お正月気分もどこへやら。すっかり元のせわしない生活に戻ってしまいました。しかも、寒さも厳しさを増して、明日は関東でも雪になるかもしれないそうです。こんな時には家で暖炉にあたりながら音楽を聴いていたいです。と言いたいところですが、我が家に暖炉なんてものは無いので、エアコンとファンヒーター併用でぬくぬくしながら音楽を聴きます。(^^)
冬にはやっぱりチャイコフスキーの音楽がうってつけです。凍てつくロシアの大地を想像しながら、ワシーリーやゴーゴリー(誰だそれ?)になった気分で彼の音楽を聴いていれば、気分はすっかり冬のロシアです。
チャイコフスキーは交響曲、ピアノやヴァイオリン協奏曲、それにバレエ音楽も良いですが、室内楽にも名作が有ります。弦楽四重奏曲や六重奏曲です。しかし、なんといってもピアノ三重奏曲が群を抜いた出来栄えの傑作です。「偉大な芸術家」というのは、モスクワ音楽院の初代院長でピアニストのニコライ・ルービンシュタインのことです。(ポーランド出身のアメリカの大ピアニストのことでは有りません。)その院長の死を弔って書いた作品です。曲は長大壮大で、演奏時間に約50分を必要とします。第1楽章の中心となるのは悲歌風の主題ですが、それがチェロ、ヴァイオリン、ピアノと交代に何度も繰り返されます。なんと悲しくも美しいメロディなのでしょうか。チャイコフスキー一世一代の名旋律です。第二主題以降も魅力に溢れていて、本当に息つく暇も与えません。長大な第1楽章はこの曲の前半部分であり、後半は二部に分かれた第2楽章です。僕は延々と変奏の続く第2楽章も大好きです。変奏の一つ一つが、とてもしゃれていたり、激しかったりと、本当に変化に富んでいる傑作だからです。
この曲は彼の交響曲、それも後期のそれらと比べても、同等かそれ以上に好きなのです。同じピアノ・トリオで比較をしても、僕の大好きなブラームスの3曲よりも好きかもしれません。
さて、それでは、僕がぬくぬくと部屋で温まりながら聴いているCDをご紹介させて頂きますので、どうぞお付き合いください。
コーガン(Vn)、ロストロポーヴィチ(Vc)、ギレリス(Pf)(1952年録音/ビクター盤) これは昔、新世界レコードから出たLP盤で何度も愛聴した演奏です。少々古いモスクワでの録音ですが、3人の技術的レベルと音楽性が正に最高です。これから西側の音楽界へ羽ばたいて行こうとする若き3人の実力と気迫が凄まじいのです。三者が真剣で切り合うような凄みに満ちていますが、各者の力量が全くの同格ですので、見事な黄金比を形成しています。しかも全員が純血ロシアンメンバーですので母国の音楽への共感が限りなく深く、一つ一つの節回しにロシアの味わいが滲み出ています。正に桁違いの演奏です。この録音は、以前ビクターがCD化しましたが、現在は廃盤です。強音部で幾らか音が割れますが、全体的には良好の音質です。現在はカナダのDremiがセット物で出しているのみだと思います。やや高価ですが、この演奏を聴くだけでも充分に価値が有ると思います。
G.フェイギン(Vn)、V.フェイギン(Vc)、ジューコフ(Pf)(1973年録音/ビクター盤) 当時は良く知られたピア二ストのイーゴリ・ジューコフが組んでいたトリオの演奏です。ヴァイオリンのグリゴリー・フェイギンは後年日本でも教鞭を取った名手、チェロのヴァレンティン・フェイギンはグリゴリーと兄弟です。ちなみにその息子のドミトリー・フェイギンも現在東京音大教授のチェリストです。流石はファミリーが脇を固める常設トリオだけあり、演奏の息の合い方は見事ですし、どこをとってもロシアそのものの歌いまわしに魅了されます。この伝統的なロシアン・スタイルの演奏をステレオ録音で聴けるのは貴重です。
スーク(Vn)、フッフロ(Vc)、パネンカ(Pf)(1976年録音/スプラフォン盤) これは僕が学生の時にベストセラーになった演奏でした。このトリオはいかにも「室内楽」という感じで好感は持てるのですが、その分スケールは小さく、スーク以外の2人の技術が弱いです。なのでチャイコフスキーあたりになると聴いていてどうしても物足りなさを感じてしまうのです。ですので正直言って、この演奏でこの大曲を心底味わえるとは思えません。
カガン(Vn)、グートマン(Vc)、リヒテル(Pf)(1986年録音/Live Classics盤) これも純血ロシアンメンバーの演奏です。既に老境入りのリヒテルと若手2人との組み合わせなので、完全にリヒテル翁が主導権を握っています。翁の手のひらの上で2人が懸命に踊っている感じなのです。従ってコーガン達盤のような凄みに不足するのはやむを得ません。またライブ録音なので傷も多いですが、逆に感興の高さは充分です。スケールの大きさも素晴らしいですし、ロシアの味わいや悲歌の表現ぶりも見事です。
キョンファ(Vn)、ミュンファ(Vc)、ミュンフン(Pf)(1988年録音/EMI盤) 純血コリアンブラザー&シスターズの演奏です。ブラームスの時にも書きましたが、韓国の人は「恨(ハン)」という朝鮮民族特有の性質を心に秘めているそうです。なのでこういう悲歌を歌わせると実にツボにはまるのです。ロシア風とはちょっと違いますが、エレジーでの泣き節が非常によく似ている気がします。チェロが若干弱さを感じさせますが、それでも3人とも立派に弾いていて、なかなか見事です。
レーピン(Vn)、ヤブロンスキー(Vc)、べレゾフスキー(Pf)(1997年録音/Erato盤) ロシアの若手3人による新しい録音についてもご紹介しておきます。先輩達の歴史的録音のように大見得を切る事は有りません。それではこの演奏が味気ないかと言えば決してそんなことは無く、同郷人の共感がしっかりと胸の内に秘められているのを感じます。どの変奏曲もごく自然に歌われて曲の美しさを味わう事ができます。アルゲリッチ盤とは対照的な演奏なので好みは分かれるでしょうが、個人的にはこちらの方が好きです。テクニックも楽器バランスも申し分なく、録音も優秀です。
クレーメル(Vn)、マイスキー(Vc)、アルゲリッチ(Pf)(1998年録音/グラモフォン盤) これは東京のトリフォニーホールで演奏会が行われた際にセッション録音したものです。僕はその時の演奏会を生で聴きました。当然、前評判通りの実に興味深い演奏でありました。実力者3人がその持てる個性を披露し合ったのです。ところがどうもチャイコフスキーにはいまひとつ聞こえませんでした。演奏家の個性のほうが勝っていたのです。これは特にアルゲリッチに原因が有ると言って良いです。ご縁が有って後日、宇野功芳先生とこの時のコンサートについてお話する機会が有ったのですが、先生も僕と全く同じ感想を持たれていました。
スターン(Vn)、ロストロポーヴィチ(Vc)、ホロヴィッツ(Pf)(1976年録音/SONY盤) 凄い顔ぶれですが、この演奏は番外です。何故ならこれはカーネギーホール85周年記念演奏会で第一楽章のみ演奏された録音だからです。3人とも元々はロシア出身なのでこれもほぼ純血ロシアンメンバーと言って良いです。しかしホロヴィッツの個性が余りに強烈であるのとマイペースなので、コーガン達盤のような黄金バランスによる凄みは有りません。またライブ録音の為にどうしても音量バランス的にもピアノが勝っています。ですが、それでも聴き応え充分のこの演奏、もしも第二楽章も演奏されていればコーガン達盤に並び得る唯一の録音になっていたことでしょう。非常に残念です。
以上、この曲はコーガン/ロストロポーヴィチ/ギレリス盤が余りに凄すぎるので、他の演奏が少々気の毒です。それにしても、このような天下の名演がずっと廃盤のままというのは、一体なんとしたことでしょうか。レコード会社の見識の無さには呆れるばかりです。
なお、入手しやすいもので1枚、録音の良いものを求められる方にはレーピン達のCDを強くお薦めします。
<後日記事>
チャイコフスキー「偉大な芸術家の思い出」 もうひとつの名盤
チャイコフスキー「偉大な芸術家の想い出」 クレーメル新盤
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