ワーグナー(楽劇)

2023年12月27日 (水)

ワーグナー 楽劇「ワルキューレ」 ~4部作「ニーベルングの指環」第一日~ 名盤

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早いもので今年もまた終わろうとしています。これが年内最後の記事と成りますが、長編なので何とか間に合って良かったです(笑)。

ワーグナーの「ニーベルングの指環」は、世界の支配者に成ることが出来る魔法の指輪をめぐって繰り広げられる物語が4日間に渡って上演されるという超大作オペラですが、CD聴き比べシリーズは、序夜「ラインの黄金」に続いて第1日「ワルキューレ」です。 

「ワルキューレ」(独:Die Walküre)は、1856年に作曲されて、1870年にバイエルン宮廷歌劇場でフランツ・ヴュルナーの指揮で初演されました。 “ワルキューレ”というのは北欧神話に由来する神々の長の娘たちの軍団で、戦場で生きる者と死ぬ者を定め、死んだ男たちの中から最強の勇士を選んで神々の城のあるヴァルハルに連れて行く使命を持ちます。 

「指環」四部作の中では「ワルキューレ」が最も人気が高く、単独で上演される機会も多いです。とりわけ第1幕は、この幕のみで演奏会形式で取り上げることが有ります。また、第3幕も有名な「ワルキューレの騎行」や終結部の「ヴォータンの告別」「魔の炎の音楽」が単独でしばしば演奏されます。 

<主な登場人物>
ジークムント(テノール) ヴォータンが人間に生ませたヴェルズング族の若者。

ジークリンデ(ソプラノ) ジークムントの双子の妹。フンディングの妻。

フンディング(バス) ジークリンデの夫。ヴェルズング族の宿敵。

ヴォータン(バリトン) 神々の長。神々の没落を予感している。

フリッカ(メゾソプラノ) ヴォータンの妃。結婚の女神。

ブリュンヒルデ(ソプラノ) ワルキューレたちの長女。ヴォータンとエルダの娘。

8人のワルキューレたち(ソプラノ、メゾソプラノ、アルト) 

<物語の概要>
 全3幕(11場)

第1幕 「フンディングの館」
(序奏)低弦が荒々しく奏されて、激しい嵐と逃げてくるジークムントを表す。トランペットにより稲妻が、ティンパニにより落雷が轟き渡り、幕が上がる。 

第1場
戦いで傷ついて嵐の中を逃げてきたジークムントが館に入って来る。フンディングの妻であるジークリンデがジークムントに水を与えて介抱する。すると二人はお互いに惹かれ合う。 

第2場
そこへ館の主人のフンディングが戻って来る。ジークムントの話を聞いたフンディングは、ジークムントが敵であることを悟り、一晩だけは客として扱うが、明日の朝には決闘すると言い渡す。

第3場
ジークリンデはフンディングに眠り薬を飲ませて、ジークムントを逃がそうとする。ジークムントは「冬の嵐は過ぎ去り」を歌う。ジークリンデも「あなたこそ春です」と歌い、二重唱となる。互いに生い立ちを語るうちに、自分たちが兄妹であることを知る。

ジークムントは、庭のトネリコの木に突き立てられて、それまで誰も引き抜くことが出来なかった剣を引き抜くと「ノートゥング」と名付ける。ジークムントはジークリンデを「妹にして花嫁」であると宣言し、二人で館から逃げ去る。

第2幕 「荒れ果てた岩山」

第1場
ワルキューレの騎行の動機が流れて幕が上がる。ヴォータンとブリュンヒルデが立っている。ヴォータンはブリュンヒルデに、ジークムントとフンディングの戦いでジークムントを勝たせるように命じる。ブリュンヒルデが去ったところへフリッカが登場する。フリッカは、ジークリンデの不倫と兄妹の近親相姦を厳しく非難する。ヴォータンは、勢いに押されてやむなくジークムントを負けさせることを誓う。

第2場
ブリュンヒルデが戻ると、ヴォータンは「ジークムントに死をもたらすように」と命じる。ヴォータンによる長い語りで、ファーフナーにヴァルハラ城建造の報酬としてニーベルングの指環を与えたが、それがアルベリヒの手に戻ることを恐れて、神々の意志とは離れた人間にファーフナーから指環を奪わせる構想(「遠大な計画」)を立てたものの、それが挫折して、神々の終末が訪れるという予感が述べられる。ブリュンヒルデはそれに当惑してしまう。

第3場
逃げてきたジークムントとジークリンデが登場する。ジークリンデは、ジークムントが戦いで倒れてしまう幻覚に捉われて気を失う。

第4場
ジークムントが気を失ったジークリンデを介抱していると、ブリュンヒルデが現れる。ブリュンヒルデは「ジークムントはフンディングと戦って死ぬ運命だが、勇者としてヴァルハルに迎え入れられる」と告げる。しかし、ジークムントはジークリンデと離れることを拒否し、ならばノートゥングで二人は死ぬと言う。心を打たれたブリュンヒルデは、ヴォータンの命令に背いてジークムントを救うことを決意する。

第5場
フンディングの角笛が響いてくる。雷鳴が轟き、ジークムントとフンディングの戦いが始まる。ブリュンヒルデがジークムントに加勢しようとするが、その時ヴォータンが現れ、槍でノートゥングを砕く。剣を失ったジークムントは、フンディングの槍に刺されて敗れる。叫び声をあげるジークリンデを、ブリュンヒルデは愛馬グラーネに乗せて連れ去る。ヴォータンは、命令に背いたブリュンヒルデに怒り、恐ろしい勢いで後を追う。

第3幕 「岩山の頂き」
(序奏)「ワルキューレの騎行」に乗って8人のワルキューレたちが歌いながら岩山に集まってくる。

第1場
一歩遅れてブリュンヒルデがグラーネに乗ってやってくる。ヴォータンの命令に背いてジークリンデを連れ去ったことを聞くと、ワルキューレたちは愕然とする。ジークリンデは死にたがるが、ブリュンヒルデがジークリンデの体には子供が宿っていることを告げて、生きるように説得する。いずれ英雄と成るはずの子に「ジークフリート」と名付ける。ジークリンデはノートゥングの破片を持って森へ逃れてゆく。

第2場
後を追って来たヴォータンが怒り狂って到着する。ブリュンヒルデをワルキューレから外し、父娘の縁も切ると告げる。それをなだめようとする他のワルキューレたちを追い払うと、ヴォータンとブリュンヒルデの二人だけとなる。

第3場
ブリュンヒルデは、自分の行動はヴォータンの真意を汲んでのことだと説明するが、ヴォータンは、処罰は変えられないと言う。ブリュンヒルデは「ひとつだけ願いがある、自分の周りに火を放って誰も近づけないようにしてほしい」と言う。ヴォータンは「さらば、勇敢で気高いわが子よ」と歌い、「ヴォータンの告別」の音楽となる。
ヴォータンはブリュンヒルデを抱き寄せ、目を閉じさせると岩山に横たえ、体を盾で覆う。槍を振り、岩を3度突いてローゲを呼び出すと「魔の炎の音楽」となる。
岩から炎が上がり、ブリュンヒルデを取り囲む。ヴォータンは「この槍の穂先を恐れるものは、決してこの炎を踏み越えるな!」と叫ぶ。炎に囲まれて横たわるブリュンヒルデを残してヴォータンが去ると幕が下りる。

―CD紹介―

それでは所有しているCDの紹介です。大半は4部作まとめての全曲盤となりますが、昔のLP盤時代にはそれぞれが単独で発売されましたし、「ワルキューレ」のみでレコード化されることも有りました。LP盤といえども長時間過ぎたのでしょう。現代はブルーレイディスク1枚に「指環」四部作が収まってしまうのですから時代は変わりました。何はともあれ順にご紹介します。 

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ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ミラノ・スカラ座管弦楽団(1950年録音/ Gebhardt盤)
第2次大戦後、フルトヴェングラーがミラノ・スカラ座で行った「指輪」全幕上演の際の歴史的な録音です。イタリア放送によるモノラル音源をもとに様々なレーベルからリリースされましたが、自分が所有するのはドイツの復刻盤を主とするGebhard盤です。残念ながら音は貧しく、音揺れも多々あります。キングレコードが伊チェトラ社から取り寄せた初期アナログテープを基にした復刻盤が「音が良い」とのふれこみで出ていますが、かなり高価なのでハイライト盤しか所有しません。ところが高価な割にはGebhard盤より格段に良いとまでは言えませんし、どちらにしてもワーグナーの管弦楽を楽しむには全く物足りません。それでもスカラ座のオーケストラは金管の響きが幾らか明るい傾向はあるものの、フルトヴェングラーの実演だけあって、演奏は白熱してドラマティック、かつロマンティックな息づかいが一杯に漂っています。第三幕など実に感動的です。歌手陣もブリュンヒルデにフラグスタート、ヴォータンにフェルディナント・フランツ、ジークムントにギュンター・トレプトウなど、素晴らしい歌手達が揃っています。 

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ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮イタリア放送交響楽団(1953年録音/EMI盤)
1953年にローマで行われた演奏会形式による「ローマ・リング」も素晴らしいです。舞台を伴わなかった分、「ミラノ・リング」の白熱さには及びませんが、オーケストラともども演奏に集中出来たのか、完成度の高さが有ります。「ミラノ」の方がフルトヴェングラーらしいとの評が一般的ですが、ミラノはいわば“戦時中のフルトヴェングラー”のようで、ローマは“戦後のフルトヴェングラー”だとも言えるでしょう。歌手はブリュンヒルデにマルタ・メードル、ヴォータンにフェルディナント・フランツ、そしてジークムントにはヴォルフガング・ヴィントガッセンと主要なキャストも理想的です。録音については「ラインの黄金」の時にも書きましたが、無理に高音域を強調せずに、高中低域のバランスが良いので聴き易いです。惜しまれるのはEMIの優柔不断のためにイタリア放送局がオリジナルテープを消してしまったことです。アセテート盤から起こしたテープではなくて、オリジナル音源から復刻されていたらどんなに良かったでしょう。 

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クレメンス・クラウス指揮バイロイト祝祭劇場管(1953年録音/オルフェオ盤)
1953年に初めてバイロイトの指揮台に立ったクラウスでしたが、翌年5月に急死してしまった為に「指環」の演奏はこの時の1回だけで終わりました。クラウスは、同じ時代のクナッパーツブッシュやカイルベルトなどの重厚でゲルマン的な演奏とは異なり、速めのテンポで流れるように進み、旋律もしなやかに歌わせます。リズムのキレが良く生命力に溢れますが、要所でのテンポの変化が秀逸で、劇的さにも何ら不足しません。その辺りは後年のベームやブーレーズ時代の先取りだったのかもしれません。歌手陣に関しては、ヴォータンのホッター、ブリュンヒルデのヴァルナイ、ジークリンデのレズニク、ジークムントのヴィナイ、フンディングのグラインドルと、よくもまぁこれだけ凄いメンバーが揃ったものだと感心します。彼らが各場面で演じる丁々発止のかけ合いには思わず唸らされます。歌の濃さとクラウスの子気味良さとのバランスが絶妙で、作品の長さを少しも感じさせません。オルフェオ盤はバイエルン放送協会のオリジナル音源が使用されて、モノラル録音ながら明瞭で安定した音です。管楽器の音が幾らか奥に引っ込み気味ですが、歌手達の凄い歌をとことん味わうにはむしろ好都合かもです。 

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ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ウィーン・フィル(1954年録音/EMI盤)
EMIはフルトヴェングラーの「リング」全曲のセッション録音を企画していたので、「ローマ・リング」のレコード化の契約を躊躇し、それが結局はオリジナルテープ消去の要因と成りました。EMIの録音は「ワルキューレ」から開始され、1954年の9月末から10月初めにウィーン・フィルとムジークフェラインにおいて行われました。ところがその直後に体調を崩し、僅か2か月後にフルトヴェングラーは肺炎のために亡くなります。このフルトヴェングラー最後の録音は、ミラノやローマでの演奏と比べると、テンポも落ち着いていて、白熱さはやや薄めとなりました。しかし要所での気合の入り方はとても世を去る直前の人の演奏とは思えません。特に第三幕は素晴らしく、終結部の「ヴォータンの告別」から「魔の炎の音楽」にかけては非常に感動的で胸を打たれます。弦楽や管楽の豊かな表現力もウィーン・フィルならではです。歌手もジークムントのズートハウスが素晴らしく、ブリュンヒルデのメードル、ヴォータンのフランツ、ジークリンデのリザネック、フンディングのフリックと最高の面々が揃っています。録音はモノラルですが、「ミラノ」「ローマ」よりもずっと明晰でバランスの良い音です。そうなると尚更のこと四部作が完成しなかったのが惜しまれます。 

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ヨーゼフ・カイルベルト指揮バイロイト祝祭劇場管(1955年録音/テスタメント盤)
演奏会のライヴは1960年代半ばまではモノラル録音が一般的でしたが、それが1955年のバイロイトで「指環」全曲のステレオ録音が行われたのは全くもって奇跡です。デッカ・チームによる録音しに残る偉業と言えます。これは2チクルスあった公演の1回目のチクルス本番を基に編集されていますが、2回目のチクルスによる録音盤も別途リリースされています。どちらにしても「ラインの黄金」と同様に録音は非常に明瞭で、管弦楽の中低域の音の厚みや自然な広がりが素晴らしいです。カイルベルトも堂々たる指揮ぶりで、真のドイツのカペルマイスターとしての実力を遺憾なく発揮しています。要所での劇的な迫力も凄いですし、「魔の炎の音楽」にかけての終結部は凄いです。歌手についてはヴォータンにホッター、ジークムントにヴィナイ、ブリュンヒルデにヴァルナイ、フンディングにグラインドルという強力布陣です。ジークリンデのブラウエンスタインは美声で可憐な雰囲気で、強そうなヴィナイの兄貴との組み合わせが楽しいです。ちなみに第2チクルス盤では、ブリュンヒルデがメードル、ジークリンデがヴァルナイに配役が入れ替わりますが、組み合わせとしてはどうでしょうか。 

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ハンス・クナッパーツブッシュ指揮バイロイト祝祭劇場管(1956年録音/オルフェオ盤)
クナッパーツブッシュがバイロイトで「指環」を指揮した1951565758年のうち、唯一の正規盤がリリースされているのが56年で、このオルフェオ盤にはバイエルン放送協会所有のマスター音源が使われています。但しモノラル録音で、管弦楽の音が今一つ明瞭さに不足して感じられる部分も有るものの、歌手の声は非常に明瞭で、この年にもずらりと揃った名ワーグナー歌手達の歌唱を心から味わえます。特にジークムントがヴィントガッセンなのは嬉しく、その英雄的で若々しい美声は、ヴィナイの野趣の有る太い声よりも好みます。ブリュンヒルデのヴァルナイ、ヴォータンのホッター、ジークリンデのブラウエンスタイン、フンディングのグラインドルは前の年のカイルベルト盤と同じメンバーなので文句無しです。しかしこの演奏の主役はやはりクナッパーツブッシュで、第1幕前奏曲から遅めのテンポで雄大に開始します。録音の影響で演奏の凄味がやや損なわれているのが残念ですが、それでも聴く進むうちに現われる様々な動機をスケール大きく劇的に盛り上げてゆく指揮ぶりはやはり圧巻で、他の指揮者がみな矮小に感じられそうです。終結部の「ヴォータンの告別」から「魔の炎の音楽」にかけての何と深いこと! 

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ハンス・クナッパーツブッシュ指揮バイロイト祝祭劇場管(1957年録音/ WALHALL盤)
クナッパーツブッシュのバイロイトの「指環」全曲盤の195758年の正規盤は未だに出ていませんが、MelodramWALHALLなどのマイナーレーベル盤から音の良いディスクが出ていますし、57年盤はキングレコードからも出ています。そのうち自分が所有しているのはWALHALL盤です。モノラル録音ですが、バイロイトにしてはオンマイク的で分離が良く、細部も明瞭で生々しさが有ります。歌手の声も明瞭なのですが、強音で幾らかざらつきが感じられるのがマイナスです。もっとも年代を考えれば気に成るほどではありません。管弦楽は録音の影響で前年1956年盤よりも迫力が感じられ、クナッパーツブッシュの巨大なワーグナーの世界への感銘度が更に増します。歌手については、ヴォータンのホッターはもちろん前年と変わらず、「ヴォータンの告別」から「魔の炎の音楽」は正に感涙ものです。ブリュンヒルデのヴァルナイ、フンディングのグラインドルも前年と同じですが、ジークフリートはラモン・ヴィナイに、ジークリンデはビルギット・ニルソンに変わりました。ヴィナイの男っぽい声は、いかにも強そうで、ヴォータンの槍にも負けそうに無いのが()、いかがなものでしょう?全体の配役だけなら個人的には前年の方が好みです。 

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ハンス・クナッパーツブッシュ指揮バイロイト祝祭劇場管(1958年録音/GOLDEN Melodram盤) クナッパーツブッシュとして最後の「バイロイト・リング」となる58年の録音ですが、自分が全曲盤で所有しているのはMelodram盤です。これは非正規盤でモノラル録音ながら音質が驚くほど優れています。57年盤も優れた録音でしたが、この58年の録音は更に音質が向上しています。オーケストラの厚い重低音、澄んだ高音域が素晴らしく、歌手の声も極めて明晰ですし、音場感や舞台の奥行きや広がりが大いに感じられます。55年のステレオ録音のカイルベルト盤と比べても、ほとんど遜色無い様に感じられます。クナの演奏自体も増々音がうねり、彫が深く、翳りが濃くなり、途方も無く深化を遂げています。「ワルキューレの騎行」など要所での迫力にも圧倒されます。オーケストラの質自体も高まり、57年ではオーケストラのアンサンブルや金管のハーモニーがいま一つでしたが、58年では見事に改善されています。歌手はヴォータンのホッター、ブリュンヒルデのヴァルナイ、フンディングのグラインドルは前年と変わりませんが、ジークムントにジョン・ヴィッカーズ、ジークリンデにレオニー・リザネクが起用されました。ヴィッカーズの声質は役柄には相応しいと思います。Melodramの全曲盤は今では入手が難しいですが、WALHALLの「ワルキューレ」単独盤なら入手可能だと思います。 

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ルドルフ・ケンペ指揮バイロイト祝祭劇場管(1961年録音/オルフェオ盤)
戦後にバイロイトの演出を手掛けたヴィーラント・ワーグナーの弟であるヴォルフガンク・ワーグナーが新演出した「指環」でした。指揮を任されたケンペは4年間続けて振りますが、これは二年目の1961年の公演です。ケンペはそれ以前のクナッパーツブッシュやカイルベルトらと比べてしまうと、幾らかスケールに小ささが感じられるのはやむを得ません。これが「指環」でなく「ローエングリン」あたりなら気に成らないのでしょうが。それでもドイツの正統的な実力派として、がっちりとした構築性を持った聴き応えある演奏を成し遂げています。特に後半になるほど凄味を増します。歌手は、ブリュンヒルデのヴァルナイ、フンディングのフリック、フリッカのリザネク辺りは常連ですが、ヴォータンのジェローム・ハインズ、ジークリンデのレジーヌ・クレスパンは新鮮です。ジークムントのフリッツ・ウールだけは何となく“優男(やさおとこ)“に聞こえなくもありません。音源はバイエルン放送協会のマスターで、モノラル録音ながら大変明瞭で音域のバランスも良い優れた音質です。歌声が最強音で僅かに音割れしますが気にするほどでは有りません。 

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エーリヒ・ラインスドルフ指揮ロンドン交響楽団(1961年録音/DECCA盤
ラインスドルフはウィーン生まれで戦前はヨーロッパで活動しましたが、ユダヤ人だった為に米国に移り、1937年からはメトロポリタン歌劇場で活躍します。のちにボストン響の監督にも就きますが、メトでのオペラ指揮者としての活動の方が長いです。「ワルキューレ」は確かメトでのデビュー演目だったと思います。60年代にメトで指揮した「指環」全曲の復刻盤も出ていますが、「ワルキューレ」は最も得意とするようで、DECCAによりロンドンでセッション録音が行われました。ショルティ盤の陰に隠れていますが、これほど刺激的でスリリングな演奏には中々おめにかかれません。冒頭の前奏曲で嵐の中をジークムントが逃げてくるシーンから凄まじい速さで切羽詰まった雰囲気に驚かされます。ロンドン響もラインスドルフの要求に応えて、緊張感あふれる音で熱演しています。しかも歌手はブリュンヒルデにニルソン、ヴォータンにジョージ・ロンドン、ジークムントにヴィッカーズ、ジークリンデにブロンウェイステインと、主要役はバイロイトにも遜色有りません。DECCAの録音ももちろん優秀で、「指環」全曲が録音されていれば、もしやショルティ盤は制作されていなかったかもとさえ思えます。 

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ゲオルグ・ショルティ指揮ウィーン・フィルハーモニー(1965年録音/DECCA盤)
ショルティの「指環」で最後に録音されたのは「ワルキューレ」でした。前述したラインスドルフ盤ではケチを付けましたが、何と言ってもこの当時のウィーン・フィルの美しい音を完成度の高い演奏で聴くことが出来るのは価値が有ります。しかしショルティには、まだまだ、少なくともセッション録音でオペラの感興を常に高く維持する能力には不足していた気がします。特に第1幕の緊迫感を欠いた演奏には、まるで各動機のサンプラー盤を聴くような虚しささえ感じます。それは、ジークムントのジェームズ・キング、ジークリンデのクレスパン、フンディングのフリックという歌手達に責任が有るわけでは無く、指揮者の問題なのは明らかです。ところが、第2幕ではヴォータンのホッタ―、フリッカのルードヴィッヒ、ブリュンヒルデのニルソンと共に緊張感を取り戻して良い演奏となり、ムラが大きいです。第3幕の「ワルキューレの騎行」の演奏はフランシス・コッポラ監督の「地獄の黙示録」に使われたことでブレイクしましたが、音響効果を加えているので本当のスペクタクル映画みたいなのが微妙です。その後も迫力ある音が、すこぶる聴き映えしますが、総じてドラマよりはサウンドを楽しむディスクだと言えそうです。しかし、終幕のホッタ―による「ヴォータンの告別」は絶品です。 

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カール・ベーム指揮バイロイト祝祭劇場管(1967年録音/フィリップス盤)
1965年から67年まで三年間続けてバイロイトで「指環」を指揮したベームの全曲盤は66年と67年の録音で編集されていますが、「ワルキューレ」は最後の67年の演奏です。当時は『次の演奏会場へ行くのを急いでいるような演奏だ』と酷評もされましたが、冒頭の前奏曲から緊迫感に溢れ、速めのテンポでぐいぐいと進みます。その後も、凄まじい緊張感と迫力が生きた“ドラマ”を生み、否応なく惹き込まれてしまいます。退屈する余裕など何処にも無く、前述のショルティと何という違いでしょう。管弦楽の迫力はベームのワーグナーならではで、その凝縮された厳しい響きは決して耳に優しい音とは限りませんが、ひとたびその魅力に取りつかれたら、麻薬の様に繰り返して聴きたくなります。このような生き生きとした魅力は劇場の実演の長所で、セッション録音からは中々に生れ辛いものだという気がします。歌手については、ジークムントのジェイムズ・キングは声が若々しい為にジークリンデのリザネクからは弟君のようにも聞こえますが素晴らしいです。ブリュンヒルデのニルソンはもちろん文句無しですが、ヴォータンのテオ・アダムの声質が軽いのが残念。フンディングのニーンシュテットもやはり同様。フリッカのブルマイスターには恐妻ぶりが足らない印象。と、全体的には不満も残りますが、それを全部吹き飛ばしてしまうのがベームの見事な指揮と管弦楽です。フィリップスによる録音は残響の少ないバイロイト劇場の音に忠実で生々しさが有り、この演奏に相応しいです。 

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ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー(1966年録音/グラモフォン盤)
カラヤンの「指環」は1966年から1970年にかけて録音されましたが、最初の録音は「ワルキューレ」でした。ちなみに自分が大学生の頃に初めて買った「指環」もこのカラヤンのLP盤でした。「ラインの黄金」の記事の時にも書きましたが、この演奏は正に『室内楽的で精緻な演奏』です。もちろん、ここぞという箇所では凄い音を鳴り響かせますが、全体に渡りベルリン・フィルを駆使して“微に入り細に入り”精緻な音を出させています。管弦楽の音が明るいことも有り、ワーグナーのゲルマン的な響きというよりもリヒャルト・シュトラウスを想わせますが、劇場では実現困難な最高に精妙な演奏が聴かれます。それは入念なセッション録音にして初めて実現するのでしょうが、代償として、劇場の舞台のドキドキする興奮は薄められます。特に第1幕にその弱点が感じられます。しかし第2幕以降では中々のドラマを表出しているのはさすがカラヤンです。歌手に関してはジークムントのヴィッカーズ、ジークリンデのヤノヴィッツには特に不満は有りません。ブリュンヒルデのクレスパンは何となくエキセントリックなところがクンドリっぽい?です。ヴォータンのステュアートは声に貫禄が足りませんし、フンディングのタルヴェラもしかりです。総じて歌手陣には、やや不満が残りますが、ここはまぁベルリン・フィルが主役ということで。録音は優れますが、ショルティの「指環」ほどオーディオ・サウンド風で無いのは好印象です。 

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ピエール・ブーレーズ指揮バイロイト祝祭劇場管(1980年録音/フィリップス盤)
「指環」のバイロイト初演100周年となった1976年以来、毎年の公演を指揮したブーレーズですが、これは1980年の舞台収録です。ブーレーズのテンポは比較的速めで淀むことなく進みます。印象的なのは管弦楽の響きで、過去のゲルマン的な厚い音から地中海的な美しく澄んだ音に変わっています。しかしカラヤン/ベルリン・フィルの様にリヒャルト・シュトラウスに聞こえることも無く、やはりワーグナーの音です。劇場での実演ならではの緊張感や高揚感、息づかいに満ち溢れていて、ブーレーズのオペラがこれほど素晴らしいとは改めて驚かされます。歌手については、ジークムントのペーター・ホフマンが“勇者の力強さ”と“愛に目覚める情感”の両方を見事に表現し尽くしています。声そのものはヴィントガッセンを最も好みますが、表現力ではそれ以上かもしれません。ジークリンデのジャニーヌ・アルトマイアーも声と表現どちらも良いです。その他、ヴォータンのマッキンタイア、ブリュンヒルデのギネス・ジョーンズ、フンディンクのサルミネン、フリッカのハンナ・シュヴァルツと全体的にやや小粒ながら、どこにも隙が見られません。録音はバイロイトで何年も経験を積み重ねたフィリップスが、このホールの音の柔らかさに加えて、舞台の上の歌手達の動きが手に取るように分かる遠近感を見事に再現していて素晴らしいです。 

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マレク・ヤノフスキ指揮シュターツカペレ・ドレスデン(1981年録音/RCA盤)
ドレスデンのゼンパー・オパーの再建落成記念として「指環」が上演された際にDENON、西独オイロディスク、東独シャルプラッテンの共同制作により全曲が録音されました。ドイツの歌劇場でたたき上げられてオペラを得意としたヤノフスキの指揮には、強い個性は無いものの、オーソドックスな誠実さが魅力でもあります。第1幕前奏曲がベーム並みの速さなのは驚きますが、それ以降は手堅く堅実な演奏と成り、更にメリハリをつけて歌わせて欲しい部分も頻出しますが、良くも悪くもリラックスして聴いていられます。管楽器も抜群の上手さです。歌手については、ジークムントのジークフリート・イェルザレムは若々しい声と表現が魅力です。一方、ジークリンデのジェシー・ノーマンは余りにクセが強く、この役には適しません。ブリュンヒルデのジャニーヌ・アルトマイヤーも幾らかクセが有るものの許容範囲です。ヴォータンのテオ・アダムは、やはり声の軽さがマイナスですが、「告別」は感動的です。フンディングのクルト・モル、フリッカのイヴォンヌ・ミントンには文句ありませんが、総じて歌手には少々不満が残ります。録音に関しては、名門シュターツカペレ・ドレスデンを、響きの良いルカ協会でセッション録音したので、いぶし銀のドレスデンサウンドを味わえます。ヤノフスキの演奏スタイルとも合致しますし、ベームのような極度の緊張感を強いられないので、逆に好む方もおられるかもしれません。 

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ジェイムズ・レヴァイン指揮メトロポリタン歌劇場管(1987年録音/グラモフォン盤)
1987から89年にかけてセッション録音された「指環」全曲からで、メトにおけるDVD映像とは別演奏です。世界に誇るオペラハウスの名に恥じず、オーケストラの優秀さに感心します。ゲルマン的な音の暗さ、厚みは無いとしても、この時代のベルリン・フィルの明る過ぎる音色よりもむしろ好ましく思います。レヴァインの指揮は基本のテンポが遅く、下手をするともたれてしまう危険性が有りますが、生の舞台の息づかいや雰囲気を感じさせて上手く盛り上げて乗り切っています。巨大な広がりの有るクナッパーツブッシュのタイプとも言えます。終幕の「告別」もヴォータンの哀しみが深く静かに伝わって感動的です。歌手はジークムントのゲイリー・レイクスは声が若々しく凛々しさが有り、強さの陰にも戦いで倒される悲哀を感じさせて気に入りました。ジークリンデはジェシー・ノーマンですが、ヤノフスキ盤の時よりはクセの強さが薄らいでいるのは好ましいです。ブリュンヒルデのベーレンスは映像で観ても素敵ですが、歌唱だけとっても大好きです。役柄上、更に強さが感じられるともっと良かったのですが。その他も、ヴォータンのジェイムズ・モリス、フリッカのクリスタ・ルートヴィッヒ、フンディングのクルト・モルと万全の布陣です。バイロイト以外でこれだけ高い水準の配役は稀だと思います。グラモフォンによりマンハッタンセンターで行われた入念な録音も優秀です。 

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ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮バイエルン国立歌劇場管(1989年録音/EMI盤)
これは我が国、NHKと深いつながりを持っていたサヴァリッシュがバイエルン歌劇場でNHKが制作した「指輪」映像および録音です。ワーグナーの第二の聖地ですし、「ラインの黄金」と「ワルキューレ」はこの劇場で初演されました。サヴァリッシュは1950年代末からバイロイトで大きな実績を残したようにワーグナーは十八番で、それをこの歌劇場の総監督として指揮した演奏なので、極めて充実しています。全体の統率力、管弦楽と歌手の絡み合いは全く見事です。サヴァリッシュとして最も充実していた時代の記録と言えます。オーケストラが持つ南ドイツ的な温かみのある音は、バイロイトの凄味の有る響きとはまた別の魅力があります。金管楽器がどことなく角笛を想わせるも楽しいです。その代わりに幾らか凄味には欠けます。歌手ではブリュンヒルデのベーレンスは言うまでも無い素晴らしさですが、ジークムントのマンフレート・シェンクが美声で若々しく魅力的です。雄々しさも有りながら、どこかいずれ命果てる弱さも感じられて適役です。ジークリンデのユリア・ヴァラディも声質が役に適していて不満有りません。ヴォータンのロバート・ヘイルには更に性格模写が増したら良いとは思いますが、フンディングのクルト・モル、フリッカのリポヴシェクと、主要な配役はレヴァイン盤と同格か、それ以上です。NHKによる録音は響きが柔らかく、かつ個々の楽器の音が明瞭で素晴らしいです。 

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ダニエル・バレンボイム指揮バイロイト祝祭劇場管(1992年録音/ワーナークラシックス盤)
UNITELがバイロイトで映像制作したプロジェクトで、この「指環」はハリー・クプファーの前衛的な舞台演出が大きな話題となりましたが、バレンボイムが1988年から1992年まで5年連続で同公演の指揮台に立ちました。収録がライヴでは無くセッションで行われたことで録音が非常に明瞭です。それでいて生の舞台の雰囲気が失われていないのは、オペラ、特にワーグナーを得意とするバレンボイムと製作スタッフの力でしょう。バレンボイムの指揮は、ゆったりとした遅めのテンポを基調としますが、随所で大きく歌わせてドラマティックさを引き出します。音の押し出しが強いので、どことなくクナッパーツブッシュの演奏を想わせます。トゥッティの響きには荒さも感じますが、バイロイトのオーケストラの音の威力に圧倒されます。歌手ではジークムントのポール・エルミングの声が少々優(やさ)男っぽいですが熱演です。ジークリンデのナディーネ・ゼクンデも情熱的で、この二人の第一幕終末は「もうどうにも止まらない!」という感じです。第二幕でヴォータンのジョン・トムリンソンが、恐妻フリッカのリンダ・フィニーに始終押されっぱなしなのはご愛敬。ブリュンヒルデのアン・エヴァンスの知名度は高く無いですが、男勝りというよりも凛とした女性の雰囲気が魅力です。フンディングのマティアス・ヘレ、フリッカのリンダ・フィニーは役柄に合った声が良いです。これもまた管弦楽と声楽、それに録音のどれもが満足出来る良いディスクだと思います。 

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クリスティアン・ティーレマン指揮バイロイト祝祭劇場管(2008年録音/オーパス・アルテ盤)
バイロイトの「指環」ライブ録音としては、ベーム盤以来40年ぶりとなりました。ティーレマンは、遅めのテンポでスケールの大きな、現代で最もドイツ的なマエストロとして疑いなく第一人者です。クナ亡き後に失われてしまった後期ロマン派然とした巨大な演奏をこうして聴くことが出来るのは何とも嬉しいです。音に重量感が有り、各動機、フレーズの一つ一つがまるで大波がうねるように奏されます。「ワルキューレの騎行」で途中からテンポをぐっと落とすのもクナそっくりです。オーケストラの質もおよそ最高で、ライブとは思えない完成度の高さです。歌手については、ジークムントのエントリク・ヴォトリヒは声に伸びと輝きが足りませんが、悲哀を感じさせるのは良いです。一方ジークリンデのエファ=マリア・ウェストブロックは美声で優しさを感じさせて魅力的です。ブリュンヒルデのリンダ・ワトソンは声がややカン高いものの勇女らしくて良いと思います。ヴォータンのアルベルト・ドーメンも悪くは無いのですが更に深味が加わると良かったです。フリッカのミシェル・ブリート、フンディングのクヮンチュル・ユンについては問題ありません。それにしても録音が本当に素晴らしく、祝祭劇場の柔らかい響きが忠実に再現され、その割に個々の楽器の音も良く聴き取れます。バイロイト「指環」録音のベストだと思います。歌手陣はベストとは言えませんが、指揮、オーケストラ、録音が余りに素晴らしいので「指環」の世界にどっぷりと浸りきれます。終幕「魔の炎の音楽」の何と感動的なこと! 

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クリスティアン・ティーレマン指揮ウィーン国立歌劇場管(2011年録音/グラモフォン盤)
何と2008年のバイロイト盤から僅か3年後のティーレマン二度目の録音です。今度はショルティ盤以来およそ半世紀ぶりのウィーン・フィルの「指環」となりました。ティーレマンの解釈に大きな違いは有りませんが、やはりオーケストラの音の性格の違いが明らかです。音の凄味、迫力はバイロイトには及びませんが、ゆったりと歌われるシーンなどでは特に弦楽器の持つ柔らかい美しさが格別です。録音がホールで聴くような臨場感が有って非常に自然ですが、音像が柔らかく、やや遠く感じられる為に幾らか物足りなさを感じるのも確かです。バイロイト盤と比較して録音が劣るというレヴューも目にしますが、これは音造りのコンセプトの違いの影響でしょう。歌手はジークリンデのヴァルトラウト・マイヤーが囚われの嫁としての哀しさ、強さを上手く演じています。ジークムントのクリストファー・ヴェントリスはいかにも優男らしく、殺されてしまう役柄に似合います。ブリュンヒルデのカタリーナ・ダライマンは、声にカン高さが気に成るのと、もう少し優しさが欲しいです。ヴォータンのドーメンはバイロイト盤と共通ですが、やや深みが増したような気がします。特に終幕はオーケストラ共々非常に感動的です。もしバイロイト盤とどちらか一つ選ぶとすれば、迷わずにバイロイトとは成りますが、ティーレマンや「指環」のファンでしたら、二つを聴き比べるのもまた一興です。

―第1幕のみのCD―

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ハンス・クナッパーツブッシュ指揮ウィーン・フィル(1957年録音/DECCA盤)
LPレコードの時代には第1幕、あるいは第3幕のみの録音は度々見られましたが、4部作が簡単にCDで入手出来る現代において、1幕だけのCDに意味が有るとは思えません。ですが、その中でも特筆大書すべきディスクが有るので上げておきます。クナは1957年にバイロイトで「指環」を指揮した後に「ワルキューレ」の第1幕だけをDECCAにセッション録音しています。ジークリンデのフラグスタートとジークムントのスヴァンホルムによる感涙の歌唱など、感興の高さにおいても実演に匹敵するほどで、スケールの大きさも相変らずです。しかもウィーン・フィルのこぼれるような美音でクナのワーグナーを味わうことが出来ます。当時としては優れたステレオ録音ですし、各楽器の分離の良さは一連のバイロイト盤を上回ります。 

というわけで、「ワルキューレ」には単独盤も有ることから、結局20種となりました。全てまとめて聴くことは最初で最後になるかもしれません。その中で特に気に入ったのは、やはり「ラインの黄金」と同じく、クナッパーツブッシュの1958年バイロイト盤、カイルベルトのバイロイト盤、ベームのバイロイト盤、ティーレマンのバイロイト盤の4種類でした。

しかし次点グループとしてクナッパーツブッシュの1956年盤、ラインスドルフのロンドン響盤、ブーレーズのバイロイト盤、レヴァインのメロポリタン盤、サヴァリッシュのバイエルン盤、バレンボイムのバイロイト盤などにも大いに惹かれますし、それ以外の盤も聴いていてやはり楽しめます。 

さて、次回は「ジークフリート」ですが、新年の初荷となるのはいつになりますか。。。 

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ワーグナー 楽劇「ラインの黄金」 名盤

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2023年10月19日 (木)

ワーグナー 楽劇「ラインの黄金」 ~4部作「ニーベルングの指環」序夜~ 名盤

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リヒャルト・ワーグナーの長大なオペラ作品である楽劇「ニーベルングの指環」は、ワーグナーが35歳から61歳まで26年もの年月をかけて作曲しました。演奏の時間は正味で約15時間に及び、それが4日間に渡って上演されるという空前絶後の作品です。
4日間の内訳は、序夜「ラインの黄金」、第1日「ワルキューレ」、第2日「ジークフリート」、第3日「神々の黄昏」です。演奏するオーケストラも大きく、100名以上の編成となります。 

物語は叙事詩で、世界の支配者と成れる魔法の指環をめぐって、神様、英雄、神話上の生き物たちの争いが、神々の世界、地上の世界、ライン河の水底、地下のニーベルング族の住むニーベルハイムなどで三世代にわたって繰り広げられ、最後には神々の城が炎上して灰となり、そこに真の愛が蘇るという気の遠くなるようなスケールの内容です。ワーグナーは台本から先に創作を始めましたが、書いた順番は「神々の黄昏」「ジークフリート」「ワルキューレ」「ラインの黄金」で、つまり後ろから前へ遡ります。 

序夜「ラインの黄金」は、ワーグナーがテキストを1853年に書き上げると直ぐに作曲に取り掛かり、翌年にはスコアを完成させました。ワーグナーは4部作の全てが完成するまでは舞台上演をしようとしませんでしたが、パトロンのバイエルン国王ルートヴィヒ2世が、完成したものから上演するようにと命じたことから、1869年に「ラインの黄金」のみを宮廷歌劇場でフランツ・ヴュルナーの指揮で初演しました。 

<序夜>だけあって、1幕4場のみで、4作の中では最も短いですが、それでも上演には2時間半以上を要します。内容的にも以降の3作と比べれば薄いですが、どうしてどうして単独で鑑賞しても充分楽しめる作品です。 

<主な登場人物>
ラインの乙女たち(ヴェルグンデ、ヴォークリンデ、フロスヒルデ) :ラインの黄金を守る。

アルベリヒ:ニーベルング族の長。

ヴォータン:神々の長。

フリッカ : ヴォータンの妻。

フライア : 女神。フリッカの妹。

エルダ:知の神。

ローゲ : 火の神。悪智恵を働かせる。

ファーゾルト : 巨人の兄。

ファーフナー : 巨人の弟。

ミーメ : アルベリヒの弟。 

<物語の概要>
第1場 ライン河の水底
ライン川の水底を三人のラインの乙女が泳いでいる。そこへニーベルング族のアルベリヒが現われて、ラインの乙女たちに言い寄るが、乙女たちは彼をあざ笑う。憤るアルベリヒは河の底に眠る黄金を見つけるが、ラインの乙女たちから「愛を断念する者だけが黄金を手にし、世界を支配する力を持つ指環を造ることが出来る」と聞かされる。アルベリヒは、愛の禁欲ぐらいなら出来ると黄金を奪い去る。 

第2場 広々とした山の高み
神々の長ヴォータンは巨人族の兄弟ファーゾルトとファーフナーにライン河畔の山上にヴァルハラ城を造らせた。兄弟への報酬として女神フライアを与えるという契約になっていたが、その約束を果たすつもりのないヴォータンは、この契約を勧めた火の神ローゲに事の収拾を図らせようとする。 
ローゲはニーベルング族のアルベリヒがラインの黄金を奪い去ったことを話すと、ニーベルング族と確執のある巨人たちは黄金をフライアの代わりの報酬にしろと言い出し、フライアを人質にして連れ去ってしまう。ヴォータンは、ラインの黄金を手に入れるためにローゲを伴って地底に降りてゆく。 

第3場 地底のニーベルハイム
アルベリヒはラインの黄金から鍛えた指環を造り、その力でニーベルング族の支配者となっていた。弟のミーメには密かに魔法の隠れ頭巾を作らせ、それを奪い取り我がものにした。 

ヴォータンとローゲは嘆くミーメから事情を聞き出す。そこへ現われたアルベリヒはヴォータンとローゲを警戒するが、次第にローゲの口車に乗せられ、隠れ頭巾を使って大蛇に化ける。小さいものにも変身できるかと問われ、カエルになってみせたところを捕らえられてしまう。ヴォータンとローゲはアルベリヒを縛り上げて地上に連れ行く。 

第4場 再び第2場の山の上
アルベリヒは仕方なく集めた黄金をヴォータンに差し出すが、魔法の隠れ頭巾とラインの黄金を鍛えた指環も取り上げられてしまう。ようやく自由の身となるが、指環に死の呪いをかけて去る。 

巨人族の兄弟がフライアを連れて現れ、フライアの身の丈の黄金財宝を要求する。隠れ頭巾を差し出してもまだ足らず、巨人たちはヴォータンの指環を要求する。ヴォータンはこれを断固拒絶するが、岩の裂け目から登場したエルダがヴォータンに、呪いを避けて指環を手放すよう警告し、世界の終末が迫っていると告げるとヴォータンはようやく指環を巨人たちに渡し、フライアは解放される。

黄金を手に入れた巨人の兄弟は、その取り分をめぐって争い始め、弟のファーフナーは兄のファーゾルトを棍棒で打ち殺す。 

雷神ドンナーがハンマーを振るって雲を呼び集め、神々の城に虹の橋が架かると、ヴォータンは城に「ヴァルハラ」と名付け、橋を渡って神々は入城するが、ライン河からは黄金を奪われた乙女の嘆きが聞こえてくる。 

それでは所有するCDの紹介ですが、実際はほとんど4作まとめての全曲盤です。かつてのLP盤時代ならいざしらず、CD以降の時代では全曲盤が普通となりましたし、購入もし易いです。 

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ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ミラノ・スカラ座管弦楽団(1950年録音/ Gebhardt盤)
第二次大戦後、ナチ疑惑が晴れて楽壇復帰したフルトヴェングラーに対してミラノ・スカラ座はドイツ・オペラの指揮を打診します。それを受けたフルトヴェングラーは、「指輪」全幕を当時の層々たるワーグナー歌手を集めて上演しました。その演奏はイタリア放送によるモノラル音源をもとにこれまで様々なレーベルからリリースされましたが、現在入手可能なのはキングレコードが伊チェトラ社から取り寄せた初期アナログテープを基にリマスター復刻したものです。高価なので自分はハイライト盤しか持っていません。全曲盤の所有はGebhard盤です。GebhardARCHIPELWALHALLレーベルを傘下に持つドイツの新興レーベルで、復刻盤を主とします。ただしキング盤と比べても更に音が貧しく、テープの揺れも所々に有ります。どちらにしてもワーグナーの管弦楽を楽しむには全く物足りません。オーケストラも第一場までは調子が出ておらず、金管などは情けない音を随分と出しています。ところが、音楽が進むにつれてオーケストラも調子を上げて、極めてドラマティックとなります。歌手陣も表現力豊かな歌手が揃っていて素晴らしいです。全体がオペラハウスの雰囲気に溢れているのが魅力です。 

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ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮イタリア放送交響楽団(1953年録音/EMI盤)
ミラノ公演から3年後の1953年にローマで行われた演奏会形式の公演で、ラジオ放送されたモノラル音源です。ファンの間では「ミラノ・リング」に対して「ローマ・リング」と呼ばれます。この録音はEMIとの間でレコード化の話が有ったものの、EMIのレッグが、フルトヴェングラーの「指環」はウィーン・フィルとのセッション録音を考えていたことから、契約が延び延びとなり、しびれを切らせたイタリア放送局がオリジナルテープを消してしまったそうです。フルトヴェングラーは結局「ワルキューレ」のセッション録音を残したのみで他界してしまいました。時すでに遅し、EMIは「ローマ・リング」をアセテート盤から起こしたテープで復刻したそうです。それでも高中低音域のバランスが良く、個人的には「ミラノ・リング」よりも聴き易いです。演奏会形式であった利点も有り、前奏曲からして金管のハーモニーが「ミラノ・リング」よりも美しく神秘感が出ています。確かに「ミラノ・リング」は劇的で興奮を誘い、よりフルトヴェングラーらしいかもしれませんが、余りに人間的で、ワーグナーの音楽の神々しさにおいては「ローマ・リング」が上と考えます。もちろん劇的さも不足はしません。管弦楽に関してもイタリア放送響は、スカラ座管よりもドイツの響きに近く感じられます。歌手はヴォータンのフランツは重厚で立派ですし、他の歌手も実力派が勢揃いしていて、ミラノよりもじっくりとした歌唱ぶりが好ましいです。 

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クレメンス・クラウス指揮バイロイト祝祭劇場管(1953年録音/オルフェオ盤)
1951年に戦後のバイロイトが再開されてから1959年を除いて毎年「指環」が上演されましたが、1953年にはクラウスが指揮台に立ちました。ところが、クラウスは翌年5月に急死してしまう為にバイロイトへの登場は一年だけ、しかも「指環」は第2チクルスの1回だけで終わったことから、このライブ録音は大変貴重となりました。クラウスの指揮は、全体は速めのテンポでサクサクと進み、躍動する生命力で一杯です。当時のクナッパーツブッシュやカイルベルトの重厚なゲルマン的な演奏とは異なり、リヒャルト・シュトラウス風のワーグナーだと言えます。あるいは後年のベームの先取りかもしれません。クラウスは旋律をしなやかに歌わせますが、要所でテンポを動かして劇的さにも決して不足はしません。歌手陣に関してこの年は最高だと良く言われますが全く異論はなく、特にヴォータンのハンス・ホッターが全盛期の凄さですし、アルベリヒのナイトリンガーももちろん最高で、この二人が対峙する緊迫感溢れるかけ合いには思わず唸らされます。そのほかの歌手陣にも全く疵が無く本当に素晴らしいです。この音源は、バイエルン放送協会のマスターを使用とのことで、モノラル録音ながらかなり明瞭な音質です。これまでに様々なレーベルからも復刻されていて、よく「管弦楽の音が引っ込んでいる」という評も見受けますが、当時のバイロイト録音としては普通の聞こえ方だと思います。フルトヴェングラーの2種の盤もこれぐらいの音なら良かったのですが。 

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ヨーゼフ・カイルベルト指揮バイロイト祝祭劇場管(1955年録音/テスタメント盤)
何とこの年のバイロイトでは、世界初の「指環」の全編ステレオ録音がデッカのチームにより行われました。それはショルティ盤に先駆けてのことです。当時はまだステレオ録音の最初期の時代で、ライヴ収録の「指環」など奇跡の記録だと言えます。なお、これは公演の2チクルスとも録音したうち、1回目のチクルス本番、リハーサル、ゲネラルプローベのテープを編集して完成されました。しかし、このプロジェクトを途中から引き継いだプロデューサーのジョン・カルショーはライヴ録音が嫌いで、既に「指環」のセッション録音計画が有ったことから、この「バイロイト・リング」はお蔵入りと成ってしまい、それから半世紀の時を経てようやく英テスタメントの英断によりリリースされました。最新のデジタル録音と比べて音響学的にはひけをとるかもしれませんが、音そのものは明瞭ですし、アナログ的な高音の柔らかさ、管弦楽の中低域の音の厚み、自然な広がりなどが大変素晴らしいです。放送局の一発録りの音源では無いので演奏の疵も最小で気に成りません。特筆すべきはカイルベルトの堂々たる指揮ぶりで、真のドイツのカペルマイスターとしての実力を遺憾なく発揮しています。要所での劇的な迫力も凄いです。歌手陣については53年のクラウス盤と同じヴォータンのハンス・ホッター、アルベリヒのナイトリンガーという最強の二人ですし、その他の歌手もそれに匹敵する充実ぶりです。 

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ハンス・クナッパーツブッシュ指揮バイロイト祝祭劇場管(1956年録音/オルフェオ盤)
クナッパーツブッシュはバイロイトで「指環」を1951565758年と指揮しました。そのうち正規盤が出ているのは56年のみで、このオルフェオがバイエルン放送協会の音源からリマスターしたディスクです。この年もヴォータンのハンス・ホッター、アルベリッヒのナイトリンガーという最強の二人を始めとして、層々たるワーグナー歌手が名前を連ねます。しかし、何と言ってもクナッパーツブッシュのスケール雄大にして、聴く進むうちにじわりじわりと劇的なドラマを盛り上げてゆく神業の指揮ぶりが圧巻で、場面転換の際の音楽の凄さなどは物理的な音響の範囲を超えて身に迫り来ます。やはり最高のワーグナー指揮者はクナを置いては居ないとつくづく思われます。もともと後期ロマン派のワーグナーやマーラーの音楽には、何か絶滅寸前に余りに巨大化し過ぎた恐竜のようなイメージを持つのですが、クナの演奏にもそれと同じような巨大さを感じるのです。モノラル録音ですが、音質は53年のクラウス盤を上回り、この凄い演奏の鑑賞に充分に耐えます。もしもこれが前年のカイルベルト盤のような明晰なステレオ録音で残されていたらと、贅沢な想いを巡らせたりもしますが、まずはこの正規録音に感謝して拝聴したいです。

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ハンス・クナッパーツブッシュ指揮バイロイト祝祭劇場管(1957年録音/ WALHALL盤)
クナッパーツブッシュのバイロイトの「指環」全曲の正規盤としてはオルフェオの56年盤のみですが、5758年の録音がMelodramWALHALLなどから出ていました。57年盤はキングレコードからも出ていますが高価なので、自分が所有しているのはWALHALL盤です。それでも非正規盤でモノラル録音ながら音質はかなり優れていて、56年のオルフェオ盤がオフマイク気味で全体が綺麗にまとまって聞こえるのに対して、こちらはオンマイク的で、分離が良く細部が明瞭なので、音に生々しさが増しています。もっとも、その分、演奏の疵はそのまま聞えてしまいます。冒頭のライン河の音楽が開始されても、聴衆の派手な咳の音がしばらく聞こえるのも苦痛です。オーケストラは最初のうち集中力にやや欠けていますが、徐々に調子が出てくると、クナッパーツブッシュの巨大なワーグナーの世界と化してしまいます。第一場の終盤以降はドラマティックさにおいて56年を上回るように思います。歌手陣は、この年もヴォータンのハンス・ホッター、アルベリのナイトリンガーの二人を始めとして、前年とほぼ同じ層々たるワーグナー歌い手達が揃っているので、その点でもドラマの白熱に大きく貢献しています。56年盤とは一長一短ですが、どちらかと言えばやはり録音が上回る57年盤を上位に置きたいところではあります。 

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ハンス・クナッパーツブッシュ指揮バイロイト祝祭劇場管(1958年録音/GOLDEN Melodram盤)
クナッパーツブッシュの最後の「バイロイト・リング」となる58年の録音はMelodramWALHALLなどから出されていました。自分が全曲盤で所有しているのはMelodram盤ですが、これは非正規盤でモノラル録音ながら音質が滅法優れています。57年盤もクナのワーグナーにどっぷりと浸れる優れた録音でしたが、この58年の録音は更に飛躍的に音質が向上しています。オーケストラも歌手達の歌声もどちらも極めて明晰でクリアであり、重低音域に支えられた音場には奥行きや広がりが感じられるために、ステレオ録音かと錯覚してしまいそうです。55年のカイルベルト盤と比べても、さほど遜色の無い音だと言っても決してオーバーではありません。むしろヒスノイズなど少ないほどです。舞台装置の音や客席の音はもちろん有りますが、実演の臨場感を感じる程度で、ほとんど気に成らないのも大きな利点です。歌手はヴォータンのホッターは不動ですが、アルベリヒがナイトリンガーからアンダーソンに代わりました。それ以外は前年、前々年に引けを取らない素晴らしい歌手達が揃っています。それでもなお、この演奏の持つ巨大なスケールの凄さは兎にも角にもクナに尽きます。57年ではオーケストラの特に金管のハーモニーがいま一つでしたが、奏者が入れ替わったのか、58年では見事に改善されています。三年目の公演となりアンサンブルも完成度が非常に高まっています。因みに「ラインの黄金」はWALHALL盤でも所有していますが、中低音域に差は感じられず、高域のきめ細やかさと広がりはMelodram盤が上のような気はしますが、その差はごく僅かです。入手チャンスが有ればどちらでも迷う必要は有りません。 

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ゲオルグ・ショルティ指揮ウィーン・フィルハーモニー(1958年録音/デッカ盤)
恐らくはレコード史上最も有名な「指環」です。デッカの名うてのプロデューサー、ジョン・カルショーが、会社の総力を上げて8年を費やして完成させた最初のセッション録音による「指環」でした。第一弾となった「ラインの黄金」は1958年録音と古いにもかかわらず、デッカのアナログ録音は、60年以上経った今でも美しく迫力ある音を充分に楽しませてくれます。またセッション録音の利点で、ウィーン・フィルも歌手達も疵の無い極めて完成度の高い演奏を行っています。一方で音響技術を駆使した効果音や音の編集が少なからず行われていることで、歌劇場の実演とは異なる不自然な印象を与えてはいます。部分部分だけを聴けば、物凄い迫力ですが、それらを個々につなぎ合わせるために、生の舞台でこそ生まれる自然な感興の流れは失われています。むろん、それはこの録音に限ったことでは無いのですが、それらを好むか好まないかは聴き手の感じ方次第でしょう。この「指環」の評価はそこが分かれ目です。つまり、オーディオマニアの人には最高ですが、生の舞台好きの人には不向きだと思います。ショルティの指揮はディナーミクが極めて明快で、含蓄こそ有りませんが、カルショーの意図には最適でしょう。歌手についてはヴォータンがホッターではなくジョージ・ロンドンで、フリッカをフラグスタートが演じています。二人の掛合いではフリッカの方がずっと強そうです()。アルベリヒは不動のナイトリンガーです。その他の歌手もベテラン中心に手堅く揃えられています。 

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ルドルフ・ケンペ指揮バイロイト祝祭劇場管(1961年録音/オルフェオ盤)
戦後バイロイトの「指環」は、1958年までヴィーラント・ワーグナーの演出により上演されて来ましたが、ヴィーラントの弟のヴォルフガンク・ワーグナーも演出に加わり、1960年には新演出の「指環」上演を行いました。指揮を任されたのはケンペで、63年まで4年間担当します。これはその二年目の1961年のライブ録音です。ケンペはそれ以前にもコヴェントガーデンで「指環」を指揮していますし、ドイツ職人らしくきっちりとまとめ上げています。スケールも小さいということは無いのですが、何しろその前の1950年代のクナッパーツブッシュやカイルベルトら巨峰が連なるような指揮者達と比べてしまうと、どうしてもスケール感に物足りなさが感じられてしまいます。それでも2場以降の劇的部分での熱を帯びた掛合いなど流石はケンペです。歌手陣については、ヴォータンが米国のジェローム・ハインズ、アルベリヒがオタカール・クラウスとなり、全体的にそれ以前のメンバーから新世代の歌手達に大きく入れ替わっています。やや小粒化した印象は有りますが、特に文句は有りません。音源はバイエルン放送協会のマスターが使われていますが、モノラル録音なのが惜しまれます。音質は年代的には優れていて、音域のバランスも良いのですが、55年のカイルベルト盤や58年のクナ盤が余りに明晰なだけに、やや聴き劣りして感じられるのは不運です。 

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カール・ベーム指揮バイロイト祝祭劇場管(1966年録音/フィリップス盤)
昔、自分が学生だった頃には「指環」の全曲盤と言えばショルティとベームでした。ショルティはウィーン・フィルのセッション録音、ベームはバイロイトのライヴと対照的で、好みを分けたものです。ベームは1965年から67年までの三年間続けてバイロイトで「指環」を振りましたが、全曲盤は66年と67年に録音されました。当時のバイロイトでは『次の演奏会場へ行くのを急いでいるような演奏だ』と評されもしました。要はテンポが速過ぎるという皮肉です。確かにあのクナッパーツブッシュの巨大な演奏と比べれば、バイロイト常連の聴衆にはそう感じられたかもしれません。しかし今改めて聴いてみれば、凄まじい緊張感に溢れ、管弦楽の音の凄味と劇的な迫力は、バイロイトの「トリスタンとイゾルデ」や「さまよえるオランダ人」と同様にベームのワーグナーならではです。この凝縮された響きによる演奏とクナに代表される広がりの有る響きのどちらがワーグナーらしいかと聞かれたら、たぶん後者と答えます。しかしこの長い長いオペラを手に汗握り一気に聴かせてしまう点ではベーム以上の指揮者は居ないかもしれません。歌手については、ヴォータンはテオ・アダムで声が軽いですが健闘、アルベリヒは不動のナイトリンガーです。ローゲのヴィントガッセンは魅力ですし、“狂気のミーメ”の異名を取ったヴォールファールトは最高に楽しいです。その他の歌手ものちに新時代のワーグナー歌いとして名を馳せる面々が揃っていますので不満は有りません。録音は60年代初頭から何度もバイロイトで名ステレオ録音を残してきたフィリップスなので素晴らしいです。このレコードが発売されたときにNHKFMで全曲を放送したのをラジオにかじりついて聴いた青春の日々を思い出します。 

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ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー(1967年録音/グラモフォン盤)
カラヤンの「指環」全曲は1966年から1970年にかけて録音されました。LP盤が順に単売されて、当時の自分は「ワルキューレ」と「ジークフリート」のみ購入しました。カラヤンの指輪で良く言われるのは『室内楽的で精緻な演奏』でしょうか。確かにベルリン・フィルにオペラを演奏させると、どのような作品でもそう成ります。セッション録音の利点を生かしているのはショルティ盤と同じですが、カラヤンはあくまでも演奏そのものを重厚長大な前時代のワーグナーから新時代のワーグナーへと見事に生まれ変わらせています。劇場では聴けないような細かく雄弁な演奏は世界屈指の楽団を録音スタジオ(実際は教会ですが)に閉じ込めて初めて実現可能と成ります。もちろん精緻で美しいだけではなく、要所では凄い迫力でバリバリと鳴り響きますが、音色はかなり明るく、ゲルマン的な暗い響きからは遠く感じられ、なんだかリヒャルト・シュトラウスみたいです。歌手については、カラヤンのコンセプトに適した歌手が揃えられていて、アンサンブルは優秀、演劇的な雰囲気も出ています。但し問題はF.=ディースカウのヴォータンです。あの声と歌い方がどうも“神々の長“には聞こえません。元々歌手にはそれほどうるさく無い自分ですが、これだけは致命的な程に抵抗が有ります。 

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ピエール・ブーレーズ指揮バイロイト祝祭劇場管(1980年録音/フィリップス盤)
「指環」のバイロイト初演100周年記念となった1976年の舞台演出を任されたのは、演劇界で活躍していた30歳を過ぎたばかりの若手演出家パトリス・シェロー、指揮者にはピエール・ブーレーズという、斬新なフランス人コンビによる公演となりました。設定を産業革命の時代に置くなど、聴衆に驚きを与えて賛否両論でしたが、毎年の公演を重ねるうちに評価がすっかり固まりました。全曲のCD1979年と1980年の収録です。この年代となるとバイロイトの録音も非常に安定して、フィリップスの音造りは柔らかく、自然な臨場感に溢れる優秀録音です。ブーレーズの指揮もかなり速いテンポで、かつてのゲルマン的な重量級の厚い音から、地中海的な透明感のある音に様変わりさせています。慣れないうちは物足りなさを感じないでも有りませんが、この長大な作品を聴き通すのにはむしろ丁度良いかもしれません。ですが、何と言っても公演のライブ収録ですので、生の劇場的な息づかいがひしひしと感じられ、セッション録音盤とはやはり違います。場面が進むうちにどんどんと感興が増してゆき、要所での雄弁さや緊迫感と迫力の有る盛り上がりが素晴らしいです。歌手ではアルベリヒのヘルマン・ベヒトが歌手としてはともかくも役者不足の感が有りますが、ヴォータンのマッキンタイア、フリッカのハンナ・シュヴァルツは共に好演していますし、ミーメのハンプーフその他の配役も上演コンセプトに適したメンバーで充実しています。 

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マレク・ヤノフスキ指揮シュターツカペレ・ドレスデン(1980年録音/RCA盤)
これはDENON、西独オイロディスク、東独シャルプラッテンの共同制作によるプロジェクトで、第二次大戦からのゼンパー・オパー再建落成記念の「指環」上演プロジェクトの際の録音です。ドレスデンのルカ教会における入念なセッション録音で、何と言ってもシュターツカペレ・ドレスデンの演奏というのが肝です。指揮者のヤノフスキはワルシャワ出身ですが、幼少からドイツに移住して音楽を学びましたので、ドイツの指揮者と言えます。歌劇場でたたき上げられてオペラを得意とすることから、この「指環」の指揮者として白羽の矢が立てられたのでしょう。それにしてもドレスデンとバイロイトの音は随分と異なる印象です。古雅で素朴なドレスデンサウンドは、「マイスタージンガー」には最適だと思うのですが、「指環」には響きが柔らか過ぎるかもしれません。もちろんこれは聴き手の好みにも寄ります。ヤノフスキの指揮は地味ながらも、要所を締めた堅実さが光ります。歌手陣はヴォータンのテオ・アダムをはじめとした東独陣が中心で、フリッカをオーストラリアのイヴォンヌ・ミントンが歌ったりもしていますが、全体的にバイロイト常連のワーグナー歌手達よりも、穏やかさが感じられます。ローゲのペーター・シュライヤーやラインの乙女のルチア・ポップが好例です。歌の掛合い部分が、時々「さまよえるオランダ人」や「マイスタージンガー」に聞こえるのは面白いです。 

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ジェイムズ・レヴァイン指揮メトロポリタン歌劇場管(1988年録音/グラモフォン盤)
レヴァインは1987から89年にかけて全曲をマンハッタンセンターでセッション録音しましたが、もちろんDVD化された歌劇場での映像とは別演奏です。聴いて、まず感じるのが、さすがは世界に誇るオペラハウスだけあってオーケストラが非常に優秀で、最近のバイロイトの演奏と比べても遜色が有りません。グラモフォンによる入念なセッション録音なので完成度は抜群、音質も優秀です。レヴァインの指揮は基本のテンポが比較的ゆったりしていますが、元々オペラを得意とするだけに生の舞台の息づかいや雰囲気が失われていません。もっともそれはプロデューサーのコンセプトかもしれませんが。DVD版では絵本そのもののような極めてオーソドックスな舞台演出が案外気に入っていますが、どうしても映像に気を取られてしまう為に、CDで聴くと演奏の素晴らしさに改めて気付かされます。ただし演奏のスタイルはベームのように熱く燃え上がるタイプではなく、限りなく広がりの有るクナッパーツブッシュのタイプです。歌手はヴォータンのジェイムズ・モリス、フリッカのクリスタ・ルートヴィッヒ、アルベリッヒのエッケハルト・ヴラシハを始めとした実力者が揃っていて特に不満は有りません。この演奏はバイロイト信奉者の聴き手にも是非とも聴いて頂きたい名盤です。 

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ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮バイエルン国立歌劇場管(1989年録音/EMI盤)
これはミュンヘンのバイエルン歌劇場にNHKが乗り込んで収録した映像と録音でした。当時NHKのBSで放送されたのを真剣に観たものです。自分はバイロイトには行ったことが有りませんが、この劇場もワーグナーの第二の聖地とも呼べるもので、ここで「神々の黄昏」を観たことが有ります。そして「ラインの黄金」「ワルキューレ」はこの劇場で初演されました。サヴァリッシュの「指環」は、レーンホフによる舞台演出が、宇宙船が登場するSF的なものだったで、かなり話題を呼びました。サヴァリッシュとしても大得意のワーグナーをこの歌劇場の総監督として、音楽的にも最も充実していた時代の演奏なので素晴らしいです。この劇場のオーケストラの音には南ドイツ的な温かみが感じられ、バイロイトほど凄味の有る響きではないものの、繊細な美しさが魅力です。唯一のマイナスは「ワルハラ城への入場」での管弦楽の弱さが残念でした。それでもサヴァリッシュの統率力は全く持って素晴らしく、管弦楽と歌手の絡み合いも非常に上手く、ライブとは思えない完成度の高さです。歌手ではヴォータンのロバート・ヘイル、アルベリヒのエッケハルト・ヴラシハを始めとして、バイロイトに決してひけを取らない実力派の面々が揃っています。録音の素晴らしさも特筆出来ます。バイロイトのようにオーケストラピットが隠れていないので、楽器の音が明瞭です。NHKの録音はそれでいて温かみある響きを忠実に捉えています。CDは契約上からかEMIからリリースされました。 

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ダニエル・バレンボイム指揮バイロイト祝祭劇場管(1991年録音/ワーナークラシックス盤)
UNITELがバイロイトでDVD制作したプロジェクトで、ハリー・クプファーの近未来的な舞台演出が話題となりました。指揮を任されたのはバレンボイムで、このコンビによる「指環」は1988年から1992年まで5年連続で公演されました。ライヴ収録ではないことから録音の質が高く、CD化された音も非常に優秀です。バイロイトだけあって、ショルティやカラヤンのセッション録音と比べると生の舞台の雰囲気が失われてはいません。マルチ才能のバレンボイムですが、こと指揮者としてはオペラ、それもワーグナーが最も素晴らしいと思います。この翌年からベルリン歌劇場の監督を30年にもわたり任されたことはその証明です。スタイルはフルトヴェングラーのワーグナーと共通していて、ゆったりとした遅いテンポを基調としたスケールの大きさを持ちながらも、随所でテンポを速めてドラマティックさを演出する実に巧妙なものです。クナッパーツブッシュのあの腹芸のような有難みこそ有りませんが、それを録音の優秀さがカヴァーしています。この年代となるとバイロイトのオーケストラも最高レベルに達していて、やはりバイエルン歌劇場よりも上だと思わざるを得ません。歌手ではヴォータンのジョン・トムリンソンも悪くないですが、フリッカのリンダ・フィニーは声質に“イラチ“っぽさが感じられて楽しいです。アルベリヒのカンネン、ミーメのハンプフにも不満なしです。 

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クリスティアン・ティーレマン指揮バイロイト祝祭劇場管(2008年録音/オーパス・アルテ盤)
今やワーグナー指揮者の第一人者であるティーレマンのバイロイト公演ですが、バイロイトの全曲ライブ録音としては、前述のベーム盤以来、40年ぶりのリリースでした。ティーレマンは遅めの基本テンポでスケールの大きな演奏スタイルから、以前は「往年の巨匠の真似」と揶揄もされましたが、今では「ドイツの伝統を継承するただ一人の指揮者」と高い人気を誇ります。所有する「指環」の最も新しい全曲盤だけあって、録音が本当に素晴らしいです。バイロイトの柔らかい音響が再現されていますが、個々の楽器の音も良く聞こえます。オーケストラの質も過去最高では無いでしょうか。前奏曲からして神秘的な響きがまるで最上級のブルックナーを想わせます。管の澄んだ響きはスメタナの「高い城」を彷彿させて、『なるほど“高い城”か。。。』と納得です。それらが余りにも美しく、客席の雑音が皆無なので、本当にライブかと疑うほどです。最後に盛大な拍手が入ってはいます。巨人兄弟や雷神のティンパニの強打を始めとした音の迫力は凄いですが、一方でベームのような劇的な迫力には欠けます。近いのはクナの演奏です。つまりクナの演奏をステレオ録音で聴きたければ、その代わりとなる録音だと言えるかもしれません。歌手については現代の実力者が卒なく揃っていますが、クナ時代の大歌手達と比べてこじんまりとしているのは止む無しです。ちなみにティーレマンはこの録音の後に二度目の「指環」全曲をウイーンで録音していて、そちらは未聴ですが近いうちに聴いてみたいです。

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クリスティアン・ティーレマン指揮ウィーン国立歌劇場管(2011年録音/グラモフォン盤)
ティーレマンの二度目の「指環」録音ですが、2008年のバイロイトから僅か3年後のウィーン国立歌劇場におけるライブ盤が出るとは思いませんでした。それもウィーン・フィルの「指環」としてはショルティ盤以来です。この2011年のウィーンリングは2008年のバイロイトリングに比べて録音が劣るというリスナーレヴューが散見されたので購入を躊躇していました。ところがサンプル試聴してみると一概にそうとも言えなそうなので購入したところ、録音は少しも悪く有りません。確かに第1場では管弦楽も歌手も音が遠く聞こえて、良い印象は受けません。けれども第2場に入ると音に俄然迫力が増しました。音自体はホールの座席で聴くような自然な音造りで柔らかく感じられるので好みの問題です。ダイナミックレンジがかなり広く取られているのでオーディオ機器によっては聴き難いと思います。かくいう我が家でもそれは言えて、バイロイト盤の方が聴き易いです。歌手はヴォータンのアルベルト・ドーメン以外はバイロイト盤とは大半が異なるメンバーとなっていて、現在のワーグナー歌いとしてはそれなりに揃っているものの、かつての大歌手達と比べればやはり小粒なのは仕方ありません。バイロイト盤と両方持つ必要が有るかという点では、バイロイト盤一つで良いと思います。もちろんティーレマンや「指環」のファンでしたら、二つ持たれて損は無いです。 

というわけで、これまでに興味を持ったCDは一通り入手して来ましたが、数えたら結局18種有りました。まだ「ラインの黄金」だけとはいえ、すべてを集中して聴いたのは初めてのことです。それにより、それぞれの違いが単発で聴くよりも遥かに見えてきます。聴く前には、どうせクナの1958年盤の出来レースだろうと思っていましたが、とんでもない!それに迫る演奏が随分と有りました。特に気に入ったのは、そのクナッパーツブッシュの1958年バイロイト盤、カイルベルトのバイロイト盤、ベームのバイロイト盤、ティーレマンのバイロイト盤の4種類です。次点にはレヴァインのメロポリタン盤とバレンボイムのバイロイト盤を上げます。

反対に余り気に入らなかったのがショルティ盤で、理由は余りに取って付けた編集が多く、セッション録音然としているからです。恐らく部分部分を取り出して聴くには良いのでしょうが、通して聴くと飽きてしまいます。やはり楽劇と言えど「劇」ですから、劇場の息づかいが感じられないと少なくとも自分は好きに成れません。

さて、次回は「ワルキューレ」ですが、聴き終わるのはいつになるか。。。

<補足>ティーレマンの2011年ウィーン国立歌劇場盤も結局入手して加えました。

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2022年11月29日 (火)

ワーグナー 楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」全曲 名盤

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「ニュルンベルクのマイスタージンガー」(Die Meistersinger von Nürnberg)は、16世紀中ごろのドイツのニュルンベルクを舞台としていて、ワーグナー作品の中では珍しく、神話や伝説ではなく歴史を基にした市民劇で、しかも喜劇です。 

構想そのものは古く、ドレスデン時代に「タンホイザー」を完成させたワーグナーは、保養のためにマリーエンバート(現チェコ領)に滞在しますが、この地でゲオルク・ゴットフリート・ゲルヴィヌスの「ドイツ国民文学の歴史」を読み、その中の“ニュルンベルクのマイスタージンガーと呼ばれる、音楽職人の親方たちの姿を題材とすることを思いつきました。史実上でも存在した靴屋の親方でマイスタージンガーのハンス・ザックスを中心にして、そこにヴァルターとエヴァの若い二人の男女の恋愛がからんで物語が展開します。 

最初の下書き段階では「タンホイザー」のヴァルトブルクの歌合戦に続く軽い喜劇という内容でしたが、途中で「ローエングリン」の作曲に取りかかったことから作業を中断します。その後も四部作「ニーベルングの指環」の「ラインの黄金」「ワルキューレ」と完成させ、「ジークフリート」作曲のあとに「トリスタンとイゾルデ」を完成させます。その後にようやく「マイスタージンガー」の台本と作曲の作業が再開して完成となります。着想から完成までには20年近くの歳月が流れてしまいました。市民劇というのはワーグナーにとっては筆が進み易いものでは無かったのかもしれませんし、他の作品とは毛色の違う異色作とも言えそうです。 

ドイツの音楽学者ヴェルナー・ブライクによれば、この作品の特徴は、「全音階法」、「コラール」、「対位法」の三点だそうです。但し、コラールは実在する教会コラールの使用では無く、ワーグナーの創作です。またバッハの影響も見逃せず、フランス風序曲の様式を引用した前奏曲や器楽挿入のコラール、フーガ、幾つもの声部の対位法的な処理など随所に見られます。ところどころにバロック・オペラのような箇所が現れるのが面白いです。 

前作「トリスタンとイゾルデ」の半音階技法とはうって変わった全音階技法を用いているので、初めからとっつきやすく、壮麗さと美しさが見事にミックスされた傑作です。第一幕などは少々長過ぎる気もしますが、それもまたワーグナーの特色ですので、我慢して?()聴き込むことにより前述の特徴を楽しむことが出来るようになります。 

初演は1868年に、ミュンヘンのバイエルン宮廷歌劇場でハンス・フォン・ビューローの指揮により行われました。このときワーグナーはロイヤル・ボックスのルートヴィヒ2世の隣で観覧しました。聴衆からは大きな歓声が上がり、終演後にルートヴィヒ2世の指示によってワーグナーは手すりに進み出て、大歓声の聴衆に向かって感謝の意を表しました。 

<主な登場人物>
ハンス・ザックス(バス):靴屋の親方。妻に先立たれて独り身。
ファイト・ポークナー(バス):金細工師。エヴァの父親。
ジクストゥス・ベックメッサー(バス):市の書記。
フリッツ・コートナー(バス):パン屋。
ヴァルター・フォン・シュトルツィング(テノール):フランケン地方出身の若い騎士。
ダヴィド(テノール):ザックスの徒弟。マクダレーネに思いを寄せる。
エヴァ(ソプラノ):ポークナーの娘。
マクダレーネ(メゾソプラノ):エヴァの乳母。
同業組合に属する職人たち、徒弟たち、それらの妻と娘たち、民衆

<あらすじ>
第1幕 聖カタリーナ教会の中
1場 前奏曲に続く教会のコラール。騎士ヴァルターは金細工師の親方ポークナーの娘のエヴァに一目惚れし、教会でエヴァに声をかけようとする。乳母マクダレーネは、エヴァが祭の歌合戦で優勝者によって求婚されることになっていて、参加するにはマイスタージンガーの資格が必要だとヴァルターに教える。
マクダレーネは恋仲のダヴィドに、ヴァルターに歌の作法を教えるように頼み、エヴァと教会を去る。 

2場 ダヴィドは、いきなりマイスターになりたいというヴァルターに呆れるが、歌の作法を歌って聞かせる。しかしヴァルターは、その作法の煩雑さに辟易する。 

3場 歌試験の会場。ヴァルターはポークナーに歌試験の仲介を依頼する。書記のベックメッサーはエヴァに好意を寄せているので、歌合戦に加わろうとするヴァルターに敵意を露わにする。そこへマイスターたちがやって来て、12人のマイスターが集まる。
ポークナーが、芸術の誉れのため、歌合戦の優勝者に娘のエヴァを与えると宣言する。ただし結婚承諾の判断はエヴァ自身に委ねたいと希望する。エヴァには拒否権が認められるが、優勝者以外の人間とは結婚できないということに決まる。
ポークナーはヴァルターを皆に試験希望者として紹介する。ヴァルターは「資格試験の歌」を歌うが、感性にまかせた歌いぶりはマイスターたちを困惑させる。ベックメッサーが規則に照らして、歌を途中で止めさせようとするので、ヴァルターはやけになるが、なおも歌い続けて場内は騒然となる。混乱の結果ヴァルターは「落第」となる。 

第2幕 通りに面したポークナーとザックスの家の前
1場 徒弟たちが祭りの準備をしている。マクダレーネは、ヴァルターが歌合戦の試験に落第したと聞くと、ダヴィドに八つ当たりをして去ってしまう。 

2場 ポークナーは娘を賞品にする提案が正しかったのかどうか自信が持てず、再度ザックスに相談しようかと迷う。しかし、エヴァに促されて二人ともそのまま帰宅する。 

3場 ザックスはヴァルターの歌が頭から離れず、「感じるが、理解できない」、「古い響き、それでいて新しい響き」だと、その魅力を歌う。

4場 エヴァは、ザックスのところへ歌試験の結果を探りにくる。エヴァはザックスに密かに慕っていたことをほのめかして、歌合戦へ参加を促す。ザックスはうろたえるが、エヴァの心を見定めようと、わざとはぐらかした答えをする。やがて歌試験の話になり、ザックスが「ヴァルターはマイスターの資格を得られないだろう」と言うと、エヴァは失望して立ち去る。これでザックスはエヴァのヴァルターへの想いを知る。
一方で、エヴァはマクダレーネから、今夜ベックメッサーがエヴァの部屋の窓辺でセレナーデを歌うつもりなのを知る。エヴァはマクダレーネを自分の代わりに部屋に残して家を出る。 

5場 エヴァはヴァルターと出会い、二人は駆け落ちしようとする。しかし、その会話を聞いていたザックスが「ザックスの靴作りの歌」に暗に非難を込めて二人を止める。 

6場 ベックメッサーがリュートを片手に登場し、エヴァの部屋の窓辺に座っているマクダレーネをエヴァだと思いこみ、セレナーデを歌おうとする。ベックメッサーが歌い始めると、ザックスが槌を打ちまくって「採点」するので、ベックメッサーは負けまいと大声で歌い続ける。やがて、この騒ぎに近所の人々が集まって来る。 

7場 エヴァの部屋にいるのはマクダレーネだと気がついたダヴィドが、ベックメッサーがマクダレーネに言い寄っていると思い込み、ベックメッサーを殴りつける。これがきっかけで、町中の人間が大げんかを始める。そのとき夜警の角笛が響き、人々は一斉に家に引っ込む。混乱の中、ザックスはエヴァをポークナーに引き渡し、ヴァルターとダヴィドを家に引き入れる。ようやく静寂が訪れ、夜警が11時を知らせて幕。 

第3幕
1場 ザックスの工房
早朝、ダヴィドが仕事場に帰って来ると、ザックスはどこか心ここにあらず。しかしダヴィドを認めると、彼にヨハネ祭を題材にした新しい歌を歌わせる。ダヴィドが部屋に戻ると、ザックスは昨晩の大騒動を思い起こし、人の迷いについて思いを巡らす(迷妄のモノローグ)。 

2場 ヴァルターが現れて、不思議な夢を見たと言う。ザックスはヴァルターにその夢を素材にして歌にするよう助言する。ザックスの指導によって「ヴァルターの夢解きの歌」が出来てくる。途中までまとまったところでザックスは歌を紙に書き付けて仕事場から離れる。 

3場 ザックスの工房に、ベックメッサーが入ってくる。ベックメッサーは昨夜の騒ぎで怪我をして足を引きずっているが、机の上の歌の書き付けを発見する。求婚の歌だと気付いたベックメッサーは、書き付けをポケットにしまい込む。ザックスがエヴァへ求婚の歌を歌うつもりだと勘違いして、ザックスの歌なら勝利は間違いないと、ベックメッサーは喜び立ち去る。

4場 婚礼の白衣装をしたエヴァがザックスを訪ねてくる。そこへ、ヴァルターが現れて、「夢解きの歌」を歌い上げる。感極まって泣き出すエヴァを見て、ザックスはエヴァへの思いを断ち切ると、若い二人を抱き合わせ、ヴァルターの歌を「聖なる朝の夢解きの調べ」と命名する。さらに現れたダヴィドに洗礼の儀式を挙げ、マクダレーネも交えて五重唱となる(愛の洗礼式)。 

5場 ペグニッツ河畔の広々とした野原
ヨハネ祭が始まり、靴屋、仕立屋、パン屋の組合の歌と行進、娘達と徒弟達の踊り、マイスタージンガーの入場と続く。最後にザックスが現れると、民衆は「目覚めよ、朝は近づいた」のコラールを合唱して称える。
歌合戦が始まり、ベックメッサーがザックスの書き付けた歌を自分のセレナーデに乗せて歌おうとするが、うろ覚えで支離滅裂となる。聴衆の笑いを受けたベックメッサーはその場から去る。
ザックスに紹介されてヴァルターが「朝はバラ色に輝いて」(栄冠の歌)を歌うと、全員がヴァルターの歌に大喝采して称える。ヴァルターにマイスターの称号が授与されようとするが、マイスターに対する疑念を拭いきれないヴァルターは拒否をする。そこでザックスは「マイスターをないがしろにしてはいけない」と諫め、「ローマ帝国は消えようとも、聖なるドイツ芸術は残るだろう。」と説く(ザックスの最終演説)。
ヴァルターは納得して称号を受けて優勝者となり、エヴァと結ばれる。全員がこの結末を導いたザックスと「ドイツ芸術」を称えて幕が下りる。 

このように登場人物が多いので最初は戸惑いますが、物語の流れを支配する主要な人物は限られていますので、それほど難しいことは有りません。もっともワーグナーの好きな「歌合戦」は良いとしても、愛する娘を優勝の賞品にしてしまう父親というのは、いかがなものでしょうね?現代であれば、旧統一教会のように深刻な人権問題として批判されるのは目に見えています。とはいえワーグナーの主要オペラでは登場人物が一人も死なない唯一の作品です。「鎌倉殿と13人」で“死ぬどんどん“がいいかげん嫌になっている人にはうってつけのオペラではないでしょうか。喜劇とはいえ、作品全体の風格とフィナーレに大きな感動を与えられるのは、さすがワーグナーです。

ともかくは愛聴CDのご紹介をします。 

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ハンス・クナッパーツブッシュ指揮ウィーン・フィル/国立歌劇場合唱団(1950-51年録音/DECCA盤)
DECCAによるセッション録音です。「クナはライブに限る」という意見をよく聞きますが、それは事実であり、反面事実ではありません。何故なら「トリスタン」(抜粋)や「ワルキューレ」(一幕のみ)のような超名演が有るからです。「マイスタージンガー」にも3種類のライブ(1950年、52年、60年)が存在しますが、このセッション録音は1950年代のウィーン・フィルの美音が味わえる点で貴重です。前奏曲などクナにしては速めのテンポで進みますが、全体的にはゆとりのある悠揚迫らざる演奏で、クナ特有のテンポの浮遊が自然であり、物理的な音響を越えた音楽の気宇の大きさや香りの高さに魅了されます。歌手はヒルデ・ギューデンのエヴァがチャーミングです。パウル・シェッフラーのザックス、ギュンター・トレプトウのヴァルターに関してはまずまずというところです。歌手も総じてウィーンで活躍する人が多いので管弦楽の柔らかさに適します。モノラル録音ですが、DECCAの音は明瞭なので鑑賞に支障ありません。 

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ルドルフ・ケンペ指揮ベルリン・フィル/国立歌劇場合唱団(1956年録音/EMI盤)
DECCAのクナ盤に5年遅れでEMIが制作したセッション録音です。その後何年かはこの両盤が「マイスタージンガー」の代表盤として君臨しました。クナに比べれば速めのテンポでがっちりとした造形性が特徴ですが、これは指揮者とオーケストラ両方の個性の違いがそのまま出ているのでしょう。なのでどちらにも魅力を感じます。ケンペには古き良きドイツの味が有り、ベルリン・フィルの音もカラヤン時代の明るい響きとはまるで異なります。歌手もフェルディナント・フランツのザックス、ルドルフ・ショックのヴァルター、エリーザベト・グリュンマーのエヴァと主要な役が全て最高ですし、その他の役の水準の高さには驚くほどです。モノラル末期の録音は聴き易く、EMIの暖色系の音造りもこの演奏には適していると思います。 

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アンドレ・クリュイタンス指揮バイロイト祝祭劇場/合唱団(1957年録音/WALHALL)
バイロイトのライブで、音源の出どころは不明ですが、音そのものは安定しています。管弦楽の音は上述のクナ、ケンペのセッション盤にはだいぶ劣るものの、中低音域が厚く、下手なイコライジングを施していない為に聴き易いです。歌手の声は明瞭です。クリュイタンスの指揮は前奏曲から遅いテンポでスケールが大きく、まるでドイツの巨匠風なところが面白いですが、劇が進み、興が乗ってくるとどんどん煽ってゆき、その緩急の幅の広さがフランス系でありながらもドイツ音楽を得意としてバイロイトでも歓迎された理由なのでしょう。歌手は、グスタフ・ナイトリンガーのザックス、エリーザベト・グリュンマーのエヴァも素晴らしいですが、ヴァルター役のヴァルター・ガイスラーの力強い歌唱も非常に魅力的です。終幕で演奏が終わらないうちから盛大な拍手が起こるのも分かる素晴らしい演奏です。 

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ハンス・クナッパーツブッシュ指揮バイロイト祝祭管/合唱団(1960年録音/オルフェオ盤)
この録音は、三種類のライブの中ではかなり後になってから出たものですが、クナの最円熟期のバイロイトライブが明瞭な音で聴けるのが最高です。全体のテンポが更に遅くなり壮大な演奏ですが、クナ特有の浮遊性ある指揮は長大なドラマを少しも飽きさせません。終幕のマイスタージンガー達の入場も単に迫力が有るというのではなく、いかにも様々な職人たちが騒然と行進してくる雰囲気に心が躍らせられます。歌手陣も非常に素晴らしく、ヨーゼフ・グラインドルのハンス・ザックス、ヴォルフガング・ヴィントガッセンのヴァルター、エリーザベト・グリュンマーのエヴァ、テオ・アダムのポーグナーなど全く隙が有りません。合唱指揮はヴィルヘルム・ピッツですので万全です。音源はバイエルン放送協会提供のモノラル録音ですが、広がりも感じられるとても良い音で、リマスターのバランスも好ましいです。クナのライブでの「マイスタージンガー」では間違いなく決定盤だと言えます。 

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ヨーゼフ・カイルベルト指揮バイエルン国立歌劇場管/合唱団(1963年録音/オイロディスク盤)
これはバイエルン歌劇場の再建記念公演のライヴですが、カイルベルトの指揮は「これぞカぺルマイスター!」と叫びたくなるほどに堂々として威厳が有り、それでいて劇的活力に溢れていて実に楽しいです。オーケストラもドイツ的で古雅な響きが本当に素晴らしく、この劇場のオケがこんなに上手かったかと思うほどです。歌手もジェス・トーマスのヴァルターとハンス・ホッターのポークナーが素晴らしいです。クレア・ワトソンのエヴァ、オットー・ヴィーナーのザックスはまずまずですが悪くありません。オーケストラ、歌手、合唱のアンサンブルは実に見事なもので、これが本当にライブなのか疑いたくなるほどです。終幕の入場行進も、職業団体ごとの合唱の変化が多彩でこれは見事です。フィナーレの高揚は特に感動的で、終演後の聴衆の盛大な拍手が収められています。オイロディスクによる正規ステレオ録音ですが、細部が明瞭でいて劇場の臨場感に溢れ、正に理想的なオペラ録音です。 

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ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送響/合唱団(1967年録音/ARTS盤)
ミュンヘンでの初演から100周年を迎える前の年にバイエルン放送が制作した放送用のステレオ録音で、ヘラクレスザールで収録されました。それから約30年後に、ドイツのCALIGレーベルからCDリリースされましたが、レーベルの解散により廃盤となり、その後ARTSレーベルから再リリースされました。演奏は優秀な放送オーケストラを駆使した極めてシンフォニックなものです。クーベリックの指揮もオペラ的というよりも、まるでオラトリオのような荘厳さと美しさを醸し出しています。ですのでこのオペラの持つ猥雑さの部分が余りに綺麗に整い過ぎているのが好みの分かれるところだと思います。終幕で次々と入場してくる職業団体の合唱も全部同じ(しかも美しい)歌い方で雰囲気が出ません。歌手ではグンドゥラ・ヤノヴィッツのエヴァが可憐で最高で、シャーンドル・コーンヤのヴァルターも素晴らしいです。反面トマス・スチュワートのザックスは貫禄に不足する気がします。少しもオペラハウス的でない、しかし後期ロマン派の管弦楽の美しさに溢れた演奏です。録音は優れています。 

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カール・ベーム指揮バイロイト祝祭管/合唱団(1968年録音/オルフェオ盤)
これは「マイスタージンガー」の初演100周年記念の年のバイロイトでのライブです。本来は大手レーベル(フィリップスかグラモフォン?)により録音される計画だったそうですが、契約の事情で実現されなかった為に、およそ40年も後になってバイエルン放送協会の放送音源からCD化されました。ベームはワーグナーでも贅肉を取り払った筋肉質の演奏をするのが特徴ですが、前奏曲から凄まじい迫力に驚きます。金管を強奏させて、外面的な響きの美しさは二の次です。確かに、この前奏曲はウィーン・フィルとの来日公演でも演奏しましたが、同傾向のスタイルでした。本篇もドラマティックな演奏に引きずり込まれます。緊張感をみなぎらせて奔流のように進む演奏はベームならではですが、抒情的な部分は美しいです。歌手ではワルデマール・クメントのヴァルターが幾らか弱いものの、他はテオ・アダムのザックス、ギネス・ジョーンズのエヴァ、カール・リッダーブッシュのポーグナーと手堅いところです。合唱も凄い迫力で、フィナーレなどまるでマーラー「復活」のそれみたいです。録音は明瞭でバランスも良いです。金管がところどころ強過ぎなのは演奏そのものによると思います。 

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ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ドレスデン国立歌劇場管/合唱団(1970年録音/EMI盤)
EMIが旧東独エテルナの録音拠点であったドレスデンのルカ協会に乗り込んで行ったセッション録音で、カラヤンが指揮するというので大変な話題となりました。当時のアナログ盤で聴くとこの名門歌劇場のいぶし銀の管弦楽の響きが味わえて素晴らしいです。CDで聴いてもEMIの柔らかい音造りが功を奏して悪くありません。演奏そのものもカラヤンの指揮の上手さと舞台の雰囲気が感じられて非常に楽しめます。さすがに実演の熱気や勢いには一歩譲るものの、それをセッション録音による精緻さが魅力を充分に補っています。歌手もテオ・アダムのザックス、ルネ・コロのヴァルター、ヘレン・ドナートのエヴァと主要な役に不満は有りません。これだけ高い完成度を持つこのオペラのディスクはもう中々出て来ないのでは無いでしょうか。 

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オイゲン・ヨッフム指揮ベルリン・ドイツ・オペラ管/合唱団(1976年録音/グラモフォン盤)
このオペラのレコード化に大きく出遅れたグラモフォンがようやく完成させたディスクでした。ヨッフムの指揮は、ごく自然体で素朴さを感じさせるのが、この中世の市民劇には似合っているように思います。オーケストラもオペラ楽団なので劇場の味わいを持ちますが、弦楽は良いとしても金管楽器の音の厚みや質の点で幾らか弱さを感じます。欲を言えばこれがバイエルン歌劇場だったら良かったかなと思います。歌手については主要な役の起用に問題が有り、バリトンのフィッシャー=ディースカウがザックスですが、声も軽く、例によって狡猾な領主様のような印象を受けてしまい、どうも徳の有る親方には聞こえません。プラシド・ドミンゴのヴァルターもイタリアオペラ風の歌唱なので、ワーグナーでは無くヴェルディを聴いているような錯覚に陥ります。しかしさすがに力強く美しいです。その他の配役には不満が無いので惜しまれます。グラモフォンの録音は非常に優れています。 

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ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮バイエルン国立歌劇場管/合唱団(1993年録音/EMI盤) サヴァリッシュはバイエルン歌劇場の監督を20年間務めましたが、これはその退任した翌年にミュンヘンのヘルクレスザールで行ったセッション録音です。サヴァリッシュはワーグナーのオペラを30代の若さにしてバイロイト音楽祭で数々指揮をしましたが、いずれも素晴らしいものばかりでした。この「マイスター」にはそれらのライブでの溢れ出るエネルギー感こそは薄いですが、決して生命力に欠けるわけでは無く、ドイツの伝統に沿った自然で完成度の高い演奏に安心して身を浸して楽しむことが出来ます。歌手については、ヴァイクルのザックス、ヘップナーのヴァルター、モルのポーグナー、ステューダーのエヴァ、ローレンツのベックメッサーなど比較的地味な陣容ですが、その堅実な人選がむしろこの演奏に相応しい全体の統一感を生み出しています。管弦楽のドイツ的で厚く柔らかい響きを忠実に捉えた録音も素晴らしいです。

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ダニエル・バレンボイム指揮バイロイト祝祭管/合唱団(1999年録音/テルデック盤)
20世紀も終わりに近づいたバイロイトでのライブです。バレンボイムは1981年から数多くバイロイトの指揮台に上り、1992年からはベルリン国立歌劇場の監督を務めますが、私見ではワーグナーの指揮に最も才能を発揮すると思います。第一幕前奏曲をゆったり気味で開始しますが、途中から徐々に管弦楽の分厚い響きが熱を帯びてきて思わず引き込まれます。続くコラールの深みも素晴らしく、劇場の雰囲気そのままの録音の良さが堂々たる演奏を一層引き立てます。歌手の声がセッション録音よりも幾らか小さめに感じますが、その分ワーグナーの緻密な管弦楽を聴き取り易いメリットが有ります。ペーター・ザイフェルトの若々しい声のヴァルターが素晴らしく、ロバート・ホルのザックス、エミリー・マギーのエヴァの主要役をはじめ、その他の配役に至るまで高水準で文句ありません。しかし公演の主役はあくまでバレンボイムで、現代でこれほど立派でオーソドックスなワーグナーを聴かせてくれる指揮者はティーレマンとこの人だけでは無いでしょうか。 

ということで、これまで聴いた中で最も気に入っているのは、ずばりカイルベルト盤です。録音も良く、何しろ聴いていて最も楽しいからです。次に楽しめるのはクナッパーツブッシュのウィーン・フィル盤と‘60年のバイロイト盤です。モノラル録音がややハンディにはなりますが、絶対に外せません。録音の良さを重視するとバレンボイムのバイロイト盤を第一に、続いてカラヤンのドレスデン盤とサヴァリッシュのバイエルン盤を上げます。新しいものではティーレマンのドレスデン・ライブ盤がリリースされていますが未聴です。

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2022年7月16日 (土)

ワーグナー「パルジファル」 東京二期会 2022年公演 セバスティアン・ヴァイグレ/読売日本交響楽団

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東京文化会館で今月13日から公演されている東京二期会の「パルジファル」の二日目(14日)を観てきました。何といってもワーグナー作品に限らず、ありとあらゆるクラシック音楽の中でも「トリスタンとイゾルデ」「マタイ受難曲」などとんで五指に数える愛する作品です。楽しみにならないはずが有りません。これはフランス国立ラン歌劇場との共同制作公演で、演出は宮本亜門です。

さて、いよいよ開演すると、ヴァイグレに導かれたオケピットの読響により前奏曲が厳かに演奏されます。まだ硬さが感じられるものの音は悪くないです。しかし舞台にはポカ~ンとしました。美術館か博物館のような立体的な建物の中を現代人が歩き回り、何やら寸劇を行っています。「一体なんだこれは?」思わず戸惑います。演出に対して嫌な予感に包まれます。壁面に並んだ沢山の額縁の絵はどれも生き物で、館内には猿から人間へと進化してゆく標本が並びます。またスクリーンマッピングでは宇宙と地球が映し出されます。どうやら「時間」と「進化」が表現されているようです。もしや、これは「猿の惑星」なのか。。。と。

聖杯物語は劇中劇のような形で進み、そちらでは伝統的な古めかしい衣装を着ていますが、舞台セットとは不釣り合いです。騎士たちも警備員というか、建設現場作業員というか、コスチュームは妙です。また、アンフォルタス王が横たわる寝台は長テーブルの様で安っぽく、興ざめです。舞台は「深い森」でも何でもなく、しかし歌詞はそのままなので、不釣り合いに感じられてなりません。第二幕のクリングゾールの城は、怪しい研究所か悪者のアジトか。。そこではスタッフが監視カメラで城への侵入者をセコムをしています。

第三幕へ入っても舞台セットはチャチで安っぽく、そうかと思うとマッピングで森が映りますが、ただそれだけ。わけが分からないまま下手な寸劇が始終行われて、つまらないことこの上なく、ここまで理解のできない演出は初めてかもしれません。これなら演奏会形式の方がよほど良いようにさえ思えました。東京二期会がなぜ宮本亜門にこのワーグナーの舞台神聖祭典劇の演出を任せたのかご存じの方は教えて欲しいです。

なお、ヴァイグルと読響に関しては、素晴らしい管弦楽でした。ヴァイグルの指揮はサクサクあっさりと進み、忙しなさを感じる箇所も所々に有りましたが、総じて響きは美しく、深く厳かな演奏を楽しめました。歌手もタイトルロールはやや声が詰まり気味でしたが、アンフォルタス、クンドリーは特に素晴らしかったです。

まだ明日17日の最終日を残す中で、このような批判的な感想を記すのは躊躇われましたが、ロバの耳と節穴の目を持つおじさんのたわごとと受け止めてください。

<備考>
この公演に行く前に、パルジファルのCDで未アップのままだった、クレメンス・クラウス、カラヤン、クーベリック、ティーレマンのディスクを過去記事に加筆しました。良かったらリンクから覗いてください。
ワーグナー 「パルジファル」名盤

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2016年9月19日 (月)

ワーグナー「トリスタンとイゾルデ」 東京二期会 2016年公演 ヘスス・ロペス=コボス/読売日本交響楽団

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昨日は東京二期会の「トリスタンとイゾルデ」を聴きに行きました。上野の東京文化会館で先週と今週で全4公演というプロジェクトです。

「トリスタンとイゾルデ」を生で聴くのは2007年にバレンボイムがベルリン国立歌劇場を指揮した来日公演以来ですので随分久しぶりです。あの時はワルトラウト・マイヤーのイゾルデが実に素晴らしく、あれ以上の「トリスタン」を日本で聴くのは中々に難しいと思います。

昨日の公演は最終日でしたがキャストは下の写真の通りです。

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トリスタンのブライアン・レジスター以外は全員が日本人歌手です。これはAプロですが、Bプロではすべて日本人が歌いました。

歌手は総じて非常にレベルが高く、特にマルケ王の清水那由太の深く広がりのある歌唱は圧巻で主役を食うほどでした。イゾルデの横山恵子は綺麗な声を生かしたしっとりとした歌唱が秀逸でした。トリスタンのレジスターは流石に堂に入っていて、演技も含めて申し分なしなのですが、この日は圧倒されるほどのヘルデンテノール特有の声の張りは感じられず、もっと実力が有るのではと思いました。その他の配役も穴がなく大変満足のできるものでした。

指揮のヘスス・ロペス=コボスはベテランですが、ことさら力むこと無く、ワグナーの書いた美しい響きを美しく再現していました。ですので聴きようによっては物足りなく感じるかもしれません。特に第一幕ではオケも歌手もエンジンがかかっていない(あるいは、わざとかけていない?)様子で、たとえばベームやクライバーのバイロイトライブのようなたたみ掛ける迫力と興奮は全く有りません。

しかし、コボスの解釈は、巨大で絶叫するワグナーを目指すものではなく、この悲劇に登場する人物たちの心の内面を無理なく表すことに主眼を置いていると感じました。その結果、彼らの悲しみがじわりじわりと静かに深まって来ます。

第二幕のあのトリスタンとイゾルデの愛の二重唱でさえ、いずれ終幕の悲劇につながってゆくことを想うと哀しみを誘います。第3幕の最後に向かって、マルケ王の後悔、そしてイゾルデの愛と死と、沈み込むような深い悲しみが有ります。

それは多分に演出のヴィリー・デッカーの意図したところでしょうし、コボスが忠実に音楽を作っていたと思われます。デッカーの舞台は「絵画的」と評されたそうですが、本当に美しい絵を見ているような雰囲気でした。”光と影”の演出に”色彩感”を多く加えたそれは見事な舞台です。

オーケストラを担当したのは、余りオペラのピットに入ることの多くない読売日本交響楽団でしたが、下手に場慣れをしていない演奏の真摯さが気に入りました。ワーグナーの管弦楽にしては総じて金管群の音の質がもうワンランク上がればなぁと感じますが、これは日本のオケどこにも共通したことなのでやむをえません。それでも第3幕ともなると響きの充実ぶりが増してとても聴きごたえがありました。

ほぼオール日本人のキャスト、在京オケでこれだけのワーグナーが出来るのだとすこぶる感銘を受けた素晴らしい公演でした。

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ワーグナー 楽劇「トリスタンとイゾルデ」 名盤

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2012年5月 4日 (金)

ワーグナー 舞台神聖祝祭劇「パルジファル」 名盤

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「パルジファル」はワーグナーの書いた最後の作品ですが、この作品を「歌劇」とも「楽劇」とも呼ばずに、「舞台神聖祝祭劇」と名付けました。それはこの作品が非常に宗教的な色合いが濃かったからです。その為に、ワーグナーはオペラでは良く見られる演奏進行中での拍手を禁じました。

ワーグナーは自分の作品を理想的な環境条件で上演するために、バイロイトに専用の劇場を建てました。有名なバイロイト祝祭歌劇場です。「パルジファル」は、ワーグナーがバイロイト祝祭劇場での上演を前提にして書いた唯一の作品である為に、ワーグナーの死後30年間、当時の著作権が切れる1913年までバイロイト以外での上演が禁じられました。もちろん初演はこの劇場で行われました。

この劇場は、オーケストラの演奏するピットが舞台の下に隠れていて客席からは見えないことが最大の特徴です。そのために観客は舞台に集中できるわけですが、オーケストラの音はこもって柔らかい響きで聞こえるのが特徴です。

―劇の概要―

物語背景 キリストが十字架で処刑されたときに流れた血を受けた聖杯と、処刑に使われた槍(すなわち聖槍)をまつるために聖杯守護の騎士団を抱えることになったティトゥレル王が年老いたために、二代目のアンフォルタスに譲位をした。アンフォルタス王は、魔法を使って騎士たちを誘惑して信仰の王国を破滅させようとする魔法城の主クリングゾルを倒そうとする。ところが、クリングゾルの魔法にかかって妖女に変身したクンドリへの愛欲に迷わされ、聖槍を奪われたあげくに重傷を負わされてしまう。

第1幕 アンフォルタスは、負った傷を毎日のように湖の水で流すが、いつまでも癒されずにいる。王の傷が治るには、「同情により知を得る、清らかなる愚か者」が現れることが必要であった。

王に使える騎士グルネマンツは、森で育った愚直な若者パルジファルを見つけて、「この者か!」と思い、聖杯城の儀式を見せるが、何の興味も示さないので失望して、彼を城から追い出してしまう。

第2幕 パルジファルが森をさまよっているのを、魔法城のクリングゾルが見つけるが、同時に彼の使命を察知して、抹殺しようとする。魔法の園の美女たちがパルジファルに近づいて誘惑をしようとするが、彼はそれに全く反応しない。そこで妖女に変身したクンドリが「パルジファル待て!」と呼び止めると、彼は自分の名前を思い出す。クンドリが彼の母親の生涯について語り、母のように接吻をすると、パルジファルは自分の使命を思い出した。クンドリは一度だけでも彼と結ばれたいと哀願するが、パルジファルはそれを拒絶するので、激昂する。そこにクリングゾルが現れて聖槍をパルジファルに向かって投げつけるが奇跡が起こり、槍はパルジファルの頭の上で止まってしまう。パルジファルがその槍で十字を切ると、魔法の城と園は跡形もなく消え去ってしまい、クリングゾルも姿を消す。

第3幕 さまよい続けたパルジファルは鎧を身にまとい、聖金曜日の朝に、聖杯の森に足を踏み入れる。既に老騎士となったグルネマンツが彼と出会うが、その聖槍を持つ騎士が、かつて自分が聖城に連れて行った若者であることに気が付いて驚き、再び聖城に連れて行く。聖城に入るとパルジファルは聖槍でアンフォルタス王の傷を治して、王の後継者となる。

「トリスタンとイゾルデ」が、官能の愛とエロスの世界だとすれば、「パルジファル」は、愛欲に打ち勝つ聖なる信仰の世界です。この二つのテーマこそは、およそ古代からの人間にとって最も重要なものではないでしょうか。はたしてワーグナーは、それぞれのテーマに最高の作品を残したわけです。

この最後の作品は、それまでの作品のような派手で豪華な音楽では無く、非常に地味で控えめな印象です。けれども、動機(ライトモティーフ)を使った音楽が物語の進行に有機的にかかわり合ったり、曲ごとの番号オペラでは無く、音楽が切れ目なく無限旋律的に続いてゆく技法が実に精妙に駆使されていて、ワーグナーの音楽の完成形と言えるでしょう。もちろん物量的には、上演に4日間を必要とする「ニーベルングの指輪」のスケールが群を抜いていますが、作品の凝縮された質の高さとしては、僕はやはり「トリスタンとイゾルデ」と「パルジファル」が双璧であると考えています。

そこで、愛聴盤をご紹介します。

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ハンス・クナッパーツブッシュ指揮バイロイト祝祭劇場管/合唱団(1962年録音/フィリップス盤)
第二次大戦終結後にバイロイト音楽祭が再開された1951年から1964年まで、53年を除いて毎年、クナッパーツブッシュはこの曲の指揮台に立ちました。この巨人指揮者(実際の身長も190cm以上あったそうですが、肝心なのはその音楽の巨大さです)が、ワーグナーの聖地で、どれほどカリスマであったかが良く分ります。音楽の精妙さだとか緻密さに於いては、これ以上の演奏はいくらでも有ります。けれども、これほど厳粛な雰囲気を感じさせる演奏は聴いたことが有りません。「前奏曲」や「聖金曜日の音楽」の敬虔な響きと表情は神々しいほどですし、「場面転換の音楽」から続く「騎士たちの合唱」での呼吸の深さと、怖ろしくなるほどの巨大さは如何ばかりでしょう。何よりも、聴衆に「聴かせよう」という演出効果に目もくれず、ただ我が道を行く素朴な指揮ぶりが、禁欲的なこの曲に実に良く似合います。録音は、他のセッション録音盤のクリアーな音と比べると、大分こもったような音に感じますが、実はこれが本来のバイロイトの音なのです。実際に生で聴いたことのない自分がこのようなことを書くのもおこがましいですが、30年前にバイロイトでこの曲を聴いたという信頼できる友人に聞いた話では、このクナ盤の音は、当時の実際のバイロイト歌劇場の音そのものであるそうです。24ビット化されたリマスター盤ではアナログLP盤と比べても遜色の無い優れた音質で聴くことが出来ます。正にワーグナー・ファンの最高の宝と呼べる演奏録音だと思います。歌手陣もグルネマンツのホッター、パルジファルのトーマス、クンドリのダリスと主要どころや、その他の面々も全く文句無しです。クナの毎年の演奏のCDは、正規盤、海賊盤を含めると、数多く出回っていますので、マニアの間では、何年の演奏が良いとか、どの歌手が良いとか、色々と語られるでしょうが、バイロイトの音を忠実に鑑賞できるのは、唯一のステレオ録音であるこのフィリップス盤のみですので、文句なく決定盤だと言えます。演奏中も聴衆の咳ばらいが頻繁に聞こえるのが欠点ですが、これも臨場感あふれるライブ録音だと思えば、気にならなくなります。 
 
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ハンス・クナッパーツブッシュ指揮バイロイト祝祭劇場管/合唱団(1951年録音/TELDEC盤)
もしもクナの1962年盤以外の年のバイロイトの演奏が聴きたくなった場合に第一にお勧めできるのは、やはり世界大戦後に音楽祭が復活した1951年のライブ盤でしょう。何しろメジャーレコード会社による正規録音はこの二種類だけですが、こちらはDECCAチームがTELDECの機材を使って録音したことで、この年代としては最上のモノラル録音です。担当プロデューサーはかのジョン・カルショーでしたが、本番とリハーサルを録れるだけ録って編集を行ったそうですので、この当時は普通だった本番一発勝負の録音よりも完成度は遥に高いです。クナの取るテンポは1962年に比べて極端に遅く、もたれるほどですが。オペラティックなメリハリが強く感じられます。歌手はタイトルロールを若きヴィントガッセンが歌っているのが魅力です。その英雄的で力強い歌唱は1962年盤の優しさを感じるトーマスの歌唱と比べるのも楽しいです。クンドリのメードルも素晴らしく、その他にもグルネツマンツのウェーバーなど、戦後の「新バイロイト」を代表する最高の歌手陣です。正規CDが本家のTELDECからリリースされていますが、実はNAXOSが最初期のアナログLP盤から復刻したCDの方がTELDEC盤よりもむしろ音に艶があり響きが美しく感じられます。ただしお断りしておきたいのは、1962年盤と比べれば音質の差はどうしても埋めようが有りません。

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クレメンス・クラウス指揮バイロイト祝祭劇場管/合唱団(1953年録音/アンドロメダ盤) 
これもバイロイト音楽祭におけるライブです。1951年から1964年までクナッパーツブッシュが毎年指揮をした「パルジファル」で、ただ1回クナが振らなかった1953年に指揮をしたのはクラウスでした。その翌年にクラウスが急逝したりしなければ、その後はクナと分け合っていたのかもしれません。とにかく、これはそのライブです。遅いテンポで重厚壮大な’51年のクナに対して、ずっと速めのテンポで颯爽と進みますが、決して軽過ぎることは無く、ウィーン流の洒落た味が根底に流れている気がします。CDジャケット写真のクンドリーのメードルを始め、タイトルロールのヴィナイ、グルネマンツのヴェーバー、アンフォルタスのロンドン、など層々たる歌手が揃い、‘51年のクナ盤に全く引けを取りません。この音源は様々なマイナーレーベルから出ていますが、所有しているアンドロメダ盤はリマスターもバランスの良いもので、充分鑑賞に耐えます。

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ピエール・ブーレーズ指揮バイロイト祝祭劇場管/合唱団(1970年録音/グラモフォン盤)
これもバイロイト音楽祭におけるライブ盤です。昔はLP盤で、クナの’62年盤とこのブーレーズ盤を聴いていましたが、しばらく聴かずにいました。あらためてCDで買い直して聴き直してみると、やはり素晴らしい演奏です。クナッパーツブッシュに比べればテンポはかなり速いですが、せせこましい印象は受けません。むしろ聴き易い良いテンポです。オケの響きはとても透明感があり、クナ時代の重厚な響きとはかなり異なります。ワーグナーの書いた精緻な音は、実はこのようであったのかと改めて認識させられます。ライト・モティーフの精妙、複雑なからみ合いが非常に聴きとりやすいので、音によるドラマが手に取るように理解できます。歌手陣も、タイトルロールのキング以下、クナ時代の歌手たちよりは、ずっと軽みの有る歌手達が精妙に歌っています。故吉田秀和氏も絶賛していましたが、歴史に残る名演奏だと思います。

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サー・ゲオルグ・ショルティ指揮ウィーン・フィル/国立歌劇場合唱団(1972-73年録音/DECCA盤)
初リリース当時、LP盤で聴いてみて、美しい音と演奏だとは思いましたが、クナの宗教的とでも言えそうな演奏と比べると、表面的に感じられました。それから長い月日を経て、改めて聴いてみても印象は大きくは変わりません。しかし、ゾフィエンザールでの優秀録音で聴く当時のウィーン・フィルの音の柔らかさ、美しさ、上手さは、とにかく極上です。決して神々しいというわけでは無いですし、「場面転換の音楽」など迫力は有るものの、ショルティらしく音に力こぶが感じられます。しかし全体的には長所が欠点を充分に補っています。タイトルロールのルネ・コロ、クンドリーのルートヴィヒ、ティトレルのホッターと主要な歌手陣は素晴らしいですが、フィッシャー=ディースカウのアンフォルタスだけが配役とは異質に感じられます。合唱もウィーン少年合唱団を含めて充実しています。

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ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィル/ベルリン・ドイツ・オペラ合唱団(1979-80年録音/グラモフォン盤)
カラヤンは、「70歳になったらパルジファルを」と常に口にしていたらしく、いわば念願の録音でした。フィルハーモニーでのセッション録音ですが、特徴はなんといっても“カラヤンらしさ“で、ベルリン・フィルの機能を目いっぱい発揮しています。この曲の持つ宗教的な厳かさよりは、法悦感のような雰囲気を持ちます。トゥッティは豪壮で凄いですが、金管の強奏が激しすぎて下品ですらあります。木管群は非常に美しく文句無しです。弦楽はきめ細かいですが、ディナーミクが時に大げさで神経に触ります。もちろん、この彫の深さが良いという方も多いだろうとは思います。声楽陣はタイトルロールのペーター・ホフマンは素晴らしく、他も総じて質は高いですが、オーケストラに対して時に音量が大き過ぎるバランスの不自然は感じます。これはカラヤン好みの録音なのでしょう。合唱はとても美しいです。この演奏はカラヤン好きかどうかで評価が大きく異なると思います。

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ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送響/合唱団(1980年録音/ARTS盤)
これはヘルクレスザールにおけるセッション録音で、クーベリックのワーグナー全曲盤は他に「ローエングリン」と「マイスタージンガー」だけなので貴重です。非常にシンフォニックな演奏で、もちろんバイエルン放送響の響きもありますが、もう一つの要因はオーケストラがピット入りしていないセッション録音で有ることです。中高音が非常にクリアーな音で、弦楽は輪郭が明瞭で、金管は明るく伸びのある音となっています。ハーモニーは美しく、騒々しさは感じませんし、劇場的な雰囲気も有ります。歌手陣はタイトルロールがキング、グルネマンツがモル、クンドリーがミントンと当時のトップクラスが揃っていますが、ライブで無い為か、やや歌唱が整い過ぎているようにも感じます。コーラスは綺麗で、テルツ少年合奏団も清純で感動的です。完成度の高い名盤の一つに数えられると思います。

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ジェイムズ・レヴァイン指揮バイロイト祝祭劇場管/合唱団(1985年録音/フィリップス盤)
レヴァインは「パルジファル」をバイロイトで1982年から1993年まで、8687年を除いて通算10回も指揮しました。(もちろんクナの13回というのは記録ですが)それだけ高く評価されていたのでしょう。実際にこの演奏からもそれが充分に納得させられます。前奏曲からクナの1951年盤並みにゆったりと開始しますが、その後も全体はかなり遅く、クナの51年盤よりもトータルで10分以上長いです。これには驚きます。しかし、第二幕の冒頭ではテンポを速めて緊迫感を出しています。フィリップスの録音はクナの62年盤以上に柔らかく録られていて、劇場の臨場感が素晴らしいですが、演奏そのものはクナのあの神々しさには及びません。歌手についてはグルネマンツのハンス・ゾーティンがいまひとつで残念ですが、パルジファルのペーター・ホフマン、クンドリのワルトラウト・マイアーが非常に素晴らしいので嬉しいです。レヴァインにはメトロポリタン歌劇場で1991-92年にセッション録音されたCD(グラモフォン)も有りますが、ドミンゴのパルジファルというのがどうも食指を誘われません。 

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ダニエル・バレンボイム指揮ベルリン・フィル/ベルリン国立歌劇場合唱団(1989-90年録音)
ベルリン国立歌劇場の音楽監督の座に、もう30年も君臨し続けるバレンボイムですが、確かにオペラの指揮に最も才能を感じます。「パルジファル」は1987年にバイロイトで指揮をして、その2年後にこの録音を行いましたが、同時にワーグナーの初録音でもありました。ベルリンのイエス・キリスト教会でのセッション録音で、ベルリン・フィルを起用しています。カラヤンがこのオケとオペラを演奏すると、主役はオケだと言わぬばかりに鳴らしまくる傾向が有りますが、バレンボイムだとそんなことはありません。ピアニストとして多くの歌手達とドイツリートなどで共演をしてきたことが生かされているのかもしれません。もちろんベルリン・フィルは優秀ですが、金管の音はやはり明る過ぎに感じます。それを比較的地味に音を仕上げるテルデックの録音が上手く中和しています。歌手ではヴァルトラウト・マイヤーのクンドリーがまずは最高です。ジークフリート・イェルサレムのパルジファル、ジョゼ・ヴァン・ダムのアムフォルタスを始めとした他の配役陣も無難に揃えられています。全体的には作品の持つ崇高さや神秘性は今一つかもしれませんが、良い演奏だと思います。 

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クリスティアン・ティーレマン指揮ウィーン国立歌劇場管/合唱団(2005年録音/グラモフォン盤)
これはウィーン国立歌劇場でのライブです。ティーレマンは既にバイロイトで実績を積んでいたので、ウィーンでも大成功だったそうです。バイロイトの雄渾な音とは違う、しなやかで美しい音のパルジファルもまた魅力的です。ティーレマンのたっぷりとしたスケールの大きな指揮ぶりは正に伝統的解釈で、抒情性にも溢れますが、彫の深さに関してはまだ進化の余地が有るように感じます。タイトルロールのドミンゴは、この10年以上も前からパルジファルを演じていてその思い入れの深さは並々ではありません。クンドリーのマイヤーはピークをやや過ぎていたようですし、他の歌手については往年の名歌手たちと比べるとやや小粒の印象を受けますが概ね不満は有りません。オーストリア放送協会による録音ですが、柔らかで自然な響きでホールの臨場感を味わえるのは好みです。

というわけで、この作品に関してはクナッパーツブッシュの1962年盤さえあれば他は不要と言い切れますが、そうは言っても別の演奏を聴きたくなるのも事実です。同じクナの1951年盤は歴史的名演ですが、ブーレーズ盤、ショルティ盤、クーベリック盤、レヴァイン盤、ティーレマン盤あたりにも其々の良さを感じます。

自分は、どう考えても「パルジファル」では無く「トリスタンとイゾルデ」の世界の側の人間??だと思いますが、この二つの作品には心の底から共感を覚えます。

<備考>
後から、クラウス盤、ショルティ盤、カラヤン盤、クーベリック盤、レヴァイン盤、バレンボイム盤、ティーレマン盤を追加しました。

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2012年5月 1日 (火)

ワーグナー 楽劇「トリスタンとイゾルデ」 クリスティアン・ティーレマン/ウイーン国立歌劇場盤

41ciltrjol_2クリスティアン・ティーレマン指揮ウイーン国立歌劇場(2003年録音/グラモフォン盤) 

ゴールデン・ウイークには、普段中々聴けないCDをじっくりと聴くのも大きな楽しみです。最近は、家でオペラを聴くことが少なくなっています。昔はCD(LP?)やビデオでも良く鑑賞していたのですが、この頃は余り取り出すことが有りません。もちろん鑑賞に長時間が必要だということもありますが、ならばバッハの大作の鑑賞をしているのですから、余り理由にはなりません。たぶん自分の中で、オペラは家でCD、DVDを鑑賞するよりも、劇場で生の舞台を鑑賞する方が愉しいという感覚が強くなっているのかもしれません。ただ、その割には、生の舞台で期待外れになることも少なく無いので、結局のところは良くわかりません。

ワーグナーのオペラのディスクは一通り持っていますが、頻繁に取り出して聴くのは「トリスタンとイゾルデ」と「パルジファル」の二つです。それ以外は「指輪」も含めて、それほどは聴きません。

「トリスタン」については、以前、「トリスタンとイゾルデ 名盤 ~禁断の恋~」という記事で愛聴盤のご紹介をしました。その後、クリスティアン・ティーレマンが2003年にウイーン国立歌劇場で演奏したライブ盤を購入したのですが、きちんとは聴いていませんでした。今回、それを、ようやくじっくりと聴いてみました。

オーストリア放送協会による放送用録音ですので、スタジオ録音と比べると、どうしても緻密さや分離、ダイナミック・レンジの点で劣るかもしれません。但し、昔から放送録音を聴き慣れてきた耳には、スタジオ録音の人工的な音造りよりも、舞台が目の前に浮かぶ自然な音像がむしろ好ましく感じられます。

今からもう10年も前の演奏なのですが、カぺルマイスターとして地道にキャリアを積んできたティーレマンのオペラ指揮だけあって、実に堂に入ったものです。ワーグナーの傑作オペラだからといって妙に肩に力の入リ過ぎていない、のびのびとした指揮ぶりの印象です。テンポが特に遅いわけでも無いのに、何かゆったりと聞こえるのは、フレージングの良さでしょうか。カール・ベームの、あの極度の緊張感に包まれた壮絶な演奏とは異なります。と言っても、何も緩んだ演奏だということでは全く無く、1幕の結びや、3幕での緊迫した部分における迫力は中々のものです。けれども、最も印象に残るのは、オーケストラ、すなわちウイーン・フィルのしなやかで美しい演奏です。僕がこれまで愛聴してきた、ベーム盤はバイロイト管、フルトヴェングラーはフィルハーモニア管、バーンスタインはバイエルン放送響ですので、ウイーン・フィルの全曲盤は持っていませんでした。かのクナッパーツブッシュ/ウイーン・フィルの抜粋盤などを聴くと、「ああ、これが全曲盤であったらさぞや・・・」と思わずにいられなかったのです。もちろん、ティーレマンはクナッパーツブッシュではありませんが、このしなやかで艶の有る美しい響きは、やはりウイーン・フィルならではです。それに、表現力の素晴らしさも、最高の機能を持った歌劇場オーケストラならではの実力を、余すところなく示しています。トリスタンを歌うトーマス・モーザーは決して超人的なヘルデン・テナーではありません。けれども、恋に落ちてしまい、悲劇的な結末を迎える人間的な弱さを持ったトリスタンとして、魅力は充分です。イゾルデを歌うデボラ・ヴォイトも、若々しく美しい声が、恋に落ちる美女を想像させてとても良いです。これが、もしもDVDだと、彼女の恰幅の良い姿がアップで見えてしまうので、むしろ興ざめ??になりかねません。現実よりも、想像の世界の方が良いことは世の中によく有ることです。(笑)

全体として、ベームの迫力には及ばず、フルトヴェングラーの沈滞の深さにも及ばず、バーンスタインの濃厚なロマンティシズムにも及びませんが、ワーグナーの書いた管弦楽の美しさを、これほどまでに生かし切って、しかも愛と悲劇のドラマを充分に感じさせる演奏はこれまで無かったかもしれません。オリンピックであれば、種目別では他の選手にメダルを譲っても、団体総合で金メダルというところです。

補足ですが、このCDも各3幕が、1枚毎にぴったり収まっているので、鑑賞には便利です。

大好きな「トリスタンとイゾルデ」に、またまた愛聴盤が加わりました。やっぱり人生は愛ですね~(笑)

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2009年9月12日 (土)

ワーグナー 楽劇「トリスタンとイゾルデ」全曲 名盤 ~禁断の恋~ 

ヴェルディの傑作オペラ「ドン・カルロ」は、王子がかつての恋人である姫を自分の父親である国王に王妃として横取りされてしまうという悲恋の物語でした。一方ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」は、国王の王妃となる予定の姫を迎えに行った騎士が、飲んでしまった媚薬のおかげで姫と恋に落ちてしまい、最後は命を落とすという悲恋の話です。やはりクスリには芸能人やミュージシャンでなくても弱いようです。(苦笑) 悪いクスリは絶対にやめましょうね。

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という訳で、この話は「禁断の恋」がテーマなのです。実はワーグナーは作曲当時、恩人ヴェーゼンドンクの夫人マティルダと不倫の恋をしていました。ですので、この作品の騎士トリスタンこそはワーグナー自身で、イゾルデ姫はマティルダだというのがもっぱらの定説です。但し当の本人はそれを認めてはいなかったらしいのですが。

それにしても、ワーグナーのオペラはどの作品も長大です。四夜にわたり上演される、楽劇「ニーベルンクの指輪」は別格としても、どのオペラも上演に4~5時間はかかる大作ばかりです。しかし、それらの作品の中で、僕が最も愛して止まないのは、楽劇「トリスタンとイゾルデ」です。他の作品の場合には生の公演でならいざしらず、家でCDを全曲聴き通すなんてのは中々出来ないのですが、「トリスタン」だけは例外です。W0001
この作品は、さすがにワーグナーが禁断の恋の真っ只中にあって作曲しただけあって、全編が愛欲と官能の香りに満ち溢れています。これほどまでに「エロス」を感じさせる音楽芸術が一体他に有るでしょうか。ですので、この作品は非常に解り易いです。最初の「前奏曲」と最後の「愛の死」を続けて、「前奏曲と愛の死」としてオーケストラ・コンサートでよく演奏されますが、それはこのオペラの集約であって、全体は「前奏曲」と「愛の死」に挟まれた一つの巨大な作品になっているのです。なので、「前奏曲と愛の死」が好きになれば、楽劇「トリスタンとイゾルデ」を理解するのは全く難しくありません。まったくもって、この作品は何度聴いても本当に官能的で素適な音楽です。直江兼続ではありませんが、やっぱり人間一番大切なのは「愛」ですよね。

ここで、あらすじをおさらいしておきます。

時代:伝説上の中世
場所:イングランド西南部のコーンウォール

主要登場人物
トリスタン(T):マルケ王の甥であり忠臣
イゾルデ(S):アイルランドの王女
マルケ王(Bs):コーンウォールの王
ブランゲーネ(Ms):イゾルデの侍女
クルヴェナール(Br):トリスタンの従者
メロート(T):マルケ王の忠臣

第1幕
アイルランドの王女イゾルデは、コーンウォールを治めるマルケ王に嫁ぐため、王の甥であり忠臣のトリスタンに護衛されて航海していた。かつてトリスタンは、戦場でイゾルデの婚約者を討ち、その戦いで自らも傷を負ったが、名前を偽ってイゾルデに介抱をしてもらったことが有った。イゾルデはトリスタンが婚約者の仇だと気付いたが、既にそのときトリスタンに恋に落ちていた。

イゾルデは、自分をマルケ王の妻とするために連れてゆくトリスタンに対して、激しい憤りを感じていた。彼女は一緒に毒薬を飲むことをトリスタンに迫ったが、毒薬の用意をイゾルデに命じられた侍女ブランゲーネが、代わりに用意したのは「愛の薬」だった。その為、船がコーンウォールの港に到着する頃には、トリスタンとイゾルデは強烈な愛に陥ってしまった。

第2幕
イゾルデがマルケ王に嫁いだ後、マルケ王が狩に出掛けたすきに、トリスタンがイゾルデのもとを訪れ、二人は愛を語う。ところがマルケ王が突然戻ってきた。実はこれはイゾルデに横恋慕していた王の忠臣メロートの策略だった。マルケ王はトリスタンと妃の裏切りに深く嘆く。王の問いかけにトリスタンは言い訳をしようとしないので忠臣メロートが斬りかかるが、トリスタンは自ら剣を落とし、その刃に倒れた。

第3幕
フランスのブルターニュにあるトリスタンの城。トリスタンの従者クルヴェナールは、深手を負ったトリスタンのために、イゾルデを呼びよせた。けれども、イゾルデが駆けつけたその時、トリスタンは息絶えた。
そこへ、全ては愛の薬のせいだと知ったマルケ王がやって来るが、イゾルデは至上の愛を感じながらトリスタンの後を追った。

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これまで自分が生で接した最上の「トリスタン」の舞台は2007年10月のベルリン国立歌劇場の日本公演です。指揮はダニエル・バレンボイム、会場はNHKホールでしたが、ワルトラウト・マイヤーが円熟の極みの大変素晴らしいイゾルデを聞かせてくれました。

この作品のディスクは、高校生のときにフルトヴェングラーのLP盤5枚組を購入したのが最初ですが、それ以降、幾つか演奏を聴いて来ましたのでご紹介してみたいと思います。

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ハンス・クナッパーツブッシュ指揮バイエルン国立歌劇場(1950年録音/オルフェオ盤)
古今のワーグナー指揮者の中で最も偉大なるクナのライブ録音です。何しろクナがウイーン・フィルとDECCAに録音を残した「前奏曲と愛の死」「第2幕抜粋」は神々しいほどの名演中の名演でした。ですので、この全曲盤にも大いに期待したいのは当然ですが、さすがにDECCA録音に敵わないのは確かです。それで以前は否定的な内容も書いてしまいましたが、存在しない全曲演奏と比べようとするのが間違いでした。ソリストに関しても主役の二人は、トリスタンのギュンター・トレプトヴ、イゾルデのヘレナ・ブラウンともに中々に素晴らしいですし、クナの棒も幕が進むにつれて充分に熱気を帯びてきます。なんだかんだ言ってクナに残されたこの曲の唯一の全曲盤なのでやはり貴重で有難いです。録音は年代を考えると悪くないのですが、このレーベルの古い録音に有りがちな高音強調型のマスタリングなのは少々マイナスです。

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ウイルヘルム・フルトヴェングラー指揮フィルハーモニア管他(1952年録音/EMI盤)
これはもう歴史的な録音です。モノラル録音としては優秀なので鑑賞に支障は有りません。有名な「第九」と同様に音質を越えた不滅の演奏です。べームやクライバーの造形と比べれば随分と甘いですが、この深く深く沈滞してゆく味わいは他の誰とも違います。元々不健康な雰囲気の表現には比類が有りませんが、この作品の場合に音楽と見事に一体化しているのです。フルトヴェングラーを聴かずして「トリスタンとイゾルデ」は絶対に語れません。イゾルデのフラグスタートは全盛期を過ぎて既にオバさん声なのですが、逆に非現実的な雰囲気に感じられて良いのかもしれません。なお、「前奏曲と愛の死」の管弦楽の演奏としては、1954年のベルリン・フィルとのライブ録音(グラモフォン盤)が全曲盤を凌駕する名演です。官能と絶頂という点ではこれ以上の演奏を聴いたことがありません。

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ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮バイロイト祝祭管/合唱団(1952年録音/WALHALL盤)
若きカラヤンの戦後のバイロイト音楽祭におけるライブです。後年のEMIへのセッション録音と比べると、演奏の勢いと熱量が格段に勝ります。歌手達の圧倒的な存在感にも唸らされます。マルタ・メードルのイゾルデ、ラモン・ヴィナイのトリスタンは、最初は歌唱スタイルの古さが気になるものの、非常にドラマティックで聴いているうちに気に成らなくなります。ハンス・ホッターのクルヴェナールの歌唱の深さは流石です。その他のキャストも素晴らしいです。同じ年のフルトヴェングラー盤(EMI)との演奏スタイルの違いもまた非常に楽しめます。所有するWALHALL盤の録音にはさすがに古さを感じますが、音そのものはしっかりしています。音域のバランスも悪く無いです。オルフェオからはバイエルン放送協会音源盤が出ていますが比べてはいません。

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オイゲン・ヨッフム指揮バイロイト祝祭管/合唱団(1953年録音/GOLDEN Melodram盤)
ヨッフムのワーグナー録音というのは意外に少ないので、バイロイトのライブ録音が聴けるのは貴重です。バイロイト音源の復刻には定評が有るメロドラム盤なので、年代を考えればかなり明瞭で高域から低域までバランスの良いモノラル録音です。但し第3幕で強声が歪むのが玉に瑕です。ヨッフムの指揮はクナやフルトヴェングラーのように遅く重く綿々としたスタイルでは無く、さりとて当時のカラヤンやサヴァリッシュのように速く颯爽としたスタイルでもありません。その中間を行くドイツ正統派とでも言えます。ヴァルナイのイゾルデはスタイルや声質は古くとも聴き応えが有り、やはり凄いです。ヴィナイのトリスタンは元々バリトンの声質がどうしても重く、何となくクルヴェナールがイゾルデと愛し合っているようですが()、貫禄は充分です。

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アンドレ・クリュイタンス指揮ウィーン国立歌劇場管/合唱団(1956年録音/WALHALL盤)
フランスでは大指揮者のクリュイタンスでしたが、前年の‘55年にウィーン・フィルと初共演し、バイロイトの指揮台にも上りました。そしてその翌年’56年にウィーン国立歌劇場に初登壇して、この「トリスタン」を振りました。ドイツ・オーストリアでも勢いに乗っていた時期で、その勢いをそのままに感じるような熱い演奏です。そして当時のウィーン・フィルの甘く柔らかい美音に魅了されます。録音バランスが独特で、第1ヴァイオリンがやたら目立つのは、当時のオーストリア放送協会の特徴であり、ワルターのモーツァルトの25番、40番の録音などと類似します。むろんモノラルですが音質は極めて明瞭で、‘52~’53年のバイロイトライブを明らかに凌ぎます。歌手ではイゾルデ役のゲルトルーデ・グロープ=プランドルのことは知りませんが、中々の実力者です。トリスタンのルドルフ・ルスティヒも男っぽい熱演です。他にもクルト・ベーメのマルケ王を始め、実力者が脇を固める中で、ユリウス・パツァークが牧童役なのは微笑ましいです。

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ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮バイロイト祝祭管/合唱団(1958年録音/オルフェオ盤)
ヴィントガッセンとニルソンのバイロイトの「トリスタン」と言えば、後述する1966年のベーム盤が余りにも有名過ぎて、この1958年のサヴァリッシュ盤は隠れた存在です。そのサヴァリッシュは、当時バイロイトで「オランダ人」「タンホイザー」「ローエングリン」などを続けて指揮して大活躍でした。「トリスタン」はこの前年にも指揮していて、それは「テンポが速過ぎる」と評されたようです。この‘58年の演奏も確かに速く、全三幕がそれぞれ1枚のCDに収まるのはベームと同じです。演奏に関しても、畳み掛ける迫力と熱さはベームにも決して引けを取りません。主役のヴィントガッセンとニルソンの二人以外も、素晴らしい歌手陣が勢ぞろいしていて、黄金期のバイロイトを楽しめます。録音こそモノラルですが、明瞭で優れています。しかし更に優れたステレオ録音のベーム盤が存在する以上は、その存在意義を示すには難しさも有ります。

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サー・ゲオルグ・ショルティ指揮ウィーン・フィル/ウィーン楽友協会合唱団(1960年録音/DECCA盤)
デッカ/カルショーのプロデュースと言えば「指輪」が圧倒的に有名ですし、ショルティの「トリスタン」は忘れられた存在かもしれません。ビルギット・ニルソンのイゾルデならベーム盤で聴けるのも要因でしょう。しかし、1960年当時のウィーン・フィルを優秀明晰なデッカの録音で聴けるのは有意義です。例によってカルショーが「舞台を音のみで立体的に再現する」演出も見られて楽しいです。ショルティは「指輪」と同じように、余り含蓄の有る指揮ぶりではありません。しかし骨太ながら、時に熱く盛り上げていますし、ウィーン・フィルの美音と味わいも大きく貢献しています。ニルソンは言わずと知れた最高のイゾルデ歌いですし、トリスタンを歌うウールも英雄的で立派です。他の歌手陣も優れた面々が揃っています。

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カール・ベーム指揮バイロイト祝祭管/合唱団(1966年録音/グラモフォン盤)
これはベームのオペラがどんなに素晴らしいか、実演でどんなに燃え上がるかを証明した歴史的なディスクで、ワーグナーの聖地バイロイトでのゲネプロ・ライブ録音です。観客無しのセッション録音を嫌って招待客を前にして行った演奏だったので、精緻でいてかつ劇的なまでに迫力が有ります。沈滞する部分が幾らかあっさりにも感じられますが、逆に全曲を一気に聴き通すには向いています。主役の二人、ビルギット・ニルソンとヴォルフガング・ヴィントガッセンの歌には全く文句のつけようが有りませんし、全3幕がぴったりと各CD毎に収まっているのも鑑賞にはとても便利です。

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ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィル他(1971年-72年録音/EMI盤)
ベルリンのイエス・キリスト教会で収録されたセッション録音です。例によってベルリン・フィルのゴージャスな音が鳴り渡る演奏です。管弦楽の音色は明るく、暗いゲルマン的な響きは完全に消え去っています。トゥッティのけたたましい音は音響的には凄いのですが、逆に心にまで響いて来ません。これは自分の耳が“ロバの耳“だからでしょうか?どうしても俗人カラヤンの外面的な効果を狙った演奏に感じてしまうのです。なにもワーグナーに限りませんが、このベルリン・フィルの音というのはやはり自分の好みからは遠いです。歌手はトリスタンのヴィッカーズはもう一歩ですが、イゾルデのデルネッシュは素晴らしく、その他も充実しています。録音は当時のEMIの水準には達していると思います。

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レジナルド・グッドオール指揮ウエールズナショナルオペラ(1981年録音/DECCA盤)
評論家の山崎浩太郎氏が熱烈に推薦したために知る人ぞ知るディスクとなりました。それは「動かざること山の如し」、クナッパーツブッシュ顔負けのスケールの巨大さです。それはそれで良いのですが、クナのようにテンポの流動性が無く常にインテンポの印象を与える為に、全曲を聴いているとどうも長く感じられてしまいます。オーケストラと歌手も最高レベルとはいいかねます。ですので、これはあくまでマニア向けの演奏でしょう。以前はDECCAでしたが現在はタワーレコードがライセンス販売しています。

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レナード・バーンスタイン指揮バイエルン放送響/合唱団(1981年録音/フィリップス盤)
バーンスタインも非常にテンポが遅くスケールの大きな演奏です。そのセッション録音の現場に現れたベーム翁が絶賛したそうですが、ベームとは対照的な演奏なのが面白いです。優秀なオケを使って精緻な演奏を行っているのは良いのですが、やはり少々テンポが遅過ぎてもたれます。ですがこのマーラーのようにドロドロ粘る、いかにも後期ロマン派風の演奏には確かに説得力が有りますし、緊迫感の有る部分では非常に高揚して聴き応えが有ります。最近亡くなったベーレンスの全盛期のイゾルデが聴けるのも貴重ですし、ペーター・ホフマンのトリスタンもとても素晴らしいです。

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カルロス・クライバー指揮ドレスデン国立歌劇場管/合唱団(1982年録音/グラモフォン盤)
クライバーの「トリスタン」は、本当はバイロイト音楽祭での生演奏が非常に素晴らしかったです。ですがそれらが音質の良い正規録音盤で出ていない以上は、セッション録音のドレスデン盤を聴くしか有りません。僕はクライバーの才能は認めますが、あの体育会系の健康的な音楽には感心しない場合が良く有ります。ベートーヴェンやブラームス、シューベルトあたりでは往々にです。この「トリスタン」は不健康では有りませんがロマンティックな雰囲気が良く出ているので決して嫌いではありません。ただマーガレット・プライスのイゾルデは声がリリック過ぎて現実世界の人に感じられてしまうのが難点です。

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ダニエル・バレンボイム指揮ベルリン・フィル/ベルリン国立歌劇場合唱団(1994年録音/テルデック盤)
バレンボイムの“トリスタン“は2007年のベルリン歌劇場の来日公演を聴いたので、思い出深いです。会場はNHKホールでしたが、演奏の素晴らしさは充分に伝わって来ました。これはその10年以上前にフィルハーモニーで行われたセッション録音です。バレンボイムはこの楽劇でバイロイト・デビューを果たしたことからも、特別な作品のようです。カラヤンと同じベルリン・フィルを負けじとドライブしていて、決して好きな響きでは無いですが、録音年代が新しいことで耳への刺激も薄らいで感じられます。さらに細部を深く繊細に歌わせていますし、第三幕など終結に向けてスケール大きく描き切っています。イゾルデのマイヤーは来日公演での円熟には届いていないもののやはり魅力的です。トリスタンのイェルザレムも充実した歌唱です。脇役陣も中々に素晴らしいです。 

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クリスティアン・ティーレマン指揮ウィーン国立歌劇場管/合唱団(2003年録音/グラモフォン盤)
ウィーンにおけるライブで、カぺルマイスターとしてキャリアを積んできたティーレマンの指揮は実に堂に入ったものです。力むこと無く、伸びやかな演奏が印象的です。テンポが特別遅いわけでは無いですが、ゆったりと聞こえるのは、フレージングの良さでしょう。緊張感に包まれた壮絶な演奏とは異なります。最も印象に残るのは、ウイーン・フィルのしなやかで美しい点です。最高の機能を持った歌劇場オーケストラならではの実力を余すところなく示しています。トリスタンのモーザーは恋に落ちて悲劇的な結末を迎える人間的な弱さを持ったトリスタンとして魅力は充分です。イゾルデのヴォイトも、若々しく美しい声がとても良いです。オーストリア放送協会による放送用録音ですが、セッション録音と比べると、緻密さや分離、Dレンジの点で劣るかもしれませんが、舞台が目の前に浮かぶ自然な音像が好ましく感じられます。

以上はどれも素晴らしいですが、特に愛聴しているのはベーム盤とフルトヴェングラー盤の二つ、それに次点としてバーンスタイン盤、穴盤としてショルティ盤です。それにしても、もしもクナッパーツブッシュがウィーン・フィルとDECCAに全曲録音を残してくれていたら史上最高の「トリスタン」になったことでしょう。大変残念です。

<補足>カラヤンの2種、ヨッフム盤、クリュイタンス盤、サヴァリッシュ盤、ショルティ盤、バレンボイム盤、ティーレマン盤(詳しくは下記の関連記事参照)を後から加筆しました。

<関連記事>
「トリスタンとイゾルデ」 ティーレマン/ウイーン国立歌劇場盤

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