レハール 喜歌劇「メリー・ウィドウ」 名盤 ~陽気な未亡人~
喜歌劇「メリー・ウィドウ」(原題はドイツ語で Die lustige Witwe “陽気な未亡人”の意)は、フランツ・レハール作曲のオペレッタで、ヨハン・シュトラウスの「こうもり」と並ぶ人気作品ですね。レハールお得意の甘く美しい旋律がふんだんに取り入れられていて魅了されます。
特に第二幕で未亡人ハンナが故郷を想いながら歌う「ヴィリアの歌」と、第三幕の“メリー・ウィドウ・ワルツ”として有名なハンナとダニロの二重唱「唇は語らずとも」(Lippen Schweigen)は名曲中の名曲です。
メリー・ウィドウ・ワルツは、ルキノ・ヴィスコンティ監督の映画「ヴェニスに死す」の中にも使われていて、主人公の老作曲家がヴェニスのホテルへ到着すると、このワルツの調べが聞こえてきます。また、ディナーの前にロビーでお客たちが待つシーンでもオーケストラによりワルツが演奏されます。この映画はもちろんマーラーの交響曲第5番のアダージェットが余りにも有名ですが、メリー・ウィドー・ワルツも印象的です。
「メリー・ウィドウ」の原作はアンリ・メイヤックの「大使館付随員」で、それを元にヴィクトル・レオンとレオ・シュタインが台本を作りました。
初演は1905年にアン・デア・ウィーン劇場でレハール自身の指揮で行われました。
登場人物
ハンナ・グラヴァリ(ソプラノ):裕福な未亡人
ダニロ・ダニロヴィッチ伯爵(テノール):大使館の書記官、ハンナの元恋人
ツェータ男爵(バリトン):ポンテヴェドロ国のパリ駐在公使
ヴァランシエンヌ(ソプラノ):ツェータ男爵の妻
カミーユ・ド・ロジヨン(テノール):フランス人の大使館員、ヴァランシエンヌの愛人
他
あらすじ
第1幕 パリのポンデヴェドロ公使館
広間でポンデヴェドロ国王の誕生祝賀パーティーが開かれている。話題の中心はハンナ・グラヴァリ未亡人。ハンナはポンデヴェドロの老富豪と結婚し、そのわずか8日後に夫が急逝したために巨額の遺産を受け取ったのであった。
パーティーに出席したハンナは、多くの男性から口説かれる。しかしハンナがフランス人と結婚すれば、遺産がポンデヴェドロから失われることになるので、ポンデヴェドロ公使のツェータ男爵は、それを阻止するために書記官のダニロ・ダニロヴィチ伯爵とハンナを引き合わせようとする。実はダニロとハンナはかつては恋人同士であったが、二人の身分の違いが彼らを引き裂いたのだった。
ダニロは、ハンナの資産目当てで結婚すると見られるのを嫌い、わざとハンナと距離を置いている。その一方、カミーユ・ド・ロジヨンは、ツェータ男爵の美貌の夫人を熱心に口説くが、その気がないヴァランシエンヌはハンナをカミーユにあてがおうと画策する。
ハンナは踊りの相手にダニロを指名するが、ダニロはその権利を1万フランで売ると宣言する。しかし男たちは「とてもそんな大金は出せない」と諦める。そのため、2人は喧嘩しながらも踊り始める。
第2幕 ハンナの屋敷の庭
パーティーの翌日、来客を前にハンナはここに故郷の風景を再現すると言って「ヴィリアの歌」を歌う。
カミーユはなおもヴァランシエンヌに求愛している。そしてヴァランシエンヌの心が揺らいだと見るや、カミーユは彼女を庭のあずまやに連れ込む。そこにツェータ男爵が現れ、妻があずまやで誰かと会っているのではと勘繰るが、そこから出てきたのは何とカミーユとヴァランシエンヌの身代わりになったハンナであった。
騒動の結果、ハンナとカミーユが婚約宣言するはめになり、国家から富が失われるのを嘆くツェータ男爵とハンナへの想いを胸に秘めたダニロも動揺する。
第3幕 ハンナの屋敷の庭
庭にパリの有名レストラン「マキシム」風の飾り付けがなされ、踊り子たちも揃っている。そこへ故国から「もし富豪の遺産がわが国から失われると、国は破産の危機に瀕する」との電報が届く。決心したダニロはハンナに愛を告白する。
一方で、あずまやからヴァランシエンヌの扇子が見つかり、会っていたのはカミーユとヴァランシエンヌだったことが分かってします。怒ったツェータ男爵は、ヴァランシエンヌと離婚してハンナと結婚すると言い出す。
しかしハンナは、「もしも再婚すると遺産を失う」という夫の遺言を告げる。ツェータ男爵が結婚の申し出を撤回すると、資産を気にしなくて良いことが分かったダニロは、ついにハンナに求婚する。するとハンナは、夫の遺言の続きとして「遺産のすべてを失い、その遺産は再婚した夫のものとなる」と明かす。
ヴァランシエンヌは扇子の中に書かれた言葉を読んで欲しいと夫に請う。そこには、「私は貞淑な人妻です」と書かれてあった。妻を疑ったことに対してツェータ男爵が妻に許しを請い大円団となり幕を閉じる。
オペレッタは実演やDVDでの映像鑑賞が楽しいですが、さりとてCDで美しい音楽と演奏に集中して味わうのも良いものです。
ともかくは所有盤のご紹介をしてみます。
オットー・アッカーマン指揮フィルハーモニア管、シュワルツコップ(S)、クンツ(Br)、ゲッダ(T)他(1953年録音/EMI盤) ルーマニア生まれのアッカーマンは戦前からもっぱら各地の歌劇場で指揮者として活躍しましたが、録音はEMIに残したオペレッタが知られています。ロンドンのオケとの演奏でウィーンの味には欠けますが、元々作品の舞台がパリなので、これはこれで良いかもしれません。むしろモノラル録音のためにレトロな雰囲気が醸し出されていて、この作品に似合います。歌手陣に関しては文句無しで、往年の素晴らしい面々がずらりと揃っています。録音は明瞭で優れています。
ロベルト・シュトルツ指揮ウィーン国立歌劇場管、ギューデン(S)、グルンデン(Br)、クメント(T)他(1958年録音/DECCA盤) ウインナ・ワルツで有名なシュトルツはオペレッタの作曲家でもありましたが、この作品の初演時にはレハールの元で副指揮者を務めました。面白いのはシュトルツ作曲の序曲が本篇の前に置かれています。確かにいきなり舞台が始まる作品なのでアイディアとしては面白いです。ただ、少々平凡な序曲なので、飛ばして聴いても差し支えありません。しかし本編の演奏は素晴らしいです。‘50年代のウィーンの粋な味わいと情緒に満ち溢れていますし、それでいて第三幕の舞踏シーンの盛り上がりは凄いです。初演の舞台を彷彿させる点でかけがえがありません。DECCAのステレオ録音で音質も良好です。シュトルツには‘66年のベルリンでの録音も有りますが未聴です。
ロヴロ・フォン・マタチッチ指揮フィルハーモニア管、シュワルツコップ(S)、ヴェヒター(Br)、ゲッダ(T)他(1962年録音/EMI盤) これもロンドンのオケの演奏で、ウィーンの風味よりはパリ風味寄りです。マタチッチの指揮はやや甘さや軽快さには欠けますが、その反面立派な風格があり、登場人物の故郷ポンデヴェドロが、セルヴィアをモデルにしていることを考えると、マタチッチの持つ旧ユーゴの土臭さが生きているようで面白いです。ただ、主役の歌に関してはシュワルツコップのハンナもダニロもアッカーマン盤の方が魅力が勝るように感じます。録音は当時のEMIにしてはかなり優れていると思います。
アドルフ・シベール指揮フランス放送リリック・ド・ラ・ラジオ・ディフュージョン・フランセーズ管、シュティヒ=ランダル(S)、エネヴ―(T)他(1970年録音/STUDIO SM盤) 1899年生まれのアドルフ・シベールはウィーン育ちでレハールとも友人であり、レパートリーの大半はオペレッタやワルツです。戦後はフランスで活動しましたが、これは自ら組織したフランス放送リリック管弦楽団を指揮した放送用ライブです。フランス語で歌われているのが特徴ですが、考えてみれば作品の舞台はパリですし、小粋な雰囲気と洒脱で軽快な歌と演奏はウィーン流の演奏よりも作品のイメージに近いかもしれません。録音も優れています。余り知られていませんし、入手性も良くは無いですが、是非お勧めしたい素晴らしいディスクです。
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィル、ハーウッド(S)、コロ(T)、ホルヴェーク(T)他(1972-73年録音/グラモフォン盤) さすがカラヤンというか、演奏からはオペレッタの庶民性や猥雑さが後退して、すこぶる絢爛豪華さを感じます。元々は酒場の楽団として出発したベルリン・フィルもつくづく出世したものです。特に弦楽セクションの磨き抜かれた美音は、耳がとろけるような甘さに満ちていますし、弱音のデリカシーも素晴らしいです。歌手陣もそうしたコンセプトによる統一感が有り、各歌手の個性よりはアンサンブルの絶妙さに舌を巻きます。もちろん楽しさに事欠く訳では有りません。
ジョン・エリオット・ガーディナー指揮ウィーン・フィル、ステューダー(S)、スコウフス(Br)、トロースト(T)他(1994年録音/グラモフォン盤) 発売時「ウィーン・フィル初のメリー・ウィドウ録音」との触れ込みでしたが、実際にはシュトルツ盤が有るので、半分はウソになります。しかしそれぐらい稀少です。何しろウィーン・フィルが演奏するとワルツもポルカもことごとくウィーン風に聴こえます。ガーディナーがこの曲を指揮したのも意外でしたが、演奏は実に格調が高く、パリの華麗さよりはウィーンの上品さが感じられます。モンテヴェルディ合唱団が起用されたことも、それに輪をかけています。歌手陣も個々の個性は余り強調せずにアンサンブルとしてまとまっています。従って面白みには欠けるかもしれませんが、個人的にはとても気に入っています。
以上、歌手陣と楽しさの極みではアッカーマン盤、古き良きウィーンの味わいではシュトルツ盤、舞台のパリの雰囲気を味わうならシベール盤が特にお気に入りです。しかしカラヤン盤やガーディナー盤も個性的な魅力が有るので楽しめます。
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