シューマン 歌曲集「詩人の恋」op.48 名盤
「Dichterliebe/詩人の恋」。なんともしびれるタイトルではありませんか!目に見える風景や心の憧憬、また様々な美や時には醜さをも言葉に移し替える才能を持っているのが詩人です。ですが、人間は誰でも詩人になってしまう時があります。そうです、それは恋をしている時です。憧れの人、愛する人のことを想っては、喜びや悲しみを胸いっぱいに感じるのです。恋をする人間は誰しもが"心の詩人"なのですね。
僕はこの歌曲集が昔から大好きです。シューベルトの三大歌曲集と比べても、ひょっとすると「詩人の恋」のほうが好きかもしれません。この曲集はなんといってもロマンティックです。ハインリッヒ・ハイネによる詩の持つイメージを更にロマンティックに仕立てているのはシューマンの音楽です。第1曲「麗しくも美しい5月に」からして歌詞は明るい春の印象なのに、曲を聴くとほの暗くてまるで秋の印象です。
連続する曲にはことさらにストーリー性が有る訳ではありませんが恋する若者の心の内が様々な形で映し出されます。中には第11曲「ある若者が娘に恋をした」のように、「A男はB子に恋をした。でもB子はC男が好きだった。なのにC男はD子と結婚した。B子はやけになって行き当たりばったりの男達に身を任せた。A男はそれを見て目も当てられぬ。これは最近本当に起こったことだ。」なんてふざけた歌詞も有ります。ハイネさん、もう少し真面目に詩を書いてよね!と言いたいところですが、シューマンの音楽に免じて許してあげましょう。
僕がとても好きなのは第7曲「僕は恨みはしない」です。恋人がお金に目がくらんで金持ちと結婚してしまったのを一生懸命「僕は恨みはしない!」と歌っているのだけど、どう聴いても"恨み節"たらたらなんですよ。歌詞は可笑しいのだけど音楽は本当に素晴らしい。サビの最高音では脳天に突き抜ける快感をいつも感じます。第14曲「夜ごとに僕は君を夢に見る」も愛すべき一曲です。
この傑作歌曲集には名盤が目白押しですので、順にご紹介して行きたいと思います。この曲集はピアノの重要度合がシューベルトの歌曲集あたりにに比べると遙かに高いでのす。その点も好き嫌いの重要なポイントになります。
シャルル・パンゼラ(Br)、コルトー(Pf)(1935年録音/Dante盤) パンゼラは戦前に人気の有ったスイス生れのリリック・バリトン歌手で、主にフランス歌曲を得意としていました。さすがに大時代的なオールドスタイルなのですが、甘く語りかけるように歌われるので、得もいわれぬ懐かしさを感じます。コルトーのピアノももちろんいつものようにルバートを多用した極めて自由でロマン的な弾き方です。70年前には、このような演奏が存在した事実を知ることは貴重だと思います。興味をお持ちの方は是非一度聴いてみてください。
ジェラール・スゼー(Br)、コルトー(Pf)(1956年録音/Green Door盤) コルトーはパンゼラ盤から約20年後にフランスの名バリトン、スゼーと共演しました。そのライブ録音です。スゼーはとても美しい声でたっぷりと情感を込めて歌います。その表情の豊かなことはパンゼラ以上とも言えますが、パンゼラほどの古めかしさは感じさせません。コルトーのピアノは益々自由自在で浪漫の香りがいっぱいです。なお「僕は恨まない」の最高音はパンゼラもスゼーもオクターブ下げて歌っています。
フリッツ・ヴンダーリッヒ(T)、ギーゼン(Pf)(1965年録音/グラモフォン盤) 若くして亡くなったヴンダーリッヒはいまだに人気の衰えないドイツの名テナーです。シュライヤーの端正な歌唱と比べると、もっとずっとロマンティックに歌い上げます。そこが彼の最大の魅力です。ですのでスタイルとしてはやや昔の歌手に近く感じます。彼は「詩人の恋」を得意としたので、グラモフォンのスタジオ録音以外にも、ザルツブルク、ハノーバー、エジンバラでの3種のライブ録音が有ります。一般的には音質、歌唱、ピアノの安定性から言ってグラモフォン盤を聴いておけば間違い有りません。
フリッツ・ヴンダーリッヒ(T)、ギーゼン(Pf)(1966年録音/MYTO盤) 3種のライブ録音では、ザルツブルクとエジンバラは評論誌でもしばしば紹介されますが、何故か紹介されないのがこのハノーバー盤です。死の年の演奏会ですが、よほど調子が良かったのでしょう。安定して崩れが見られず、それでいて情感を一杯に湛えた完璧と言える歌唱です。ステレオでの録音状態も良くファンは何を置いても必聴です。ただこのディスクはかなりレアなので中古店でも滅多に見かけません。もしも見かけた場合は非常に運が良いですよ。
フリッツ・ヴンダーリッヒ(T)、ギーゼン(Pf)(1966年録音/MYTO盤) ヴンダーリッヒが階段から転落した怪我が元で亡くなる13日前のエジンバラでのライブ録音です。評論家によってはこの演奏が一番良いと述べていますが、歌唱は非常に情感豊かなものの、ピッチや伴奏ピアノにやや崩れが見られるので僕はハノーバー・ライブの方が上だと思います。死の直前のラストコンサートだというセンチメンタリズムに惑わされてはいけません。ただ僕は正規音源のディスクではまだ聴いていません。
ペーター・シュライヤー(T)、シェトラー(Pf)(1972年録音/Berlin Classics盤) 名ドイツテナー、シュライヤーの若き録音です。僕が最初に買った「詩人の恋」はこのアナログLPでした。当時はグラモフォンから出ていました。とにかく若々しく伸びのある美声に聴き惚れます。かっちりと歌うスタイルは正統派のドイツリートと言えるでしょう。透明な叙情をいっぱいに湛えるあたりはピアノに例えればさしずめポリーニでしょうか。伴奏のシェトラーはシュライヤーにピッタリの端正でとても上手なピアノを聞かせています。
ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウ(Br)、エッシェンバッハ(Pf)(1974年録音/グラモフォン盤) 語るような歌唱はドイツリートとしては正統派の代表格。そして何と上手いのでしょう。上手過ぎに感じます。余りに完璧で欠点が無いのが欠点なのです。人間もそうですよね。余りに完全無比な人間はどこか近寄り難くて周りから嫌がられるものです。感心はするけれど感動はしない。僕にとってはそういう歌手なのです。ですので、この演奏は評判は大変良いですが余り聴きません。余談ですが、完全な美よりもむしろ不完全な美の方を好むというのが、かの千利休の茶の道であったとか。美の追求というものは実に奥が深いです。
ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウ(Br)、ホロヴィッツ(Pf)(1976年録音/SONY盤) カーネギーホール85周年記念演奏会でのライブです。この演奏は凄いです。当たり前です。何しろホロヴィッツがピアノを弾いているのですから。何しろまるでピアノ独奏曲を聴いているかのような多彩な表情は他のピアニストと次元が異なります。主役は完全にピアノ。さしものディースカウの歌もおまけ。そんな印象です。とは言え、第6曲「神聖なラインの流れに」、第7曲「僕は恨まない」、第16曲「いまわしい昔の歌」、の迫り来る迫力はディースカウの歌唱も実に凄いです。
ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウ(Br)、ブレンデル(Pf)(1985年録音/フィリップス盤) ディースカウが一時的に声の調子を落とした時期に伴奏者に選んだのはブレンデルでした。他にも「冬の旅」や「白鳥の歌」の録音が有ります。完璧な声を失ったおかげで、持ち前の演出臭さが消えたので、逆に"歌の真実性"を感じられるようになりました。ブレンデルも独奏の場合は決して好きなピアニストでも無いのですが、歌曲伴奏をさせたらこの人は凄いです。かっちりと弾いているのに、その表現力には驚かされます。ですのでこの2人の共演はなかなか好きです。
クリストフ・プレガルディエン(T)、シュタイヤー(Pf)(1993年録音/ハルモニアムンディ盤) この歌手はブログお友達のaostaさんに教えて頂いたディスクです。プレガルディエンはシュライヤー以上に正統派のリート歌い手だと思います。その美しい語りはまるで詩の朗読を聴いているようです。その点ではフィッシャー=ディースカウと並ぶのではないでしょうか。それに僕はこの歌曲集はテノールで歌われた方が好きなのです。いかにも若者の甘い恋の歌というイメージになるからです。
僕がこの中で特に好きなのは、まずヴンダーリッヒのハノーバー・ライブ。それにヴンダーリッヒのグラモフォン盤。もう一つ上げればスゼーとコルトーのライブ。ピアノではホロヴィッツとブレンデル。といったところです。
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