モーツァルト ピアノ協奏曲第9番「ジュノーム」変ホ長調K.271 名盤
モーツァルトのピアノ協奏曲第8番「リュッツォウ」は、このジャンルで飛躍的な進歩を遂げた最初の傑作だと思いますが、続く第9番「ジュノーム」はそれ以上の傑作です。第10番までが生まれ故郷ザルツブルク時代の作品なのですが、その中で最も充実した作品と言えば、やはりこの第9番であるのは間違いありません。この協奏曲は、フランスの女流ピアニスト、ジュノーム嬢がザルツブルクを訪れた際にモーツァルトが彼女に献呈したと言われてはいましたが、具体的にそれがどこの誰なのかは、長い間、判らなかったらしいです。それが判明したのは何と2004年になってのことで、ジュノームというのはモーツァルトの友人でフランス人舞踏家ジャン・ジョルジュ・ノヴェルの娘のヴィクトワール・ジュナミのことだそうです。彼女が相当なレベルの腕前だったのは、この曲に要求される技巧でも明らかです。この曲は音楽的な内容も凄く大胆で新鮮に感じます。後期の20番台の曲を含めても、コンサートでの演奏回数の非常に多い曲です。
第1楽章アレグロは、オーケストラの第1主題に応えてピアノがさっそうと登場するイントロが非常に印象的です。続く部分も勇壮でありながら優美な趣を持つ素晴らしい楽章です。
第2楽章アンダーティーノはハ短調で、弦楽器が寂寥感に満ちた旋律を奏でます。続いてピアノが淡々とモノローグのように歌います。まるで後期のような深さがあります。
第3楽章ロンド・プレストは若さが爆発するような情熱を感じます。それでいて貴族に献呈した曲であるかのような気品の高さを失いません。
この曲にはモーツァルト自身が書いたカデンツァが何種類も残されているそうです。それはモーツァルトがこの曲を好んで何度も演奏したことを示す証拠なのでしょうね。
それでは僕の愛聴盤です。
クララ・ハスキル独奏、ザッヒャー指揮ウイーン響(1954年録音/フィリップス盤) 昔は「モーツァルトといえばハスキル」という評判があって、色々と聴いてみました。結果、確かに気に入った演奏も有りましたが、全般的にピアノの音がどうも冴えない気がしたのです。それはCDで聴いても感じます。何故かオフマイクのまるで風呂場で録音したような風なのです。でも今ではハスキルの音が本当は美しい(はずである)ことはよく判ります。現代の電子楽器のような無機的な音とは全く異なる、木箱であるピアノ本来の自然な響きの音なのです。それが一部の録音を除いて中々聴けないのが残念です。この録音もしかりですが、人間の肌のぬくもりを感じさせる演奏が心をとても和ませてくれます。
ゲザ・アンダ独奏/指揮、ザルツブルク・モーツァルテウム室内管(1968年録音/グラモフォン盤) 全集盤からの演奏です。アンダの演奏は速過ぎも遅過ぎもしないテンポで本当に凛としていて、まるで小さな耳を真っ直ぐに立てた柴犬のようです。飼い主に媚びないけれども、どこまでも忠実で誠実なそれです。技術が確かなので余裕をもって一音一音を実になめらかに弾き切れます。それも常に音楽に誠実な心の裏付けがあります。2楽章などは心のこもっている点で非常に感動的です。また、ピアノの音が余り現代的で無いのにも好感が持てます。オーケストラも表情が豊かで、アンダの指揮のセンスの良さには舌を巻きます。
フリードリッヒ・グルダ独奏、ベーム指揮バイエルン放送響(1969年録音/オルフェオ盤) ミュンヘンでの両者の共演ライブです。グルダのピアノはスタッカートで短めに切る音が多いです。個人的には少々スッキリし過ぎのように感じてしまいます。ベームの音も同様に引き締まった低脂肪の演奏なのですが、味わいが損なわれないのはさすがだと思います。できればウイーン・フィルを指揮したベームの伴奏で聴いてみたかったです。
ダニエル・バレンボイム独奏/指揮、イギリス室内管弦楽団(1973年録音/EMI盤) EMIの全集盤に含まれています。1楽章は幾らかテンポを遅めに取って、じっくりとこの曲の典雅さや優美さを表現しています。ですので聴き手によっては、もたれると感じる人も居るかもしれません。2楽章のモノローグも淡々と味わい深いです。3楽章は一転して速く活力に溢れます。それにしてもイギリス室内管は優秀で、バレンボイムの指揮も繊細で美しいです。
アンネローゼ・ シュミット独奏、マズア指揮ドレスデン・フィル(1978年録音/独edel盤) どの曲にも共通しているのですが、シュミット女史とマズアの演奏は勝手にルバートをしたりしない、堅実でオーソドックスなものです。極めて古典的と言えるのかもしれません。終楽章などはテンポ速めですが、浮ついた印象は有りません。全体的にハッとするような面白さは無いですが、退屈な演奏かというと、そんなことは無く、非常に安心して聴いていられます。曲の良さも充分に伝わってきます。むしろ最初に聴くには一番良い演奏なのかもしれません。
ルドルフ・ゼルキン独奏、アバド指揮ロンドン響(1981年録音/グラモフォン盤) BOX選集に含まれています。第1楽章はハスキル以上に遅いテンポで非常にゆったりしています。所々でルバートを効かせるので尚更です。けれども深い呼吸が自分のものになっていているので、違和感は感じません。但しアバドの方は、この遅さに幾らか窮屈そうです。第2楽章は深い悲しみの表情が秀逸で非常に心を打たれます。第3楽章も遅いですが、生命力を失うことなく堂々と風格を感じる演奏です。
ジャン=マルク・ルイサダ独奏、メイエ指揮オルケストラ・ディ・パドヴァ・エ・デル・ヴェネート(2001年録音/RCA盤) この曲を贈られたフランスのピアニストの演奏です。いかにもルイサダらしい、とても繊細でニュアンスに溢れたピアノです。ピアノの音は現代的なのですが、テンポに充分落ち着きが有って表情が豊かなので少しも無機的に感じません。しかもそれが少しも演出臭く無いのです。この人はやはり本当の音楽家だと思います。ショパン演奏はもちろん素晴らしいですが、モーツァルトも実に素晴らしいと思います。メイエの指揮は手堅いものです。
というわけで、僕はこの曲に関してはアンダを一番好んでいますが、バレンボイムやゼルキンやルイサダもとても好きです。フランス人の演奏として聴きたかったのは若いころのエリック・ハイドシェックなのですが、残念ながら録音は有りません。
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