フォーレ ヴァイオリン・ソナタ第1番&第2番 名盤 ~陰影(ニュアンス)を!~
画:アンリ・ル・シダネル(Le Sidaner, Henri)
ガブリエル・フォーレのおそらく最も人気の高い作品は「レクイエム」でしょうが、この人の音楽の魅力は総じて大作よりも小規模な作品に生かされています。管弦楽曲もそこそこ書いてはいますが、中核となるのはやはり室内楽曲やピアノ曲、歌曲の作品などです。
なぜなら、ぼくらはさらに”陰影”(ニュアンス)を望んでいるから
”色彩ではない” ただひとつ ”陰影”を!
おお! ”陰影”のみが 夢を夢に
フルートを角笛にめあわせる!
ヴェルレーヌ(訳:橋本一明)より
フォーレの音楽を表現するのに、大編成の管弦楽による”色彩”は不要でした。ピアノ、それに幾つかの弦楽器、声楽というごく限られたパートが有りさえすれば”陰影”を表現するのには充分だったのです。
大勢の人々に聞こえるような大声を出す必要も無く、傍らに佇む相手への静かなる語りかけ、あるいは自分自身へのモノローグ、ただそれで良かったのです。
それにしても、室内楽はフォーレの熟達した音楽語法を最高に生かすジャンルとなっています。小品を除けば10曲の作品を残しましたが、それらは古典的な各編成による作品を網羅していて、その10曲全てが傑作だと言えます。つまり、ハイドンやモーツァルト、シューベルトのように弦楽四重奏曲を主体に書いた作曲家たちとは異なり、様々な編成による傑作を残したブラームスに良く似ています。そうです、ブラームスとフォーレの二人こそが”ロマン派時代の室内楽の巨人”なのです。けれどもフォーレの作品群そのものが音楽の歴史の上にあって派手な輝きを放っているわけでも無く、うっかりすると見逃されてしまうような、ひっそりとした淡い光を放っているのです。それこそがヴェルレーヌの詠った”陰影”なのでしょう。
ということで、しばらくフォーレの室内楽作品を聴いてゆきますが、必ずしも作曲年代順ではなく、同じ楽器編成曲ごとに記事にすることにしました。そこで今回は2曲のヴァイオリン・ソナタです。
ヴァイオリンン・ソナタ第1番イ長調作品13
フォーレの室内楽曲の中では最も若い31歳のときに書かれました。意外ですが、ブラームスのヴァイオリン・ソナタ第1番よりも2年早い1875年の作品です。若々しくも、いじらしく控え目な抒情性が何とも魅力的ですね。頬を撫でる微風のような滋味溢れる旋律が非常に美しく魅力的です。
曲は4楽章構成ですが、どの楽章においても、淡い光と陰のニュアンスの変化が素晴らしいです。
ヴァイオリンン・ソナタ第2番ホ短調作品108
第2番は、第1番から実に41年ぶりに作曲されました。曲は3楽章構成ですが、とても親しみ易かった第1番と比べると、半音階法などの作曲技法が進化したぶん、最初はとっつき難さが感じられます。けれども精緻な楽想と溢れる詩情は少しも変わらないフォーレそのものです。晩年の達観した悟りの雰囲気も感じられて、音の”陰影”これに極まりです。
それでは、愛聴しているCDをご紹介します。
フォーレの室内楽に関しては、やはりフランスの演奏家で聴きたいと思ってしまうので、ヴァイオリンもピアノも全てフランスの奏者です。
ピエール・ドゥーカン(Vn)、テレーズ・コシェ(Pf)(1957年頃録音/エラート盤) 自分世代のオールド・ファンにはとても懐かしい演奏だと思います。長いことアナログ盤で愛聴してきたのをCDに買い換えました。なんと清楚で美しい音なのでしょうか。モノラル録音のせいもあるでしょうが、色彩は淡く、セピア色のように感じられます。表情づけにも誇張などは少しも無く、禁欲的とも言えるほどで、それがフォーレの音楽に実に合います。第1番も第2番も、しっとりとした詩情に満ち溢れていて、これこそが自分のフォーレ室内楽の原点です。尚、所有しているのはライセンス販売によるタワーレコードの3枚組セットです。
クリスティアン・フェラス(Vn)、ピエール・バルビエ(Pf)(1964年録音/EMI盤) フェラスは大好きなヴァイオリニストですし、モノラル時代の録音のモーツァルトのコンチェルトなどはとても愛聴しました。フォーレのソナタは1964年に2曲を録音しましたが、美音を駆使した小粋な演奏でやはり素晴らしいです。但し、これ以前にも第1番のみを1957年に録音していて、それは更に端正でフォーレらしい純粋さに溢れる演奏です。所有しているボックス・セットにはどちらも収められていますので、聴き比べてみると愉しいと思います。
レイモン・ガロワ=モンブラン(Vn)、ジャン・ユボー(Pf)(1970年録音/エラート盤) おそらくオールド・ファンには一番懐かしい演奏では無いでしょうか。これぞ小粋なフランスそのものであり、あのアンリ・ル・シダネルの絵のような美しさです。色彩はあくまでも地味で、淡い陰影を感じさせます。ガロワ=モンブランのヴァイオリンもユボーのピアノもなんと深い詩情に溢れていることでしょうか。エラートの録音も優れていますし、およそ文句の付けようの無い演奏です。正真正銘フランス的な演奏として、これ以上いったい何を望むことがあるでしょう。
オーギュスタン・デュメイ、ジャン=フィリップ・コラール(1976‐77年録音/EMI盤) 同じフランス生まれの演奏家でも、70年代に入ると少しづつ演奏スタイルに変化が出てきます。それまでの禁欲的な雰囲気のフォーレから、表現意欲の有るそれにです。同じフランスでもラテン系としての血が強まった印象です。リリース当時は非常に新鮮だと絶賛されましたが、現在の評価は果たしてどうなのでしょうか。個人的には、なんとなくラヴェルのように聞こえてしまい、余り好みではありません。フォーレにしては幾らか雑に感じられなくもありません。それは特に第1番について言えます。第2番のほうは音楽に奥行きが感じられて、これはこれで良いと思います。
ルノー・カプソン(Vn)、ニコラ・アンゲリッシュ(Pf)(2010年録音/EMI盤) 新世代のフランス演奏家デュオだけあって、とても新鮮さを感じます。カプソンのヴァイオリンは、ラテンの血を強く感じさせるデュメイとはまた異なり、粋なパリジャンという印象を受けます。アンゲリッシュのピアノともども弾き方が丁寧で、音も美しいです。テンポはゆったり目で落ち着きが有り、表情も大きいのですが、重たくなることもなく、どこまでもフランスの香りを失いません。ここではEMIのオフ・マイク的な録音もマイナスには成りません。フォーレの室内楽ボックス・セットに収められています。
というわけで、どれか一つ選ぶとすれば迷わずに、ガロワ=モンブラン/ユボー盤を選びます。それ以外では、どうしても捨て難いのがドゥーカン/コシェ盤ですが、新しいところではカプソン/アンゲリッシュ盤も傍らに置いておきたいです。
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