モーツァルト(協奏曲: ピアノ 第10~19番)

2011年9月10日 (土)

モーツァルト ピアノ協奏曲第19番ヘ長調K.459

モーツァルトが故郷ザルツブルクを離れてウイーンに乗り込んできて3年目の1784年に一気に書いた6曲のピアノ協奏曲(第14番から第19番)の最後を飾る作品です。さしずめ、6つ子兄弟の末っ子です。この曲はレオポルト2世の戴冠式の祝賀コンサートで、第26番「戴冠式」と共に演奏されたことから、やはり「戴冠式」と呼ばれることもあります。但し、元々その祝賀のために作られたわけでも有りませんし、まぎらわしくなるからか現在ではほとんど使われていません。

第1楽章アレグロ・ヴィヴァーチェは、確かに戴冠式にふさわしい、毅然としていて華やかな曲想です。但し第17番、18番あたりと比べると、やや単調な印象も拭いきれません。

第2楽章アレグレットは、穏やかな中にも哀愁がただよう主題が印象的です。特に短調に転調しての、もの悲しい表情にはとても惹かれます。

第3楽章アレグロ・アッサイは、パパゲーノ的なコミカルな動きで始まりますが、リズミカルでシンフォニックに展開してゆきます。この辺りのオーケストレーションは、いよいよ第20番以降の傑作群に到達する、いわば予告編のような気がします。そしてフィナーレはパパゲーノの「パパパパパパパ」で幕を閉じます。

それでは、僕の愛聴盤のご紹介です。

671ゲザ・アンダ独奏/指揮、ザルツブルク・モーツァルテウム室内管(1967年録音/グラモフォン盤) 全集盤からの演奏です。この演奏はあらゆる点で中庸です。「中庸の良さ」というのも有るのでしょうが、この場合は余りに普通過ぎて印象に残りません。もちろん全集の順番を埋める演奏としては、決して悪いことは無いのですが、アンダの素晴らしい演奏を知る者としては、この人にはもっともっと期待したいのです。

2edebf2ef962870ed7a190d588ced904ダニエル・バレンボイム独奏/指揮、イギリス室内管弦楽団(1972年録音/EMI盤) EMIの全集盤に含まれていますが、この録音の頃はバレンボイムの演奏が非常に乗っていたと思います。1楽章のあふれ出る楽しさとニュアンスの変化は充実感で一杯ですし、短調部分でのアタックの力強さは聴きごたえが有ります。2楽章のこぼれ落ちるような哀しみの表情にも大いに惹かれます。3楽章は堂々と立体的なオケ伴奏に乗って自由自在に駆け回るピアノが魅力的です。全体的にロマンティックに傾いた演奏ですが、曲の小粒さを感じさせない素晴らしさです。

Fi2546314_0e アンネローゼ・ シュミット独奏、マズア指揮ドレスデン・フィル(1975年録音/独edel盤) 全集盤からの演奏です。1楽章ではシュミットもマズアも、どういうわけか普段の男勝りで堂々とした雰囲気は無く、非常に女性的で小粒な演奏となっています。もちろん古典的な造形性は美しいとは思いますが、元々小粒な印象のこの曲を等身大で演奏されると、やや聴きごたえが無く感じてしまいます。過不足無いことがもの足りません。但し、2、3楽章では一転して「中庸の良さ」の美しさと充実感を感じます。

Mozart_serkin ルドルフ・ゼルキン独奏、アバド指揮ロンドン響(1983年録音/グラモフォン盤) BOX選集に含まれています。どういうわけか、この演奏も1楽章が小粒に感じます。特にアバドのオケ伴奏です。ゼルキンのピアノも想定範囲内で特徴に欠けています。それは2楽章に入っても印象が変わりません。3楽章では、ようやく曲にも演奏にも躍動感を感じて楽しめますが、どうもこの曲は、2楽章までが意外に難曲なのかもしれません。

これ以外では、以前はハスキルのフリッチャイ伴奏盤(グラモフォン録音)を持っていましたが、余り印象に残っていません。というわけで、僕にとってはこの曲もやはりバレンボイム盤が群を抜いた魅力を感じさせてくれます。

さて、次回からはいよいよ20番台に入ります。本当の傑作群ですし、愛聴盤の数も増えますので、毎週の記事アップは難しいかもしれませんが、頑張って行きます。

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2011年9月 3日 (土)

モーツァルト ピアノ協奏曲第18番変ロ長調K.456

ウイーン時代のピアノ協奏曲の六つ子作品、第14番から第19番までの五男坊は、ピアノ協奏曲第18番です。この曲は、ウイーンの盲目の女流ピアニスト、マリア・テレジア・フォン・パラディスの注文によって書かれました。従って、全体は女性的な曲に仕上がっていますが、第2楽章の変奏部分では荒々しく男性的な一面も現れます。

モーツァルト自身もこの曲を自分のレパートリーとして演奏会で演奏しましたが、その会場に臨席した皇帝ヨーゼフ2世は「ブラヴォー、モーツァルト!」と叫んだと言われています。また、やはり会場に居合わせた父モーツァルトのレオポルトも作品の美しさに涙を流したそうです。

ウイーン前期の10番台のピアノ協奏曲には、第15番や第17番以外にも名作が目白押しなので、もしも20番以降の曲しかお聴きになられていないとすると絶対にもったいないと思います。是非ともじっくりお聴きになられてほしいです。

第1楽章アレグロ・ヴィヴァーチェはオペラ・ブッフォ的な楽しさに溢れた曲です。そんな中に時折織り込まれている音の翳りに中々惹かれます。

第2楽章アンダンテ・ウン・ポコ・ソステヌート この楽章は素晴らしく魅力的です。「フィガロの結婚」でバルバリーナが歌う「カヴァティーナ」に良く似た主題と5つの変奏から成りますが、何しろ哀しくも美しい主題ですのでこの曲の一番の聴きどころと言えます。

第3楽章アレグロ・ヴィヴァーチェはロンドですが、優美さと楽しさと重さとが次々に表情を変えて現れるという、これも充実した楽章です。

それでは、僕の愛聴盤のご紹介です。

671ゲザ・アンダ独奏/指揮、ザルツブルク・モーツァルテウム室内管(1965年録音/グラモフォン盤) 全集盤からの演奏です。1楽章のテンポは中庸ですが、音の切れや充実感はアンダとしては特別に優れたものとは感じません。2楽章は悪くは有りませんが、曲の素晴らしさにやや追いついて行けていないように感じます。3楽章は一応及第点の演奏です。というわけで、アンダならばもっと期待したいところです。また録音のせいかも知れませんが、オケの音も何となく痩せている気がします。

2edebf2ef962870ed7a190d588ced904ダニエル・バレンボイム独奏/指揮、イギリス室内管弦楽団(1972年録音/EMI盤) やはりEMIの全集盤に含まれていますが、これは素晴らしい演奏です。1楽章では楽しさの中に多彩なニュアンスの変化と陰りが散りばめられていて、他の人とは充実感がまるで異なります。白眉は2楽章で、バルバリーナの哀しみが涙と共にこぼれ落ちるようです。変奏での激しさにも圧倒されます。3楽章は一転して優雅さの極みです。タッチと表現の自由自在さが正にモーツァルトを感じさせます。イギリス室内管も美しく優秀です。

Fi2546314_0e アンネローゼ・ シュミット独奏、マズア指揮ドレスデン・フィル(1976年録音/独edel盤) 全集盤からの演奏です。この曲でも、マズア率いるオケ伴奏の響きの美しさと古典的な造形性が際立ちます。シュミットのピアノは相変わらず質実剛健で女々しさというものを感じさせません。男勝りというほど荒いわけでは有りませんが、男性的と言えるかもしれません。けれども2楽章の深い哀しみの表情には心を打たれます。オケ伴奏と一体になった美しいハーモニーを奏でています。変奏部分にはやや堅苦しさを感じますが、これが彼らの純ドイツ流なのでしょう。

Mozart_serkin ルドルフ・ゼルキン独奏、アバド指揮ロンドン響(1986年録音/グラモフォン盤) BOX選集に含まれています。第17番でも感じましたが、アバドはオペラっぽい曲の演奏は非常に上手いと思います。これはイタリア人の本能でしょうね。ですので1楽章は魅力充分です。ゼルキンのピアノもゆったりと構えて大人の味わいが有ります。ところが聴きものの2楽章はアバドの指揮が意外に薄く、心に響いてきません。ゼルキンのピアノは逆に表情の濃さを意識しています。変奏部分のテヌートで重く引きずるところなどは、少々やり過ぎのような気もしますが、凄みが有ってユニークです。3楽章はピアノ、伴奏ともに美しく楽しいです。

ということで、この曲に関しては、僕が聴いた限りではバレンボイム盤が群を抜いて魅力的だと思います。

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2011年8月28日 (日)

モーツァルト ピアノ協奏曲第17番ト長調K.453

さてさて、サマー特集も終了して、モーツァルトのピアノ協奏曲に再び戻ろうかと思います。再開の曲は、ウイーン時代のピアノ協奏曲の六つ子作品、第14番から第19番までの四男坊にあたる、ピアノ協奏曲第17番です。この曲は彼の弟子のバルバラ・プロイヤー嬢のために書いたもので、第15番、16番と比べると技巧的には易しくなっています。それにしても、この曲はおよそ優美さという点では、ウイーン時代の作品の中でも髄一だと思います。モーツァルトは女性の為に曲を書くときには明らかに意識をしていますね。しかも愛弟子ですから、愛情(下心?)があふれ出ています。さすがです。ただし第2楽章や第3楽章の中に聴かれるような音の翳りは既にモーツァルトの本質を表していています。彼自身もこの曲はとても気に入っていたようですが、作曲家オリビエ・メシアンは、この曲について「モーツァルトが書いた中で最も美しく、変化とコントラストに富んでいる。第2楽章アンダンテだけでも、彼の名を不滅にするに充分である。」と絶賛しています。僕はモーツァルトの10番台のピアノ協奏曲の中では、第15番が一番好きではありますが、この第17番もとても好きです。

第1楽章アレグロは、春の暖かな風が頬を撫ぜてゆくようなイントロに始まる、とにかく優美極まりない曲です。けれども展開部の充実した内容は、さすがに中期のモーツァルトです。

第2楽章アンダンテは、「やや遅めに」と指示されているように、深い静けさに包まれた非常に美しい音楽です。特に中間部で転調して移りゆく音の陰りと悲しみの雰囲気は、後期の作品群がすぐ近くまで来ていることを暗示させるに充分です。あぁ、モーツァルト!

第3楽章は、オペラ・ブッフォ調の実に楽しい曲です。「魔笛」に登場する天衣無縫なパパゲーノが舞台の上で飛び跳ねているような光景を思い浮かべてしまいます。中間部で突然音楽が悲しみに変わるのもまた、パパゲーノの心のようです。

この曲も、僕がアナログ盤時代に聴いていたのは、ピーター・ゼルキンとアレキサンダー・シュナイダーの演奏でしたが、現在愛聴しているCDは以下の通りです。

671ゲザ・アンダ独奏/指揮、ザルツブルク・モーツァルテウム室内管(1961年録音/グラモフォン盤) 全集盤からの演奏です。テンポは中庸ですが、生命力が素晴らしいです。曲によっては多少の荒々しさを感じることがあるアンダですが、この曲では優美さと躍動感が高次元で融和しています。2楽章の深い翳りも非常に素晴らしいですが、3楽章のリズムの切れの良さとコミカルな表情は、まるで名歌手が歌い演技するパパゲーノのようで最高です。アンダはピアノだけでなく、指揮者としても素晴らしいです。

2edebf2ef962870ed7a190d588ced904ダニエル・バレンボイム独奏/指揮、イギリス室内管弦楽団(1967年録音/EMI盤) EMIの全集盤に含まれています。1楽章は意外に速いテンポです。その為か幾らかせわしなく、優美さが充分表し切れていないように感じます。一転して2楽章では遅めのテンポですが、その割に音楽の深みはいま一つです。流れも余り良くないように感じます。3楽章は前半を遅めのテンポでじっくりと各フレーズを歌いますが、楽しさが不十分です。後半はテンポアップして躍動感が感じられて良いです。

Fi2546314_0e アンネローゼ・ シュミット独奏、マズア指揮ドレスデン・フィル(1976年録音/独edel盤) 全集盤からの演奏です。まずはマズア率いるオケ伴奏の美しさに魅入られます。テンポ感覚も中庸かつ抜群です。ウイーン的に甘くなるわけではなく凛とした佇まいが逆に魅了的です。普段はいまひとつのマズア爺が顔に似合わず本当にチャーミングな指揮をしています。シュミットのピアノも堅牢で、女々しくならない格調の高さを感じます。現代的に過ぎないピアノらしい音も好きです。第2楽章の悲しみの表情と美しさも感動的です。第3楽章はコミカルというよりは格調が高いので、DFディースカウのパパゲーノといった雰囲気です。

Mozart_serkin ルドルフ・ゼルキン独奏、アバド指揮ロンドン響(1981年録音/グラモフォン盤) BOX選集に含まれています。冒頭のオケ伴奏はアバドが優等生的に健闘していますが、アンダやマズアの魅力には及びません。ゼルキンのピアノはここでもゆったりと風格と味わいを感じさせますが、少々のんびりし過ぎた印象です。第2楽章では、ゼルキンが意外や余り淡々とはならずに、むしろ大きな表情で歌います。深い悲しみがドラマティックで感動的です。第3楽章はオペラが得意なアバドに適しているのでしょう。素晴らしくチャーミングな伴奏、というよりも主役です。ゼルキンもそれに乗って生き生きとしています。

ということで、シュミット盤やゼルキン盤も捨てがたい良さが有るのですが、総合的に文句の付けようの無いアンダ盤がやはり一番好きです。

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モーツァルト ピアノ協奏曲第24、21、17、12番 ポリーニ/ウイーン・フィル盤

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2011年8月 4日 (木)

モーツァルト ピアノ協奏曲第16番ニ長調K.451

ウイーン時代のピアノ協奏曲の六つ子作品、第14番から第19番までの三男坊にあたるのが、ピアノ協奏曲第16番です。第15番とともに1784年の春に、作曲されました。第15番は技巧的にとても難しい難曲ですが、この第16番も中々の技巧が要求されます。第15番と比べると規模も小さく、閃きも薄いので幾らか地味ですが、管弦楽のシンフォニックな響きやピアノとのからみ合いの見事さは、さすがにウイーン時代の作品です。

第1楽章アレグロは、シンフォニーのように壮麗な主題がオーケストラにより演奏されます。部分的にはプラハ交響曲のような箇所もあります。ピアノ・パートも華麗に力強く対抗しますが、展開部ではとてもチャーミングです。

第2楽章アンダンテは、「アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク」のロマンツェを想わせるような甘くとても美しい曲です。但し「中間部でいくらか間伸びがする」と厳しい指摘をしたのは、モーツァルトの姉のナンネルです。モーツァルトも、それには否定せずに「何かが足りません。」と答えています。確かにそうなのかもしれませんが、ちょっと厳しすぎるんじゃないでしょうかね。

第3楽章モルト・アレグロは、何かのディヴェルティメントのフィナーレのように楽しく魅力的です。ピアノもオーケストラと渡り合って聴きごたえが有ります。

この曲の愛聴盤ですが、アナログ盤時代に聴いていたのは、ピーター・ゼルキンがピアノを弾いて、ブダペスト四重奏団のアレキサンダー・シュナイダーが指揮をした珍しい演奏でした。現在聴いているCDは、やはり下記の3種です。

671ザ・アンダ独奏/指揮、ザルツブルク・モーツァルテウム室内管(1963年録音/グラモフォン盤) 全集盤からの演奏です。テンポは幾らか速めで躍動感を感じます。これは他の曲の演奏にも共通していますが、ピアノもオーケストラも非常に力強く男性的です。決して雑ということではありませんが、多少の荒々しさを感じるとても線の太い演奏です。ウイーン時代中期の曲には非常に勢いがあるので、余り繊細に過ぎる演奏よりも向いている面も有るのではないでしょうか。

2edebf2ef962870ed7a190d588ced904ダニエル・バレンボイム独奏/指揮、イギリス室内管弦楽団(1973年録音/EMI盤) EMIの全集盤に含まれています。1楽章はゆったり目のテンポですので、やや躍動感に不足してもたつく感があります。ピアノも平凡な印象です。ところが2楽章では柔らかく歌って、静かに沈み込むような佇まいが良いです。3楽章は幾らか遅めのテンポで各フレーズが充分聴きとれるのは良いのですが、その分躍動感はいま一つです。

Fi2546314_0e アンネローゼ・ シュミット独奏、マズア指揮ドレスデン・フィル(1976年録音/独edel盤) 全集盤からの演奏です。このコンビの演奏は、どれも躍動感が有りながらも、がっしりしたリズムのいかにもドイツ的な演奏です。シュミットのピアノは現代的に過ぎない伝統的な「ピアノらしい」音なので好きですし、マズアのオケ伴奏もシンフォニックでとても立派です。両者のバランスの良さは抜群だと思います。目新しくハッとさせるものは何も無いので地味な印象かもしれませんが、何度聴いても飽きのこないオーソドックスで充実仕切った演奏だと思います。

Mozart_serkin ルドルフ・ゼルキン独奏、アバド指揮ヨーロッパ室内管(1988年録音/グラモフォン盤) BOX選集に含まれていますが、この曲だけがオケがロンドン響ではありません。第1楽章は、躍動感の有るオケ伴奏で開始します。立体感も素晴らしいです。そしてゼルキンはしっかりとしたタッチで立派なピアノを聞かせます。最晩年にもかかわらず、老いを少しも感じさせません。第2楽章でも決してもたつくことなく深い呼吸で淡々と弾き進めます。第3楽章は中庸の実に良いテンポです。躍動感に加えて愉悦感も感じさせる素晴らしい演奏だと思います。

というわけで、この曲では、僕はシュミット盤が一番安心して身を任せて聴いていられますが、ゼルキン盤も同格か、それ以上の素晴らしさです。

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2011年7月27日 (水)

モーツァルト ピアノ協奏曲第15番変ロ長調K.450 名盤

いよいよモーツァルトのピアノ協奏曲第15番です。ウイーン時代のピアノ協奏曲の六つ子作品、第14番から第19番までの次男坊にあたります。この曲は掛け値なしに傑作だと思います。もしも、第20番以前の作品をこれから聴き始めるという方が居れば、まずはこの第15番と第9番「ジュノーム」をお勧めしたいところです。また、第15番は演奏家の間でもとても人気が有る曲ではないでしょうか。全集録音を行うピアニストでは判りませんが、録音曲の少ない演奏家、たとえば指揮者でピアノの上手いバーンスタインがウイーン・フィルとの弾き振り演奏で選んだのはこの曲でしたし、ミケランジェリも昔からこの曲を好んで演奏していました。実は僕がこの曲を大好きになったのも、この二人の演奏を学生時代に聴きこんだからでした。

第15番は第16番とともに1784年の春に、モーツァルトが自分自身のために作曲したのですが、彼はこの2曲について、「僕は2曲とも汗をかかせられる協奏曲だと思います。」と語っています。それだけモーツァルトが妥協無しに書いた、技巧的にも難しい難曲ですが、第15番が特に傑作なのは、音楽的内容にも一切の無駄が無く本当に充実し切っているからです。

第1楽章アレグロは、チャーミングな主題がオーケストラにより開始されます。そして主役がピアノに移ると、流れるように自然に、かつ華麗に展開されます。曲に力みや技巧への過度な傾斜が全く感じられません。中期の最良のモーツァルトと言えるでしょう。

第2楽章アンダンテは、余りの美しさに言葉を失うほどです。それも音楽が決して外面的では無く内省的なので、心の奥底に浸みこんできます。う~ん、モーツァルト!

第3楽章アレグロは舞曲風ですが、やはり非常に魅力的です。これほどチャーミングで美しいのに聴きごたえが有るというのは奇跡です。

それでは、僕の愛聴盤のご紹介です。

671ゲザ・アンダ独奏/指揮、ザルツブルク・モーツァルテウム室内管(1968年録音/グラモフォン盤) 全集盤からの演奏です。冒頭から軽快で、テンポは煽り気味です。即興的なのは良いのですが、少々落ち着きの無さを感じます。スケールが小さくも感じます。第2楽章は淡々としていて淀みません。音楽の深さは平均レベルのところですので、この人ならもっと深く表現出来たのではと思ってしまいます。第3楽章は良いテンポで非常に楽しいです。録音はピアノもオケもやや古い印象です。

2edebf2ef962870ed7a190d588ced904ダニエル・バレンボイム独奏/指揮、イギリス室内管弦楽団(1968年録音/EMI盤) EMIの全集盤に含まれています。第1楽章は肩の力が抜けて、ゆったりとした気分です。第2楽章では沈滞するモノローグのような雰囲気が独特ですが、引きずるようなテンポに完全にもたれてしまいます。これは好きではありません。第3楽章も遅いテンポで落ち着いていますが、もう少し高揚感が有って良いと思います。

Fi2546314_0e アンネローゼ・ シュミット独奏、マズア指揮ドレスデン・フィル(1976年録音/独edel盤) 全集盤からの演奏です。実はシュミットのモーツァルトを聴くきっかけは、この曲でした。偶然耳にして、非常に気に入ったのです。1楽章では、引き締まった古典的な造形美が素晴らしいです。2楽章は遅めのテンポで淡々と歌わせますが、寡黙な中に心がこもり切ったユニークさに惹かれます。3楽章も大げさにならない躍動感が心地よいです。マズアの率いるオケ伴奏も相変わらず充実しています。

Mozart_serkin ルドルフ・ゼルキン独奏、アバド指揮ロンドン響(1985年録音/グラモフォン盤) BOX選集に含まれています。第1楽章は、柔らかい表情のオケ伴奏で開始しますが、幾らかレガート過多のように感じます。ゼルキンのピアノはゆったりと風格を感じさせる演奏ですが、やや凹凸感に不足してのっぺりとした印象です。第2楽章も、この曲の持つ青空を見上げるような立体感は有りませんが、深い呼吸でモノローグのように演奏するさまには妙に心を打たれます。第3楽章も遅めですが、ここでは一つ一つのフレーズをじっくりと弾き切っていて音楽の美しさを堪能させてくれます。

Michelangeli15 アルトゥーロ・ベネディッティ・ミケランジェリ独奏、ガーベン指揮北ドイツ放送響(1990年録音/グラモフォン盤) 僕が昔愛聴したのはモーシェ・アツモンが伴奏指揮したミケランジェリのライブのFM放送録音でしたが、それは目の覚めるように鮮やかな演奏でした。いま思えば、それはモーツァルトを超越したミケランジェリの音楽だったようには思いますが、とにかく気に入っていたのです。このCDでは、テクニックの鮮やかさはだいぶ影を潜めていますが、華麗さは失われていないのですね。ゆったりと慈しみ奏でる繊細なピアノが本当に魅力的です。カップリングの第13番と比べても、ずっと完成度の高い熟した演奏です。

というわけで、この曲についてはシュミット盤を横目で見ながらも、やはり理屈抜きでミケランジェリ盤を溺愛しています。

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2011年7月23日 (土)

モーツァルト ピアノ協奏曲第14番変ホ長調K.449

Img_osomatsu さて、モーツァルトのピアノ協奏曲特集も第14番までやって来ました。彼の残したピアノ協奏曲は全部で27曲ですので、ちょうど真ん中の折り返し地点ということになります。ウイーンに乗り込んできて3年目のモーツァルトは、第14番から第19番まで続けて6曲のピアノ協奏曲を書きました。第11番から13番までが「だんご3兄弟」ならば、今度はさしずめ松野家の「6つ子兄弟」というところでしょうか。それでは曲の紹介だよ~ん。

この第14番は、モーツァルト自身が初演を行ないましたが、曲そのものは弟子のバルバラ・フォン・ブロイヤー嬢のために書いたものです。モーツァルトの初演の後にブロイヤー嬢も客の前で演奏しています。この曲は第13番と次の第15番という傑作に挟まれてしまい余り目立たない存在ですが、どうしてどうして中々に魅了的な曲だと思います。

第1楽章アレグロ・ヴィヴァーチェは、とても華麗な出だしで始まりますが、次々とドラマティックに展開されるあたりはモーツァルトの作曲テクニックの飛躍的な進化を感じます。

第2楽章アンダンティーノは、淡々とした流れの中に深いロマンティシズムを湛えています。正にモーツァルトの音楽の至福の時です。

第3楽章アレグロ・マ・ノントロッポは、二つのロンド形式です。とてもチャーミングなテーマが変奏されてゆき、いっぱいの幸福感に心がうきうきしてきます。

それでは、僕の愛聴盤のご紹介です。毎回同じ演奏家で申し訳ありません。

671 ザ・アンダ独奏/指揮、ザルツブルク・モーツァルテウム室内管(1966年録音/グラモフォン盤) 全集盤からの演奏です。冒頭は幾らか煽り気味ですが、アンダ指揮のオケ伴奏が子気味良いので惹き付けられます。ピアノも煽り気味なので、安定感よりも気分の高揚が前面に押し出されています。そして、それは幾らか即興的であるとも言えます。第2楽章のロマンティックな雰囲気は素晴らしく、思わず惹きつけられます。

2edebf2ef962870ed7a190d588ced904ダニエル・バレンボイム独奏/指揮、イギリス室内管弦楽団(1968年録音/EMI盤) EMIの全集盤に含まれています。この演奏もウイーンらしい柔らかさや甘さがこぼれるようで、ロマンティックな味わいが充分です。第2楽章の沈滞する雰囲気などはとてもユニークです。全体に堅苦しさの無い自在さを感じさせるので、それがモーツァルトにとても良く似合います。反面、この曲の持つ古典性が薄れているので、評価は聴き手の好みに左右されると思います。

Fi2546314_0e アンネローゼ・ シュミット独奏、マズア指揮ドレスデン・フィル(1976年録音/独edel盤) 全集盤からの演奏です。相変わらず格調の高い演奏です。マズアの率いるオケ伴奏が充実しています。すこぶる堅牢でいて柔らかさを失いません。ここではドレスデン・フィルが第一級の響きを醸し出しています。シュミット女史のピアノも堅実で安定感を感じます。1楽章のきりりと引き締まった古典的な風情も素晴らしいですが、2楽章では逆に遅めのテンポで淡々と歌わせます。3楽章の立体的な造形も素晴らしく、全体に知情のバランスの取れた秀演です。

というわけで、この曲については、古典性とロマン性のバランスが非常に良いシュミット/マズア盤に一番惹かれています。

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2011年7月17日 (日)

モーツァルト ピアノ協奏曲第13番ハ長調K.415

ウイーンに引っ越したモーツァルトが、「予約演奏会」の為に作曲した3曲のピアノ協奏曲、第11番、第12番、第13番の中で最後に作られたのが第13番ハ長調です。言うなれば3兄弟の三男坊です。ところがこの末っ子は、すこぶる出来の良い優等生です。長男も次男もとても魅力的ですが、三男の魅力にはさすがの兄貴二人も脱帽です。

モーツァルトはこの曲に、オーボエ、ホルンの他に、ファゴット、トランペット、ティンパニーまで使っていますので、非常に壮麗な響きを生み出しています。

第1楽章アレグロは、編成の大きさが最も生かされています。冒頭の弦によるフーガに始まり、展開されて気宇壮大にオーケストラが鳴り渡る様は、まるで「ハフナー」か「ジュピター」をも思わせるほどです。ピアノ・パートも華麗にテクニッックを駆使してとても聴き応えがあります。

第2楽章アンダンテは、実は作曲の直前に亡くなったヨハン・クリスティアン・バッハのオペラ「誠意の災い」序曲から、そっくり流用しています。これは、追悼の意を示すために違いありません。但し後半に転調しながら、ほの暗さから徐々に寂寥感を感じさせる部分などはモーツァルトそのものとなっていて非常に素晴らしいです。

第3楽章アレグロは、ウイーンに意気揚々と乗り込んできたモーツァルトの気分が良く表れています。実に楽しい楽章です。

それでは、僕の愛聴盤のご紹介です。

671 ゲザ・アンダ独奏/指揮、ザルツブルク・モーツァルテウム室内管(1967年録音/グラモフォン盤) 全集盤への演奏です。何故かこの曲は録音がパリッとしません。その為か、演奏もそんな風に聴こえてしまいます。モーツァルテウム管の演奏も雑に感じられますし、ピアノもどうも鈍く、いつものアンダの魅力が感じられません。水準の高いアンダの全集の中では珍しく、余り出来の良くない演奏だと思います。

2edebf2ef962870ed7a190d588ced904ダニエル・バレンボイム独奏/指揮、イギリス室内管弦楽団(1967年録音/EMI盤) EMIの全集盤に含まれています。バレンボイムの演奏は、堅苦しいところが無く、型にはまらない自在さを感じさせるのが最大の魅力です。自分にとっては正にモーツァルトのイメージそのものなのです。バレンボイムとしては平均的な出来栄えに思いますが、他のピアニストでは聴けない良さが有るので、存在価値が高いのです。2楽章の哀愁漂う雰囲気も非常に素晴らしいです。

Fi2546314_0e アンネローゼ・ シュミット独奏、マズア指揮ドレスデン・フィル(1976年録音/独edel盤) 全集盤からの演奏です。導入部で、マズア/ドレスデン・フィルがとても充実した響きを聞かせてくれます。シュミット女史のピアノは相変わらず堅実ですが、1楽章などは速めのテンポで実に立派に弾き切っています。2楽章も淡々としてはいますが、しっとりとした情緒を感じさせます。3楽章ではアレグロ部の躍動感とアダージョ部の寂寥感との対比がとても効果的です。この演奏はとても気に入っています。

Michelangeli15 アルトゥーロ・ベネディッティ・ミケランジェリ独奏、ガーベン指揮北ドイツ放送響(1990年録音/グラモフォン盤) 何しろ録音の数の少ないミケランジェリですが、90年代にもなってモーツァルトのコンチェルトを何曲か聴けるとは思ってもいませんでした。第15番とのカップリングのこの録音は、かつての目の覚めるような鮮やかなテクニックはだいぶ影を潜めた感じですが、一つ一つの音を細心の注意を払って弾くスタイルは少しも変わりません。ゆったりとしたテンポで本当に音楽を慈しんでいます。この人は誰の曲を演奏しても全部ミケランジェリですが、そこがいいんですね。

この曲に関しては、オーケストラとトータルでシュミット/マズア盤が一番気に入っています。それとバレンボイムとミケランジェリも捨てがたいです。昔、アナログ盤で聴いていたのはハスキル/パウムガルトナーでしたが、現在CDは持っていません。久しぶりに聴き直してみたいものです。

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2011年7月14日 (木)

モーツァルト ピアノ協奏曲第12番イ長調K.414

ウイーンに引っ越したモーツァルトが、自ら主催する「予約演奏会」の為に作曲したのが、ピアノ協奏曲第11番、第12番、第13番の3曲です。その中で最初に書かれたのは第12番ですが、この曲が出来上がったあとにモーツァルトは、「僕の予約演奏会に間に合わせるために、あと2曲のピアノ協奏曲を書かなくてはなりません。」と語っています。その、「あと2曲」というのが、第11番と第13番のことなのです。

さて、3兄弟の実は長男の第12番ですが、イ長調という調性からは、大傑作の第23番K.488を思い浮かべてしまいますよね。曲の雰囲気に似たものを感じる気がします。もちろん音楽の充実度に於いてK.488と比べるわけにはゆきませんが、「さあこれからウイーンで活躍してみせるぞ!」というモーツァルトの意気込みを感じる非常に美しい作品です。

第1楽章アレグロは、ウイーンらしい柔らさや甘さ、それに優雅さを感じさせる曲想です。やはり新天地での影響が少なからず有ると思います。

第2楽章アンダンテですが、実はこの曲を書く直前に亡くなったヨハン・クリスティアン・バッハのオペラ「誠意の災い」序曲から、主題をそっくり流用しています。これは、追悼の意を示すために違いありません。但し後半に転調しながら、ほの暗さから徐々に寂寥感を感じさせる部分などはモーツァルトそのものです。

第3楽章はロンド‐アレグレットは、ウイーンに意気揚々と乗り込んできたモーツァルトの気分が良く表れています。実に楽しい楽章です。

それでは、僕の愛聴盤のご紹介です。毎回同じ演奏家で申し訳ありません。

671 ゲザ・アンダ独奏/指揮、ザルツブルク・モーツァルテウム室内管(1965年録音/グラモフォン盤) 全集盤からの演奏です。アンダの演奏はどれも凛としていて良いのですが、1楽章では何となくノリの悪さを感じます。ピアノのスケールも流れが今一つに感じますし、曲に対してどこか手探り状態のような気がしてしまいます。第2楽章も同じような印象です。3楽章でようやく、ウイーンに意気揚々と乗り込んできたモーツァルトの楽しい気分が表れます。1楽章からこういう気分が出ていれば良かったのになぁと思ってしまいます。

2edebf2ef962870ed7a190d588ced904ダニエル・バレンボイム独奏/指揮、イギリス室内管弦楽団(1973年録音/EMI盤) EMIの全集盤に含まれています。格調の高さよりは、ウイーンらしい柔らさや甘さ、それに型にはまらない自在さを感じさせる演奏です。ロマンティックに傾いていますが、それはモーツァルトの本質だと思うので、違和感は全く感じません。1楽章から全開で、本当にモーツァルト自身のピアノを聴いているような楽しい演奏です。2楽章のこぼれるような美しさも実に素晴らしいです。3楽章はテンポが速く、心が浮き立つようです。

Fi2546314_0e アンネローゼ・ シュミット独奏、マズア指揮ドレスデン・フィル(1978年録音/独edel盤) 全集盤からの演奏です。相変わらず格調の高い演奏です。シュミット女史のピアノは実に堅実なのですが、勇んでウイーンに乗り込んできたモーツァルトにしては、1楽章などは少々真面目過ぎて面白みに欠ける感も有ります。2楽章も堅実ですが、後半では寂しさを意外に感じさせます。3楽章の心が浮き立つような躍動感は良く出ています。ピアノのタッチも歯切れがよく安心して聴いていられます。この演奏は中々に良いと思います。

Mozart_serkin ルドルフ・ゼルキン独奏、アバド指揮ロンドン響(1981年録音/グラモフォン盤) BOX選集に含まれています。第1楽章は、柔らかい表情のオケ伴奏で開始します。こういう曲はアバドは実に上手いですね。ゼルキンのピアノはゆったりしていますが、風格の有る演奏を聞かせます。しかし白眉はやはり第2楽章で、老境ゼルキンが実に深い呼吸でモノローグのように淡々と演奏するさまには自然と引き付けられます。第3楽章も遅めですが、一つ一つのフレーズをじっくり丁寧に弾き切っていて魅力的です。決して流れを失うことなく音楽の熟成を感じる演奏です。

というわけで、この曲についても、第11番と同じくバレンボイムのEMI盤が僕は一番好きですが、ゼルキンも好きです。

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2011年6月30日 (木)

モーツァルト ピアノ協奏曲第11番ヘ長調K.413

生まれ故郷ザルツブルクでのモーツァルトの音楽活動は、コロレド大司教の権力下で随分と制約を受けていました。例えば、大好きな旅行に行くのにいちいち許可を貰わなければならないとか、教会での典礼音楽は45分以内に短く収めなければならないとかです。そのためにモーツァルトはザルツブルクを離れたくて仕方が無かったのです。

1782年になって、やっと希望が実現したモーツァルトは、ザルツブルクを後にしてウイーンに拠点を移しました。ウイーンでは「予約演奏会」を自ら主催し、新曲を披露して、その後に楽譜を出版して収入を得るという、作曲家兼ピアニストの生活を送るようになります。

31rt4f3b26l__sl500_aa300__3 その予約演奏会の為に3曲まとめて作曲したのが、ピアノ協奏曲第11番、第12番、第13番です。ですので、3曲はいわば「だんご3兄弟」なのです。但し、最初に書かれたのは12番で、それから11番と13番が書かれました。この3人、いえ3曲に共通しているのは、ウイーンの聴衆を意識した柔らかい甘さと美しさです。それは、まるでウイーンのお菓子のようです。ですので、「だんご」というよりは「ザッハトルテ3兄弟」と言ったほうがピッタリなのかもしれません。

ということで、今回は3兄弟の「長男」として届けられている第11番です。

第1楽章アレグロは珍しい3拍子ですが、古典的な格調の高さの中に躍動感と喜びが一杯に満ち溢れています。

第2楽章ラルゲットはこの曲の白眉であって、大変に魅惑的な楽章です。ゆるやかな規則正しいリズムに刻まれて、幸福な静けさを感じます。それは「天国的」というよりも、むしろ「母親の胎内で誕生を待つ子供の至福の時」というような印象を受けます。もちろん自分は、その時のことを憶えているはずはありませんが、何かそんなことを思い浮かべてしまいます。

第3楽章テンポ・デ・メヌエットも第2楽章の余韻を破らない幸福感と美しさが有ります。終楽章としては、力強さや高揚感に欠けますが、やはり魅力的な曲です。

それでは、僕の愛聴盤のご紹介です。

671 ゲザ・アンダ独奏/指揮、ザルツブルク・モーツァルテウム室内管(1968年録音/グラモフォン盤) 全集盤からの演奏です。アンダの演奏にはどれも凛とした品格を感じます。リズムを正確に刻み、きりりと引き締まってはいますが、無機的に感じることは無く、常に暖かい肌触りを感じるのです。2楽章は速めのテンポですが、味わいが欠けることは無く、曲の素晴らしさを満喫できます。また、1、3楽章の格調の高さはいかばかりでしょうか。ピアノの音は硬質ですが、タッチの滑らかさはさすがです。

2edebf2ef962870ed7a190d588ced904ダニエル・バレンボイム独奏/指揮、イギリス室内管弦楽団(1973年録音/EMI盤) EMIの全集盤に含まれています。僕はこの曲では第2楽章に最も惹かれますが、その理由は、多分このバレンボイムの演奏が有るからだと思います。本文で「母親の胎内の至福の時」と表現したのも、この演奏を聴いてイメージさせられました。非常に遅いテンポがそれを感じさせてくれます。もちろん第1楽章や第3楽章のウイーンらしい柔らさや甘さも最高です。型にはまらない自在さを感じるのも、モーツァルト自身のピアノを聴くようで楽しいです。バレンボイムの全集には曲による出来不出来が有ると思いますが、この演奏はベストのうちの一つです。

Fi2546314_0e アンネローゼ・ シュミット独奏、マズア指揮ドレスデン・フィル(1978年録音/独edel盤) 全集盤からの演奏です。この演奏の格調の高さもアンダ盤に劣りません。シュミット女史はどの曲でも、きっちりと明解にピアノを弾きますが、この曲ではそこに力強さを感じます。この曲には、ふつう男性的な要素は余り感じませんが、彼女の演奏にはそれを感じます。決して「武骨」という意味では無くて、「情緒に流されない」という意味合いでです。それを「ウイーン風」では無く、「ドイツ風」と言えないことも無いかもしれません。但しその分、2楽章はテンポが速過ぎてすっきりし過ぎに思います。

というわけで、この曲についてはバレンボイムが最高です。もしもこの曲にピンとこない方がおられたら、一度バレンボイムの演奏を聴かれてみてはいかがでしょうか。

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2011年6月18日 (土)

モーツァルト ピアノ協奏曲第10番「2台のピアノのための協奏曲」変ホ長調K.365

モーツァルトが生まれ故郷のザルツブルクを離れる前に書いた最後のピアノ協奏曲が、第10番「2台のピアノのための協奏曲」です。これは「3台のピアノのための協奏曲」と同じように、誰かからの委嘱によって書かれたという説が有る一方で、モーツァルトが姉ナンネルと一緒に演奏するために自発的に作曲したという説も有ります。本当のところは分かっていません。「3台のピアノの協奏曲」では、第3ピアノが技巧的に易しく、いわば付け足しのような存在でしたが、この曲では2台のピアノの両方にかなり高度な技巧が要求されます。そのことを考えると、ピアノの名手であったナンネルと自分の二人で弾くつもりだったのではないかなぁ、と思えてしまうのですが。曲としては、前半はいま一つかなぁと思って聴いていると、2楽章の後半以降が断然素晴らしくなります。

第1楽章アレグロは、堂々とした風格を持つ楽章です。曲想に特別な閃きは感じません。どちらかいうと作曲技巧を駆使している印象の方が強いです。それでも聴き手を楽しませてしまうあたりは、さすがにモーツァルトです。

第2楽章アンダンテは、ゆったりと優雅に流れる楽章です。前半はモーツァルトとしては標準的な出来かなと思いますが、後半に入ると音楽がどんどん美しさを増してゆき、心に深く浸みこんできます。

第3楽章ロンド、アレグロは、この曲の白眉であり、僕の大好きな楽章です。曲想はとてもシンプルなのですが、非常に快活で楽しく、独特の愉悦感を持っていて少しも飽きさせません。特に後半に入って、少しづつかげりを感じさせながら彩が刻々と変化してゆく様は本当に魅力的で、モーツァルトの魅力ここに極まれりです。

この曲でも「3台のピアノの協奏曲」と同じように、僕の所有するCDは一つだけです。

Mozart_2_pianos_3_pianos

ウラジーミル・アシュケナージ、ダニエル・バレンボイム独奏/指揮イギリス室内管(1972年録音/DECCA盤)

二人の名手の息がぴったりです。この曲でも指揮をしているのはバレンボイムなのですが、音楽の造り方はむしろ、くせが無いアシュケナージのスタイルに近いと思います。二人の独奏者の実力が拮抗していること、そのピアノの音の美しさ、オーケストラの美しさ、アンサンブルの見事さと、これ以上の演奏はそうそう望めないのではないでしょうか。まずは理想の演奏だと言えます。

ということで、ここまではザルツブルク時代の作品である第10番までを聴いてきました。第9番「ジュノーム」の出来映えが一番とは言うものの、他の曲のどれもが捨て難い名曲ばかりだと思います。次回からはいよいよウイーンに移り住んでからの作品です。どの曲も美しい名作なので、今回あらためて聴き直すのがとても楽しみです。

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