チャイコフスキー バレエ音楽「白鳥の湖」全曲 名盤
さて、年末年始にはベートーヴェンを聴いていたので中断してしまったロシア音楽特集に戻ります。おりしもソチ・オリンピックの開幕まで一か月を切ったところですので、この際改題して「ソチ・オリンピック記念 ロシア音楽特集」とします!
ということで、ロシア音楽といえばチャイコフスキー。その代表作の一つがバレエ音楽「白鳥の湖」ですね。このバレエは良く知られた曲以外にも、驚くほど多くの魅力的な名曲ばかりの大傑作です。
「白鳥の湖」のストーリーは有名ですので、ここでは詳細は省きます。ただし、演出によって結末が異なり、「悲劇的な結末」と「ハッピーエンド」の二通り存在します。
悪魔の魔法によって白鳥の姿に変えられてしまった美しい娘が、夜だけ人間の姿に戻った時に王子に見初められ、やがて王子が悪魔を打ち倒すのですが、原典版では、娘は人間の姿には戻れず、王子と二人で湖に身を投げるという悲劇的な結末になっています。
それに対して、後年改作されたのが、悪魔の魔法が解けて、娘と王子とは二人で幸せに暮らすというハッピーエンドです。どちらが良いかは、人それぞれの好みだと思います。バレエ公演の場合には全体的な演出や踊りの印象が強いので、自分は余り結末にはこだわりません。ましてやCDによる音楽鑑賞では結末の違いは関係ありません。
そもそも、この作品はチャイコフスキーの最初のバレエ音楽でしたが、初演当時、ダンサー、振付師、指揮者に恵まれなかったことから、良い評価を得られませんでした。しばらくは再演されていましたが、そのうちにお蔵入りとなり、楽譜はチャイコフスキーの書斎に埋もれていました。それが、プティパと弟子のイワノフによって復刻がなされ、チャイコフスキーが亡くなった2年後の1895年にマリインスキー劇場で蘇演されました。現在でも世界のバレエ公演では規範となる「プティパ=イワノフ版」です。ただし一般的な全曲盤レコーディングでは、チャイコフスキーの原譜に基づいて演奏されるので、曲の順番やカットの点で幾らか異なります。
自分自身はバレエを生の舞台で、しかもマリインスキー劇場の公演を観るのが何よりも好きなので、プティパ=イワノフ版のCDを聴いても何ら違和感は有りません。むしろスッキリとしていて聴き易いかもしれません。
「白鳥の湖」を聴く場合に、「全曲盤は長過ぎる」と言う人が居ますが、僕はそうは思いません。全曲で無いと聴いた気がしないのです。確かに単なる繋ぎの曲が一つも無いとまでは言いませんが、素晴らしい名曲が息つく間も無く次々と続きますので、絶対に全曲盤で聴くべきだと思います。
それでは僕の愛聴盤のご紹介です。
ゲンナジ・ ロジェストヴェンスキー/モスクワ放送響)(1969年録音メロディア盤)
全盛期のロジェストヴェンスキー/モスクワ放送響のコンビの演奏だけあって最高です。耳をつんざくような金管の強奏と躍動感溢れる切れの良いリズムが快感ですが、一方で情緒溢れるメロディはたっぷりと歌わせてくれます。オーケストラの上手さも特筆ものです。そして、この演奏でどうしても語らなければならないのが、ミヒャエル・チェルニャコフスキーのヴァイオリン独奏です。それはもうコテコテのロシア節で土臭く弾いてくれていて味わいが最高です。元々、この曲の独奏パートはコンチェルトかと思うほどに技術的にも難しく、並みのバレエ楽団のコンマスでは手に負えないのですが、この人はオイストラフかと思うくらいに上手く弾いています。長い独奏部分は、すっかりヴァイオリン協奏曲を聴いているような錯覚に陥ります。こういう演奏を聴いてしまうと、この曲はロシアの楽団以外ではちょっと聴こうという気が起きなくなります。録音は明瞭なのですが、当時のメロディア・レーベル特有の音の固さが有ります。
エフゲニ・スヴェトラーノフ/ソヴィエト国立響(1988年録音/メロディア盤)
スヴェトラーノフもロジェストヴェンスキーに負けず劣らず、というかそれ以上に濃密なロシア風の演奏です。ダイナミック・レンジの巾も微小なピアニシモから壮大なフォルテシモまで驚くほどの広がりが有ります。まるでシンフォニーのような演奏という点では随一だと思います。「くるみ割り人形」では少々極端過ぎるように感じた豪放極まりない音も、「白鳥の湖」では抵抗はありません。もちろんテンポの緩急の幅が非常に大きいので、これでバレエ・ダンサーが踊ることは不可能です。ヴァイオリン独奏は優れていてロシア的な味わいも有りますが、ロジェストヴェンスキー盤の魅力には及びません。収録曲数は多く、ほぼ完全な全曲盤と言えます。録音は比較的新しい年代ですのでメロディアレーベルとしては水準に達していて不満を感じることはありません。なお、自分は三大バレエのボックスセットで持っています。
ヴィクトル・フェド―トフ指揮マリインスキー劇場管(1994年録音/Crassical Records盤)
フェド―トフはバレエ指揮のスペシャリストで、名門マリインスキー劇場の監督も務めました。我が国の新国立劇場にも何度も客演して、レベルの向上に寄与しました。しかし管弦楽の録音が非常に少ないことから音楽ファンには余り知られません。この録音は当然プティパ=イワノフ版で演奏されていますが、素晴らしい演奏です。バレエ指揮者ですので、よく非バレエ指揮者が振るようなダンサーが踊れないような無理な指揮はしません。バレエファンにとっては心地が良く安心できる演奏です。しかしオーケストラは正しくロシアの名門劇場で、ゲルギエフが就任する前から素晴らしい演奏をしていたことが良く分かります。音楽による荒々しさと繊細さの切り替えが実に見事だと思います。ヴァイオリンのソロも上手いです。聴き慣れないレーベルですが、れっきとしたロシアレーベルで録音は優れています。
ドミトリー・ヤブロンスキー指揮ロシア国立響(2001年録音/ナクソス盤)
ヤブロンスキーは元々優れたチェロのソリストですが、指揮者としての活動がメインになっているようです。ナクソスレーベルには主にロシア作品のディスクが多数見られます。この主兵オケはかつてスヴェトラーノフが率いた楽団とは異なります。昔のロシアの楽団のようなゴリゴリと音を立てるような迫力は無く、ずっと洗練されて都会的です。ただしそれはロシア伝統の音の上の比較で、他のヨーロッパ諸国の楽団の音と比べれば、しっかりとロシア的な味わいを与えてくれます。ヤブロンスキーの指揮もオーソドックスでスマートです。比較的ゆったりとしたテンポで、これみよがしなハッタリは見られません。録音は優れていますし、余りに強いロシア臭さは嫌だという方には案外良い選択かも知れません。どんなに綺麗な音でも、たとえばサバリッシュとフィラデルフィア管との録音のように全くロシアの香りがしない演奏では困ります。
ワレリー・ゲルギエフ/マリインスキー劇場管(2006年録音/DECCA盤)
これもプティパ=イワノフ版ですが、さすがはゲルギエフで素晴らしい演奏です。録音の優秀さもあって、オーケストラの響きが本当に美しいです。「白鳥の湖」で、これほどまでの美しさで詩情豊かな演奏というのは聴いた記憶が有りません。もちろんチャイコフスキーですので、荒々しいロシア的な音に欠ける訳ではありませんが、このいじらしいまでのデリカシーに溢れた演奏に接してしまうと、これは絶対に外すことが出来ません。但し、全体的にテンポ設定が速いので、不満と言うほどでは無いのですが、幾らかせわしなさを感じてしまう部分も有ります。ヴァイオリン独奏も上手いのですが、割に平凡な印象で、特にロジェストヴェンスキー盤の素晴らしさにはほど遠いです。
以上の5種類はどれもロシア人指揮者とロシアのオーケストラの演奏です。むろん過去には非ロシア演奏家のものも聴きましたが、「白鳥の湖」の音楽の持つロシア的な旋律や味わいの要素を表現し切れていませんでした。作品の舞台設定がドイツの深い森とはいえども、曲の持つロシア音楽の特徴を無視することは出来ないからです。
これらの中から一般的には録音が優れていて演奏も美しいゲルギエフ盤をお勧めするべきでしょうが、ロシア的な荒々しさとヴァイオリン独奏部分に抗しがたい魅力を感じている自分は、あえてロジェストヴェンスキー盤を第一に取ります。
舞台映像版のDVDについてもご紹介しておきます。
マリインスキー劇場(2006年収録/DECCA盤)
この伝統ある劇場の監督であるワレリー・ゲルギエフ自身が指揮をしています。なお上記のCDとは別の劇場収録です。オデットは看板のロパートキナです。彼女は顔立ちが美しいので大好きです。ゲルギエフの振るテンポは、やはりコンサート向きなので、ダンサーにとっては速過ぎたり遅過ぎたりと随分踊りにくそうな部分が見うけられます。そのために、純粋なバレエ・ファンからは必ずしも評判は良くないようです。けれども僕は純粋なバレエ・ファンでもありませんし、この演奏は大好きです。何といっても、オーケストラが優秀です。日本で公演を行う場合には、お世辞にもキーロフ管本来のレベルではありませんが、この収録では高い演奏レベルを聴かせてくれます。舞台映像用の「白鳥の湖」で、これ以上の管弦楽演奏はまず望めないでしょう。これほど音楽的に素晴らしい「白鳥の湖」のバレエ公演は有りません。もちろん伝統的な舞台演出も最高で、全体の薄明るく淡い色彩が本当に美しいです。そしてマリインスキーのコール・ド・バレエの素晴らしさ。これは生の舞台に接すると本当に言葉にならないのですが、DVDでも充分にその美しさを味わえます。
演出も最後に王子が見事に悪魔を倒してハッピー・エンドとなるオーソドックスな終わり方なので安心。この素晴らしいDVDは、普段バレエを見ないクラシック音楽ファンにこそ是非観て頂きたいお薦めです。
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