ラヴェル バレエ音楽「ダフニスとクロエ」 名盤
フランスのバレエと言えば、僕が大好きなのはモーリス・ラヴェル作曲の「ダフニスとクロエ」です。この曲は本来はバレエ音楽なのですが、それが忘れられるくらい頻繁にコンサート曲目として演奏されています。それだけ素晴らしい音楽だということでしょう。事実、ラヴェルは自伝においてこの曲を「3部からなる舞踏交響曲」だと形容しています。専門家による分析によれば、この曲は第1部の前半までに登場する幾つかの主題とその動機の展開が全体に統一性を与えているのだそうです。
このバレエもまた、ディアギレフのロシアバレエ団がパリで初演を行いました。1912年のことです。ディアギレフは当時の新進気鋭の作曲家たちにバレエ音楽を依頼しましたが、ストラヴィンスキーもラヴェルもその一人です。ディアギレフという人は、本当に音楽を聴く耳と理解力を持っていたのでしょうね。
ところで、その「ダフニスとクロエ」の原作をご存知ですか?遥か大昔の2世紀末から3世紀初めごろの古代ギリシアでロンゴスという人が書いた恋愛物語です。エーゲ海に浮かぶ牧歌的な情景の島が舞台となり、少年と少女の純真な恋とその成就が、様々な逸話を絡めて抒情豊かに描かれています。
エーゲ海に浮かぶ美しい島、レスボス島にあるミュティレーネーは豊かな自然に恵まれた町です。
山羊に育てられている一人の男の子をある日山羊飼いが見つけ、「ダフニス」と名付けて育てることにしました。
2年後、ある羊飼いはニンフ(”妖精”です)の洞窟に捨てられていた女の子を見つけ、「クロエ」と名付けて育てることにしました。
やがてダフニスが15歳になったころ、ダフニスは山羊飼いに、クロエは羊飼いになり、一緒に仕事をするようになりました。
ある日、ニンフの洞窟で身体を洗うダフニスを目にしたクロエは、水を浴びる彼の身体の余りの美しさに目を奪われて恋に落ちてしまいました。けれどもまだ「恋」というものを知らない彼女は、自分の心の状態を、何かの「病気」なのだと考えたのです。
牛飼いのドルコンはクロエに想いを寄せていて、何とかして想いを遂げようとしていました。あるとき、ドルコンとダフニスは、どちらが魅力があるかということで口喧嘩をしていました。そこでクロエはダフニスを勝者として選び、口づけをしました。それからダフニスもクロエに恋をするようになりました。
ある日、海賊が町を襲いました。略奪をして、ダフニスも一緒にさらわれてしまいました。ドルコンは海賊にやられてしまい、クロエに笛を託して息を引き取ります。クロエがその笛を吹くと、海賊の船が難破して、ダフニスは海を泳いで戻ってくることができました。
ダフニスとクロエは、ある日老人に出会いました。老人は「恋の神様」の話を二人にします。すると彼らは自分たちが今その状態にあることに初めて気が付きます。
ミュティレーネーと近隣の町とで戦争が起こりますが、クロエは捕虜の一人として囚われてしまいます。ダフニスがニンフの洞に行き、助けてくれるように嘆願します。すると夜、沖合の船の上で休んでした敵の前にパン神が現れて不思議な現象が起こります。やがて「夜明け」となり、クロエは無事にダフニスのもとへ戻ってくることができました。
ダフニス達は、ニンフやパンへの感謝として、食べ物や酒を捧げて二人で踊りました。
春になり、成長したダフニスはクロエと結ばれたいと思いますが、二人ともどうしてよいのか分らず、ダフニスは自分の無知を恥じて泣き出します。
その様子を見ていた農夫の美しい女房リセイオンは、「あなたのしたいことを教えてあげる」と言葉巧みにダフニスを森へ誘い、彼女の下心に気付かない純真なダフニスは、その若い体を奪われてしまいます。
夏になると、すっかり年頃になったクロエに縁談がたくさん来るようになります。それを聞いたダフニスは落ち込みますが、思い切ってクロエの両親に求婚の承諾を請います。クロエの父親は承諾しましたが、ダフニスの父親は最初反対します。けれども、すったもんだの末に二人の結婚が認められて、盛大な披露宴が行われて全員が踊ります。
こうして、人々の祝福の中でダフニスとクロエは夫婦となり、島で幸せな暮らしを続けました。
というのがロンゴスの原作ですが、ディアギレフのバレエ版では、内容が幾らか変えられています。一番の大きな違いは、海賊の襲来と、隣町との戦争が一つの話にまとめられ、海賊にさらわれてゆくのはクロエのほうの設定です。パン神がクロエを助けるのは、かつてパンがニンフに恋をした想い出の為だという理由です。二人はニンフの洞窟の前で再開して、そのままフィナーレの全員の踊りまで話は一気に進んでいきます。バレエでは全体的に神話的な雰囲気が色濃く演出されているように感じますが、いずれにしてもストーリーを知ることで、この名曲を聴く楽しみが増すのは間違いありません。
バレエ構成は全3部に分かれていて、「第1部」は若者たちの踊りと、ダフニスとクロエの登場から海賊にクロエがさらわれるまで。「第2部」は海賊たちの戦いの踊りから、パン神がクロエを救うまで。「第3部」は夜明けとダフニスとクロエの再開からフィナーレの全員の踊りまでです。
但し、ディアギレフとラヴェルの間でもめたのが、合唱についてです。ディアギレフは出演者の人数が多く成り過ぎるので合唱を使用しないように求めたのですが、ラヴェルは譲りませんでした。結局、大きな会場の公演では合唱を使い、小さな会場での公演では合唱無しとすることで、話がまとまりました。
僕は、このバレエを昨年、英国ロイヤルバレエ団の公演で観ましたが、それまで夢にまで見ていた「ダフニスとクロエ」のバレエ舞台は本当に素晴らしかったです。
ところで、この音楽をコンサートで演奏する際には、「第2組曲」という、「第3部」がそのままの版で行なわれることが多いですし、CDでもよく収録されています。確かに、このバレエ音楽の一番の聴きどころの「夜明け」から始まるのは便利ではあるのですが、これでは映画のクライマックスからいきなり見始めるようで、少々物足りません。これは、やはり全曲盤で楽しみたいものです。
それでは、僕の愛聴するCDをご紹介してみます。いずれも全曲盤です。
シャルル・ミュンシュ指揮ボストン響(1961年録音/RCA盤) フランスものの得意なミュンシュですし、ボストン響はアメリカのオケの中では、最もヨーロッパ的な音を持ちますが、やはり完全なフランスの音というわけではありません。案外と楷書的で明瞭な歌いまわしをしていますが、これはこれで魅力が有ります。ことに「海賊の踊り」や「全員の踊り」の迫力には汗が出るほどに圧倒されます。ミュンシュには晩年にパリ管と録音した「第2組曲」も有って素晴らしい演奏なのですが、この曲はやはり全曲盤で聴きたいと思います。
アンドレ・クリュイタンス指揮パリ音楽院管(1962年録音/EMI盤) このころのEMIの録音は、どうしてもパリッとした明瞭度に不足しますが、定番中の定番のクリュイタンス盤を外すわけにはいきません。パリ音楽院管の持つ弦や管の柔らかく、まるで夢を見ているような美しい響きはどうでしょう。管楽奏者たちの上手さにも唖然とさせられます。そのパリ音楽院でデュカスに師事したルネ・デュクロの率いる合唱団も神秘的な歌声で、天上から聞えてくる声のようです。「夜明け」での神々しいまでの美しさも、この演奏が一番のように思います。それでいて「海賊の踊り」や「全員の踊り」での切れの良さと迫力も中々のものです。
ジャン・マルティノン指揮フランス国立放送管(1974年録音/EMI盤) マルティノンのドヴュッシー全集をLP盤時代に愛聴しましたが、そのドヴュッシーとラヴェルの管弦楽全集が8枚のCDボックスになっています。当然「ダフニス」も含まれています。生粋のパリジャンである彼の紡ぎだす軽味のある音と演奏は、他の誰よりもフランス的だと思います。「夜明け」の神秘感などはクリュイタンスに迫りますが、「最後の踊り」では音が軽く、幾らか迫力不足の感、無きにしもあらずです。もっとも、それも含めて全てフランス的ということなのですが。
シャルル・デュトワ指揮モントリオール管(1981年録音/DECCA盤) デュトワのラヴェル管弦楽曲をBOXにまとめたものです。デュトワのフランスものには定評が有りますが、このラヴェルも秀逸です。強いて言えば、上品で貴族的なラヴェルです。従ってパリの街の庶民的な味は余り感じません。よく知られるように、カナダのモントリオールはフランス語圏に有りますが、フランス以外のオケでこれだけのラヴェルの演奏はちょっと不可能ではないでしょうか。さすがはデュトワです。どうしても優秀な録音で聴きたいという方にはお薦めです。
ピエール・ブーレーズ指揮ベルリン・フィル(1994年録音/グラモフォン盤) 指揮者のブーレーズがフランス人である以外はオーケストラ団員は多国籍、合唱団、合唱指揮者はドイツで固めた演奏陣です。「だからなんだ」と演奏者の国籍にこだわらない方は言われるでしょう。確かにオーケストラの上手さや豪華な音の厚みは圧巻ですし、舞踏部分のスピード感や迫力も随一です。しかしここにはフランスの演奏家たちのような「音の軽み」「エスプリ」「小粋さ」は感じられません。「夜明け」の神秘感もいま一つです。好みの問題で言えば自分の求めるものとはやや外れているとしか言いようが有りません。
ということで、どれか1枚を選べと言われれば、録音に幾らか不満を感じながらも、やはりクリュイタンス/パリ音楽院管盤を選びます。
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