ブルックナー&マーラーの交響曲特集もいよいよ中盤にさしかかりました。山登りに例えればさしずめ中腹。巨峰が次々と仰ぎ見られるようになります。
マーラーの音楽は激しさや沈鬱さと優しさ、美しさが混然としているのが特徴ですが、この第4番は全体が明るさと幸福感に溢れています。またマーラーとしては短くとても親しみ易い作品なので、昔は第1番の次に多く演奏されました。副題に「大いなる喜びへの讃歌」と付けられることが多いですが、実はこれはマーラー自身が付けたわけではなく、第4楽章の歌詞が誤用されたようです。マーラーの弟子であったブルーノ・ワルターはこの曲について「天上の愛を夢見る牧歌である」と語ったそうです。イメージ的にそれほど大きな違いは無いとも思いますが、やはり弟子の言葉の方が正しい気がします。この曲は大曲揃いのこの人の交響曲の中では最も規模が小さい曲ですが、それでも演奏時間は50分を越えます。僕は第2、5、6、9番といった激しい曲を聴くことが多いですが、この第4番を聴く喜びというのは何物にも代えがたいと思っています。
第1楽章ソナタ形式 鈴の音と共に始まる冒頭からメルヘン的で、ヴァイオリンが第1主題を軽やかに奏すると心が浮き浮きしてきます。続いてチェロが歌う第2主題は何という美しさでしょう。正に天国的です。展開部のフルートはメルヘンの笛そのものですし、言いようの無い懐かしさを感じます。そして終結部のトゥッティでは、喜びと幸福感一杯の讃歌を歌い上げます。
第2楽章スケルツオ 二度高く調弦した独奏ヴァイオリンが非常に印象的です。マーラーはこれに「友ハイン(死神)は演奏する」と書いていますが、死神を「友」と呼ぶのですから、マーラーの神経はやはりちょっと普通では無かった様に思います。とは言えこの曲では、死神のヴァイオリンですら楽しく感じるのです。また中間部は非常に美しい曲想です。
第3楽章変奏曲「やすらぎに満ちて」 非常に美しい楽章で、正に天国的といえます。幸福感に満ち溢れますが、途中何度も転調してはその度に孤独感に包まれて、マーラーの精神状態を表わしているかのようです。後半急にテンポアップする部分は何となくハリウッドのミュージカルのように聞こえます。
第4楽章「極めて快適に」 「子供の不思議な角笛」からの歌詞をソプラノが歌います。管弦楽伴奏付き歌曲のようなユニークな楽章です。幸福感溢れる静かな部分が中間の闊達な部分を挟む構成です。
それでは僕の愛聴するCDを順にご紹介しましょう。
ブルーノ・ワルター指揮ウイーン・フィル(1955年録音/グラモフォン) ウイーン国立歌劇場再建記念演奏会の素晴らしい記録です。戦前のウイーンの柔らかく甘い弦と管の魅力をまだまだ湛えている時代の演奏なので、この曲には正にぴったりです。実際この4番を演奏するウイーン・フィルの魅力というのはちょっと別格だと思います。ワルターにとっても天国的な喜びに満ちたこの曲はとても資質に適していますし、両者の組み合わせは最高に幸福な結果となっています。テンポは全体を通じてゆったりしていて情感をたっぷりと味あわせてくれますし、個々の楽器奏者の歌いまわしもセンスが抜群、懐かしさに溢れています。ワルターはニューヨーク・フィルと1945年にセッション録音をしていて、流石はワルターで良い演奏なのですが、ウィーン・フィルの魅力には遠く及びません。
オットー・クレンペラー指揮バイエルン放送響(1956年録音/GreenHILL) クレンペラーはEMIにステレオによるスタジオ録音を残していますが、これはミュンヘンでのライブ録音です。創設後間もないバイエルン放送が既にドイツの楽団らしい性能と音色を持っていて嬉しいです。演奏はいかにもクレンペラー調の徹底したインテンポなのですが、音楽が退屈になることは無く、逆に立派さを感じさせます。テンポは晩年のスタイルとは違って特に遅いということはありません。ただ曲が曲なので個人的にはもう少し面白さが有ったら良いのになぁとは思います。当然モノラル録音ですが音質は年代としては非常に明瞭です。
ブルーノ・ワルター指揮ウイーン・フィル(1960年録音/Music&Arts) マーラー生誕100年記念コンサートにワルターが招かれて指揮した時の演奏です。はからずもこのコンサートはワルターとウイーン・フィルの最後のコンサートになりました。ワルター協会が所有する録音を米Music&ArtsがCDにしてくれたのは幸せです。55年盤よりもずっとゆっくりとしたテンポで全ての音符が慈しむように奏されていますが、とりわけ第3楽章は他のあらゆる演奏よりも遅く、情感も極まって感動的です。やはり彼らにとって特別な演奏会だったのでしょう。これは正に一期一会の名演奏だと思います。録音は55年盤のほうがパリッとはしていますが、鑑賞に何ら問題は有りません。むしろマイク位置が近いので、通常よりも各楽器の動きが室内楽的に明瞭に聞き取れるので新鮮です。
レナード・バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィル(1960年録音/CBS盤) 宇野功芳先生が昔から推薦されている演奏です。曰く「愉しくて仕方ない演奏」とのことです。確かに第1楽章のメリハリと緩急の自在さはバーンスタインでなければ出来ない表現ですが、問題が有るとすれば、いや普通なら問題ということは無いのですが、それはオーケストラの音質です。時に騒々しさを感じさせるNYPの音(特に金管)を聴くと、この曲を演奏するウイーン・フィルのこぼれる様に美しく柔らかい音を知っている耳には、どうしても物足り無さを感じてしまうのです。とは言え愉しい演奏という点では確かに最上位かもしれません。
オットー・クレンペラー指揮フィルハーモニア管(1961年録音/EMI盤) こちらはスタジオ録音ということもあり、典型的なクレンペラー調のイン・テンポに徹した演奏で、バーンスタインとは対極にあるスタイルです。しかもテンポも遅く、スケールが大きいと言えば聞こえは良いですが、”ウドの大木”感が無きにしも非ずで正直やや退屈させます。当時のフィルハーモニアも上手いオケでは有りますが、こういう曲の音色を楽しませてくれる能力は有りませんでした。それはクレンペラーにも責任が有ります。録音は当時のEMIの時代相応ですので大した期待はできません。
ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送響(1968年録音/グラモフォン盤) クーベリックのマーラーは特にスタジオ録音の場合、端麗でさらりとしてベタつくことはありません。当時のバイエルン放送響の音も同傾向に有ります。それが劇的な曲となると少々物足りなさを覚えるのですが、この曲の場合にはむしろ自然や素朴さが感じられて適しています。但しそれでも余りに淡々と起伏の少ない指揮ぶりには飽きが来る一歩手前の恐れが有ります。決して悪い演奏だとは思いませんが、頻繁に取り出して聴きたくなるかといえば否ということになってしまいます。
ヤッシャ・ホーレンシュタイン指揮ロンドン・フィル(1970年録音/EMI盤) ユダヤ系のホーレンシュタインは昔からマーラーを得意にした指揮者です。学生時代に買った6番のLP盤は愛聴盤でした。この4番はほとんどテンポも動かさずに淡々と進める演奏です。バーンスタインのCBS盤が緩急自在の器用な天才タイプ花形満だとすれば、さしずめ素朴で努力家タイプの左門豊作のような演奏です。これは貴重な存在だと思います。特に3楽章が心に染み入り感動的です。ロンドン・フィルも美しく不満を感じません。既に廃盤のようですが、中古店なら手に入るのではないでしょうか。
クラウス・テンシュテット指揮バーデンバーデン&フライブルグ響(1976年録音/ヘンスラー盤) テンシュテットにはEMIへの録音が有りますが、ロンドン・フィルの非力さがどうも気になります。その点、たとえドイツの無名オーケストラのライブ演奏であってもロンドン・フィルよりもずっと優れています。実際、このオケの音色は中々に魅力的です。テンシュテットが本領を発揮するのは「復活」のような大曲ですが、この曲も悪く有りません。バーンスタイン/NYPのような面白さが有るのにオケの音がうるさくは感じません。これはとても良い演奏だと思います。テンシュテットには翌1977年にボストン響に客演したコンサートの録音(伊Memories)も有りますが、明るく柔らかい音色のボストン響が同様の良い演奏をしています。
クラウディオ・アバド指揮ウイーン・フィル(1977年録音/グラモフォン盤) 比較的早めのテンポで飄々とした演奏ですが、歌うところはアバド得意のオペラを思わせるたっぷりとしたカンタービレがとても素晴らしいです。なにせウイーン・フィルの楽器の音色が美しいので、それだけでも魅惑されてしまいます。こればかりは他のオケではどうにもならないですね。第2楽章のヴァイオリン独奏も名コンマス、ヘッツェルの何と上手いこと!第3楽章は淡々としていますが弦がもちろん美しく、終結部では大きく盛り上がります。第4楽章の独唱はフレデリカ・フォン・シュターデですが、技巧を感じさせない清純素朴な歌い方がとても気に入っています。
ベルナルト・ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルト・へボウ管(1982年録音/フィリップス盤) ハイティンクが毎年クリスマスのマチネに行ったマーラー・コンサートのライブです。元はオランダ国内のみのBOX販売でしたが、現在はタワーレコードから出ています。その第3番は圧倒的な名演奏でしたが、この4番はいつものハイティンクに戻ってしまいました。オーケストラは上手く、美音を聴かせていますが、テンポと表現が余りに平凡に過ぎます。聴いていてときめきを感じません。非常に音が柔らかに録れている録音も更に拍車をかけているのかもしれません。
ロリン・マゼール指揮ウイーン・フィル(1983年録音/CBS SONY盤) 第1楽章のテンポはかなり遅めでゆったりとしています。そのせいかどうも生気に欠ける気がします。心が弾んでくるような楽しさが感じられないのです。第2楽章もほぼ同様です。第3楽章ではウイーン・フィルの音はもちろんとても美しいのですが、ワルターやバーンスタインのように陶酔的では有りません。第4楽章のソプラノはキャスリーン・バトルが美しい声を聞かせますが、マゼールの遅いテンポがどうも全体をもたれさせています。従って滅多に聴くことは有りません。
レナード・バーンスタイン指揮ウイーン・フィル(1984年録音/First Classics盤) バーンスタインにはコンセルトへボウ管との再録音盤がグラモフォンに有りますが、この曲だけはどうしてもウイーン・フィルに惹かれます。有り難いことに海賊盤でその演奏を聴くことが出来ます。ライブ録音ですが、おそらく放送局音源を使っているのか音質も優秀です。緩急自在なのは変わりませんが、ニューヨーク盤ではバーンスタインがオケを引っ張っている感が有ったのに対して、ウイーン盤の場合にはオケが自然に鳴っている印象です。それに何といってもこの柔らかい楽器の音色はウイーン・フィル以外では考えられません。第3楽章もワルター/ウイーンの60年盤並みに遅いテンポでたっぷりしています。4楽章の独唱がボーイソプラノなのはよく批判されますが、僕は好きです。大人のソプラノは大抵技巧的な「歌唱」を感じさせるのに対して、たとえ下手でも純真な「天使の歌声」を感じるからです。
レナード・バーンスタイン指揮アムステルダム・コンセルトへボウ管(1987年録音/グラモフォン盤) ニューヨーク盤の楽しさ、ウイーン・フィル盤のしなやかな美しさと比較すると、この演奏からは円熟と落ち着きが強く感じられます。といっても他の指揮者と比べればやはり変幻自在で語り口の上手さは独壇場です。コンセルトへボウもまた素晴らしい音色でマーラーを堪能させてくれます。特にウイーン・フィル盤は海賊盤でしたので、正規盤としての価値は大いに有ります。ここでも4楽章の独唱はボーイソプラノが歌っています。
ガリー・ベルティーニ指揮ケルン放送響(1987年録音/EMI盤) ベルティーニのマーラーはブルックナーの場合のヴァントと同じ、職人型の演奏です。実にソツが無いというか、失敗はしません。でもそれが必ずしも感動につながるとは限らないのです。この4番の演奏もフレージングが実に明確で音符一つ一つに表現意欲を感じますし、一般的に言えば立派で良い演奏なのでしょうが、このような天国的な曲の場合にはなんだか煩わしさを感じてしまうのです。神経質過ぎてうるさい、とも言えます。これでは「天国」というよりも「地上界」の音楽になってしまいます。決して美しく無いわけでは有りませんし、好みの問題ですので人によっては反対に受止められるかもしれません。
ヴァーツラフ・ノイマン指揮チェコ・フィル(1993年録音/CANYON盤) これはスプラフォンへの旧録音盤では無く新盤のほうです。新盤の一連では第3番が「超」の付く名演でしたが、この4番は残念ながらその域には達していません。それでもいかにもノイマンらしい派手さの無い節度の有る自然な表現なので、この曲には向いています。チェコ・フィルの美しい音もとても魅力的です。特に第4楽章のオーケストラは3番に匹敵する魔法のような棒さばきで大変に魅力的です。ソプラノ独唱も悪く有りません。CANYONの録音もいつもながら極上です。
これらのうち、僕が特に好きなのは、ワルターの1960年盤とバーンスタインの1984年盤です。この二つが正に双璧です。次いではワルターの1955年盤とアバドの1977年盤なのですが、要するにいずれもウイーン・フィルの演奏です。このオーケストラの持つ音色は、この曲に於いては決定的な魅力となるからです。
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