7月になりました。梅雨時というのは毎日がじめじめと蒸し暑くて嫌なものですね。四季折々の変化を味わえる日本に生れて良かったとは思いますが、この時期だけは梅雨の無い国に移動したくなります。でも日本でも北海道のように梅雨の無い土地も有るのですよね。とても羨ましい限りです。
毎年この嫌な季節に僕が無性に聴きたくなるのが「モルダウ」です。この曲は本当に爽やかですよね。森の泉から湧き出た水の流れが徐々に川幅を増していって、いつしか大河の流れになる情景が実に見事です。それになんといってもあの主題は稀代の名旋律ですしね。「モルダウ」はチェコ国民楽派の開祖スメタナが書いた6曲の連作交響詩「我が祖国」の第2曲目です。6曲というのは順に1.「高い城」 2.「モルダウ」 3.「シャールカ」 4.「ボヘミアの森と草原より」 5.「ターボル」 6.「ブラニーク」です。
僕は第1曲の伝説上のチェコ建国の象徴であるヴィシェフラト城の栄光と没落を描いた「高い城」と、この「モルダウ」の2曲をよく聴きます。気が向いて「シャールカ」まで聴いてしまうと、大抵はそのまま全曲鑑賞になります。5、6曲目の「ターボル」「ブラニーク」は演奏によっては曲が単調に感じられることも有りますが、自国チェコの演奏家であればいずれも民族の共感に溢れていますので退屈することはまず有りません。僕はこういう曲はどうしてもチェコの演奏家で聴きたくなります。他の国の演奏家のものではどうも気分が落ち着かないのです。ですのでご紹介するCDはほとんどが本場物ということになりますが、どうかご容赦ください。
ヴァーツラフ・ターリッヒ指揮チェコ・フィル(1954年録音/スプラフォン盤) ターリッヒはチェコ・フィルを世界的な名楽団に育てた大指揮者ですし、実際に「新世界より」のようなベストの座を争うような名盤も存在します。この「わが祖国」の演奏も味わい深さという点では非常に優れているのですが、録音が古いのがマイナスになっています。個人的にはどうしてももっと録音の良い演奏を聴くことが多いです。
カレル・アンチェル指揮チェコ・フィル(1963年録音/スプラフォン盤) 全盛期のチェコ・フィルの音を聴くことができる名盤だと思います。アンチェルとしても「新世界より」とこの「わが祖国」は代表盤の双璧と言って良いでしょう。ですので僕も昔からずっと愛聴してきました。但し比較的最近リリースされた後述の1968年の歴史的ライブ盤を聴いてしまってからは少々印象が薄く感じられてしまいます。後半の3曲などはもっと熱く演奏できたはずだと思うのです。ただ、セッション録音ですので整った音質で楽しめるのは利点です。
カレル・アンチェル指揮チェコ・フィル(1968年録音/Radio Servis盤) アンチェルは1968年にアメリカへ演奏旅行中に祖国でプラハの春事件が起きた為に帰国を断念。亡命の道を選びました。その直前の「プラハの春音楽祭」でのライブ録音が残されています。これはスタジオ録音盤とは次元の全く異なる演奏です。アンチェルがライブでどんなに熱く凄い演奏をしていたかの証明でしょう。果たしてこの時に彼が祖国に起きる事件を予感していたかどうかは分かりませんが、第1曲からエネルギー全開で特に「シャールカ」以降は驚異的にテンションの高い熱演を果たしています。この演奏だけは色々な意味で何を置いても必聴です。残響の少なめの録音が演奏の生々しさを増幅させていますが、洗練された美音を求める向きにはやや抵抗を感じられるかもしれません。
ラファエル・クーべリック指揮ボストン響(1971年録音/グラモフォン盤) クーベリックの「我が祖国」の録音は5~6種類有ったかと思いますが、恐らくは入念なセッション録音が行われたことが想像されるこの演奏はバランスが最も整っています。更に新しい録音と比べても楽器の分離が明確でスコアを見るには適しています。クーベリックの指揮にもセッション録音とは思えないほど熱が入っていて聴きごたえがあります。ボストン響は元々優秀ですが、柔らかいヨーロッパ的な響きと力強さの両方を持ち合わせていてチェコの楽団で無くても非常に魅力が有ります。
ヴァーツラフ・ノイマン指揮チェコ・フィル(1975年録音/スプラフォン盤) ノイマンには東京でのライブ録音盤も有りますが、演奏はこのスタジオ盤のほうが優れていると思います。録音も含めてオーソドックスな名盤を選ぶとすればアンチェルのスタジオ盤に次いではこのノイマン盤が上げられるのではないでしょうか。ノイマン/チェコ・フィルはこの録音の頃に東京で生演奏を聴いていますが、それは本当に瑞々しく、ほれぼれする美しい音と演奏でした。
ズデニェック・コシュラー指揮スロヴァキア・フィル(1977年録音/ビクター盤) この演奏の素晴らしさについては、以前の記事に書いた通りです。CDも運よく中古で見つけました。それにしても改めて聴くと、余りの素晴らしさに感服します。響きはチェコ・フィルに比べるとずっと田舎臭くて素朴ですが、コシュラーの指揮は全てのフレーズに意味深さを感じさせていて驚くほどに説得力が有ります。当時のコシュラーとスロヴァキア・フィルとの相性は最高でした。この演奏はアンチェル/チェコ・フィルの1968年ライブ盤に匹敵する名演奏だと思いますが、現在は廃盤なのが本当にもったいないです。
ヴァーツラフ・スメターチェク指揮チェコ・フィル(1980年録音/スプラフォン盤) スメターチェクもチェコが生んだ名指揮者です。派手な人気は有りませんが、この人にチェコのお国ものを演奏させたら、他の巨匠指揮者達に充分匹敵する演奏を成し遂げます。この「わが祖国」もとてもスケールが大きく血の共感を感じる名演です。チェコにはかつてシェイナとかグレゴルとかやはり同じような意味で非常に優れた指揮者が多く存在しました。
ラファエル・クーべリック指揮バイエルン放送響(1984年録音/オルフェオ盤) クーベリックのこの曲の録音は多く、チェコ・フィル盤以外にもボストン交響楽団を指揮したグラモフォン盤や、手兵のバイエルン放送響盤を指揮したこの録音も非常に優れています。オーケストラの持つ音色ではチェコの楽団の魅力には及びませんが、クーベリックの表現力が最も強く出ていて、しかも堂に入っているのはこの演奏のように思います。録音は悪くは有りませんが、ホールトーン的に過ぎて細部がやや聞き取りにくいのはマイナスです。
イルジー・ビエロフラーヴェク指揮チェコ・フィル(1990年録音/スプラフォン盤) やはりチェコ出身の指揮者が自国のオーケストラを指揮した演奏は、旋律の歌いまわしや響きを聴いて、何とも自然に心に入って来ます。ビエロフラーヴェクは30年以上前から、日本のオーケストラに数多く客演していますが、アンチェル、ノイマン、クーベリックほどの評価はされていません。しかしこの録音はチェコ・フィルの美しい音を楽しませてくれる点でもノイマンに充分匹敵します。一見平凡に感じるかもしれませんが、スメタナの音楽に不足しているものは何も有りません。録音も優れています。
ラファエル・クーべリック指揮チェコ・フィル(1990年録音/スプラフォン盤) これはクーベリックが一度は引退した後に「プラハの春音楽祭」でチェコ・フィルと42年ぶりに共演した演奏です。同じコンビの日本でのライブ演奏もCD化されていますが、ホームでの歴史的な録音という点で個人的にはこの演奏を感慨に浸りながら楽しむことが多いです。この演奏には、その時の演奏家達の喜びが自然と滲み出ているからです。演奏には初めのうちは手探りさを感じますし、モルダウの冒頭のフルートも不揃いです。けれども徐々に高揚してゆく演奏がいかにもライブという趣で楽しめます。録音も聴き易いです。
ラファエル・クーベリック指揮チェコ・フィル(1991年録音/Altus盤) プラハの春の復活ライブの翌年には来日公演が実現しました。これは数多くあるクーベリックの「我が祖国」の最後の録音です。生演奏を聴かれた方の評価がすこぶる高いのも、こうしてCDで聴くと良く分かります。ましてこれが実演であればさぞやです。チェコ・フィルは絶好調で、しっとりと美しく、かつ情熱的で激しくと、正に最高の演奏だと思います。同郷のアンチェルがソリッドなトスカニーニ型であれば、クーベリックはいわばディオニソス的なフルトヴェングラー型のマエストロだったと思います。NHKによる録音も明快でレンジが広くこの名演奏を余すところなく伝えています。
小林研一郎指揮チェコ・フィル(1997年録音/CANYON盤) プラハの「芸術家の家」で行われた録音です。とにかくチェコ・フィルの美しい響きが最上の音で記録されました。セッション録音ですので、”炎のコバケン”がライヴのように枠をはみ出すところまでは至っていませんが、それでも充分に熱い演奏です。演奏の完成度と音楽の充実度、録音、すべての上で最もバランスの整ったディスクだと思います。仰ぎ見るような立体的な音と演奏をじっくりと楽しめます。
上記のコシュラー/スロヴァキア・フィル盤とビエロフラーヴェク/チェコ・フィル盤については「続・名盤」でも記事にしています。
交響詩「わが祖国」 続・名盤
さて、この中からあえてマイベストスリーを選ぶとすれば、アンチェル1968年ライヴ、コシュラー/スロヴァキア・フィル、クーベリック1991年ライヴです。しかし小林/チェコ盤もやはり外せません。
(補足)
クーベリック/チェコ・フィルの’91来日ライヴ盤、小林研一郎/チェコ・フィル盤を追記しました。
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