ベートーヴェン(協奏曲)

2020年10月10日 (土)

ベートーヴェン 三重協奏曲(ピアノ、ヴァイオリン、チェロと管弦楽のための協奏曲 ハ長調 作品56) 名盤

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ベートーヴェンには「三重協奏曲」と呼ばれる、ピアノ・トリオをそのままソリストにしたユニークな協奏曲が有りますが、正式には「ピアノ、ヴァイオリン、チェロと管弦楽のための協奏曲 ハ長調 作品56」です。

何とも豪華な編成なのですが、その割にはさほど人気が高くないようです。確かにベートーヴェン特有の音楽の雄渾さや高貴さがそれほどは感じられません。しかし、どこをとっても優雅で美しいですし、すこぶる楽しく機嫌のよいベートーヴェンの心が聞こえてきますので、やはり名曲と呼ぶべきだと思います。

ソリストへの技巧的要求度のバランスの悪さは度々指摘されています。ピアノパートが割と易しく書かれているのは、弟子にしてパトロンにであったルドルフ大公のピアノを想定したからという説が有ります。逆にチェロは高音域が頻出して難しく書かれています。どうしてベートーヴェンがこのような協奏曲を作曲したのかは知られていません。

第1楽章 アレグロハ長調。冒頭のチェロとコントラバスにより重厚に始まり、やがて独奏チェロ、独奏ヴァイオリン、ピアノの順番に登場して華やかに進みます。最後は三人のソリストとオーケストラで力強く終わります。

第2楽章 ラルゴ変イ長調。53小節のみで間奏曲風の短い楽章です。独奏チェロ、木管、独奏ヴァイオリンと続き、切れ目無く第3楽章に入ります。

第3楽章 ロンド・アラ・ポラッカ ハ長調。ロンド形式で、2楽章の短さとは対照的にとても長い終楽章となります。一貫してポーランド風のポロネーズのリズムに乗ってソリストが活躍して楽しいです。その後に主題が再現されるとコーダに入り3人のソリストとオーケストラにより壮麗に終結します。

この曲は録音の数はそれなりに有りますが、演奏会で取り上げる機会は少ないです。やはりソリストに対するギャラが3倍になるのが大きいのでしょうね。
ということで、手持ちのCDもそれほど多くは有りませんがご紹介します。

41hx6ntp1fl_ac_ ヴォルフガング・シュナイダーハン(Vn)、ピエール・フルニエ(Vc)、ゲザ・アンダ(Pf)、フリッチャイ指揮ベルリン放送響(1960年録音/グラモフォン盤) 個人的には好みのソリストが揃っています。名人揃いにもかかわらず、音楽に奉仕しようという誠実な印象を強く受けますし、個人個人にハッタリが微塵も感じられないのが実に好印象です。フリッチャイの指揮もゆったりと落ち着いたテンポで、古き良き時代のドイツ=オーストリアの雰囲気が感じられて素晴らしいです。録音の鮮度が僅かに失われている印象は有りますが、鑑賞には少しも差し支えません。

810ui9amwl_ac_sl1500_ ダヴィド・オイストラフ(Vn)、ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ(Vc)、スヴャトスラフ・リヒテル(Pf)、カラヤン指揮ベルリン・フィル(1969年録音/EMI盤) しかし録音当時の世界の音楽界の第一人者を並べた凄いメンバーが揃ったものです。意外とソリスト達は力むことなく楽しそうに演奏しているのが微笑ましいですが、それでも特にロストロポーヴィチの名人芸と美音はどうしても光り輝きます。二楽章も非常に美しいです。カラヤン/ベルリン・フィルがいつもの分厚い音でシンフォニックに響かせているのが幾らか曲と不釣り合いに感じなくも無いですが、全体の立派さは流石です。

51pzmkgvhl_ac_ アンネ=ゾフィー・ムター(Vn)、ヨ―・ヨー・マ(Vc)、マーク・ゼルツァー(Pf)、カラヤン指揮ベルリン・フィル(1979年録音/グラモフォン盤) 「カラヤンの再録音」という印象ですが、オーケストラも同じベルリン・フィルで演奏そのものは、ほとんど変わりません。しかし録音に関しては元々差の有るEMIとグラモフォンに更に10年の開きが生まれては新盤が圧倒的に優れます。ヴァイオリンはムターとオイストラフは互角。ピアノはリヒテルがやや優勢。問題はチェロです。ヨ―・ヨー・マの音色、テクニックは優れますが、余計なところでポルタメント気味に弾く癖が好みではありません。品格を損なう結果となりマイナスです。二楽章などがっかりします。

61ixhgs9vol_ac_sl1000_ クリスティアン・フェラス(Vn)、ポール・トルトゥリエ(Vc)、エリック・ハイドシェック(Pf)、マルティノン指揮フランス国立放送管(1970年録音/Dremi records盤) これはマイナーレーベルから出ているライブ録音です。全員フランス人による演奏でドイツ的な厳めしさは当然有りませんが、ライブならではの生命力と感興の高さは随一です。ソリストがお互いにリスペクトし合いながら、既存の型にはまることのない即興性も感じますし、何よりも目の前でたった今音楽が生まれているような新鮮さが有ります。ステレオ録音で音は明瞭で、イコライジングに僅かに癖が感じられたり、ピアノの低域がボコボコいうような音に聞こえますが全体の鑑賞に支障は有りません。

これだけですが、もしもたった一つとなると何だかんだ言って、カラヤンの旧盤に落ち着きそうです。

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2020年9月15日 (火)

ベートーヴェン ピアノ協奏曲全集 名盤

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ベートーヴェンのピアノ協奏曲は一般に全5曲とされます。実はその他にも「ヴァイオリン協奏曲」のピアノ編曲版Op.62aや、管弦楽パートが未完の「ピアノ協奏曲ホ長調WoO 4」(第0番と呼ばれることも)、第1楽章の約25小節のみの「ピアノ協奏曲ニ長調(断章)」の草稿などが有りますが、正式には含められていません。

ベートーヴェンは1792年に生まれ故郷のボンからウィーンへ移り住みますが、その前後に、第1番から第3番までの3曲のピアノ協奏曲を作曲しました。そのうち第2番はボン時代に既に初稿が完成していたことから、第1番よりも早い作品となりますが、ウィーンに移ってから改定を行い、第1番と同じ年に出版されたことからこの2曲の作品番号が逆になってしまいました。2曲を比較してみると、第2番は楽曲の規模や楽器編成が第1番より小さいですし、ハイドンやモーツァルトの影響が強く感じられます。よりベートーヴェンらしいのは第1番です。ただ、第2番の魅力にも抗しがたく、特に第3楽章は心が浮き浮きする様な楽しい傑作です。

第3番になると、第1番、第2番から格段に飛躍を遂げた作品となります。当時寄贈を受けたエラール社製の新しいピアノも貢献して、その重量感ある音がベートーヴェンに素晴らしいインスピレーションを与えたと言われています。もちろん第4番、第5番「皇帝」は古今のピアノ協奏曲の不滅の傑作で、いまさら何をいわんやですね。

さて愛聴するⅭD全集ですが、大抵の場合「皇帝」「4番」をまずは聴いてみて、気に入ると全集を購入しています。けれど、どんな有名ピアニストであっても、ベートーヴェンの演奏として自分の好みに今一つ合わなかったりすると、「あのピアニストがどうして入っていないの?」と思われることも有るとは思います。
ともかくはご紹介致します。

410rqjyevvl__sl500_aa300_ ウイルヘルム・バックハウス独奏、シュミット=イッセルシュテット指揮ウィーン・フィル(1958-59年録音/DECCA盤) バックハウスの弾くベーゼンドルファーの深みのある美しい音と、‘50年代のウィーン・フィルの柔らかい音とが溶け合った響きがDECCAの優れたステレオ録音で残された素晴らしい全集です。中でも「皇帝」が最高ですが、1番から4番まですべての曲において立派で魅力的な演奏となっています。S=イッセルシュテットの指揮も含めて、更に豪快な演奏や、華麗な演奏であれば他にも求められるでしょうが、これほどベートーヴェンの真摯で誠実な音楽そのものを感じさせてくれる演奏は後にも先にも無いと思います。

41ploftjgjl__ac_ ヴィルヘルム・ケンプ独奏、ライトナー指揮ベルリン・フィル(1961年録音/グラモフォン盤) ケンプは同じドイツの巨匠のライバルであるバックハウスと比べて気品や優しさにおいては優りますが、男性的な強さという点ではどうしても劣ります。場合によっては幾らか「弱さ」を感じることが無いわけでは有りません。しかしこの全集ではライトナーがベルリン・フィルから如何にもドイツ的な厚い響きと堅牢な演奏を導き出していて、それを上手くカヴァーしています。5曲の中では4番、5番が特に聴き応え有りますが、1番、2番は手堅すぎて幾らか魅力の乏しさが感じられます。録音は良く、ピアノ、管弦楽ともに美しく録られています。

81ji3jgvqjl__ac_sl1500_ グレン・グールド独奏、ゴルシュマン指揮コロンビア響、バーンスタイン指揮コロンビア響/ニューヨーク・フィル、ストコフスキー指揮アメリカ響(1957年-66年録音/CBS盤) これは全集と言っても指揮者が三人で、録音時期も10年に渡りますので、初めから計画された全集ではありません。第2番のみがモノラル録音です。指揮者は第1番がゴルシュマン、第2番と第3番がバーンスタイン/コロンビア響、第4番がバーンスタイン/ニューヨーク・フィル、「皇帝」がストコフスキーです。テンポ設定が2番までが速く、3番以降が遅めなのは解釈でしょうが、元々ドイツ風でもウィーン風でも無く、統一感の無さも気にはなりません。あくまでもグールドの個性充満の演奏です。そういう意味では、これは凄く楽しめる全集です。

Baremboim ダニエル・バレンボイム独奏、クレンペラー指揮ニュー・フィルハーモニア管(1967-68年録音/EMI盤) 当時売り出し中のバレンボイムが巨匠クレンペラーと録音した全集です。両者の格の違いは明白で、どの曲もテンポが遅いのはクレンペラーが常に主導権を握っているからでしょう。バレンボイムも頑張ってはいますが、ほとんどの部分では明らかにモーツァルト向きのピアノで、ベートーヴェンの音としては物足りなさを感じます。そういう点では楽曲的に適した1番、2番は良いと思います。録音は聴き易いですが音の分離のはっきりしないEMIの典型的なものです。クレンペラーの交響曲全集と一緒になっている廉価BOXセットも有るので、そのコストパフォーマンスは高いです。

Emperar001 フリードリッヒ・グルダ独奏、シュタイン指揮ウィーン・フィル(1970年録音/DECCA盤) この録音当時のグルダの生き生きとして切れの良いピアノは、往年の巨匠の重厚な演奏とは異なり、非常に新鮮に感じられました。正に新時代のベートーヴェン演奏でした。それでいて、ウィーン音楽の伝統を感じさせるのが大きな魅力です。ホルスト・シュタインの指揮もウィーン・フィルから古典的な堅牢性を感じさせる実に堂々とした音を引き出しています。ウィーン・フィルは‘50年代のような陶酔的なまでに柔らかな音を失いはしましたが、他のオーケストラに比べればまだまだ群を抜いた美しさで、DECCAの優秀な録音がそれを忠実に捉えています。全曲ともムラの無い素晴らしい仕上がりです。

51ppoyult6l_ac_ マウリツィオ・ポリーニ独奏、ベーム/ヨッフム指揮ウィーン・フィル(1976-77、82年録音/グラモフォン盤) ポリーニの研ぎ澄まされた硬質の音と完璧な技巧が冴え渡っていた時期の録音で、一音一音の打鍵そのものに凄みを感じる魅力では第3番や「皇帝」に最大に発揮されますが、少々真面目過ぎるものの透徹したタッチで純度の高い第1番、2番も魅力的です。ベームの指揮に関しては貫禄充分で聴き応えが有り素晴らしいですが、ヨッフムも遜色有りません。ウィーン・フィルから引出されるフォルテの引き締まった迫力ある音と、美しくしなやかな音との弾き分けが実に見事です。この時代のグラモフォンの録音は安心して楽しめます。

272 ルドルフ・ゼルキン独奏、クーベリック指揮バイエルン放送響(1977年録音/オルフェオ盤) ゼルキン74歳の時にミュンヘンで行った全曲チクルスのライブです。セッション録音とは異なる、実演ならではの自在さが感じられるのが楽しいです。ゼルキンは若い頃の凄まじい切れ味こそ無くなりましたが、躍動感は相変わらずですし、そこに円熟味が加わり音楽を心から堪能させてくれます。真にドイツ的な演奏を聴かせてくれる僅かの巨匠ピアニストの一人と言えます。クーベリックの指揮もまた力強くサポートしていて素晴らしいです。第3番以降が聴き応え充分ですが、第2番も非常な名演です。放送局による優秀な録音ですが、豊かな残響でホールの臨場感に溢れています。

7fcd8540eb49a9220748ae0f70890ff4 クラウディオ・アラウ独奏、ディヴィス指揮シュターツカペレ・ドレスデン(1984、87年録音/フィリップス盤) どの曲も遅めのイン・テンポで少しも急がず慌てず、淡々と歩み行く演奏です。この時80歳を越えていたアラウは技巧の衰えなどどこ吹く風と、どこをとってもひたすら誠実に弾いていますが、最初から最後まで余りにも悠然としているのでやや退屈します。ディヴィスもそんなアラウにぴったりと付き合って居ますが、SKドレスデンの持つ古雅で柔らかく厚みのある響きは大きな魅力です。もっとも第1番、2番あたりでは楽想に対して恰幅が良すぎて逆に重たく感じられます。ファンにとってはそこがまた魅力なのでしょうけど。確かに第2番の2楽章などまるで別の曲の様に深い!

71csz0dey5l__ac_sl1400_ クリスティアン・ツィマーマン独奏、バーンスタイン指揮ウィーン・フィル(1989、91年録音/グラモフォン盤) ツィマーマンが30代半ばで録音した全集ですが、バーンスタインが急逝した為に第1番、2番は自ら弾き振りをしています。もちろんピアノ技巧には申し分無く、音も硬過ぎず、華麗過ぎずに美しいです。音楽に生命力、躍動感をとても感じますが、同時に造形性も合わせ持つのが素晴らしいです。バーンスタインはウィーン・フィルの美感を生かしていますが、ツィマーマンの弾き振りも見事で全く遜色は有りません。それにしてもウィーン・フィルの優雅な音には、他のどのオーケストラよりも魅力を感じます。どの曲も最高レベルであり、正に伝統と新しさのバランスが抜群の名全集だと思います。

41lxad4j66l__ac__20200915230501 マウリツィオ・ポリーニ独奏、アバド指揮ベルリン・フィル(1992年録音/グラモフォン盤) これはライブによる再録音です。ベーム、ヨッフムとの初めの全集は素晴らしかったですが、ピアノの硬質の音にベートーヴェンとしては好き嫌いが出たかもしれません。その点こちらの新盤ではライブのせいか、あるいはポリーニの円熟のせいか、ピアノのタッチや音色に温かみが増した印象です。あとは管弦楽の比較となり、アバドとベルリン・フィルは充分に素晴らしいものの、指揮者の芸格、楽団の音色においては旧盤に及びません。また第1番、2番が楽想に対してグラマラス気味と言えなくも有りません。ですのでトータル的には旧盤を好みます。

51uwabwfp5l__sx466_ アンドラーシュ・シフ独奏、ハイティンク指揮シュターツカペレ・ドレスデン(1996年録音/テルデック盤) シフが43歳の時の録音で、モダンピアノによる演奏ですが、奏法が端正で古典様式寄りの印象を受けます。ですので、古雅な音色を持ち、造形感に優れたSKドレスデンとの組み合わせがぴったりです。ハイティンクの指揮も自己主張をすることなくもっぱら合わせに徹していて正に適役です。第1番から第5番までの演奏の統一感が素晴らしく、過度にロマンティックなスタイルに抵抗のある人には最良の演奏だと思います。録音も派手さの無い、重心の低いアナログ録音を思わせる音造りが大変魅力的です。

81gvgswskcl__sl1400_ アルフレード・ブレンデル独奏、ラトル指揮ウィーン・フィル(1997年録音/フィリップス盤) ブレンデルの三度目の全集盤ですが、指揮者にEMIのラトルを起用したのは驚きでした。結果は大変に新鮮な演奏となりました。いつもながらラトルの譜面の細部の読み方は深く、頻繁に驚かされます。しかしそれが常套手段化していることからいささか鼻に付き、必ずしも感銘を受ける結果には結びつかないのは惜しいです。一方、ブレンデルは技巧的にも素晴らしいですが、それが若い頃のような分析的な演奏では無く、ベートーヴェンの音楽に熱く向かい合い、ウィーンの伝統に沿いながらも聴いていてワクワクするような面白さを感じます。第1番、2番においても非常に新鮮な名演となっています。

以上ですが、この中から一つだけマイ・フェイヴァリットを上げるとすれば、バックハウス/シュミット=イッセルシュテット盤を置いて他には考えられません。次点としてはグルダ/シュタイン盤です。更に上げればツィマーマン/バーンスタイン盤、ゼルキン/クーベリック盤、ブレンデル/ラトル盤あたりですが、番外としてグレン・グールド盤は外せません。さて皆さんのお好みは?

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2020年8月16日 (日)

ベートーヴェン ピアノ協奏曲第3番 ハ短調op.37 名盤

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さて、ベートーヴェン生誕250年記念、今回はピアノ協奏曲第3番です。楽聖の残した5曲のピアノ協奏曲で、第5番「皇帝」に次いでは第4番が優れていると思いますが、逆境に立ち向かうような悲壮感と男っぽさという点でベートーヴェンらしいのは第3番です。

ベートーヴェンは元々この曲を「交響曲第1番」と同じ演奏会での初演を目指しましたが、第1楽章しか出来上っていなかったために断念しました。その3年後となる1803年にアン・デア・ウィーン劇場での演奏会で初演を行いましたが、ピアノ・パートが殆ど出来ていなかった為に、ベートーヴェンが自分でピアノを弾いて即興演奏で終わらせたそうです。それでも翌1804年には、ついにピアノ・パートの楽譜が完成して、ベートーヴェンの弟子のフェルディナント・リースがピアニストを務めて完全な初演をされました。

ベートーヴェンは、耳の疾患への絶望感などから1802年に、あの「ハイリゲンシュタットの遺書」を書いていることから、この曲全体を覆う悲壮感はそこから生まれたような気がしますが、楽想そのものは、その2年前から既に出来ていたということになります。

曲の構成は、革新的な第4番とは異なり、古典的な協奏曲のスタイルを踏襲して書かれています。

第1楽章 ハ短調 アレグロ・コンブリオは「運命」と同じですが、「運命」ほど激しくは無いものの逆境に立ち向かう意志の力が大いに感じられます。

第2楽章 ホ長調 ラルゴは深い祈りに包まれた非常に美しい楽章で、この中間楽章は第4番のそれよりも出来が良いように思います。

第3楽章 ハ短調-ハ長調 モルト・アレグロはロンド形式で主題が繰り返された後、中間部を経過してドラマティックに盛り上がります。コーダはプレストとなり曲を閉じます。

それでは、いつも通りに愛聴盤CDをご紹介してみたいと思います。

71t0j0q8cfl_ss500_ アニー・フィッシャー独奏、フリッチャイ指揮バイエルン国立管(1957年録音/グラモフォン盤) フィッシャーはベートーヴェンを得意とした数少ない女流ピアニストの一人ですが協奏曲の録音は少なく、ステレオ最初期の録音のこの演奏は貴重です。彼女の力強い打鍵は正に”男勝り”で、この曲にピッタリです。と言って繊細さに欠けることも無く、変に神経質にならないおおらかさもベートーヴェン向きです。録音年代にしては音質は上々で、特にピアノの音は良く録れています。管弦楽の音がやや粗くは聞こえますが、フリッチャイの指揮に気迫が籠っていて中々に聴かせます。

410rqjyevvl__sl500_aa300_ ヴィルヘルム・バックハウス独奏、シュミット=イッセルシュテット指揮ウィーン・フィル(1958年録音/DECCA盤) バックハウスはいかにもドイツ的なピアニストですが、必ずしもイン・テンポを厳格に刻むタイプではありません。むしろ楽想に合わせたテンポの浮遊感を感じます。しかしそこから不自然な印象は全く受けません。音楽の流れにごく自然に感じられます。この曲でもベーゼンドルファーの骨太でいて柔らかく美しい音と、‘50年代のウィーン・フィルの柔らかな音とが極上に混ざり合っています。シュミット=イッセルシュテットは殊更に迫力を求めたりはしていませんが、それでいて聴き応えは充分です。DECCAのステレオ録音も明晰で素晴らしいです。

81ji3jgvqjl__ac_sl1500_ グレン・グールド独奏、バーンスタイン指揮コロムビア響(1959年録音/SONY盤) グールドの個々の録音を集めた全集に含まれます。衝撃的なバッハで世を席巻した時代の演奏ですが、このベートーヴェンでは古典的な楽曲のスケールを意識したように思えます。4番、5番のロマン的な弾き方に比べると、ずっと端正ですっきりとしたピアノなのです。しかし第2楽章では深い祈りの気分を聴かせます。バーンスタインもグールドの解釈に合わせたオーケストラの音造りをしていて、編成がやや小さめに聞こえますが、決して薄っぺらで軽い音では有りません。ドイツの伝統的な重厚な響きと比べて新鮮です。録音も明瞭で優れています。

B29368989916_1 ハンス・リヒター=ハーザー独奏、ジュリーニ指揮フィルハーモニア管(1960年録音/EMI盤) 真にドイツ的なピアニストと呼ばれたリヒター=ハーザーが同じ年にEMIに録音した3番から5番までのうちの1曲で、この3番のみ指揮がジュリーニです。リヒター=ハーザーは男性的で豪放とも呼べる打鍵を持ちますが、“がさつさ“とは無縁で、弱音部分では神経質に陥らない絶妙の繊細さも持ち合わせ、それらが全てドイツ音楽を感じさせる、ずしりとした手応えを聴き手に与えてくれます。ジュリーニのオーケストラ統率も手堅いです。録音は当時のEMIとしては上質で、これはリヒター=ハーザーのベートーヴェンボックスに含まれます。

41ploftjgjl__ac_ ヴィルヘルム・ケンプ独奏、ライトナー指揮ベルリン・フィル(1961年録音/グラモフォン盤) まず冒頭のライトナー指揮のベルリン・フィルの暗い音色で重々しい演奏が印象的です。この当時のこのオケの音色はプロシア的で本当に良かったです。ケンプはいわゆる男性的で豪放的な演奏とは異なりますが、ドイツの伝統を基本とした堅牢さに惹かれます。この人特有の優しさや虚飾の無い美しさも相変わらず魅力的です。第2楽章の祈りもとても深く感動的です。録音はピアノ、管弦楽ともアナログ的な落ち着いた響きで美しく録れています。

71jk1d9kx2l_ac_sl1200_ スヴャトスラフ・リヒテル独奏、ザンデルリンク指揮ウイーン響(1962年録音/グラモフォン盤) まず冒頭の長い導入部のザンデルリンクの造る音楽の雄大さ、素晴らしさに圧倒されます。気宇が極めて大きく、それでいて堅牢な古典的造形性が見事だからです。ウイーン響の持つ音のしなやかさとドイツ的な厚い響きが両立しているのも最高です。リヒテルはライブの時のあの我を忘れるような高揚こそ有りませんが、立派この上なく、技術的にも安定感抜群のピアノはザンデルリンクの音楽にピタリ一致します。全体の音楽を主導するのはザンデルリンクという印象ですが、それに埋もれるようなこの人では無く、両者の協調と競演が極めて高い次元で見事にバランスが取れています。

71dfn4bl1gl_ac_sl1050_ ルドルフ・ゼルキン独奏、バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィル(1964年録音/CBS盤) この録音当時のゼルキンはCBSのドイツ音楽の看板ピアニストとして活躍しましたが、義理父のアドルフ・ブッシュの精神を受け継いだ、魂の演奏を聴かせてくれました。それは古典的で堅牢な演奏スタイルでは無く、ブッシュやフルトヴェングラーに代表される正に炎と化すような演奏でした。そういう点で、この頃のバーンスタインとの相性は非常によく、第1、第3楽章での白熱した演奏と、第2楽章の沈滞した表現との対比が素晴らしいです。

41smq4ndwl_ac__20200816173701 ダニエル・バレンボイム独奏、クレンペラー指揮ニュー・フィルハーモニア管(1967-68年録音/EMI盤) 若きバレンボイムと巨匠クレンペラーが共演した全曲録音の1曲です。第1楽章冒頭からクレンペラーの極度に遅いテンポとスケールの大きさに驚きます。しかしバレンボイムが入ってからも、その音楽に自然に溶け込んでいます。第2楽章もテンポは遅いですが静寂感が良いです。第3楽章は1楽章ほどの遅さは感じませんが、悠揚迫らざるスケールの大きさは相変わらずです。録音は当時のEMIの標準的レベルで過大な期待は禁物です。

510 エミール・ギレリス独奏、セル指揮ウィーン・フィル(1969年録音/オルフェオ盤) ギレリスはセル/クリーヴランド管とEMIに全集録音を行いましたが、これはザルツブルグ音楽祭でのライブです。「鋼鉄の音」と称された(自分にはそれは揶揄されたとしか思えないのですが)ギレリスの音はロシア物はともかく、ドイツ音楽にはそれほど食指を動かされません。しかしこの録音では音に適度な柔らかさが感じられて抵抗有りません。優れた技術に裏付けされつつ、ひたすら誠実に弾くのには好感が持てます。セルもクリーヴランド管とのCBS録音で見せた、完ぺきな機能主義による冷徹さが、ウィーン・フィルの柔らかな音に中和をさせられていて好ましいです。このCDには同日のメイン曲の「運命」も収録されていて、それもまた素晴らしいです。 

Emperar001 フリードリッヒ・グルダ独奏、シュタイン指揮ウィーン・フィル(1970年録音/DECCA盤) 冒頭からホルスト・シュタインの指揮するウィーン・フィルが引き締まった音で緊張感を持ち、それでいて美しい響きに思わず引き込まれます。要所で打ち込むティンパニも効果的です。グルダのピアノはここではドイツ的でがっちりとしていますが、切れの良さも十分で素晴らしいです。第1楽章の推進力と切迫感、第3楽章の躍動感に魅了されますが、第2楽章の美しさも特筆できます。DECCAの優秀なアナログ録音なのが嬉しいです。

81xkbvrwhsl_ac_sl1400_ マウリツィオ・ポリーニ独奏、ベーム指揮ウィーン・フィル(1977年録音/グラモフォン盤) ポリーニのピアニスティックな魅力は、優雅な曲想の第4番よりは「皇帝」やこの曲に発揮されるようです。研ぎ澄まされた硬質の音が好みかどうかは別にしても、一音一音の打鍵そのものに凄みが有るのは確かです。ベームの指揮に関しては、相変わらず貫禄充分でずしりとした重みを感じさせて素晴らしいです。それに、ウィーン・フィルから引出す、フォルテの引き締まった迫力ある音と、美しくしなやかな音との演奏の区分けが実に見事です。この時代のグラモフォンの録音は安心して楽しめます。

272 ルドルフ・ゼルキン独奏、クーベリック指揮バイエルン放送響(1977年録音/オルフェオ盤) ゼルキン74歳の時にミュンヘンで行った全曲チクルスのライブです。セッション録音の様にフォルムが整理し尽くされた演奏では無く、実演ならではの自在さが感じられて楽しめます。打鍵も‘64年録音盤と比べても決して聴き劣りしないのは流石です。その上に巨匠としての円熟が加わっていて非常に魅力的です。ゼルキンは真にドイツ的な僅か数名の巨匠ピアニストの一人だったと断言します。クーベリックの指揮もゼルキンを力強くサポートしていて素晴らしいです。録音はやや柔らか過ぎかもしれませんが、客席で聴く雰囲気充分で良いです。

818mdiyd7gl_ac_sl1417_ アルトゥーロ・ベネディッティ=ミケランジェリ独奏、ジュリーニ指揮ウィーン響(1979年録音/グラモフォン盤) クレンペラーほどは遅くありませんが、ジュリーニの遅めのテンポでスケール大きく開始されます。厚みが有りながらも、しなやかでウィーン的なオケの音も素晴らしいです。ミケランジェリも一音一音を丁寧に彫琢された音で弾いていますので両者の愛称は良いですが、音楽に奔流のような勢いはさほど感じません。しかし立派で高貴なベートーヴェンということでは比類が無く、そういう点では思わず引き込まれてしまいます。ライブですが演奏は完璧で、録音には臨場感が有り細部の再現も優れています。

7fcd8540eb49a9220748ae0f70890ff4 クラウディオ・アラウ独奏、ディヴィス指揮シュターツカペレ・ドレスデン(1987年録音/フィリップス盤) アラウは南米チリの生まれですが、子供の時からドイツで学んだので、確かにドイツ的なピアノを弾きます。この録音時には84歳となっていて、遅めのイン・テンポで淡々と歩み行く、正に大家の演奏です。第2楽章の深い祈りの雰囲気が味わい深いですが、第1、第3楽章のスケールの大きさも中々の物です。極めて誠実で朴訥に弾いているのはバックハウス以上ですが、メリハリは弱く人によっては退屈に感じるかもしれません。ディヴィスはアラウに合わせた堅牢な指揮ぶりで、SKドレスデンの響きの良さに魅了されます。録音も良く、柔らかく厚みのある響きが最高です。

71csz0dey5l__ac_sl1400_ クリスティアン・ツィマーマン独奏、バーンスタイン指揮ウィーン・フィル(1989年録音/グラモフォン盤) 録音当時まだ33歳のツィマーマンをアラウの後に聴くと、良くも悪くも若さを感じます。もちろんテクニックは申し分無く、ピアノの音色も美しいのですが、幾らか落ち着きのなさが感じられます。それでも第2楽章などは情緒深く聴かせてはくれますし、第3楽章の切迫感も悪くはありません。バーンスタインは晩年にもかかわらず、重量感と生命力を感じさせて素晴らしいです。全体的には同じコンビの「皇帝」「4番」に比べて出来栄えがやや落ちるでしょうか。

41lxad4j66l__ac_ マウリツィオ・ポリーニ独奏、アバド/ベルリン・フィル(1992年録音/グラモフォン盤) ポリーニ15年ぶりの再録音は全曲チクルス演奏会のライブ収録です。良くも悪くも贅肉の無いポリーニのピアノに大きな違いは感じません。それでも自己主張がより明確になっているのは本人の円熟なのでしょうが、指揮者の違いも有るように思います。アバドの指揮は全体的にレガート気味で雰囲気は有りますが、ベームのような厳しさが感じられません。ベルリン・フィルの音も当然そのように聞こえます。ですので自分の好みで言えばベームとの旧録音を取ります。

51uwabwfp5l__sx466_ アンドラーシュ・シフ独奏、ハイティンク指揮シュターツカペレ・ドレスデン(1996年録音/テルデック盤) シフが43歳の時の録音です。モダンピアノによる演奏ですが、奏法はいかにもシフらしく端正で古典スタイル寄りのものです。従って「現代的過ぎるのは嫌だが古楽器ピアノではちょっと」という方には丁度良いのではないでしょうか。古雅な音色を持つSKドレスデンとの組み合わせはとても良いです。ハイティンクもいつもながらの自己主張をしない指揮スタイルでこのオケの良さを引き出していて好感が持てます。録音も優秀です。

81gvgswskcl__sl1400_ アルフレード・ブレンデル独奏、ラトル指揮ウィーン・フィル(1997年録音/フィリップス盤) ブレンデルの三度目の全集盤に収められています。指揮者のラトルはEMIから借りてきた、いわば“ゲスト”なのですが、譜面の細部の読み方が深く、第1楽章の長い導入部からして既に主役の様に聞こえます。肝心のブレンデルの方が幾らか影が薄いです。それでもブレンデルは若い頃のような分析的なピアノ演奏では無く、ベートーヴェンの音楽に自然に向かい合う真摯さが好印象です。ラトルの譜読みは意図が見え見えなのは余り感心しませんが、それさえ気にならなければ全体的には良い演奏だと思います。特に第2楽章は美しいです。

61pzza8azrl_ac_sl1200_ マルタ・アルゲリッチ独奏、アバド指揮マーラー・チェンバー管(2004年録音/グラモフォン盤) アルゲリッチはベートーヴェンの協奏曲を1番、2番は良く演奏していますが、3番以降はほとんど知りません。ですので、このアバドとの共演のライブ録音は貴重です。しかも素晴らしい演奏です。基本の造形は押さえた上で随所に彼女らしい力強さと即興的な閃きを感じさせます。それでいてしばしば閉口させられる恣意的なアクの強い表情付けが有りません。第2楽章のまるでシューマンのような夢見るような美しさも絶品です。アバドの指揮も室内管の特性を生かした美しいもので、アルゲリッチとの息がピタリと合っています。ちなみにカップリングされた第2番のほうも同様に素晴らしいです。

ということで、この曲に関しては決定的なフェイヴァリット盤は存在しませんが、あえて上げれば、バックハウス/シュミット=イッセルシュテット盤、リヒテル/ザンデルリンク盤、グルダ/シュタイン盤でしょうか。そしてアルゲリッチ/アバド盤が僅差で肉薄します。
更に続くとすれば、ケンプ/ライトナー盤、ゼルキン/クーベリック盤、シフ/ハイティンク盤辺りです。

<補足>アニー・フィッシャー/フリッチャイ盤、リヒテル/ザンデルリンク盤、ギレリス/セルのオルフェオ盤、アルゲリッチ/アバド盤を追加しました。

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2020年8月10日 (月)

ベートーヴェン ピアノ協奏曲第4番ト長調op.58 名盤

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毎日暑いですね!もし新型コロナ禍が無ければ、こんな暑い中でオリンピックが開催されていたはずです。やはり真夏の開催ってどうなのでしょうね。。

さて、ベートーヴェン生誕250年記念、今日はピアノ協奏曲第4番です。楽聖の残した5曲のピアノ協奏曲はどれもが傑作で、第3番や第1番も好きですが、最高傑作の第5番「皇帝」と並び立つのは、やはりこの第4番です。男性的で勇壮な「皇帝」に対して、高貴さや美しさに溢れた第4番は、さしずめ「皇后」というところでしょうか。

ベートーヴェンはこの曲においても、革新的な手法を取り入れました。それまでの協奏曲のように、まずオーケストラが“前座”として演奏を開始して、その後から独奏楽器が“主役”として華々しく登場するのではなく、初めから独奏ピアノに、しかも小さな音で演奏を開始させて、その後からオーケストラを登場させるという手法を取り入れました。これには初めてこの曲を聴いたお客さんは驚いたに違いありません。
しかも、それまでは独奏者の引き立て役として「伴奏」に徹する感のあったオーケストラに、ある時はピアノと語り合わせ、またある時は丁々発止の掛け合いを演じさせました。各楽章の楽器構成も、第1楽章でティンパニとトランペットの出番を全く無くしてみたり、第2楽章では弦楽合奏のみの演奏というように、慣習に捉われることなく非常に独創的です。

ベートーヴェンがこの曲の作曲に取り掛かったのは1805年で、翌1806年に完成させました。初演が1807年にウィーンの貴族邸宅の広間にて非公開で行われ、翌年アン・デア・ウィーン劇場に於いて公開での初演が行われました。そのどちらもベートーヴェン自身がピアノを弾きました。
この曲は、ベートーヴェンの最大のパトロンであり、ピアノと作曲の弟子でもあったルードルフ大公に献呈されています。

それでは、愛聴盤CDをご紹介してみたいと思います。

41kbvasan0l_ac_ コンラート・ハンゼン独奏、フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィル(1943年録音/TAHRA盤) 第二次大戦中のライブ録音で、旧ソ連に接収されたテープから様々な形でリリースされていますが、音質は時代相応で期待は禁物です。しかし演奏は素晴らしいです。両者ともロマンティシズムの限りを尽くしてテンポも自由自在、古典的造形性は皆無ですので、これが現代の聴き手に受け入れられるものかどうかは分かりませんが、一つの時代の記録として貴重です。写真はこの録音が含まれているフルトヴェングラーの戦時中録音のボックスセットです。

815t3zsicpl_ac_sl1495__20200809145601 ワルター・ギーゼキング独奏、カラヤン指揮フィルハーモニア管(1951年録音/EMI盤) ドイツの名ピアニストだったギーゼキングの録音は何となく忘れ去られていますが、こうしてカラヤンのボックスセットに収められたのは嬉しいです。ギーゼキングとカラヤンの演奏スタイルはテンポの大きな変化やルバートをほとんど行わないのでマッチしています。1楽章や3楽章の颯爽としたところも良いですが、2楽章の深く沈み込んだ雰囲気にも惹かれます。モノラル録音で、高音域のざらつきが幾らか気に成りますが、音はそれなりに明瞭です。但し同時期の録音の「皇帝」と同様にピアノの音像が引っ込んでいるのがマイナスです

410rqjyevvl__sl500_aa300_ ウイルヘルム・バックハウス独奏、シュミット=イッセルシュテット指揮ウィーン・フィル(1959年録音/DECCA盤) バックハウスの弾くベーゼンドルファーの柔らかく美しい音と、‘50年代のウィーン・フィルの音とが溶け合った響きがDECCAの優れたステレオ録音で残されたことは至上の喜びです。当時のこのオケの弦と木管は何と美しく味わい深いことでしょう。ピアノも指揮もどこまでも虚飾の無い自然体の演奏で、楽聖の音楽の美しさ、崇高さを余すところなく感じさせてくれます。ただ第3楽章では管弦楽に更に豪快な迫力を求められるかもしれません。そういう意味ではベームの指揮でも聴いてみたかったとは思います。

Casadesus_g1593336w ロベール・カサドシュ独奏、ベイヌム指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管(1959年録音/SONY盤) 意外な共演ですが、れっきとした旧CBSによるセッション録音です。モーツァルトの協奏曲演奏で定評のあるカサドシュは、この曲でも粒立ちの良い奇麗な音で古典的な造形美を感じさせます。ベイヌムは手兵の名門コンセルトへボウを率いて、正にぴったりの演奏を繰り広げています。弦楽の上手さもさることながら、特に木管楽器が本当に美しく惚れ惚れさせられます。デジタルリマスターこそ高音域の強調が過剰ですが、鑑賞の妨げになるほどでは有りません。

B29368989916_1 ハンス・リヒター=ハーザー独奏、ケルテス指揮フィルハーモニア管(1960年録音/EMI盤) 真にドイツ的なピアニストと呼ばれたリヒター=ハーザーが同じ年にEMIに録音した3番から5番までのうちの1曲です。一つとして変わったことはしていないのに、どこをとっても心に染み入ります。そういう点ではバックハウスと非常に似ていて、やはりこれがドイツピアノの伝統なのかと感じ入ります。第2楽章における深い祈りも印象的です。ケルテスの管弦楽の造形性と美しさを両立させた指揮ぶりも秀逸です。録音は当時のEMIとしてはかなり上質だと思います。これはリヒター=ハーザーのベートーヴェンボックスに含まれます。

61j74pvdnyl__ac__20200809145601 ヴィルヘルム・ケンプ独奏、ライトナー指揮ベルリン・フィル(1961年録音/グラモフォン盤) ケンプには同じドイツの巨匠でもバックハウスやリヒター=ハーザーの男性的な演奏と比べると気品や優しさを強く感じます。豪快さで圧倒するような演奏とは無縁ですが、決して弱々しくは有りません。そういった点でこの曲の第1楽章はケンプの良さが最高に発揮されています。ライトナーもケンプの音楽と一体化する素晴らしい指揮です。第2楽章もアウフタクトが威圧的に成らずに美しく、第3楽章の落ち着いたテンポは、人によっては躍動感不足と感じられるかもしれませんが風格が有ります。録音もピアノ、管弦楽とも美しく録れています。

81ji3jgvqjl__ac_sl1500_ グレン・グールド独奏、バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィル(1961年録音/SONY盤) グールドの個々に録音された演奏を集めた全集に含まれます。ピアノの音についてもフレージングについても実に個性が感じられます。といっても決して奇をてらった演奏では無く、聴いていて抵抗感は全く有りませんし、逆に音楽の楽しさに惹き込まれてしまいます。それはバッハ音楽のようなポリフォニー的な弾き方というか、左手が右手と同等の雄弁さを持ち、バスの単純な伴奏音型でさえ自己主張しているのは面白いです。バーンスタインも堂々たるオーケストラをグールドに合わせていて、曰くつきのブラームスの第1協奏曲の時のように両者競い合うような感じでは有りません。 

41smq4ndwl_ac_ ダニエル・バレンボイム独奏、クレンペラー指揮ニュー・フィルハーモニア管(1967-68年録音/EMI盤) 当時売り出し中のバレンボイムが巨匠クレンペラーと共演して行った全曲録音の1曲です。第1楽章ではクレンペラーの主導かと思える遅いテンポによりスケールが大きいですが、バレンボイムの存在感がどうも薄いです。ベートーヴェンの音楽の煮詰めにまだまだ甘さを感じてしまいます。第2、第3楽章にもほぼ同じ事が言えるでしょう。録音も音像の輪郭のはっきりしないEMIの典型的ななものです。

Emperar001 フリードリッヒ・グルダ独奏、シュタイン指揮ウイーン・フィル(1970年録音/DECCA盤) 録音当時のグルダのタッチにはドイツ的な重さは無く、切れの良い軽快さが魅力です。その後に登場してくる新時代のベートーヴェン演奏の先駆け的存在でした。それでいて、どこかウィーンの伝統を感じさせる辺りが魅力です。1、2楽章の美しさは格別で、3楽章の躍動感にも心が湧き立ちます。ホルスト・シュタインの指揮も中量級の音造りでグルダのピアノとの相性は抜群です。DECCAの優秀な録音もウィーン・フィルの音の美しさを忠実に捉えています。

81xkbvrwhsl_ac_sl1400_ マウリツィオ・ポリーニ独奏、ベーム指揮ウィーン・フィル(1976年録音/グラモフォン盤) ポリーニのピアニスティックな魅力は、この曲の第1楽章では発揮し辛いようです。「皇帝」のような輝きの聴かせどころが無いからでしょう。第2楽章の静寂感の有るピアノは中々ですが、本領を発揮するのは第3楽章です。夢中までには成っていませんが、堂々たる弾きぶりです。ベームの指揮はもちろん立派ですが、壮年期の引き締まった統率力は弱く、むしろ余裕さが感じられます。ウィーン・フィルの音の美しさは言うまでもありません。

272 ルドルフ・ゼルキン独奏、クーベリック指揮バイエルン放送響(1977年録音/オルフェオ盤) ゼルキン74歳の時にミュンヘンで行った全曲チクルスのライブです。セッション録音の様にフォルムが整理し尽くされ演奏では無く、実演ならではの自在さが感じられて非常に楽しめます。流石に若い頃の音の切れ味は有りませんが、その分円熟した豊かな音楽を堪能させてくれます。とはいえ第3楽章などはエネルギ―の迸りに耳を奪われます。ゼルキンは真にドイツ的な味わいを与えてくれる僅か数名の巨匠ピアニストの一人です。クーベリックの指揮もゼルキンを力強くサポートしていて素晴らしいです。放送局の録音も大変優れています。

Sim ウラディーミル・アシュケナージ独奏メータ指揮ウィーン・フィル(1983年録音/DECCA盤) アシュケナージの美しいタッチはクリスタルのようですし、メータとウィーン・フィルも実に流麗で美しく演奏しています。ただ幾らエレガントな「皇后」のような曲だとは言っても、ベートーヴェンの音楽の持つ男性的な力強さがもう少し感じられても良いように思います。第2楽章もややムード的です。ただ、それでも管弦楽に関しては旧録音で共演したショルティ/シカゴ響の過剰なまでの厳めしさよりはずっと良いと思います。第3楽章も躍動感は有りますが、豪快さよりは整った美しさが勝ります。

7fcd8540eb49a9220748ae0f70890ff4 クラウディオ・アラウ独奏、ディヴィス指揮シュターツカペレ・ドレスデン(1984年録音/フィリップス盤) 遅めのイン・テンポで急がず騒がず、淡々と歩み行く演奏です。この時81歳のアラウは、どこをとっても極めて誠実に弾いていますが、メリハリが弱いのでやや退屈です。ディヴィスもアラウにゆったりと合わせていますが、むしろSKドレスデンの響きの良さが魅力です。音に芯が有り、しかし柔らかく厚みのある音が最高です。中では第2楽章が、深く厳かな雰囲気に包まれた祈りの雰囲気で味わい深いですし、第3楽章の悠揚迫らざるスケールの大きさも中々のものです。

599 クリスティアン・ツィマーマン独奏、バーンスタイン指揮ウィーン・フィル(1989年録音/グラモフォン盤) 録音当時まだ33歳のツィマーマンでしたが、バーンスタインを相手に物おじすることなく自分の音楽を堂々と奏でています。もちろんテクニックは申し分無く、ピアノの音色も美しいですが、華麗に過ぎないところが良いです。バーンスタインはウィーン・フィルの美感を生かしていますが、重量感よりは生き生きとした躍動感を強く感じます。同じコンビの「皇帝」も素晴らしかったですが、これもまた伝統と新しさのバランスが抜群の名演奏だと思います。

61nolnh4mll_ac_ マウリツィオ・ポリーニ独奏、アバド指揮ベルリン・フィル(1992年録音/グラモフォン盤) ポリーニ16年ぶりの再録音は全曲チクルス演奏会のライブ収録です。実演といえどもテクニックも音楽も大きな違いが感じられないのは、この人の長所でもあり欠点でもあります。旧盤ではベームへのリスペクトの大きさが感じられて幾らか窮屈さを感じましたが、こちらでは完全に自分の音の世界に入っている印象です。アバドもベルリン・フィルの厚い響きを生かして充実した演奏を聞かせています。旧盤とどちらを選ぶかと聞かれると迷うところです。

51uwabwfp5l__sx466_ アンドラーシュ・シフ独奏、ハイティンク指揮シュターツカペレ・ドレスデン(1996年録音/テルデック盤) 今ではすっかり巨匠の仲間入りをしたシフですが、これは43歳の時の録音です。モダンピアノによる演奏ですが、奏法はいかにもシフらしい端正で古典スタイル寄りのものです。従って古雅な音色を持つSKドレスデンとの相性はとても良いです。指揮のハイティンクもいつもながらの自己主張をしないスタイルに徹していて正に適役です。古楽器演奏までは求めなくとも、ロマンティック過ぎるスタイルに抵抗のある人には最良の演奏だと思います。

81gvgswskcl__sl1400_ アルフレード・ブレンデル独奏、ラトル指揮ウィーン・フィル(1997年録音/フィリップス盤) ブレンデルの三度目の全集盤に収められています。指揮者にEMIのラトルを起用したのは驚きでしたが、新鮮な組み合わせです。ラトルの譜面の細部の読み方は深く、しばしばハッとさせられます。これは協奏曲ですのでそれほど目立ちはしませんが、随所でやはりこだわりを見せます。しかしそれが音楽の大きな奔流にならないように感じるのは自分だけでしょうか。肝心のブレンデルは若い頃のような分析的な演奏では無く、ベートーヴェンの音楽に自然体で向かい合うような真摯さを感じて好印象です。

さて、良い演奏が沢山有りますが、特に気に入っているものを上げてみますと、バックハウス/シュミット=イッセルシュテット盤、リヒター=ハーザー/ケルテス盤、ケンプ/ライトナー盤がベスト・スリー。それに肉薄するのがグルダ/シュタイン盤、ゼルキン/クーベリック盤、ツィマーマン/バーンスタイン盤です。こうしてみると古い演奏家が多いですね。古い奴だとお思いでしょうがご勘弁を。

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2020年8月 6日 (木)

ドイツのニ大巨匠による「皇帝」ライブ盤 超名演


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ベートーヴェン生誕250年記念特集は続きます。今回はピアノ協奏曲第5番「皇帝」です。
この曲の名盤については既に「皇帝 名盤」「皇帝 女流名人戦」で書きましたが、今回は真にドイツ的なピアニストであるヴィルヘルム・バックハウスとハンス・リヒター=ハーザーという二大巨匠のライブ盤の聴き比べとしました。奇しくもこの二人は同じライプチッヒの生まれです。
但し、御二人の知名度にはだいぶ大きな差が有ると思います。1950年代から60年代のDECCAレーベルの看板ピアニストとして君臨したバックハウスと、フィリップスとEMIに録音を行ったものの余り重きを置かれなかった感のあるリヒター=ハーザーですので、遠い島国の日本ではバックハウスの知名度が圧倒的に勝るのは当然です。しかしリヒター=ハーザーは、数少ない録音からも『バックハウス以上にドイツ的』と言われる人が居るのが、あながち間違いでもないと思っています。
そこで「皇帝」という大名曲における二人の貴重な晩年のライブ盤を聴き比べてみます。しかもサポートする指揮者はそれぞれカイルベルトとザンデルリンクという、これまた真にドイツ的な大巨匠です。ワクワクする組み合わせですよね。

 

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ヴィルヘルム・バックハウス独奏、ヨーゼフ・カイルベルト指揮シュトゥットガルト放送響(1962年録音/TAHRA盤)

バックハウスの「皇帝」の録音は多く、最も標準的なDECCAのシュミット=イッシェルシュテットとのステレオ録音はいまだにマイ・フェイヴァリットとして君臨しています。クレメンス・クラウスとのモノラルの旧盤も良いですが、むしろライブ録音のショルティ/ケルン放送響(1959年)、シューリヒト/スイス・イタリア放送響(1961年)共演盤が素晴らしいです。そこでこのカイルベルトとの録音に成るわけですが、一言で言って最もドイツ的でスケールが大きいです。それが一番最後の録音だからなのか、共演指揮者との相性なのかは分かりません。基本テンポも幾らか遅めですが、それよりも間合いや音のタメ、大きなルバートなどが過去以上に大胆です。しかし恣意的な安っぽさなど微塵も感じられず、例えれば歌舞伎の名役者が見得を切るようなごく自然な腹芸だと言えます。そのうえ打鍵の確かさ(といっても機械的にという意味では無い)はこれがこの時78歳のピアニストかと驚くほどです。カイルベルトの指揮が同じように堂々たるものなので、なんでも昔、この録音が発売されたときに、指揮者がクナッパーツブッシュと間違えられていたそうです。それもなるほどと思わせるような凄い指揮ぶりです。当時のシュトゥットガルト放送響も超一流では有りませんが、充分にドイツ的な味を出しています。録音はモノラルで、頭の部分がややボケた印象なのはオリジナルテープの劣化かもしれませんが、それ以後はピアノもオーケストラも明瞭で生々しく芯の有る音に魅了されます。このディスクはDECCAのステレオ盤と並ぶマイ・フェイヴァリット盤となりました。なお、このディスクには同じ日に演奏されたブラームスの交響曲第4番が収められています。そちらは録音が幾らか不安定な個所が有りますし、演奏そのものも「皇帝」のほうがだいぶ格上です。ですのでジャケット写真はカイルベルトだけなのは残念です。

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ハンス・リヒター=ハーザー独奏、クルト・ザンデルリンク指揮デンマーク放送響(1980年録音/Kontrapunkt 盤)

リヒター・ハーザーは1912年生まれですので、実はバックハウスとは生まれた年が28年も差が有ります。ところが代表的なレコードのブラームスの協奏曲第2番が1958年の録音の為に、バックハウスの同曲のステレオ録音よりも古く、同じようなドイツの巨匠と印象付けられる原因となりました。この「皇帝」は68歳の時の録音です。打鍵、とくにフィンガリングの滑らかさはバックハウスよりも上ですが、両巨匠に共通するのは決して音が上滑りしないことです。ショパンなどを得意とするようなテクニシャンが弾くベートーヴェンはどうも音が上滑りする印象を受けます。その点この人のようなしっかりとした音で堂々と恰幅の良い演奏を聴かされてはこたえられません。ドイツ音楽の良さここに極まれりです。間合いや音のタメ具合はバックハウスの方がより強く感じますが、リヒター=ハーザーの貫禄も相当なものです。
この人には1960年にケルテスと組んでEMIに録音した「皇帝」が有り、それも既に素晴らしい演奏でした。けれども、これほど凄いドイツのピアニストがその後1960年代後半から70年代にレコード会社の商業ベースから外れてしまったのは大きな損失です。世は既にピアニスト新時代に入ってしまったからでしょうか。こうして超名演の演奏会が開かれていたのですから、ヨーロッパでは高い名声が有ったと思うのですが。共演をするザンデルリンクもまた真にドイツ的な指揮者でしたので、リヒター=ハーザーとの相性は最高です。オーケストラはデンマークのオケですが、この音楽の素晴らしい風格にはそれをしばし忘れます。当然バックハウスの録音とは比較にならないハイファイ録音なのも嬉しいです。ちなみにこのディスクは2枚組で、もう1枚はブラームスのピアノ協奏曲第1番です。これがまた同じような超名演です。ザンデルリンクはこの曲を得意にしていて、エレーヌ・グリモーとの正規盤以外にも、ラドゥ・ルプーとの非正規盤という超絶的な名盤が存在します。

このような名演奏を今も聴くことが出来る何という幸せ。
ドイツ音楽は永遠に不滅です!

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2014年1月 3日 (金)

ベートーヴェン ピアノ協奏曲第5番「皇帝」 ~新春初夢・女流名人戦~

新たなる気持ちで新年を迎えたいという気分に、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲とピアノ協奏曲「皇帝」は、とても相応しいですね。峻厳な気持ちになるヴァイオリン協奏曲に対して、「皇帝」は生きる力と勇気を湧き起こしてくれます。どちらも素晴らしい名曲だと思います。

実は、二年前の2011年の新年にも、同じ「皇帝」で聴き初めをしました。僕の愛聴盤についてはその時の記事、ピアノ協奏曲第5番「皇帝」 名盤で、ご紹介済みですが、今回は題して「新春初夢・女流名人戦」です。演奏を競うのは日仏の美人鍵盤奏者同士という、いわば国際Aマッチです。

エレーヌ・グリモー(フランス代表)
     VS
仲道郁代 (日本代表)  

なにしろ、お二人ともホント美しいので、CDのジャケット写真を眺めているだけで魅入られてしまいます。ボーっとしていてロクに正しい審判ができないかもしれませんが、二人とも自分の好みのタイプですので、どちらかを贔屓するような真似はしません。たぶんですけど(?)

それでは、試合開始!先攻はエレーヌ・グリモーさんです。

41kbt0fajylエレーヌ・グリモー独奏、ヴラディーミル・ユロフスキ指揮シュターツカペレ・ドレスデン(2006年録音/グラモフォン盤)

指揮者のユロフスキは余り知られませんが、ロシアに生まれて18歳でドイツに移住した人です。それにしてもグラモフォンは最近、シュターツカペレ・ドレスデンを使った録音が多いですね。東西ドイツ分断の時代には考えられなかったことです。この演奏がルカ教会で録音されたと聴けば、古いファンなら「ああ」と言って響きを想像なさるでしょう。全ての楽器が柔かく溶け合った、あの典雅な響きです。ユロフスキの指揮は力みの無い自然体で、オケの響きを最優先させている印象です。木管のハーモニーも美しく、このオケのドイツものは本当に素晴らしいです。グリモーのピアノはオーソドックスです。テクニック的にも不足は全く感じません。彼女はブラームスでは、かなりロマン的に傾く傾向が有りますが、このベートーヴェンは古典的な様式をしっかりと守っています。あくまで造形を重視して、そこにロマンの香りを混ぜ合わせるというスタイルです。造形を壊してしまうような過剰表現は有りません。それはオケの演奏スタイルともピタリと一致していて、バランスの良く取れた統一感を感じます。といって、第2楽章の敬虔な雰囲気が薄いなどということは無く、非常に深い祈りを聴かせています。ピアノとオケの両者が何と美しいことでしょう。第3楽章のリズムの良さと躍動感も見事です。更に、そこかしこに感じられる愉悦感が聴き手を幸せな気分にさせるでしょう。これは決して暴君のような荒々しい皇帝ではありません。立派な佇まいをしていて、民衆のを大切にする慈愛と人徳に溢れた皇帝という印象です。

ここで、攻守の交代。後攻めは仲道郁代さんです。

51axi15yy7l仲道郁代独奏、パーヴォ・ヤルヴィ指揮ドイツ・カンマーフィルハーモニー(2004年録音/ソニー盤)

仲道さんは本当に美しいと思います。けれでも、時にそれが正当な評価の邪魔をする場合が有りそうです。「あんな美人が良いピアノを弾けるわけがない。しょせんビジュアルだろう。」と玄人のファンに思われかねないからです。もちろん、どの演奏も全て良いなどと言うつもりは毛頭無いですし、それでは逆に正しい聴き手では無いと思います。

そんな仲道さんが41歳の時の録音であるこの演奏は、オーケストラが古楽器であるのが特徴的です。ヴィブラートが少ない透明感の有る響きです。そのバロック的な音が良いかどうかは聴き手の好みしだいですが、個人的にはベートーヴェンには現代楽器の重厚な音が好みです。仲道さんはテクニックに物を言わせてバリバリと弾くヴィルトゥオーゾ・タイプでは全くありませんが、テクニックに不足するわけではありません。彼女のピアノは、端正で透明感の有るとても美しい音を持ちますので、古楽器オケとの相性は決して悪くありません。白眉は第2楽章で、清純な祈りの雰囲気を見事に漂わせています。もちろん、全体が力強さに欠けている訳では無く、第1楽章や第3楽章の勇壮な部分ではとても立派に弾いています。しかし、これはグリモーにも共通していますが、荒々しい男性の皇帝では無く、気品が有り聡明な美しい女帝という印象です。そういう点はグリモー以上に感じられます。その結果、幾らかスケール感に不足しているのは否めません。但しそれは、仲道さんのピアノだけのせいでは無く、パーヴォの取る全体的に速めのテンポや古楽器オケの響きなどのトータル的な結果です。第3楽章の湧き立つような生命感と気品溢れる優しさの両立なども見事なものです。仲道さんが、単なるヴィジュアルの女流ピアニストと思われたら大間違いです。誤解されている方には是非ともお聴きになられて欲しいです。

ということで、この女流一番勝負(いや、「5番」勝負ですね)、管弦楽パートも含めた演奏トータルでは、グリモー盤の判定勝ちとします。しかしグリモーさんの美貌に惹かれながらも、仲道さんの優しい笑顔には更に惹きつけられます。ということで、この新春対決の結果は「水入りで引き分け」です。
仕方ありませんね、水もしたたる美しいお二人ですから。
へえ、おあとがよろしいようで。

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2011年1月 1日 (土)

ベートーヴェン ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調「皇帝」op.73 名盤 ~迎春2011~

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皆様、明けましておめでとうございます。1年が経つのは本当に早いものです。どんどん時間が過ぎてゆくのは逃げようの無いことですが、せめて日々流されることなく自分の出来ることを精一杯してゆきたいものだと思います。

堅い話はここまでにして、このブログで今年は何をしたいかなぁと考えてみました。昨年はブルックナーとマーラーの二本立て特集とベートーヴェンのシンフォニー特集をしました。そこで今年のこのブログの抱負です。

まずは今までほとんど触れていないモーツァルトの特集をしたいと思います。シンフォニーとピアノ協奏曲を。ベートーヴェンは弦楽四重奏をぜひやりたいです。それにブラームスのシンフォニーも。これは意外なことに今まで一曲毎にはちゃんとやっていませんでした。バッハの三大宗教曲もやりたいです。これらの合間に、名曲シリーズ、旬の季節シリーズ、ご当地シリーズなど、なんだか良く分かりませんがやってみたいです。そうそう、それにオールドロックシリーズもです。

というわけで新年の抱負を立てようと思っていたのですが、まるで収拾がつかなくなりました。でも目標としては大体そんな内容です。

でも新年はやはり相応しい曲でスタートしたいところです。一昨年はベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲でしたので、今年はピアノ協奏曲の「皇帝」にします。ヴァイオリン協奏曲もそうですが、ベートーヴェンはこういう雄渾な音楽を書かせたら正に最高ですね。立ちはだかる困難にも勇気を持って挑戦すれば必ず打ち勝てる!というような、強い意志の力を音楽に感じます。堂々とした威容は曲のタイトルそのものです。僕としてはピアノ協奏曲の「王様」と言えばブラームスの第2番を上げます。(さしづめ”王様の影武者”は第1番でしょうね) となると「女王」はチャイコフスキーだと思いますが、「皇帝」という名前はやはりこの曲にしか考えられません。第1楽章の雄渾さ、第2楽章の深い祈りの境地、第3楽章の生命力の爆発。本当に素晴らしい名曲ですね。

それでは僕の愛聴盤を順にご紹介してゆきます。

410rqjyevvl__sl500_aa300_ ウイルヘルム・バックハウス独奏、シュミット=イッセルシュテット指揮ウイーン・フィル(1959年録音/DECCA盤) 学生時代に全集をLP盤で買って何度も聴きかえした演奏です。とにかくバックハウスの弾くベーゼンドルファーの音は柔らかく美しいです。このウイーンの名器と50年代のウイーン・フィルの柔らかい音とが溶け合った響きはそれだけで最高です。バックハウスの堅実な演奏は人によっては物足りなく感じるかもしれませんが、一見地味なようでいて実はこの上なく意味深い演奏から味わうことのできる至福を是非とも感じ取って頂けたらと思います。Sイッセルシュテットもウイーン・フィルの美感を充分に生かした素晴らしい指揮ぶりです。

F47739e488e8ee878be9dd9e9954280f ウイルヘルム・バックハウス独奏、ショルティ指揮ケルン放送響(1956年録音/medici盤) バックハウスはモノラル期の、クレメンス・クラウス/ウイーン・フィルとのスタジオ録音も有りますが、これはケルンでのライブ録音です。若いショルティがエネルギッシュな伴奏を付けています。バックハウスもライブらしく熱い演奏ですが、完成度の高いステレオ盤を超える存在ではありません。ケルン放送の録音はモノラルで、年代を考えれば優秀ですが、ステレオ録音のような柔らかいベーゼンドルファーの響きを期待することはできません。

Emperar002 ウイルヘルム・バックハウス独奏、シューリヒト指揮スイス・イタリア放送響(1961年録音/ERMITAGE盤) スイスのルガノでのライブ録音です。この時バックハウスは既に77歳ですが絶好調で、流れる様に安定したタッチで気迫を持って弾き切っています。その点では’59年のDECCA盤以上です。モノラル録音でピアノの音質はショルティ盤とほぼ同じレベルですが、オケの音はむしろショルティ盤のほうが明晰です。けれども指揮の格はシューリヒトのほうが遥かに上ですし、ローカルオケを自在に操る手腕はさすがです。バックハウスの演奏を考えても、ニ種のライブではこちらの方を上にしたいです。

71vu1fezgfl__ac_sl1000_ エドウィン・フィッシャー独奏、フルトヴェングラー指揮フィルハーモニア管(1951年録音/EMI盤) 古くから知られた演奏で、僕もLP時代から聴いています。フィッシャーはテクニック的には幾らか危ないところも有りますが、昔のピアニストらしい大らかな良さが有ります。フルトヴェングラーはシンフォニーで聴かせるほどの凄さは感じませんが、雄渾でスケール大きくソリストのフィッシャーをサポートします。決して独りよがりには成りません。オケに関しては当然ながらウイーン・フィルだったらもう少し味が増したことでしょうが、現代のCGグラフィックスのような演奏と比べると、いかにも人間の手による筆書のような魅力を感じます。モノラル録音で音質は時代相応ですが聴き易いです。

815t3zsicpl_ac_sl1495_ ワルター・ギーゼキング独奏、カラヤン指揮フィルハーモニア管(1951年録音/EMI盤) 同じ年にEMIがドイツの巨匠の「皇帝」をそれぞれフルトヴェングラーとカラヤンと組ませて録音したのは面白いですが、こちらのギーゼキング盤は何となく忘れ去られていて、これはカラヤンのボックスセットに含まれています。両者の演奏に関してはテンポの変化やルバートをほとんど行わないギーゼキングとカラヤンのスタイルはマッチしています。フィッシャー盤と比べれば、ずっとモダンな演奏に感じます。ピアノの技巧もギーゼキングがやや上回ります。もちろんモノラル録音ですが、残念なことにデジタルリマスターが高音強調型で音のざらつきが気に成ります。明瞭さではフィッシャー盤と五十歩、百歩というところですが、ピアノの音像が幾らか引っ込んでいるのはマイナスです。

715pshkmh1l_ac_sl1393_ ウラディミール・ホロヴィッツ独奏、ライナー指揮RCAビクター響(1952年録音/RCA盤) ホロヴィッツ唯一の「皇帝」がセッション録音で残されています。奇をてらうことは全く無く、予想以上にオーソドックスなピアノを弾いています。しかしタッチの素晴らしさはやはりこの人で、一音一音に粒立ちの良さと輝きを感じます。堂々とした力強さも王者の貫禄です。ライナーもこのセッション楽団を完璧に統率して、キリリと引き締まった理想的な伴奏ぶりです。また1楽章、3楽章の充実とは別に、2楽章の美しさが印象深いです。音質はモノラルながらもフィッシャー盤と同等以上で中々に良好です。

Casadesus_g1593336w ロベール・カサドシュ独奏、ミトロプーロス指揮ニューヨーク・フィル(1955年録音/SONY盤) 珍しい組み合わせの様ですが、ミトロプーロスはカサドシュがお気に入りの様で度々共演をしています。カサドシュはモーツァルト弾きのイメージが強いですが、実はベートーヴェンも得意としていました。これはニューヨーク・フィルの欧州ツアーの際にパリのシャンゼリゼ劇場で行ったコンサートのライブ録音です。1楽章の明晰なフレージングで推進力に溢れた明るく地中海的な演奏が印象的です。2楽章は崇高というよりも美感が強く感じられます。3楽章は意外に大きく広がりのある演奏です。モノラル録音でマスタリングがやや高域がきつく感じられますが全体は明瞭です。

Mozart758 ロベール・カサドシュ独奏、ミトロプーロス指揮ウイーン・フィル(1957年録音/audite盤) これはスイスのルツェルン音楽祭でのライブ録音です。CDの写真はハスキルですが、ソリストは正真正銘カサドシュです。2年前のパリのライブでは1楽章を一気呵成に邁進していたのに対して、こちらでは勇壮かつ自在性を感じます。これはオーケストラの違いが演奏に出たのでしょう。2楽章でも美感よりも崇高さを感じるという正反対の印象です。3楽章はほぼ同格の出来栄えと思います。録音はモノラルで、明晰なパリ・ライブにくらべると音が柔らかいのでオーケストラにはぴったりですが、ピアノの音は幾らかくすみがちに聞こえます。

B29368989916_1 ハンス・リヒター=ハーザー独奏、ケルテス指揮フィルハーモニア管(1960年録音/EMI盤) 真にドイツ的なピアニストとして知られたリヒター=ハーザーはベートーヴェンの協奏曲の録音を3番から5番までEMIに残しました。EMIが余り積極的にプロモートしていないのは残念ですが、こうしてソナタ集とのボックスがリリースされているのは幸いです。徴兵されて一度は錆びついたと自ら称したテクニックもここでは申し分ないほど輝いていますが、音楽の堂々と立派なことではバックハウス以上とさえ言えそうです。ケルテスの指揮もドイツスタイルを意識して厳格に拍を強調していて大変に見事です。これほどの名演が埋もれてしまっては惜しいですが、英TESTAMENTから4番/5番のリマスター盤が単独でも出ていますので是非お薦めです。

61j74pvdnyl__ac_ ヴィルヘルム・ケンプ独奏、ライトナー指揮ベルリン・フィル(1961年録音/グラモフォン盤) ドイツの巨匠の中では一番「優しさ」の印象を受けるケンプですが、この曲でも「豪快さ」とは無縁の演奏スタイルです。フォルテでも決して力こぶを入れたりはしませんが、では物足りないかと言えばそんなことは有りません。フレージングなどどこをとってもこの上なく音楽的で唸らされます。ともすると力づくの演奏になりがちなこの曲で自然体にしてこれだけ聴き応えを感じる演奏は稀です。ライトナーの指揮もベルリン・フィルから必要にして十分な厚く美しい響きを引き出していて素晴らしいです。両者の共演は何度聴いても飽きの来ない熟達の業に他なりません。録音も優れています。

71dfn4bl1gl__sl1050_ルドルフ・ゼルキン独奏、バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィル(1962年録音/SONY盤) ゼルキンは若くしてドイツの大ヴァイオリニスト、アドルフ・ブッシュのパートナー・ピアニストに抜擢されましたが、その実力はワルター/ニューヨーク・フィルと1941年に録音した「皇帝」を聴けばその実力の程が解ります。速いテンポでの躍動感が凄いのです。それから約20年後のバーンスタインとのこの録音も負けず劣らず生命力の迸る演奏ですが、それでいてドイツ的な堅牢さを持ち合わせる辺りは稀有の存在です。ピアノタッチも極めて男性的ですが決して雑にはならず、細部にニュアンスが通っているのが素晴らしいです。オケの音色は少々明る過ぎますし、バーンスタインはかなり前のめりにオケを煽っていますが、変に落ち着いた演奏よりはずっと良いと思います。

51dlkulmjl__ac_ グレン・グールド独奏、ストコフスキー指揮アメリカ響(1966年録音/CBS盤) グールドがストコフスキーと共演するという興味深い録音ですが、期待に違わず楽しい演奏です。全体的にテンポは遅めですが、特別遅いというほどではありません。堂々たるオーケストラをバックにグールドは即興的な感覚を端々に見せながら個性豊かなピアノを聴かせます。そこには神経質に研ぎ澄まされたというより思い切りの良い大胆さを強く感じます。二楽章でのゆったりとした深い祈りも印象的です。オーケストラの音色はどうしても明るめでアメリカ的ですが、大きなマイナスには感じません。

Beethoven81aoiyxz3l__sy355_ダニエル・バレンボイム独奏、クレンペラー指揮ニュー・フィルハーモニア管(1967年録音/EMI盤) デビュー間もない若きバレンボイムが老クレンペラーのバックで録音した全集からです。冒頭をバレンボイムは流麗に弾き切ります。ところがオーケストラの主題が始まると、クレンペラーの遅めのテンポが主導権を握り、バレンボイムは仕方なしにそれに合わせるという風情に変わります。曲が進むほどにクレンペラーはどっしりと音にタメを作り自分のペースに持ち込みます。こうなってはバレンボイムは為すすべが有りません。後半はさながら巨人の音楽です。第2楽章も遅めですが以外と深みに不足するような気がします。第3楽章もテンポは遅いですが、バレンボイムはツボを会得したのかクレンペラーと呼吸を合わせて堂々と弾いています。というユニークな演奏ですが面白さは格別です。EMIの録音はパッとしませんが、この演奏は一聴の価値が有ります。

Beethoven_81aqvribnal_sy355_エミール・ギレリス独奏、セル指揮クリーヴランド管(1968年録音/EMI盤) 現役当時は”鋼鉄の音”などと称されたギレリスでしたが、古典派を演奏すると案外端正な音を奏でます。この演奏もここぞという箇所では”鋼鉄”の片りんを見せますが、全体的にはベートーヴェンにふさわしい美しいピアノを聴かせてくれます。セルのカッチリとした造形との相性も良く、非常に美しく整った演奏です。第2楽章も弱音が夢のような美しさです。クリーヴランド管の響きはヨーロッパの団体のような柔らかさは有りませんが、肥大化し過ぎないあくまでも古典派の枠組に留まる音に好感が持てます。

Emperar001 フリードリッヒ・グルダ独奏、シュタイン指揮ウイーン・フィル(1970年録音/DECCA盤) バックハウスと比べると皇帝が20歳は若返ったような印象です。グルダのピアノは切れ良く軽快ですが、適度のタメも有り聴き応えがあります。ホルスト・シュタインの指揮にはドイツ的な堅牢さを感じますし、ウイーン・フィルもSイッセルシュテットの時のような柔らかさは有りませんが、録音の良さと相まって美しさと造形性のバランスが見事です。1楽章は勇壮さと切迫感が両立して素晴らしく、2楽章は美しく深みが有ります。3楽章でも躍動感と重みが両立しています。ピアノ、指揮、オケの音色、演奏の若々しさと立派さの全てが高次元でバランスのとれた素晴らしい演奏です。

51u3f1ew6ml_ac_ ハンス・リヒター=ハーザー独奏、ケーゲル指揮ライプチヒ放送響(1971年録音/WEITBLICK盤) リヒター=ハーザーのベートーヴェンはどれもが純正ドイツ的と呼べるもので素晴らしいです。EMIの’60年録音も優れていますし、ザンデルリンクとの’80年のライブ録音は最高でした。しかしこのライプチヒでのライブもまた非常に優れていて存在価値が有ります。’80年の立派さや貫禄と比べると、もう少し自在さを感じます。ピアノのタッチの堅牢さと柔らかな音色には相変わらず惹きつけられます。ケーゲルと放送響の演奏にも不満は有りません。録音も優れていますし、何よりこの人の数少ないライブ録音ですので貴重です。

772クリストフ・エッシェンバッハ独奏、小澤指揮ボストン響(1973年録音/グラモフォン盤) エッシェンバッハがピアニストとして脚光を浴びていた時代の録音で、小澤と共に30代の演奏です。速めのテンポの第1楽章では若々しさが魅力である反面、小澤の指揮が腰軽で勇壮感に欠けける印象です。第2楽章では一転して遅く深い抒情感を与えていますが、これはエッシェンバッハによるものと思います。終楽章では跳ねるようなリズムが躍動感を生み聴いていて心が躍ります。

Emperor_2 アルトゥール・ルービンシュタイン独奏、バレンボイム指揮ロンドン・フィル(1976年録音/RCA盤) ルービンシュタインがなんと88歳の時の演奏です。ピアノのタッチが非常にしっかりしているのには驚かされます。テンポが極めて遅いので、雄大さを感じる反面、少々もたつきも感じます。バレンボイムも懸命に合わせてはいますが、遅いテンポにもたない部分も有ります。かつてバレンボイムはピアノを弾いてはクレンペラーの遅さに合わせざるを得ず、指揮をしてはルービンシュタインの遅さに合わせざるを得ずと、この曲に関しては気の毒な人でした。とはいえ、この風格に対抗できる演奏は中々無いんじゃないでしょうか。第3楽章の巨大さも凄いです。

4108031773 マウリツィオ・ポリーニ独奏、ベーム指揮ウイーン・フィル(1976年録音/グラモフォン盤) ポリーニがまだ30代前半の演奏です。当時のベームと共演したときの映像を観ると、ポリーニはまるで飼い主の命令をきく忠犬のような顔つきをしていたのが忘れられません。それはともかく、このベームとウイーン・フィルの分厚く立派な響きは素晴らしいです。リズムを堂々と踏みしめながらも推進力を持って高揚感を感じさせるのは正に至芸です。その伴奏に支えられたポリーニのピアノも生真面目でやや堅苦しいものの立派です。この人がこれだけのベートーヴェンを弾くのはやはりベームの影響によるものだと思います。

272 ルドルフ・ゼルキン独奏、クーベリック指揮バイエルン放送響(1977年録音/オルフェオ盤) ゼルキン74歳の時のミュンヘンでのライブ演奏です。この人はドイツものの最高の演奏家の一人だと思いますし、ベートーヴェンのソナタの多くも僕はバックハウスの次に好きかもしれません。男性的なタッチもまだまだ健在です。1楽章からゼルキンもクーベリックもかなりの気合が入っているので、結構テンポは速めです。2楽章では厳しさの中に深い美しさをたたえています。3楽章は勢いとゆとりが共存する腹芸のような演奏です。即興的と言えないこともありません。録音も秀れています。

51vj5gzxpml アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリ独奏、ジュリーニ指揮ウイーン響(1979年録音/グラモフォン盤) これはウイーンでのライヴ録音です。ミケランジェリのライヴ正規盤は珍しく貴重です。クリスタルガラスのように澄み切って美しい響きのピアノがオーケストラの柔らかい音に乗って、非常に気品のある美感を感じさせます。特に第2楽章の美しさたるや尋常ではありません。終楽章も迫力一辺倒ではなく、そこに何ともいえぬ気品を感じます。ドイツ系の奏者の、ともすると厳ついベートヴェン演奏とは相当に味わいの異なる演奏ですが、聴き応えは充分です。ジュリーニの指揮も美しく大変立派です。

51iayil0cllユーリ・エゴロフ独奏、サヴァリッシュ指揮フィルハーモニア管(1982年録音/EMI盤) ロシア生まれのエゴロフは余り広く知られてはいませんが、旧ソ連から西側に亡命して自らがゲイであることを告白し、若干33歳でエイズのために亡くなったピアニストです。コンクールでは何故か優勝出来ませんでしたが、ニューヨーク・デビューでセンセーショナルな成功を収め、その後に幾つか行われた録音の一つがこれです。正に真珠を転がすような繊細で美しい音に魅了されます。サヴァリッシュの伴奏で堂々と繰り広げる演奏は明らかに天才です。EMIの録音のせいかオーケストラの音色に色彩感が無いのが残念ですが、これは隠れた名盤の一つと呼べます。

Simウラジーミル・アシュケナージ独奏、メータ指揮ウイーン・フィル(1983年録音/DECCA盤) 元祖”真珠を転がすような美音”のアシュケナージの再録音盤です。旧盤ではショルティの指揮が力まかせでマイナスでしたが、メータとの相性は良いです。堂々としたテンポ運びであり、ウイーン・フィルの美しく、かつ厚い音も非常に心地良いです。アシュケナージのピアノが良くも悪くもクセが余りに無さ過ぎるのが個人的にはやや物足りなさを感じますが、これだけピアノもオケも美しく立派な演奏は中々有りません。

7fcd8540eb49a9220748ae0f70890ff4 クラウディオ・アラウ独奏、ディヴィス指揮シュターツカペレ・ドレスデン(1984年録音/フィリップス盤) この演奏の最大の魅力はSKドレスデンの響きです。芯が有るのに柔らかく厚い音はなんとも魅力的です。アラウはこの時81歳なので、ピアノに切れの良さは望むべくも有りません。ひたすら誠実に弾くのみです。能役者の演技のように動きがゆっくりでメリハリが弱いので、1楽章や3楽章ではやや退屈に感じますが、2楽章の淡々とした歩みと味わいは素晴らしいです。

599 クリスティアン・ツィマーマン独奏、バーンスタイン指揮ウイーン・フィル(1989年録音/グラモフォン盤) ウイーンでのライヴ録音です。ライオンのようなアゴひげを生やしたツィマーマンはまさに「若き鍵盤の獅子王」です。伸びのある艶やかな美しい音で繊細さと力強さの両方を兼ね備えて非常に素晴らしいです。全く堅苦しくない新鮮な皇帝という印象です。バーンスタインの指揮は第1楽章の速い部分で幾らか前のめり気味で腰が据わらないのが気になります。けれども堂々とした部分では威厳が有りますし、3楽章も非常に立派です。

61nolnh4mll_ac_ マウリツィオ・ポリーニ独奏、アバド/べリリン・フィル(1993年録音/グラモフォン盤) ポリーニのベームとの旧盤から17年ぶりの再録音盤はアバドとの全曲チクルスのライブ収録です。旧盤ではやや真面目過ぎる印象が有りましたが、こちらは実演ならではのライブ感が有ります。相変わらずのテクニックはもちろんですが、豪放なぐらい力強さが有り、最もポリーニ向きなベートーヴェンはやはり「皇帝」です。反面アバドの指揮はレガート強調気味なのが気になり、2楽章での敬虔さも今一つです。フォルテを轟かせるベルリン・フィルの音は確かに迫力は有りますが余り威厳を感じさせません。旧盤とどちらを選ぶかと聞かれれば、指揮者の格の違いで迷わずベームとの旧盤です。

51uwabwfp5l__sx466_アンドラ―シュ・シフ独奏、ハイティンク指揮シュターツカペレ・ドレスデン(1996年録音/TELDEC盤) 元々端正な演奏スタイルのシフですが、ここでもロマン的に肥大化したベートーヴェン像を排しています。しかしこれが例えばフォルテピアノのような演奏かと言われれば決してそんなことはなく、シフが語るようにあくまでも明確にロマン派への道程にあるベートーヴェン演奏です。ハイティンクの指揮もSKドレスデンの古典的なリズム感と音色を生かしていてピアノと見事に調和させています。1楽章、3楽章は非常にキリリとして新鮮ですが、2楽章では遅めのテンポで深い祈りを聴かせます。これは初めて聴いたときの印象よりも、聴きかえす度に魅力が増してくるような優れた演奏だと思います。

81gvgswskcl__sl1400_アルフレッド・ブレンデル独奏、ラトル指揮ウイーン・フィル(1998年録音/フィリップス盤) ブレンデルの三度目の全集盤に収められていますが、1枚物でも出ています。ラトルとは意外な組み合わせですが、これが実に素晴らしい結果を生みました。ブレンデルの音は真珠のような光沢はありませんが充分に美しく、かつ神経質過ぎずに力強さも有るところがベートーベンに向いています。ラトルはウイーン・フィルに余り歌わせて弾かせず、古楽器演奏に通じるような端正な音色を出させています。それでいてホルンやティンパニには鋭く切れの有る音を要求しているのが新鮮で聴き応えが非常に有ります。これは新時代の名盤として真っ先に上げたいです。

それにしても、この名曲の演奏は正に百花繚乱です。ただ上記以外に色々と聴いてはみましたが、それほど強く心に残る演奏には出会えていません。残念なのはここにリヒテルの演奏が無いことです。とても曲に向いていると思うのですが録音は残されていません。

ということでマイ・フェイヴァリット盤ですが、正直どの演奏も魅力的です。それでもたった1枚選ぶとすれば、やはりバックハウス/S.イッセルシュテット盤です。ピアノとオーケストラの溶け合いが最高だからです。次いでは真にドイツ的なリヒター=ハーザー/ケルテス盤およびケーゲル盤を上げたいところですが、この人には更に上を行く’80年録音のザンデルリンクとのライブ盤(関連記事参照)が有りますので、ここはオーケストラ・パートが最高に素晴らしいポリーニ/べーム盤、それと新時代の名盤としてブレンデル/ラトル盤を上げたいと思います。
更に続けるとすれば、熟達の業のケンプ/ライトナー盤、実に楽しく何度聴いても飽きないグールド/ストコフスキー盤、あらゆる点でバランスの良いグルダ/シュタイン盤、新鮮なツィマーマン/バーンスタイン盤、ピアノの美しい魅力でミケランジェリ/ジュリーニ盤と、どれもに惹かれてしまいます。

さて皆さんの新春の聴き初めは何の曲でしたしょうか。本年もどうぞよろしくお願い致します。

<補足>
フィッシャー/フルトヴェングラー盤、ギーゼキング/カラヤン盤、ホロヴィッツ/ライナー盤、カサドシュ/ミトロプーロスの二種類、リヒター=ハーザーのケルテス盤とケーゲル盤、ケンプ/ライトナー盤、ゼルキン/バーンスタイン盤、グールド/ストコフスキー盤、バレンボイム/クレンペラー盤、ギレリス/セル盤、エッシェンバッハ/小澤盤、エゴロフ/サヴァリッシュ盤、アシュケナージ/メータ盤、ポリーニ/アバド盤、シフ/ハイティンク盤、ブレンデル/ラトル盤を後から追記しました。

<関連記事>
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2009年1月 1日 (木)

ベートーヴェン ヴァイオリン協奏曲ニ長調op.61 名盤 ~迎春2009~ 

皆様、明けましておめでとうございます。

035615昨年8月にこのブログをスタートしましたが、初めのうちは訪れて頂く方もとても少なくて寂しかったものです。それがいつの間にか多くの方にお立ち寄り頂くようになりました。皆様に心から感謝しております。未曾有の景気悪化の中で生活を維持するだけでも大変な時代ですが、音楽を愛する方々とこうしてブログを通じて日常的に触れ合えることは本当に大きな喜びです。本年もどうぞ宜しくお願い致します。そして皆様、良いお正月をお過ごしください。

さて、今年の聴き初めですが、年末の聴き納めが「第九」でしたので、ここは年の初めもやっぱりベートーヴェンで行きましょう。曲はヴァイオリン協奏曲です。

ヴァイオリン協奏曲の中で僕が特に好んでいるのはベートーヴェンとブラームスなのですが、この2曲は雰囲気が随分と異なります。崇高な精神に溢れ、高貴なほどに気品のあるベートーヴェン。ジプシー調で激しい感情の起伏を荒々しく吐露するブラームス。謂わば「宮廷音楽家」と「旅回り大道芸人」ほどの違いが有るでしょう。ですので新たな気持ちで新年を迎えるような時にはやはりベートーヴェンが向いていますね。

でも、この曲は演奏が実に難しい曲です。”技術的に易しい”と言う評論家が居ましたが、とんでもないことです。全ての音を美しく弾くことが必須ですが、それが出来ている人は意外と少ないのです。またパッションだけでもどうにもなりません。ブラームスなら、あるいは情熱と気迫だけでもそれなりに面白い演奏になるでしょう。ところがこの曲の場合、そうは行きません。また厳しい精神が不在だと何とも空虚な音楽になります。そのような難しい曲なので、並みの演奏を聴いた場合にこれほどつまらなく感じる曲は他に有りません。逆に良い演奏の場合には限りなく深い感動を与えられます。正に演奏家の本当の姿をさらけ出してしまう写し鏡のような怖い怖い曲なのです。

何はともあれ僕の愛聴盤をひとつづつご紹介して行きましょう。

Cci00061 フリッツ・クライスラー(Vn)、ブレッヒ指揮ベルリン歌劇場管(1926年録音/NAXOS盤) 案外音が良い(はずは無いですが鑑賞は可能)です。ただしオケの音は非常に薄いです。バイオリンのテクニックに怪しい部分は多々有るのですがそれが全然気になりません。余りに柔らかく甘い表情の音に気を取られてしまうからです。1楽章中間部や2楽章などは思わず聞き惚れてしまいます。反面、襟を正すような厳しさはここにはありません。3楽章でリズムがずっこけそうなのはご愛嬌です。

Cci00061b ブロニスラフ・フーベルマン(Vn)、セル指揮ウイーン・フィル(1934年録音/EMI盤) 「ヴルトゥオーゾ」という呼び名がこの人ほど似合うヴァイオリニストは居ないでしょう。この演奏も正にそんな演奏です。他の人では考えられない即興的な節回しの大連発なのです。そうかと思うと意外にデリカシーを欠いて雑に弾き飛ばす部分も有ります。要するに現代の演奏家の尺度ではとても計りきれない規格外の大名人なのです。好き嫌いを越えて一度は聴いておくべき演奏だと思います。セル/ウイーン・フィルは実に立派で素晴らしいです。

P1000280 アドルフ・ブッシュ(Vn)、F.ブッシュ指揮ニューヨーク・フィル(1942年録音/biddulph盤) ブッシュはまるでベートーヴェンの魂そのものといったバイオリンを聞かせます。細かい技術云々を言う以前に、他の奏者とは全く格の違いを感じてしまうのです。加えるに兄フリッツ・ブッシュの指揮が素晴らしいのです。デンマーク放送響との第九などは余り大したことは無かったですが、この伴奏は実に立派です。第2楽章の限りない深さと高貴さなどは正に最良の伴奏です。写真は独EMIのLP盤ですが、biddulphの復刻CDが驚くほど音が良いのでお薦めできます。

3199011327 ヴォルフガング・シュナイダーハン(Vn)、フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィル(1953年録音/グラモフォン盤) 戦後のベルリン、ティタニア・パラストでのライブです。シュナイダーハンはとても好きなヴァイオリニストですが、この曲をライブでこれだけ弾くというのは確かな技量が無ければ出来ません。フルトヴェングラーの自在な伴奏も流石です。ただ、音質が充分とは言えないので、シュナイダーハンのこの曲の演奏としては、ヨッフムとのステレオ盤を好んでいます。

51yh9srtaml__sx300_ ユーディ・メニューイン(Vn)、フルトヴェングラー指揮フィルハーモニア(1953年録音/EMI盤) メニューインも大好きなヴァイオリニストですが、この曲に関しては不向きだと思っています。他にもフルトヴェングラー/ベルリンPOとのライブ、シルヴェストリ/ウイーンPO、クレンペラー/NPOなどの録音が有りますが、どれも技巧的に聴き辛さを感じるからです。それらの中では、このスタジオ録音とシルヴェストリ盤が比較的ベターです。それにフルトヴェングラーの伴奏も前述のシュナイダーハン盤よりも良いと思います。

571 ヤッシャ・ハイフェッツ(Vn)、ミュンシュ/ボストン響(1955年録音/RCA盤) この人も20世紀を代表するヴルトゥオーゾです。ただしこの人はパフォーマーというよりはテクニック上の大名人といった感じです。とにかく音の一つ一つの存在感が他の奏者とは次元の違う上手さなのです。ですが正直言って「だからどうした?」というのが僕の実感です。この肩で風を切るようなさっそうとしたベートーヴェンには違和感を感じてしまいます。これがチャイコフスキーだったら良かったのですが。

260 ダヴィド・オイストラフ(Vn)、クリュイタンス指揮フランス放送管(1958年録音/EMI盤) さあ困りました。世評の高い演奏なのですが、ちっとも立派に聞こえないのです。極端に言えば、単にヴァイオリンが上手に音符をなぞっているだけに聞こえてしまいます。余りに楽天的で厳しさに欠けている気がするからです。これを「幸福感に満たされた」と受止めることも可能かもしれませんが、僕には無理です。そうなるとハイフェッツよりもつまらなくなってしまいます。(オイストラフのファンの方ゴメンなさい!) 強いて言えば曲想から唯一終楽章だけは楽しめます。

Cci00046 ヨゼフ・シゲティ(Vn)、ドラティ指揮ロンドン響(1961年録音/フィリップス盤) ハイフェッツ、オイストラフとはまるで別の曲を聴く趣きです。こちらはテクニックでなく深い精神性で際立っています。これほど衰えた腕で、これほどまでに人を感動させることのできる演奏家は他に決して存在しません。間違っても表面的な音にとらわれることなく、しっかりと心の耳でこれらの音の一つ一つに込められた意味の深さを是非とも聞き分けて頂きたいのです。ドラティの指揮も気迫に溢れてなかなか立派です。

461 ヴォルフガング・シュナイダーハン(Vn)、ヨッフム指揮ベルリン・フィル(1962年録音/グラモフォン盤) シュナイダーハンは大変な名人だと思います。モーツァルトを弾く時には柔らかくウイーン風に、ブラームスを弾く時にはがっちりとドイツ風にと、ものの見事に弾き分けてしまからです。このベートーヴェンはドイツ風に弾いていますが、そこはかとなくウイーンの香りを漂わせるのはやはりウイーンの出身です。フルトヴェングラーとのモノラル盤も素晴らしかったですが、この人の美しい音を味わうにはステレオ盤のほうがやはり良いと思います。ヨッフム/ベルリン・フィルの音も非常に重厚で立派です。

221 ヘンリック・シェリング(Vn)、シュミット=イッセルシュテット指揮ロンドン響(1965年録音/フィリップス盤) シェリングが最も得意とするレパートリーは疑いなくバッハの無伴奏とこのベートーヴェンの協奏曲です。この曲にはスタジオ録音やライブ録音が多く存在しますが、いずれの演奏も完璧。ライブであろうと一つとして怪しい音を出さないのには感服します。しかし本当に凄いのはそんな事では無く、技術と精神の両立なのです。謂わばハイフェッツとシゲティを足して二で割ればシェリングなのです。全ての音は優しさに包まれて美しく、なおかつ厳しいです。これは最初の録音盤ですが、全ての音符が「このように弾かれねばならぬ」という存在感を示しています。そんな演奏の出来る人は他に知りません。我が尊敬する中野雄さんもこの演奏を推しておられました。

51wvw6ooocl__aa300_ ユーディ・メニューイン(Vn)、クレンペラー指揮ニュー・フィルハーモニア(1966年録音/EMI盤) メニューイン最後のスタジオ録音ですが、技巧の衰えに耳を覆いたくなります。ブラームスでは感じないのですが、ベートーヴェンでは致命的です。ステレオ盤では1960年のシルヴェストリ/VPO盤を取りたいと思います。但し、クレンペラーのスケールが大きく堂々とした伴奏は非常に素晴らしく、それだけでも聴く価値が有るのですが、メニューインのヴァイオリンが残念でなりません。

Cci00062b ヘンリック・シェリング(Vn)、シュミット=イッセルシュテット指揮バイエルン放送響(1966年録音/GreenHILL盤) 上記スタジオ録音の翌年のライブ演奏です。オケはバイエルン放送です。出だしのうちはスタジオ盤が上かなと思っているうちに、どんどんオケも独奏も高揚感と集中力が増してきてあっという間にスタジオ盤の記憶がどこかへ行ってしまいます。2楽章の深さ、3楽章の精神の高揚も比類ありません。中野先生ご推薦のあのスタジオ盤よりも遥かに上なのですから恐れ入ります。これは海賊盤ですが放送録音に定評の有るGreenHILLなので録音も優秀です。なおカップリングのブラームスの交響曲3番も絶品です。中古店で手に入るうちに是非。

267 ヘンリック・シェリング(Vn)、ハイティンク指揮コンセルトへボウ管(1973年録音/フィリップス盤) スタジオ盤ではどちらか言うと65年の旧盤を推薦する評論家が多いようですが、新盤のハイティンク盤も決して劣りはしません。コンセルトへボウの持つ音色や分厚い響きはロンドン響よりも上ですし、録音も含めればこちらを推しても良いぐらいです。ただし指揮の実力・品格で言えばむろんイッセルシュテットが上です。3楽章の高揚感にやや不足するのも惜しい点です。

Cci00062 ヘンリック・シェリング(Vn)、ツェンダー指揮ザール・ブリュッケン放送響(1982年録音/CPO盤) ハンス・ツェンダー・エディションの中の1枚。「田園」「1番」とカップリングされていますが演奏はヴァイオリン協奏曲が優れています。実は73年盤でも僅かに感じていたのですが、ボウイングの滑らかさの減衰(衰えというほどのレベルではない)が更に感じられます。音楽の深さに変わりは無いですが、シゲティのように精神性だけで勝負するわけでは無いので多少のマイナスと言えるかもしれません。とは言え晩年の生演奏でミス無く完璧に弾き切る技術には改めて感服します。ツェンダーの指揮は悪くは無いですが特別に立派ということもありません。録音は優秀です。

Cci00063 カール・ズスケ(Vn)、マズア指揮ゲヴァントハウス管(1987年録音/シャルプラッテン盤) ズスケのヴァイオリンの生の音は昔カルテットの来日公演で耳にしました。非常に端正で美しい音でした。この演奏の音も全く同じです。誠実な弾き方はこの曲の場合は大いに好感が持てますし、2楽章の祈りの深さなどは素晴らしいと思います。ですが1楽章や特に3楽章になると真面目過ぎて物足りなさも多少感じてしまいます。マズアの指揮もやはり同じ印象です。

345 チョン・キョン‐ファ(Vn)、テンシュテット指揮コンセルトへボウ管(1989年録音/EMI盤) シゲティ、シェリングのような精神性タイプのヴァイオリニストであるキョンファは当然ベートーヴェンに向いています。甘さを排除した禁欲的な雰囲気がとても好ましいと思います。1楽章は重々しいオケの伴奏がテンシュテット節全開。その分ややキョンファの音楽とのずれを感じないでもありません。2楽章の静かで深い沈滞も良いのですが、よくよく聴いているとベートーヴェンと言うよりはロマン派の曲のようです。テンシュテットファンは絶賛だろうと思います。ところが3楽章がソロ、オケとも軽めなのは意外です。いっそのこと最後まで重量級で通して欲しかった気がします。

以上の中で、僕が断然気に入っているのはシェリングのGreenHILL盤です。これほどの名演奏なのですから、放送局の正規録音で世に広く知られるようになると良いと思います。最近オルフェオから出たブラームスの協奏曲ライブ盤も最高だったからです。
次点にはシェリングの残りの演奏全て。それにブッシュ、シゲティ、シュナイダーハンの新盤は外せません。

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