~名曲シリーズ~ フォーレ 「レクイエム」op.48 名盤
ガブリエル・フォーレ・・・なんとも美しい響きの名前ですね。そして、このフランスの作曲家は名前の響きの通り、実に美しい音楽を書きました。「美しい音楽」というキーワードから、僕は真っ先にフォーレの曲を思い浮べますが、本当にこれほど繊細で優しい美しさを持った音楽は、ちょっと他に思い当たりません。
そのフォーレの曲で、僕が良く聴くのは10曲ほどの室内楽曲、それに「レクイエム」です。傑作ぞろいの室内楽曲については別の機会にまとめて記事にしたいと思っていますが、今回は<名曲シリーズ>として、「レクイエム」を取り上げます。
今から数年前に自分の父親を亡くしたとき、初めて訪れた家族の死の悲しみに、とても音楽を聴くどころではありませんでした。それでも、ちょっと聴いてみようかな、と思えた音楽が、フォーレの「レクイエム」だったのです。そして、この曲の美しさが心に沁み入ってきて、胸がいっぱいになりました。
フォーレはある人に宛てた手紙の中で、次のように書いています。
「私のレクイエム……は、死に対する恐怖感を表現していないと言われており、なかにはこの曲を死の子守歌と呼んだ人もいます。しかし、私には、死はそのように感じられるのであり、それは苦しみというより、むしろ永遠の至福の喜びに満ちた開放感に他なりません。」
そうなのですね。亡くなる前に病気で苦しんだ父親には、きっと天国で喜びに満たされてもらいたいという気持ちになってしまうのです。
フォーレはパリのマドレーヌ寺院で教会オルガニストを何年も務めましたが、この曲はその教会でフォーレ自身の手で初演されました。ところが、寺院の司祭からは「斬新過ぎる」と叱責を受けたそうです。それもそのはずで、当時のカトリックの死者へのミサでは、最後の審判を描く「怒りの日」は欠くことが出来ないのですが、フォーレは手紙に書いた考えのように、それを除いてしまったのです。
その初演の際には、現在の7曲の構成では無く、第2曲「オッフェルトリウム」と第6曲「リベラ・メ」を欠く、5曲の構成でした。現在の7曲構成に書き換えられたのは1893年ですので、それは<1893年版(原典版)>と呼ばれます。
第1曲 入祭唱とキリエ
第2曲 オッフェルトリウム(奉献唱)
第3曲 サンクトゥス(聖なるかな)
第4曲 ピエ・イエズ(ああ、イエスよ)
第5曲 アニュス・デイ(神の子羊)
第6曲 リベラ・メ(許したまえ)
第7曲 イン・パラディスム(楽園へ)
1893年版は、マドレーヌ寺院での初演の時のように、極めて小さな編成がとられています。それは従来、一般的に演奏されてきた、フォーレの弟子が楽譜出版の際に、出版社から要請されたために編成を大きく書き換えた<改定版>とは大きく異なります。ですので、最近では1893年版をもって、本来の姿と言われるようになりましたが、僕は<改定版>が必ずしも<改悪>だとは思えません。
管弦楽については、元々ヴァイオリンを排した、ヴィオラ主体の非常に柔らかい音色ですが、唯一ヴァイオリンが加わる「サンクトゥス」で、原典版では独奏でしたが、改定版では重奏になるので、かなり印象が変わります。ティンパニの扱いは一番難しく思います。原典版では、どうしても音量のバランスが大過ぎに感じてしまう演奏が多いのですが、改訂版ではバランスが丁度良いように感じます。
このように改訂版は、むしろ<改善>と言えないことも有りません。ですので、僕としては余り「原典主義」にこだわる必要は無く、両方の良さを味わえば、それで良いのではないかと思っています。
また、この曲は声楽の扱いも問題になります。初演の際には、昔の教会音楽のならわし通りに女性の起用は無く、ソプラノはボーイソプラノ、女性合唱は少年合唱団が歌いました。けれどもその後、コンサートで演奏される場合には、ソプラノ独唱と女性合唱で歌われることが多くなりました。これは教会音楽に共通する問題ですが、個人的には少年合唱を好みますが、どうしてもというこだわりは有りません。
7曲はどれもが本当に素晴らしい曲ですが、僕が特に愛して止まないのは、第5曲「アニュス・デイ」です。嗚呼、何と美しき哉!
それでは、その愛聴している演奏をご紹介します。
ジョン・ラター指揮シティ・オブ・ロンドン、ケンブリッジ・シンガーズ(1984年録音/コレギウム・レコード盤) これは原典版の先駆けとなった演奏です。いかにもイギリスの合唱らしく、厳かで禁欲的な雰囲気がこの曲によく適しています。大人のコーラスでも、これほどの純度の高さで歌われると、心底魅了されます。ソプラノ独唱は女性のキャロライン・アシュトンですが、ノン・ヴィヴラートの歌唱が非常に美しく素晴らしいです。オーケストラも美しく、ティンパニーや金管も突出することなくバランスが取れています。この透明で室内楽的な響きこそが、フォーレの尽きせぬ魅力だと、つくづく思い知らされます。
フィリップ・ヘレヴェッヘ指揮シャペル・ロワイヤル/サン=ルイ少年合唱団(1988年録音/ハルモニアムンディ盤) これも原典版による演奏です。ラター盤ほどに厳格に統率されてはおらず、良い意味でフランス的な曖昧さを感じます。音に軽みと温かみのあるのが魅力です。ソプラノ独唱のアネェス・メロンの少年のような純粋な歌唱も聴きどころです。ティンパニーや金管がやや目立ち気味で、音のバランスの悪さを感じますが、これが原典版の演奏の難しさです。
ミシェル・コルボ指揮ベルン交響楽団、聖ピエール=オ=リアン・ド・ビュール聖歌隊(1972年録音/エラート盤) 改訂版での演奏ですが、長い間「名盤」と呼ばれていただけあって、いまだ少しも魅力を失いません。聖歌隊の美しい歌声は、まさに教会の中で敬虔な雰囲気に包まれて聴いているような気になります。ボーイ・ソプラノのソロが素晴らしいのもメリットです。アラン・クレマンという少年が歌っていますが、これだけ美しく上手く歌われると、「汚れを知った」大人の声では、ちょっと敵わないなと思わせるのが凄いです。コルボは、この曲を何度も録音していますが、この美しい演奏の価値は決して変わらないと思います。
ということで、原典版ならラター盤、改訂版ならコルボ盤を特に愛聴しています。
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