シューマン(器楽曲)

2013年10月 2日 (水)

シューマン 「幻想曲」 グリゴリー・ソコロフの名演

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1950年生まれのロシアのピアニスト、グリゴリー・ソコロフは、16歳でチャイコフスキー・コンクールにおいて、委員長のギレリス以下、審査員全員一致で優勝して国際的に注目されたという輝かしいキャリアの持ち主です。けれども、その割にはレコーディングが極端に少ない為でしょうが、日本においては「知る人ぞ知る名ピアニスト」といった存在です。それでも、このブログのお友達の中にもyoshimiさんやぴあのぴあのさんのような絶大なソコロフ・ファンも、しっかりと存在しています。ソコロフは幾つかの録音を聴いただけでも、大変なピアニストであることに疑う余地は有りません。例えば、パリでライブ録音されたショパンの「24の前奏曲集」などは、その表現力とテクニックにおいて驚くべき名演奏でした。

そのソコロフが1984年から1988年にかけてソヴィエト時代に国内で行ったリサイタルの録音集がロシアのメロディア・レーベルからボックスCD化されているので入手しました。
全部で4枚のCDに収録されているのは、ベートーヴェン「ディアベッリ変奏曲」、ショパン「練習曲」作品25、ブラームス「3つの間奏曲」作品117と「2つのラプソディ」作品79、シューマン「幻想曲」とピアノソナタ第2番という内容ですが、他に1966年のコンクール優勝を記念してのチャイコフスキーの協奏曲、それにサン=サーンスの協奏曲第2番も収められています。

どの曲もこの人の実力を改めて感じる素晴らしい演奏なのですが、特に感銘を受けたのは、ロベルト・シューマンの2曲です。

「幻想曲」ハ長調 作品17は、個人的にはあらゆるピアノ独奏曲の中でも1、2を争うほどに溺愛している曲ですが、これまではリヒテルが1961年にEMIに録音した演奏と1980年のブダペストでのライブ録音を特に愛聴していました。それに次ぐのがホロヴィッツの1965年のカーネギーホールでのライブ演奏でしょうか。ところが、ソコロフが1988年にレニングラードで行なったこの演奏は、あのリヒテルに匹敵するほどの素晴らしさでした。

第1楽章では非常にゆったりとしたテンポで一音一音に深い意味を与えるように実に丁寧に弾いてゆきます。この曲の持つ、どこまでも深く沈滞するロマンティシズムを存分に感じさせます。その点ではリヒテルと良い勝負です。録音も中々に優れていて、この人の粒立ちの良いタッチによる繊細で美しい音が忠実に捉えられています。その点、EMIの録音が今一つであるリヒテル盤に対して非常にアドヴァンテージです。第2楽章はリヒテル以上に遅いテンポで大きなスケールを感じさせますが、一方リヒテルに感じられる熱い情熱のほとばしりは希薄となって幾らかクールさを感じさせます。これは好みもありますが、どちらかといえば僕はリヒテルのほうを取りたいと思います。再び第3楽章で訪れる沈滞ぶりもリヒテルとは優劣が付け難く、両者引分けです。

というわけで、全体の演奏を比べても、リヒテルとは全くの互角。録音を含めて、もしも他人にお勧めするとすればソコロフになりそうです。まさか、あのリヒテルの歴史的な名盤に匹敵する演奏が聴けるとは思ってもみませんでした。この人は本当に凄いピアニスト、いや大芸術家だと思います。

ちなみに、ピアノソナタ第2番も極め付きの名演奏ですが、こちらは次のシューマン特集の時に記事に取り上げたいと思っています。

<関連記事>
シューマン 「幻想曲」ハ長調 作品17 名盤 ~幻想と情熱~

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2012年5月25日 (金)

シューマン 「子供の情景」op.15 名盤 ~子供は眠る~ 

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「眠る子供たち」 ワシーリー・ペローフ(ロシア)

僕は、どちらか言えばピアノ曲よりも、ヴァイオリンや室内楽を聴くことが多いのですが、ピアノ曲も決して嫌いなわけではありません。ベートーヴェン、ショパン、シューマン、シューベルトあるいはドビュッシーなんかも結構好んでいます。中でもシューマンの曲は、自分の肌に一番合っていると思います。明暗が余りはっきりとしないマーブル色の色彩の曲想に、とても惹きつけられるのです。

シューマンのピアノ作品の中では、とりわけ「幻想曲」「クライスレリアーナ」「交響的練習曲」の3曲を好んでいます。楽曲の充実感が群を抜いているからです。それ以外の曲で上げるとすれば、「幻想小曲集」が好きですが、もう一つ「子供の情景」も中々気に入っています。

「子供の情景」を聴いて思い出すのは、児童文学作家の森絵都(もり・えと)さんの短編小説「子供は眠る」です。主人公の中学生が、何人かのいとこたちと海の近くの別荘で夏休みを過ごす話ですが、別荘の持ち主の家の年長のお兄さんが、毎晩、「音楽鑑賞の時間だぞ」と言って、みんなに無理やり「子供の情景」のレコードを聴かせます。ですので、みんなはすぐに眠くなってしまい、最後まで聴き通せないのですが、その時の子供たちの様子や別荘での生活ぶりが、詩情豊かに描かれていて、大変ほのぼのとした気持ちになります。

さて、シューマンの「子供の情景」は、全部で13曲から成ります。

「知らない国々」「珍しいお話」「鬼ごっこ」「おねだり」「満足」「大事件」「トロイメライ(夢)」「炉辺で」「木馬の騎士」「むきになって」「おどかし」「子供は眠る」「詩人のお話」

これらはすべて3分以内、短いものは30秒ほどの小曲ばかりです。子供のためのアルバム、と言えるのでしょうが、単に子供に弾かせるためのピアノピースということではありません。大人が自らの子供時代の回想をしているような趣が有ります。シューマン自身も、クララから「ときどき、あなたは子供に見える」と言われた言葉の余韻の中で作曲をしたそうです。シューマン特有の光りと影のまだら模様の雰囲気が、全曲に共通して感じられます。

第6曲「トロイメライ」は最も有名で、美しさの極まった名曲ですが、こういう曲は演奏が案外難しいと思います。情緒を感じさせてくれなくては話になりませんが、かといって余りにゆっくり思いを込め過ぎても、もたれてしまい旋律線があやふやになります。いくら「夢」だといっても、それは困ります。

第12曲「子供は眠る」は、子供の寝ている姿を眺めて幸福感に浸るというよりも、「大人になってしまった自分は、もう二度と幸せな子供の頃には戻ることが出来ないのだなぁ」という寂しさや哀しさを感じます。この曲と、それに続く終曲「詩人のお話」は、いかにもシューマンらしい沈滞した雰囲気に包まれています。

それでは、この曲の愛聴盤のご紹介です。

51lod210vsl__ss500_ ウラジーミル・ホロヴィッツ(1969年録音/CBS SONY盤) ホロヴィッツの弾く「クライスレリアーナ」は最高でしたが、「子供の情景」にも一切手を抜きません。ピアノタッチが明瞭で、音符の全てが光り輝いています。とても子供のためのアルバムどころではありません。「トロイメライ」の美しさも際立っています。それに比べると、最後の2曲は、意外にあっさりと流れてしまい、もう少し余韻を感じさせてくれても良かったように思います。

61ez9sietxl__ss500_ ウィルヘルム・ケンプ(1972年録音/グラモフォン盤) ケンプの演奏は、少しもヴィルトゥオーゾ的で無いので、曲によっては物足りなさを感じることが有ります。もちろんそれは、この人の魅力の裏表なのですが。その点、この曲では、少しも物足りなさを感じません。老ケンプが、子供時代に馳せる思いを淡々と弾き表す姿には、とても心を打たれます。特に「子供は眠る」から「詩人のお話」へと続く終曲では、何と深い感動に包まれることでしょうか。

51mmmcehxil__ss500_ マルタ・アルゲリッチ(1983年録音/グラモフォン盤) アルゲリッチにしては、案外淡々と弾いています。それでもテンポや音の強弱にメリハリが適度に効いていて、バランスの良さを感じます。僕が彼女の演奏でしばしば気に入らない原因となる「あざとさ」を少しも感じさせません。但し「トロイメライ」は、弱々しくのっぺりし過ぎで物足りません。逆に最後の2曲では深々と余韻を感じさせてくれます。ピアノ演奏は難しいものです。

この3つの演奏はどれも特徴が有りますが、全曲を聴き終わった後に、一番「良かったなぁ」と思わずにいられないのは、ケンプです。特に最後の2曲の良さが光ります。終わりよければすべて良しですが、この曲の場合には特にそう感じます。

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2009年9月27日 (日)

シューマン 「交響的練習曲」op.13 名盤

D9ed3d67b74eacfa20896dcbce91a780 「交響的練習曲」は「幻想曲」「クライスレリアーナ」と並ぶシューマンのピアノ曲の最高傑作の一つであるだけあって実に素晴らしい作品です。作品の充実度という点だけで無く、自分の”好きな曲”という基準でもこの3曲は抜きん出た存在です。この「交響的練習曲」は主題と12の変奏曲形式の練習曲から出来ていますが、その美しい主題は一時シューマンの婚約者であったエルスネティーネ嬢の父親のフリッケン男爵の作です。シューマンはこの曲を一度改定したことが有りますが、その時には「変奏曲形式による練習曲」とタイトルを変えました。ですが現在では「交響的練習曲」の名で呼ばれる元の版で演奏されています。但しブラームスにより校訂された第3版では遺作の5曲の変奏曲が更に加えられています。それぞれの変奏曲は流れるように連続しており、かつロマンティックなシューマンの音楽そのものです。終曲第12変奏の生命力溢れる付点リズムも交響曲第4番の終楽章に見られる典型的なシューマンの音形です。

この曲にも昔から愛聴している演奏が幾つか有りますので是非ご紹介します。

Cci00021 アルレッド・コルトー(1929年録音/Dante盤) 学生時代にFMから録音して何度も繰り返して聴いた演奏です。元の録音が秀れていたのでしょうが、Danteの復刻は年代が信じられないほど優秀です。低音から高音域までピアノの音に輝きが有ります。コルトーのピアノは相変わらず自在なテンポの変化が天才的ですし、何よりもその濃厚なロマンティックさに魅惑されてしまいます。彼の「クライスレリアーナ」を遙かに凌ぐ出来栄えです。この演奏は是非とも聴いて頂きたいと思います。

Cci00020 ウィルヘルム・ケンプ(1972年録音/グラモフォン盤) ここでもケンプはとても誠実で堅実なドイツ風の演奏を聞かせています。但しこの曲の「変奏曲」という自由な形式の割りには少々一本調子で融通が利かない印象なのがマイナスです。どちらかいうと「練習曲」としてピアノ学習者が参考に聴くにはとても適していると思うのですが、コルトー、リヒテルのような破格の表現力のピアニストの間に挟まれると、音楽が少々堅苦しく感じられてしまいます。ピアノの音質自体はとても好ましいのですけれども。

Cci00023 スヴャトスラフ・リヒテル(1977年録音/オイロディスク盤) コルトーにも充分匹敵するほどにロマンティックな演奏です。しかもテクニックはコルトーなど問題にならない上手さです。それでもこの人にピアニスティックなイメージは無く、あくまでも音楽そのものを感じさせます。洗練され過ぎることなくやや朴訥なタッチなのですが、その点もシューマンに実に適していると思います。どの変奏曲も変化と勢いに富んでいて実に聴き応えが有りますし、第12変奏の力強さや見事な高揚ぶりは聴き終えた後に満足感でいっぱいになります。総合的にやはり僕の一番好きな演奏です。

Img944e66f5zik5zj マウリツィオ・ポリーニ(1981年録音/グラモフォン盤) 冒頭の主題から第1変奏ではこれがポリーニかと思えるほどのロマンティックな表情です。けれどもそれは濃厚な浪漫というよりは、透明な詩情という感じなので、例えばリヒテルのスタイルとは全く異なります。またピアニスティックな打鍵の固さをそれほど感じさせないので、以前の「幻想曲」よりもずっと良いと思います。第12変奏の切れ味はさすがポリーニ。自分の好みではスタイリッシュに過ぎて今ひとつなのですが、この方が好きだと思われる方もきっと多いと思います。ポリーニのベストのシューマン演奏としてお薦めできます。 

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2009年9月23日 (水)

シューマン 「クライスレリアーナ」op.16 名盤 ~クララへ捧ぐ~ 

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シューマンのピアノ曲で「幻想曲」と並ぶ傑作は、やはり「クライスレリアーナ」でしょう。一般的に人気が高いのはむしろ後者かもしれません。シューマンはこの作品をショパンに献呈しましたが、作曲過程の段階では恋人のクララに捧げました。当時、クララの父親の反対によって、会うことさえ思うようにならなかった未来の妻への情熱と愛をこめて作曲したのです。そのことはクララへの手紙で明らかです。「貴女はこの曲の中に自分の姿を発見して、きっと微笑むでしょう。ときおりは僕の<クライスレリアーナ>を弾いて下さい。いくつかのパッセージには激しい愛が含まれて居ます。貴女と僕の生活が含まれているのです・・・・」

「クライスレリアーナ」というのは、「クライスラーに関すること」という意味です。E.T.A。ホフマンの小説の主人公クライスラーの満たされなかったロマンスを我が身の現状に置きかえて、愛するクララへの想いを一層つのらせた曲なのです。なんともセンチメンタルなロマンティストじゃありませんか。まるで僕みたいだ!?

この曲は8曲の小曲から構成されていますが、第1、3、5、7、8曲は動的な曲で、第2、4、6曲は静的な曲です。全ての曲は有機的に連続している為に、この中のどれかの曲を抜き出して演奏する事は不可能です。

この曲は演奏によって、かなり異なった印象を与えられます。下手な演奏だと曲の真価は伝わりませんが、優れた演奏だと比類の無い傑作に聞こえるのです。演奏家の力をそのまま映す鏡のように怖い曲なのですね。ともあれ、色々なピアニストがこの曲に挑戦していますのでご紹介します。

Cci00021 アルレッド・コルトー(1935年録音/Dante盤) コルトーはいまだに熱烈なファンがいる大ピアニストです。なにしろこの人ほど下手クソでこの人ほどロマンティックなピアノを弾く人は現代には世界の何処にも存在しないからです。この演奏もやるせなくなるほどに濃厚な浪漫の香りを湛えた実に味わい深いものです。早い曲は指が回らずに音形がグチャグチャなのですが、それでも曲を聴かせてしまうところが凄いです。Dante盤の復刻は優秀なので充分に鑑賞が可能です。

51lod210vsl__ss500_ ウラジーミル・ホロヴィッツ(1969年録音/CBS SONY盤) ホロヴィッツのシューマン演奏の中でも特に素晴らしい演奏です。全盛期の絶美のタッチから噤み出される演奏にはただただ聞き惚れるしか有りません。あの真っ直ぐに指を伸ばして弾く変わったスタイルだからこそ、かくも繊細な音が出てくるのでしょうか。この人のピアノは本当に千変万化。しかも早い曲でも音符を弾き飛ばすことは決して有りません。それぞれの音の表現の意味深さは他の有名ピアニストを何人連れてきても敵わないと思います。同世代や後輩のピアニストがこの演奏を耳にしたら、この曲を弾くのが嫌になってしまうのじゃないかと思えてしまいます。

61ez9sietxl__ss500_ ウィルヘルム・ケンプ(1972年録音/グラモフォン盤) シューマンから楽譜を贈られて弾いたクララのピアノはこんな感じじゃなかったかとまたまた勝手に思っている演奏です。演奏効果を狙うような派手さの全く無いピアノだからです。演奏会場ではなく、我が家で恋人(か妻)にでも優しく弾いてもらいたくなるような演奏ですね(もちろんそんなことは無理な相談ですけれども)。裏を返せば、コンサートで聞くには物足りなく感じるであろう演奏では有ります。速い第7曲などは中間部ではなんだかバッハのように聞こえてしまいじれったくなります。優しさや愛情だけではこの曲はやはりどうにもなりません。

51mmmcehxil__ss500_ マルタ・アルゲリッチ(1983年録音/グラモフォン盤) 自由奔放で多彩な表現と、速い曲を超快速で弾くのは彼女の良くあるパターンです。初めて聴く時には、とても興奮させられるのですが、何度も聴くとだんだんと飽きてしまいます。しかも第7曲などは余りに速過ぎるので一つ一つの音形が聞こえなくなっています。好き嫌いで言うと正直難しいところです。そうなるとホロヴィッツ・シンドロームとでも言いましょうか、ホロヴィッツを越えられる演奏などというものは存在し得ないのではないかと思えてしまうのです。

Medium_image_file_url ワレリー・アファナシエフ(1992年録音/DENON盤) 確かに「鬼才」と呼ばれるだけあって一筋縄では行かない演奏です。異型の曲を、それ以上に異型に演奏しています。アルゲリッチと同様に速い曲では必要以上に速く弾くので、やはり音形が聞こえなくなっていますが、最も驚かされるのは第8曲の異様な遅さです。何か重たいものを地面に引きずるかのような進みには唖然とします。第2曲の遅く重苦しい気分も独特です。一度取り付かれると、この演奏には麻薬のような魅力が有るかもしれません。ロベルトとクララもこの演奏には驚いているのではないでしょうか。

51ng8mv49ll__ss500_ エレーヌ・グリモー(1998年録音/DENON盤) この当時録音したブラームスの協奏曲第1番はザンデルリンクの伴奏指揮の素晴らしさと相まってそれは見事な演奏でした。独奏曲もやはり優れていました。その期待をもって聴いたところ、やや期待はずれといったところしょうか。このような一癖も二癖も有る様な破格の曲というのは若手にとってはなかなか難しいのでしょうね。とは言え、確かなテクニックに支えられた、正攻法で等身大のシューマンの印象は決して悪くはありません。それになによりも彼女は美人なので全てを許せてしまいます。

694 マウリツィオ・ポリーニ(2001年録音/グラモフォン盤) デビューから40年という長い時が過ぎたポリーニが、一体どのようにシューマンの難曲を聴かせてくれるのだろうかという興味で聴いてみました。けれども答えはよく分かりませんでした。テクニック的にはまだまだ上手いものの、若い時のあの凄みは有りません。ピアノの音にかつての「幻想曲」のような力こぶは感じられないので良いのですが、かと言って音楽に優しさとか愛情が感じられるという訳でも有りません。ポリーニはこれから先はどんなピアニストになるのでしょうね。

これらの中で他の演奏を断然圧倒しているのはホロヴィッツです。奇跡的な完成度のシューマンと言って良いのではないでしょうか。こんな演奏が存在すると、その他の演奏家は非常に分が悪くなりますが、もう一人選ぶとすれば僕はアファナシエフを上げたいです。この演奏も「クライスレリアーナ」を愛好する人にとっては必聴だと思います。

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2009年9月19日 (土)

シューマン 「幻想曲」ハ長調op.17 名盤 ~幻想と情熱~ 

Syumans 随分と秋めいて来ましたね。夏の暑い間はクラシックを余り聴きませんでしたが、芸術の秋ともなると無性に聴きたくなります。それも特にドイツ・ロマン派の音楽にどっぷりと浸りたいところです。なんとなく寂しく思えて人が恋しくなる今頃の季節には、何といってもロマンティックで心の奥底に優しく染み入って来るようなロベルト・シューマンの音楽が最高です。実は自分はブログ友達のはるりんさんが主催する「シューオタ同盟」の一員なのですが、その割りにこれまでシューマンの記事をほとんど書いていませんでした。そこで好きな曲を中心に記事にして行きたいと思います。

シューマンは、もちろん様々な編成の曲を書いてはいますが、シューマンの最もシューマンらしい音楽と言えばやはりピアノ曲だと思います。そして個人的にはピアノ曲に限ってはベートーヴェンよりもショパンよりもシューマンが好きなのです。感覚的に一番しっくり来ますし、最も僕の心を打つのです。その中でも特に好きな曲といえば、何を置いても「幻想曲」ハ長調です。僕はこの曲と心中しても構わないほどです(古い表現だなぁ)。たとえベートーヴェンのどんなピアノ・ソナタを持ってきてもこの曲のほうが好きなのです。

この曲は元々は1836年ボンでベートーヴェンの没後10年の記念碑を建てる計画が持ち上がった時にシューマンが募金集めの為に書いたソナタでした。ですが出版の時に「幻想曲」とされたのです。この頃、シューマンは後に夫人となるクララ・ヴィークと恋人関係でしたが、クララの父親に結婚を反対されて「別れなければシューマンを殺す」とまで言われたそうです。そんな不安定な心とクララへの愛と情熱とが入り混じってこの作品は書かれたのでしょう。第1楽章には「非常に幻想的、情熱的に」と記されています。シューマン自身もこの楽章を「クララを失ったといううめきに突き動かされて書いた」と述べています。音楽的にも劇的に変化に富んだ実に素晴らしい楽章です。第2楽章は一転して輝かしい音楽になりますが、どことなく屈折した翳りを感じます。第3楽章はひたすら静かに続くモノローグですが時に胸の高鳴りが押さえ切れなくなります。

それでは僕の愛聴盤です。さすがにこの曲には良い演奏が目白押しです。

41dm63skc4l__ss500_スヴャトスラフ・リヒテル(1961年録音/EMI盤) シューマンはリヒテルの最も得意とするレパートリーの一つです。この人はモーツァルトやベートーヴェン、ブラームスの場合にはしばしばガサツな演奏をしますが、シューマンでは繊細で心のこもり切ったピアノを聞かせます。非常にスケールが大きく、この曲の枠を少々はみ出すほどですが、立派さという点では比類が有りません。第1楽章ではシューマンの心のうめきを他の誰よりも激しく感じさせます。第2楽章もスケールの大きさと高揚感とが共存して素晴らしいですし、第3楽章の深い祈りも最高です。録音は少し古めかしさを感じますが、演奏の素晴らしさではいまだに群を抜いていると思います。

Schucci00019 スヴャトスラフ・リヒテル(1980年録音/カナダDOREMI盤) 輸入マイナーレーベル盤です。EMI盤も素晴らしいのですが、それを更に上回る演奏です。ブダペストでのライブですが音質には充分満足できますし、ピアノの音はEMI盤よりもよほど好きです。EMI盤の音楽の深さとスケールの大きさをそのままに、実演の高揚感を更に増した稀有な名演奏だと思います。よほど絶好調だったようで、完成度が高く目立つミスもほとんど有りません。リヒテルには1969年のライブ録音も有りますが、出来栄えはこちらのほうがずっと優れていると思います。

41rkeftwicl__ss500_ ウラジーミル・ホロヴィッツ(1965年録音/CBS SONY盤) ホロヴィッツが12年という長いブランクから復帰したカーネギーホールでのライブ録音です。この人もシューマンを非常に得意にしていて、美しいピアノタッチと千変万化の表現力には圧倒されます。ピアニスティックな面白さではリヒテル以上です。それでいてシューマンのある種不健康なロマンの香りも漂わせているために、聴いていて音楽にどっぷりと浸ることができます。さすがは20世紀を代表する大ピアニストです。ミスタッチは非常に多いのですが、この素晴らしい表現の前では気にもなりません。録音はとても良く録れています。 

Cci00020 ウィルヘルム・ケンプ(1971年録音/グラモフォン盤) この人のピアノの音はとても好きです。最近のピアノの音はみな大ホールに響き渡るような輝かしい音色になりましたが、僕は小さめのホールで柔らかく綺麗に響くような音の方が好きです。たとえばバックハウス。あの人やケンプの音にはとても安らぎが有ります。かと言ってケンプの演奏が聴き応えの無いなよなよした演奏ということでは決して有りません。無駄な力みが無いので自然に音楽に入っていけるということです。これは堅実なドイツピアノの良さが満喫できる名演奏だと思います。勝手な想像ですがシューマン本人のピアノはこんな感じだったのではないでしょうか。 

Dg2032thumb300xauto マウリツィオ・ポリーニ(1973年録音/グラモフォン盤) 若い頃の演奏ですが、この人としては標準レベル以下のような気がします。特に第1楽章に感心しません。タッチが固くて伸びやかさの無い、なにか非常に力みを感じるピアノの音なのです。元々そういう傾向が無いわけでは無いですが、ショパンなんかでは気にならないこの人の特質がシューマンでは気になるということでしょうか。当然ピアニスティックなタイプの演奏ですが、それがどうも音楽に奉仕していない気がします。ケンプの演奏とは対照的です。

Schumann_argerich マルタ・アルゲリッチ(1976年録音/RCA盤) この人の若い頃の演奏は、感性と直感に任せた非常に素晴らしいものが有ったり、逆に気の乗り切らないものが有ったりと、波が非常に大きかったと思います。この演奏は例によって気の赴くままに自由自在に泳ぎ回っていますが、時に矮小さを感じさせてしまうのです。感じている以上に指が小細工をしているとでもいうのでしょうか。不安定な気分はシューマン的と言えない事もないのですが、どうも音楽に前面奉仕していない気がしてなりません。第2楽章も案外平凡で高揚感に欠けます。ただしリヒテルではスケールが大きすぎてどうもという方には逆に向いているのかもしれません。

093 レイフ・オヴェ・アンスネス(1995年録音/EMI盤) 現在の若手ピアニストの中でとても好きな人です。この演奏も正攻法でとても優れています。しかも既にどこか熟した演奏家の雰囲気を持ち、若手によく感じられる拙稚さが感じられません。テクニックも非常に素晴らしいです。ただ少しだけもの足りなく感じるのは音楽の「うめき」でしょうか。その点だけが残念です。もしかして彼は恋をして、もだえ苦しんだ経験がまだ無いのかもしれませんね。 

Schucci00019b ジュリアス・カッチェン(1957年?録音/DECCA盤) 肺がんで42歳という若さで世を去った天才ピアニストです。特にブラームスの演奏に定評の有った人ですが、シューマンのこの曲も録音を残しました。この人は当時よくも悪くも「衝動にかられて情熱的に演奏する」と評されたそうです。そんな危なっかしさがシューマンの音楽に適しています。随分と即興的な弾き方ですが、それがアルゲリッチに見られるような矮小さは感じさせません。これは自然に彼の心から出た表現だからだと思います。

以上、つれづれなるままに色々と書きましたが、「幻想曲」の演奏でたったひとつ選ぶとすれば迷うことなくリヒテルの1980年のライブ盤です。もちろんEMI盤も素晴らしいですし、更に挙げるとすればホロヴィッツです。それにケンプも好きですし、結局この曲はどの演奏を聴いてもやっぱり魅了されてしまうのです。

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