今夜のN響アワーは、ムソルグスキーの「展覧会の絵」なのですね。丁度このブログの名曲シリーズの題材を考えていたところなので、相乗りしてしまいましょう。
実は「展覧会の絵」は、自分の音楽人生を左右した大変に思い出深い作品なんです。僕は中学~高校時代にバリバリのハード・ロック少年だったのですが、当時エマーソン・レイク&パーマー(略してELP)という前衛ロックグル―プが有りました。このグループが、こともあろうに「展覧会の絵」をロックに編曲して1枚のアルバムにしてしまったのです。元々、このグループのリーダーのキース・エマーソンという人は、以前からバッハ、チャイコフスキー、ドヴォルザーク、シベリウスなどの名曲をロックにアレンジしては演奏していましたが、最高傑作となったのがこの「展覧会の絵」です。僕はELPのアルバムを夢中になって聴きましたが、そのうちに原曲を聴いてみたくなり、リヒテルの弾いたピアノ版のレコードを買ってきたのです。この曲は、オリジナルのピアノ曲版を別の人の手によってオーケストラに編曲された版も有れば、ELPのようにロックにもなってしまうことが驚きで、実に面白いなと思いました。
そこで、ELPの演奏している他のクラシック曲のオリジナルも聴いてみたくなり、次々と聴き進んでいるうちに、気がつけばクラシック・ファンになっていました。ですので、この曲は自分にとって、クラシック音楽を聴くようになるきっかけとなった、とても重要な曲なんです。

ムソルグスキーは友人であった画家ヴィクトル・ハルトマンが亡くなったあとに開かれた遺作展で10枚の絵を見て、その印象をピアノ曲にしました。それらは、ロシアやさまざまな国の風物が描かれていました。但し、10枚の絵の曲が単純に並ぶのではなく、「プロムナード」という短い前奏曲(間奏曲)が繰り返して挿入されています。この「プロムナード」というのは、ムソルグスキーが展覧会で絵を順に見ながら歩く姿なんだそうです。
曲は「プロムナード」、「古城」、「卵の殻をつけた雛の踊り」、「ビドロ」、「鶏の足の上に建つ小屋 - バーバ・ヤーガ」、「キエフの大門」、などですが、どれもが非常に親しみ易い旋律と変化にとんだユニークな曲ばかりです。そして、これだけ色々な編曲版が現れるというのは、やはりムソルグスキーの天才の作なのだと思います。
それでは僕の愛聴盤をご紹介します。
―ピアノ版(原曲)―
1台のピアノによる楽曲の表現力は凄いです。驚くほど色彩と変化に富んでいて飽きさせません。やはり原曲の素晴しさですね。但し現在はCDを持っていません。昔レコードで聴いたのは、リヒテル盤とホロヴィッツ盤なのですが、久しぶりに聴いてみたくなりました。
―管弦楽版―

ワレリー・ゲルギエフ/ウイーン・フィル(2000年録音/フィリップス盤)
色々な人が編曲版を書いていますが、一番有名なのはモーリス・ラヴェル版です。ただラヴェルの編曲は、音色が少々華やかに過ぎるように感じられます。従って、個人的には明るい音のフランスやアメリカのオケの演奏は余り好みません。そこで気に入っているのが、ワレリー・ゲルギエフがウイーン・フィルを指揮した演奏です。これは華やか過ぎないウイーン・フィルの音色に上手くロシア風味の味つけを加えたものなので、自分の好みに合います。こういう演奏で聴くと、この曲はフランスのラヴェルの作曲では無くて、やはりロシア人の作った曲なのだなぁ、という風に実感します。そして、こういう曲の語り口の上手さという点でも、ゲルギエフは本当に素晴らしいです。

セルジュ・チェリビダッケ/ミュンヘン・フィル(1993年録音/EMI盤)
チェリビダッケの演奏は大抵の場合で極度に遅いテンポが息苦しくなり好きではありませんが、確かにユニークな愉しさを覚えることはあります。この曲でも、異常に遅い「プロローグ」には吹き出しそうですが、元々破格の作品ですので、異常な演奏も有る意味「可」なのかもしれません。「ビドロ」や「キエフの大門」での天を仰ぎ見るような壮大なスケール感は、しばし言葉を失うほどです。一方「バーバ・ヤーガ」などの曲では、音楽が遅く重くもたれるのに閉口してしまいます。オーケストラの響きはフォルテでも澄んでいて綺麗ですが、その割に明る過ぎないのは良いです。まともな演奏のリファレンスとしては躊躇われますが、変わり種の演奏を聴いてみたい場合には、チェリビダッケ盤はかなり面白いと思います。
ヴラジーミル・フェドセーエフ/モスクワ放送響(1993年録音/CANYON盤)
これは後から入手したディスクですが、ついに出たか真打!というほどに素晴らしいです。このコンビでこの曲の3度目の録音だそうですので思い入れの深さが知れます。全般的にテンポが遅めですが、静かな曲では実にゆったりと抒情的に歌います。「古城」の寂寥感にも惹かれます。「ビドロ」は遅く巨大な迫力が凄いですが、チェリビダッケのように驚かされるというよりは音楽に感動します。「キエフの大門」も同様です。決して奇をてらうわけではなく、曲の良さを最大限に表現して聴き手を楽しませてくれます。モスクワ放送響は重量感が有り、華やか過ぎない音色と歌いまわしでロシアを感じさせます。キャニオンスタッフがモスクワに乗り込んでの録音も優秀です。
―非クラシック版―
エマーソン、レイク&パーマー(1971年録音/アトランティック原盤)
これはもうエマーソン、レイク&パーマーしか有りません。ムソルグスキーの音楽の味わいを残しながらも、パーフェクトなプログレッシヴ・ロックに仕上がっています。原曲とは関係の無いアコースティック・ギターと歌の「賢人」や、バリバリのロック「ブルース・バリエーション」は、ムソルグシキーの音楽の流れに自然に溶け込んでいますし、「バーバヤーガ」での演奏の迫力はオーケストラをむしろ凌ぎます。終曲「キエフの大門」での、主旋律に対位法的に加えたボーカルメロディの感動的なことも正に天才的です。ボーカルのグレッグ・レイクの声質がとても美しいので音楽にとても良く合います。アンコール曲として挿入されたチャイコフスキーの「くるみ割り人形」からの行進曲が「ナット・ロッカー」というのも揮っていますね。このアルバムはロックのアルバムとしても歴史上のトップ5に入ろうかという傑作だと思いますし、ラヴェル編曲版と比べても、楽しさの点では、むしろ上回る傑作だと思います。
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