ベルリオーズ

2012年9月13日 (木)

ベルリオーズ 「幻想交響曲」 ~ミュンシュ以外の名盤~

フランス人は本当に洒脱です。ベルリオーズは失恋が原因で精神異常とも言えるほどに憔悴し切って作曲したというのに、この曲には「悲しみ」というよりは「情熱」と「美しさ」と「狂騒」がふんだんに詰まっています。服用したアヘンの影響も大きいのでしょうが、たとえば第4楽章「断頭台の行進」を聴いて下さい。冒頭こそ重々しい足取りで開始されますが、徐々に高揚してゆき、なんだかまるで「阿波踊り」のようなお祭り騒ぎです(そういえばリズムも似ています)。ギロチン台に連れて行かれる自分自身をこれほどおチャラかすのは、フランス人でなければ出来ない芸当でしょう。別の視点からは、ギロチン処刑の見物に集まった聴衆たちの楽しみと興奮ぶりという見方もあるのかもしれません。

そんなこの曲を聴くには、やはり総じてフランス人の指揮者が洒脱さを良く表現していて望ましいように思います。あるいはフランスのオーケストラによる音には華やかさと軽味が有って曲に相応しいと思います。
ただ、そうは言ってもフランス以外の演奏家にも好きな演奏は有りますし、フランス人でもピエール・ブーレーズの遅く荘重な、まるで司祭様が指揮したような演奏も有りますので、一概には言えません。

さて、「幻想交響曲」と言えばミュンシュ、ミュンシュと言えば「幻想」ですので、前回はシャルル・ミュンシュ演奏の名盤をまとめてご紹介しました。そこで今回は、ミュンシュ以外の愛聴盤のご紹介です。

695ポール・パレ―指揮デトロイト響(1959年録音/マーキュリー盤) パレーの出す音は、フランス語の鼻に抜けるような発音では無く、ずっと明確な音です。基本テンポも速く、強固に引き締まった造形は、「フランスのムラヴィンスキー」と呼びたいところです。この曲でも、1楽章と5楽章の速さはミュンシュ以上に常軌を逸していて、大炎上する恋の炎の中に一直線に飛び込んでゆくかのようです。この曲はやはりこのような演奏でなければいけません。年代の割には録音も明瞭なので、演奏の真価を損なうことなく味わえます。ミュンシュ盤と聴き比べてみると楽しいです。

Berlioz_fantasticイーゴリ・マルケヴィチ指揮パリ・ラムルー管(1961年録音/グラモフォン盤) 鬼才マルケヴィチは、ミュンシュやパレーが速いテンポで燃え上がるのとは反対に、テンポを大きく伸縮させており、遅い部分では心の底に深く沈滞するような演奏です。それでいて高揚感にも不足は感じません。やはり曲の本質に近づいた良い演奏だと思います。但し、不満が残るとすれば、オケの響きと性能が極上とは僅かに言い難いことです。

Img481e9336zikezjアンドレ・クリュイタンス指揮パリ音楽院管(1964年録音/Altus盤) 東京文化会館での歴史的な名演奏です。ドラマティックな白熱度ではミュンシュに僅かに及ばないとしても、相当な熱気を帯びています。それでいて至る所に気品が漂うあたりはさすがにクリュイタンスです。好みで、こちらを取る人も多いと思います。NHKによる録音は当時としては優秀で、ミュンシュのライブ盤よりも音質もバランスもずっと上です。

Ozawa_berlioz小澤征爾指揮ボストン響(1973年録音/グラモフォン盤) 小澤がボストン響の監督になって初めて来日したのが1978年ですが、僕はその時に東京文化会館で「幻想交響曲」を聴きました。それは若き小澤の情熱と熱気がほとばしるような素晴らしい演奏でした。それに比べると、5年前のボストン響とのデビュー録音は、若々しく新鮮な演奏には違いありませんが、少々軽過ぎるように感じます。健康的な印象も、この曲にはどうかなと思ってしまいます。ただ、そうは言いつつも、若き小澤征爾の想い出深い演奏ですので忘れられません。

41sw57tffnl__ss400_ジャン・マルティノン指揮フランス国立放送管(1973年録音/EMI盤) ある意味では最もフランス的な演奏かもしれません。鼻に抜けるような軽味がいかにも生粋のパリジャンを想わせます。ドイツ系の血が流れるミュンシュやベルギー生れのクリュイタンスの力のこもった音とは明らかに異なります。沈み込むような深刻さは余り感じません。2楽章は録音当時としては少数派のコルネット入り版を使用しています。その洒脱な演奏が、いかにもパリの社交界の雰囲気です。

1196100949小林研一朗指揮/チェコ・フィル(1996年録音/CANYON盤) コバケンはこの曲を得意にしていますが、実演で聴いたのは何年か前に東京文化会館でN響を指揮した演奏会です。それは非常にドラマティックな演奏で大いに楽しめました。このCDは相性の良いチェコ・フィルとの演奏ですが、弦も管も音が非常に美しく聞こえます。ただ、コバケンが本領を発揮するのは、やはりライブです。この曲にしては幾らか大人しく感じますが、CANYONの録音も優秀ですし、じっくりと聴くのには良い演奏です。

Eschenbachfantastiqueクリストフ・エッシェンバッハ指揮パリ管(2002年録音/NAIVE盤) パリ管の音を新しい録音で聴けるのは魅力です。1楽章冒頭を思い入れたっぷりに開始するのはエッシェンバッハ調ですが、この曲にはピッタリです。主部の盛り上がりについても上々です。2楽章は綺麗ですが、やや淡白。3楽章は重く聴き応えが有ります。4~5楽章の狂気さはミュンシュには及びませんが、パリ管は流石に手の内に入った演奏ぶりで安心して聴いていられます。録音が良いのでティンパニーの迫力には圧倒されます。但し4楽章のリピートは、一度断頭台に向かった死刑囚が再び刑務所に戻るみたいで好みません。

というわけで、どれもが個性的な演奏なので気に入っていますが、現在いちばん聴きたくなるのはエッシェンバッハ指揮パリ管盤です。

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ベルリオーズ 「幻想交響曲」 シャルル・ミンシュの名盤

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2012年9月 6日 (木)

ベルリオーズ 「幻想交響曲」 ~シャルル・ミュンシュの名盤~

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ベルリオーズの作曲した「幻想交響曲」の解説で、必ず登場するのがアイルランド出身の女優ハリエッタ・スミスソンです。彼女は15歳で地元ダブリンの劇場でデビューして、18歳の時にロンドンへ移りますが成功しませんでした。けれども28歳の時にフランス、パリのオデオン座でシェイクスピアの「ロミオとジュリエット」や「ハムレット」でヒロイン役を演じると一躍人気女優となりました。

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当時25歳のベルリオーズは、その公演を観て彼女に激しい恋心を抱き、劇場に通い詰めては、彼女にせっせと求愛の手紙を送りましたが、既に人気女優となったハリエッタが、まだ無名で3歳年下のベルリオーズに振り向くわけは有りません。

失恋したベルリオーズは徐々に彼女に憎悪の念を抱くようになり(まぁ、よく有る話です)(笑)、アヘンを服用しながら、この「幻想交響曲」を作曲しました。「恋に深く絶望し、アヘンを吸った、豊かな想像力を持つある芸術家」の物語を音楽で表現したのですが、それが自分自身であったことは言うまでもありません。

その後、徐々に名が知られてきたベルリオーズは女流ピアニストと恋愛して、またも破断の目に遭います。そして、29歳の時にパリで「幻想交響曲」の演奏会を開きますが、ちょうど同じ時に、あのハリエッタ・スミスソンの劇団がパリに滞在していたために、偶然彼女は演奏会に出向きました。彼女はベルリオーズのことなどは、すっかり忘れ去っていましたし、ましてや演奏曲目が自分自身を主題にしたなどとは全く知らなかったのです。ところがプログラムに書かれた解説を呼んでいるうちに、それが自分のことであるのに気が付き、大変な衝撃を受けました。

その演奏会をきっかけに二人の交際が始まり、翌年には結婚しました。いやー、天才芸術家の人生は何ともドラマティックですね。もっとも二人の仲は結婚後に徐々に冷え込んでゆき、結局は離婚してしまいますが・・・。

ここで、曲の物語の概略を記しておきます。

病的な感受性と想像力に富んだ若い音楽家が、恋の悩みに絶望してアヘンによる服毒自殺を図る。彼は重苦しい眠りの中で奇怪な幻想を見て、彼の病んだ脳の中に音楽的な映像となって現れる。

第1楽章「夢・情熱」
彼は情熱の熱病、憂鬱、喜びをわけも無く感じ、愛する彼女を見る。そして彼女が呼び起こす火山のような愛情、胸を締めつけるような熱狂、発作的な嫉妬、優しい愛の回帰、厳かな慰み。

第2楽章「舞踏会」
ある舞踏会の華やかなざわめきの中で、彼は再び愛する彼女にめぐり合う。

第3楽章「野の風景」
ある夏の夕べ、野原で羊飼いが吹く笛を聞く。風にそよぐ木々のざわめきが心に平安をもたらす。しかし彼女が再び現れ、不安で心が締めつけられる。遠くの雷鳴、孤独、静寂。

第4楽章「断頭台への行進」
彼は夢の中で愛する彼女を殺し、死刑を宣告され、断頭台へと引かれてゆく。そして行進は、最後の愛の思いのように、死の一撃によって遮られる。

第5楽章「魔女の夜宴の夢」
魔女の饗宴の場に居る自分。周りには亡霊や化け物が、彼の葬儀に集まって大騒ぎをしている。そこへ殺した彼女が娼婦のような姿に変わり果てた姿で現れて悪魔の大饗宴に加わる。弔の鐘が鳴り、もはや饗宴と怒りの日がいっしょくたになってしまう。

交響曲というジャンルに、これほどまでの物語性を込めたのは音楽史上初めてのことであり、シューベルトやウエーバーから始まったロマン派が飛躍的に進化した記念碑的な作品となりました。全5楽章という構成も形にとらわれずにユニークですし、各楽章が全て個性的で魅力にあふれます。燃え上がるほどに情熱的な第1楽章、美しく華やかにもかかわらず翳りを感じる第2楽章、美しく静寂と葛藤が交錯する第3楽章、乱痴気騒ぎの行進曲だがアイロニーに溢れた第4楽章、正に踊り狂う大饗宴の第5楽章と、どの楽章も非常な傑作です。見ようによっては2楽章のワルツはメヌエット楽章の異形、4楽章の行進曲はスケルツォ楽章の異形と考えられなくもないような気がします。

また、管弦楽の色彩感の豊かさも驚くほどです。ティンパニーを倍にしたアイディアと演奏効果は抜群です。第2楽章にはベルリオーズ本人の手で後からオブリガート的に書き加えられたコルネット入りの版が有りますが、パリの社交界の華やかさが強調されているように感じられます。最終稿では再び削除されていますが、このコルネット入り版も多く録音されています。そして、第5楽章で使われる弔いの鐘も極めて印象的です。

この曲こそは、近代管弦楽の元祖だと言えるでしょう。ベートーヴェンの時代から、まだほんの僅かの時間しか経っていないというのに、ベルリオーズは驚くほどの天才でした。

この曲を演奏する場合には、標題音楽である以上、この破天荒な内容に相応しい演奏で無ければなりません。そうなると、昔からこの曲のスペシャリストとして余りに有名なシャルル・ミュンシュを第一に上げるのが、やはり妥当だと思います。他のどんな指揮者と比べてもミュンシュの演奏は情熱的であり、炎の中に飛び込むような切羽詰まった感情を表現し尽しているからです。基本テンポは相当に速いのですが、音を溜めるべきところではグッと溜めて力を込めた音を鳴らします。ですので他の誰よりも聴き応えが有ります。

ミュンシュの「幻想」には多くの録音が残されていますが、その中から僕の愛聴盤をご紹介します。

Munch592シャルル・ミュンシュ指揮ボストン響(1962年録音/RCA盤) ミュンシュのRCAへのステレオ録音には1954年盤と1962年盤の二種類が有りますが、僕は62年盤で聴いています。RCAの録音が優れているので、最も録音条件の良い演奏を聴きたければこのディスクがお勧めです。但しパリ管盤と比べると整い過ぎていて、ミュンシュにしては少々大人しい印象を受けます(他の指揮者と比べれば充分に熱いですが)。あくまでもパリ管盤の補完的存在と考えるべきです。

Munch_france_radioシャルル・ミュンシュ指揮フランス国立管(1963年録音/ディスク・モンターニュ盤) リスボンでのライブです。モノラル録音ですが、音のバランスが良いので聴き易いと言えます。後年のパリ管との演奏に比べると、表現の幅では幾らか聴き劣りしますが、終楽章などでは、さすがにミュンシュのライブだけあって、凄まじい熱演となっています。但しパリ管のライブ盤が出てしまった以上は、モノラル録音である当盤の存在意義は非常に薄れてしまったと言えるでしょう。

Munch346シャルル・ミュンシュ指揮パリ管(1967年録音/EMI盤) ミュンシュの、そしてこの曲の代表盤として昔から定評のある演奏です。パリ音楽院管が発展して、パリ管に新たに生まれ変わりましたが、フランス文化省の肝入りだけあって、名実ともに大成功となりました。とにかくオーケストラが異常なほどに熱く燃え上がった演奏です。破天荒なこの名曲は、やはりこのような破格の演奏でなければいけません。問題は元々の録音が余り明瞭でないために、CDのマスタリングを高音域強調にしてしまい、音が耳に刺激的なことです。僕のアナログ盤は米Angel盤ですが、弦のふわりとした柔らかさが心地良いです。CDは、国内盤も海外盤(写真)も大きな違いは有りません。

Munch_liveシャルル・ミュンシュ指揮パリ管(1967年録音/Altus盤) 有名なEMI録音から1か月後にシャンゼリゼ劇場でパリ管創設記念演奏会が開かれました。これはその時のライブです。3年前に初めて聴いた時には、残響の少ないデッド気味の音質にやや聴きづらさを感じましたが、耳が慣れると、その生々しい音にむしろ好印象を受けます。スタジオ録音で、あれほどの熱演をしていたミュンシュ/パリ管が実演のそれも記念演奏会となれば、どうなるかは想像出来ますが、果たして予想通りか、それ以上の熱演です。表情の彫は深く、溶解寸前まで熱くなっている演奏を言葉では到底表せません。EMI盤と合わせて座右に置きたい歴史的な名盤です。

この他にも、ボストン響との1954年スタジオ録音や、1962年日本ツアーでのライブ盤があります。変わったところでは1966年のブダペストでのハンガリー放送響とのライブ録音もありました。けれども究極的には、やはりパリ管とのEMI盤とライブ盤の二つに尽きると思います。

「幻想交響曲の演奏はミュンシュに限る」と言っても過言では無いと思いますし、それで少しも困りはしないのですが、これほどの名曲がそれではやはり勿体無いので、次回はミュンシュ以外の愛聴盤についてご紹介する予定です。

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