ブラームス(器楽曲)

2012年12月26日 (水)

ブラームス オルガンのための「11のコラール前奏曲」op.122 ~この世よ、われ去らねばならず~

Karlsk
ブラームスの葬儀が行われたウイーンのカール教会

親しい友人たちの次々の死、更には自らの死をも意識していたであろうブラームスにとって、最愛のクララ・シューマンの死は、余りにも大きな痛手となってしまいました。

彼は、オルガンのための「11のコラール前奏曲」を書き始めました。これこそは「4つの厳粛な歌」と同じく自分自身の為の鎮魂歌です。あれほど愛したクララへの追憶を胸に、もはや生きる意味や希望を全て失ってしまったブラームスが、自分の為に書き進めた最後の作品です。

ブラームスは若い時代にオルガンの為の曲を書いたことは有りましたが、その後40年ほどは書きませんでした。この作品122は、尊敬したバッハの形式と書法を用いて書かれ、終曲の古いコラール「おお、この世よ、われ去らねばならず」で曲集を終えます。

オルガンのための「11のコラール前奏曲」op.122

第1曲  わがイエスよ、汝は我を永遠に喜ばせ給う
第2曲  心より慕いまつるイエスよ
第3曲  おお、この世よ、われ去らねばならず
第4曲  われ心より喜ぶ
第5曲  装へ、わが魂よ
第6曲  おお、如何に幸いなるかな、信仰深き人々よ
第7曲  神よ、真の慈しみに満てる神よ
第8曲  ひともとのバラ生いいでぬ
第9曲  われ心よりこがれ望む
第10曲 われ心よりこがれ望む
第11曲 おお、この世よ、われ去らねばならず

という、全部で11曲のコラール前奏曲ですが、実はブラームスは、これらを1部と2部に分けて、それぞれ7曲づつ、合わせて14曲書くつもりだったという説も有ります。そうするとこの曲集は未完成作品だということになりますが、真偽のほどは、どうなのでしょうね。

この作品を書き終えたブラームスの健康は日に日に衰えてきました。以前から肝臓癌にかかっていたために、もはや医者の治療を受けても、病状は一向に良くなりませんでした。

それでも、自作曲の演奏会には無理をして顔を出してはいましたが、最後のコンサートになったのは、ウイーン・フィルによる「交響曲第4番」でした。指揮をしたのはハンス・リヒターです。ブラームスが来場していることを知った聴衆は、各楽章ごとに嵐のような拍手を送ったそうです。その半月後には、ブラームスはベッドから離れることが出来なくなり、とうとう1週間後に息を引き取りました。1897年4月3日のことです。ウイーンのカール教会で、人々が大勢参列する中で葬儀が行われました。そして3日後に、中央墓地に遺体が埋葬されました。

この曲集の録音は限られていて選択の余地は少ないのですが、自分が所有しているのはドイツのオルガニストのCDです。

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クリストフ・アルブレヒト(1978年録音/シャルプラッテン盤)

アルブレヒトは1930年生まれのドイツのオルガン奏者です。生れた街は戦後、東ドイツに含まれました。若い頃に、ライプチッヒの聖トーマス教会でギュンター・ラミンに師事していますので、カール・リヒターとは兄弟弟子ということになります。合唱指揮者、指導者としても東側の枠を超えて活動をしましたが、その割に知名度が低いのは、リヒターのようなドラマティックな演奏スタイルでは無く、ドイツの昔気質のいかにも質実剛健な演奏だったからではないでしょうか。この録音では自身がオルガニスト兼指揮者を務めた、東ベルリンの聖マリア教会のオルガンを弾いていますが、どの曲も地味過ぎるようなほど質実な演奏です。けれども、このような曲の演奏は、これで良いと思います。
ということで、演奏そのものには不満が有りませんが、問題は、11曲が番号順では無く、ランダムに配置されていて、しかも初期の前奏曲やフーガが前後に置かれていることです。演奏家もしくはプロデューサーに、どのような意図があったのかは分りませんが、個人的には、この11曲は1番から順番に聴いてゆくのが良いように感じます。従って、CDを一度編集コピーし直して、順に聴くのも一つの方法だと思います。

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2012年12月 9日 (日)

ブラームス 晩年のピアノ小品集op.116~119 ~自らの苦悩の子守歌~

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晩年に再び取り戻した創作意欲により、室内楽作品の最高傑作「クラリネット五重奏曲イ短調」作品115を書き上げたブラームスでしたが、その後はピアノの小品集を続けて書いてゆきます。

「幻想曲集」作品116
「3つの間奏曲」作品117
「6つのピアノ小品」作品118
「4つのピアノ小品」作品119

4つの小品集に収められた曲には、それぞれに「カプリチオ」「間奏曲」「バラード」「ロマンス」「ラプソディ」というタイトルが付けられています。ブラームスのタイトル名の付け方には余りこだわりというものは無かったようで、面白いことに半分以上の曲に「間奏曲」と付けられています。どうやらラプソディックでも情熱的でもない穏やかな曲は、みな「間奏曲」にしてしまったようにも見受けられます。いずれの曲も演奏時間にして数分程度の短い作品ばかりです。

それにしても、一度は引退宣言までしたブラームスは既に59歳。一人静かにピアノに向かって作ったこれらの曲は、ブラームスが、『自らの苦悩の子守歌』と呼んだそうです。その意味合いは、それまで楽譜を出版する為や、あるいは演奏家の為に、苦心して作曲したのとは異なって、初めて心の趣くままに、自分自身の子守歌として書いたからでしょう。それは、あたかもブラームスが生涯を振り返ったモノローグです。

僕も、もうじきブラームスのその時と同じ年齢になりますが、これらの作品を聴いていると、ブラームスの心境が少しでも感じられるような気持になります。

全部を合わせると20曲にもなる4つの小品集ですが、その中で特に好きな曲は、と聞かれれば、やはり作品118です。第2曲「間奏曲」の持つ深い味わいは最高ですし、第3曲「バラード」の凛とした男っぽさにも惚れ惚れします。第5曲「ロマンス」もとても魅力的な曲で、中間部でバロック調の爽やかなトリルを入れて何となくバッハへのオマージュを想わせるのが逆に新鮮です。そして力強く勇壮な第6曲「間奏曲」は、まさに男のブラームス。決して他人に涙は見せない、けれども後ろ姿で泣いている、そんな男のイメージです。

作品116では、第3曲「カプリチオ」に惹かれます。中間部の勇壮な雰囲気は正にブラームスそのものです。第6曲の「間奏曲」も美しいです。

作品117では、第1曲変ホ長調の静かな美しさに惹きつけられます。詩人ヘルダーの”不幸な母の子守歌”の詩を引用したこの曲は、息子を亡くしたばかりのクララへ慰めの為に捧げられました。第2曲変ロ短調も哀愁が漂って美しいですが、第3曲嬰ハ短調の暗く気難しい年寄りのような主題はちょっと微妙です。ブラームスらしいと言えば、その通りなのですが。

作品119では、第4曲「ラプソディ」が愉しいです。底抜けの明るさでは無く、アイロニ―を感じさせるのがいかにもブラームスです。

さて、それでは僕の愛聴盤のご紹介に行きます。もちろん4作品が収録されたCDがベストです.

0vvknyuwヴィルヘルム・ケンプ(1963年録音/グラモフォン盤) 確か国内盤では作品116が抜けていたように記憶しますが、独ガレリア盤では作品116から119まで全て収められています。どの曲においてもブラームスの心と一体化しているかのような印象を受けます。ひとつの大きな理由は、ブラームスが曲を書いた年齢を越えた、ケンプが68歳の時の録音であることが言えると思います。淡々と自分自身の為にピアノを弾いているような趣なのです。時々テクニック的に「おや?」と思う箇所は有りますが、ピアノの音そのものはしっかりとしていますし、全体的に不満はほとんど感じさせません。元々そのような種類の音楽ですし。

1d1b1a5581e73419a8f6faf44112dcf5ラドゥ・ルプー(1971、1978年録音/DECCA盤) 作品116を除く作品117から119までに加えて作品79「二つのラプソディ」が収められています。デビューして間もない若い時代のルプーらしく、美しく澄んだ音でリリシズムに溢れた演奏をしています。但し、ブラームス晩年の音楽の奥行や深みには幾らか不足しているような感が無きにしもあらずです。1990年代末に実演で聴いたこの人のブラームスは次元の違うピアノを聴かせていたので、再録音を行なってくれれば良いのになぁ、と思わずにいられません。

15a335a8bf8d2ea19c433995ec28cb15ヴァレリー・アファナシエフ(1992年録音/DENON盤) 作品116だけが別CDに分かれているのが不便ですが、とにかく4作品が聴けます。例によって、どの曲も他のピアニストの1.5倍は遅いテンポで演奏をしています。ですので、暗く重く、孤独感が倍増されている印象です。静寂の美というものを非常に感じさせますし、ラプソディックな曲での途方もないスケール感は凄いの一言です。但し、どの曲でもブラームスの晩年の心中に遠慮なく分け入るかのような怖い演奏ばかりなので、聴いていて少々息苦さを覚えるのも事実です。好き嫌いは分れるとは思いますが、これは一度は聴いておくべき演奏であることは確かです。

Brahms_grimaud_60805エレーヌ・グリモー(1995年録音/ワーナー・クラシックス盤) ザンデルリンクと組んだブラームスのコンチェルトの第1番は、とてつもない名盤でしたが、晩年の小品集も実に見事です。これは決して枯れたブラームスではありません。カプリチオやラプソディでは、狂ったように荒れ狂います。一方で、沈滞するような曲では、深く深く沈み込みます。表現力が半端でないのです。彼女の凄さは、それでいて後年のアルゲリッチのように恣意的には少しも感じさせないことです。例えば作品117や118での深く感動的なピアノはどうでしょう。ニュアンスの豊かさは比類無いですし、表情があれほど大胆であるにもかかわらず、自然さを全く失わないのは正に驚きです。

41xntcxq1yl__sl500_ヴィルヘルム・バックハウス(1956年/DECCA盤) これは番外の扱いです。何故なら、まとまって録音されたのは作品118のみだからです。本当に残念ですが、逆に118だけでも録音してくれたのは幸せです。既に録音当時72歳のバックハウスは人に聴かせようという力みもこれっぽっちも感じさせません。極めて淡々と弾いています。もしもブラームスが自分の部屋で一人でピアノを弾けば、こんな演奏になるのではないかと思います。美しくも素朴なピアノの音が余計にそのように感じさせます。これはバックハウスにしか成し得ない演奏です。

というわけで、どの演奏にも魅力を感じますが、どれか一つと言われれば、エレーヌ・グリモーを選びます。さらにもう一つと言われたら・・・アファナシエフでしょうか。バックハウスは作品118のみですが、これは絶対に捨て難いです。

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2012年11月 7日 (水)

ブラームス 「4つのバラード」作品10 名盤

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ブラームスの初期のピアノ独奏曲の中でも、人気の高いのが「4つのバラード」作品10です。ヨハネス青年21歳の作品です。

話は「バラード」からは少々離れてしまうのですが、ブラームスは自身が名ピアニストで、なおかつ古典的な形式を重んじた作曲家であるにもかかわらず、ピアノ・ソナタを20歳までに3曲書いただけで、それ以降、書くことはありませんでした。何故なのでしょう?
それは、やはりベートーヴェンの存在が大きいと思います。このジャンルにおける、あの32曲の不滅の金字塔が余りにも偉大で、とてもそれを越えることは出来ないと諦めたからではないでしょうか。ブラームスは楽器の重ね合わせの才能が抜群でしたので、独奏作品よりも、むしろ重奏作品に適性が有るのも事実です。

そんなブラームスですが、この「4つのバラード」は、20歳そこそこの傑作だと思います。僕もとても好きです。「バラード」というのは、物語性のある詩のことですが、それを音楽にしたショパンもブラームスも、必ずしも物語性を明確にしていたわけではありません。4曲の中では、唯一「第1番」のみが、父親を殺した息子が母親に罪を告白するというスコットランドの叙事詩「エドワード」にアイディアを得たとされます。第2番以降は、特に詩との関連性はありません。

4曲の構成は次の通りです。

第1番 アンダンテ ニ短調 

第2番 アンダンテ ニ長調 

第3番 「間奏曲」アレグロ ロ短調 

第4番 アンダンテ・コン・モート ロ長調

同主調の曲が二組合わさっていますが、調性の関連からしても4曲は、連続して演奏されるべきです。ブラームスの「4つのバラード」は、ショパンのバラード集のように各曲が単独で演奏可能な曲とは異なります。
第3番が「間奏曲」というのも意味が有りそうです。仮に全体を4楽章のソナタとすれば、この曲はスケルツォ楽章に相当します。
第4番は他のアンダンテと異なり、コン・モート(動きをもって)の指示がありますので、幾らか速めに演奏されることが多いようですが、この場合は物理的(肉体的)な速さではなく、精神的(気分的)な動きを要求しているように思います。これは演奏家の解釈に委ねられるべきでしょうね。終曲として位置づけられていますが、もしも1曲だけ単独で演奏するとすれば、第4番だけが可能だと思います。

このように全4曲の均衡がとれているのも、この曲集の存在感を高めていますが、それにも増して、全体を通してこぼれるばかりの若々しい抒情性が素晴らしいです。ファンの間で人気が高いのも当然です。

それでは僕の愛聴盤のご紹介です。

473ba372lジュリアス・カッチェン(1962年録音/DECCA盤) ブラームスの初期曲集の中に収められています。全体的にテンポは幾らか速めで、若々しい青年ブラームスを感じさせる演奏です。力強い打鍵とタッチにより、表情の抑揚の巾も大きく、いかにも若い男性が意欲的に弾いているというような印象です。録音時のカッチェンの年齢と、作曲当時のブラームスの年齢が重なり合った、ごく自然な演奏に感じられます。ただしその分、元々(音楽的に)年齢不詳のブラームスの落ち着きや老獪さは失われがちです。第4番も多少せかされているように感じられなくもありません。

31rwsq1v7jl__sl500_aa300_アルトゥール・ルービンシュタイン(1970年録音/RCA盤) 晩年の録音ですが、ピアノの音が非常に美しく感じられます。といってもミケランジェリの美音とは性質が異なり、しいて言えばバックハウスの弾くベーゼンドルファーのような柔らかいいぶし銀の印象です。テンポは中庸で、速いカッチェンと遅いミケランジェリの丁度中間です。若々しさと老獪さがまだら模様に混じり合ったブラームスの音楽には一番ぴったりしているように思います。そういえばこの人の弾く協奏曲の演奏も同じように「大人のブラームス」を聴かせていて非常に素晴らしかったです。

G7022103wアルトゥーロ・ベネディッティ・ミケランジェリ(1981年録音/グラモフォン盤) ミケランジェリは独自の美学を持っている人なので、フランスものも、ショパンもベートーヴェンも、みなミケランジェリの個性が強く出ています。このブラームスも同様です。けれどもホロヴィッツのように個性が、えげつないほどにむき出しになる(だから魅力なのですが)のではなく、作曲家のオリジナリティを尊重したうえでの個性ですので、ある種離れ業です。遅めのテンポでじっくりと沈滞した表情は、決して青年ブラームスのイメージではありませんが、この曲の美しさを極限まで引き出しています。何とデリケートなタッチの美しい音と表情なのでしょうか。若きブラームスが「夢に見たかのような」美しい音楽です。うーん、唖然!

91okcm7og8l__aa1500_ヴァレリー・アファナシエフ(1993年録音/DENON盤) よくアファナシエフは「鬼才」と呼ばれます。しばしば遅いテンポで、普段聴く曲を全く別の曲のように演奏するからです。この演奏も、ミケランジェリ以上に遅いテンポで重苦しく憂鬱です。第4番などはカッチェンの倍の演奏時間です。若きブラームスの作品が、まるで晩年の曲のように聞えます。けれども、ここで表現される孤独感を否定することは決して出来ません。もしかしたらブラームスは20代で、これほどの孤独を胸に秘めていたのかもしれない。そんな風にも思えてしまいます。アファナシエフのピアノのタッチは非常に美しく、ミケランジェリにも匹敵します。「鬼才」は時に「天才」をも凌駕します。

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2012年11月 1日 (木)

ブラームスの初期ピアノ作品 ~ハンブルクの天才少年ピアニスト~

Brahms_geburtshaus_in_hamburg_2ハンブルクのブラームスの生家(第二次大戦で焼失)

ハンブルクの天才少年、ヨハネス(ブラームス)君は僅か10歳でピアニストとしてデビューして、着実にその名が知れ渡ってゆきました。それと同時に、作曲活動も精力的に行なっていました。少年時代に書いた作品は150曲を超すと言われていますが、ヨハネス君はその楽譜をことごとく破棄してしまいます。自己批判の強い、完全主義者の性格が若い時から備わっていたのは間違いありませんね。

楽譜が残されている最も古い曲は、「スケルツォ 変ホ短調」作品4で、18歳の時の作品です。ピアノ・ソナタの第1番、第2番がそれぞれ作品1、作品2と付けられてはいますが、実際には、この「スケルツォ」のほうが古い作品です。演奏時間で8分程度の曲ですが、民族舞曲的な解り易い旋律が楽しく、僕はとても好きです。将来のブラームスの数々の名作を予感させていると思います。

翌年、19歳の時に作曲されたのが「ピアノ・ソナタ第2番 嬰へ短調」作品2です。4楽章構成で中々に重厚な曲です。ちょっと聴くとリストの曲のような印象を受けますが、暗く情熱的でロマンティックな趣きは、既にブラームスの本領発揮で、19歳の少年の作品とは思えません。子供のころから、港の酒場でピアノを弾いて家計を助けた少年の心の中には、裕福な家で生まれ育ったようなお坊ちゃんには感じられない、心の翳りが潜んでいたのでしょうか。そんなヨハネス少年がとても愛おしくなるような佳曲だと思います。

そして、楽譜出版社と初めて契約を結んだ記念すべき作品が「ピアノ・ソナタ第1番 ハ長調」作品1です。ブラームスとしても自信作だったのでしょう。初めてリストの家を訪れた時に、リストは初見でこの曲を弾くと、ブラームスの音楽に「素晴らしい北方のロマンティシズム」を感じて、とても好意的だったそうです。また、シューマンの家を訪れた時には、ブラームス自身がこの曲を弾いてシューマンに聴かせると、シューマンはその才能に驚き、自分が創立した雑誌「新音楽時報」にブラームスを紹介する記事を書きました。それが『新しい道』という有名なエッセイです。ブラームスのことを、『芸術の新しい旗手となるべく人間が現れた』と熱烈な表現で絶賛したのです。おかげで、一夜にして世の音楽愛好家の知るところとなりました。好奇心と疑いの目で見られることに、ブラームス自身は大きなプレッシャーを感じていたようです。けれども実際にブラームスの音楽と演奏を聴いた人は、誰もが彼に尊敬の念を抱くようになったそうです。若いブラームスの才能を見事に見抜いたシューマンの眼力は、さすがにピアノの名曲を多く書いた作曲家ですね。

「ピアノ・ソナタ第3番 ヘ短調」作品5は、生まれ育ったハンブルクの町を離れてヴァイオリンの名手レメーニと二人で演奏旅行を行なうようになり、ハノーファーやデュッセルドルフあたりを行ったり来たりする間に書き上げられました。この曲は正真正銘の名作だと思います。第1番と第2番のソナタでは、音符がやや過剰過ぎるために「音楽の為の技巧」では無くて、「技巧の為の技巧」に感じられる部分が無きにしも非ずでした。けれども、この第3番には、そういった印象は全く感じられず、全5楽章の初めから終わりまで、音楽そのものが聞こえてきます。特に、ブラームスの「4つのバラード」作品10を想わせる、美しい第2楽章には、詩人シュテルナウの「若き恋」という詩を標題に掲げています。

たそがれ迫り、月影は輝く
そこに二つの心 愛にて結ばれて
お互いに寄り添い 抱き合う

第4楽章の基礎にもシュテルナウの詩が用いられたようですが、第2楽章で成就した恋が、第4楽章では失恋に至ります。
また、第5楽章では舞曲的な付点音符の音型が、明らかにシューマンの影響を受けているように思います。それでいて中間部の勇壮な旋律は、いかにもブラームスらしい魅力に溢れます。僕は、このソナタ第3番が非常に好きです。

20歳までに3曲のピアノ・ソナタを書いたブラームスですが、それ以降二度とこのジャンルでの曲を書くことはありませんでした。

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当時の20歳のブラームスの肖像画を、シューマンが知り合いの画家に書かせています。ライプチヒでブラームスの支援をしていた、ある婦人は、ブラームスが『どんな娘でも顔を赤らめることなくキスできるような可愛らしい顔立ち』をしているにもかかわらず、その可愛らしい顔の下に強い意志の力が込められているのをしっかりと見抜いていたそうです。

僕はブラームスのピアノ曲の演奏は、それほど聴き比べをしているわけではありませんが、愛聴盤をご紹介しておきます。

―第1番~3番―

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ジュリアス・カッチェン(1963-64年録音/DECCA盤)

42歳という若さで亡くなったジュリアス・カッチェンはアメリカ人ですが、ブラームス弾きとして有名で、ピアノ曲を全て録音しています。このCDは、ソナタの第1番から第3番までと、「スケルツォ」「4つのバラード」「シューマンの主題による変奏曲」という初期の作品を収めています。カッチェンのピアノは非常に力強く男性的で、聴きようによっては、幾らか荒っぽくさえ感じられるほどですが、決して無神経だと言うことではありません。ピアニシモでのデリカシー溢れる表情がその証拠です。ひ弱な洗練さとは無縁だということなのです。ブラームス晩年の充実した作品群と比べて、つまらない演奏をされると、そのままつまらなくなる初期の作品を、これだけ面白く感じさせてくれるピアニストは中々居ないのではないでしょうか。ソナタ全曲を手軽に揃えたいという場合に、真っ先にお勧めして良いディスクだと思っています。

―第1番&2番―
 
31ik5cicabl__sl500_aa300_スヴャトスラフ・リヒテル(1987年録音/DECCA盤) イタリアのマントヴァでのライブ録音です。リヒテルはブラームスのソナタをよく取り上げていたようです。シューマンを得意にしたリヒテルはブラームスにも、とても適性を感じます。ライブということもありますが、余り洗練され過ぎずに、ロマンティックで人間的な肌触りを残すあたりは好ましく感じます。緩徐楽章の沈滞して沈み込むあたりは流石です。フォルテでも豪快さは有りますが、打鍵を必要以上には強く叩き過ぎない節度を感じるのが良いです。

―第2番―
51ng8mv49ll__sl500_aa300_エレーヌ・グリモー(1998年録音/DENON盤) ソナタ第2番の単独盤ですが、シューマンの「クライスレリアーナ」とカップリングされているのは好企画です。最近のグリモーの凄さを知っていると、少々物足りなく感じるかもしれません。けれども豪快で男っぽいカッチェンと聴き分けるには良いと思っています。細部の表現やタッチの美しさに関しては、グリモーのほうが上だと思います。ブラームスの20歳の肖像画の印象に近いのはグリモーのほうかもしれません。

―第3番―
31rwsq1v7jl__sl500_aa300_アルトゥール・ルービンシュタイン(1959年録音/RCA盤) ソナタ第3番の単独盤です。何という、ゆとりのある音楽なのでしょう。若い青年が弾いているようなカッチェンと比べると、落ち着いた大人の男性を想わせます。フォルテでの打鍵を無理に強く弾いたりはしませんが、胸にずしりと響いてくるような手ごたえを感じます。ですので和音が実に美しいです。最近のピアニストの張り詰めた硬質の音では無く、とても暖かさと柔らかさを感じられる音なのが好きです。全体にテンポもゆとりがあり、2楽章や5楽章の詩情の豊かさは心に沁み入ってくるようです。僕は、この曲に関してはルービンシュタインをカッチェン以上に好んでいます。

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