第13番の終楽章を除いては、生涯最後の作品です。

第13番以降の作品では曲毎に楽章の数を増やしていきましたが、この曲ではそれをやめて、再び4楽章の形式に戻しました。従って曲の規模が小さくなったことと、曲想全体も非常に力が抜けて穏やかなものに変化しています。何か「解脱」「解放」という雰囲気が感じられます。それでいて、多くの所で非常に斬新な音や響きを織り交ぜますので、新鮮さも感じられるという極めてユニークな作品です。この曲が第13番から第15番までの3曲以上の名曲かと問われれば「イエス」とは答え難いですが、少なくとも同じ後期では第12番以上の内容であるのは間違い有りませんし、むしろ順位にはこだわりたくない、特別な立ち位置に立つ作品です。その価値を理解出来るようになるには、前作までをとことん聴いてきてからだという気がします。

第1楽章 アレグレット
前作、前々作の息苦しさから解放されたような軽やかな主題の楽章です。けれども随所に晩年の作品らしい奥深さが感じられます。

第2楽章 ヴィヴァーチェ
シンコペーションのリズムが印象的ですが、部分部分にとても新しさを感じます。

第3楽章 レント・アッサイ・カンタンテ・エ・トランクィロ
人生の余韻に心静かに浸るような深い味わいが有ります。演奏によっては第九のアダージョを連想させます。

第4楽章 グラ―ヴェ・マ・ノントロッポ・トラット~アレグロ
ベートーヴェンはこの楽章の標題に”ようやくついた決心”と付けています。また、自筆譜の終楽章導入部分に”そうでなければならないのか?”と記し、続くアレグロの主題同機には”そうでなければならない!”とに謎めいた言葉を書き記しました。その意味には多くの研究家が説を唱えていますが、確かなことは分っていません。どちらにしても「葛藤」から「決心」へと心が切り替わり、解放感に浸った素晴らしい楽章です。この解放感は、次に書く第13番の新しい終楽章にも続いています。そのことを理解して曲を聴くと面白いことこの上ありません。

それにしてもルードヴィッヒくんは一体何の決心をつけたのでしょうね。音楽?金?女?果たしてなんだろう・・・。

それはさておき、僕の愛聴盤のご紹介です。

51u9dbjsblブッシュ弦楽四重奏団(1937年録音/EMI盤) 極めてレトロで懐かしい雰囲気の演奏です。第二次大戦後の演奏家からはこれほどまでに人間的な演奏は聴くことが出来ません。非常に深い味わいに満ちています。もっとも現代の耳からすると、ポルタメントの使用が余りにも過剰であり、これが一番好きだと言うわけでは有りません。何度か書いていますが、個人的にはアメリカに移住した後の1940年代の演奏スタイルを好んでいます。とは言え、これは歴史的演奏ということで一度は聴いておくべきだと思います。

206バリリ弦楽四重奏団(1952年録音/MCAビクター盤) ウエストミンスター録音です。ブッシュSQほどはレトロでは無く、ずっと現代的だと言えます。それでも、この甘く柔らかい歌い回しは、かつてのウイーンの味わいに他ならず極めて魅力的です。穏やかなこの曲の良さを一杯に引き出しています。確かに、この曲は余り肩に力を入れて熱演されると逆に良さが失われる可能性が有りそうです。3楽章の懐かしい情緒の深さにも言葉を失うほどです。もちろんモノラル録音ですが、鑑賞に支障は感じません。

90650dc0bfe3c81c14f641d351d90ca5ブダペスト弦楽四重奏団(1960年録音/CBS盤) 全集盤です。演奏の密度の高さと残響の少ない録音が、嫌でも耳を集中させるので、第14番のような曲では絶大な魅力を発揮しますが、この曲では幾らか聴き疲れをしてしまう感が無きにしも非ずです。大曲の14番、15番の延長線上のような聴き応えを感じるので凄いとは思うのですが、個人的にはもう少し心穏やかに聴いていたくなります。

151ジュリアード弦楽四重奏団(1969年録音/CBS盤) ジュリアードの旧全集からです。昔LP盤で聴きましたが、その時は味気の無い演奏に感じて手放してしまいました。ところがその後の新盤は非常に味が濃く気に入っているので、旧盤ももう一度聴き直してみたくなり最近購入しました。ですので第16番からの登場です。確かに精緻でメカニカルではありますが、決して無機的な演奏では有りません。それどころかロバート・マンのヴァイオリンがやはり凄いです。単に上手いだけでなく、大きな音楽を持っているのを感じます。もちろん4人の音の重なり合いも美しく、ニュアンスの豊かなことは驚くほどです。3楽章では大きく歌わせずに、ピアニシモで神秘的な響きを造ってゆくのがユニークで素晴らしいです。

V4871ヴェーグ弦楽四重奏団(1973年録音/仏Naive盤) 全集盤です。驚くほど枯れきった演奏です。表現意欲は全て内側へ向けられていて、外面的に「聴かせよう」という意思は皆無に感じられます。何事からも「解脱」したような雰囲気は「彼岸」の世界にも通じて、この曲の本質から遠いとは思いませんが、ここまで枯れられてしまうと、まだまだ俗世の煩悩から解脱できない自分としては、聴いていて無条件には楽しめません。あと20年もしたら、この演奏にもっと同化出来るのかもしれませんが。

51jrjljelラサール弦楽四重奏団(1976年録音/グラモフォン盤) 後期四重奏曲集です。余り「解脱」だとか「彼岸」などと余計なことを考えずに聴いていて非常に楽しめる純音楽的な演奏です。リズムに躍動感が有りますし、アクセントも気が利いています。ハーモニーの美しさも抜群です。4つの楽器の重なり合いは意外にシンフォニックで、幾らか表現が過多なほどですが、ベートーヴェンの最後の大作の新しさ、面白さを再認識させてくれること請け合いです。

Suske_beethoven_late_2ズスケ弦楽四重奏団(1978年録音/Berlin Classics盤) 全集盤です。大曲では幾らか物足りなさを感じさせるズスケですが、この演奏は曲のスケール感と一致してとても良いです。デリカシーにも溢れていますし、リズムの扱い方やフレージングが全て堂に入っていて、何の抵抗も無く曲を心の底から堪能できます。しかも3楽章の美しさは卓越していて、澄み切った味わいが正に最高です。彼らの全集の中でも1、2を争う出来栄えだと言えるでしょう。

D0021969_10143431アルバン・ベルク弦楽四重奏団(1981年録音/EMI盤) 全集盤です。残響過多で分離の悪い録音は諦めるとして、肝心の演奏は悪く有りません。この曲では曲想のせいか、いつもの大袈裟な歌いまわしや過剰なアクセントがそれほど気に成らないからです。それよりも端々に感じられるウイーン的な甘い節回しに惹きつけられます。3楽章では大きく歌って聞かせてくれますし、終楽章での気分の高揚感も中々のものです。余り好まない彼らの旧盤の中では結構気に入っています。

51065xicuplジュリアード弦楽四重奏団(1982年録音/CBS盤) ワシントン国会図書館ホールでのライブ録音による新盤です。彼らの旧盤では、あれほどの精緻で透徹した演奏を聞かせたので、ジュリアードと言えばその印象が強いです。ところが、この新盤では時の流れと実演という条件のもとで、いささか印象が異なります。確かに緻密さも感じますが、それよりも遥かにダイナミックで人間のパッションを感じさせるのです。しかも音楽が本当に大きいです。ロバート・マンがこれほど凄い音楽家だったとは、昔は全然気付きませんでした。耳が節穴だったのですね。これも旧盤と優劣の付けられない素晴らしい演奏です。。

G7138122wスメタナ弦楽四重奏団(1983年録音/DENON盤) 全集盤です。派手さや大袈裟なところが全く無く、極めてオーソドックスと言えます。しなやかで美しい音が際立つのも大きな特徴です。この曲では、それが非常に良く生かされます。何の過不足も無く、曲をそのまま自然に聴かせてくれる良い演奏です。けれども、余りに自然過ぎて面白さに欠けるのも事実です。もう少しベートーヴェンの魂に迫るような凄みを感じさせて欲しい気もします。

Melos_beethoven_lateメロス弦楽四重奏団(1985年録音/グラモフォン盤) 全集盤です。戦前は別としても、ドイツの演奏家は基本的にイン・テンポで堅牢な造形の演奏を行います。それが、たとえ刺激は少なくても安心感に繋がります。この演奏も同様で、がっちりとしていながら少しも無機的な印象は受けません。特に素晴らしいのが後半の3、4楽章で、彼らの音からは、美しく深い情緒が溢れ出ています。終楽章の彫の深さと手応えも出色で繰り返し聴くたびに味わいが増すように感じます。

61vvfzeifl__sl500_aa300_ウイーン・ムジークフェライン弦楽四重奏団(1990年録音/PLATZ盤) 全集盤からです。広がりの有る録音からは幾らかシンフォニックに聞こえますが、肩の力が抜けて力みの無い演奏がとても心地良いです。幾らウイーンの演奏家といっても昔ほどの甘さは有りませんが、それでもしなやかで柔らかい音は紛れもないウイーンの音です。彼らの全集の中でも1、2を争う出来栄えだと思います。

Emersonbeethovenエマーソン弦楽四重奏団(1994年録音/グラモフォン盤) 全集盤からです。この曲も第1Vnを弾くのはゼルツァーですが、通常は第1Vnが目立つところを逆に抑え気味にして、完全に4つの楽器の集合体としています。その織成す音の鮮やかさと繊細さには脱帽です。3楽章では大きく歌わせずに極弱音のまま和音を響かせ続けます。人間の敬虔な感情を超越して、静寂な悠久の世界に漂うような感覚に襲われます。まるで第九のアダージョのようです。終楽章では、強音分での思い切りの良いダイナミクスも凄いですが、どんなに音が強くても美感を損ねないに驚きます。完全にコントロールされています。その点ではジュリアードSQの旧盤に匹敵するか、凌駕をしているとさえ思います。

312ゲヴァントハウス弦楽四重奏団(1998年録音/NCA盤) 全集盤からです。彼らは古き良きドイツの伝統をベースに、優秀なテクニックで現代的な先鋭性も持ち合わせる素晴らしい団体ですので、どの曲も高水準の素晴らしさです。安心して聴いていられます。3楽章のしっとりとした響きと味わいも素晴らしいです。ベートーヴェンの晩年の心境がそのまま映し出されているかのようです。終楽章もメリハリが付いていて愉しく聴けます。

好きな演奏の多いこの曲のマイ・フェイヴァリットを強いて挙げるとすれば、やはりエマーソンSQでしょうか。次いでは、ジュリアードSQの新旧両盤です。但し、ラサール、ズスケ、メロス、ウイーン・ムジークフェライン、ゲヴァントハウスなども、どれもが素晴らしくその差は僅差だと思っています。

ということで、ようやくベートーヴェンの弦楽四重奏曲特集が終了しました。4月からですので足掛け半年かかってしまいました。聴き終えて改めて感じるのは、曲によって好きな演奏団体が随分と入れ替わることです。ですので16曲全てが良いという団体などは存在しません。次回は、そのことを踏まえた上で、敢えて全集盤としての比較を行ってみたいと思います。

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2013年9月 1日 (日)

ベートーヴェン 弦楽四重奏曲第15番イ短調作品132 名盤 ~病から癒えた者の神への聖なる感謝の歌~

ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第15番は、実際には13番目に書かれた作品です。ですので第13番から15番までの大傑作3曲の中では、最も古典的な形式を残しています。この曲の作曲を進めていたベートーヴェンは腸カタルを悪化させてしまい、一時期病床に伏せていました。その後、回復して再び作曲に戻りますが、その時の感謝の気持ちがこの曲の第3楽章に反映されています。

第1楽章 アッサイ・ソステヌート~アレグロ 
全部で5部に分かれていて自由な形で展開されます。曲想の気宇は大きくシンフォニックで、終結部のスケールの巨大さなどは、まるで第九交響曲の第1楽章終結部のようです。

第2楽章 アレグロ・マ・ノン・タント 
明るく流麗ですが、決して外面的に聞こえることは無く内省的な印象を受けます。

第3楽章 モルト・アダージョ~アンダンテ 
副題として「リディア旋法による、病から癒えた者の神への聖なる感謝の歌」と付けられ、この曲の最も長大な楽章であり中核を成しています。古い教会旋法のうちの第5旋法であるリディア旋法が用いられています。医療の進歩した現代とは違って、小さな病気が元で命を落とすことも珍しく無かった時代にあっては、病が治癒したときの喜びと感謝の気持ちは如何ばかりであったことでしょう。そうしたベートーヴェンの気持ちが想像出来る、神々しいほどに感動的な音楽です。

第4楽章 アッサイ・ヴィヴァーチェ~ピウ・アレグロ~プレスト 
終楽章への短い導入部としての役割を持ちます。であれば、曲全体は古典的な4楽章形式の拡大版であるとの解釈も出来ます。終楽章へ移り変わるところは何度聴いても心を揺さぶられます。

第5楽章 アレグロ・アパッショナート 
ロンド形式です。情緒的なメイン主題は元々は第九交響曲の終楽章の為に構想されたものだそうですが、確かにベートーヴェンの書いた最も魅力的な旋律の一つだと思います。

ベートーヴェンが書いた弦楽四重奏曲の中の最高傑作を第14番と考える人は多いですが、旋律線が極めて美しい第15番を第14番以上に好んでいる人もまた多いと思います。かくいう自分もその中の一人ですが、その大きな理由は、何と言っても後半の第3楽章以降の素晴らしさにあります。

それでは僕の愛聴盤のご紹介です。

51u9dbjsblブッシュ弦楽四重奏団(1937年録音/EMI盤) 個人的にはブッシュ達がアメリカに移住する前のSP録音よりも、移住後の1940年代の録音を好みます。過剰だったポルタメントが控え目になり、音楽が現代的に変化したからです。この曲は移住前ですので、ポルタメントを多用した歌い回しが随所に見られます。けれどもこの曲に於いては、戦後の平和な時代の演奏家とは大きな違いが有るように感じます。それはフルトヴェングラーの戦中録音と同じように、「明日は自分が生きているかどうかも分からない」という鬼気迫る気概を感じるからです。

10845ウイーン・コンツェルトハウス四重奏団(1951年録音/ユニヴァーサル・ミュージック盤) ウエストミンスター録音です。彼らは全曲の録音を残しませんでしたが、第15番を録音してくれたのは幸いでした。どこをとっても柔かくたっぷりと歌ってくれるのは、歌謡性の強いこの曲にとても似合っています。3楽章はゆったりと広がりが有り、にじみ出る情感が格別です。終楽章も一貫して遅めのテンポで情緒的に歌い上げます。

1196111190バリリ弦楽四重奏団(1956年録音/MCAビクター盤) 幾らウエストミンスターの名録音とはいえ、やはりモノラルの音は古めかしいです。ブッシュSQや同じウイーンPOを母体にするWコンツェルトハウスSQよりはずっと現代的ですが、それでも柔らかい歌はさすがです。テンポ、ダイナミクスともに節度が有り、派手で大袈裟な表情は一切有りませんが、音楽が何の抵抗も無く自然に心の中に染み入って来る感じです。終楽章は遅めのテンポでゆったりと歌っていますが、少々まったりし過ぎのように思います。

90650dc0bfe3c81c14f641d351d90ca5ブダペスト弦楽四重奏団(1961年録音/CBS盤) 全集盤です。残響の少ない録音は決して耳あたりの良い音ではありませんし、表面的に聴けば武骨で美麗さからは遠い演奏ですが、ここには単に「上手い」とか「美しい」と言うだけでは済まされない圧倒的な凄みが有ります。ベートーヴェンがこの曲に込めた真実の魂を、これほどまでに感じさせる演奏は聴いたことが無いからです。第1Vnのロイスマンは偉大なヴァイオリン奏者ですが、第2Vnのシュナイダーの存在も絶大です。例えば終楽章のメイン主題では普通は第1Vnの音が大きく目立ちますが、伴奏音型の第2Vnがこれほどものを言っている演奏は有りません。その結果、美しい主旋律が尚更生きるのです。3楽章以降の深い感動は、聴くたびに毎回目頭が熱くなります。

151ジュリアード弦楽四重奏団(1969-70年録音/CBS盤) 旧盤の全集からです。昔LP盤で聴いた時には随分と味気の無い演奏に感じて余り気に入りませんでした。4人の卓越したテクニックによる精緻で完成度の高い演奏はセル/クリーヴランド管のイメージとも重なります。決して無機的というわけでは有りませんが、どうも窮屈な印象が拭えません。個人的にはスケールが大きく情感の豊かな新盤の演奏の方を好んでいます。

V4871ヴェーグ弦楽四重奏団(1973年録音/仏Naive盤) 全集盤です。造形性の強い14番よりも情緒性の強い15番に彼らの演奏は向いています。全体的にゆったりと情緒豊かに歌わせるのに魅入られます。特に後半の3楽章から終楽章が素晴らしいです。ヴェーグの腕が僅かに衰えたとはいえ、この深い音楽表現は正に円熟の成せる業です。3楽章での敬虔な雰囲気には胸を打たれますし、終楽章の旋律の悲哀に満ちた歌いまわしの上手さはハンガリーの血を感じます。少しもメカニカルさを感じること無く、人の肌の温もりを感じっぱなしの大好きな演奏です。

51jrjljelラサール弦楽四重奏団(1975年録音/グラモフォン盤) 後期四重奏曲集です。速めのテンポの現代的な演奏です。澄んだ響きが美しく、ダイナミクスの変化が大きいのが大きな特徴です。3楽章などは清涼な雰囲気が美しいですが、敬虔な祈りとは幾らか異なるようです。終楽章はきりりとして情に流されない強さを感じますが、決して無味乾燥というわけではありません。4つの楽器の音の織り重なりも実に見事です。ユニークな演奏として忘れることは出来ません。

Suske_beethoven_late_2ズスケ弦楽四重奏団(1977年録音/Berlin Classics盤) 全集盤です。かつて実演で聴いた時にはカール・ズスケの音もメンバーの音も、しなやかで美しいけれども流麗過ぎるように感じました。録音でも印象は変わりませんが、厳格に刻むリズムが、やはり生粋のドイツを思わせます。新しい団体に有りがちな極端なダイナミクスの変化は有りませんが、そこが逆に安心して聴いていられます。破格な曲の演奏として、これだけで充分だとは決して思いませんが、オーソドックスな演奏として日常的に聴くには最適だと思います。

D0021969_10143431アルバン・ベルク弦楽四重奏団(1983年録音/EMI盤) 全集盤です。例によって残響過多で分離の悪い録音は好みでありません。肝心の演奏は1楽章から大胆な歌いまわしでダイナミクスの変化が大きいです。非常にドラマティックですが、大袈裟に過ぎるようにも感じます。2楽章も同様ですが、中間部ではウイーン的な甘さが感じられます。3楽章は敬虔な雰囲気と美しさを感じさせて良いです。問題は終楽章で、劇的に表現しようとするあまり、少々ヒステリックに聞こえてしまいます。どうして彼らの演奏が評論家筋にあれほど高評価なのか不思議です。

51065xicuplジュリアード弦楽四重奏団(1982年録音/CBS盤) ワシントン国会図書館ホールでのライブ録音による新盤です。1960年代の彼らの演奏を聴いていると精緻で機械的なイメージを持ちますが、晩年の演奏やライブでの演奏を聴いてみると全く逆の印象を受けます。特にロバート・マンのヴァイオリンはまるで大家の演奏ぶりで、表現力の豊かさには舌を巻きます。ですので第1Vnの比重の高いこの曲にはうってつけです。大胆でもアルバン・ベルクのような大袈裟さは微塵も感じられず、ただただ音楽の偉大さを心から味合わせてくれるだけです。3楽章の美しさと祈りの深さは見事ですし、終楽章の切迫感ある歌も真実味が有り素晴らしいです。

G7138122wスメタナ弦楽四重奏団(1983年録音/DENON盤) 全集盤です。第14番、15番を彼らの実演で聴けたのは良かったです。但し、この曲の第1Vnに強い表現力を求めたくなる自分としては、イルジー・ノヴァークは幾らか物足りなさを感じます。もっとも4人の奏者が繊細に重なり合うのが彼らの個性ですので仕方ありません。確かに繊細で美しい演奏ですし、2楽章の中間部や3楽章の静寂は神秘的ですらあります。終楽章も心に染み入ります。けれども部分的に流麗過ぎるので、ベートーヴェンの荒々しさがもう少し欲しくなると言ったら贅沢な欲求でしょうか。

Melos_beethoven_lateメロス弦楽四重奏団(1985年録音/グラモフォン盤) 全集盤です。1楽章は豊かな表情とダイナミクスの変化が目立ちますが、テンポは速く演奏に勢いが有ります。ドイツ的というよりも現代的に感じます。2楽章も同様で躍動感は有りますが、もう少し落ち着きが欲しいところです。3楽章の静寂は良いのですが、敬虔な感動はそれほど感じられずムード的に流れるきらいが有ります。終楽章は速めですが、美しく歌っていて悪くありません。非常に模範的な演奏だと言えます。

36305935ボロディン弦楽四重奏団(1988年録音/Virgin盤) 彼らにとってはショスタコーヴィチが中核のレパートリーでしょうが、ドイツもの、特にベートーヴェンもまた重要なそれです。ここでは第1Vnのコぺルマンが東京SQに移る前に素晴らしい演奏を聴かせてくれます。1楽章はスケール大きく重厚な演奏で聴き応えが有ります。一転して2楽章の柔らかく流麗な表現は、まるでウイーンの団体のようです。3楽章は少なめのヴィヴラートが教会オルガンのような敬虔で美しい響きを生み出していてすこぶる感動的です。終楽章も美しい旋律をじっくりと歌いこんだ秀演です。これは正攻法の素晴らしい演奏だと思います。

61vvfzeifl__sl500_aa300_ウイーン・ムジークフェライン弦楽四重奏団(1992年録音/PLATZ盤) 全集盤からです。曲によっては弾き込み不足を感じますが、さすがにこの曲は充分に弾き込んでいます。1楽章は現代的な演奏ですが、2楽章ではウイーン的な味合いが聴き手を魅了します。3楽章も響きが美しく、中間部も堂々としていて立派です。終楽章は旋律をじっくりと歌わせていて文句有りません。やはり曲そのものがウイーンの団体に向いているのでしょう。

Emersonbeethovenエマーソン弦楽四重奏団(1994年録音/グラモフォン盤) 全集盤からです。この曲も第1Vnをドレッカーでは無くゼルツァーが弾くのを残念に思っていましたが、そんな思いを払拭する凄い演奏でした。通常は第1Vnが目立つところを逆に音量を抑え気味にして、完全に4つの楽器の集合体としています。その結果、非常にシンフォニックに感じられるのです。とは言えフレージングや間合いの良さは絶妙の極みで、ゼルツァーもまた凄いVn奏者だと再認識します。3楽章では大きく歌わせずに極ピアニシモのまま和音を響かせ続けます。人間の敬虔な感情を超越して、静寂な悠久の世界に漂うような感覚に襲われます。これはまるで第九のアダージョのようです。終楽章も4つの楽器の集合体として演奏されますが、ここはやはり第1Vnが感情豊かに主張して弾いて欲しい気がします。それはそれとして、とにかくユニークで凄い演奏です。

312ゲヴァントハウス弦楽四重奏団(1998年録音/NCA盤) 全集盤からです。古き良きドイツの伝統に現代的な先鋭性を上手く融合させたのが彼らのイメージですが、この曲ではかなり保守的なスタンスを取っています。イン・テンポで手堅い演奏ぶりは20年も前のズスケSQの演奏と似かよっています。もちろん過不足は有りませんし、オーソドックスである美徳は否定しませんが、この演奏で無ければ聴けないものがほとんど見当たらないのはどうかと思います。

ということで、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲の中で一番好きなこの曲のマイ・フェイヴァリットは、ブダペストSQ盤を置いて他には考えられません。
他に外せないのは、ヴェーグSQ、ジュリアードSQの新盤、エマーソンSQですが、ボロディンSQにも後ろ髪を引かれます。

さて、次回はいよいよ最後の第16番です。

<追記>ジュリアード四重奏団の旧盤を後から加筆しました。

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2013年8月23日 (金)

ベートーヴェン 弦楽四重奏曲第14番嬰ハ短調作品131 名盤 ~最高傑作~

ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第14番は、実際には15番目に書かれた作品です。シューベルトはこの作品を聴いて、「この後で我々に何が書けるというのだ?」と述べたと伝えられています。実際、この曲を最高傑作に上げる人は多いと思います。

曲の構成はとうとう7楽章となり、完全に古典的な様式から逸脱しています。交響曲の世界では後期ロマン派のマーラーにより古典的な4楽章構成が破壊されるのを待ちますが、弦楽四重奏曲においては古典派を極めたベートーヴェンが、その自らの手によって4楽章構成を壊してしまいました。ある意味、後期ロマン派へ続く道筋を一気に駆け抜けて先取りしてしまったとも言えそうです。

第1楽章 アダージョ・マ・ノン・トロッポ・エ・モルト・エスプレッシーヴォ

第2楽章 アレグロ・モルト・ヴィヴァーチェ

第3楽章 アレグロ・モデラート~アダージョ

第4楽章 アンダンテ・マ・ノン・トロッポ・エ・モルト・カンタービレ

第5楽章 プレスト

第6楽章 アダージョ・クワジ・ウン・ポーコ・アンダンテ

第7楽章 アレグロ

各楽章は切れ目無くつながりますが、人によっては1楽章を長い序奏、3、6楽章をそれぞれ4、7楽章への序奏楽段と位置づけて、この曲は拡大された4楽章であると解釈する場合も有るとのことです。

長いアダージョの1楽章は敬虔な祈りの雰囲気で非常に美しいです。変奏形式のアンダンテの4楽章は大変魅力的ですが、中間部で楽器ごとに弾かせるスケールが意外に難所で、名カルテットでも音程取りに苦労しています。5楽章のプレストはとてもユニークです。ピツィカートやスル・ポンティ・チェロ(擦れたような変な音)の技法を使って新鮮味を演出しています。そして、とりわけ印象深いのは終楽章です。ベートーヴェンの荒々しい男臭さがたまりません。う~ん、これぞ男の音楽だ!
実は、大学時代にオーケストラの部内演奏会で仲間とカルテットを組み、終楽章のヴィオラ・パートを弾いたことがあります。余興演奏とは言え、ベートーヴェンの傑作を弾く面白さは半端ではありません。もっとも酷い演奏を聴かされた人達にとっては迷惑だったかもしれませんが。(笑)

確かにこの曲の持つ斬新さから、最高傑作と呼ぶことにいささかも躊躇しませんが、個人的には旋律線の美しい第15番を最も好んでいます。それはともかくとして、第13番、14番、15番の3曲はベートーヴェンの極めた最高到達点であるのは間違いありません。

それでは僕の愛聴盤のご紹介です。

51u9dbjsblブッシュ弦楽四重奏団(1936年録音/EMI盤) ブッシュ達がアメリカに移住する前のSP録音です。カぺ―SQはさすがに古過ぎて抵抗が有りますが、ブッシュは充分鑑賞できます。確かにポルタメントを多用した古めかしさは有りますが、それが逆に現代では絶対に聴くことが出来ない極めて人間的な、それも人間の心そのものが音に成っているかのような温かさを感じずにはいられません。それが今でもリリースされ続けて愛好されている理由です。戦後の演奏しか聴いたことの無い方も一度は接しておくべき歴史的演奏です。

206リリ弦楽四重奏団(1952年録音/MCAビクター盤) ウエストミンスター録音による往年の名盤です。今聴くと、この厳しい曲にしては少々甘く柔らか過ぎるようにも感じますが、逆に余り革新性に捉われずに、落ち着いた気分で曲を楽しむことが出来ます。ブッシュSQほど古めかしい印象は受けませんし、この演奏に聴き易さや心地良さを覚える人だって少なくないと思います。とは言え終楽章では中々の緊張感を漂わせています。名演奏とは、やはり時代を越えて人に伝わるものだという気がします。

90650dc0bfe3c81c14f641d351d90ca5ブダペスト弦楽四重奏団(1961年録音/CBS盤) 全集盤です。学生時代に初めて買ったこの曲の演奏(LP盤)で、音楽の持つとてつもない厳しさを感じたものです。1楽章から楷書的で明確な音なのですが、無機的な印象は一切受けません。峻厳極まりない雰囲気を一杯に漂わせます。2~4楽章も柔らかく歌い崩したりはしません。どこまでも厳しい音楽ですが表情は豊かです。5~7楽章は彼らに正にピッタリの曲想ですが、圧巻は終楽章です。重厚なリズムと凄みの有る音のズシリとした聴きごたえには心の底から圧倒されます。こればかりは最高傑作の最高の演奏だと断言します。

151ジュリアード弦楽四重奏団(1969年録音/CBS盤) 旧盤の全集からです。ジュリアードと言えば、4人の卓越したテクニックによる精緻で完成度の高い演奏のイメージですが、それにピタリ重なり合うのがジョージ・セルとクリーヴランド管の演奏です。面白いことに実演ではスタジオ録音とは異なり、意外なほどに熱い演奏になるのも両者に共通しています。これはスタジオ録音ですので、完璧な合奏には感心しますが、少々窮屈な印象が拭えません。但し、終楽章の切れ味と音の凄みは流石です。

V4871ヴェーグ弦楽四重奏団(1973年録音/仏Naive盤) 全集盤です。1楽章は厳しさというよりも滋味を感じますが、1stヴァイオリンのハイ・ポジションの音程が僅かに怪しいです。2~4楽章でのゆったりとした深い味わいはとても魅力的です。5楽章も慌てずにゆとりが有ります。終楽章は意外に速めですが、この楽章の持つ緊迫感は幾らか弱いように感じます。良くも悪くもヴェーグの特徴がそのまま出ている演奏ですので万全とは言えません。

51jrjljelラサール弦楽四重奏団(1977年録音/グラモフォン盤) 後期四重奏曲集です。1楽章にはブッシュやブダペストのような神々しさは有りません。2~4楽章は明確な音により曖昧さが少しも有りません。ダイナミクスの変化が大きく多彩なのは良いとしても、少々神経質で煩わしさを感じてしまいます。これを面白いと感じる方も多いのでしょうけれども。終楽章は切れの良いリズムで立体感の有るダイナミックな演奏です。こんな演奏を当時から行っていたのには驚きます。

Suske_beethoven_late_2ズスケ弦楽四重奏団(1980年録音/Berlin Classics盤) 全集盤です。音そのものはヴィブラートの多い柔かで美しい音ですが、歌い方が端正なので絶妙なバランスを保っています。決して古めかしさは有りませんが、先鋭的にも成らないドイツ伝統の血筋を感じずにはいられません。彼らの音楽がそのままベートーヴェンに結び付いているかのような同質性は、他の国の演奏家からは中々感じられないものです。相当に弾き込んでいるからでしょうが、オーソドックスであることがどれほど素晴らしいことかを再認識する演奏です。

D0021969_10143431アルバン・ベルク弦楽四重奏団(1983年録音/EMI盤) 全集盤です。残響過多で分離の悪い録音は相変わらずです。ウイーンの団体らしい柔かさも見せますが、曲が曲なので比較的禁欲的な厳しい表情で統一しています。特に第6楽章などは崇高な祈りを感じさせて素晴らしいです。終楽章は荒々しいほどの豪快な迫力なのですが、表情や音量の変化を極端に付け過ぎているために姑息な印象を受けてしまい、自分のような天邪鬼には素直に感動が出ません。もっとも、人によってはこれが好きだという方も居るはずです。

51065xicuplジュリアード弦楽四重奏団(1982年録音/CBS盤) ワシントン国会図書館ホールでのライブ録音による新盤です。かつてのように機能性に徹した印象を受けないのはライブという条件と年月を経たことによる変化と両方だと思います。ここではアンサンブルを整えるよりも、音楽を如何に大きく深く表現できるかに最も力が注がれています。緩徐楽章での心への染み入り方がそれを証明しています。反面、終楽章での迫力や凄みは、彼らの旧盤やブダペストSQ、アルバン・ベルクSQには及びません。

G7138122wスメタナ弦楽四重奏団(1984年録音/DENON盤) 全集盤です。誇張や大げさな表情の全くない地味で控え目な表現なのですが、4つの弦楽器が繊細に重なり合い、織り成すベートーヴェン晩年の音楽が本当に深く心に染み入って来ます。音の静寂が、これほどまでに物を言う演奏も中々無いように思います。終楽章も無駄な力みの無い、非常に透徹した演奏ですが聴きごたえが有ります。かつて彼らが来日した時に実演で聴いたこの曲の感動がそのままに蘇ります。

Melos_beethoven_lateメロス弦楽四重奏団(1985年録音/グラモフォン盤) 表情を豊かに付けたり、アクセントを大きく強調したりと、非常に積極的な演奏です。5楽章の大胆さや、終楽章の劇的な表現も印象的です。その点ではアルバン・ベルクSQの旧盤に似ていますが、質の高さでは越えていると思います。けれども、それがそのまま感動を呼ぶかというと幾らか減衰してしまうのです。むしろ3、4楽章の美しさにに感銘を受けます。全体的にスケールやハイ・ポジションの音程が幾らか怪しく聴こえるのが気になります。

338アルバン・ベルク弦楽四重奏団(1989年録音/EMI盤) 二度目の全集の第1巻に含まれます。完成度においては旧盤に譲りますが(と言ってもライヴでこの完成度は凄いです)、表情の自然さは新盤の方が上です。旧盤はどこか作り物めいた感が有りましたが、新盤にはそれが有りません。全般に緩徐部分は旧盤、急速楽章は新盤が良いように思いますが、これも好みではあります。全体的にどちらが好きかと言われれば、自分は新盤です。

61vvfzeifl__sl500_aa300_ウイーン・ムジークフェライン弦楽四重奏団(1991年録音/PLATZ盤) 全集盤からです。いかにもウイーンの団体らしい甘さと柔かさが出ているのは4楽章で、非常に美しいです。反面、終楽章では気迫が溢れている割に感銘が薄い気がします。たとえば、楽譜の読みの深さもブダペストSQやスメタナSQに比べて甘いように感じます。室内楽専門の団体では無いハンディが、どうしても出てしまうのでしょうか。

Emersonbeethovenエマーソン弦楽四重奏団(1994年録音/グラモフォン盤) 全集盤からです。頂点の14番と15番で第1Vnがドラッカーでは無くセッツァーなのはちょっと残念です。ドラッカーの方が表現力の点で上だと思うからです。1楽章は透明感のある響きの極弱音で開始されますが、少しづつ音量を増してゆき最後は劇的に結びます。2楽章は速く弾むようなリズムが現代的です。4楽章も速めですが、各変奏のきりりとしてデリカシー溢れる歌い方に惹かれます。5楽章は文字通り”プレスト”で超快速ですが、唖然とするほど上手いです。そして、緊張感を湛えた6楽章に導かれて開始される終楽章こそが白眉で、速いテンポの激しいリズムと攻撃的とも言える迫力ある音に圧倒されます。けれどもアルバン・ベルクSQのような姑息な印象は一切受けません。

312ゲヴァントハウス弦楽四重奏団(1997年録音/NCA盤) 全集盤からです。1楽章は和音が美しいですが、加えて敬虔な祈りの雰囲気に満ちています。2、3楽章はリズムを厳格に刻むドイツ風の演奏です。4楽章はウイーンの団体のようにゆったりと歌うわけではありませんが、凛とした味わいが有ります。終楽章は速過ぎないテンポで毅然としていますが、気迫や音の凄みにも不足はありません。全体的に非常に完成度の高い演奏です。

以上の中で、たった一つ選ぶとすればブダペストSQをおいて他には有りません。但し、それに肉薄する凄さのエマーソンSQと、透徹の極みのスメタナSQも外せません。あとは現代ドイツ風なゲヴァントハウスSQにも大いに惹かれます。

さて、次回はいよいよ第15番です。個人的には聴き比べが最も楽しみです。

<追記> ジュリアード四重奏団の旧盤を後から加筆しました。

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2013年8月10日 (土)

ベートーヴェン 弦楽四重奏曲第13番変ロ長調 作品130 &「大フーガ」作品133 名盤

いやはや今年の夏は暑いですね!こう暑くては記事を書く筆(キーボード?)もすっかり鈍ります(汗)。いえ、本当はベートーヴェンの後期弦楽四重奏曲の凄さ、深さに改めて感じ入ってしまい、同じ演奏を何度も繰り返して聴いてしまって進まないだけなのです。2週間ぶりですが、ようやくアップできました。アップ、アップ・・・(笑)

ベートーヴェンの後期弦楽四重奏曲の、第13番から第15番までの3曲は楽譜が出版された順に作品番号が付けられたために、実際に書かれた順序とは異っています。第15番と第13番はほぼ並行して作曲が進められましたが、完成した順でいうと第15番→第13番→第14番です。

3曲の大きな特徴としては、それまでの古典的な4楽章構成ではなく、曲を追うごとに楽章の数が増えてゆくことが上げられます。それはベートーヴェンが既に外面的な形式から解き放たれて、自らの心の奥底へと深く入り込んで行った結果では無いでしょうか。実際、ここで聴かれる音楽の自由さ、深淵さは、既に書き終えていた9曲のシンフォニーをも凌駕すると思います。

ブログの記事としては一応、作品番号順に進みたいと思いますので、今回は第13番です。

第13番は全6楽章形式ですが、この曲には大きな問題が有ります。最初に書かれた楽譜では終楽章に大規模なフーガが置かれていましたが、余りに難解で長大であったことから、出版される段階で周囲に説得されて、新しい終楽章と入れ替えられました。それが現在の作品番号130です。削除された最初の終楽章は、単独で作品番号133「大フーガ」として出版されました。

弦楽四重奏曲第13番変ロ長調 作品130

第1楽章 アダージョ・マ・ノン・トロッポ~アレグロ

第2楽章 プレスト

第3楽章 アンダンテ・コン・モト・ノントロッポ

第4楽章 アレグロ・アッサイ

第5楽章 カヴァティーナ アダージョ・モルト・エスプレッシーヴォ

第6楽章 フィナーレ アレグロ

「大フーガ」変ロ長調 作品133

ということから、大フーガが終楽章のものが初稿、アレグロに置き換えられた現在のものは云わば改訂版となるわけですが、いかんせん改訂版が作品番号130として楽譜出版され、大フーガは単独で作品番号133となったために、長いこと初稿は日の目を浴びずにいました。けれども、徐々に見直されるようになり、現在では大フーガを終楽章に置いた初稿が演奏されるケースも珍しくは無くなりました。

比較的短く(それでも長いですが)馴染み易い改訂版の終楽章よりも、最初の大フーガのほうが聴きごたえが有るのは事実です。新しい終楽章も自由闊達で愉悦感に富み、非常に魅力的なのですが、大フーガの仰ぎ見るような立体感と崇高な祈りの感動の前には少々影が薄くなります。

改定版になって全体のバランスは整いましたが、後期のベートーヴェンらしいずしりとした手ごたえは失われて、作品が軽くなった感が有ります。もしも大フーガが終楽章のままであれば、第13番は第14番、第15番に遜色が無かったと思います。周囲の助言を聞き入れて、解り易く書き替えてしまい、本来の良さが失われるというのはブルックナーの場合と同じですね。

終楽章の話ばかりに成りましたが、第3楽章アンダンテ、第4楽章のドイツ舞曲(レントラー)風のアレグロも美しい旋律が何か懐かしい気分にさせられるので、とても好んでいます。第5楽章カヴァティーナでのベートーヴェンの心の哀しみには大変胸を打たれます。

楽章の数が多く、比較的短い曲が並びますので、この曲と第14番は全体的にディヴェルティメントか組曲のような印象も受けますが、それだけベートーヴェンの魂の自由な飛翔だと言えるのかもしれません。

CDでは多くの演奏家は改訂版で演奏を行い、その後に付属の形で大フーガを収録するというのが慣例です。もちろん楽譜上で文句は有りませんが、何度も聴いていると、この曲があたかも7楽章構成であったかのような気になってきます。一方、初版を選ぶ演奏家も少なくありません。終楽章を大フーガで演奏して、その後に新しい終楽章を収録するという、初稿主義を示しています。たとえばヴェーグ、スメタナ、ラサール、アルバン・ベルク、エマーソンなどです。演奏家のポリシーを知るのは興味深いことです。

個人的には、やはり改定(改悪?)版よりも初稿が優れていると思うので、第6楽章までを鑑賞するのであれば、初稿で聴くのが好きです。ただ、その場合、大フーガの後に新しい終楽章を聴くことになってしまうので、これはどうしても頂けません。改定版、すなわち作品130を聴いてから、続けて大フーガを最後に聴く分には余り抵抗を感じないので、結局は改定版+大フーガという7楽章の曲として鑑賞するのが一番好きです。

実は、ウイーン・ムジークフェラインSQのCDのライナーノートを書いている近藤憲一氏によると、この曲は元々全7楽章構成で書かれていて、初演も7楽章で行われたとあります。その楽譜は第5楽章までは同じですが、第6楽章が作品130の終楽章アレグロ、第7楽章が大フーガであったとされています。出版される際には、難解な大フーガを削除して、第6楽章のコーダを手直しして作品130の形となったと書かれています。通説とは大きく異なりますし、真偽のほどは分りませんが非常に興味深い説ではあります。

それでは僕の愛聴盤のご紹介です。

00143708ブッシュ弦楽四重奏団(1941年録音/CBS盤) ブッシュ達がアメリカに移住後の録音です。LP時代には弦楽合奏による大フーガがカップリングされていましたが、CDではラズモフスキー1番とカップリングされて、大フーガは省かれています。全体的に速めのテンポで颯爽と演奏していますが、ポルタメントを多用して表情は極めて濃厚。甘い歌いまわしが、とても懐かしい雰囲気を醸し出します。ベートーヴェンの肉声を代弁しているかのような、実に人間的で素晴らしい演奏です。カヴァティーナが何と感動的なことでしょうか。

Barylli_1012リリ弦楽四重奏団(1952年録音/MCAビクター盤) ウエストミンスター録音です。ブッシュほど濃厚ではありませんが、やはり味わいの深い歌は、とても懐かしさを感じさせてくれます。特に第3~5楽章では大きな魅力です。終楽章は改定版ですが、喜びに溢れて弾むような生命力が素晴らしいです。カップリングの大フーガの演奏も立派ですが、余り晦渋さは感じられずにゆったりと歌うのが非常に魅力的です。この曲が少しも難しく無く、自然に良さが感じられるのが凄いと思います。

90650dc0bfe3c81c14f641d351d90ca5ブダペスト弦楽四重奏団(1961年録音/CBS盤) 全集盤です。色気のまるで無い禁欲的な音からは、まるで禅の修行僧のような厳しさを感じます。第1楽章や改訂版による終楽章では、それが圧倒的な聴きごたえとなって迫り来ます。第3、第4楽章では曲想から、幾らか穏やかさが欲しい感が有りますが、大フーガでの気迫と厳しさは尋常では無く、一種近寄り難い雰囲気です。ベートーヴェンの音楽の核心に限りなく迫っていますが、普段そうそう気軽には聴けない演奏だと思います。

151ジュリアード弦楽四重奏団(1970年録音/CBS盤) 旧盤の全集からです。同じ旧盤でも60年代前半の録音のラズモフスキーとは印象が幾らか異なるように思います。もちろん精緻で完成度が高い点は変わりませんが、機能面から情緒面に傾きだす兆しを感じるからです。要するに後年の彼らへの序章です。カヴァティーナでの深い沈滞が正にそれです。それでも大フーガの完璧な合奏による構築性は正に彼らの真骨頂で圧巻の聴きものです。新しい終楽章は大フーガの後に収録されています。

51jrjljelラサール弦楽四重奏団(1972年録音/グラモフォン盤) 後期四重奏曲集での最初の録音です。アメリカの団体は楽譜に忠実で完成度が高い反面、往々にして無味乾燥に陥りやすいのですが、この演奏は非常に美しくデリカシーに溢れています。カヴァティーナでの高貴さも驚くほどで、非常に胸を打たれます。第6楽章を大フーガで演奏しますが、これがまた立体感と峻厳さを持った演奏で素晴らしいです。リリース当時、あれほど注目された存在だったのに改めて納得です。一方、改定版の終楽章の演奏も素晴らしいので、聴く順番に迷ってしまいます。

V4871ヴェーグ弦楽四重奏団(1973年録音/仏Naive盤) 全集盤です。初版による演奏で、新しい終楽章が後に収録されています。ヴェーグのヴァイオリンを中心とした、ブッシュSQタイプの演奏です。アメリカの団体のように完璧性を求めるのではなく、伝統に基づいた感覚で奏している印象が強いです。ところがそれが実に強い説得力と感銘を与えてくれます。ベートーヴェンの内面がそのまま音化されているかのようです。第3、4、5楽章で滲み出る深い情緒には惚れ惚れさせられます。大フーガでの構築性は幾らか弱いですが、演奏の気迫は凄いです。改定版の終楽章の演奏も実に魅力的です。

Suske_beethoven_late_2ズスケ弦楽四重奏団(1979年録音/Berlin Classics盤) 全集盤です。いかにもドイツの団体らしく、堅牢なリズムで一点一画も疎かにしない、がっちりとした演奏です。レトロな味わいとは異なりますが、大袈裟さの無いオーソドックスな表現の中にも味わい深さを感じます。かつて彼らを実演で聴いた時には音が柔らか過ぎる感も有りましたが、録音では美しい音の割に充分聴きごたえが有ります。ドイツ伝統の四重奏の最良の姿がここに存在します。終楽章は改定版によりますが、併録された大フーガとどちらも素晴らしい演奏です。

D0021969_10143431アルバン・ベルク弦楽四重奏団(1982年録音/EMI盤) 全集盤です。残響過多で分離の悪いEMIの録音は諦めるとして、先鋭的な演奏の中に、ウイーンの団体らしい柔かさを垣間見せます。決して悪い演奏では無いのですが、問題は大フーガです。気迫が凄さまじいのは良いとしても、音のアタックが激し過ぎてヒステリックに感じるのです。少なくとも僕の耳の許容範囲を越えています。その後に収録された、改定版の終楽章も同様に激し過ぎて、本来の愉悦感を損なっています。

G7138122wスメタナ弦楽四重奏団(1982年録音/DENON盤) 全集盤です。終楽章は初版を用いています。オーソドックスな点ではズスケSQと並びますが、ズスケにはドイツ的な堅牢さを感じるのに対して、スメタナにはしなやかさをより強く感じます。それでも決して生ぬるいわけでは無く、第1楽章や大フーガなどには相当の気迫と緊迫感を感じます。速めのテンポの大フーガの立体感も中々のものです。続く改定版の終楽章も、速めで生命力が漲っていて見事です。

51065xicuplジュリアード弦楽四重奏団(1982年録音/CBS盤) ワシントン国会図書館ホールでのライブ録音による新盤です。ジュリアードと言えば機能性に徹した完璧な演奏の印象が有りますが、この新盤ではライブということもあってかなり異なります。テンポは伸び縮みの自由さが有りますし、大胆な音のタメが随所に見られます。多分にロマンティックに傾いた演奏だと言えます。これは恐らく晩年のロバート・マンの持つ音楽性なのでしょう。個人的にはこのようなタイプは非常に好みます。終楽章は初稿ですが、カヴァティーナと両終楽章の間がディスクで分かれているのは困りものです。録音の残響は少ないですが、ステージを目の当たりにするような臨場感が有ります。

Melos_beethoven_lateメロス弦楽四重奏団(1985年録音/グラモフォン盤) 厳格に刻まれるリズムと甘く成り過ぎない音が、やはり彼らがドイツの団体であることを認識させられます。ウイーン的なベートーヴェンも魅力ですが、ドイツ生れの楽聖の毅然とした姿を想像させるドイツ的なスタイルも良いです。もっともその分、4楽章のリズムが重く流れないのと、改定版の終楽章に洒落っ気が不足するのが気に成ります。但し、大フーガには気迫が満ち溢れていて、音に凄みすら感じさせます。これは非常に素晴らしいです。

338アルバン・ベルク弦楽四重奏団(1989年録音/EMI盤) 二度目の全集の第1巻に含まれます。但し、こちらは作品130のみで、大フーガは第2巻に収められています。何故このような編集に成るのか大いに疑問です。演奏そのものは意外に普通で、旧盤で感じられたヒステリックさも有りませんし、彼らのセンスの良い面が出ています。個人的には旧盤よりもずっと好きですが、大フーガと分かれているのが惜しいです。

61vvfzeifl__sl500_aa300_ウイーン・ムジークフェライン弦楽四重奏団(1991年録音/PLATZ盤) 全集盤からです。ウイーンの団体の演奏には独特の甘さと柔かさが有るのが魅力です。本当はウェラーSQが全集を残してくれていればと思うのですが、それは無い物ねだりというものです。この演奏もウイーン的な味わいに先進性を加えていて悪くはありません。大フーガは熱演ですが、全体的には仕上げに幾らか雑さが見られて弾き込み不足を感じます。室内楽専門の団体では無いハンディが出てしまったようです。

Emersonbeethovenエマーソン弦楽四重奏団(1995年録音/グラモフォン盤) 全集盤からです。これがライブとは信じられないほどの完璧さです。4人の奏者は全員が唖然とするほど上手いですが、音楽センスも抜群です。激しいダイナミックスとデリカシーが見事にブレンドされていて、ドイツ的でもウイーン的でも無い普遍的な音楽美を表出しています。聴きものの大フーガでは、厳しい構築性もさることながら、まるで現代音楽のような独特な雰囲気を醸し出しています。非常にユニークかつ圧倒的な名演奏だと思います。

312ゲヴァントハウス弦楽四重奏団(2002年録音/NCA盤) 全集盤からです。厳格にリズムを刻むドイツ風の演奏です。ウイーンの団体のように甘く柔らかく歌い崩したりはしないので、表面的には情緒が薄いようですが、そこはドイツ伝統の血を引く団体ですので滋味溢れる味わいが有ります。音楽そのものを安心して聴いていられる感が有ります。決して古めかしくは無く、新鮮さも持ったとても良い演奏だと思います。終楽章は改定版です。続いて大フーガが収められていますが、これは単に気迫が有るだけでなく、充実仕切った音の素晴らしい演奏です。

後期のこの辺りの作品となると、そう簡単に優劣を語るのも憚れます。けれども個人的な好みで言えば、ヴェーグSQの演奏に最も癒しを感じます。彼らの晩年の録音なので技術的には衰えが見られますが、音楽が限りなく豊かです。そして、もう一つ絶対に外せないのがエマーソンSQです。先鋭的な鋭さに加えて音楽的なセンスの良さには脱帽です。それ以外にもブッシュは別格ですし、バリリ、ラサール、メロス、ゲヴァントハウス・・・みな良いのではありますが。

<追記> ジュリアード四重奏団の旧盤を後から加筆しました。

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2013年7月26日 (金)

ベートーヴェン 弦楽四重奏曲第12番 変ホ長調 作品127 名盤

ベートーヴェンの弦楽四重奏曲特集ですが、中期最後の第11番から、しばらく中断していました。およそニか月ぶりの再開です。と言うのも、ベートーヴェンは第11番を作曲した後に、次の弦楽四重奏曲を書くまでの間は何と14年もの空白が有ったのですね。そこで僕も、ちょっと間を置いてみようかなと思ったのです。でも、さすがに14年も空けるわけには行きませんからね。(笑)

弦楽四重奏曲第12番ホ長調作品127は、その14年の空白の後に作曲した最初の弦楽四重奏曲です。これ以降の5曲が、いわゆるベートーヴェンの「後期弦楽四重奏曲」とされます。この第12番と第13番、第15番は、ロシアのニコラス・ガリツィン公爵から依頼されて書いたために、この3曲を「ガリツィン・セット」と呼ぶことも有ります。ただ、実際に3曲まとめた演奏会やCDというのは余り目にした記憶がありません。

後期の弦楽四重奏曲を聴く上で忘れてならないことは、ベートーヴェンが全てのピアノ・ソナタと交響曲を書き終えてから、後期の弦楽四重奏曲を書き始めたことです。それは正にベートーヴェンが最後の最後に到達した孤高の境地だと言えます。その入り口に位置する第12番は、中期の作品ほど解り易くは有りませんし、続く第13番、14番、15番といった大傑作と比べると幾らか聴き劣りがするのも事実で、後期の5曲の中では地味な存在です。けれども、内容的には大変に内省的であり、気難しさを感じさせるベートーヴェン自身の魂の独白となっていますので、やはり後期の作品の名に恥じない名作だと思います。

それでは僕の愛聴盤のご紹介です。

51u9dbjsblブッシュ弦楽四重奏団(1936年録音/EMI盤) 基本的にブッシュはアメリカに移住する前のヨーロッパ録音には、頻発するポルタメントなどに、どうしても古めかしさを感じます。けれども現代では失われてしまった、自由自在な歌いまわしによる極めて人間的な肌触りや濃厚なロマンは、他の演奏家らは絶対に聴くことが出来ない大きな存在感を示します。メカニカルに整えて体操競技のように些細なミス探しをするような演奏が何とも虚しく感じられることに気付かせてくれます。1930年代前半までの録音に比べてずっと鑑賞に耐え得る音質になったのは嬉しいです。

10845ウイーン・コンツェルトハウス四重奏団(1951年録音/ユニヴァーサル・ミュージック盤) ウエストミンスター録音です。冒頭の和音から、実に柔らかく美しい音をゆったりと響かせます。緊張感よりは懐かしい雰囲気が一杯に感じられます。ブッシュSQに古めかしさを感じた自分が、この演奏には不思議と抵抗感が有りません。果てしない安らぎと癒しが絶大な魅力となっているのです。1楽章にしてこの様ですから、2楽章ではもう何をいわんやです。後半の3、4楽章は少々まったりし過ぎかなと思わなくもありませんが、それこそが彼らの魅力ですので不満は感じません。

Barylli_1012リリ弦楽四重奏団(1956年録音/MCAビクター盤) ウエストミンスター録音です。ウイーン・コンツェルトハウスSQ並みに柔らかく始まります。世代が異なるとは言っても、やはり同じ当時のウイーンのスタイルなのですね。強いて言えば、懐かしい雰囲気はコンツェルトハウスSQが勝り、バリリの方が幾らか現代的な構築性に優っている様です。ですので3、4楽章でのリズムの切れや躍動感でも彼らの方が勝りますが、現代の層々たるカルテット以上のものが有るかと問われれば答えに困ります。

90650dc0bfe3c81c14f641d351d90ca5ブダペスト弦楽四重奏団(1961年録音/CBS盤) 全集盤です。後期に入って作品が更に深みを増すとともに、ブダペストの本領がいよいよ発揮された感が有ります。中期の演奏も素晴らしかったですが、この曲での演奏の深みは何とも圧倒的です。単に音程や縦の線が完璧であるとか言うレベルでは無いのです。表現の意味深さや間合いの良さは比類が無く、4人の奏者がベートーヴェンの書いた楽譜の全ての音符に命を吹き込んでいます。一聴しただけでは耳あたりの決して良くない厳しい音に馴染めないかもしれませんが、聴きこむほどに心底引きこまれます。これほどまでに深い演奏は他の団体からはまず聴くことが出来ません。

V4871ヴェーグ弦楽四重奏団(1973年録音/仏Naive盤) 全集盤です。手放しで賞賛できるのは第2楽章で、他の演奏に比べても、最も深い味わいに満たされているように思います。けれども全体的にはアンサンブルの弱さを消し去ることは出来ないですし、緊迫感に欠けるきらいがあります。ところが退屈するかと言えば、決してそんなことも無く、ゆったりと落ち着いて聴き楽しめるのです。タイプとしては、ウイーン・コンツェルトハウスSQに近いと言えます。

51jrjljelラサール弦楽四重奏団(1976年録音/グラモフォン盤) 後期の曲のみの録音で、かつては一世を風靡しましたが、すっかり忘れ去られた感が有ります。けれども改めて聴いてみると、ジュリアードSQの旧盤のような先進性を感じます。アンサンブルはメカニカルに感じるほど優秀で、ダイナミクスは大きく、音の切り込みが鋭く、アタックは激しく、演奏に非常に凄みが有ります。反面、2楽章では余り「精神性的」な厳粛な雰囲気は感じさせません。いかにもアメリカ的に聞こえます。自分の好みで言えば、それほど惹かれるタイプの演奏ではありません。

Suske_beethoven_late_2ズスケ弦楽四重奏団(1978年録音/Berlin Classics盤) オーソドックスな演奏が優等生的に過ぎて、面白みを感じない場合が無きにしも非ずの彼らですが、この曲では、その弱点を感じさせません。ハーモニーが極めて美しく、表情も大げさなところが無いにもかかわらず、出す音は常に意味深く、聴き応えが充分です。強いてマイナスを言えば、演奏が美し過ぎて、この曲が持つ気難しさを感じ難いことぐらいでしょうか。けれどもそれさえもブラスに思えるぐらいに魅力的です。彼らの全集の中でも、1、2を争う出来栄えだと思います。

D0021969_10143431アルバン・ベルク弦楽四重奏団(1981年録音/EMI盤) 全集盤です。さんざん書いてはいますが、大ホールの最上階で聴いているような録音がどうも好きになれません。第1楽章はウイーンの団体らしい柔らかい甘さと、先鋭的なダイナミクスの極端な変化とが混在して、何か統一感に欠けるような気がしてしまいます。第2楽章は、しなやかな歌で祈りの気分を一杯に感じさせてくれます。第3楽章はリズムの鋭い刻みが印象的です。第4楽章もダイナミクスの大きさと、厳しいリズムに魅了されます。

G7138122wスメタナ弦楽四重奏団(1981年録音/DENON盤) 全集盤です。前述のズスケSQに近い非常にオーソドックスな演奏です。過剰なダイナミクスの無い、穏やかな表現はいつもながらですが、少しも雑に弾き飛ばすことの無い誠実さには毎回感心します。第2楽章での4人の音の織り重なりには非常に美しさを感じます。第3楽章では音楽の気難しさが良く出ています。第4楽章は音楽の流れが非常に良く楽しめます。目新しさは無いものの良い演奏だと思います。

51f03m0kttlジュリアード弦楽四重奏団(1982年録音/CBS盤) ワシントン国会図書館ホールでのライブ録音による新盤です。ライブということもあるのでしょうが、かつてのメカニカルな印象は全く有りません。第1楽章の音のタメ、大きな間合いの取り方は、まるで歌舞伎の大見得を切るかのごとくです。第2楽章もロバート・マンを中心に実にロマンティックに崩すほどに歌います。第3楽章は彫の深い演奏ですが、中間部では気迫が溢れ出るようです。第4楽章は遅いテンポで、そそり立つ様な大きな音楽が有ります。

Melos_beethoven_lateメロス弦楽四重奏団(1984年録音/グラモフォン盤) リズムの堅牢さと甘く成り過ぎない音造りが、やはり彼らがドイツの団体であることを認識させられます。ウイーン的なベートーヴェンも魅力ですが、ドイツ生れの楽聖の毅然とした姿を想像させるには、こういうドイツ的なスタイルが良いですね。決して古めかしい演奏ではありませんが、さりとて表現に過激さを感じることはありません。ドイツの伝統の上に生まれた素晴らしい演奏だと思います。

338アルバン・ベルク弦楽四重奏団(1989年録音/EMI盤) 二度目の全集の第1巻に含まれます。アルバン・ベルクSQは往々に最高の技術を持った団体だと評されますが、僕は決してそうは思いません。この演奏でも、第3楽章中間部の難所では随分粗く感じるからです。ウイーンの甘さと柔らかさは魅力ですが、フォルテ部分のアタックの激しさは迫力よりも騒々しさを感じてしまいます。この曲については、録音に難は有っても旧盤のほうを取りたいと思います。

61vvfzeifl__sl500_aa300_ウイーン・ムジークフェライン弦楽四重奏団(1991年録音/PLATZ盤) 全集盤からです。この曲でも残響の多い録音ですが音に芯は有ります。ちょっとしたフレーズの端々に、いかにもウイーンの団体らしい甘さと柔らかさを感じます。それでいてフォルテ部分では適度な激しさも持ち合わせています。決して懐古主義で終わらない先鋭的な要素も持っているのです。正にミニ・ウイーンフィルといった風情です。もっと注目されて良い演奏ではないでしょうか。

Emersonbeethovenエマーソン弦楽四重奏団(1995年録音/グラモフォン盤) 全集盤からです。冒頭から、豊かな表現力とニュアンスが別次元であることを感じます。第3楽章の難所も唖然とするほど完璧に弾き切っています。これが本当にライブなのでしょうか。強奏部では相当凄みの有る音を出していますが、アルバン・ベルクのライブのような力みや汚い音には成りません。弱音部では一転して羽毛のように柔らかい音を聞かせます。それらが全て、ドイツ的でもウイーン的でも無い「純音楽的」な美を表出しています。これほどまでに素晴らしいセンスを持つ団体がアメリカから生まれたことは少々驚きです。

312ゲヴァントハウス弦楽四重奏団(2002年録音/NCA盤) 全集盤からです。録音が優れていることもありますが、非常に音が美しいです。ウイーン的な甘さは皆無ですが、底光りするような禁欲的な音です。ドイツの古いオーケストラのようないぶし銀の美しさとも言えます。テンポは特に遅いわけでは有りませんが、厳格に刻まれるリズムにより重量感が感じられるのは、ドイツの団体に共通した特徴です。これもまた優れた演奏の一つです。

さすがに、どの演奏からも後期のベートーヴェンの深い内容が伝わって来ます。けれども、マイ・フェイヴァリット盤を選ぶとすれば、東の横綱がブダペストSQ盤、それに唯一対抗し得る西の横綱がエマーソンSQ盤です。続く大関の座は、ズスケSQとメロスSQというところです。但し大関は今後入れ変わるかもしれません。

ということで、ようやく再開したベートーヴェンの弦楽四重奏特集ですが、後期の曲はやはりキツイ。大したことを書いているわけでは有りませんが、一つ一つの演奏を聴き比べてゆくのは良い意味で結構疲れます。記事の間隔が開いてしまうかもしれませんが、そこはどうかご了承ください。

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