シューマン 交響曲第2番 名盤 ~苦難から歓喜へ~
シューマンの交響曲でポピュラーなのは1、3、4番です。それは、どの曲にもシューマンらしいロマンティックで美しいメロディラインが沢山盛り込まれていて親しみ易いからでしょう。それに比べると2番は趣が異なり、短い動機や経過句ばかりが目立ち、明確なメロディラインが余り登場しません。そのことが一般的な人気の無さに繋がっているのだと思います。
しかし、この作品がつまらないか、というとそんなことは無く、逆にマニア好みの秀作です。特に第3楽章の悲劇的で美しい曲想には抗し難い魅力が有ります。その深々とした雰囲気に浸っていると、何となくブルックナーのアダージョでも聴いているな気分にもなります。2番は日本では演奏会で余り取り上げられませんが、ヨーロッパではむしろ2番と3番の演奏機会が多いのだそうです。ジョージ・セルのように明らかに2番を多く取り上げるマエストロも存在します。
一方で第2楽章のような難所も有ります。延々と続くヴァイオリンのスピッカートはシューマンのソナタや室内楽にもしばしば見られますが、大編成でこれを要求されると優秀なオーケストラでないと音がゴチャゴチャに聞こえてしまいます。それもまたマニアの耳を楽しませるのかもしれませんが。
シューマンはこの曲を既に精神疾患に悩まされていた1845年末から約1年間を費やして作曲しましたが、その間にも幻聴や耳鳴りのために作曲を一時中断し、双極性障害の症状も現れるようになっていました。しかし完成したこの曲の終楽章の輝かしさを耳にすると、苦難と危機を克服して書き上げることが出来た“歓喜の歌“にも思えます。
さて、それでは愛聴盤をご紹介してみたいと思います。
ジョージ・セル指揮クリーヴランド管(1957年録音/ERMITAGE盤) 2番を好んで演奏したセルには全集盤が有りますが、これはマニアには知られたルガーノでのライブ録音です。さすがと言うか、実演でもクリーヴランドの鉄壁の合奏力は揺らぎなく、切れの良さと緊迫感が素晴らしいです。難を言えば金管楽器の音色が明晰過ぎてシューマン特有のくすんだ響きからは遠い点です。
フランツ・コンヴィチュニー指揮ライプチヒ・ゲヴァントハウス管(1960年録音/Berlin Classics盤) シューマンゆかりのライプチヒのゲヴァントハウス管の演奏です。60年代初頭当時のこの楽団の古風な音色が魅力です。弦楽の厳格な弾き方は旧東ドイツ特有のものです。コンヴィチュニーの指揮はややゆっくり目に感じますが堂々と立派なもので現代のスマートな演奏とは一線を画します。聴くほどにじわじわと味わいの増す好きな演奏です。
ジョージ・セル指揮ベルリン・フィル(1969年録音/Testament盤) セルにはもう一つライブ録音が有り、ベルリン・フィルへの客演と興味深いものです。しかしこの時の演奏は非常に素晴らしいです。クリーヴランドのそれと比べてもアンサンブルは遜色なく、しかもドイツ的にブレンドされたまろやかな響きが大変に魅力的です。録音がそれほどパリッとしない分、逆にアナログ的な印象を受けて聴いているうちに全く気にならなくなります。
ウォルフガング・サヴァリッシュ指揮ドレスデン国立管(1972年録音/EMI盤) シュターツカペレ・ドレスデンの全盛期の音は柔らかく厚みが有り、いぶし銀の響きが最高です。EMIと東独エテルナとの共同制作の録音がそれを忠実に捉えています。演奏はことさら劇的に聴かせることは無く極めてオーソドックスで、全集の中では余り目立ちませんが、やはり良い演奏です。
ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送響(1979年録音/SONY盤) 導入部がゆったりと開始されたかと思うと、主部は速めのテンポで闊達になります。曲の各部の気分による変化を明確につけているのは良いのですが、幾らか小賢しさを感じないでもありません。オケのふくよかで柔らかい音は魅力的で、この曲に適しています。うるさいことを言わなければ中々に良い演奏だと思います。
ズービン・メータ指揮ウイーン・フィル(1981年録音/DECCA盤) DECCAの録音が捉えたウイーン・フィルの音がとにかく美しく、透明感が有りながらも薄さは無く、極上の響きを味わえます。メータの指揮は健康的で躍動感が有りますが、オケを適度に歌わせていて魅力的です。3楽章では静かに深く沈み込んで行く雰囲気を十全に醸し出しています。但し全集の中では1番、3番当たりの方が出来は良いように思います。
レナード・バーンスタイン指揮ウイーン・フィル(1985年録音/グラモフォン盤) バーンスタインもまた第2番を好んで演奏した一人です。ロマンティシズムに溢れ、緩急とディナーミクの振幅の幅の大きな表現です。3楽章など一瞬マーラーかと思うほどです。その為に古典的な造形感は失われていて、聴き手の好みは分かれるかもしれませんが、ウイーン・フィルの気迫あふれる力演は説得力が有り、非常に聴き応えを感じます。
ハンス・フォンク指揮ケルン放送響(1992年録音/EMI盤) ケルンの大聖堂を想わせるような響きです(なんて陳腐な言い方??)。ふくよかで目の詰んだ響きがいかにもドイツ的で、シューマンの音楽に適しています。フォンクの指揮も全体にゆったりと陰影を生かした表現で中々に素晴らしいです。終楽章の彫の深いリズムと表情も秀逸です。フォンクの残した全集には中々の名演が揃っています。
ジョゼッぺ・シノーポリ指揮ドレスデン国立管(1993年録音/グラモフォン盤) 同じSKドレスデンの演奏でも、サヴァリッシュよりもゆったり気味でスケール感が増していて堂々とした印象です。管楽器などのソロの質の高さではサヴァリッシュの録音の時のメンバーの方が上なのですが、流石に20年の差は大きく、こちらは録音の優秀さでカバーしています。
リッカルド・ムーティ指揮ウイーン・フィル(1995年録音/フィリップス盤) 颯爽としたテンポで駆け抜けるいかにもムーティらしい生命力のある演奏です。全体的にアンサンブルが非常に優れますが、それでいてメカニカルに感じないのは流石はウイーン・フィルです。また3楽章には深い味わいを感じさせます。それにはウイーン・フィルの美音を十全に捉えた録音も大きく貢献していると思います。
クリストフ・エッシェンバッハ指揮北ドイツ放送響(1998-9年録音/RCA盤) 北ドイツ放送響の厚みの有る暗い響きがシューマンの音楽にぴったりです。おまけにエッシェンバッハの指揮がじっくりとした構えでそれに輪をかけます。三楽章の悲劇的な雰囲気はバーンスタインに並びますが、どこまでも沈滞した感じが最高です。終楽章でさえ決して開放的では無く、暗さを感じさせるのがユニークです。この人の全集録音の中でも最も優れていると思います。
クリスティアン・ティーレマン指揮ドレスデン国立管(2018年録音/SONY盤) 来日の際にサントリーホールで行われた全曲チクルスのライブ録音です。後期ロマン派的な重厚感のあるスタイルで、会場で聴く生演奏は素晴らしかったと想像しますが、こうしてCD化されてみると歴代の層々たる名盤にはやや聴き劣りしてしまいます。とはいえ中では2番の演奏が最も気に入っています。
以上、中々の名演奏が並びますが、個人的には最もユニークかつ聴きごたえの有るエッシェンバッハ盤がお気に入りです。次点としてはバーンスタイン盤というところでしょうか。
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