マーラー(交響曲第5番~7番)

2017年5月15日 (月)

山田和樹指揮日本フィル演奏会 マーラー交響曲第7番

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昨日は渋谷のオーチャードホールへ山田和樹と日本フィルのマーラーを聴きに行きました。同コンビで進行中のマーラー・チクルスですが、昨年聴いた第6番が素晴らしかったので第7番から第9番のチケットを通しで購入しました。今回はその第7番の演奏会です。

全般的に速めのテンポで非常に若々しい演奏でしたので、この曲がどちらかいうと第2番から第4番のいわゆる”角笛”シリーズに続くような印象を受けました。それはそれで悪くは無いのですが、個人的にはこの後期の曲には更に爛熟したロマンの味わいが欲しいかなぁなどと思いました。

さて、続く第8番、第9番はどんな演奏になるのか楽しみです。

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2017年4月19日 (水)

マーラー 交響曲第5番 テンシュテット/北ドイツ放送響の1980年ライヴ盤

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マーラー演奏を得意とする古今の指揮者は何人も挙げられますが、それでも突き詰めればレナード・バーンスタインとクラウス・テンシュテットが双璧だと思っています。

もっともバーンスタインがニューヨーク・フィル、ウイーン・フィル、コンセルトへボウといった超一流のオーケストラとの共演が多かったのに対し、テンシュテットの演奏はランクが一段下のロンドン・フィルがメインでした。というのもテンシュテットはリハーサルの際に、まるでアマチュアオケのように厳しく練習を行うことから、伝統のあるドイツ・オーストリアの楽団とは折り合いが悪かったからです。

その点、ロンドン・フィルは献身的に練習をこなし、団員は「彼の為なら我々は120%の演奏を行う」と言っていました。事実、彼らは毎回死に物狂いの熱演をしましたし、ライヴ録音からはそれが確かに感じ取れます。

しかしどんなに献身的に熱演をしたとしても、やはり超一流の音は出せないのです。それが証拠に「折り合いが悪かった」という北ドイツ放送響やウイーン・フィルとの数少ないライヴ録音の圧倒的な名演にはどうしても及ばないからです。

テンシュテットの最高のマーラー演奏の記録は恐らく北ドイツ放送響との第2番「復活」だと思います。これはテンシュテットのマニアなら誰でも知っている海賊レーベルFirst Classicsから出ていたもので、あのバーンスタインの「復活」をも凌ぐであろう唯一の演奏です。

テンシュテットが北ドイツ放送響の音楽監督だったのは1979年から1981年のわずか3年であり、しかも録音が非常に乏しいのが現実ですので、海賊盤ながら極めて優秀な音質で聴くことが出来るこの録音には計り知れない価値が有ります。

マーラーには同じFirst Classics盤に第1番が有り、これもまた非常に素晴らしい演奏ですので、どうしてこのオケともっと多くの録音を残してくれなかったのか悔やまれてなりません。

そんな中で、1980年録音の北ドイツ放送響との「第5番」のライヴ録音が一昨年にProfilレーベルからリリースされました。ご紹介がすっかり遅くなりましたが、これを紹介しないわけには行きません。

テンシュテットが特に得意として何度も指揮していた第5番には、まず主兵のロンドン・フィルとは1978年のセッション録音(EMI盤)、1984年の大阪ライヴ(TDK盤)、1988年のライヴ録音(EMI盤)が有ります。特にライヴ録音は壮絶な演奏で絶対に聴いておかなければなりません。

また、コンセルトへボウ管に1990年に客演した際のライブ盤は、ロンドン・フィルとのライヴほどの壮絶さは無いもののオケの優秀さから、個人的にはこれまで最も好んできた演奏です。

そこで、この北ドイツ放送響と1980年にハンブルクで行われたライヴ盤を実際に聴いてみましたが、第1楽章からテンシュテット得意の大見得を切った迫力が凄いです。巨大で濃厚な表現は後年の演奏と比べて全く遜色なく、この時期で既に曲の解釈、表現が完成されていたことがよく理解できます。北ドイツ放送響の音は色彩や艶やかさにはやや乏しく、かなり暗めの音色なのですが、腹に響く底力の有る音が凄く、これだけ充実して聴き応えの有る音は中々有りません。何度も何度も厳しい練習を繰り返して仕上げられたであろう演奏の完成度は驚異的です。それは単にミスが有る無しという次元の話ではありません。

バーンスタインやカラヤンはディナーミクの変化を極端に大きく取るので、弱音部では旋律線が弱くなる傾向が有ります。それに対してテンシュテットは決して旋律が消え入るほどには弱くしません。従って北ドイツ放送響の弦楽セクションにはウイーン・フィルのような色気は有りませんが、頻繁に現れる情緒的で歌謡調のメロディを存分に味わうことが出来ます。

この演奏で、もしも僅かでも物足りなさを感じるとすれば、第4楽章アダージェットでしょうか。あの深い闇の中や空間に消え去ってしまいそうな感覚というのをこれ以上に強く感じさせる演奏は他にも存在するからです。

この演奏はライヴ録音ながら完成度が極めて高いのですが、第4楽章で第1ヴァイオリンの中にハイポジションの音を外している人が居たり、更にどうしたことか終楽章のイントロでホルンが音をコケています。中にはこの部分を挙げてこの演奏を否定する方が居るかもしれませんが、それでは余りに勿体無いです。実演では疵は付きものですし、全体の圧倒的な感銘の前には些細な問題だと私は考えます。いずれにしても最も好むマーラーの第5番の録音が登場しました。

なお、このディスクは2枚組で同じ1980年のライブの「亡き子をしのぶ歌」が収録されています。ビルギット・ファスベンダーが独唱を務めていて、こちらももちろん素晴らしい演奏です。

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マーラー 交響曲第2番「復活」 名盤(テンシュテット/北ドイツ放送響他)

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2016年3月27日 (日)

山田和樹指揮日本フィル演奏会 マーラー交響曲第6番

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いまや大活躍の指揮者、山田和樹が2015年から2017年の3年にわたり渋谷のオーチャーホールで日本フィルと演奏するマーラー・チクルス第6回目を聴いて参りました。第1番から順番に演奏しているので、今回は第6番「悲劇的」となります。

山田和樹は私の住む厚木市からほど近い秦野市の出身ですので、やはり応援をしたくなります。地元出身に声援を送るのは相撲や高校野球だけではありませんね。

日フィルを聴くのは久しぶりです。7年前に第九を聴いて以来かもしれません。世代交代が遅れた感のある日フィルは当時は余り優れているとは思えませんでした。それがどう変わっているかも興味深いところです。

マーラーに先立って演奏されたのは武満徹の「ノスタルジア」で、この曲はヴァイオリン独奏と弦楽オーケストラのための15分ほどの作品です。淡々とした静寂に包まれた曲でした。

メインのマーラー第6はとても好きな曲です。しかしこの曲は熱演をすると、ともすると絶叫型の演奏に陥り易く、案外と難しいです。マーラーを得意とするバーンスタインのニューヨーク・フィルとの録音もそうですし、エリアフ・インバルが都響とこの曲を演奏した時にも金管の絶叫がうるさくて閉口した記憶があります。

山田和樹の演奏は基本テンポは速めでしたが、この曲を象徴する冒頭のザッザッザッという低弦の刻みの力強さが印象的です。3列目の席で聴いたので弦楽奏者の気迫、弓を大きく使い、音を割った迫力が生々しく感じられました。日フィルのイメージが変わります。

アルマのテーマの歌わせ方は中々です。個人的には更に大見得を切るような演奏が好きですが、これは悪くありません。中間部の壮絶な迫力は凄いですが、美観を損ねるような騒々しさにまで陥らないのが非常に良いです。この辺は山田和樹のバランス感覚だとしたら流石です。インバルよりも明らかに上です。

この曲は第2楽章と第3楽章でアンダンテ、スケルツォとアダージョが入れ替わる二つの版が存在していて未だに結論は出ていません。マーラー自身が迷っていて結論が出ていなかった為です。しかし今日は第2楽章スケルツォ、第3楽章アンダンテの順で演奏されました。山田和樹のこの見解はOKです。この逆にはどうしても馴染めないからです。

演奏については、第2楽章スケルツォのリズムの切れは良かったですが、第3楽章アンダンテの寂寥感、神秘感はもう一歩というところでした。これは自分の要求が相当高いところにあるからかもしれません。

終楽章は第1楽章と同じことが言えますが、あの長い楽章を乗り切りました。金管が幾らかバテ気味に感じられましたが、全体的に緊張感を最後まで維持して立派な演奏でした。

日フィルのマーラーもコバケン時代とだいぶ変わった印象です。以前は指揮者の要求に実際の音が応え切れない感が有ったのが、今日は山田和樹の棒にかなり応えていました。メンバーの世代交代と技術のレベルアップが着実に実現されていたように感じられました。ただしそれは他の在京オケにも言えることなので、さらに上を目指して欲しいと思います。

今日は色々な意味で聴きに来て良かったコンサートでした。残るは来年の7、8、9番ですが、9番は是非とも聴きたいと思います。

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2013年6月30日 (日)

マーラー 交響曲第5番 続・名盤

これまでの人生で一番聴いた回数が多い曲は、マーラーの第5番かもしれません。マーラーなら曲そのものは第9番が最高ですが、滅多やたらには聴けないので、回数としては第5番がトップになります。他にもブラームスの1番、3番、4番やベートーヴェンの「エロイカ」、「第九」、あるいはドヴォルザークの「新世界より」やチャイコフスキーの5番、「悲愴」と思いつく曲は多々有りますが、おそらくはマラ5ではないかと思うのですね。
まあ、この曲はそれぐらい良く聴いたわけです。愛聴盤もバーンスタイン、テンシュテット、クーベリック、コバケン、ベルティーニなどなどと色々有りますが、最近は昔よりも好みの巾が広がる傾向にあり、以前なら興味を示さなかったものでも聴いてみたくなり、それを実際に聴いてみると案外気に入ってしまうのです。そこで、マラ5の愛聴盤の続編として3つほどご紹介します。

S4722481エーリッヒ・ラインスドルフ/ボストン響(1963年録音/RCA盤) ラインスドルフを愛聴したことは無かったのですが、バイエルン放送響との第6番が非常に良かったので、ボストン響時代のマラ5も聴いてみました。ラインスドルフはウイーン出身のユダヤ系ですので、マーラーを得意にするのも何ら不思議ではありません。しかしこのマラ5はなかなかユニークでした。まず冒頭のトランペットが随分と派手なのです。これから闘牛?でも始まるような明るさです。主部は速めのテンポでほぼイン・テンポですが、楽器の出し入れやバランスに気が配られているので、決して無味乾燥ではありません。ことさら悲劇の主人公のように深刻ぶらないマーラーも悪く無いですね。楽章を通してトランペットがずっと目立つので、トランペット協奏曲のようです。これはラインスドルフの解釈なのでしょうか。第2楽章も速めのテンポで嵐のように吹き荒れます。シャルル・ミュンシュの後を継いで間もないボストン響は非常に優秀ですが、神経質では無くどことなく大らかさを感じます。これもミュンシュ譲りなのかもしれません。とにかく音楽に勢いを感じます。アメリカのオケらしく音色は明るいですし、ラインスドルフもバーンスタインのようなしつこいほどのユダヤ色は出していません。但し、それでも同じ血を持つマーラーへの共感というものはやはり感じられます。第3楽章のテンポも速めで、この楽章では元々ホルンがオブリガート・ソロを吹きますが、それが非常に目立ちます。これは第1楽章でのトランペットとペアに考えているのかもしれません。中間部の各楽器の歌い方は実にチャーミングですし、後半の高揚感も見事です。そして面白いのは、続くアダージョです。速いテンポで歌い方の起伏が大きいので、まるで「アイ・ラブ・ユー」と何度も繰り返しているようです。この曲はマーラーが愛妻アルマに愛を捧げたのだということが、初めて実感させられたような気がします。第5楽章は解放された明るさで躍動しており、自然な高揚感に惹かれます。録音は年代が古い割には明瞭で優れています。

Mehta_mahler5ズービン・メータ/ロサンゼルス・フィル(1976年録音/DECCA盤) メータのロス・フィル時代はとにかく勢いが有りました。当時のDECCAのマーラー演奏の看板はショルティ/シカゴ響でしたが、パワー溢れるサウンドの割にクールなショルティとは対照的な、若き血潮を感じさせる演奏が魅力的でした。このマラ5も一言で称すると「若々しい」演奏です。ユダヤの粘り気は皆無で、足早に進みます。第2楽章が典型で、速いテンポで颯爽極まりないです。ただ、彫の深さとダイナミズムが有るので聴きごたえは充分です。ロス・フィルの性能は最高レベルではありませんが、メータの意図に忠実に応えた豊かな表現を聞かせます。第3楽章もほぼ同様で、軽快なリズム感が実に心地よいです。中間部も極めてチャーミングです。マーラーがこんなに楽しくて良いのかなぁとも思いますが、まあ良いでしょう。4楽章アダージョは、比較的速めのテンポであっさりしています。綺麗ですが少々BGM的に聞こえます。第5楽章も軽快で楽しさの極みですが、曲が曲だけに余り後に残るものは多く無いように思います。全体的に少しも深刻で無く楽天的ですので、マーラーの音楽は暗くドロドロしていて嫌だとか、バーンスタインの演奏はしつこくて嫌だと言う方に対してはまっさきにお勧めしたいと思います。優秀なDECCAの録音が最新リマスターで更に明瞭な音質になっているのもプラスだと思います。

Boulez_mahler5ピエール・ブーレーズ/ウイーン・フィル(1996年録音/グラモフォン盤) ブーレーズのマーラーは決して嫌いなわけでは無く、ウイーン・フィルとの第6番やクリーヴランド管との第7番などは一頃良く聴いていました。反面「大地の歌」なんかは気に入らなかったので、それほどは熱心な聴き手では無かったです。ウイーン・フィルを指揮した録音には第5番が有って、これは考えてみればブーレーズ向きの曲のような気がしたので聴いてみました。そうしたら凄く良かったのです。もちろんブーレーズがバーンスタインのような演奏をするはずは有りません。あくまでもブーレーズ流の演奏です。それにしても、マーラーゆかりのオーケストラであるウイーン・フィルの醸し出す美しい音は何物にも代えがたいです。弦も管もその音色を聴いているだけですっかり魅了されてしまいます。現在のウイーン・フィルは、その美音に加えて、非常に優れた機能も持ち合わせているので、ブーレーズのコントロールするアンサンブルは非の打ちどころが無いほどに完璧です。これはマラ5を演奏する場合には、非常にアドヴァンテージになります。往々にしてヴィルトゥオーゾ・オケが完璧ではあっても無機的に聞こえるようなことがよく有りますが、そう感じさせないのはウイーン・フィルの美徳です。この録音は音質が優秀で、極めて力強く迫力あるフォルテを響かせますが、騒々しく感じることは一度も有りません。本当に綺麗なハーモニーです。ブーレーズはバーンスタインの劇場(激情)型の演奏のように、テンポを大きく揺らすことは無く、イン・テンポに近いです。そんなマーラーは嫌だと仰られる方には向きませんが、この美しい響きを味合わないのは余りにもったいないです。アダージョの美しさも並みではありません。静かな水面に小さなさざ波がゆっくりとゆっくりと広がりゆく様な豊かな詩情に溢れています。これはウイーン・フィルの力も大ですね。そして第5楽章も輝かしい響きが実に素晴らしいです。あくまでもクールに、しかし無機的な冷たさでは無い充実仕切った音を高らかに響かせています。

というわけで、この3つはどれも個性を表していますが、特にお薦めしたいのはブーレーズ盤です。このウイーン・フィルの充実した響きはちょっとやみ付きになりますよ。

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2013年3月 7日 (木)

マーラー 交響曲第5番 テンシュテット/コンセルトへボウ管のライブ盤

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ロイヤル・コンセルトへボウ管弦楽団アンソロジー第6集1990-2000

タイトル名の通り、アムステルダムのロイヤル・コンセルトへボウ管弦楽団による自主制作CDが出されています。同じ録音年代の名演奏をそれぞれCDセット化していて、既に第7集まで制作されましたが、どれも10枚を超える大物ですので、実はこれまで購入を躊躇っていました。

けれども、どうしても欲しかったのが、1990年から2000年に渡る演奏を集めた第6集です。その理由は、この中にクラウス・テンシュテットが1990年12月9日にコンセルトへボウで演奏したマーラーの交響曲第5番が含まれているからです。これまでは海賊盤でしか出ていなかった演奏なので、正規音源からの発売を心底渇望していました。自分にとっては、この演奏が収録されているのでこのセットを買ったようなものです。

マーラーの「劇場型」(「激情型」とも)タイプの演奏家として、テンシュテットはバーンスタインと双璧です。もちろん、ワルター、バルビローリ、クレンペラー、クーベリック、ノイマン、ベルティーニなども素晴らしいマーラーを聴かせてはくれますが、マーラーの音楽を溺愛していて、とことん音楽にのめり込みたくなる自分にとっては、バーンスタインとテンシュテットの二人は、やはり別格としてそそり立つ存在です。ただ、バーンスタインが特に晩年の演奏でユダヤ的に粘りに粘ったのとは異なり、テンシュテットは遅いテンポで非常に彫の深い演奏を聴かせても、そこにユダヤ的な粘りというものは有りません。

テンシュテットのマラ5には、手兵のロンドン・フィルとの演奏が幾つか正規盤として出ています。どの演奏も素晴らしいですし、特に1988年のロンドン・ライブ(EMI盤)は傑出したマーラーです。けれどもバーンスタインが名器ウイーン・フィルとグラモフォン盤、それにプロムスライブ盤の二つを残したのと比較すると、オーケストラの質の点でどうしてもハンディを感じざるを得ませんでした。唯一、海賊盤のコンセルトへボウ盤だけが、ウイーン・フィルと全く遜色の無い質の高い音を聴かせていました。確かに、熱気においてはロンドン・フィルのライブでの献身的な演奏が上回るのかもしれません。けれどもオケの上手さ、表現力という質の高さだけは如何ともしがたいのです。ここには「名演」を更に一段超えた上質な音楽が存在します。ですので、このコンセルトへボウ盤こそがテンシュテットのマラ5のベストだと思っています。あの北ドイツ放送響との「復活」(これもFirst Classicsの海賊盤でしたが、正規盤以上の高音質なので不満は有りません)は、テンシュテットの残した最大の遺産であり、間違い無くこの人のマーラーの全演奏のベストですが、このコンセルトへボウとの5番は、それに次ぐものとして極めて重要な記録です。やはりテンシュテットの真骨頂はライブに有ります。EMIのセッション録音による全集のみでは、この人のマーラーの凄さは半分も理解出来ないと思います。

ところで、このセットには他にも非常に興味をそそられる演奏が幾つも含まれています。ざっとご紹介してみますと。

バルトーク:歌劇『青ひげ公の城』
 イヴァン・フィッシャー(指揮)

ベートーヴェン:交響曲第6番『田園』
 ヴォルフガング・サヴァリッシュ(指揮)

シベリウス:交響曲第4番
 パーヴォ・ベルグルンド(指揮)

エルガー:交響曲第2番
 アンドレ・プレヴィン(指揮)

バルトーク:ピアノ協奏曲第3番
 マルタ・アルゲリッチ(P)
 クラウス・ペーター・フロール(指揮)

シェーンベルク:淨められた夜(弦楽合奏版)
 ピエール・ブーレーズ(指揮)

シューベルト:交響曲第8(9)番『グレイト』
 サー・ジョン・エリオット・ガーディナー(指揮)

モーツァルト:交響曲第40番
 ニコラウス・アーノンクール(指揮)

ブルックナー:交響曲第3番
 クルト・ザンデルリング(指揮)

ショスタコーヴィチ:交響曲第5番
 クルト・ザンデルリング(指揮)

特に興味の有るのはこんなところです。いずれも世界に冠たる名オーケストラであるコンセルトへボウ管の1990年以降の演奏を優秀録音で聴けるわけですから感謝です。それらについては、また別の機会にご紹介するつもりです。

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2012年6月 7日 (木)

パーヴォ・ヤルヴィ/フランクフルト放送交響楽団 来日公演 マーラー交響曲第5番

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昨夜はパーヴォ・ヤルヴィとフランクフルト放送響のコンサートを聴きに行きました。このコンビの生演奏を聴くのは2008年以来ですので、4年ぶりです。前回はマーラーの最高傑作、交響曲第9番でしたが、今回は同じマーラーの第5番。非常に好きな曲です。

第9番の演奏は、案外とスタイリッシュで、感情にどっぷり浸りきるとか、爆演とかいうタイプでは無かったように記憶しています。熱演でしたが、正攻法でマーラーの音楽の味わいや深さを充分に感じさせてくれる、とても素晴らしい演奏でした。

今回の来日では、ブルックナー8番と、マーラー5番という二つのプログラムが用意されていましたが、僕は迷うことなくマーラーのほうを聴きに行くことにしました。マラ5の生演奏と言うと、随分以前にコバケンが読響に客演したときに、同じサントリーで聴いたのですが、充実した響きでドラマティックなマーラーを堪能できた素晴らしい演奏でした。今回はそれ以上に感動出来れば良いなと思いつつ、会場に足を運びました。

前プロはリストのピアノ協奏曲第1番です。ピアノ独奏は、アリス=沙良・オット。彼女は23歳の日系ドイツ人ですが、まるで「不思議の国のアリス」みたいに可憐な美少女です。日系なので小柄ですし、長い黒髪が揺れてとても素敵です。自分にとっては娘の世代になりますが、胸が熱くときめきます。演奏?あー、耳に入らなかった・・・というわけではありません。(笑) 音量は比較的小さめで、豪快なヴィルティオーゾ風のリストではありません。そういうリストを求めると物足りなく感じられたかもしれません。彼女自身のように美しく可憐なリスト、そんな印象です。アンコールは「ラ・カンパネラ」とブラームスの「ワルツ第3番」。良い曲目構成で楽しめました。

さて、肝心のマーラーですが、これは凄かった!と言っても、ユダヤ風の濃い情念はそれほど感じさせませんし、バーンスタインのような巨大なスケールというわけではありません。テンポは中庸だと思います。リズムの刻み、念押しが強く、アウフタクトはこれでもかと強調されます。フォルテの音は明確ですが、金管にうるさくなるほどの強奏はさせません。逆に弦楽、特に低弦のパワフルさには圧倒されました。第1楽章では幾らか抑え気味の印象でしたが、彫の深さと表現力の豊かさには驚かされました。第2楽章では、いよいよエンジン全開です。パーヴォが体全体で指揮して、嵐の海で大波が揺れるような凄まじい演奏でした。マーラーの音楽を聴く喜びに体が震えました。第3楽章スケルツォも非常に振幅の大きな演奏です。この楽章のみ、ホルンの主席が、舞台上の反対側右奥に一人移って、スタンドしたままソロを吹きましたが、これはパーヴォのアイディアでしょう。主席の演奏も素晴らしく、さしずめホルン協奏曲のような大活躍で印象的でした。第4楽章のアダージョでは、旋律をしっかりと聴かせて美しい響きで勝負するような印象でした。消え入るような弱音で旋律が聞えないというのとは違います。テンポはやや速めでしたので、個人的な好みでは、もう少し遅く指揮して欲しかったです。第5楽章では、明るく解放された音楽が壮麗に鳴り渡りました。決して爆演ではなく、パーヴォが緻密にコントロールしている印象です。でもオーケストラは大熱演ですし、終結部のたたみかける迫力は物凄かったです。この曲を何度聴いていても、興奮させられました。全体として、マーラーファンにとってはこたえられないほどに聴きごたえのある演奏でした。もちろん演奏後の拍手とブラボーは凄かったです。

アンコールは、ドイツのオーケストラの定番のブラームス「ハンガリア舞曲」から、「第5番」です。変幻自在の極みで、魔法のような指揮ぶりの演奏でした。2曲目の「第6番」では、強靭なリズムと、その合間の美しく繊細な歌わせ方が、普段聴いているこの曲とはまるで違う曲のように感じられました。まぁ楽しいこと、この上ありません。

ということで、パーヴォの指揮者としての力量と才能が、とてつもないことが思い知らされました。これほどの表現力を持つ指揮者が他にどれだけいるかと考えても、余り思いつきません。現在、ティーレマンと並んで最も注目すべき指揮者ではないでしょうか。そんなの当たり前?こりゃまた失礼致しました。

尚、翌日7日のブルックナーの演奏についてはsaraiさんが、鑑賞記を詳しく書かれています(こちらへ)。

<参考過去記事>
マーラー 交響曲第5番 名盤

パーヴォ・ヤルヴィのマーラー交響曲第2番「復活」

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2011年8月20日 (土)

マーラー 交響曲第5番&第6番 ジョルジュ・プレートル/ウイーン響 ~夏の夜のマーラー~ 

夏休みやお正月休みがやってくる前は、それはもう嬉しくてたまらないのですが、それが終わってしまい、また仕事に戻らなければならないときには、この世の終わりのような厭世的な気分になります。そんな時には、やはりマーラーでしょうか。ちょうど今夜は涼しいですし、夏の夜のマーラーも悪くありません。

そこで聴いたのは、ジョルジュ・プレートルの指揮するマーラーです。プレートルは昨年、サントリーホールでウイーン・フィルを指揮して、非常に素晴らしい「エロイカ」を聴かせてくれました。そのプレートルがウイーンで、フィルハーモニーではなくシンフォニカ―のほうを指揮したマーラーの第5、第6のライブCDが以前から出ていて評判だったのですが、実は僕はまだ聴いたことが有りませんでした。ですので、やはり一度はと思って聴いてみました。

マーラー 交響曲第5番

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ジョルジュ・プレートル指揮ウイーン響(1991年録音/WEITBLICK盤)

この演奏は宇野功芳先生が絶賛していましたし、色々な方のブログでも「凄い」と評判でした。確かにかなりの熱演であるのは間違いないです。表情が中々濃い部分もあります。ただプレートルは元々オーケストラを厳しく統率するタイプでは無いだけに、悪く言うとかなり雑な演奏になっています。この曲には同じウイーン響をオーケストラ・ビルダーのガリー・ベルティーニが指揮したライブ盤がありますが、聴き比べるとその差が歴然としています。ベルティーニの方はオケのコントロールが実に緻密なのです。もっともプレートルのおおらかさ、「えい一丁上がり!」という神経質にならない味わいが良いという人だって居るかもしれません。それに不思議なほどに明るいマーラーです。暗いマーラーが嫌いな人には良いでしょう。でも、それってマーラーだろうか?とは思います。ウイーン・フィルを指揮した「エロイカ」が素晴らしかったのは、誰が指揮しても、自発的にアンサンブルを整えてしまう能力のあるオケだったからかもしれません。それにマラ5のように至難のアンサンブルの曲では、やはり相当のバトンテクニックが必要になるんじゃないでしょうか。

というわけで、この演奏は世の評判ほどには良いと思いませんでしたが、決して嫌いな演奏ではありません。特に第4楽章アダージェットは、まるでオペラの一幕のように愛を語りかけてきます。ああ、これはマーラーが愛妻アルマに捧げたラブレターです。それをここまで熱く演奏した人は、もしかしたら居なかったかもしれません。終楽章も表情豊かで楽しさに満ち溢れています。この二つの楽章だけならば、掛け値なしの名演だと思います。

マーラー 交響曲第6番「悲劇的」

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ジョルジュ・プレートル指揮ウイーン響(1991年録音/WEITBLICK盤)

第1楽章は非常に速いテンポで始まります。しかもドイツ系の指揮者のように強固なリズムを刻むわけではないので、だいぶ前のめりに感じます。推進力が有るのは良いとしても、もう少し重さを感じさせて欲しくなります。特に展開部ではプジョーさながらにギアーをチェンジしてテンポを一段と上げます。どんなに巨匠になってもやはりフランス人ですね。アルマのテーマの処理は、まあまあというところです。この演奏では第2楽章にスケルツォ、第3楽章にアンダンテの順に並べられているので不満は有りません。但し、第2楽章主部は相当な快速テンポです。切迫感を通り越して、音楽が上滑りしているのでこれでは頂けません。第3楽章は、5番のアダージェットのように一遍の愛の詩になっています。主部はもちろんですが、中間部になっても余り深刻さを感じさせません。この世の終わりのような演奏が普通かと思っていると、すっかり肩透かしをくらいます。さすがはラテン系です。その点、終楽章は元々切迫した曲想ですので、快速テンポが不自然には感じません。無難に及第点と言って良いと思います。第5交響曲の場合には4、5楽章が中々の聴きものだったので、「終わり良ければ、全て良しとするかなぁ」と思えたのでしたが、第6の場合にはちょっと難しいところです。

というわけで、プレートルはマーラーの演奏には本質的に適していないのではないか、というのが僕の感想です。その代わり、暗く重苦しいマーラーが苦手の方には丁度良いのではないかと思います。

<過去記事>
マーラー交響曲第5番 名盤
マーラー交響曲第6番「悲劇的」 名盤

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2010年3月28日 (日)

マーラー 交響曲第7番ホ短調「夜の歌」 名盤

Mahler1000 マーラーは7番目の交響曲に副題として「ナハトムジーク(夜曲)」と名付けました。もちろんこれはドイツ語です。英語なら「ナイト・ミュージック」。今ひとつ品格が有りませんね。(笑)
さて、モーツァルトの名曲「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」が「小夜曲」ならば、こちらはさしずめ「大夜曲」です。この曲はマーラーの作品の中では余り一般的ではありません。他の作品に比べて、ことさら悲劇的なわけでも無いですし、歓喜にむせるわけでも有りません。この曲にはそうした、とらえどころの無さを感じてしまうからでしょうね。事実、プラハで行われたマーラー自身の指揮による初演の際にも、聴衆のほとんどは音楽を理解できずに拍手もまばらだったそうです。

マーラーの妻アルマは著書「回想と手紙」の中でこの曲に関して次のように記述しています。

「1905年の夏にマーラーは第7交響曲を一種の熱狂の中で書き上げた。その《見取り図》と彼が呼んでいたものは、既に1904年の夏にできていた。二つの夜曲の楽章を書いているときには、アイヒェンドルフ的な幻想が彼の念頭にただよっていた。ちょろちょろ流れる泉、あのドイツ・ロマン派的情景が。その他の点では、この交響曲は標題的ではない。」

アイヒェンドルフというのは後期ロマン派の詩人です。彼の文学の特徴は、当時の芸術家や思想家を襲ったのと同じ、機械文明の急速な発達の結果引き起こされる、新しいものと古いものとの狭間に落ち込み、引き裂かれる人間の苦悩です。またそれは、美しい田舎に生れ、故郷を愛していたにもかかわらず、都市生活を送らなければならかった人生の悲哀でもあるのです。その故郷喪失感は《さすらい》というイメージをとって表現されるのです。実はマーラーも自らを「私は三重の意味で故郷の無い人間だ。オーストリア人の間ではボヘミア人として、ドイツ人の間ではオーストリア人として、全世界の中ではユダヤ人として、どこに行っても歓迎されることは無い。」としばしば語っていたそうです。

第7交響曲は、そうしたロマン的な雰囲気に溢れた純粋な器楽曲です。この曲は全5楽章構成で、真ん中の第3楽章がスケルツオ、その前後をはさむ第2、第4楽章が「夜の歌」、そして両端の第1、第5楽章がアレグロです。これは、同じ5楽章構成の第5交響曲と構成的によく似ています。第4楽章は「夜の歌」といってもセレナーデなので、伴奏楽器をイメージさせたギターとマンドリンが効果的に使用されています。こうした珍しい楽器も使用されますし、この曲には革新性が大いに有ります。たぶんそれは当時交流のあった若きシェーンベルク達の新しい音楽を非常に意識してのことだと思います。
それにしてもマーラーの各交響曲の個性、構成の多様さにはつくづく感心します。この曲は、比較的聴く回数は少ないほうですが、この楽曲にどっぷりと浸っているうちに、やはり名作だなぁ、と感じます。

この曲の実演は一度、ロス・フィルの本拠地のウォルト・ディズニー・ホールでサロネンの指揮で聴いたことがあります。清涼感のあるロマンティシズムに覆われた非常に聴き易い演奏でした。

それでは僕の愛聴盤のご紹介をしてみます。

417wz0xe5el オットー・クレンペラー指揮ニュー・フィルハーモニア(1968年録音/EMI盤) 破格の曲の破格の演奏として昔から有名な録音です。この曲の初演の際には、本番直前までマーラーが楽譜を修正しようとしたので、弟子達が必死にオーケストラ譜の書き直しを手伝ったそうです。その弟子の中の一人がクレンペラーです。当然、本番の演奏を聴いているに違いないクレンペラーの解釈は無視できません。それにしてもこの演奏は破格です。今にも止まりそうなほどに遅いテンポで巨大なスケールです。果たしてマーラー自身のテンポはどうだったのかは分かりませんが、両端楽章などは、正に『肥大化した後期ロマン派楽曲の終焉』という雰囲気そのものです。2つの「夜曲」の深みも底無しです。これは絶対に聴いておかなければならない演奏です。

Koba_marh7 ラファエル・クーべリック指揮バイエルン放送響(1976年録音/Audite盤) この演奏はクーベリックのグラモフォンへの全集盤ではなく、ミュンヘンのヘラクレスザールでのライブ録音です。全体は比較的速いテンポで子気味良く進みます。遅く重い演奏に慣れていると、やや速すぎるようにも感じますが、決して腰が軽くせわしないわけでは有りません。オケの響きもドイツのオケらしく落ち着いた厚い音色なのが嬉しいです。クーベリックの指揮の表情の彫りは深いですし、マーラーの音楽への共感が有るので聴き応えにも不足しません。普段重すぎる演奏ばかり聴いている場合のカンフル剤として非常に良い演奏だと思います。最初にこの曲に親しむのにも適しているかもしれません。

41idj7dczrl__sl500_aa300_ ロリン・マゼール指揮ウイーン・フィル(1984年録音/CBS盤) マーラーはかつてウイーンの国立歌劇場の監督でしたが、その割りに交響曲のどれもにウイーン・フィルの録音が多いわけでは有りません。特に7番には少ないので、ウイーン・フィルの演奏が聴けるこの録音は貴重です。やはりアメリカや他の国のオーケストラと比べると、管楽器や弦楽器の音の柔らかさが際立っていて大変に魅力的です。マゼールの指揮もけっして派手過ぎずに、ゆったりとオケの特色を生かしています。沈滞する部分の音楽の持つ情緒も実に美しく描かれていて、これはウイーン・フィルならではなぁ、と感じずには居られません。両端楽章も少しも騒々しくならずに響きが美しいです。気になるのはスケルツォ主部のリズムが鈍くやや魅力に欠けるぐらいですが、欠点というほどでは有りません。ウイーン・フィルのマーラーは、やはりかけがえのないものです。 

Erte7 レナード・バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィル(1985年録音/グラモフォン盤) ニューヨークでのライブ録音です。マーラーを最も得意とするバーンスタインですが、不思議と出来栄えにはムラが有ります。この演奏は成功のほうです。全体的に表現が非常に彫りが深いですし、両端楽章の熱気と脂の乗り具合はマーラーの音楽をもはみ出している気もしますが、聴き応えという点でやはり破格の演奏です。2つの「夜曲」はクレンペラーのように沈滞するわけではなく、もっと喜びの感情に満ちていて、これはこれで魅力的ですし、うって変わった中間部の情緒にも事欠きません。終楽章がやや明るく健康的に過ぎるような気もしますが、実際にそういう曲ですから否定は出来ません。終結部の迫力も随一です。ライブ演奏ですが、オケも録音も優れています。

6591749ggガリー・ベルティーニ指揮ケルン放送響(1990年録音/EMI盤) ベルティーニのマーラーはどれも明るく健康的です。けれども決してノー天気というわけではなく、ユダヤ的な粘りとロマンティックな雰囲気を持ち合わせています。ケルン放送が非常に驚くほど緻密で美しい音を出しているのも、にわかに信じ難いほどです。テンポは速めですが、拙速な印象は無く、逆に流れの良さを感じます。この長大な曲が退屈する間もなく次々と進行します。やはり素晴らしい演奏です。

410ay0z7z5l クラウス・テンシュテット指揮ロンドン・フィル(1993年録音/EMI盤) 最も優れたマーラー指揮者の一人のテンシュテットは円熟期に喉頭癌に犯されたために引退しました。その後は一時的に復帰して指揮台に立ちますが、その時の演奏は正に自らの余命を意識した壮絶なものでした。EMIに残されたライブの第6と第7はその代表的な演奏記録です。手兵のロンドン・フィルは大抵の録音で力量不足を感じさせますが、この演奏では全く感じさせません。楽団員が「テンシュテットの棒でマーラーの演奏を行えるのもこれが最後かもしれない」という命がけの大熱演を行っています。クレンペラーの巨大さにも迫るスケールの大きさに加えて、そんな楽員達の思いが乗り移った素晴らしい演奏です。

Medium_image_file_url小林研一郎指揮チェコ・フィル(1998年録音/CANYON盤) 「コバケンはマーラーに限る」と言いたいほど、この人のマーラーは好きです。東京で演奏会が有るときには必ず駆けつけるようにしていますが、手兵の日本のオケにはどうしても力量不足を感じてしまいます。その点チェコ・フィルであれば文句なしです。クレンペラーやテンシュテットの巨大さ、重圧さ、グロテスクさを持ち、かつ現代的な機能性を兼ね備えてまとめあげた素晴らしい演奏だと思います。ロマンティックな雰囲気も充分ですし、時にドラマティックに歌いまわしたり、大見得を切るのも実に堂に入っています。もちろんチェコ・フィルの美しい音を忠実にとらえたCANYONの優秀な録音も強みです。

1391382 ダニエル・バレンボイム指揮ベルリン国立歌劇場管(2005年録音/ワーナー盤) 全体的にテンポは早めですが、せわしない印象は有りません。むしろ適度にロマンティックで粘りのある表情なのが現代的で良いでしょう。演奏にはグロテスクさを余り感じさせないので、この曲が確かに「交響曲」であることを意識させます。ベルリン歌劇場の音色も伝統的なドイツの音の名残を残していますし、過剰なまでの機能性は感じませんので、僕はむしろアメリカのオーケストラあたりよりも好きです。録音も新しく、細部の楽器の動きがよく聞き取れるので、初めてこの曲に接する場合には馴染み易いのではないかと思います。但しこの曲の真価を表わしているかというと疑問です。

この曲の場合は、なかなか好きな演奏を絞り込むのが難しいです。そのいずれにも良さが有るからです。けれども絶対に外せない演奏は、やはりクレンペラー盤です。そしてバーンスタイン、テンシュテット、マゼール、ベルティーニ、コバケンが後に続きます。

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2010年3月 5日 (金)

マーラー 交響曲第6番イ短調「悲劇的」 名盤

Alma05マーラーは毎年夏になると指揮者としての仕事は休暇を取って、ヴェルター湖畔の別荘で作曲を行うことにしていました。そして1904年の夏にこの別荘で完成させたのが、交響曲第6番です。愛妻アルマがこの時の様子を著書「回想と手紙」の中で語っています。

「夏は美しく平穏で楽しかった。マーラーはようやく完成した第6交響曲を(ピアノで)弾いてくれた。第1楽章の大きく、天翔けるような主題はスケッチが仕上がった頃に話してくれた、私(アルマ)をある主題の中に焼き付けておこうとした、というそれだった。第2楽章では、砂の上で遊んでいる子供達の情景を表現しようとした。ところが恐ろしい事に、子供達の声はしだいに悲しげなものになり、しまいにはひとすじのすすり泣きとなって消えてゆくのだ。終楽章では、英雄が運命の打撃を三度受けて、最後の一撃が木を切り倒すように彼を倒すと語ってくれたが、その英雄とは彼自身のことなのだ。この曲ほど彼の心の奥底から直接流れ出た作品はほかに無い。あの日、私達は2人とも泣いた。それほど深く私達はこの音楽とこれが予告するものに心を打たれたのだった。第6交響曲は彼の最も個人的な作品であり、しかも予言的な作品である。彼は彼の一生を《先取りして音楽化した》のだ。」

これがこの曲の全てであると思います。この曲は真に感動的な傑作ですが、それはマーラー自身の本当の心の音楽、人生の音楽だったからです。曲について付け加えることは何も有りませんが、楽章構成についてだけ触れておきます。

この曲は古典的な4楽章構成で、第1楽章と第4楽章がアレグロですが、問題となるのは中間の二つの楽章の順番です。マーラーが曲を完成させた時には、第2楽章スケルツオ→第3楽章アンダンテの順だったのですが、自身の指揮で初演する際には、アンダンテ→スケルツオの順に入れ替えられました。そしてその後、ウイーンで初演する際のプログラムにはアンダンテ→スケルツオとあったのを、実際の演奏で再びスケルツオ→アンダンテに戻したというのです。ですので、楽譜出版の際にはこれがマーラーの最終意思であると考えられました。しかし、後年になって異議が唱えられて、結局二種類の楽譜が存在することになったのです。研究者の意見は割れていて結論は出ていませんが、スケルツオ→アンダンテで演奏するほうが主流となっています。

僕としても、やはりスケルツオ→アンダンテのほうが良いと思っています。古典的な短い曲の場合は確かに緩徐楽章→スケルツオの方がまとまりは良いのですが、大曲、しかもシリアスな曲の場合には、スケルツオ→緩徐楽章のほうが迫真性が増すような気がします。例えばベートーベンの「第九」、ブルックナーの「第8」、ショスタコーヴィチの「第5」などです。マーラーの第6番の場合も、静かなアンダンテから終楽章へ移らないと、どうもしっくりと来ません。

それでは、僕の愛聴盤をご紹介しますが、中間楽章は全てスケルツオ→アンダンテの順による演奏です。

Mah6_barbi サー・ジョン・バルビローリ指揮ニュー・フィルハーモニア(1967年録音/EMI盤) 1楽章は相当に遅いテンポで始まります。しかし緊張感を保っているので巨大なスケールを感じます。上手すぎない?オケの響きが機械的で無く人肌を感じさせるのも良いです。アルマの主題も大きく羽ばたくようで見事です。展開部以降も念を押すような巨人の足取りが続きます。2楽章もやはりスケール大きく素晴らしいです。けれども白眉は3楽章アンダンテです。美しい弦の歌い回しが何と愛情に満ち溢れていることでしょう。終楽章は再び巨大なスケールですが、こけおどしは一切無くじわじわと圧倒されます。購入する時に注意すべきは、海外盤は中間楽章が何故か逆のアンダンテ/スケルツオの順です。バルビローリ自身が迷っていた節もあるようですが、僕はスケルツオ/アンダンテの国内盤でしか聴きません。またバルビローリには他にもベルリンPOとニュー・フィルハーモニアのライブ盤も有りますが、最も個性的なこのEMI盤を僕は好んでいます。

4106090279 ジョージ・セル指揮クリーヴランド管(1967年録音/SONY盤) セルのマーラー録音は少ないですが、しかもライブでの演奏です。第1楽章はかなり速いですが、逆に何かいたたまれないような切迫感が感じられて悪くありません。それに音が騒々しくならないのが良いです。但しアルマの主題は余りにあっさりし過ぎでもの足りないです。第2楽章も速いテンポで緊迫感に溢れます。中間部も速めですが、ニュアンスがこもっていて良いです。第3楽章アンダンテは心がこもっていて非常に感動的です。第4楽章には一気珂性の勢いが有って引き込まれます。

Mah6_kube ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送響(1968年録音/audite盤) これは比較的早い時期のライブ録音です。第1楽章のたたみかけるテンポが異常に早く、せわしなく感じます。続く第2楽章アンダンテも全く同様です。第3楽章も速めですが、よく歌ってはいます。しかし更に深い沈滞感が欲しいところです。後半は弦にやや不揃いを感じます。終楽章もやはりかなり速いテンポですが、これは高揚感、切迫感が有って悪くありません。全体的にはクーベリックのマーラーとしては平均点以下という印象です。

Mahler6_maazelロリン・マゼール指揮ウイーン・フィル(1982年録音/CBS盤) マゼールのマーラーは基本的にクールだと思います。音そのものが雄弁に語ることは有っても、感情的に没入したり陶酔することは有りません。そこがこの人のマーラーを完全に好きにはなれない大きな理由です。とは言え、ウイーン・フィルの美感溢れる音でマーラーを味わえるのは貴重です。特に6番ではバーンスタインが騒々しい演奏に陥っていますので尚更です。この演奏はテンポが遅くも速くも無く、クール過ぎもせずに、曲そのものを聴くにはとても良いと思います。ウイーン・フィルのこの曲の演奏では第一に推せます。

51n2b7pc3vzl__ss500_ エーリッヒ・ラインスドルフ指揮バイエルン放送響(1983年録音/Orfeo盤) ラインスドルフというとRCAレーベルの幾つかの録音を聴いたことは有りますが、感心した事はほとんど有りませんでした。なのにこのCDを買ったのは、彼がウイーン出身のユダヤ系であったことと、珍しくドイツの楽団との演奏だったからです。1楽章はゆったり気味ですが良いテンポです。アルマの主題でぐっとルバートさせて歌うところは最高に上手く、思わず惹きこまれます。2楽章はやや速めです。美しく柔らかく歌う3楽章は響きに孤独感が漂っていて素晴らしいです。後半も非常に感動的です。終楽章はじっくりとスケールが大きく聴き応えが有ります。マーラー演奏に慣れたバイエルン放送は優秀ですし、録音も客席で聴いているような臨場感が有って好きです。

Mah6_berti ガリー・ベルティーニ指揮ケルン放送響(1984年録音/EMI盤) ベルティーニ/ケルン放送の全集の中では最も出来の良い演奏だと思います。この曲はともすると熱演の余りに響きが騒々しくなる演奏が有りますが、ベルティーニはその点、熱演だけれども美しい響きを保っています。複雑にからみあう旋律を明確に描き分けるのもこの人の利点です。1楽章のテンポは速過ぎず遅過ぎず丁度良いです。2楽章はリズムの切れが良いですし、中間部の表情の変化がとても上手いです。3楽章も静かに始まり後半は非常に美しく盛り上がります。4楽章も慌てず騒がず実に充実しています。

Bernstein レナード・バーンスタイン指揮ウイーン・フィル(1988年録音/グラモフォン盤) バーンスタインは1960年代にもニューヨークPOとCBSに録音を残していますが、それは熱演が過ぎて騒々しく、とても聴いていられませんでした。再録音がウイーン・フィルであれば、今度は大いに期待しました。ところが1楽章はやはり速いテンポで打楽器が打ち鳴らされ、金管が咆哮して、非常に戦闘的です。それがバーンスタインの解釈なのですね。己の人生や回りの世界と戦う英雄、それは解るのですが、聴いていてうるさいのは御免です。2楽章も同様です。ところが3楽章アンダンテになると流石にウイーン・フィルで柔らかく絶美です。終楽章も曲想のせいか1楽章のような抵抗は無く熱演に浸れます。前半と後半で大きく評価の分かれた演奏です。

Mah6_ten クラウス・テンシュテット指揮ロンドンフィル(1991年録音/EMI盤) テンシュテットが癌に侵されながらも一時的にカムバックした後のライブ演奏です。元々非常な熱演型の人でしたが、既に余命を感じたのでしょう、鬼気迫る凄演です。 ロンドン・フィルは残念ながら一流とは言い難く、EMIの多くのスタジオ録音には大抵物足りなさを感じます。けれどもこのライブ演奏では、それを感じさせません。この曲は余りに熱演されるとうるさく感じるのですが、この演奏には真実味が有るせいか、自然と引きずり込まれてしまいます。1、2楽章は造形が大きく、3楽章は深く黄泉の世界に入るようです。そして終楽章の巨大さは圧巻です。

6large ピエール・ブーレーズ指揮ウイーン・フィル(1994年録音/グラモフォン盤) 基本的にはスタイリッシュですが決して冷静で面白くないということは有りません。1楽章からウイーン・フィルの美感を生かしていて、バーンスタインのように騒々しくならないので曲そのものを楽しめます。もちろんユダヤの情念みたいなものは感じませんが、節度のあるロマンティシズムが心地良いです。2楽章はリズムに切れが有る良い演奏です。中間部もウイーン・フィルの柔らかさが生きています。3楽章もやはりウイーン・フィルで非常に美しい演奏です。終楽章の前半はかなり冷静な演奏ですが、響きは実に美しいです。後半は冷静過ぎることなく熱気を増してゆくので不満有りません。

00000689270 ヴァーツラフ・ノイマン指揮チェコ・フィル(1995年録音/CANYON盤) チェコ・フィルの美しい音が優秀な録音で捉えられています。さすがにCANYONです。1楽章は速めのテンポで進みますがせかせかした感じは無く、表情もニュアンスに富んでいます。少しもうるささを感じさせない豊かな響きがとても心地良いです。2楽章もやはり速めで1楽章と同様のことが言えます。中間部は優しい表情に魅了されます。3楽章は美しい弦がよく歌っていてロマンティシズムを感じますが、明るめの音色からほの暗い音色に移り行く変化が実に素晴らしいです。終楽章は落ち着いて始まりますが、次第に高揚してゆく演奏にじわじわと引き込まれていきます。ノイマンのマーラー再録では3番に次いで優れた出来栄えだと思います。

817 クリストフ・エッシェンバッハ指揮フィラデルフィア管(2005年録音/ONDINE盤) エッシェンバッハは現代では珍しく昔のドイツ浪漫的な資質を持つ指揮者なので好きなのですが、何故か振るのは明るい音色のアメリカやフランスのオケが多いのが残念です。これはフィラデルフィアでのライブ演奏です。1楽章は比較的速めのテンポで進めますが、テンポ・ルバートを頻繁に行っています。それがやや不自然な場合も有りますが、表現意欲そのものは好ましいです。2楽章はテンポと表情の大きな変化が中々堂に入っていて感心します。3楽章はエッシェンバッハが本領発揮した実に深々としたロマンティシズムに溢れた秀演です。4楽章はスケールの大きい演奏でこれも優れています。このCDにはマーラー16歳の作品「ピアノ四重奏楽章イ短調」が併録されていて、エッシェンバッハがピアノを弾いています。この曲、何となく「さわやかなブラームス」という感じで面白いです。

第6番に関して僕が最も好きなのは、バルビローリ/ニュー・フィルハーモニアです。他には、全体的に素晴らしいテンシュテット、ベルティーニ、それにアルマの主題が見事なラインスドルフは外せません。アンダンテのみで言えばバーンスタイン、エッシェンバッハも素晴らしいですし、とにかく傑作作品ですので、どの演奏にも愛着が有ります。  

<後日記事>
ジョルジュ・プレートルのマーラー交響曲第5番&6番 

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2010年2月 8日 (月)

マーラー 交響曲第5番嬰ハ短調 名盤

Mahler1011 ブルックナー&マーラーの交響曲特集も、いよいよマーラーの第5番です。通称「マラ5」。大学時代にマーラーの音楽の魅力に目覚めてから一体何度聴いたかわかりません。一般的には第1番「巨人」が最もポピュラーでしょうが、マーラーに興味を持った人が、その次にハマリやすい曲がこの曲です。というのもマーラーの音楽の最大の特徴である「精神分裂的な感情の激変」が、この曲ほど目まぐるしく訪れる曲は他に無いからです。今、喜びに溢れていたかと思えば一瞬にして悲しみの底に陥ってみたり、幸福感に包まれていたかと思えば次の瞬間には苦悩に悶えてみたりの連続なのです。そしてそれは、実はマーラーの人生そのものなのです。子供の頃から父親の激しい怒りと母親の愛情のはざまで成長し、兄弟の次々の死や両親の死を迎えて生きてきたマーラーは、自分の人生を「足に重い粘土をつけて歩いてきた人生」だと語っています。

そんなマーラーがウイーンで音楽家として成功を収め、画家シントラーの娘で美しく教養に溢れたアルマと結婚をした1902年に完成したのが「交響曲第5番嬰ハ短調」です。彼はこの曲の第4楽章「アダージェット」を愛するアルマに捧げました。それは情熱的に燃え上がる愛というよりも、ようやく訪れた幸せを静かに噛み締めているかのようです。そういったマーラーの様々な感情が、素晴らしく充実した管弦楽となんともノスタルジックで美しい多くの旋律によって表現されています。

第1楽章「葬送行進曲」 極めて印象的なトランペットのファンファーレで始まり、静かに葬送の歩みを進めます。これはユダヤの葬列なのでしょう。展開部に入ってからは、音楽は激しく荒れ狂います。手に汗握るスリリングな管弦楽の展開は何度聴いても飽きさせません。最後は再び静かに葬列が遠くに去って行くかのように曲が終わります。 

第2楽章「嵐のように激しく」 1楽章に続いて荒れ狂いますが、中間部で静かにゆったりと流れるノスタルジックな旋律も非常に魅力的です。

第3楽章「スケルツオ」 ウイーン風ののどかな舞曲で始まりますが、情熱的に展開します。一転して中間部のトリオでは静けさに包まれて、幻想的なピチカートに乗った調べが大変美しいです。

第4楽章「アダージェット」 巨匠ヴィスコンティの映画「ヴェニスに死す」で、幻想的な海のシーンで印象的に使われたので昔から有名です。新妻アルマへの愛情に満ち溢れていて、静かに始まって徐々に高揚して行く絶美の旋律が何とも魅力的です。

第5楽章「ロンド・フィナーレ」 牧歌的に始まり、音楽は明るい気分でどんどん高揚していきます。マーラーの書いた曲の中でも最も明るい楽章でしょう。やはり、アルマと迎える幸せな結婚生活への期待が現われているのではないでしょうか。

それでは僕の「マラ5」の愛聴盤および所有盤をご紹介します。

4148jr8kphlレナード・バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィル(1963年録音/盤) このコンビの当時の録音にはアンサンブルに緻密さを欠いた演奏が少なからず見受けられます。オーケストラの技量を試されるようなこの曲では当然ながら粗さを感じます。バーンスタインのマーラーの音楽への共感は深く感じられるものの、後年のウイーン・フィルの再録音と比べると表現の追い込みの甘さは遺憾ともし難いところです。もっともそれがストレートな演奏に感じられて、ウイーン・フィル盤のくどさ、しつこさが苦手の人には逆に受け入れ易いと思います。個人的にはウイーン・フィル盤を上位に置きますが、こちらのレニーの演奏も聴いていて楽しめます。

Mar5_barb_2 サー・ジョン・バルビローリ指揮ニュー・フィルハーモニア(1969年録音/EMI盤) EMIへ残した3曲(5、6、9番)のスタジオ盤の一つです。バルビローリの表現は彫りが深くて素晴らしいのですが、オーケストラの力量が不足するのが不満です。ゆっくりと静かに歌う旋律部分は情感がこもり切ってとても良いですが、激しい部分ではだいぶ生ぬるく聞こえます。それでもオーケストラの響きが人間的な肌触りを感じさせるので、単に上手いだけの無機的なオケの音よりはずっと良いと思います。バルビローリならばアダージェットの歌いまわしに期待をしたいところですが、弦が不揃いで案外期待外れです。

Mar5_kuberi_2 ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送響(1971年録音/グラモフォン盤) マーラーはクーベリックの重要なレパートリーで独グラモフォンへ全集録音を行いましたが、5番はその中でも特に優れた演奏でした。バーンスタインやテンシュテットのように思い入れたっぷりで物々しくとはなりませんが、やはりマーラーの音楽への共感に満ちているので素晴らしいです。オーケストラも非常に上手いですが無機的に陥らないところが好きです。クーベリックには10年後のライブ演奏が有りますが、この完成度の高いスタジオ録音盤の価値は不滅だと思います。

Mi0000979507ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィル(1973年録音/グラモフォン盤) マーラーの本質からは遠い存在であると思うカラヤンですが、明るく壮麗なフィナーレを持つ第5番は比較的向いている作品だと思います。実際にベルリン・フィルを気持ち良いほどに鳴らしています。但しいつものように弱音部で旋律線を極端なピアニシモで弾かせ続けるカラヤンの癖のためにあちらこちらで音楽が痩せてしまいます。マーラーの病的な感情変化も余り感じ取れません。やはり”マーラーが好きでたまらない”指揮者では無いのですよね。ミリオンセラーとなったアダージェットも綺麗ですが特別に優れている演奏とは思えません。

51myjeho4wlクラウディオ・アバド指揮シカゴ響(1980年録音/グラモフォン盤) アバドの最初のマーラー全集では、ウイーン・フィルと録音した3番、4番、9番を愛聴していますが、5番はシカゴ響との録音です。さすがにオケの上手さは驚くほどでアンサンブルは完璧ですし、音のピッチも完璧です。しかしその割にはハーモニーがそれほど美しく感じられません。これは不思議です。歌謡調の旋律が多いこの曲をアバドは良く歌わせているのですが、弱音部の音量と、強音部の音量が極端過ぎて、ダイナミズムの変化がやや煩わしく感じます。音色が明るくマーラー特有のどろどろした暗さを感じさせないのはオケの個性ですが、同じシカゴ響でも情緒のまるで欠けたショルティよりはずっと好きです。

Mar5_kube_2 ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送響(1981年録音/audite盤) グラモフォンへの録音から10年後のミュンヘンでのライブ演奏です。スタイリッシュで完成度の高いグラモフォン盤に比べると、スケールが大きくて、表現もたっぷりとしています。クーベリックのライブであれば、更に熱気を望みたい気もしますが、物々しく成り過ぎない演奏としては大変素晴らしいと思います。完成度の高いスタジオ盤と、どちらを取るかは非常に迷うところです。

Mahler5_maazel ロリン・マゼール指揮ウイーン・フィル(1982年録音/CBS盤) マゼールはユダヤ系の割には情感に粘着性を感じません。時にかなり遅いテンポを取ることがあっても、それはあくまでも音そのもののドラマであって、感情的に没入することは有りません。この5番の演奏もそんなスタイルです。それでも無味乾燥にならないのは、やはりウイーン・フィルだからです。マーラーの音楽を知り尽くしたオケだからこそ、適度のバランスを保てるのでしょう。この曲には音楽に没入し尽くしたバーンスタインの超名演が有るので余り注目されませんが、一歩引いてマーラーの音を楽しもうという時には良い演奏だと思います。録音が優秀なのも嬉しいです。

Mar5_ber_2 ガリー・ベルティーニ指揮ウイーン響(1983年録音/WEITBLICK盤) 7年後のEMI録音のほうがベルティーニの表現自体は徹底しています。ところがこの演奏が劣るかと言うとそんなことは無く、むしろ過不足の無い自然な表現をマーラーを知りつくしたウイーンの楽団が柔らかい音でカバーしています。ライブならではの高揚感もとても好ましいですし、EMI盤で気にいらなかったアダージェットも幻想味に溢れて素晴らしいです。ウイーンのムジークフェライン大ホールの豊かな響きを捉えた録音も優秀です。

41xhyw2aftl__ss500_ エリアフ・インバル指揮フランクフルト放送響(1986年録音/DENON盤) インバルのマラ5は1970年代のライブをFM放送からエアチェックしてよく聴きました。それはストレートな表現で好感の持てる演奏だったと思います。けれどもその後に都響での演奏を何度か聴いて失望したので、この人のマーラーには興味を失ってしまいました。この演奏も、いかにもインバルらしく、マーラーに精神的に没入しません。深刻にならないのは良いとしても、余りに醒めた感じがしてしまうのです。同じ職人的な演奏ならば、僕はベルティーニのほうが好きです。

Mar5_bern_2 レナード・バーンスタイン指揮ウイーンフィル(1987年録音/グラモフォン盤) これはフランクフルトでのライブ演奏です。重く引きずるように進む葬送の足取りは好き嫌いが分かれるかもしれませんが、一度この演奏にハマッてしまったら他の演奏が物足りなく感じるでしょう。展開部は一転して激しさの限りです。時には熱気の余り騒々しく感じさせるバーンスタインですが、この演奏では成功しています。第2楽章も正に嵐のような激しさと静寂との対比が得も言われません。3楽章も理想的、アダージェットでのウイーン・フィルの弦の幻想的な美しさも最高です。フィナーレでは徐々に高揚して、ついには歓喜を爆発させます。 

Mar5_bernstein_2 レナード・バーンスタイン指揮ウイーンフィル(1987年録音/Memories盤) グラモフォン盤と同じ年のロンドンでのプロムスコンサートの録音です。以前から海賊盤で出回りマニアの間では有名でしたが、Memoriesがバーンスタイン・クラブ公認として同じウイーン・フィルの4番との2枚組みで出してくれました。録音も非常に優れています。グラモフォン盤との基本的な解釈に変わりは有りませんが、スケルツオ後半とフィナーレの彫りの深さと熱気と迫力はグラモフォン盤以上かもしれません。しかし、よほどのマニアで無い限りはグラモフォン盤が有れば充分だと思います。

Mar5_ten_2 クラウス・テンシュテット指揮ロンドン・フィル(1988年録音/EMI盤) テンシュテットはEMIへ全集録音を残しましたが、これは後のライブ録音です。ロンドン・フィルはどうしてもオケが非力ですので、熱気でカバーができるライブ演奏のほうが大抵優れています。この演奏も、オケのヴィティオーゾ性には欠けますが、いかにもテンシュテットらしいスケールの大きい演奏です。ゆったりとした部分と激しい部分の対比も非常にドラマティックです。バーンスタインの粘る演奏では余りにしつこ過ぎると感じる人には丁度良いのかもしれません。

Mah_ten03_2 クラウス・テンシュテット指揮アムステルダム・コンセルトへボウ管(1990年録音/Memories盤) テンシュテットの場合は手兵のロンドンフィルとの演奏よりも、優れたオケへの客演時の演奏の方が大抵優れているのは皮肉なものです。マーラー演奏に長年慣れたコンセルトへボウの実力はロンドンフィルの比ではありません。テンシュテットのライブにしては前半はどこか達観した印象の演奏ですが、充実した管弦楽の響きでこの人のマーラーを味わえるのは何物にも代えがたい喜びです。アダージェットも深く静かで何とも美しいですが、フィナーレの高揚感も相当なものです。僕が持っているのはMemoriesのテンシュテット/マーラー選集ですが、音質は良好なので鑑賞には全く支障有りません。
(補足:当演奏は、その後に「アムステルダム・コンセルトへボウ・アンソロジーLIVE 1990-2000」というボックス・セットで正規盤が出ました。高価ですがそれだけの価値が有ると思います。)

Mar25 ガリー・ベルティーニ指揮ケルン放送響(1990年録音/EMI盤) EMIへの全集録音の中の一つです。ベルティーニにしてはスタイリッシュ過ぎる欠点を感じさせない表情豊かな演奏です。激しい部分も中々ドラマティックですし、メランコリックな部分も雰囲気が良く出ています。ただしアダージェットは早めのテンポで旋律を明確に歌い過ぎているのが、幻想味を薄くしてイージーリスニング的にしている感が有ります。その他の楽章が中々素晴らしいだけに残念です。個人的には83年のウイーン響盤のほうを好みます。

821ゲオルク・ショルティ指揮シカゴ響(1990年録音/DECCA盤) 同コンビは1970年にこの曲のセッション録音を残していて、その壮麗な音と迫力で支持するファンがおられます。しかし自分にはおよそ情緒の欠如した単なる音響体にしか感じられませんでした。ですが同コンビには、その20年後にウイーンのムジークフェラインで行ったライヴ録音が有ります。ショルティの基本路線が変わったわけではありませんが、長い歳月と共にかつての”力技”の印象が薄れているのとホールの豊かな響きが相まって、案外楽しめる演奏になっています。但しさすがのシカゴ響もセッション録音ほど完璧ではありません。

4106091521_2 ヴァーツラフ・ノイマン指揮チェコ・フィル(1993年録音/CANYON盤) ノイマンももう少しでマーラーの全集録音を二度残すほど重要なレパートリーとしていました。ドラマティックな爆演型では有りませんが、それらは皆共感に満ち溢れた演奏ばかりです。この5番もやはり良い演奏です。欠点を強いて挙げればスケルツオの主部のリズムが堅苦しく弾むような感じがしない位でしょうか。フィナーレもやや生命感に不足するかもしれません。それでもCANYONの録音は非常に優れているので、この曲では大きな利点となります。

Ma5cci00020_2 小林研一郎指揮チェコ・フィル(1999年録音/CANYON盤) コバケンのマラ5は何年か前に読売日響の定演で聴きました。それは日本のオケとは思えないほどハーモニーが美しく鳴り響き熱気に溢れた素晴らしい演奏でした。そんなコバケンがチェコ・フィルを振るのですから良い演奏にならないはずが有りません。振幅の大きい豊かな表現のまずは理想的なマーラーです。アダージェットも美しいです。但しフィナーレはコバケンにしてはやや冷静に過ぎた感が有ります。CANYONの録音はもちろん優秀で、マイクの近いノイマン盤に比べてホールトーンを生かした録音なのでよりスケール大きく感じます。

さすがに名曲だけあって名盤が目白押しですが、僕が心底満足し切れる演奏としてはバーンスタイン/ウイーン・フィルのグラモフォン盤とプロムス・ライブ盤、それにテンシュテット/コンセルトへボウ盤です。次点としてはベルティーニのウイーン響盤とコバケン/チェコ・フィル盤、更にクーベリックのグラモフォン盤とライブ盤の両方を上げておきたいと思います。

<追記>バーンスタイン/NYP盤、クーベリックのグラモフォン盤、カラヤン/ベルリン・フィル盤、マゼール/ウイーン・フィル盤、アバド/シカゴ響盤、インバル/フランクフルト放送響盤、ショルティ/シカゴ響盤を後から加筆しました。

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