ラフマニノフ

2016年7月 9日 (土)

ラフマニノフ チェロ・ソナタト短調 op.19 名盤

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ラフマニノフはチェロ・ソナタを1曲だけ書いていて、特別にポピュラーな存在とは言えませんが、世界的には1930年代から過去50回以上もレコーディングされており、チェリストたちの主要レパートリーの一曲です。

曲の知名度がそれほどでないのは、やはりラフマニノフ=ピアノのイメージが強いからかもしれません。けれどもこの人は、交響曲や合唱曲に素晴らしい作品を残していますし、ピアノのイメージが余りに強過ぎるのも考えものです。

このチェロ・ソナタにしても、聴き込めば紛れもなくラフマニノフのあの深い憂愁とロマンティシズムに溢れた名作なのです。

曲は全四楽章構成であり、スケールの大きさを感じさせます。緩徐楽章の前にスケルツォ楽章が加えられています。

第1楽章の序奏がレントでため息のように始まると、憂鬱な気分をずっと保ち続けて吹っ切れない印象が続きます(ラフマニノフ!)。続くアレグロモデラートに移ると、ピアノ伴奏に乗ったチェロが気品のある第1主題を美しく歌います。その後、チェロとピアノが交互にロマンティックで憂鬱な旋律を歌います。展開部に入ると流石にラフマニノフで、ピアノがまるでコンチェルトのように弾き出しますので、チェロも主役を奪われないように必死となります。以降、両者の熱い掛け合いがずっと続くので実に聴き応えが有ります。

第2楽章はスケルツォ楽章です。冒頭は第1楽章の熱気をそのまま引き継いでいますが、リズムが不安定な精神状態である印象を与えるユニークな曲想です。中間部では一転してチェロが美しくロマンティックな旋律を息長く歌います。

第3楽章はアンダンテの緩徐楽章です。静かで内向的な雰囲気に支配されていることから幾らか地味に感じられますが、チェロがゆったりと歌う旋律はやはり美しいです。

第4楽章では、ようやく憂鬱さから解放された輝かしい雰囲気に変わります。特に第二主題の伸びやかで明るい旋律は非常に印象的で、ラフマニノフ=不健康の方程式を打ち砕いてしまうような効果を持ちます。

全体を聴き終えると、非常にパースペクティヴの良さを感じますし、何よりもラフマニノフの美しい旋律がチェロの深い音色で歌われて聴きどころ満載です。しかもそれに劣らず裏に表にと活躍するピアノの魅力は流石にラフマニノフです。もっとも、この曲の演奏バランスを保つには、チェリストの実力が不可欠となるでしょう。

さて、50種類の録音を集めるのは到底無理な話ですが、僕が集めてみたCDをここにご紹介したいと思います。

Rachmani_rostropovich_album_9_3ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ(Vc)、アレクサンダー・デデューヒン(Pf)(1956年録音/グラモフォン盤) 当時まだ30代半ばのロストロポーヴィチが、数多く共演をしたデデューヒンと残した演奏です。最近の録音には到底敵いませんが、モノラルとしては優れた音質です。演奏には奇をてらったところが無く、演出めいた過剰な表現も有りません。テンポも中庸で、特に挑戦的でも刺激的でもありません。特にピアノにはおおらかさを感じます。しかし、それでいてこの演奏には骨太さやロシアの味わいが感じられます。やはり二人ともロシアで生まれ育ったことが大きいと思います。名チェリストの記録として価値を感じます。

Rachmani_cello_81msqhp3abl__sl150_2リン・ハレル(Vc)、ウラディーミル・アシュケナージ(Pf)(1984年録音/DECCA盤) アシュケナージはロシア人にしては余り土臭さを感じさせないのが個人的には物足りませんが、ピアノの音の美しさが素晴らしく印象的です。ハレルのチェロもとても上手く、自由自在に弾き切っています。大胆かつ丁寧さを感じて素晴らしいです。あらゆる意味でリファレンス的な演奏だと思いますが、その分、強烈な個性は有りません。この演奏に濃厚なロシアンロマンティシズムを求めようとすると無理が有ると思います。このCDにはソナタ以外のラフマニノフのチェロ曲が収められていてやはり同傾向の演奏です。

Rachmani_cello_51j0ugglhpl_2ヨーヨー・マ(Vc)、エマニュエル・アックス(Pf)(1990年録音/SONY盤) 流石はヨーヨー・マで、驚くほど良く歌います。表情も極めて豊かで、一音一句にニュアンスが付けられているのに感心します。と書けば、いつものヨーヨー・マですが、実はこの人は僕はやや苦手です。余りに表情が豊か過ぎるのに逆に煩わしさを感じてしまうからです。ポルタメントが不要と思われる箇所でも多用するのも気になります。要するに好みの問題ですね。けれども、これだけ表現力の有るチェロが人気が高いのは全く不思議では有りません。終楽章でも朗々と歌い、スケールの大きさが凄いです。アックスのピアノは音は美しく、洒落っ気こそ有りませんが非常に立派な演奏です。

Rachmani_cello_41o5hheucml_2ミッシャ・マイスキー(Vc)、セルジオ・ティエンポ(Pf)(2005年録音/グラモフォン盤) ルガーノでのライブ録音とのことですが、完成度は高く、実演ならではの緊迫感が凄いです。マイスキーも表情がとても豊かですが、演奏に一気呵成の勢いが有るのでヨーヨー・マのような勿体ぶった感じはしません。むしろラフマニノフの心情がよほど良く表れているように思います。チェロの音色は非常に美しいですし、高音の艶やかさにも惚れ惚れします。ベネズエラ出身のティエンポはこのとき33歳ですが、マイスキーとピタリと息の合ったピアノが素晴らしいです。音も美しいです。ソナタ以外には珍しい小品をチェロで演奏していますが、いずれもライブ録音です。

Rachmani_cello_51yeio1krl_2アレクサンダー・クニャーゼフ(Vc)、ニコライ・ルガンスキー(Pf)(2006年録音/ワーナー盤) 音楽がその演奏家の生きざまを表す好例ではないかと思います。クニャーゼフは17歳でチャイコフスキーコンクールに入賞しながらも、筋力が衰える奇病にかかり数年間の闘病後、のちに妻となるピアニストの献身的な協力を得て見事に再起します。ところが交通事故でその妻を亡くし、自身も重傷を負ってしまいます。そこから再び不死鳥のように立ち上がった後のこの演奏からは、人の生きる悲哀を強く感じずにいられません。演出や誇張というものが感じられず、クニャーゼフというチェリストの沈み込む心のつぶやきを聞いているような気にさせられます。チェロの音色も暗く地味な印象を受けます。ルガンスキーのピアノは共感を持って素晴らしい伴奏ぶりです。この演奏は非常に個性的ですがとても強く惹かれます。唯一の難点は録音に息づかいが大きく入っていて少々気に成ることです。

Rachmani_chrcd044伊藤悠貴(Vc)、ソフィア・グルャク(Pf)(2011年録音/チャンプス・ヒル盤) イギリスで最も権威のあるウインザー祝祭国際弦楽コンクール優勝の賞として録音を行ったのが、ラフマニノフのチェロのための作品集です。この曲もその中に収められています。弱冠21歳での録音ですが、スケールの大きい演奏からはとても年齢は想像できません。正攻法で奇をてらったところが無く、曲の良さがそのまま伝わって来ます。チェロの音は伸びやかですが、しっとりとしてラフマニノフの音楽にぴったりです。特に気に入ったのは終楽章の第二主題でゆったりと大きな広がりを持って歌うところです。名だたる百戦錬磨の巨匠たち以上とまでは言いませんが、こうして肩を並べて聴き比べが出来るというのは凄いことです。英国の権威ある音楽雑誌ストラッド誌で特選盤に選ばれるだけのことはあります。彼は昨年あたりから国内での活動を本格的に始めて生演奏に触れられる機会が増えましたので、CDとの聴き比べも楽しいと思います。

以上の中で、特に気に入っているのは、いかにもライブ録音の感興の沸き立つマイスキー/ティエンポ盤と、ラフマニノフの不健康さが一番強く出たクニャーゼフ/ルガンスキー盤、それにスケール大きく自然な表現の伊藤悠貴/グルャク盤の3つです。これはあくまでも自分の好みということで。

伊藤さんが最も尊敬しているというデヴィッド・ゲリンガスのCDも聴いてみたいのですが未聴です。

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2016年6月28日 (火)

ラフマニノフ チェロ作品集 伊藤悠貴(チェロ)&ソフィア・グルャク(ピアノ)

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日本人の卓越した若手チェリスト伊藤悠貴さんですが、今年は増々幅広い活躍をしています。

5月にはアフリカのアンゴラから来日したカポソカ音楽学院オーケストラを率いて全国ツアーを行いました。このときはチェロに指揮にと八面六臂の大活躍でした。

6月には大阪フィルのコンサートでドヴォルザークの協奏曲を独奏しました。大変評判が良かったようです。

さらに岩手県花巻市では「宮沢賢治生誕120年記念」NHK公開収録のリサイタルを行いました。20年前の生誕100年記念ではヨーヨー・マが演奏をした大役です。

伊藤さんは2010年にブラームス国際コンクールのチェロ部門で優勝、2011年にはウインザー祝祭国際弦楽コンクールで優勝と華々しい成績を収めました。ウインザーのコンクールはイギリスで最も権威のある弦楽奏者のためのコンクールですが、優勝者への賞として英チャンプス・ヒル社とのソロCD制作契約が与えられます。

その時に録音を行ったのが、ラフマニノフのチェロのための作品集です。

ラフマニノフというとピアノ作品が有名ですが、交響曲や室内楽曲、声楽曲などにも色々と優れた作品を残しています。

チェロのための名曲も決して少なくなく、このCDにはそれらが網羅されています。

ラフマニノフ チェロ作品集 伊藤悠貴(チェロ)&ソフィア・グルャク(ピアノ)(英チャンプス・ヒル・レコード CHRCD044)

①チェロとピアノのためのソナタト短調op.19
②前奏曲ヘ長調op.2-1
③東洋の踊りop.2-2
④メロディホ長調op.3-3
⑤ロマンス
⑥前奏曲ト長調op23-10
⑦ヴォカリーズop.34-14
⑧春の洪水op.14-11(伊藤悠貴編)

ピアノを演奏しているソフィア・グルャクも、2009年にリーズ国際ピアノ・コンクールで優勝し、国際的に活躍しているピアニストであり、ラフマニノフやプロコフィエフのロシアン・プログラムを得意としています。

これは二人の優れた若手演奏家の共演によるアルバムです。ラフマニノフのチェロ作品を集めたCDはもちろん他にも無いわけではありませんが、選曲が充実していて録音も優秀、尚かつ演奏が大変素晴らしいこのディスクは大変魅力的です。事実、英国の権威ある音楽雑誌ストラッド誌で特選盤に選ばれる快挙を成し遂げています。

演奏を聴いていて感じるのは非常に気品が漂っていることです。メインのチェロ・ソナタは古今の多くのチェリストが録音を行っていますが、その中にあっても素晴らしい存在感を示しています。一例を上げれば第4楽章の主旋律はラフマニノフの最も幸福的な部分であり、このソナタの一番の肝だと思いますが、ここをゆったりと非常に大きな広がりを感じさせてくれます。

その他の小品ももちろん素晴らしいです。あの名曲「ヴォカリーズ」は元々は声楽曲ですが、まるでチェロのために書かれたかのような印象を与えてくれます。この曲は伊藤さんがリサイタルで何度も取り上げていて、名刺代わりのレパートリーともなっています。

ラフマニノフの音楽はチェロの音色に大変似合っていますが、伊藤さんの持つ極めて美しい楽器の音がそのことを改めて実感させてくれます。デビューアルバムがこれだけ充実した出来栄えであるのは、やはり実力とセンスの成せる業でしょう。皆さんに是非お聴きに成られて欲しい名アルバムです。

チェロ・ソナタに関しては次回、名チェリストたちのCDの聴き比べにトライしてみたいと思います。もちろん伊藤さんの演奏も交えますよ。

なお、先日お伝えした「宮沢賢治生誕120年記念」リサイタルの放送予定を再度お知らせしておきます。下記のとおりですので是非ご視聴されてください。

FM「ベストオブクラシック」7月22日(金)19:30-21:10
BSプレミアム「クラシック倶楽部」8月26日(金)05:00-05:55

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2015年4月 2日 (木)

ラフマニノフ ピアノ三重奏曲「悲しみの三重奏曲」 名盤

Rachimaninov_mi0001039482_2モスクワ・ラフマニノフ・トリオ(2000年録音/英Hyperion盤)

ラフマニノフの作品には2曲のピアノ三重奏曲が有りますが、どちらも「悲しみの三重奏曲」(Trio Élégiaque)と呼ばれることから、うっかりすると混同しかねません。2曲とも20歳前後の若い時期の作品ですが非常な魅力作です。

ピアノ三重奏曲第1番ト短調
ラフマニノフが、まだモスクワ音楽院の学生だった19歳の時に作曲をした単一楽章による作品には作品番号が付けられて無いこともあり、1947年まで楽譜が出版されませんでした。しかし現在ではピアノ三重奏曲第1番とされます。何しろ、チャイコフスキーの「偉大な芸術家の想い出」に極似していて、哀愁漂う旋律とスケールの大きな構成、締めくくりの葬送行進曲など、チャイコフスキーの作品を参考にしたことは疑う余地が有りません。ラフマニノフというよりも、まるでチャイコフスキーそのものなのですが、その分親しみ易さは抜群ですし僕は大好きです。

ピアノ三重奏曲第2番ニ短調op.9
名ピアニストにしてモスクワ音楽院の設立者ニコライ・ルビンシテインが亡くなった際に、チャイコフスキーが追悼のために作曲した大傑作がピアノ三重奏曲イ短調「偉大な芸術家の想い出」でしたが、今度はそのチャイコフスキーが亡くなった1893年にラフマニノフが追悼して書いた曲がピアノ三重奏曲第2番です。従って「悲しみの三重奏曲」と名付けられました。
こうして追悼曲としてピアノ三重奏曲あるいは室内楽曲を作曲することがロシアの伝統となり、ショスタコーヴィチなどに受け継がれています。

この曲は3楽章構成から成ります。

第1楽章 モデラート
第2楽章 クヮジ・ヴァリアツィオーニ
第3楽章 アレグロ・リゾルート

もちろんこの曲も、チャイコフスキーの影響を受けてはいますが、第1番より遥かにラフマニノフのオリジナリティを感じます。それでいて第2楽章冒頭のピアノ単独部などはブラームス風に聞えるのが面白いです。全体は非常に充実していて演奏時間も40分を越え、室内楽としては大作です。

市販されているCDの数は決して多く有りませんし、第2番のみを収録しているディスクも多く見受けられます。けれどもあの魅力的な第1番を聴かないのは余りに勿体無いので、絶対に2曲とも収録されたものを選ぶべきです。
そうなるとアシュケナージ盤などは、入手性からも第一に上げられそうですが、僕の愛聴しているのはロシアのモスクワ・ラフマニノフ・トリオの演奏です。英国レーベル盤ですが、モスクワでセッション録音されたものです。

このトリオのメンバーは、ヴィクトル・ヤンポルスキー(Pf)、ミハイル・ツィンマン(Vn)、ナターリャ・サヴィノワ(Vc)と、3人ともロシア人ですが、どの人も余り情報が有りません。しかし演奏を聴くと正に純正ロシアの演奏そのものです。もちろん、ギレリス、コーガン、ロストロポーヴィチのトリオが残した「偉大な芸術家の想い出」の演奏ほどの凄みは有りませんが、演奏技術の高さ、音の力強さ、ロシアの哀愁、などラフマニノフの演奏に必要と思われるものを全て持ち合わせています。このCDにはピアノ・トリオの第1番と第2番の他にもチェロとピアノの為の2つの小品op.2、ヴァイオリンとピアノの為の2つの小品op.6が収録されていますが、これらも情緒溢れる佳曲ですので、とてもお得感が有ります。

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2015年3月20日 (金)

ラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番 ラザール・ベルマンの名盤

51bwzmb6oalラザール・ベルマン(ピアノ)、クラウディオ・アバド/ロンドン響(1976年録音/SONY盤)

ラフマニノフの代表作は何と言ってもピアノ協奏曲第2番。けれども聴き応えの点では第3番も少しも劣りません。第3番をメインに演奏するヴィルトゥオーソ・ピアニストも多いぐらいです。

この曲の愛聴盤は幾つも有って、ホロヴィッツ、ガヴリーロフ、アルゲリッチ、中村紘子、それにラフマニノフ本人の録音です。それに今回加わるのがラザール・ベルマンがアバド指揮ロンドン響のサポートで1976年にセッション録音したディスクです。

ロシアには昔から「幻の演奏家」という触れ込みで紹介される人が多かったですね。かつてはリヒテルもそう、このベルマンもそうでした。現在もグリゴリー・ソコロフなど少なくとも我が国では未だに「幻」の状態です。

ラザール・ベルマンは風貌が「森の熊さん」(「マッサン」なら森野熊虎??)なので、それまでのクラシック演奏家の神経質なイメージとは随分異なって見受けられました。しかし神経質に見えないのは演奏にも共通していて、例えば”病的なまでのデリカシー”のようなものは感じませんでした。テンポも基本的にイン・テンポを崩さないので、案外と武骨な印象を持つほどです。ですので個人的にはそれほど興味を持っていたピアニストでは無かったのです。この演奏に関しては、”アバドのロシア物”というのもさほど興味が有りませんでした。アバド本人は昔からロシア物が大好きですが、僕は申し訳ないけれど正直言って”ニセモノ”という偏見の目で(耳で?)見ていました。今でも基本的には変わりません。

それがどうして今頃このCDを聴いたのかと言えば、たまたま聴いた試聴で気に入ってしまったからです。
『あれっ、これはイイじゃないか。自分の耳はロバの耳だったのか!ヒヒ~ン!』そんな驚きです。

第1楽章はゆったりとしたイン・テンポで特にルバートを効かせることも無く、淡々と進みます。一見「ベルマンは曲への思い入れが希薄なのでは」とでも思ってしまいそうです。けれどもそれは間違いで、一点一画を曖昧にしない演奏が徐々に大きな造形感を生み出し、圧倒的なスケール感を感じさせてゆきます。このあたり、”ピアニストのジュリーニ”という印象を受けます。ロンドン響は必ずしもロシア風の歌い回しが出来る訳では在りませんが、楽壇の持つ音色は渋く暗く、この曲にうってつけです。これがもしもベルリン・フィルであればずっと明るい音になってしまい、余り向いていなかったと思います。
ピアノの気迫や激しさではホロヴィッツ、ガヴリーロフ、アルゲリッチの敵ではありませんが、広大なロシアの大地を想わせるこの演奏には惹き付けられます。派手さや明るさが乏しい分、ハリウッド的な印象を受けないのはむしろ好ましい気がします。カデンツァ後ではいじらしいほどに情感を湛えていて本当に素晴らしいです。

第2楽章も同様ですが、アバドも後年のようなくどさが無く、管弦楽の響きはベルマンのピアノと静かに溶け合って、遠い夜のしじまの様に感じられます。しかしそれは徐々に盛り上がってゆき、やがては愛の調べとしてエクスタシーに到達します。うーん、「逢いびき」!(←意味不明??)

第3楽章でもせせこましさが無く、大地にしっかりと立つ様な堂々とした風格を感じます。いわゆる「情熱的な演奏」とは異なりますが、さりとて冷めている訳でも何でもなく、聴き終えた後には「素晴らしい音楽を聴いた」という充実し切った余韻を残してくれます。

ということで、今後はしばらく棚から第一に取り出したくなる愛聴盤の座を占めそうです。ちなみにこのCDは2枚組で1979年のカーネギーホール・リサイタルのライブ録音がメインとなっていますが、そちらも中々に素晴らしいものです。

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2015年3月13日 (金)

ラフマニノフ 交響曲第2番ホ短調op.27 ヴァレリー・ポリャンスキーの名盤

Rachmaninov_chan9665ラフマニノフ 交響曲第2番ホ短調op.27 ヴァレリー・ポリャンスキー指揮ロシア国立交響楽団(/1997年録音シャンドス盤)

毎年恒例となっていた「暖炉にあたった気分で聴く冬のロシア音楽特集」ですが、今年は暖冬だったせいか(といっても北日本はいまだに大雪で大変ですが)、特集をしないうちに早春を迎えてしまいました。(汗)
そこで「早春のロシア音楽特集」??に切り替えです。

ということで、まずはラフマニノフの交響曲第2番です。
ラフマニノフの交響曲では第3番が通好みというイメージですが、ポピュラーなのはやはり第2番ホ短調op.27ですね。この曲は確かに昔のハリウッド映画音楽に似た部分も多いですが、実際は映画音楽の方がラフマニノフの音楽を取り入れたというのが正しいでしょう。あの、身も心もとろけてしまうほどに甘く美しい旋律の第3楽章アダージョが典型です。

もっとも僕は最近では第1楽章を非常に好んでいます。というのも、あのシベリウスの後期の曲に通じるような「永遠」という趣を感じずにはいられないからです。それはもちろん以前の記事で紹介したスヴェトラーノフやマリス・ヤンソンスのCDの演奏からもある程度は感じ取れるのですが、新たに愛聴盤に加わったヴァレリー・ポリャンスキーのCDからは最もシベリウス的な”静寂”が感じられるのです。情緒綿々とオーバーに歌い回すのがラフマニノフの音楽だと思っていると、認識を大きく覆されます。ポリャンスキーの演奏は”常識的な”ラフマニノフの演奏スタイルからは最も遠いところに有ります。

それにしても、この演奏は何と美しいのでしょう。静かに、心の奥にゆっくりとゆっくりと浸みこんでくるような、いじらしいほどの美しさです。表現に虚飾が無い分、時間は余計に掛りますが、内面に浸透して到達する深さは計り知れないほどです。その点、特に魅力を感じるのは第1楽章と第3楽章です。第2、第4楽章ではたとえばスヴェトラーノフの豪放な迫力には及びませんが、第2楽章の緩徐部分の美しさにはやはり胸を打たれます。

ところで、ポリャンスキーの手兵のロシア国立響ですが、これはかつてスヴェトラーノフが率いた楽団とは別のものです。あのスヴェトラーノフの分厚く鳴り響く音には及びません。金管の上手さや全体の音の切れの良さなども僅かに劣る印象です。けれどもポリャンスキーの音楽性はそのハンディを物ともしない素晴らしさなのです。このコンビのチャイコフスキーの後期三大交響曲のCDの演奏と全く同じ類の素晴らしい満足感を得られます。それに、未聴ですが大半の交響曲を録音しているグラズノフの演奏なども、さぞや美しいのではと想像させます。

これほど実力のある指揮者がこれまで日本でほとんど無名の存在だったのは信じられないことですが、嬉しいことに今年の7月、ついに日本の聴衆の前に姿を現してくれます。それもチャイコフスキーの三大交響曲を一夜で演奏するという離れ業を行なってくれるのです。それまであと4か月。待ち遠しくて仕方が有りません。

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2014年2月22日 (土)

”ロシアの夜” ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番 エレーヌ・グリモー&クラウディオ・アバドの演奏(映像)

毎年冬になるとロシア音楽を聴くのが日課になる自分なのですが、今年はロシアでオリンピックが開かれていることもあって、テレビの競技観戦の合い間に例年にも増してよく聴いています。

昨日のフィギュア女子フリープログラムでの浅田真央さんの演技がテレビで繰り返し放送されていますが、そのたびに耳に入るのが使用されたラフマニノフのピアノ協奏曲第2番の第1楽章です。ロシアの広大な大地風にもニューヨークの都会風にもどちらにも聞こえるこの曲は大好きですが、その季節は凍てつく真冬。今回の大会に最高の選曲だったのではないでしょうか。

ということで、もう一度この曲を聴きましょう。僕の好きなピアニストのエレーヌ・グリモーが、残念ながら今年の1月20日に亡くなってしまった名指揮者クラウディオ・アバドの伴奏指揮で弾いた演奏です。2008年のスイス・ルツェルン音楽祭で『ロシアン・ナイト(A Russian Night)』と題されたコンサートの中で演奏されたものです。DVD化もされています。

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ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番 名盤

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2013年1月19日 (土)

ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番 エレーヌ・グリモー盤

正月気分も、とっくにどこへやら。「もーいーくつ寝るとー、おしょうがつぅ~♪」なんて歌うには、早過ぎて虚しくなりますね。(笑)

さて、今年のマニュフェストに”脱ブラームス”を掲げてはみたものの・・・、実はこっそりと聴いています(苦笑)。書きたいことも幾つか有るのですが、そこをぐっとこらえて、新特集は、これも毎年恒例の「冬のロシア音楽特集」です。

毎日厳しい寒さが続きますが、そんな真冬に聴くのに大好きな曲が、ラフマニノフのピアノ協奏曲です。通好みの聴き応えという点では第3番なのでしょうが、第2番の美しい旋律と深い浪漫の香りには効し難い魅力を感じます。

この曲は以前、「ピアノ協奏曲第2番 名盤 ~大人の浪漫~」で記事にしていますが、その後、愛聴盤に加わったのが、僕の大好きなエレーヌ・グリモー嬢が録音した演奏です。

Grimaud_rachエレーヌ・グリモー(独奏)、ウラディーミル・アシュケナージ指揮フィルハーモニア管弦楽団(2000年録音/TELDEC盤)

もう10年以上も前の録音ですが、更にこの3年前に彼女はザンデルリンクの指揮で、あのブラームスのピアノ協奏曲第1番の素晴らしい録音を残しています。ですので、このとき既に彼女はピアニストとして完成の域に達しています。指揮をしているアシュケナージも、かつてピアニストとしてこの曲を得意にしていて、何度か録音をしています。であれば、この組み合わせに、期待して当然です。それでは、聴いた感想です。

冒頭の鐘の音を模倣したピアノは、それほど重々しくありません。むしろさりげないです。続いて入るオーケストラはよく歌われます。但しフィルハーモニア管にロシア的な土臭さは有りません。かといってハリウッド的な甘さも有りません。グリモーは幾らか速めにスイスイと弾いて行きますが、ちょっとした節回しや強弱に驚くほど多彩なニュアンスが込められています。集中せずに聴いていると、うっかり聞き流してしまいそうですが、じっくりと耳を傾けると本当に素晴らしいピアノです。典型は第2楽章冒頭でのオーケストラのバックにつけるアルペジオで、雄弁なことこの上ありません。もちろん主旋律に回ったときの歌い方のセンスの良さも抜群です。こんな弾き方はツィマーマンやキーシンでさえ果たして出来ていたかどうか。ああ、そういえばこのような演奏をした古いピアニストが居ましたっけ。名前はセルゲイ・ラフマニノフです。

第3楽章冒頭のG難度の連続和音も見事です。さすがに超人ガブリーロフほど軽々とは弾いていませんが、非常に切れが良く、聴きごたえが有ります。

ラフマニノフのこの曲の演奏は、深い浪漫の淵にどっぷりと沈み込むような演奏が多いですし、元々そういう曲ではあります。そこへゆくとグリモーの演奏は、単に沈み込むばかりでは無く、沈んだり浮き上がったりと、とにかく刻々と表情が変化します。にもかかわらず、アルゲリッチに時に感じる不安定さや気まぐれさは感じません。若い頃からこんな演奏が出来ていたとは、グリモーは生まれながらの真の天才だと思います。もっとも最近録音されたモーツァルトのK488などを聴くと、更に素晴らしい演奏家に成長を遂げていることが、よく分ります。
アシュケナージの指揮は、フィルハーモニア管の音色に余り魅力が感じられないものの、全体的によく歌わせていて満足できるレベルです。

この曲の、これまでの愛聴盤では、リヒテル盤は全盛期の素晴らしいテクニックによる力強いピアノと深い沈滞ぶりが魅力です。中村紘子盤はスヴェトラーノフ/ロシア国立響の音が、他に類例の無い素晴らしさなのですが、第2楽章以降のピアノがやや物足りないのが欠点でした。それに対して、グリモー盤は、意外なほどラフマニノフ自身のピアノに似ていますし、聴くほどに味わいが深まるというスルメのような演奏で、これから愛聴盤の一角を占めることになりそうです。

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2011年1月29日 (土)

ラフマニノフ 交響曲第2番ホ短調op.27 名盤 ~ロシア音楽紀行~

本当に毎日寒いですが、寒い寒いとばかりも言ってはいられませんので、寒さに負けずに「暖炉にあたった気分でロシア音楽を聴きましょうシリーズ」の第6回と行きましょう。前回に続いてラフマニノフです。今回はシンフォニーです。と、ここまで読めば、もう皆さんは「ハハん、あの曲ね。」と察しがつくでしょう。そうです、交響曲第2番です。

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ラフマニノフというとピアニストのイメージが強いですが、管弦楽作品も書いていますし、自作の演奏のために指揮台にも立っています。交響曲は3曲を残しましたが、その中で最も人気の高いのが第2番です。個人的には色々なモティーフが絡み合っていて近代交響作品として更に優れているのではないかと思う第3番も好きなのですが、やはり第2番の甘い旋律でロマンティックに迫られると抵抗できずに身も心も奪われてしまいます。

この曲はまるで映画音楽のような暗く甘いムードを持って情緒綿々と歌われます。いきなり第1楽章からそんな雰囲気でいっぱいです。第2楽章はアレグロ・モルトですが、このリズムは馬の駆けるイメージですね。雪原を疾走する馬でしょう。第3楽章アダージオはこの曲の白眉である甘くとろけるような旋律で延々と歌われる楽章です。第4楽章アレグロ・ヴィヴァーチェは非常に活力が有りますが、なんだかクラシックというよりはブロードウェイ・ミュージカルみたいです。

この曲は長大なので、以前は短縮版で演奏されるのが普通でした。現在は完全版で演奏されていますが、それを世に広めた功労者はアンドレ・プレヴィンです。但し完全版での演奏をプレヴィンに助言したのは他でもないムラヴィンスキーだったそうです。

この曲を余り好きでない方からは「映画音楽みたいだ」とケチをつけられますが、それぐらいにムードの有るのがラフマニノフの音楽の魅力ですので、理屈抜きで楽しめば良いでしょう。けれどもさすがにこの曲を幾つもの演奏で聴き比べてはいません。現在手元に有るのは2種類のみです。

417vxknth3l__sl500_aa300__2 マリス・ヤンソンス指揮サンクトペテルブルグ・フィル(1993年録音/EMI盤) 今では非常に人気のあるマリス・ヤンソンスですが、以前に全曲録音を行っています。この演奏はことさらに過剰に歌い上げていないところが、好みの分かれ目だと思います。ムード的で無い、映画音楽を感じさせない演奏とでも言いましょうか。サンクトぺテルブルク・フィルの優秀さも際立っていて、非常に聴きごたえが有ります。個人的には、とても好きな演奏です。但しEMIの録音が後述のスヴェトラノフ盤と比べて少々くすんだ印象で聴き劣りがするのがマイナスです。このCDには名曲「ヴォカリーズ」が管弦楽版で入っているのは大変嬉しいです。

560 エフゲニ・スヴェトラーノフ指揮ロシア国立響(1995年録音/ワーナーミュージック盤) ロシアものとくればやはりこの人が登場しないわけには行きません。緩徐部分はずいぶん遅いテンポでたっぷりと歌い上げます。その割に1楽章の中間部は大迫力なので、リムスキー・コルサコフのようでもあります。聴きものの3楽章は期待通りに雰囲気いっぱいに歌ってくれます。うーん、ラフマニノフ!終楽章も期待通りに派手なミュージカルさながらです。録音も優秀ですのでオーケストラの美しい響きをふんだんに味わえます。オリジナルのキャニオン盤は現在廃盤ですが、ワーナーミュージックから同じものが再発売されています。僕は全集で持っていますが、第2番単独でも出ています。 

ところで、この曲を世に広めたアンドレ・プレヴィンも何回か録音を残していますが、最初のロンドン響との演奏(EMI盤)を聴いた限りでは正直言って少々生ぬるくBGM的な印象と記憶しています。えっ、この曲はそれで良いって?いや、決してそんなことは・・・・

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2011年1月21日 (金)

ラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番ニ短調op.30 名盤 ~ロシア音楽紀行~

早いもので大寒に入りました。ここまでくれば厳しい寒さももう少しの辛抱ですね。さて「暖炉にあたった気分でロシア音楽を聴きましょうシリーズ」も第5回です。僕が冬の季節にチャイコフスキーと並んで聴くのが好きなのはラフマニノフです。昨年末に「ピアノ協奏曲第2番 名盤」の記事を書きましたので、今回はその続きということでピアノ協奏曲第3番です。

Rachmaninov_2 (写真:左端から順にラフマニノフ、ウオルト・ディズニー、ホロヴィッツ)

ピアノ協奏曲第3番は、成功を収めたピアノ協奏曲第2番から8年後の1909年にニューヨークで初演されました。独奏はもちろんラフマニノフ本人です。曲の雰囲気は第2番とほぼ同じと言えますが、甘さがだいぶ減少して憂鬱と孤独な雰囲気が強まったように感じます。ロシア的な雰囲気もより強いように思います。ピアノ技術的には更に難易度が高まりましたので、腕前を披露する格好のレパートリーです。この曲はヴィルトゥオーゾが好んで演奏します。一般的には第2番のほうが人気は高いでしょうが、この第3番もラフマニノフ好きにはたまらない魅力が有ります。1楽章の憂鬱と孤独と激しい切迫感、2楽章の寂寥感、3楽章の情熱と迫力はいずれも魅力的で、やはりピアノ協奏曲の名作です。

それでは、僕の愛聴している演奏のご紹介です。

Rachmaninov_naxos_8110601_2 セルゲイ・ラフマニノフ独奏、オーマンディ指揮フィラデルフィア管(1939年録音/NAXOS盤) 作曲者本人の演奏を聴くことができるというのは大変な参考になります。後年の演奏家がこの録音を聴かずに演奏することはまず考えれらません。ラフマニノフの弾くテンポは大変な快速なのですが、少しも性急に聞こえないのはさすがに自分の曲です。第2番の演奏と同じように、ロマンティックな部分での歌い回しもごく自然に心に浸みこんできます。伴奏指揮はオーマンディに変わったので幾らか甘さが控えめになりました。NAXOS盤のSP盤からの復刻は、やはり明確な音質です。

4108080495 ウラディミール・ホロヴィッツ独奏、オーマンディ指揮フィラデルフィア管(1978年録音/RCA盤) これはカーネギーホールで開かれたホロヴィッツのアメリカ・デビュー50周年記念コンサートのライブ演奏です。奇しくも伴奏を務めるのは40年前にラフマニノフ盤の伴奏をしたオーマンディ/フィラデルフィア管です。それだけでも記念碑的な演奏だと言えます。ホロヴィッツの演奏は非常に貫禄が有りますし、3楽章の終結部の迫力などは相当に凄まじく圧倒されます。但し残響の少ない会場での録音条件の悪さが全体の印象に少々マイナス影響しているのが残念です。

Cci00014b マルタ・アルゲリッチ独奏、シャイー指揮ベルリン放送響(1982年録音/フィリップス盤) ベルリンでのライブ演奏です。1楽章は遅めにゆったりと開始されます。デリカシーに溢れた歌いまわしに非常に魅了されます。感情の大きな波が徐々に高まってゆく表現が素晴らしいです。一方、フォルテ部分ではロシア人ピアニストにも負けないほどの豪快さで、女性でこれだけ力強く弾ける人は他にはまず居ないでしょう。シャイーの伴奏指揮もロシア的ともアメリカ的とも違いますが、ロマンティックな情緒に富んでいてとても美しいです。

Eresco_rachmaninov ヴィクトール・エレスコ独奏、プロヴァトロフ指揮ソヴィエト国立響(1984年録音/メロディア盤) エレスコの録音したピアノ協奏曲全集の中の演奏です。テクニック的にも不満はありませんし、デリカシーにも富んだ良い演奏です。1楽章のテンポは速めでラフマニノフ並みですが性急な感じは有りません。2楽章はロマンティックな味わいがとても良いです。3楽章はゆったりと構えていて、興奮よりは味わい重視という印象です。指揮もオケもロシア勢によるロシア的な土の香りと哀愁の味が濃く、アメリカの都会的な雰囲気は薄目です。

51lsgj7ocl__sl500_aa300_ 中村紘子独奏、スヴェトラーノフ指揮ロシア国立響(1985年録音/SONY盤) 同じコンビのピアノ協奏曲第2番のCDは僕の愛聴盤ですが、モスクワ録音の第3番も素晴らしい演奏です。スヴェトラーノフがこの人にしては速めのテンポで比較的淡々と演奏している印象ですが、それでもオーケストラから滲み出るロシアの香りは充分です。中村紘子のピアノはオーソドックスなもので、テクニックにも不足しませんし、歌のセンスや力強さにも不満は有りません。録音も良いので、ニュートラルな演奏としてお薦めすることが出来ます。

764 アンドレイ・ガヴリーロフ独奏、ムーティ指揮フィラデルフィア管(1986年録音/EMI盤) 明るくゴージャスな響きのフィラデルフィア管をムーティが歌わせると、まるでハリウッドの映画音楽みたいです。ここにはロシアの土の香りは全く有りません。ガヴリーロフは冒頭はゆっくり入ってきますが、徐々に高揚してゆき、中間部の両手で和音を叩きつける部分は驚異的な高速で凄まじい迫力をもって弾き切ります。ここは思わず鳥肌が立ちます。ですが一転して2楽章のようにデリカシー溢れる部分も実に見事です。そして3楽章のピアノとオケのからみの迫力の凄いこと。ここまで徹底されると脱帽です。

以上の中で一番凄いと思うのは、ガヴリーロフ/ムーティ盤です。ピアノの余りの凄まじさとオーケストラのゴージャスな音と表現力が有無を言わせません。ピアノのみに関してはデリカシー溢れるニュアンスが抜群のアルゲリッチにも強く惹かれます。オーソドックスでロシアの香りに溢れる中村紘子/スヴェトラーノフ盤も愛聴盤に仲間入りします。

<補足>
中村紘子/スヴェトラーノフ盤をあとから加筆しました。

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第1回チャイコフスキー・コンクール・ライブ ヴァン・クラィバーン 

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2010年12月22日 (水)

ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番ハ短調op.18 名盤 ~大人の浪漫~

602pxsergei_rachmaninoff_1910s

今年も年の瀬となり、すっかり寒くなりました。不景気で不安定な世の中ですので、冷たい風が余計に身に沁みてきます。街角をコートの襟を立てて足早に歩くサラリーマンの行きゆく姿を見ては、我が身が映し出される思いです。そんな時に頭の中に響いてくる音楽は何だと思いますか。えっ、ジングルベル!? それは~商店街のスピーカーから流れるBGMでしょーに!(笑) 
実はラフマニノフなんですね。それもピアノ協奏曲第2番。第3番の時も有りますが、やはり2番です。感傷的でほの暗く甘い曲のイメージが凍てつく街角にとても似合います。もっともラフマニノフがこの曲を作曲したのはサンクトペテルブルクを拠点にヨーロッパを移動していた頃ですので、ロシアの自然にヨーロッパの街の雰囲気が混じり合って曲が出来たかのような印象です。彼は心に自然に浮かんでくるメロディをそのまま曲にしたと語っていたそうです。何しろリストと並ぶ、歴史に残る超絶技巧ピアニストですので技術的には困難を極めますが、曲想そのものは伝統的なロマン派の音楽です。

この曲はロマンティックなメロディの名曲ですので、古い映画によくBGMとして使用されました。一番有名なのは、やはり名匠デビット・リーン監督の「逢いびき」でしょう。既婚者同士の男女がお互いに惹かれ合って、やがて別れるというストーリーですが、モノクロのスクリーンのバックに流れるこの曲が何とも情緒を醸し出していて素敵でした。映画を見たのはまだ若いころでしたが、「逢いびき」というものにとても憧れたものです。

以前はラフマニノフの曲を聴いていると、「何だか古いハリウッド映画のイメージだなぁ」と思っていたのですが、それは実は逆ですね。古い映画音楽がロマンティックなラフマニノフの音楽を真似していたのですね。ですので、彼の音楽はロシア風にも聞こえるし、古き良き時代のハリウッド映画風にも聞こえます。どちらにしても、これは大人の浪漫の曲ですね。

出来ればこの曲は大きな邸宅の居間の暖炉の前でくつろいで、ウイスキーグラスでも傾けながら聴きたいものです。音楽に陶酔して、つぶやく言葉はと言えば、「う~ん、ラフマニノフ!」 ところが現実の居住空間はそうではありません。でも、つぶやく言葉は同じです。

さて、僕のこの曲の愛聴盤です。この曲ばかりはどの演奏を耳にしても陶酔させられますけれど。

Rachmaninov_naxos_8110601_2 セルゲイ・ラフマニノフ独奏、ストコフスキー指揮フィラデルフィア管(1929年録音/NAXOS盤) 何と言っても作曲者自身の演奏が聴けるのですから、この曲の原点を知ることができます。テンポ自体は速めですが、自由自在に緩急をつけてロマンティックに歌い込みます。さすがに本人ですから大きなルバートが実に自然で心に浸みこんできます。オーケストラの甘いポルタメントのかかった音も懐かしさで一杯でただただうっとりです。本家のRCAからも復刻盤が出ていますが、僕はNAXOS盤で聴いています。初版SP盤からの復刻なのでピアノの音に輝きが有り、とてもこの年代とは思えない良い音質です。

Rktr スヴャトスラフ・リヒテル独奏、ヴィスロツキ指揮ワルシャワ・フィル(1959年録音/グラモフォン盤) リヒテルというピアニストは一筋縄ではいかない人で、物凄く繊細な演奏をしたかと思えば、デリカシーの欠如した演奏をしたりもします。ですがこの演奏は1、2を争うほどのベストフォームです。重く底光りするような音は話に聞くラフマニノフのようですし、1楽章の驚くほど遅いテンポで沈みこんで行くやるせなさはたまりません。2楽章の暗い浪漫の香りもまた最高です。3楽章は速い部分ではメリハリが効いていますが、一転してゆったりと歌う部分では体が宙に浮くかのような甘さを見せます。うーん、これぞラフマニノフ以上のラフマニノフ!ワルシャワ・フィルも良いのですが、録音でやや音が古めかしく感じます。ややマイナスです。

Cci00013b アルトゥール・ルービンシュタイン独奏、オーマンディ指揮フィラデルフィア管(1971年録音/RCA盤) ルービンシュタインにはライナー伴奏の旧盤も有り、テクニック的には申し分無いのですが、この曲のロマンティックな味わいを堪能させてくれる点では新盤がずっと上です。オーマンディはラフマニノフの伴奏も務めたほどなので音楽を知り尽くしています。フィラデルフィア管の音も非常に美しく、この曲にうってつけです。この演奏はロシアの雰囲気よりも、都会的な浪漫の香りで聴かせるタイプですが、その方向では代表盤と言って良いと思います。

Eresco_rachmaninov ヴィクトール・エレスコ独奏、プロヴァトロフ指揮ソヴィエト国立響(1984年録音/メロディア盤) エレスコはロン・ティボー・コンクールで優勝していますが日本では無名でしょう。これは本国で録音した全集の中の1曲です。指揮もオケもロシア勢なのでフォルテ部分の荒々しさが魅力です。うーん、ロシア! けれども静かに沈滞する部分ではしっかりとロシアの憂鬱を感じさせてくれます。ハリウッド風の甘さは無いですが、ラフマニノフがロシア時代に書いた曲だということを改めて認識させてくれます。エレスコのピアノは繊細さは有りますが、先輩のリヒテルと比べるとスケールの大きさではとても敵いません。

4108080443 エフゲニ・キーシン独奏、ゲルギエフ指揮ロンドン響(1988年録音/RCA盤) 神童キーシンが17歳のときの録音です。おいおい17歳がこんな大人の浪漫の曲を演奏するなよー、と言いたくなります。打鍵は底光りするようなものでは有りませんが、やはり美しいです。1楽章は何となく健康的で退廃的な気分に欠けるかなぁ、と聴いているといつの間にか沈滞した気分になっていて中々中々。2楽章では深く静かに浪漫を奏でます。キミ、ほんとに17歳?やはり神童だ~!意外に物足りないのがゲルギエフです。3楽章などはもっとたっぷり歌わせて欲しいと思いました。

764 アンドレイ・ガヴリーロフ独奏、ムーティ指揮フィラデルフィア管(1989年録音/EMI盤) ロシアではメジャーなガヴリーロフも日本では人気が今一つのようですが、正統ロシアのピアニストとしての実力者です。この演奏はスケールの大きなピアノとフィラデルフィアのゴージャスな響きとが相まって、曲の恰幅が一回りもニ回りも大きくなった印象です。それでいて2楽章の沈滞する雰囲気も見事です。テクニックも凄いですし、パワーとデリカシーを併せ持つ素晴らしい演奏だと思います。

Racci00015 中村紘子独奏、スヴェトラーノフ指揮ロシア国立響(1990年録音/SONY盤) チャイコフスキーの協奏曲でも愛聴盤としてご紹介しましたが、カップリングされたラフマニノフも実に素晴らしいです。一番の理由は晩年のスヴェトラーノフ/ロシア国立響の重く分厚い音にあります。ハリウッドくそくらえ、この曲はロシア音楽なんだと言わぬばかりに荒涼たるシベリア大地を思わせる豪快かつ情緒たっぷりの演奏です。これを聴くとこの曲が「目からうろこ」状態になること請け合いです。中村紘子のピアノも大健闘していて豊かな表情が大変素晴らしいです。

018 クリスティアン・ツィマーマン独奏、小澤征爾指揮ボストン響(2000年録音/グラモフォン盤) 宇野功芳先生が最近一押しの演奏です。でもどうも録音バランスが気になります。ピアノが常に前に出ていて、オーケストラの音が引っ込んでいますが、この曲の実演では必ずピアノがオケに埋もれるので、これはあり得ません。スタジオ録音なので音量のバランスを変えるのは良いとしても、これでは「オケ伴奏つきのピアノ独奏曲」です。ピアノが常に目立ちすぎて少々煩わしく感じます。ツィマーマンは、もちろん非常に上手く繊細で深い詩情も有りますし、小澤さんの指揮もやはり繊細ですが、ロシアの荒々しい雰囲気は希薄です。

ということで僕のフェイヴァリットは、ピアノが何しろ素晴らしいリヒテル/ヴィスロツキ盤ですが、良く聴くのはスヴェトラーノフの指揮するオーケストラが最高で、ピアノも大健闘している中村紘子盤です。それにもうひとつ、円熟した大人の甘いムードに溢れてピアノとオーケストラのバランスが良いルービンシュタイン/オーマンディ盤も素晴らしく、この3つです。ガヴリーロフ/ムーティ盤は穴盤です。ラフマニノフ本人の演奏は別格なのは言うまでもありません。

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テミルカーノフ/サンクトぺテルブルグ・フィルとエレーヌ・グリモーのライブ盤

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