マーラー(交響曲第1番~4番)

2015年4月26日 (日)

ウイーン・フィルで聴こう! マーラー 交響曲第1番「巨人」 クーベリック盤

今年のGWは人によっては16連休ですって!?
そんな幸せな人は僕の周りには居ませんが、羨ましい話ですねー。

そこで、GWとは何の関係も有りませんが、”ウイーン・フィルで聴こう!”特集です。

もちろんシュターツカペレ・ドレスデンとかチェコ・フィルのように、個性的な音と魅力を持つ楽団は他にも幾つか有りますが、ドイツ・オーストリア音楽を演奏した時にウイーン・フィルの持っている音の味わいというのはちょっと他には無い、唯一無二の存在ですよね。ウイーンが”音楽の都”と呼ばれるのも当然な訳です。

ウイーン・フィルの音が最高に引き出される音楽はというと、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、ヨハン・シュトラウス、ブルックナー、マーラー、リヒャルト・シュトラウスあたりの名前が直ぐに頭に浮かびます。

ということで、まずはマーラーの交響曲第1番です。ウイーン・フィルによるマーラーの録音はどの交響曲も随分と出ているのですが、何故か第1番は、ステレオ録音に限れば、古いパウル・クレツキとマゼールぐらいしか出て来ません。

Mahler1197070938ラファエル・クーベリック指揮ウイーン・フィル(1954年録音/DECCA盤)

クーベリックもこの曲の録音をDECCAに残しているのは知っていましたが、モノラル録音なので敬遠していました(マーラー、ブルックナーは基本的にステレオで聴きたいと思うので)。ところが、しばらく前にブログお友達のヨシツグカさんがこれを薦めてくれたので聴いてみました。

まず気になる音質ですが、モノラル最末期の1954年録音といっても当時のDECCAの音の優秀さは折り紙つきで、ワルターのDECCAへの「大地の歌」に不満の無い人であれば、問題なく楽しめます。

それにしても1950年代のウイーン・フィルの音は何とも魅力的です。もちろんそれ以前も、その後も現在も非常に素晴らしいのですが、再生される音質に或る程度満足出来ることと、オーケストラが持つ音の魅力とのバランスが最も良く取れているのは1950年代後半から1960年代前半にかけてだったという気がします。

第1楽章から弦楽器も管楽器も甘く柔らかい音が本当に陶酔的であり、魅惑の限りを尽くしています。たとえば1970年代以降のアメリカの楽団の持つメカニカルな迫力を好む方には、”迫力不足のユルい音”に感じられるかもしれませんが、この現代では完全に失われてしまった”音の香り”は絶対に過去の遺物などではありません。

スケルツォ楽章にあたる第2楽章でも、舞曲リズムのセンスの良さからウイーン・フィルの独壇場です。

第3楽章の葬送行進曲では停滞することなく歩みを進めますが、順に登場するソロ楽器の味わいがどれもこれも最高です。そしてあの魅惑的な中間部は正に一片の夢のように奏でられます。

第4楽章で問題を感じるとすれば、やはり迫力不足の点だと思います。”分厚い音の饗宴”を期待すると、きっと物足りなく感じるでしょう。また、ライブ演奏のような熱い盛り上がりに期待しても同様にガッカリさせられるでしょう。けれども音楽に”音の迫力”よりも”洒落っ気や味わい”を求める聴き手にとってはこの演奏はかけがえの無いものだと思います。

クーベリックには手兵のバイエルン放送響を指揮した1979年のライブ録音(audite盤)も有り、そちらがよりクーベリックらしいのですが、若い時代に当時のウイーン・フィルの魅力を生かし切ったこのDECCA録音にも実に捨て難い良さが有ります。

う~ん、やっぱりウイーン・フィルは素敵だ。
✌「いいね!」

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2013年7月 6日 (土)

マーラー 交響曲第1番&3番 エーリヒ・ラインスドルフ/ボストン響

Leinsdorf_mahler_13エーリヒ・ラインスドルフ指揮ボストン響(第1番:1962年録音、第3番:1966年録音/RCA盤)

昔からエーリヒ・ラインスドルフという指揮者には特に興味を持っていませんでした。二流とまでは言わずとも、大巨匠とは呼べない中堅指揮者ぐらいの認識だったのです。そのイメージを大きく覆されたのは、晩年にバイエルン放送響に客演したマーラーの第6番のCD(オルフェオ盤)を聴いた時でした。これは正に大家の芸と呼ぶにふさわしい、極めて味わいの深い名演奏だったからです。

ラインスドルフはウイーンのユダヤ系の家に生まれ、ザルツブルグとウイーンで音楽を学んだ、生粋のオーストリア出身の指揮者です。20代の頃にアシスタントとして就いたのがワルターとトスカニーニですので、この人の指揮の基盤になっているのは二人の大巨匠なのかもしれません。マーラーを得意にしたのも、単にユダヤの血筋だというだけではなく、ワルターから受けた影響ではないのかと想像されます。

ラインスドルフはオペラも非常に多く演奏しましたが、コンサート指揮者として一番記憶に残っているのは、シャルル・ミンシュの後任としてボストン交響楽団の首席指揮者になった頃です。ベートーヴェンの交響曲全集なんかも完成させているのですが、どうもミュンシュ時代の栄光の陰に隠れてしまい損をしていたようです。このベートーヴェンは聴いていませんが、マーラーに関しては前述の第6番の他に、先日記事にしたボストン響時代の第5番も素晴らしかったので、更に1番と3番のディスクを聴いてみました。昔はもちろん別々にアナログLP盤でリリースされたのでしょうが、現在は2曲が2枚のCDに収録されています。

この演奏には、すっかりハマってしまいました。演奏のダイナミックレンジが広いか狭いかと言えば「狭い」。テンポや表情の激変が大きいか小さいかと言えば「小さい」。深刻か温厚かと言えば「温厚」。要するに、新しいか古いかと言えば「古い」のです。けれども演奏を聴いていて、妙に「安心感」を感じます。既に多くの演奏家がマーラーを演奏し尽した現代では、指揮者は往々にして「自分はマーラーをこんな風に演奏するんだぞ」という「力み」を感じさせます。それが全く無いのですね。既にワルター、クレンペラー、ミトロプーロス、バーンスタイン達によって世に認められたマーラーの音楽を演奏する喜びに満ちているような気がします。ラインスドルフにとっては演奏を出来るだけで幸福だったのではないでしょうか。ですので、決して刺激的では無くとも、聴いていて少しも余計な事を考えずに音楽に浸っていられます。「安心感」と「幸福感」を聴き手も同じように享受できます。

第1番はブルーノ・ワルター盤の印象に似ているでしょうか。バーンスタインのような劇場(激情)型のマーラーでは全く無いのです。怖れを抱く様な超人的にスケールの大きい「巨人」では無く、甘く弱い心を持つ若者の青春賛歌のような味わいの深い演奏です。この曲を聴いてこれほど幸福感に浸れたのは、本当にワルター以来かも知れません。なお、ボストン響の音は非常にポップな印象です。ミュンシュ時代のフランス的な明るさが多分に残っているようです。アンサンブルは優秀ですが、シカゴ響のような砥ぎすまされた緊張感は有りません。どちらか言えばニューヨーク・フィルのように神経質にならない大らかさを感じます。

第3番も特徴は全く同じです。幾らか速めのテンポで快適に進みます。しかしラインスドルフはウイーンやザルツブルクで学んだだけあって、ドイツ・オーストリアの音楽の伝統が体の血となっているのでしょう。これ見よがしな表現が全く無いのに、どこを聴いても物足りなさが無く、自然に演奏に引き込まれてゆきます。あのフィナーレでさえも、圧倒されるような巨大さは少しも有りません。この長大な曲を、とても心地良く感じているうちにいつの間にか終わってしまうのです。これまでに聴いたどの演奏よりも、良い意味で「早く」終わってしまう演奏のように感じます。ワルターは第3番の録音を残しませんでしたが、もしも残していたら、似た演奏だったのではないかと想像すると愉しいです。

このCDはデジタルコンバーターUV22を使って24ビットでリマスターされています。RCAの録音が元々優れているのでしょうが、リマスターの音質は素晴らしい出来栄えです。

ラインスドルフのマーラー録音には、ボストン響との1番、3番、5番の他には6番が有ります。6番はバイエルン放送盤が素晴らしいので、ボストン盤は聴いていませんが、これも機会が有ればと思っています。更に欲を言えば、2番と9番が聴きたかったですね。どこかのライブ録音は残されていないのでしょうか。

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2013年6月21日 (金)

マーラー 交響曲第2番「復活」 アバドとレヴァイン ウイーン・フィルの2つのライブ盤

我が青春の想い出の曲、マーラーの「復活」のディスクは、これまでに色々と聴いては来ましたが、マーラーゆかりのオーケストラであるウイーン・フィルの演奏というのはやはり特別だと思います。古いところではブルーノ・ワルターの1948年のライブ録音が有りましたが、この大編成の曲を聴くには演奏の良し悪しを語る以前に音の限界を感じてしまいます。スタジオ録音ではズビン・メータ、ロリン・マゼールがそれぞれ自分の個性を前面に出した演奏で悪くありませんでした。比較的新しいところではブーレーズ盤が有りますが、これは聴いていません。

そこで今回は、ウイーン・フィルでも、二つのライブ録音を取り上げてみたいと思います。どちらも1990年頃の録音ですので、音質的にも全く問題がありません。

20110329001917957_3クラウディオ・アバド指揮ウイーン・フィルハーモニー
シェリル・シュターダー(ソプラノ)
ワルトラウト・マイヤー(コントラルト)
1992年録音/グラモフォン盤

アバドは特別に好きな指揮者というわけでは有りませんが、グラモフォンに録音したウイーン・フィルとの「第3」「第4」「第9」の演奏はいずれも気に入っています。それはウイーン・フィルという特別な音を持つオケとの演奏だからであって、いわゆるヴィルティオーゾ・オケの代表のシカゴ響やベルリン・フィルとの録音には余り食指を動かされません。これは全くの個人的な好みの問題です。

この演奏はウイーンでのライブです。グラモフォンによる録音が優秀で、レンジの広さは驚くほどです。小さな音量で聴くには不向きですが、条件の良い機器で聴きさえすれば、実際のホールでの生の迫力をそのままに味わえるのではないかと思います。

第1楽章は、全体的に遅めのテンポでスケールの大きさを感じます。テンポは余り揺らすことが無く一貫しています。煽り方も比較的緩やかです。従って、感情の起伏の少ない、精神的に落ち着いたマーラーに聞えます。また、ユダヤ的な粘着質な要素が感じられませんので、ある意味スッキリと淡白な味わいです。但し、録音の優秀さから、音そのものの持つ迫力はとてつもないものですこぶる圧倒されます。ウイーン・フィルの音の柔らかさと美しさも言わずもがなです。

第2楽章ではウイーン・フィルの弦の柔らかさに絶大な期待をしたいところですが、それに充分に応えてくれる美しさです。必ずしも陶酔的ではありませんが、淡々と流す中にもニュアンスがこぼれるようで非常に素晴らしいです。

第3楽章はメルヘン的な楽しさの陰で難しいアンサンブルが要求される演奏の難しい楽章です。ウイーン・フィルはライブでも余裕で破綻なくこなすのはさすがです。

美しい第4楽章を経て、マーラーの分裂気味な精神をよく表すような第5楽章では、非常にパースペクティブの良い演奏となっています。悪く言えば一本調子なのでバーンスタインのようなスリルは味わえませんし、聴いていて中々胸が揺すられないかもしれません。けれども、体の奥底からじわりじわりと突き上げられてくるような感覚が徐々に高まってゆきます。確かに録音の良さと音の迫力が大きく貢献しているのだとは思いますが、アバドの指揮がそれを充分に生かし切っているというのもまぎれの無い事実です。

81y9tobpn6l__aa1404_ジェームス・レヴァイン指揮ウイーン・フィルハーモニー
キャスリーン・バトル(ソプラノ)
クリスタ・ルードヴィヒ(メゾ・ソプラノ)
1989年録音/オルフェオ盤

アバド盤の僅か3年前のライブ録音です。ジェームス・レヴァインは、かつてメトロポリタン歌劇場時代にイタリア・オペラ、ドイツ・オペラを問わずに相当の演目を演奏していましたし、同時にコンサートも、レコーディングも多くこなして、正にオールマイティ指揮者として華々しい活躍ぶりでした。マーラーも得意にしていたようなので、録音も多く行いました。ところが、どういうわけかこの人のディスクを購入した記憶が殆んどありません。なぜか?「まとも」で「面白みに欠ける」というイメージを自分で勝手に持っていたからだと思います。いわゆる「巨匠風」の演奏家が好き(あと、美人演奏家も好き)だったので、あのアフロヘア?でメガネの風貌が、「巨匠」にも、当然ですが「美人」にも見えないので興味を持たなかったのでしょう。でも繰り返しますが、演奏そのものには決して悪い印象は持っていませんでした。

そんなレヴァインの指揮したマーラーの「復活」ですが、ザルツブルク音楽祭でウイーン・フィルを指揮した演奏です。レヴァインは、この音楽祭で「復活」を1977年と1989年の二度演奏しているのですね。もちろんどちらもウイーン・フィルとの演奏です。これは二度目の1989年の録音です。

レヴァインはユダヤ系ですが、バーンスタインのような粘着質の要素は薄い方です。全体的にテンポは遅めでスケールの広がりを感じます。第1楽章での気迫と音の迫力は相当なものです。ライブですが音に厚みが有り、充分にレンジの広さも有り、まとまりの良い録音に不満は感じません。また、歌うべきところではたっぷりと歌います。典型は第2楽章で、懐かしさを感じさせていじらしいほどに歌い切ります。第3楽章のリズム感は中々良いです。レヴァインの指揮のソツの無さを改めて感じます。第4楽章のルードヴィヒの歌にはベテランの貫禄を感じます。第5楽章は、スケールの大きさに加えてドラマティックさを感じさせます。レヴァインの指揮がこれほど面白いとは思いませんでした。バーンスタインの劇場型には、時に大げさ過ぎて煩わしさを感じる場合も(その時の自分の体調によっては)ありますが、レヴァインはそこまで極端では無いのが美点です。それでも中間部ではテンポを速めて、続くぺザンテ(重く)の部分での巨大さを演出して興奮させられ心ニクさを感じます。バトルがからむ後半もルードヴィヒの声と絶妙なハーモニーです。そしてフィナーレの壮大な盛り上がりには心が震わされます。レヴァインの実力を再認識させられた素晴らしい「復活」です。

ということで、今回の二つの「復活」は、ウイーン・フィルのライブの素晴らしさを堪能した演奏でした。録音の優秀さと音の迫力が際立つのはアバド盤ですが、音楽の感動の度合いでは逆にレヴァイン盤が勝っているように感じます。

これまで聴いた「復活」のディスクでは、現在ではテンシュテット/北ドイツ放送響のライブ盤を第一としますが、それに次ぐものとして、同じテンシュテット/ロンドンPOのロンドン・ライブ、それにバーンスタイン/ニューヨークPOのCBS盤とグラモフォン盤の2種類が上げられます。今回のアバドとレヴァインの二つのウイーン・フィルのライブ盤はそれに新たに加えて良いと思います。

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2013年6月 2日 (日)

マーラー 交響曲第3番 テンシュテット/ロンドン・フィルのライブ盤

60e3c738クラウス・テンシュテット指揮ロンドン・フィルハーモニー(1986年録音/ICA Classics盤)

早いもので今年も梅雨入りの季節ですねぇ。じめじめした梅雨が明ければもうじき夏の到来です。晴れて気温の上がった日には汗ばむほどですし、我が家の近くから眺める丹沢の山並みも刻々と夏の装いを増しているように見えます。毎日愛犬の散歩に出かけるときには、移りゆく景色を眺めるのがとても楽しいです。

さて、マーラーの音楽は暗くて精神分裂的な曲が多いので(そこがまた魅力なのですが)、夏には不向きのようですが、交響曲第3番だけは全曲に渡ってすこぶる人生肯定的で幸福感や自然の生命力に溢れています。特に第一部(第1楽章のこと)には、構想段階で「牧神が目覚める、夏が行進してやってくる」とタイトルが付けられていました。本格的な夏の到来を前にして聴くには正にうってつけの曲です。

この交響曲については、以前の記事「マーラー 交響曲第3番 名盤」で愛聴盤をご紹介しました。その中で、クラウス・テンシュテットのロンドンでのライブを非正規盤ながらも中々に良い演奏なので触れていましたが、昨年ついにその正規盤がリリースされました。音質が見違えるほど良くなった為に、演奏の素晴らしさを再認識しました。是非ご紹介したいと思います。

イギリスBBCによる録音なのですが、驚くほどの音質の素晴らしさです。全集録音を行なったEMIの貧弱な録音とは雲泥の差です。それは、同時代の数々のEMI録音にも共通している点ですが、要は音に対するフィロソフィーの問題なのだと思います。その本家EMIの悪癖を東芝EMIが更に増幅させていたのには、つくづく閉口させられたものです。

話がそれましたが、この正規盤は本当に優秀な音造りです。基本的にホールトーン傾向の録音ですが、響きはどこまでも柔らかさを失わず、耳に刺激的な成分が有りません。もちろんそれは演奏が迫力不足なのではなく、テンシュテットならではの巨大さと力強さを充分に持っています。その巨大なスケール感はバーンスタイン/ニューヨークPOに次ぎますが、バーンスタインには幾らか踏み外した過剰さを感じてしまう(それもまたレニーの魅力ではあるのですが)自分にとっては、テンシュテットの大きさには許容範囲内での最高の充実感を覚えます。重低音の量感が素晴らしいので、柔らかい高域音とのバランスの良さは抜群です。ティンパニーも極めて力強いですが、決して騒々しくは無く、この上ない快感を得られます。

もちろん、ロンドン・フィルのオケとしての性能はここでも100%万全とは言い難く、ウイーンPOやチェコPOの個々の奏者の上手さや音の美しさには及びません。この曲ではヴァイオリン独奏が活躍しますが、コンサート・マスターの上手さも少々聴き劣りします。けれども、全体として聴いた場合には、録音も含めた響きの美しさでは、この曲の名盤であるアバド/ウイーンPOやノイマン/チェコPOを凌ぐようにさえ思えます。そして何しろ音楽の気宇の大きさに感動します。あの元々感動的な終楽章での息の長い壮大な盛り上がりは、ただただ素晴らしいの一言です。非正規盤では、正直言ってこれほどの感動は与えられませんでした。正に演奏の真価が初めて世に表されたと言って良いのでしょう。個人的には、現在のこの曲のマイ・フェイヴァリット盤に躍り出ました。

本当にテンシュテットは凄い指揮者でした。この人が、もしもの話ですが、ウイーン・フィルを指揮してマーラー全集を残していたら、間違いなくマーラー演奏史が変わっていたことでしょう。

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2010年7月17日 (土)

テンシュテット/ロンドン・フィルのライヴ盤 マーラー交響曲第2番「復活」

547喉頭がんのために1994年に引退、1998年に亡くなった名指揮者クラウス・テンシュテットは何と言ってもマーラーの演奏が一番凄かったのですが、EMIレーベルにロンドン・フィルとスタジオ録音した全集だけを聴いていると、いいマーラーの演奏だなぁとは思えても、決してこの人の真価は判りません。その理由は、演奏が彼が喉頭がんを発病して治療のために一度楽壇から離れる以前の録音だからです。がんの治療を終えて彼は再び音楽活動を始めますが、それ以後の演奏には常に一期一会という言葉を意識させられるような正に鬼気迫るような趣を感じます。その最高の姿が、EMIにライヴ録音で残した第6番と第7番です。そこではロンドン・フィルもスタジオ録音で感じさせた力量不足の印象をまったく感じさせませんでした。

「復活」には1981年のEMIスタジオ録音の他に、ファンの間では非常に有名な北ドイツ放送響との1980年のライブ演奏の海賊盤(First Classics)があります。この演奏は、再起後の演奏とは趣が異なりますが、ロンドン・フィルとはオーケストラの格の違いを見せつける北ドイツ放送響に、それは正に命がけの大熱演をさせています。そんなテンシュテットの「復活」に、また新しい音源が登場しました。リリースは今年の3月でしたが、記事にするのが少々遅くなりました。

この新音源は1989年にロンドン・フィルとフェスティヴァル・ホールで行われたコンサートです。どうしても北ドイツ放送盤との比較になるわけですが、北ドイツ放送盤はオンマイク気味の録音なので、楽器の音が非常に生々しくとらえられています。冒頭のコントラバスの演奏なんかも、弓の松やにが飛び散るのが見えるようです。それに対して、今回のロンドン・フィル盤はもっとホール・トーン的な録音です。違いはありますが、どちらも優秀な録音です。

演奏については、どちらも振幅が非常に大きく、緩急の変化がもの凄いという点で変わりません。大見得を切るようなドラマティックさも、バーンスタインと双璧です。けれども全体的に、ロンドン・フィル盤は北ドイツ盤よりもテンポがより遅くなっています。そのために空間の広がりはロンドン盤のほうに大きさを感じる気がします。ゆったりした部分では何か枯淡な雰囲気も醸し出します。一聴した時には、北ドイツ盤がずっと良いように思ったのですが、ロンドン盤を何回か聴き直してみると、これはこれで捨てがたい味わいがあるのが分かってきました。終結部の天にも届けとばかりの大合唱も比較出来ないほどに、やはり凄まじいです。

北ドイツ放送のFirst Classics盤は入手が難しいこともあるので、テンシュテットのマーラー演奏の凄さを知るためには、今回のロンドン・フィル盤のリリースは大歓迎すべきです。マーラーの音楽を、そして「復活」を、心から愛する人には是非とも聴いていただきたい名盤がまたひとつ増えました。

<旧記事>マーラー 交響曲第2番「復活」 名盤

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2010年7月11日 (日)

パーヴォ・ヤルヴィのマーラー交響曲第2番「復活」

Mahler2_jarvi パーヴォ・ヤルヴィは今年から名門パリ管弦楽団の常任指揮者に就任するらしいです。エッシェンバッハの後任なのですね。彼は間違いなくこれからの指揮界の中心となる人物の一人だと思います。実父のネーメ・ヤルヴィが、豪快でおおらかな指揮ぶりなのに比べると、ストイックなほどにきめ細かくデリカシー溢れる指揮をします。けれども脆弱な印象は決して無く、一本筋の通った強さをも感じるのです。出身がエストニアですから北欧ものは得意なはずですが、ベートーヴェン、ブラームス、ブルックナーなどのドイツものが大好きみたいです。マーラーの演奏では、2008年にフランクフルト放送響と来日した際にサントリーホールで第9番を聴きました。それはユダヤ系の情念たっぷり型や爆演型のマーラーとは全く違う、抑制のきいた演奏でしたが、美しくデリカシーに富んでいてマーラーの音楽への共感を感じられたので、とても満足できました。

最近Versin Classicsからリリースされた「復活」は昨年2009年の最新録音です。同じフランクフルト放送響を振っています。どうやら彼は、オーケストラごとにレパートリーを固めているように思います。この先もマーラーの録音はフランクフルト放送が中心になるのかもしれません。

さて、この「復活」ですが、1楽章はともすると、力が入り派手に大見得を切る「松竹大歌舞伎」のような演奏になるか、逆に分析的に過ぎて冷めた演奏になることが多いのですが、パーヴォはどちらでもありません。テンポは中庸で、速くも遅くもないのですが、表情が異常なほどに多彩で刻々と変化するのに驚かされます。弱音部ではほとんど聞こえないぐらいのピアニッシモになります。しかし、それらのきめ細かい表情が造り物めくことはありません。音楽を堪能させてくれるのです。深く沈滞するべきところでは心憎いくらいにゆったりと対応しています。演奏方法としては分析的なのですが、決して冷めて聞えないところにパーヴォの非凡さを感じます。

2楽章は美しい演奏なのですが、個人的には更にのんびりした表情が求めたくなります。3楽章はリズム感が素晴らしく、弾んで揺れるような流れの中で各楽器が次々とセンス良く出入りをするのが非常に心地良いです。

4楽章は繊細で美しくかわして、いよいよ終楽章に突入ですが、この先はリミッターを外してエンジン全開にしてほしいところです。冒頭から緊張感があるので期待しますが、中間の行進曲の部分ではやや燃焼不足に感じました。ここはもっと突っ走って欲しかったです。ですが追い込みのたたみかけは中々に凄いです。合唱の登場は極限の弱音で、あたかも天上界から遠くかすかに聞こえてくるような雰囲気です。ここは非常に感動的です。それが徐々に盛り上がってゆき、ついには大合唱となります。どんなにフォルテになってもハーモニーの美しさを失わないのですが、渾身の合唱は非常に感動的です。その合唱と管弦楽を優秀な最新録音で堪能できるのも快感です。

バーンスタインやテンシュテットの熱烈なファンがこの演奏をどう受止めるかは判りません。爆演型ではないので、物足りなく感じるかもしれません。けれども、全く異なるタイプの演奏、ある意味「毒消し」として聴くのにも良いと思います。などと言って誤解されると困るのですが、この演奏にはマーラーの音楽への共感はしっかりと込められています。過去のどの演奏とも一線を画すということで、是非一度お聴きになられてみてはいかがでしょうか。

<過去記事> マーラー交響曲第2番「復活」 名盤

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2010年7月10日 (土)

エッシェンバッハのマーラー交響曲第1番「巨人」

Mahler1_eschenbach

今年はショパンとシューマンのアニヴァーサリー・イヤーですが、マーラーの生誕150周年でもあります。でも僕はマーラーに「生誕何年」という言い方は、どうもしっくり来ないのです。自分の人生を「一枚の紙切れのような人生」と言い、常に自分や回りの人間の「死」を恐れ、生まれてきた苦悩を生涯背負い続けたマーラーに「ハッピー・バースデイ」というのに何となく抵抗を感じるからです。僕としてはマーラーは、むしろ来年の「没後100年」の時に心から悼みたいと思っています。

それはさておき、クリストフ・エッシェンバッハの指揮したマーラーの新盤が最近リリースされましたので聴いてみました。クリティアン・ティーレマンがブルックナー、ワーグナー、リヒャルト・シュトラウスを得意とすれば、エッシェンバッハはマーラー、ブラームス、シューマンを得意にします。この二人にはドイツ・ロマン派の伝統的なスタイルを更につき詰めて行って欲しいと願います。

僕がエッシェンバッハを実演で聴いたのは、若手演奏家を集めて編成されるシュレスヴィヒ・ホルシュタイン祝祭管弦楽団を率いての2005年日本公演です。その時には、ブラームスの4番がなんとも大きくロマンティクに演奏されて感銘を受けました。まるでフルトヴェングラーのようであり、しかもスケール感を失わなかったのです。幸いにも、この名演奏はCD化されています。

エッシェンバッハのマーラーの録音には、既にフィラデルフィア管との「復活」と「第6番」が有ります。どちらもスケールの大きい名演奏だと思うのですが、アメリカの楽団の中でも特に明るい響きのフィラデルフィア管というのが少々不満でした。できればドイツの楽団で彼のマーラーを聴きたいと思っていたので、今回の新盤はベルリン・ドイツ交響楽団なので嬉しいです。

実際に聴いてみると、期待した通りのドイツ的なオケの響きに満足しました。あくまでも弦楽器が土台を造り、その上に管楽器が美しくブレンドされています。音色は幾分ほの暗さを持って落ち着いた色合いです。演奏も全体としてスケールが大きく、ズシリとした手ごたえを感じます。但しテンポには振幅が有り、たたみ掛ける箇所ではかなりの高揚を見せます。終楽章の熱気、迫力もかなりのものです。

このCDの録音が優秀なのは大きなアドヴァンテージですが、それを別にしても、過去の名盤である、ワルター、テンシュテット、バーンスタイン、小林研一郎などに充分肩を並べられる演奏だと思います。

<過去記事> 「マーラー 交響曲第1番 名盤」

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2010年1月22日 (金)

マーラー 交響曲第4番ト長調「大いなる喜びへの讃歌」 名盤

ブルックナー&マーラーの交響曲特集もいよいよ中盤にさしかかりました。山登りに例えればさしずめ中腹。巨峰が次々と仰ぎ見られるようになります。

Tenjyo02 マーラーの音楽は激しさや沈鬱さと優しさ、美しさが混然としているのが特徴ですが、この第4番は全体が明るさと幸福感に溢れています。またマーラーとしては短くとても親しみ易い作品なので、昔は第1番の次に多く演奏されました。副題に「大いなる喜びへの讃歌」と付けられることが多いですが、実はこれはマーラー自身が付けたわけではなく、第4楽章の歌詞が誤用されたようです。マーラーの弟子であったブルーノ・ワルターはこの曲について「天上の愛を夢見る牧歌である」と語ったそうです。イメージ的にそれほど大きな違いは無いとも思いますが、やはり弟子の言葉の方が正しい気がします。この曲は大曲揃いのこの人の交響曲の中では最も規模が小さい曲ですが、それでも演奏時間は50分を越えます。僕は第2、5、6、9番といった激しい曲を聴くことが多いですが、この第4番を聴く喜びというのは何物にも代えがたいと思っています。

第1楽章ソナタ形式 鈴の音と共に始まる冒頭からメルヘン的で、ヴァイオリンが第1主題を軽やかに奏すると心が浮き浮きしてきます。続いてチェロが歌う第2主題は何という美しさでしょう。正に天国的です。展開部のフルートはメルヘンの笛そのものですし、言いようの無い懐かしさを感じます。そして終結部のトゥッティでは、喜びと幸福感一杯の讃歌を歌い上げます。

第2楽章スケルツオ 二度高く調弦した独奏ヴァイオリンが非常に印象的です。マーラーはこれに「友ハイン(死神)は演奏する」と書いていますが、死神を「友」と呼ぶのですから、マーラーの神経はやはりちょっと普通では無かった様に思います。とは言えこの曲では、死神のヴァイオリンですら楽しく感じるのです。また中間部は非常に美しい曲想です。

第3楽章変奏曲「やすらぎに満ちて」 非常に美しい楽章で、正に天国的といえます。幸福感に満ち溢れますが、途中何度も転調してはその度に孤独感に包まれて、マーラーの精神状態を表わしているかのようです。後半急にテンポアップする部分は何となくハリウッドのミュージカルのように聞こえます。

第4楽章「極めて快適に」 「子供の不思議な角笛」からの歌詞をソプラノが歌います。管弦楽伴奏付き歌曲のようなユニークな楽章です。幸福感溢れる静かな部分が中間の闊達な部分を挟む構成です。

それでは僕の愛聴するCDを順にご紹介しましょう。

Mahr4walt_cci00023 ブルーノ・ワルター指揮ウイーン・フィル(1955年録音/グラモフォン) ウイーン国立歌劇場再建記念演奏会の素晴らしい記録です。戦前のウイーンの柔らかく甘い弦と管の魅力をまだまだ湛えている時代の演奏なので、この曲には正にぴったりです。実際この4番を演奏するウイーン・フィルの魅力というのはちょっと別格だと思います。ワルターにとっても天国的な喜びに満ちたこの曲はとても資質に適していますし、両者の組み合わせは最高に幸福な結果となっています。テンポは全体を通じてゆったりしていて情感をたっぷりと味あわせてくれますし、個々の楽器奏者の歌いまわしもセンスが抜群、懐かしさに溢れています。

Mahr4cci00023 オットー・クレンペラー指揮バイエルン放送響(1956年録音/GreenHILL) クレンペラーはEMIにスタジオ録音を残していますが、これはミュンヘンでのライブ録音です。創設間もないバイエルン放送が既にドイツの楽団らしい性能と音色を持っていて嬉しいです。演奏はいかにもクレンペラー調の徹底したインテンポなのですが、音楽が退屈になることは無く、逆に立派さを感じさせます。テンポは晩年のスタイルとは違って特に遅いということはありません。ただ曲が曲なので個人的にはもう少し面白さが有ったら良いのになぁとは思います。音質は年代としては非常に明瞭です。

Mah4130 ブルーノ・ワルター指揮ウイーン・フィル(1960年録音/Music&Arts) マーラー生誕100年記念コンサートにワルターが招かれて指揮した時の演奏です。はからずもこのコンサートはワルターとウイーン・フィルの最後のコンサートになりました。ワルター協会が所有する録音を米Music&ArtsがCDにしてくれたのは幸せです。55年盤よりもずっとゆっくりとしたテンポで全ての音符が慈しむように奏されていますが、とりわけ第3楽章は他のあらゆる演奏よりも遅く、情感も極まって感動的です。やはり彼らにとって特別な演奏会だったのでしょう。これは正に一期一会の名演奏だと思います。録音は55年盤のほうがパリッとはしていますが、鑑賞に何ら問題は有りません。むしろマイク位置が近いので、通常よりも各楽器の動きが室内楽的に明瞭に聞き取れるので新鮮です。

Mahr44107072515 レナード・バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィル(1960年録音/CBS盤) 宇野功芳先生が昔から推薦されている演奏です。曰く「愉しくて仕方ない演奏」とのことです。確かに第1楽章のメリハリと緩急の自在さはバーンスタインでなければ出来ない表現ですが、問題が有るとすれば、いや普通なら問題ということは無いのですが、それはオーケストラの音質です。時に騒々しさを感じさせるNYPの音(特に金管)を聴くと、この曲を演奏するウイーン・フィルのこぼれる様に美しく柔らかい音を知っている耳には、どうしても物足り無さを感じてしまうのです。とは言え愉しい演奏という点では確かに最上位かもしれません。

Mahler4_5197rwzwkcl ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送響(1968年録音/グラモフォン盤) クーベリックのマーラーは特にスタジオ録音の場合、端麗でさらりとしてベタつくことはありません。当時のバイエルン放送響の音も同傾向に有ります。それが劇的な曲となると少々物足りなさを覚えるのですが、この曲の場合にはむしろ自然や素朴さが感じられて適しています。但しそれでも余りに淡々と起伏の少ない指揮ぶりには飽きが来る一歩手前の恐れが有ります。決して悪い演奏だとは思いませんが、頻繁に取り出して聴きたくなるかといえば否ということになってしまいます。

Mahler4_horenst ヤッシャ・ホーレンシュタイン指揮ロンドン・フィル(1970年録音/EMI盤) ユダヤ系のホーレンシュタインは昔からマーラーを得意にした指揮者です。学生時代に買った6番のLP盤は愛聴盤でした。この4番はほとんどテンポも動かさずに淡々と進める演奏です。バーンスタインのCBS盤が緩急自在の器用な天才タイプ花形満だとすれば、さしずめ素朴で努力家タイプの左門豊作のような演奏です。これは貴重な存在だと思います。特に3楽章が心に染み入り感動的です。ロンドン・フィルも美しく不満を感じません。既に廃盤のようですが、中古店なら手に入るのではないでしょうか。

Mahr4ten クラウス・テンシュテット指揮バーデンバーデン&フライブルグ響(1976年録音/ヘンスラー盤) テンシュテットにはEMIへの録音が有りますが、ロンドン・フィルの非力さがどうも気になります。その点、たとえドイツの無名オーケストラのライブ演奏であってもロンドン・フィルよりもずっと優れています。実際、このオケの音色は中々に魅力的です。テンシュテットが本領を発揮するのは「復活」のような大曲ですが、この曲も悪く有りません。バーンスタイン/NYPのような面白さが有るのにオケの音がうるさくは感じません。これはとても良い演奏だと思います。テンシュテットには翌1977年にボストン響に客演したコンサートの録音(伊Memories)も有りますが、明るく柔らかい音色のボストン響が同様の良い演奏をしています。

Mahr4aba クラウディオ・アバド指揮ウイーン・フィル(1977年録音/グラモフォン盤) 比較的早めのテンポで飄々とした演奏ですが、歌うところはアバド得意のオペラを思わせるたっぷりとしたカンタービレがとても素晴らしいです。なにせウイーン・フィルの楽器の音色が美しいので、それだけでも魅惑されてしまいます。こればかりは他のオケではどうにもならないですね。第2楽章のヴァイオリン独奏も名コンマス、ヘッツェルの何と上手いこと!第3楽章は淡々としていますが弦がもちろん美しく、終結部では大きく盛り上がります。第4楽章の独唱はフレデリカ・フォン・シュターデですが、技巧を感じさせない清純素朴な歌い方がとても気に入っています。

Mahr441q4f2bynsil ロリン・マゼール指揮ウイーン・フィル(1983年録音/CBS SONY盤) 第1楽章のテンポはかなり遅めでゆったりとしています。そのせいかどうも生気に欠ける気がします。心が弾んでくるような楽しさが感じられないのです。第2楽章もほぼ同様です。第3楽章ではウイーン・フィルの音はもちろんとても美しいのですが、ワルターやバーンスタインのように陶酔的では有りません。第4楽章のソプラノはキャスリーン・バトルが美しい声を聞かせますが、マゼールの遅いテンポがどうも全体をもたれさせています。従って滅多に聴くことは有りません。 

Mahrlcci00026 レナード・バーンスタイン指揮ウイーン・フィル(1984年録音/First Classics盤) バーンスタインにはコンセルトへボウ管との再録音盤がグラモフォンに有りますが、この曲だけはどうしてもウイーン・フィルに惹かれます。有り難いことに海賊盤でその演奏を聴くことが出来ます。ライブ録音ですが、おそらく放送局音源を使っているのか音質も優秀です。緩急自在なのは変わりませんが、ニューヨーク盤ではバーンスタインがオケを引っ張っている感が有ったのに対して、ウイーン盤の場合にはオケが自然に鳴っている印象です。それに何といってもこの柔らかい楽器の音色はウイーン・フィル以外では考えられません。第3楽章もワルター/ウイーンの60年盤並みに遅いテンポでたっぷりしています。4楽章の独唱がボーイソプラノなのはよく批判されますが、僕は好きです。大人のソプラノは大抵技巧的な「歌唱」を感じさせるのに対して、たとえ下手でも純真な「天使の歌声」を感じるからです。

Mahler4_51ch9rxaoxl レナード・バーンスタイン指揮アムステルダム・コンセルトへボウ管(1987年録音/グラモフォン盤) ニューヨーク盤の楽しさ、ウイーン・フィル盤のしなやかな美しさと比較すると、この演奏からは円熟と落ち着きが強く感じられます。といっても他の指揮者と比べればやはり変幻自在で語り口の上手さは独壇場です。コンセルトへボウもまた素晴らしい音色でマーラーを堪能させてくれます。特にウイーン・フィル盤は海賊盤でしたので、正規盤としての価値は大いに有ります。ここでも4楽章の独唱はボーイソプラノが歌っています。

Mah417690522 ガリー・ベルティーニ指揮ケルン放送響(1987年録音/EMI盤) ベルティーニのマーラーはブルックナーの場合のヴァントと同じ、職人型の演奏です。実にソツが無いというか、失敗はしません。でもそれが必ずしも感動につながるとは限らないのです。この4番の演奏もフレージングが実に明確で音符一つ一つに表現意欲を感じますし、一般的に言えば立派で良い演奏なのでしょうが、このような天国的な曲の場合にはなんだか煩わしさを感じてしまうのです。神経質過ぎてうるさい、とも言えます。これでは「天国」というよりも「地上界」の音楽になってしまいます。決して美しく無いわけでは有りませんし、好みの問題ですので人によっては反対に受止められるかもしれません。

Mahr4cci00024 ヴァーツラフ・ノイマン指揮チェコ・フィル(1993年録音/CANYON盤) これはスプラフォンへの旧録音盤では無く新盤のほうです。新盤の一連では第3番が「超」の付く名演でしたが、この4番は残念ながらその域には達していません。それでもいかにもノイマンらしい派手さの無い節度の有る自然な表現なので、この曲には向いています。チェコ・フィルの美しい音もとても魅力的です。特に第4楽章のオーケストラは3番に匹敵する魔法のような棒さばきで大変に魅力的です。ソプラノ独唱も悪く有りません。CANYONの録音もいつもながら極上です。

これらのうち、僕が特に好きなのは、ワルターの1960年盤とバーンスタインの1984年盤です。この二つが正に双璧です。次いではワルターの1955年盤とアバドの1977年盤なのですが、要するにいずれもウイーン・フィルの演奏です。このオーケストラの持つ音色は、この曲に於いては決定的な魅力となるからです。 

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2009年12月23日 (水)

マーラー 交響曲第3番二短調 名盤

Alma_3_2 マーラーの交響曲の中で第3番は第4番と並んで最も幸福感に溢れた作品です。そして3番は、どれもが長いこの人の作品の中でも特に長い曲です(演奏時間は約1時間30~40分)。

この曲はオーストリアのザルツブルク近くのアッター湖畔に在るシュタインバッハで過ごす夏の休暇中に作曲されました。ですので曲全体が"美しい自然賛歌"です。全6楽章構成ですが、マーラー自身は第1楽章を第1部、第2楽章以降を第2部と説明したそうです。初演は作曲から6年も後の1902年ですが、その半年前にマーラーは19歳も年下の(おどりゃー犯罪じゃぁ~!)アルマ・マリーアと結婚しました。こんなに若くて美人の女性と結婚すれば、さぞかし人生の幸せを感じていたことと思います。どうりでこの曲が幸福感で一杯に満たされているはずですね。あー、羨ましい・・・。

第1部(第1楽章)のテーマは「夏の到来」です。"夏がやってくる"というこの楽章は行進曲風であり、美しく、とてもユニークな音楽です。ただ、楽想は中々に魅力的なのですが、30分以上も続くと、さすがに"夏"では無く"飽き(秋)"がやって来てしまいます。個人的にはこの楽章を20分以内に凝縮してくれていれば、全体のバランスがもっと良くなったと思うのですが。ブルックナーのように"改定版"を出してくれれば良かった(??)。

第2部の各楽章のテーマは以下の通りです。但し、これらのタイトルは楽譜には書かれていません。マーラーが誤解を招く事を恐れて意図的に書き記さなかったそうです。

 第2楽章 「野原の花々が私に語ること」

 第3楽章 「森の動物たちが私に語ること」

 第4楽章 「夜が私に語ること」

 第5楽章 「天使たちが私に語ること」

 第6楽章 「愛が私に語ること」

それぞれの楽章はとても魅力的です。第2楽章は可憐で美しくチャーミング。第3楽章はエキゾチックでユーモラスですが、中間部のポストホルンのソロは非常に美しく夢見るようです。第4楽章ではアルトの独唱が「真夜中の歌」を静かに歌います。第5楽章は児童合唱が鐘の音を模倣して「ビム、バム!」と何度も繰り返し歌う可愛らしい曲です。そして終曲の第6楽章は再び長大で20分以上を要しますが、弦楽合奏が静かに美しく延々と続いた後にフィナーレとなり壮大な大自然賛歌で曲を締めくくります。

この曲はつまらない演奏で聴くと長過ぎて退屈するだけですが、良い演奏で聴きさえすれば非常に感動的です。ですのでご自分の気に入ったディスクを見つけ出すことが重要です。それでは僕の愛聴盤をご紹介します。

Mah_sch03 カール・シューリヒト指揮シュトゥットガルト放送響(1960年録音/archiphon盤) シューリヒトは正に天才指揮者です。職人型で早いテンポを基調にしてモーツァルトを得意としているのにブルックナーも得意。更には時代に先駆けてマーラーも振っています。それも2番や3番という大曲を取り上げているのです。この時代のマーラー演奏はまだまだオケ、特に管楽器が苦戦している場合が多いです。それは多分演奏し慣れていないからでしょう。この演奏はそんな時代のライブとしては中々優れていると思いますし、モノラル録音ながら音質も明快です。曲想もシューリヒトの資質に適していると思います。脂ぎらない爽やかさを感じさせます。優秀な録音の名演奏盤が出ている現代でファーストチョイスに選ぶのは難しいですが、単なる記録として以上に楽しむ事が出来ます。

Mahlerku3 ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送響(1967年録音/audite盤) クーベリックはバーンスタインにやや遅れてグラモフォンに全集録音を行いました。それはバーンスタインの良くも悪くも"下品な"演奏に比べて少しも大げさなところの無い一種解毒剤のような演奏でしたので、両者を聴いてバランスを取ったものです。けれどもこの人は元々ライブで真価を発揮する指揮者ですし、当時のライブ演奏が多く正規盤で復刻された現在では主にライブ盤の方を聴いています。この3番もライブ盤で、やや早目のテンポで流れるノリの良い演奏ですが、決してうるささを感じる事は有りません。バイエルン放送響の音もべたつかずに爽快感が有るのでこの曲に適しています。これはやはりオーソドックスな良い演奏だと思います。

Mah_aba03 クラウディオ・アバド指揮ウイーン・フィル(1980年録音/グラモフォン盤) 最近では顔つきからもすっかり精悍さが消えうせてしまったアバドですが、昔は中々良い演奏が有ったと思います。特にこの3番の演奏は突然覚醒した名演奏でした。そもそも、この曲や4番は出来ればやはりウイーン・フィルの美音で聴きたいところです。第1楽章から何と柔らかく美しい響きでしょう。管楽も良く鳴りますが、決して騒々しくなることは有りません。弦楽の美しさも格別です。また特筆すべきは名コンマス、ヘッツェルのヴァイオリン・ソロで、とろけるように美しい弾き方に驚嘆します。中間楽章もとても美しいですが、白眉はやはり再び終楽章の弦楽合奏でしょう。これほどの美演を他のオケから聴くことは難しいと思います。フィナーレの壮大さもこけおどしで無く実に見事です。

Mah_ten03 クラウス・テンシュテット指揮ロンドン・フィル(1986年録音/Memories盤)  テンシュッテットはこの曲を1979年にEMIへ録音していますが、これは7年後のロンドンのロイヤル・アルバートホールでのライブ演奏で、伊Memoriesの海賊盤マーラー選集に含まれます。FM放送から録音したようでテープヒスやノイズは有りますが、音自体はしっかりしていてとても聴き易い音質です。ロンドン・フィルは決して一流のオケとは言い難いので、ライブでこそ命がけの大熱演で真価を発揮するテンシュテットのCDはなるべくライブ盤を選ぶべきです。またテンシュテットのドラマティックな演奏スタイルは2番、5盤、6番といった壮絶な曲に向いていますので、3番のような曲はどうかと思いましたが、これはこれで悪くは有りません。終楽章の息の長い盛り上げ方にも感心しました。
(補足:その後、正規録音盤がICA Classicsからリリースされました。そちらは関連記事参照。)

Mah3_bert ガリー・ベルティーニ指揮ケルン放送響(1986年録音/EMI盤) ベルティーニもマーラーを得意とする指揮者で、ケルン放送と全集録音を残しましたし、日本でも全曲チクルスという画期的なコンサートを実現しました。知り合いの音楽業界人がベルティーニと親しかったので、演奏会後の楽屋に一緒に行って言葉を交わした事も有ります。「マエストロのコンサートはいつもとても楽しんで聴いています。」みたいな事を話すと、非常に喜んでくれました。とても優しくて良い人という印象でした。この3番の演奏も人柄と同様な印象の演奏です。但し少々健康的に過ぎるのが難点です。明るく軽くメリハリの利いた響きは何となく映画音楽かミュージカルのように聞こえてしまう部分が有ります。彼は元々職人型のスタイルなので、素朴感を失って何となく演出臭さを感じさせてしまうのも気になります。そこが良いという方もいらっしゃるのでしょうけれども。終楽章の弦楽は非常な弱音でやや聞き取り辛いのですが、耽美的で美しく良い演奏だと思います。

Mah3bern レナード・バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィル(1987年録音/グラモフォン盤) 世評の高い再録音盤です。冒頭のホルンから音がぎっしり詰まった力演なのですが、どうも音が固いのが気になります。この曲にはもっと柔らかさが欲しいところです。高いテンションを維持したまま長い1楽章を進めますが、演奏が凄まじ過ぎて心が安らぐ間が有りません。まるでプロレスラーに羽交い絞めにでもされて身動きが取れないような圧迫感を感じるのです。これでは"夏の到来"というよりも"大嵐の到来"という印象です。中間の4つの楽章は過不足無しですが、終楽章では弦楽がずっと弱過ぎるピアニシモを続けていたかと思うとフィナーレでは異常な程のクレッシェンドを見せます。このような芝居がかった演奏は僕は好みません。「復活」ではあれほどの超名演を残したバーンスタインでしたが、この曲には向いていないようです。などと、文句ばかり書いてしまいましたが、そのドラマティックさがこのひとの魅力ですので、この演奏を好きな方にとっては応えられないと思います。

Mah_noe03 ヴァーツラフ・ノイマン指揮チェコ・フィル(1994年録音/CANYON盤) 冒頭のホルンにまず耳を奪われます。これほど力まずゆったりと広がりを持った鳴らし方は初めて聴きます。主部に入っても慌てず騒がず本当に遠くから夏が少しずつやってくるようです。一つ一つの音符が深い意味を持ち、デリカシーがこもっている点はまるで魔法のようで、アバド盤を完全に凌駕します。チェコ・フィルの音の美しさもウイーン・フィルと双璧です。これに比べたらバーンスタイン/NYPはまるで軍楽隊の行進としか思えません。中間楽章も同様にとても美しい出来栄えです。終楽章も音が弱くなり過ぎずによく歌うので旋律の美しさを楽しめます。神経質になり過ぎないところがこの曲に適しています。ですが時折見せる寂寥感やフィナーレの彼岸の雰囲気も実に味わい深く、ノイマンは一体どこまでこの曲を深く摑み切っているのか驚嘆します。疑い無く、彼の残したマーラー演奏の最高傑作だと思います。

以上から、僕の段トツのベストはノイマン/チェコ・フィル盤です。この曲に中々馴染め無い方や、バーンスタインが最高だと思われている方にこそ聴いて頂くことをお薦めします。そして次点はアバド/ウイーン・フィル盤です。これも次点ではもったいないぐらいに気に入っています。3番目は無難な所でクーベリック盤でしょうか。

他に興味の有るのはコバケン(小林研一郎)/チェコ・フィル盤です。いずれ聴いてみたいと思っています。

<関連記事>
マーラー 交響曲第3番 テンシュテット/ロンドン・フィルのライブ盤
マーラー 交響曲第1番&3番 ラインスドルフ/ボストン響盤

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2009年12月 7日 (月)

マーラー 交響曲第2番ハ短調「復活」 名盤 ~青春の記念碑~

Mah140 マーラーの「復活」は自分にとって特別な曲です。何故かと言うと、今から約30年も前の学生時代に演奏をしたからです。会場は東京渋谷のNHKホールでした。指揮は、若き尾高忠明氏でした。それは「青少年音楽祭」というイベントコンサートで、NHKのスタジオで半年間、毎週練習を重ねて迎えた本番は、教育TVで全国放送もされました。自分のアマオケ活動の中でも記念碑的なコンサートです。そして正に”青春真っ只中!”という感じでした。

それにしても「復活」は凄い曲です。マーラーの大曲には、より声楽パートの割合が多い第8番や器楽のみの7番、9番と色々有りますが、器楽と声楽が拮抗して壮大に盛り上がる音楽としてはこの曲は随一です。自分は演奏経験から曲の隅から隅まで頭の中に入っているからかもしれませんが、この曲はとても分かり易いと思います。それでいて何度聴いても飽きが来ません。これが第2作目の交響曲とは何とも驚きです。

第1楽章アレグロ・モデラートは、既に「葬礼」と題された交響的断章に加筆したものです。マーラーはこの曲で、19世紀の矛盾に満ちた社会に生きる人間として、人生とは何か、なぜ苦しむのか、人は死という厳粛な事実に直面してどう対処すべきなのか、ということを問いかけました。そしてその答えの全ては終楽章に有ります。長大なこの第1楽章は冒頭で激しい弦のトレモロに乗ってチェロとコントラバスが地の底からの響きのようにうめきます。やがて一転してヴァイオリンの天国的な調べに変わりますが、このように地獄と天国を何度も行ったり来たりしながら曲は進行します。それにしても何とも壮大な楽章です。マーラーはこの楽章の後は5分間空けてから第2楽章を始めるように指示しています。

第2楽章アンダンテ・モデラート 第1楽章とはうって変わって、ゆったりと優美に奏される歌謡的な楽章です。但し中間部では非常に荒々しくなり、また元に戻ります。この楽章は他の楽章での人生の戦いにおける、つかの間の休息であるかのようです。

第3楽章スケルツオ ティンパニーの一撃で始まるこの楽章は自身の歌曲「子供の不思議な角笛」の中の「魚たちに説教するバドヴァの聖アントニウス」が転用されています。この楽章はとても楽しく魅力的なので大好きです。途中にビオラが歌う部分が有るので、自分のコンサートの時には一生懸命練習したものです。

第4楽章 「原光」と題されるこの楽章も「子供の不思議な角笛」から転用されてものです。アルトの独唱で「私は神から出たもの、そして再び神の御許に戻るのだ」と歌われます。終楽章の前奏としてとても効果的で美しい音楽です。

第5楽章 いよいよこの交響曲の答えとなる終楽章は恐ろしい最後の審判と復活の音楽で、18世紀の詩人クロプシュトックの詩句「復活する、そう、復活するだろう」が用いられています。ですがマーラーが行った加筆部分からは、ただのキリスト教の復活信仰ということでは無く、生と死を永遠に繰り返す宇宙、自然界の摂理を表わそうとしていることが分かります。この楽章だけで35分~40分かかる極めて長大、壮大な曲です。大きくは3部に分かれていて、順に「生の苦悩と葛藤」「生との激しい戦い」「永遠の生への勝利」という感じです。僕は2部の行進曲の途中で急に"Pesante(重く)"になる箇所が大好きで、いつも感動してしまいます。そして3部の最後には「よみがえる、そうだ、おまえはよみがえるだろう。おお、信ぜよ、私の心よ」と大合唱がオーケストラとパイプオルガンの大音響と共に高らかに歌われて曲が終ります。

僕の愛聴盤をご紹介していきますが、この曲はどうしても多くなります。

514d4sfdkcl__ss500_ ブルーノ・ワルター指揮ニューヨーク・フィル(1957年録音/CBS盤) 最初にLP盤で買った懐かしい演奏です。ワルターは最高のマーラー指揮者の一人ですが、気宇壮大なこの曲には少々スケール不足を感じます。従って物足りないのは第1楽章と終楽章ですが、それはこの曲では致命的です。逆に第2、3、4楽章はゆったりと非常に味わい深い演奏ですので残念です。なお、この録音に先立って行われた演奏会のライブ盤もM&Aから出ていますが未聴です。いずれ聴きたいと思っています。またウイーン・フィルを指揮したライブ録音も有りますが、録音が悪いので聴きません。 

Mahcci00006 カール・シューリヒト指揮ヘッセン放送響(1960年録音/Tresor盤) シューリヒトは最高のブルックナー指揮者でしたが、実はマーラーも案外指揮しています。2番には1958年にフランス国立放送を指揮した壮絶なライブ録音も有りますが、いかんせん音質が悪すぎました。このヘッセン盤はモノラルですがずっと録音が良好なので楽しめます。早いテンポでぐんぐん進むあたりはいかにもシューリヒトですが、音楽の彫りが深いので物足りなさを感じさせません。それどころか、フランス放送盤ほどでは有りませんがこちらも相当に壮絶な演奏です。意外なのは終楽章の行進曲部分では、やや遅めのテンポでテヌート気味にたっぷりと奏させています。

Mahler2_klemperer オットー・クレンペラー指揮フィルハーモニア管(1962年録音/EMI盤) クレンペラーというと遅いテンポでスケール巨大というイメージですが、意外とそうでない演奏も有ります。この録音がいい例で、1楽章などは幾らか前のめりで腰が座らない印象なほどです。2楽章以降は落ち着きのある演奏ですが、感情の起伏の少ないユニークなマーラーです。終楽章の行進曲だけは遅く、初めてクレンペラーらしくなります。後半の合唱も中々感動的です。それでも、全体を通して聴くと残念ですがこの演奏の価値はそれほど感じられません。

Mah106 レナード・バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィル(1963年録音/CBS盤) 僕がこの曲を聴き始めた学生の頃には、ワルターとクレンペラー、それにこのバーンスタイン盤がポピュラーでした。中でもマーラーを指揮したときのバーンスタインは千変万化する楽曲をより一層振幅大きく雄弁に演奏しますので、その感動の巾は底知れずです。このようなスタイルはともすれば大げさでこけおどしのように感じられるものですが、彼の場合は真実に裏打ちされているので少しも不自然になりません。彼には新録音盤も有りますが、この旧盤も現役で充分通用する名盤だと思います。

Mahler2オットー・クレンペラー指揮バイエルン放送響(1965年録音/EMI盤) ミュンヘンでのライヴ録音ですが、クレンペラーの「復活」としては1962年盤よりもずっと好みます。もちろんライヴ特有の演奏上の小さな瑕は有りますが、音楽の流れ、手応えが格段に上です。楽団は首席指揮者クーベリックとの全集録音が開始される前ですが、既に何度か演奏したと思われるマーラー演奏に対する共感度を感じずにはいられません。クレンペラーの演奏はいつも通り基本インテンポなのは変わらず、マーラーの音楽の刻々とした楽想の変化にも至ってクールに対応しています。しかしそれにもかかわらず曲が進むにつれてじわりじわりと高揚してゆくのに惹き込まれてゆきます。音質もこの年代のライブとしては優れています。

Mahcci00006b ジョン・バルビローリ指揮シュトゥットガルト放送響(1970年録音/EMI盤) 「20世紀の偉大なコンダクター」シリーズの1枚です。バルビローリも素晴らしいマーラー指揮者であり、EMIへ録音した5、6、9番はいずれも名演奏でした。この2番は最晩年のシュトゥットガルトでのライブです。全体的に遅めのテンポでゆったりと歌わせた表情豊かな演奏ですが、決してもたれることは有りません。欠点はアンサンブルの乱れや管楽器のミスが結構見受けられることですが、さほど気にはなりません。終楽章はバルビローリが最後の力を振り絞っているようで感動的です。良好なステレオ録音なのも嬉しいです。彼には1966年のベルリン・フィルとのライブ録音(Testament盤)も有り、オケの実力は言うまでも無くベルリンが上なのですが、モノラル録音で音質がパッとしないのが残念です。

Mahler2_tenns_ndr クラウス・テンシュテット指揮北ドイツ放送響(1980年録音/First Classics盤) テンシュテット・ファンには非常に有名な一世一代の名演です。海賊盤にもかかわらず極めて優秀で生々しい録音なのも価値を高めています。冒頭の低弦の表現力と気合からして圧倒されますし、余りに練習が厳しすぎて、このオケと長続きしなかったというのも理解できます。第1楽章は遅いテンポですが、バーンスタインの新盤ほどは粘らないのも普遍性が有ります。圧巻は終楽章で前半の神秘性はいまひとつかなと思っていると、後半の行進曲に入るとテンションが一気に上がってきて壮絶な演奏となります。そしてフィナーレの合唱とオケの壮大さには心底圧倒されます。現在は中古店でも滅多にお目にかかれない貴重盤なので7~8千円はするでしょうがそれだけの価値が有ると思います。First Classics盤がみつからない場合には、Memories盤もありますが、音量ピーク時にリミッターがかけられています。比較すると違いは確かに有りますが、Memories盤でも充分に鑑賞できます。

Htavcoverimage ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送響(1982年録音/オルフェオ盤) クーベリックの演奏はマーラーの音楽の持つドイツ的な要素とボヘミア的な雰囲気をバランス良く感じさせる点でとても優れていると思います。但し、不健康な情念の味わいには欠けています。ライブになるとこの人は熱く燃えるので素晴らしいのですが、この「復活」のような破格の曲の場合にはバーンスタインやテンシュテットといった破格の演奏を耳にしてしまうと、どうしても物足りなく感じてしまうのもやむを得ないところです。それでも終楽章の高揚感は相当なものですし、普通に曲に馴染むにはかえって良いのかもしれません。

Mahler2_maazel ロリン・マゼール指揮ウイーン・フィル(1983年録音/CBS SONY盤) マーラーの曲のCDは最低1つはウイーン・フィルの演奏で聴きたいと思いますが、2番には案外良いものが少ないのです。ですので、このマゼール盤は貴重と言えます。起伏の大きい表現自体は、この曲に向いているのですが、演奏にやや分析的臭さを感じないでもないです。柔らかく艶の有る弦楽はウイーン・フィルだけのもので、ゆったりした2楽章では魅力が全開です。但し3楽章はリズムが堅く退屈ですし、終楽章では情熱の高まりに欠ける気がします。全体としてマゼールのマーラーでは出来の良くないほうだと思います。

41kjdyzoohl__ss500_ レナード・バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィル(1987年録音/グラモフォン盤) 23年の時を経てバーンスタインは再び手兵のニューヨーク・フィルとこの曲の録音を行いました。演奏の完成度としては遙かに上回ります。但し良くも悪くもバーンスタインの体臭が極限まで濃くなっています。それはマーラーの個性をも越えたバーンスタインの個性です。全体的に余りに遅いテンポで物々しく粘るので、普段聴くのにはどうかと思います。けれども集中してこの世界に入り込んでしまうと、感動の深さは計り知れません。それは全て聴き手次第です。特に終楽章が素晴らしく、行進曲"Pesante"の部分の感動も随一だと思います。反面、第2楽章は爽やかさのかけらも無いので好みません。

Mahler2_berti ガリー・ベルティーニ指揮ケルン放送響(1991年録音/EMI盤) ベルティーニのマーラーはどの曲も明るい響きで沈鬱にならず、荒れ狂うわけでもありません。健康的なロマンティシズムに覆われています。そして曲のどの部分にもきめ細かく神経がゆきわたっていて、雑なところが全然ありません。職人芸の極め付きの技だと思います。インバルの行き方に似ていますが、デリカシーとマーラーへの共感度はベルティーニのほうが上だと思います。そういう意味で独自のマーラー演奏を確立したと言えるでしょう。「復活」のような規格外の音楽にはもっと計り知れないスケールが欲しいと思わないでもないのですが。

408 ヴァーツラフ・ノイマン指揮チェコ・フィル(1993年録音/CANYON盤) ノイマンは一度目のマーラーの交響曲全集をスプラフォンに録音しました。二度目の全集は未完成のまま他界してしまいましたが、マーラーに対する思いは強かったようです。これは二度目の録音です。第1楽章は早いテンポでかっちりと進めて、情念どっぷりのバーンスタインとはまるで対照的なスタイルです。これもなかなか悪く有りません。第2楽章も早めですが爽やかな美感を感じてなかなか良いです。反面、第3楽章は一貫したインテンポで音楽が堅苦し過ぎて面白くありません。しかし、さすがに終楽章になると少しも大げさでは無いのに聴いていて充実感が有ります。

269 小林研一郎指揮チェコ・フィル(1997年録音/CANYON盤) コバケンの「復活」は、かつてサントリーホールでハンガリー国立響との素晴らしい生演奏を聴きました。この演奏はノイマンと同じチェコ・フィルですが、スタイルが大きく異なります。冒頭は意外にあっさりと始まりますが、第二主題あたりから音楽の振幅がぐっと大きくなり、コバケン本来のドラマティックなスタイルになります。第2楽章は美しいですし、第3楽章は生き生きしたリズムがとても楽しく魅力的です。美しい4楽章を経て終楽章は淡々と開始されますが、壮大なファンファンーレから突入する行進曲も非常にスケールが大きいです。そして圧倒的なフィナーレと、彼にはマーラーの音楽が本当によく合います。

683 クリストフ・エッシェンバッハ指揮フィラデルフィア管(2007年録音/ONDINE盤) 地元フィラデルフィアでのライブ盤です。かつての名ピアニストも、現在では素晴らしいマエストロです。この人の指揮は現代風では無く、古風な伝統を感じさせる濃厚でロマンティックな表現が多いのでとても好きです。フィラデルフィア管はヨーロッパのオケと比べると管楽器の音色が明るいのが気になりますが、むろん優秀なオケです。第1楽章から遅いテンポで情念の濃い演奏をたっぷりと聞かせます。ポルタメントを大きくかけるのも特徴です。第2楽章も懐かしさを一杯に湛えて心がこもり切っています。第3楽章も非常に良いテンポで楽しませてくれます。終楽章は行進曲の燃焼度がいまひとつの気がしますが、フィナーレの壮大さはかなりのものです。それにライブということを感じさせない完成度の高さです。

これらの中で特に素晴らしいと思うのは、やはりバーンスタイン/ニューヨーク・フィルの新旧両盤とテンシュテット/北ドイツ放送盤です。それにコバケン/チェコ・フィル盤が次点として肉薄します。他にはベルティーニ/ケルン放送響盤やエッシェンバッハ/フィラデルフィア管盤にも中々捨て難い魅力が有ります。

参考までに、上記以外ではヘルマン・シェルヘン指揮ウイーン国立歌劇場管、ズービン・メータ指揮ウイーン・フィルというマーラーゆかりのウイーンの演奏もLP盤時代に聴きましたが、もうひとつ気に入らずに手放しました。ただ、特にメータ盤はCDで聴き直してみたい気がします。

P1000411 最後に番外として一つ。尾高忠明指揮ジュネス・ミュジカル・シンフォニー・オーケストラ(1977年録音/ポリドール盤) 僕が参加した青少年音楽祭での演奏です。NHKが収録した録音を当時のポリドールがLP盤で個人配布したものですが、三年前に自分で業者に依頼してCD化しました。当時新進気鋭の尾高忠明氏が、アマチュア学生を集めて編成した特別オケと演奏した一期一会の記録です。トレーナーは現在仙台フィルを振る円光寺雅彦氏でした。自分が参加していて、こう言うのも躊躇われますが、若き情熱のほとばしりを熱く強く感じさせる点では、多くの名演と比べても遜色有りません。アマチュアとしても音大レベルの人が多く参加していて、全体のレベルもかなりのものでした。アマチュアによる歴史的演奏として永遠に記憶されることと思います。

<後日記事>
テンシュテット/ロンドン・フィルのライヴ「復活」
パーヴォ・ヤルヴィ/フランクフルト放送響の「復活」
アバドとレヴァイン ウイーン・フィルの2つのライブ「復活」

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