フォーレ(声楽曲)

2012年3月24日 (土)

~名曲シリーズ~ フォーレ 「レクイエム」op.48 名盤

Gabriel_faure

ガブリエル・フォーレ・・・なんとも美しい響きの名前ですね。そして、このフランスの作曲家は名前の響きの通り、実に美しい音楽を書きました。「美しい音楽」というキーワードから、僕は真っ先にフォーレの曲を思い浮べますが、本当にこれほど繊細で優しい美しさを持った音楽は、ちょっと他に思い当たりません。

そのフォーレの曲で、僕が良く聴くのは10曲ほどの室内楽曲、それに「レクイエム」です。傑作ぞろいの室内楽曲については別の機会にまとめて記事にしたいと思っていますが、今回は<名曲シリーズ>として、「レクイエム」を取り上げます。

今から数年前に自分の父親を亡くしたとき、初めて訪れた家族の死の悲しみに、とても音楽を聴くどころではありませんでした。それでも、ちょっと聴いてみようかな、と思えた音楽が、フォーレの「レクイエム」だったのです。そして、この曲の美しさが心に沁み入ってきて、胸がいっぱいになりました。

フォーレはある人に宛てた手紙の中で、次のように書いています。

「私のレクイエム……は、死に対する恐怖感を表現していないと言われており、なかにはこの曲を死の子守歌と呼んだ人もいます。しかし、私には、死はそのように感じられるのであり、それは苦しみというより、むしろ永遠の至福の喜びに満ちた開放感に他なりません。」

そうなのですね。亡くなる前に病気で苦しんだ父親には、きっと天国で喜びに満たされてもらいたいという気持ちになってしまうのです。

フォーレはパリのマドレーヌ寺院で教会オルガニストを何年も務めましたが、この曲はその教会でフォーレ自身の手で初演されました。ところが、寺院の司祭からは「斬新過ぎる」と叱責を受けたそうです。それもそのはずで、当時のカトリックの死者へのミサでは、最後の審判を描く「怒りの日」は欠くことが出来ないのですが、フォーレは手紙に書いた考えのように、それを除いてしまったのです。その初演の際には、現在の7曲の構成では無く、第2曲「オッフェルトリウム」と第6曲「リベラ・メ」を欠く、5曲の構成でした。

現在の7曲構成に書き換えられたのは1893年のことです。

第1曲 入祭唱とキリエ
第2曲 オッフェルトリウム(奉献唱)
第3曲 サンクトゥス(聖なるかな)
第4曲 ピエ・イエズス(ああ、イエスよ)
第5曲 アニュス・デイ(神の子羊)
第6曲 リベラ・メ(許したまえ)
第7曲 イン・パラディスム(楽園へ)

そこで、この曲の版について整理しておきます。

<第1稿>
作曲開始は1887
年で、その翌年にマドレーヌ寺院においてフォーレの指揮によって初演されました。「入祭唱とキリエ」、「サンクトゥス」、「ピエ・イエズス」、「アニュス・デイ」、「イン・パラディスム」の5曲構成です。ソプラノ独唱とコーラス、管弦楽がヴィオラ、チェロ、コントラバス、ヴァイオリン独奏(「サンクトゥス」のみ)、ハープ、打楽器、オルガンという編成です。

<第2稿>(1893年版とも)
初演ののち、フォーレは曲に段階的に手を加え、「オッフェルトリウム」と「リベラ・メ」の2曲が追加されて7曲構成となり、更にバリトンを加え、楽器編成も増やしてまとめられたのが、1893年もしくは1894年と考えられます。一般的には「1893年版」とされます。

この第2稿はフォーレの自筆譜が失われたため、マドレーヌ寺院での演奏時のパート譜などをもとに復元する試みが行われました。ひとつは、イギリスの作曲家ジョン・ラターによる校訂版で、もうひとつが、フォーレ研究家のジャン=ミシェル・ネクトゥーが指揮者ロジェ・ドラージュと共同校訂した、ネクトゥ/ドラージュ版です。第2稿は、マドレーヌ寺院での初演時のように小さな編成がとられていることから、近年では第2稿が、この曲の本来の姿であると見られるようになりました。

<第3稿>(1900年版とも)
これまで一般的に演奏されて来た<改定版>で、19005月にリールにおいて初演、7月にパリ万国博覧会でも演奏され、大成功を収めたことから「1900年版」とも呼ばれます。フォーレが総譜を出版社に送ってから出版されるまでに10年以上経っていて、この間に出版社がフォーレに編成を大きく書き直すよう要求したものと見られます。更にこの改定にはフォーレ自身だけでなく、フォーレの弟子の手も加わっていると考えられています。

以上ですが、管弦楽については、元々ヴァイオリンを外して、ヴィオラを主体とした非常に柔らかい音色ですが、1曲だけヴァイオリンが加わる「サンクトゥス」も、第2稿では独奏ですが、第3稿では重奏になり、かなり印象が変わります。
また、第2稿では打楽器の扱いが難しく思われます。全体の編成が小さい為に音量のバランスが取り難く、突出して感じられる演奏が多く見られます。それに対して第3稿ではバランスが丁度良くなります。

このように改訂は、むしろ<改善>と言えないことも有りません。ですので、必ずしも「原典主義」にこだわる必要は無く、両方の良さを味わえば良いのではないかと思っています。

もうひとつ、声楽の扱いも問題になります。初演の際には、昔の教会音楽の慣習通りに女性の起用は無く、ソプラノはボーイソプラノ、女性合唱は少年合唱団が歌いました。けれどもその後、コンサートで演奏される場合には、ソプラノ独唱と女性合唱で歌われることが多くなりました。もちろん、これはこの曲に限ったことではなく教会音楽に共通する問題ですが、個人的には技量の比較を云々するよりは、歌声が純真無垢な少年合唱を好みます。

それでは、その愛聴している演奏をご紹介します。7曲はどれもが本当に素晴らしい曲ですが、僕が特に愛して止まないのは、第5曲「アニュス・デイ」です。嗚呼、何と美しき哉!

まずは一般的に聴かれてきた<第3稿>による録音からです。

1295090691 ルイ・フレモ―指揮モンテカルロ歌劇場管、フィリップ・カイヤール合唱団(1959年録音/エラート盤) 少々古い録音であり、近年の小編成で緻密な精度の合唱と比べると、随分と甘く感じられます。ところがそのおおらかで温かみの感じられる歌声が妙に心に沁みます。歌っているのは生身の人間たちなんだなぁと改めて思い、逆に新鮮に感じるのです。「ピエ・イエズス」にはボーイ・ソプラノが起用されていますが、正直言って非常につたないです。音程を気にされる方は絶対に聞いていられないと思います。けれどもヨーロッパの教会で本当のミサに参列した経験の有る人にはむしろ本物らしくて抵抗は無いかもしれません。僕もその一人です。こういう演奏はいつまでも大切にしておきたいです。

Recd2815

ミシェル・コルボ指揮ベルン交響楽団、聖ピエール=オ=リアン・ド・ビュール聖歌隊(1972年録音/エラート盤) これは<第3稿>改訂版での演奏では、長い間「名盤」と呼ばれていただけあって、いまだ少しも魅力を失いません。聖歌隊の美しい歌声は、まさに教会の中で敬虔な雰囲気に包まれて聴いているような気になります。「ピエ・イエズス」のボーイ・ソプラノのソロが素晴らしいのもメリットです。アラン・クレマンという少年が歌っていますが、これだけ美しく上手く歌われると、「汚れを知った」大人の声では、ちょっと敵わないなと思わせるのが凄いです。コルボはこの録音の後にも、この曲を何度も録音していますが、この美しい演奏の価値は決して変わらることが有りません。

Faure ベルナール・トマ指揮トマ室内管、合唱指揮パトリック・マルコ、Choir Victoria D'ArgenteuilPetits Chanteurs De Paris(1984年録音/FORLANE盤) フランス盤ですが、日本ではポニー・キャニオンから販売されたことも有ります。演奏者情報が分かり辛いのはご容赦を。しかし演奏は非常に素晴らしいです。オーケストラもコーラスもカッチリとしてはいますが、パリの教会で録音されたので残響が深く雰囲気が豊かです。ソプラノのRose-Marie MEZACは、まるでボーイソプラノのような清純な声で最高です。バリトンのミシェル・ピッグマルは自分の合唱団を持つぐらいの人で歌い手としても素晴らしいです。それらをトマがゆったりとスケール大きめな指揮でまとめあげて第一級のフォーレを堪能させてくれます。これは隠れ名盤だと言えます。

879 エマニュエル・クリヴィヌ指揮国立リヨン管、合唱団(1988年録音/DENON盤) フランスで長く活躍したクリヴィヌのこの録音はべルージュの教会で行われ、日本からも録音制作に携わりました。どれだけ話題になったかは知りませんが、非常に素晴らしい演奏です。管弦楽は編成の大きさがプラスとなり、フォーレのあの柔らかい音を味わえますし、合唱も優れていて静謐な宗教的敬虔さを充分に感じさせます。ソプラノのロワがボーイ・ソプラノのような清純な声なのは嬉しいですが、バリトンのルルーはややオペラ的なのが残念です。第3稿では名盤の一つとして上げても良いのでは無いでしょうか。

Wpcs000050110_lll ミシェル・コルボ指揮ローザンヌ器楽/声楽アンサンブル(1992年録音/エラート盤) コルボとしては2回目の録音だと思いますが、’72年録音と比べると純音楽的に徹底され尽くした演奏に感じます。’72盤では合唱主体の録音バランスだったのが、合唱と管弦楽が対等に録られている為に対旋律が明確に聴き取れます。といっても教会の豊かな響きの中での録音ですので、宗教的な雰囲気が損なわれている訳ではありません。管弦楽がやや目立ち過ぎな箇所も有るには有りますが。ソプラノは大人のダミが起用されましたが、少年らしい清純な声が心地好いです。バリトンのハーヴィーにも不満は有りません。’72年盤とどちらを好むかは聴き手次第だと言うしかない素晴らしい演奏です。

続いては近年主流となった<第2稿>の録音です。

Faure35111471_0 ジョン・ラター指揮シティ・オブ・ロンドン、ケンブリッジ・シンガーズ(1984年録音/コレギウム・レコード盤) ラターが校訂をした翌年に自ら指揮して録音を行い、第2稿の先駆けとなった演奏です。英国の合唱団らしく、厳かで禁欲的な雰囲気がこの曲によく適しています。大人のコーラスでも、これほどの純度の高さで歌われると、心底魅了されます。ソプラノ独唱は女性のキャロライン・アシュトンですが、ノン・ヴィヴラートの歌唱が美しいです。オーケストラも美しく、ティンパニーや金管も突出することなくバランスが取れています。この透明で室内楽的な響きこそが、フォーレの尽きせぬ魅力だと、つくづく思います。あえて言えば演奏が立派な分、フランス的な”軽み”には欠けます。

Becc780al フィリップ・ヘレヴェッヘ指揮シャペル・ロワイヤル、サン=ルイ少年合唱団(1988年録音/ハルモニアムンディ盤) これも第2稿による演奏です。ラター盤ほどに厳格に統率されてはおらず、良い意味でフランス的な曖昧さを感じます。音に軽みと温かみのあるのが魅力です。宗教的な敬虔さには欠けますが、美しいです。ソプラノ独唱のアネェス・メロンの少年のような純粋な歌唱も聴きどころです。ティンパニーや金管が目立ち気味で、幾らか音のバランスの悪さを感じますが、これが原典版の演奏の難しさです。

1588656716_front ミシェル・コルボ指揮シンフォニア・ヴァルソヴィア、ローザンヌ声楽アンサンブル(2006年録音/MIRARE盤) コルボのこの曲の実に4度目の録音です。ここでは第2稿を用いて演奏しています。時代の潮流には逆らえないということでしょうか。しかし合唱の緻密な歌わせ方は流石コルボです。深く敬虔な雰囲気が感じられます。独唱のソプラノのクインタンスと、バリトンのハーヴィーも宗教曲的な静謐な歌唱で素晴らしいです。管弦楽の音の美しさと表現力は特筆に値しますが、余りに上手く器楽的に聴こえるのが贅沢な不満でしょうか。いえ余りに勿体ないことです。

もちろん第2稿と第3稿の両方で聴いて頂くべきですが、マイ・フェイヴァリットを上げれば、第3稿ではやはりコルボの1972年盤、第2稿では今となってはコルボの2006年盤、 ということになります。

<補足>
フレモ―盤、トマ盤、クリヴィヌ盤、コルボの1992年盤、2006年盤を加筆しました。その為にフェイヴァリット盤も書き変えました。

| | コメント (24) | トラックバック (0)

その他のカテゴリー

A.ヴィヴァルディ G.F.ヘンデル J.S.バッハ(カンタータ、オラトリオ他) J.S.バッハ(ミサ曲、受難曲) J.S.バッハ(協奏曲) J.S.バッハ(器楽曲:弦楽器、管楽器) J.S.バッハ(器楽曲:鍵盤楽器) J.S.バッハ(管弦楽曲) J.S.バッハ(諸々その他) イギリス音楽(ホルスト、ヴォーン・ウイリアムズ、デーリアス他) イタリアのバロック音楽(モンテヴェルディ、ペルゴレージ、コレッリ他) ウェーバー エルガー グラズノフ グリーグ サン=サーンス シベリウス シベリウス(交響曲全集) シベリウス(交響曲) シベリウス(協奏曲) シベリウス(室内楽曲) シベリウス(管弦楽曲) シューベルト(交響曲) シューベルト(器楽曲) シューベルト(声楽曲) シューベルト(室内楽曲) シューベルト(管弦楽曲) シューマン(交響曲) シューマン(協奏曲) シューマン(器楽曲) シューマン(声楽曲) シューマン(室内楽曲) ショスタコーヴィチ(交響曲) ショパン(協奏曲) ショパン(器楽曲) ストラヴィンスキー スペインの音楽(ファリャ、ロドリーゴ他) スメタナ チェコ、ボヘミア音楽 チャイコフスキー(交響曲) チャイコフスキー(協奏曲) チャイコフスキー(室内楽曲) チャイコフスキー(管弦楽曲) ドイツ、オーストリアのバロック音楽(パッヘルベル、ビーバー、シュッツ他) ドイツ・オーストリア音楽 ドビュッシー ドヴォルザーク(交響曲全集) ドヴォルザーク(交響曲) ドヴォルザーク(協奏曲) ドヴォルザーク(室内楽曲) ドヴォルザーク(管弦楽曲) ハイドン(交響曲) ハンガリーの音楽 ビゼー フォーレ(声楽曲) フォーレ(室内楽曲) フランク フランス音楽(ドリーヴ、プーランク、サティ他) ブラームス(交響曲全集) ブラームス(交響曲第1番~4番) ブラームス(協奏曲:ピアノ) ブラームス(協奏曲:ヴァイオリン他) ブラームス(器楽曲) ブラームス(声楽曲) ブラームス(室内楽曲) ブラームス(管弦楽曲) ブルックナー(交響曲全集) ブルックナー(交響曲第0番~3番) ブルックナー(交響曲第4番~6番) ブルックナー(交響曲第7番~9番) ブルッフ プッチーニ プロコフィエフ(管弦楽曲) ベルリオーズ ベートーヴェン ベートーヴェン(交響曲全集) ベートーヴェン(交響曲第1番~3番) ベートーヴェン(交響曲第4番~6番) ベートーヴェン(交響曲第7番~9番) ベートーヴェン(協奏曲) ベートーヴェン(器楽曲) ベートーヴェン(室内楽曲) ベートーヴェン(弦楽四重奏曲全集) ベートーヴェン(弦楽四重奏曲:初期~中期) ベートーヴェン(弦楽四重奏曲:後期) ベートーヴェン(歌劇、声楽曲) マーラー(交響曲第1番~4番) マーラー(交響曲第5番~7番) マーラー(交響曲第8番~10番、大地の歌) マーラー(声楽曲) メンデルスゾーン モーツァルト(交響曲) モーツァルト(協奏曲: ピアノ 第01~9番) モーツァルト(協奏曲: ピアノ 第10~19番) モーツァルト(協奏曲: ピアノ 第20~27番) モーツァルト(協奏曲:ヴァイオリン) モーツァルト(協奏曲:管楽器) モーツァルト(器楽曲) モーツァルト(声楽曲) モーツァルト(室内楽曲) モーツァルト(歌劇) モーツァルト(諸々その他) ヤナーチェク ヨハン・シュトラウス ラフマニノフ(交響曲) ラフマニノフ(協奏曲) ラフマニノフ(室内楽曲) ラヴェル リヒャルト・シュトラウス(楽劇) リヒャルト・シュトラウス(歌曲) リヒャルト・シュトラウス(管弦楽曲) リムスキー=コルサコフ レスピーギ ロシア音楽(ムソルグスキー、ボロディン、カリンニコフ他) ワーグナー(楽劇) ワーグナー(歌劇) ワーグナー(管弦楽曲) ヴェルディ(声楽曲) ヴェルディ(歌劇) 名チェリスト 名ピアニスト 名ヴァイオリニスト 名指揮者 政治・経済問題 文化・芸術 旅行・地域 日本人作品 映画 映画(音楽映画) 歌舞伎 演奏会(オムニバス) 舞踏&バレエ 芸能・スポーツ 読書 趣味 音楽やその他諸事 音楽(やぎりん関連) 音楽(アニメ主題歌) 音楽(シャンソン・タンゴ・ボサノヴァ) 音楽(ジャズ) 音楽(ポップス) 音楽(ロック) 音楽(和楽)