シベリウス(交響曲)

2015年11月30日 (月)

オッコ・カム/ラハティ交響楽団 2015来日公演 ~感動のシベリウス~

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フィンランドの生んだ大作曲家シベリウスの音楽は大好きですが、その魅力を開眼させてくれたのは30年以上前にヘルシンキ・フィルを率いて来日したオッコ・カムの演奏でした。

そのカムが、やはりフィンランドの名門ラハティ響とと来日したのでオペラシティに聴きに行きました。仕事の都合で平日は厳しいのですが、週末に後期の交響曲第5番、6番、7番を演奏してくれたのは幸いです。

さて、開場前にホールに向かうエスカレーターを登ろうとすると、カメラを持ってパチパチ写真を撮りながらフラフラしている外人のオジサンがいました。うん?カムに似ているなぁーと思いながら、声をかけました。

「あなた音楽家?(実際は英語で)」「イエス」
「あなたコンダクター?」「イエス」
「カムさんでしょ。偉大な指揮者のあなたの昔からの大ファンです。30年前のあなたとヘルシンキ・フィルの演奏には感動しました。」「憶えていないな。」
「今日の演奏会を楽しみにしています。握手してください。」「OK。」
と、まぁだいたいそんな短い会話をすると、カムさんまたパチパチ写真を撮りながら行ってしまいました。開演直前にリラックスしたものだと感心。...

開場してホールに入り席に着き、いよいよ演奏が始まりました。さすがにカムさん舞台では真面目な顔をしています。前半は第5番です。いやこれは素晴らしいシベリウスでした!ラハティ響はヴァンスカ時代に鍛え上げられて優れたオケなのは分かっていましたが、それを自然体ながら非常に豊かな音楽を聞かせています。カムはオケを厳しく統率するタイプでは無く、ある程度自主性に任せるおおらかさを感じますが、弦楽の表情づけなどは素晴らしいの一言です。表現はロマンティックながらも、過度にベタベタすることは無く、あくまでも寡黙さを失わない正に北欧音楽。シベリウスに頻出する弦楽のトレモロによる和音の変化はさしずめブルックナー的な面白さを持ちますが、その変化の処理の上手さは絶品で唖然とするほどです。名曲の第5番のこれだけ魅力的な演奏は極めて稀の気がします。前半からブラ―ヴォの嵐でしたね。もうコンサートが終わった位の充実感です。

後半は第6番、7番といよいよシベリウスの深遠な世界に入って行きます。オケの響きは増々充実して美しく豊かになり、一音一音がどこをとっても神秘的な雰囲気に溢れます。ああ、これこそは晩年のシベリウスの世界!

5番に比べて地味に終わる曲が続き、さらにアンコールも穏やかな曲が続いたので、これは最後は「フィンランディア」だな、と確信がありました。で、アンコール3曲目となり、やはり出ましたフィンランディアが!
ただただ感動して聴き惚れていました。あの中間部の有名な旋律が木管で奏されたあとに続く弦楽が非常な弱音で弾かれたのには背筋がゾクゾクしました。普通はここは合唱入りの版に勝るものは無いと思ってはいますが、こんな演奏を聴かされるといやぁ管弦楽のみの版もやはり素晴らしい!

演奏終了後の嵐のような拍手に応えて何度も何度も出てきましたが、団員が引き上げても拍手が停まらないので、カムが団員を呼び戻して全員に揃って何回もお辞儀をさせていました。団員達もこの日本の聴衆の喜びようにみな感激しているようでした。

本当に感動的なコンサートでした。音楽的にも雰囲気的にも聴衆と演奏家がこれほど一体感を分かち合える演奏会はそう有るものでは無いと思います。
やっぱりカムさんのシベリウスはかけがえのないものだなぁ。

それにしても今日は完全にSOLD OUT。空席が本当に見当たりませんでした。後期のプログラムでこれだけのお客さんが詰めかけて、しかも本当に見事な聴衆ぶり。
日本のシベリウス・ファンの素晴らしさにもブラーヴォですよ!

終演後にはカムさんが大勢のお客さんのサインに応じていました。

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2015年11月 3日 (火)

ハンヌ・リントゥ指揮フィンランド放送響 2015日本公演

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今年はフィンランドの生んだ大作曲家ヤン・シベリウスの生誕150年記念の年なので、我が国でもシベリウスの曲のコンサートが盛んに開かれています。

特に嬉しいのは来日する機会が決して多いとは言えないフィンランドの名門オーケストラがやって来ることです。

昨夜はフィンランド放送交響楽団のコンサートを聴きに、トリフォニ―ホールへ足を運びました。

この団体はフィンランドの優れたオーケストラの一つですが、エッサ・ペッカ・サラステ時代に録音されたシベリウスの交響曲全集は自分の愛聴盤です。

今回初めて聴く指揮者のハンヌ・リントゥはフィンランド出身ですので、やっぱり、あの偉大なヨルマ・パヌラの門下生です。パヌラ教授は数えきれないほど優れた指揮者をフィンランドから生み出していますが、名指揮者でも有る御本人の演奏が中々聴けないのがちょっと残念です。

昨夜のプログラムは以下の通りでした。

  交響詩「タピオラ」作品112
  交響曲第7番ハ長調作品105
        (休憩)
  交響曲第5番変ホ長調作品82

後期の傑作を並べた涎物の構成ですね。どちらかと言えば前半、後半を逆に聴いてゆきたい気もしますが、コンサートの構成としてはやはりこうなるのでしょう。

さて、リントゥの指揮は本当にオーソドックスで安心して聴いていられます。奇をてらったところが一切なく、これでこそシベリウスの音楽を堪能できるという感じ。これはパヌラ門下に共通して言えることですね。

フィンランド放送交響楽団の音もそれは素晴らしく、ネイティヴのオーケストラ以外からは聴けない本物のスオミの音。派手さ奢侈さが全く見られずにとても地味なのですが、深い森と湖から聞こえてくるような仄暗く、しかし手ごたえの有る美しい響きです。

おかげで遠く足を伸ばした甲斐が有る、素晴らしい時を過ごすことが出来ました。

今月末にはもうひとつフィンランドの名門ラハティ交響楽団が来日します。しかも率いるのがあのオッコ・カムとくれば、またまた聴き逃せません。

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2013年2月15日 (金)

若き日のオッコ・カムのシベリウス ~カム・バック・プリーズ!~

毎年同じことを言っているような気がしますが、春が近づく頃になると北欧の音楽、とりわけシベリウスが聴きたくなります。真冬にではありません。といって春にでもありません。もう少しで春が訪れるという、まさにその頃なのです。北国の人が感じるであろう「春への期待」が最も強く感じられる季節だからです。

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シベリウスの交響曲は全7曲のどれもが最高に好きなので、愛聴盤も多く有りますが、基本的にはフィンランドの演奏家のものが一番しっくり来ます。その中に、ヘルシンキ・フィルハーモニーが1982年に初来日した時に、オッコ・カムと渡邊暁雄が二人で指揮をしたシベリウス・チクルスのライブ録音盤が有ります。個人的には最も好きな全曲録音盤の一つです。当時それを東京FMで聴いて、シベリウスの音楽に目覚めるきっかけとなった、大変に想い出深い演奏でも有るのです。

フィンランド出身の名指揮者は多く存在して、名匠パーヴォ・ベルグルンド亡き後も、サロネン、サラステ、セーゲルスタム、ヴァンスカ、オラモ、などの面々が大活躍しています。そんな中で、オッコ・カムだけがどうも地味で余り目立ちません。フィンランド中心に活動していて、日本にも随分来ているにもかかわらずです。

1946年生まれの彼は、元々ヴァイオリニストとしてスタートしましたが、20歳を待たずにヘルシンキ・フィルに入団し、まもなくフィンランド歌劇場のコンサートマスターに就任するほどの名手でした。ところが指揮は独学にもかかわらず、僅か23歳の1969年に、第一回カラヤン国際指揮者コンクールで第一位となったのです。そして、ご褒美に独グラモフォンにシベリウスの交響曲を録音することになりました。元々、カラヤンが1965年から67年にかけて4番から7番までの録音を行っていましたが、何故か中断していました。その残された1番から3番だけをカムが録音することになったために、何となく妙な全集が出来上がりました。

その全集は、カラヤンの指揮した4番以降は、音に美しく磨きをかけたカラヤン流の演奏で、決して悪いということではありませんが、少々ムード的に流れていて、透徹したシベリウス本来の音楽とは幾らかのギャップを感じてしまいます。一方、カムの指揮した3番までの曲では、もっと自然なシベリウスの本質を捕えた演奏が聞こえて来ます。そこで、このカムの指揮した3曲について改めて聴き直してみることにします。

シベリウス 交響曲第2番

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オッコ・カム指揮ベルリン・フィル(1970年録音/グラモフォン盤)

記念すべきコンクールの翌年に最初に録音されたのが第2番です。新人指揮者とは思えない堂々とした指揮ぶりに感心します。ハッタリが微塵も無い純粋なシベリウスの音楽が感じられます。カラヤンの演奏に感じる僅かなギャップを感じることは有りません。但し、問題が有るとすればベルリン・フィルの出す音です。まず第一に、金管の強奏が少々羽目を外しています。バリバリと咆哮する音がシベリウスの美感を損ねています。第二には、弦楽にカラヤンの演奏で聞かれたポルタメント気味の弾き方がしばしば顔を出すことです。来日公演の際のヘルシンキ・フィルでは、このような弾き方は見られないので、これはベルリン・フィルの奏法なのでしょう。コンサートマスターまで経験したカムといえども、新人の身分で天下のベルリン・フィルの弾き方は変えられなかったのだと推察します。従って、良い演奏ではあるのですが、手放しで絶賛することは出来ません。

シベリウス 交響曲第1番/第3番

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オッコ・カム指揮ヘルシンキ放送響(1972年録音/グラモフォン盤)

2番はそのままベルリン・フィルと録音しましたが、続く1番、3番では、なぜかフィンランドのオーケストラに変わりました。ヘルシンキ放送響というのは、どうやらヘルシンキにあるフィンランド放送響のようです。ますます妙な全集となりましたが、変更理由はどこにも記されていません。これは恐らく、ベルリン・フィルではシベリウスの本当の音は出せないとカムが判断したからだと推察します。そこで自国のオケを使うという賭けに出たのではないでしょうか。その結果、本当に素晴らしい演奏となりました。第1番は日本ライブでは渡邊暁雄が指揮しましたので、ここでカムの演奏を聴くことが出来ます。この曲はロシアあたりのオケが演奏すると、往々に金管が大咆哮するものですが、そんなことは決してしません。冒頭からロシアの荒涼とした大地では無く、フィンランドの深い森が想い起されます。2楽章での木管の音色や歌いまわしも実に自然であり、シベリウス特有の寡黙な美しさを感じます。続く3、4楽章でフォルテシモになっても、ある程度抑制を伴った音が響いて来ます。それはもちろん迫力不足ということではなく、ただ過剰にならないだけなのです。

第3番の演奏も、やはり同じ傾向で、派手さの無い素朴な音が、1番よりも更にこの曲に適しています。1楽章で刻まれるリズムは機械的では無く、手造り的な温か味を感じます。2楽章の民謡調の雰囲気も本当に心に浸み渡ります。3楽章の節度の有る盛り上がりもまったくもって的を得ています。

カムの指揮には、全体的に余り神経質にならない大らかさを感じます。ロマンティックな傾向も強いと思います。但し、それはあくまで控えめな北欧の音楽の範囲であり、節度を保った素晴らしい演奏なのです。1番と3番に関しては、来日ライブの名演奏と比べても充分に魅力的であり、他の名盤達の中に有って、少しも輝きを失わない魅力的な演奏だと思います。若い頃から素晴らしいシベリウスを演奏していたとつくづく認識させられます。

この素晴らしい1番と3番のCDは残念なことに、現在単独では発売されていません。1番~3番の2枚組ディスクも有りましたが既に廃盤です。入手するためには全集を購入するしか無いのですが、廉価盤ですし、カラヤンの4番以降の演奏も人によっては好まれるでしょうから、悪くないと思います。

地道な活動の時期を経て、カムは、最近ようやくフィンランドの名オーケストラであるラハティ交響楽団の首席指揮者に就任しました。既に管弦楽曲のCDを1枚録音しましたが、是非ともこのオーケストラと、交響曲全集を録音して欲しいものです。

カムよ、どうか楽壇の表舞台に再び戻って来てくれ!
カム・バック・プリーズ!

<補足>カムはこの後、2015年にラハティ交響楽団を率いて来日してシベリウスの交響曲全曲チクルスを演奏しました。その時に開演前に偶然会話をするチャンスに恵まれました。以下はその時のレポート記事です。

オッコ・カム/ラハティ交響楽団 2015年来日公演

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2009年4月19日 (日)

シベリウス 交響曲第7番ハ長調op.105 名盤

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シベリウスの最後の交響曲であって、本当は最後では無い交響曲。シベリウスは途中まで書いた第8番の楽譜を自らの手で焼き捨てたと言われていますが、妻アイノの証言によれば実は既に完成していたという話のようです。しかし煙と灰になってしまった以上、我々が聴くことのできる最後の交響曲はこの第7番なのです。曲は通常20数分で演奏されて古典派以降の交響曲としては随分短い方です。シベリウスは曲のタイトルに「ファンタジア・シンフォニカ」とつけましたし、楽章の無い単一楽章構成になっていますので多分に交響詩的にも見受けられます。しかしこれはマーラーに代表される肥大化した交響曲とは全く逆におよそ無駄の無い極限にまで凝縮され尽くした交響曲なのです。

僕は第1楽章に相当するアダージョ部分が好きです。非常に哀しさを感じます。しかしそれは、あらゆる命が永遠に繰り返される輪廻そのもののような彼岸の雰囲気を感じます。もちろん続くスケルツォにあたる部分、更に刻々と移り変わる曲想の変化の妙も素晴らしく言葉を失うほどです。

この曲の演奏なのですが、曲の持つ雰囲気が近いこともあって第6番の演奏にどうしても重なってくるのは致し方ないところです。

51wgp741rql__ss400_ パーヴォ・ベルグルンド指揮ヘルシンキ・フィル(1986年録音/EMI盤) やはりベルグルンドをリファレンスにしたいところです。どこまでも限りなく美しく、純粋にこの曲の素晴らしさを心底堪能出来る演奏です。全体に彼岸の雰囲気をいっぱいに漂わせていています。スケルツォ部分の上手さも見事です。相変わらず録音がオフ気味ですが、気になる程ではありません。ベルグルンドには新録音盤も有りますが、全くの個人的にはやはりこのヘルシンキ・フィル盤を好みます。

Si026 レイフ・セーゲルスタム指揮ヘルシンキ・フィル(2002年録音/ONDINE盤) セーゲルスタムも同じヘルシンキ・フィルを指揮して、非常に素晴らしい演奏を多く残していますが、この曲は正直余り感銘を受けません。演奏には神々しい雰囲気というよりは純器楽的であり、どちらかいうと近現代音楽を聴いているような感じがします。この曲が果たしてそれで良いものか少々疑問に思います。ONDINEの録音は相変わらず優秀です。

Cci00023 渡邉暁雄指揮ヘルシンキ・フィル(1982年録音/TDK盤) ヘルシンキフィル初来日の時のライブ録音です。アケさんの実力はヘルシンキ・フィルのような優秀なシベリウス・オケを振ると見事に生かされます。どちらか言えば古い感覚の良く歌った演奏表現です。この曲の持つ彼岸の雰囲気はなかなか良く出ていますが、温かみがやや有り過ぎる点で評価の分かれるような気もします。ライブなので仕方有りませんがアンサンブルがほんの少し荒い気もします。TDKの録音はここでも優秀です。

36133027_1 ユッカ=ペッカ・サラステ指揮フィンランド放送響(1993年録音/FINLANDIA盤) これもサンクトべテルブルクでのライブ録音ですが、完成度に優れていて非常に美しい演奏です。スケルツォ部分のリズム感も歯切れが良く、素晴らしいです。但し、少々気になるのは幾らかせわしない面が有り、音楽に小ささを感じてしまう点です。あるいは空気の広がり感とでも言いましょうか、それが少しだけ不足している気がします。

Biscd864 オスモ・ヴァンスカ指揮ラハティ響(1996年録音/BIS盤) ヴァンスカによく見られるピアニシモを多用する表現が、ここでもまた音楽を痩せて聞こえさせてしまう気がします。曲の持つ彼岸の雰囲気に決して不足しているわけでも無いのですが、何となくこの彼岸の曲にどっぷりと入っていけない感じが気になります。とは言え、これもやはり非常に美しい演奏であることには変わり有りません。

4140bnz4zhl__ss500_ パーヴォ・ベルグルンド指揮ヨーロッパ室内管(1995年録音/FINLANDIA盤) ベルグルンドのヨーロッパ室内管との新盤も秀逸です。ヘルシンキ・フィル盤よりも高く評価する人が居るのも充分に理解できます。完全に統率されたアンサンブル、ニュアンスの豊かさはひとつの演奏表現の極地だと思います。そうなると後は神秘性でヘルシンキ・フィル盤とどちらが上かということになるのですが、その点ではやはりヘルシン・フィルのように思います。全体の魅力としては中々に甲乙が付けがたいところです。

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シベリウス 交響曲全集 名盤

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2009年4月12日 (日)

シベリウス 交響曲第6番ニ短調op.104 名盤

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シベリウスが交響曲第6番を完成させたのは、第5番の完成から8年後のことですが、草稿としては5番が完成する前に既に書き始めていました。その間には5番の改定を二度行い、また第7番も併行して手がけていたそうです。第7番の完成は6番の翌年ですので、この3曲の創作はかなり重なり合っていたようです。しかし6番と7番において、交響曲としていよいよ最終的な境地に及んだのです。作品を完成させておきながら本人が焼き捨ててしまったという第8番の楽譜が存在しないので、第7番が最終到達点であるとは良く言われますが、この6番も7番に匹敵するほどに曲想が充実しています。個人的には5番が一番好きかもしれませんが、6番を聴いている時にはこちらの方が好きかなとも思えてしまうほどです。

この曲は一般的にニ短調とされていますが、実は教会調であるドリア調なのですね。その為に非常に荘厳かつ神秘的な雰囲気を漂わせます。ここではもう単に地上の世界での自然というよりも、何か森羅万象の域にまで達してしまったかのようです。特にメロディアスでありながら涅槃の雰囲気を持っている第4楽章にはたまらない魅力を感じます。ここには人間感情としての「喜び」「悲しみ」ではなく、生きとし生けるものに永遠に繰り返される「ものの哀れ」という感じがします。これは大変な音楽だと思います。

ですので演奏においても、もしも人間的な矮小さを少しでも感じさせてしまったりすると、音楽の意味が全く伝わらなくなってしまいます。そういう基準で僕の愛聴盤をご紹介します。

51wgp741rql__ss400_ パーヴォ・ベルグルンド指揮ヘルシンキ・フィル(1986年録音/EMI盤) やはりリファレンスにすべきはこの演奏です。むろん美しいことこの上ないのですが、それも不純な物の全く存在しない浄化され尽くされた演奏です。第1楽章は早めのテンポですが神々しいほどの美しさです。第2楽章も実に神秘的な雰囲気をいっぱいに漂わせて見事です。第3楽章のリズム感も素晴らしいですが、終楽章では美しさここに極まれりという感じです。この演奏は本当に涅槃の境地にまで達しているような気がします。録音がオフ気味なのも逆に神秘的さが増してプラスに働いています。

763 レイフ・セーゲルスタム指揮ヘルシンキ・フィル(2002年録音/ONDINE盤) セーゲルスタム盤も同じヘルシンキ・フィルですし、やはり非常に素晴らしい演奏です。曲によっては時に荒々しさが過ぎるセーゲルスタムですが、この曲ではそのような事はありません。第2楽章の美しさや逍遙しながらの瞑想の深さも充分ですし、第3楽章の壮麗な盛り上がりも大変見事です。全般的にはベルグルンドよりもロマンティックに聞こえますがこの神々しい曲にとっては決してプラスに働かないのが難しいところです。いつもながらONDINEの録音は透明感が有って優秀です。

423 オッコ・カム指揮ヘルシンキ・フィル(1982年録音/TDK盤) ヘルシンキ・フィル初来日の時のライブ録音です。何度か書きましたが、この時の第3番と5番の演奏で僕はシベリウスに開眼しました。この6番の演奏も実に美しく、ライブでこれほど完成度の高い演奏が出来るのは当時からヘルシンキフィルがいかに高い実力を持っていたかの証明です。同じオケでもベルグルンドやセーゲルスタムのような神経質さは有りませんが、カムにしては随分と細部にまで気を配った演奏です。しかし全体は大波に乗ったような安心感と流れが有り素晴らしいものです。TDKの録音はここでも優秀です。

Vcm_s_kf_repr_500x493 ネーメ・ヤルヴィ指揮エーテボリ管(1983年録音/BIS盤)  ヤルヴィのこの曲の演奏も秀逸です。空気感と美しさは相当なものですし、第1楽章の主部の速さはベルグルンド以上で「全てを置き去りにして走り去る美しさ」を感じます。それはカール・シューリヒトの演奏するモーツァルトの「プラハ」のような感覚と言えるでしょうか。新録音(グラモフォン)はまだ聴いていませんが、旧録音全集(BIS)の中では最も優れた演奏だと思います。

36133027_1 ユッカ=ペッカ・サラステ指揮フィンランド放送響(1993年録音/FINLANDIA盤) これもサンクトべテルブルクでのライブ録音ですが、演奏の完成度に何ら不満は有りません。第1楽章から流れるようにとても美しいですし、第2楽章についても同様です。第3楽章のリズム感も素晴らしいものです。第4楽章もやはり美しいのですが、どうしてもベルグルンドと比較してしまうと表現の徹底度合いと神秘感においてやや不足を感じてしまいます。これだけ聴いていれば充分過ぎるほど良い演奏だとは思うのですが。

Biscd864 オスモ・ヴァンスカ指揮ラハティ響(1996年録音/BIS盤) ヴァンスカらしく、第1楽章はずっと小さめの音で押し通しますが、決して音楽が痩せて聞こえることが有りません。曲の神秘感を漂わせるのに完全にプラスに働いているのです。第2楽章も静寂の中に瞑想を深く感じさせて実に素晴らしいです。第3楽章はリズムの切れが良く、ピアノとフォルテの対比が効果的でスケールの大きさを感じます。第4楽章も同様で素晴らしいのですが、時折強奏される金管や打楽器の為に現実の世界に戻されてしまう気がします。ここではやはり涅槃の雰囲気を感じ続けさせてもらいたいのです。とは言え、これは本当に美しい演奏であると思います。

41gq3ga0eql__sl500_aa300_パーヴォ・ベルグルンド指揮ヨーロッパ室内管(1995年録音/FINLANDIA盤) ベルグルンドがヨーロッパ室内管を指揮した新盤(FINLANDIA)も秀逸です。人によってはヘルシンキ盤よりも高く評価しますし、弦楽の極限まで統率された点などは唖然としますが、どうも「優秀な室内合奏を聴いている」という感じが音に現れていて、自然感や神秘性においては、やはりヘルシンキ・フィルに及ばないと感じてしまいます。

というわけで、演奏を色々と聴き比べてみればみるほど、ベルグルンド/ヘルシンキ・フィル盤が断然のベストのように感じます。次点は正直どれでも良いという感じですが、強いて挙げればヴァンスカ/ラハティ響盤でしょうか。

次回の予定はいよいよ最後の第7番です。

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シベリウス 交響曲全集 名盤

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2009年4月 4日 (土)

シベリウス 交響曲第5番変ホ長調op.82 名盤・愛聴盤諸々

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交響曲第5番はシベリウスが50歳になった年(1915年)に、その祝賀演奏会で初演された曲です。自分自身の為のバースデー・シンフォニーですね。シベリウスがこの曲を初めからこの式典の為に書き始めたのかどうかはわかりませんが、彼としては第2番以降で最も明るい印象の曲になっています。これがもしも第4番では、ちょっとハッピー・バースデーの雰囲気では無くなりますからねぇ。(苦笑) 演奏会は大成功だったのですが、彼自身は曲の出来栄えには充分満足をしてはいなかったようで、後から2度も書き直しをしています。初演版は現在では滅多に演奏されません。通常は1919年の最終版で演奏されています。

この曲は、非常に美しい曲想を持った自然賛歌です。北欧の澄み渡った青空の元での清涼な空気を感じます。そういう点では7曲の中でも最右翼ではないでしょうか。季節としては、冬の終わりから春が訪れようとする頃ですね。事実、シベリウス自身がこの曲へ残したコメントが有ります。

「日はくすみ冷たい。しかし春はだんだん近づいてくる。今日は16羽の白鳥を見ることができた。神よ何という美しさか。白鳥は私の頭上を長いこと旋回して、くすんだ太陽の光の中に消えて行った。自然の神秘と生の憂愁、これが第5交響曲のテーマなのだ。」

この言葉がこの曲の全てを語リ尽くしていると思います。

初演版は、現在オスモ・ヴァンスカのCDで聴くことができます。1919年版と比較すると、確かに所々で散漫で無駄に感じる部分が有ると思います。しかし、もしもシベリウスが書き直しを行っていなかったとしても、これはこれで魅力的な作品には違いありません。しかし書き直しにより、曲構成も3楽章と4楽章を一つにしてしまいましたし、ずっと簡潔な傑作に仕上がりました。僕は、ある演奏家の全集を購入しようかどうか迷った時には、大抵は5番をまず聴いてみます。この曲は、オーケストラ自体の音を感じさせない自然音のような響きが理想的です。ところが美しく演奏するのが本当に難しい曲だと思います。その点ではブルックナー演奏に共通しています。従って、この曲の演奏が良ければ他の曲を聴いてもまず大丈夫です。

それでは僕の愛聴盤についてご紹介してみたいと思います。

Cci00023b ヨルマ・パヌラ指揮ヘルシンキ・フィル(1968年FINLANDIA盤) この人はベルグルンドと同じ世代ですが、そのベルグルンドの前のヘルシンキ・フィルの常任指揮者です。名前があまり有名でないのはCDの数が極端に少ないことと演奏活動よりもアカデミーの教授としてより多くの時間を過ごしたからです。事実門下生にはサロネン、オラモ、サラステ、ヴァンスカとそうそうたる名前が並んでいます。この人が60年代にヘルシンキフィルと5番の録音を残してくれたのは幸運でした。オーケストラの実力はベルグルンドの80年代にはまだ及びませんが、透明で清涼感溢れる音色というものは既に確立されています。フィンランドのシベリウス演奏の基礎は更に歴史を遡ると思いますが、パヌラが後輩達に与えた影響が大きいことは明らかだと思います。

Cci00025 オッコ・カム指揮ヘルシンキ・フィル(1982年録音/TDK盤) ヘルシンキ・フィル初来日の時のライブ録音です。この時の第3番と5番の演奏で僕はシベリウスに開眼しました。ライブでありながら完成度が非常に高いのはオケの実力が格段に上がったからだと思います。カムの好きなところはベルグルンドやセーゲルスタムに比べて神経質さが無く素朴に感じられるところとロマンティックな感覚が強いところです。ですので2楽章の美しさなどは際立ちます。3楽章後半もこけおどしでない高揚感が素晴らしく非常に感動的に終わります。TDKの録音も相変わらず優秀です。

51wgp741rql__ss400_ パーヴォ・ベルグルンド指揮ヘルシンキ・フィル(1986年録音/EMI盤) 僕が演奏のリファレンスとしているのはこの演奏です。それは最も過不足が無く、それでいて曲の素晴らしさをとことん感じさせてくれるからです。第1楽章冒頭からしてホルンの保持音に続く木管の受け渡しにほれぼれしますし、こけおどしでない壮麗さも実に素晴らしいです。第2楽章の静かな足取りで深く瞑想を感じさるのも見事です。第3楽章の自然な盛り上がりも素晴らしいですが、何より全体に弦楽器と管楽器の透明感の有るハーモニーが本当に美しいです。これでこそシベリウスの音楽が生きるというものです。但し録音がONDINEやBISと比べてパリッとしないのがやや不満です。

668 レイフ・セーゲルスタム指揮ヘルシンキ・フィル(2002年録音/ONDINE盤) セーゲルスタム盤もやはり非常に素晴らしい演奏です。スケールの大きさという点ではベルグルンドに勝ります。曲によっては時に荒々しさが過ぎると感じてしまうことのあるセーゲルスタムですが、この5番ではそのような事がありません。第2楽章の美しさや逍遙しながらの瞑想の深さも充分です。第3楽章の壮麗な盛り上がりも大変見事ですが、決して騒々しくは成りません。それはシベリウス演奏の基本中の基本なのです。ONDINEの録音も透明感が有って最高です。

Si249 ユッカ=ペッカ・サラステ指揮フィンランド放送響(1993年録音/FINLANDIA盤) これもサンクトべテルブルクでのライブ録音なのですが、完成度の高さには驚かされます。冒頭から非常に美しく、金管も必要以上に強奏されることがありません。もっとも録音がホールトーン的な柔らかい音なのでそう感じるのかもしれません。第2楽章はあっさりとした感じで、弦も木管も素朴な歌いまわしはなかなかです。第3楽章後半も大げさでない盛り上がりに不満は有りません。但し全体的にはサラステにしてはやや平凡に感じられるかもしれません。

41xtezfhf2bl__ss500_ オスモ・ヴァンスカ指揮ラハティ響(1996年録音/BIS盤) この演奏もヴァンスカらしく、ピアノとフォルテとの対比の明確なのはセーゲルスタム以上です。彼はよくピアノの音を弱く弾かせ過ぎて旋律が痩せて聞こえることが有りますが、この演奏では気になりません。金管の強奏やティンパニの強打もぎりぎりで踏みとどまっていて逆に効果的です。第2楽章は遅いテンポで弾き方がいじらしいほどであり、瞑想を深く感じさせて素晴らしい出来栄えです。第3楽章も非常に壮大で後半の盛り上がりは実に感動的です。

以上はいずれもシベリウス演奏として優れているので、どれを聴いても満足してしまいますが、今回改めて聴きなおして最も気に入ったのはオスモ・ヴァンスカ/ラハティ盤でした。

この曲は昔から大好きで、その他にも色々と演奏を聴いて来ましたので一通り触れてみたいと思います。ただ面白いことに上記は全てフィン指揮者とフィンオケの演奏です。それ以外の演奏にはフィン+フィンの組み合わせは一つとして有りません。ここまではっきりするとは我ながら興味深い結果です。

・シクステン・エールリンク指揮ストックホルム・フィル(1950年代録音/FINLANDIA盤) 隣のスウェーデン出身の指揮者だけあって、この時代の演奏としては良いとは思いますが、いかんせん録音が古めかしいのでシベリウスの透明感のある音を味わおうとするとどうにも無理が有ります。残念ですが録音のハンディを超えてまで聴きたくなるほどではありません。

・アンソニー・コリンズ指揮ロンドン交響楽団(1955年録音/DECCA盤) コリンズといえば私の世代には、ロンドンの廉価LP盤が懐かしいことと思います。当時はシベリウスの全集などもほとんど無かったので、メジャーのデッカが発売したので欧米で結構なセールスになったのではないでしょうか。しかし優れた全集が多く揃う現在となってはどれほどの価値が有るのかは疑問です。アクセントが過剰に強調された表現や金管が騒々しいのは僕としてはご免なのですが、フィンランド演奏家に物足り無さを感じる方にはむしろ良いのかもしれません。

・タウノ・ハンニカイネン指揮シンフォニア・オブ・ロンドン(1960年代録音/EMI盤) フィンランドの指揮者ですが、なにせ名前がイイですよね。ハンニカイネンとは!僕はこのCDを名前買い?したようなものです(笑)。ところが期待に外れてオケが余りに下手でした。ロンドン響ならまだしも、ちょっとシベリウスには無理が有ります。指揮は非常に大らかなものです。この人は第2番の録音も残していますがやはり同じ印象です。

・バルビローリ指揮ハレ管(1966年録音/EMI盤) バルビローリのシベリウスは昔は好きで良く聴いたものなのですが、現在はすっかり聴かなくなりました。オケの非力さも気になりますし、表現も素朴さと雑さが紙一重でしばしば不満に感じてしまいます。金管の強奏も荒くて耳に障ります。ただし2楽章だけは愛情のこもった表情がなかなか好きです。バルビローリ/ハレ管にはこの他にライブ録音も有りますが、EMI盤よりも更に気入らない演奏でした。 

・カラヤン指揮ベルリン・フィル(1965年録音/グラモフォン盤) 元々カラヤンの演奏には好きなものが余り多くはないのですが、この演奏は悪くありません。全般的にシベリウスへの愛情のような気分には欠けますが、なかなか爽やかで端正な演奏には好感が持てます。ただし終結部の金管の咆哮だけはいただけません。どうしてフィンランド以外の演奏家は往々にしてこのようになってしまうのでしょう。

・カラヤン指揮ベルリン・フィル(1976年録音/EMI盤) 旧グラモフォン盤が比較的端正な演奏であったにもかかわらず、何故か新盤では派手なカラベル調の演奏に変わっています。金管の咆哮などは耳を覆いたくなるほどです。カラヤンはかつて「シベリウスの音楽を理解するには北欧の自然を知らなければならない」と言ったらしいですが、結局は終生北欧を知ることは無かったのでしょうね。

・クルト・ザンデルリンク指揮ベルリン交響楽団(1971年録音/DENON盤) 昔、LPで持っていた演奏です。ところが何度聴いてもシベリウスの魅力は感じられませんでした。ドイツに生れてロシアも長かったザンデルリンクにシベリウスは遠い存在なのでしょう。録音は多いですが、所詮はレコード会社のやむない人選だったのではないでしょうか。

・ネーメ・ヤルヴィ指揮エーテボリ響(1982年録音/BIS盤) 父ヤルヴィもシベリウスの交響曲全集を2度録音していますが、これは旧録音の方です。これも1部リーグ昇格に近い演奏だと思います。ただ新録音の方が落ち着いた感じがするようなのでそのうちに聴いてみたいと思っています。

・ブロムシュテット指揮サンフランシスコ響(1989年録音/DECCA盤) この演奏はファンに案外人気が有りますね。確かにとてもアメリカ西海岸のオケの音とは思えないすっきり爽やか清涼な音がしています。やはり北欧出身のブロムシュテットの指揮だからでしょうか。金管や打楽器をかなり鳴らす部分も有りますが、音楽を壊してしまうような踏み外しは全く有りません。3楽章のスケールの大きい壮麗さも見事なものです。1部リーグに昇格させても良いかもしれません。

・パーヴォ・ベルグルンド指揮ヨーロッパ室内管(1996年録音/FINLANDIA盤) ベルグルンドの指揮はもちろん素晴らしいし、録音もEMI盤と違って優秀なのですが、管楽器がどうしてもヘルシンキ・フィルと比べるとシベリウスの吹き込み不足という気がしてしまいます。それとこの曲の演奏にしては小型車が無理して高速を走っているような感じがしてしまいます。この演奏をヘルシンキ盤よりも高く評価する方が居るのは知っていますが、僕は残念ながらそこまでとは思いません。

・サカリ・オラモ指揮バーミンガム市響(2001年録音/ワーナークラシックス盤) 指揮者は良いのかもしれませんがオケの音、とくに金管が無機的で味が無く好みません。ラトルに鍛えられたオケとして有名ですがシベリウスの音を出すのにはフィンランドのオケに到底かないません。

・渡邉暁雄指揮東京都交響楽団(1975年録音/東京FM盤) 日本の誇る歴代でも世界の5指に入るであろうシベリウス指揮者にも触れます。これは東京文化会館でのライブです。指揮はもちろん素晴らしい(はずだ)と思うのですが、オケの管楽器の非力さはいかんともし難いです。生前の生演奏を偲んで聴く楽しみしか有りません。但しアンコールの「トゥオネラの白鳥」のイングリッシュホルンソロを元ロスフィル主席のギャスマンさんが吹いているので、これは素晴らしいです。

・渡邉暁雄指揮日本フィルハーモニー(1981年録音/日本コロムビア盤) 単純比較では都響盤よりもこの日フィル盤のほうがずっと良いと思います。しかし、それでもヘルシンキ・フィルと来日した際の1、4、7番の名演を知る者としてはオケの落差の大きさがかえすがえすも残念でなりません。

まだ聴いていない中では、コリン・デイヴィスをそのうちに聴こうかと思っています。

次回は第6番の予定です。第5番と並んで僕の最も好きな曲です。

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2009年3月28日 (土)

シベリウス 交響曲第4番イ短調op.63 名盤

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シベリウスは交響曲第3番で、それ以前の作品に比べてずっと内省的な音楽に変化させましたが、次の第4番では更に瞑想的で深遠な作品を書き上げました。ひとつにはこの作品に取り掛かっている時にシベリウスは喉に腫瘍が出来てしまい、手術を行いました。そのことが「死」というものを意識させて創作にも影響を与えたと、自身で後述しています。それもあってこの作品は当時のフィンランドの聴衆にとっても、困惑する難解な曲だったのです。確かに馴染みやすい音楽とは言えない為に、かなりのクラシックファンと言えども初めは曲に親しむのに苦労するようです。かくいう僕もやはり馴染むまでには少々時間がかかったのです。しかし指揮者のサラステはこの様に述べています。「第4番はフィンランドのオーケストラと指揮者にとっては理解しやすく、第7番は雰囲気をつかむのに苦労する。」とです。すなわちこの曲はフィンランドの冬の暗く重苦しい自然とも密接に関係しているのです。その自然の厳しさを知っている自国の国民には理解しやすいが、他の国の人間にはなかなか理解し難いということでしょう。前後の作品の3番や5番がどちらかいうと北国の昼間の印象だとすると、4番は凍てつくような冬の澄み渡った夜空もしくは暗い海という印象になるのではないでしょうか。

僕はこのような曲はフィンランド以外の演奏家が本質を表現することはなかなか難しいと思っています。それが実は僕を本場もの以外の演奏から引き離す大きな理由なのです。従って愛聴盤はどうしても自国演奏家のものばかりが揃ってしまいます。

Cci00023b パーヴォ・ベルグルンド指揮フィンランド放送響(1968年録音/FINLANDIA盤) ベルグルンドは交響曲全集を3度録音していますが、その最初の全集の1970年代のボーンマス響盤よりも更に以前の1968年に4番を単独で録音しています。スタイルとしては後年のヘルシンキ・フィル盤と変わらず、過剰なところが全く無い地味な表現です。完成度では若干劣るものの、このとき彼は既にシベリウスの音楽をいかに深く把握していたかが良く解ります。ベルグルンドのレコーディング初期の演奏が聴ける貴重なCDだと思います。

51xbpaqnqql__ss400__5 パーヴォ・ベルグルンド指揮ヘルシンキ・フィル(1986年録音/EMI盤) ベルグルンドの2度目の全集録音からです。さすがにヘルシンキ・フィルだけあって、前述の旧盤よりも更に充実した名演奏です。1楽章や3楽章では弦も管も澄み切った音が本当に美しく、深い詩情に満ち溢れています。また第2楽章のリズムの意味深さや音符の処理の仕方も驚くほど徹底しています。弦楽のイントネーションの緻密さなどは他の演奏家からはちょっと聴くことは出来ません。完成度の高さという点ではやはりトップではないかという気がします。但し80年代のデジタル録音にしてはBISやONDINEと比べてどうも音がパリッとしないのですね。EMIらしいと言えばそれまでなのですけれど。

456 レイフ・セーゲルスタム指揮ヘルシンキ・フィル(2002年録音/ONDINE盤) ベルグルンド盤と同様にさすがはヘルシンキフィルだけあって美しい部分は惚れ惚れするほどに美しい演奏です。また1、3楽章の静寂の表現の深さはことによるとベルグルンド盤以上かもしれません。但しその一方で2、4楽章のリズムの切れ味や緻密さはベルグルンドには一歩及ばない気がします。全体を通しての完成度という点でもベルグルンドが上かな、と思います。ONDINEの録音は非常に優れています。

Cci00023 渡邉暁雄指揮ヘルシンキ・フィル(1982年録音/TDK盤) ヘルシンキフィルとの福岡サンパレスでのライブ録音です。アケさんとヘルシンキ・フィルとのコンビはまるで長年連れ添った手兵楽団のような緊密さが有って実に自然です。オケもライブとは思えないほど優れています。ベルグルンド、セーゲルスタム両盤と比べると演奏には大らかさを感じます。その為にずっとロマン派寄りの音楽に聞こえてくるのです。このあたりは好みの問題も有るでしょうが、これはやはり非常に素晴らしい演奏だと思います。半分フィンランド人の血を引くアケさんがどれほど凄いシベリウス指揮者であったかが良く分かります。TDKの録音も相変わらず優秀です。

249 ユッカ=ペッカ・サラステ指揮フィンランド放送響(1993年録音/FINLANDIA盤) サンクトべテルブルクでのライブ録音です。これはとても良く歌わせた演奏です。ですのでアケさん/ヘルシンキ盤以上にロマンティックに聞こえます。この曲になかなか馴染めないと感じる方には最も向いている演奏ではないかという気がします。かと言って決して深みに欠けている訳では有りません。サラステはシベリウスのシンフォニーの中で4番が最も好きだと述べていますので、これは音楽への愛情がこのような表現にさせているのかもしれません。

369 オスモ・ヴァンスカ指揮ラハティ響(1996年録音/BIS盤) ヴァンスカは他の指揮者に比べて弱音指定部を更に一段小さくするので、時には音が弱すぎて旋律線を損ねてしまう傾向が有ります。この演奏の冒頭も聞こえるか聞こえないか分からないほどに小さな音で始まるのでちょっとイライラしていると、まるで遠い地平線の遙かかなたから音が聞こえてくるように少しづつ大きくなってきます。ここで初めてヴァンスカの意図に納得します。全体的には弱音を多用していますが、ここぞという時には大きくクレッシェンドするので非常に彫りの深い印象になっています。管楽器に依る保持音の生かし方が非常に効果的なのも、管楽器出身のヴァンスカならではです。

さて、以上の演奏はどれもが本当に素晴らしいのですが、それでもあえて個人的な好みで絞るとすればベルグルンド/ヘルシンキ盤、渡邉暁雄/ヘルシンキ盤、サラステ/フィンランド放送盤が僕のベスト3です。

この他では世評の高いベルグルンド4回目の録音であるヨーロッパ室内管盤が決して無視できない演奏なのですが、管楽器がヘルシンキ・フィルに比べて劣ることと、弦楽器の音色がなんとなくウォームなのが気になります。カラヤン/ベルリン・フィル(EMI盤)は余り悪口は言いたくないので(言ってるし!)、シベリウスというよりは映画音楽かムード音楽に聞こえるところが本場物ばかりを聴きすぎた時の口直しに良いかもしれません(ちっとも褒めてないし!)。同じカラヤンでもDGの旧盤のほうがもう少しシベリウスの音楽には近いと思います。バルビローリ/ハレ管はこの曲の演奏に限っては余りにオケのレベルが下手過ぎてとても聴き通すことが出来ません。

次回の予定は第5番です。おそらく僕の最も好きな曲です。

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2009年3月19日 (木)

シベリウス 交響曲第3番ハ長調op.52 名盤

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僕はシベリウスの音楽を毎年春が近づいて来る頃に集中して聴く習慣が有ります。無性に聴きたくなるのです。その理由は恐らく僕がシベリウスの作品の魅力に目覚めたのが、丁度冬が終わりを告げてもうじき春になる時期だったからだと思っています。きっかけになったのは私が社会人になって間もない頃、春スキーに行った帰りにスキーバスに揺られながら携帯オーディオでシベリウスの3番と5番を聴いていました。FM放送から録音したばかりのヘルシンキフィルの来日コンサートです。その日は晴れわたり、明るい日差しに山々の雪が徐々に溶け出していました。その光景とシベリウスの音楽が驚くほどマッチしているように感じたのです。家に帰って調べてみると5番にはシベリウス自身が「春の訪れとともに雪溶けの音に驚いた白鳥が湖から飛び立って自分の頭上を旋回し、光の中に消えていった」そんな風なコメントが付いているとか。なるほどと納得しました。「自然の神秘と生の憂愁」こそがシベリウスの音楽の基本テーマなのです。

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この3番はシベリウスが都会の社交界から離れて、片田舎の湖の近くに小さな家(アイノラ:上の写真)を買って夫人と2人で移り住んだ後に書いた最初の交響曲作品です。よく言われるように、第1番、2番の気宇壮大な曲想とは異なり、小さな規模で極めて内省的な内容の音楽になりました。第1楽章は土俗的で歯切れの良いリズムに、雪に覆われた大地の上を春の訪れを予感させる風が流れていくような爽やかさと喜びを感じます。第2楽章は素朴で美しい民謡風のメロディが静かに流れてゆき、深い瞑想を感じさせます。この楽章は余りの心地の良さに、いつまでも聴いていたくなります。第3楽章は前半の舞曲風の部分を経てから後半はそれにコラール主題が重なり合って高揚していきます。ところがこの曲には第4楽章は無く、これで終わってしまいます。壮大な1、2番に比べるとずっとこじんまりとした室内楽的な作品です。凝縮された構成で表現する「寡黙」と「神秘」。これこそが後期のシベリウス音楽の特徴であるのです。そして僕にとってもこの曲はシベリウスの中でも特に愛すべき曲の一つです。

それでは僕の愛聴盤のご紹介です。毎回同じような演奏家が並んでしまって申し訳ないのですが、第3番以降は益々演奏家を厳しく選ぶ音楽ですので止むを得ません。

423 オッコ・カム指揮ヘルシンキ・フィル(1982年録音/TDK盤) ヘルシンキ・フィル初来日の時の東京厚生年金会館でのライブ録音です。この演奏こそが前述の僕のシベリウス開眼となった記念すべきものなのです。当時のテープを既に駄目にしていた僕が、このCDの発売にどれほど歓喜したかはご想像下さい。今改めて聴きなおしてみても、素朴な美しさと優しさ、そして生命感に満ち溢れた素晴らしい演奏です。合奏は非常に優秀なのに少しも神経質で無いところがこの曲にとても合っていると思います。そのうえ更に私の青春の日々の思いが重なりあって、正に宝物のような存在なのです。TDKの録音も相変わらず優秀です。

51xbpaqnqql__ss400__4 パーヴォ・ベルグルンド指揮ヘルシンキ・フィル(1986年録音/EMI盤) さすがに初演を行った楽団は音楽が楽員の身体に染み付いています。そしてここでも弦楽器も管楽器も澄み切ったハーモニーが非常に美しいです。ベルグルンドの表現もいつもながらに自然でやり過ぎたところが有りませんし、一つ一つの音符が本当に大切に扱われているので本当に安心して聴いていられます。第2楽章の静かなたたずまいと足取りも瞑想を深く感じさせます。第3楽章の自然な盛り上がりも素晴らしく、これでこそシベリウスの音楽が生きるというものです。但しカムと比べてしまうと幾分神経質な分、好みが分かれるかもしれません。

668 レイフ・セーゲルスタム指揮ヘルシンキ・フィル(2002年録音/ONDINE盤) ヘルシンキ・フィルの奏でるシベリウス演奏はどれも素晴らしく、このセーゲルスタム盤もまた魅力的です。ところどころでベルグルンド盤よりも更に美しいかなと感じる部分が有りますが、ひとつはこのCDは録音が非常に優秀なのでそう感じてしまうのかもしれません。但し第2楽章の瞑想はベルグルンドのほうが深いような気がします。第3楽章の盛り上がりについては全く文句が有りません。

36133027_1 ユッカ=ペッカ・サラステ指揮フィンランド放送響(1993年録音/FINLANDIA盤) これもサンクトべテルブルクライブでのライブ録音です。冒頭から早めのテンポでさっそうと始まり、リズミカルな心地よさが悪くありません。金管も強奏されティンパニも強打されますが不思議と素朴な曲想を損ねているようには感じません。第2楽章も早めのテンポなのですが違和感は無く、木管の素朴な歌い回しが魅力的です。弦も民謡風の雰囲気が良く出ていてとても好ましく思います。第3楽章は後半のコラールが重なり合ってくるところからも少しも大げさでない自然な高揚感を見せていてとても気に入っています。

643 オスモ・ヴァンスカ指揮ラハティ響(1996年録音/BIS盤) この演奏もいかにもヴァンスカらしく非常に細部にまでこだわりを見せている演奏です。ピアノとフォルテとの対比はセーゲルスタム以上です。第1楽章は遅めのテンポで非常に小さな音で始まりますが、少々弱すぎてしまい旋律が痩せて聞こえます。その反面ティンパニをかなり強打させるなど、どうも曲想の素朴さが失われているように感じます。第2楽章はとても遅いテンポで瞑想を深く感じさせますのでこれは秀逸です。第3楽章は前半、後半ともに非常に彫りが深くこの曲の魅力がかつて無いほど新鮮に感じられます。特に後半の壮大な盛り上がりは驚くほどです。この演奏で聴くと3番も決してこじんまりとした曲ではなく1、2番のようなスケールの大きな曲に聞こえます。

以上のCDはいずれも大変素晴らしく、これほどの高次元になると正直言って優劣をつけるのは至難の業です。あくまでも僕の好みとお断りした上で選びますと、カム/ヘルシンキ・フィルがベスト。2番目がベルグルンド/ヘルシンキ・フィル。3番目にサラステ/フィンランド放送響。以上がベスト3というところです。しかし残りの二つも全くの僅差、特にユニークなヴァンスカには捨てがたい良さが有ります。

さて、次回は第4番です。いよいよシベリウスの深遠の世界に入って行きます。

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2009年3月14日 (土)

シベリウス 交響曲第2番ニ長調op.43 名盤

シベリウスの交響曲の中で最も親しみやすく分かり易い曲です。ところが、それが逆にアダになってシベリウス・フリークの間では一段低い評価になっているのかもしれません。確かに後期のあの何処までも深遠な曲想と比べてしまえば音楽に深みが欠けるのは事実です。それでも第1楽章導入部の弦によるスタッカート・スラーの伴奏形からしてとてもユニークですし、中間部の劇的な盛り上がりも感動的です。また第2楽章の暗く荒涼たる雰囲気の味わいや、第3楽章から第4楽章への移行の見事さなど、シベリウスならではの独創性、斬新さが見られて、やはり魅力的な曲だと思います。

僕が高校生の時に最初に手にしたこの曲のLPレコード(CDでは有りません)は、セルゲイ・クーセヴィツキー指揮ボストン響のモノラル盤でした。何故それを選んだのかは憶えていませんが、余り曲の魅力を表わしている様には感じられませんでした。次に買ったのはバルビローリ指揮ハレ管のものです。これにはとても感動しました。適度の荒々しさと豊かな歌心が気に入ったのです。70年代当時のシベリウス演奏と言えばカラヤンを聴かなければ、やはりバルビローリだったのでは無いでしょうか。しかし80年代後半から次々と登場した自国フィンランドや北欧の優れた演奏家たちの録音の前ではそれ以前の演奏達はすっかり色あせてしまった感が有ります。

僕が体験した生での名演と言えばネーメ・ヤルヴィ指揮エーテボリ交響楽団の日本公演です。これはとにかく音色自体が驚きでした。どこの国の楽団とも違う暗くくすんだ音色はロシアともドイツとも全然異なりました。なにか北海の荒波に飲み込まれるようなスケールの大きさとも相俟って、非常に感動的でした。それ以前にBISに残されたこのコンビのCDで聴く音色とも全く違いました。速すぎるテンポでせわしないBIS盤とは比較にならない名演奏だったのです。その後のグラモフォンへ録音した新盤も、あの魅力的な響きを充分再現しているとは言い難いのですが、ずっと落ち着いたテンポによる名演奏だと思います。

さて、それでは僕の愛聴盤についてご紹介します。

51xbpaqnqql__ss400__3 パーヴォ・ベルグルンド指揮ヘルシンキ・フィル(1986年録音/EMI盤) ベルグルンド/ヘルシンキ・フィルのシベリウスはどれもが最も安心して聴ける正に「リファレンス」と言っても良い演奏なのですが、この第2番には必ずしも満足していません。理由のひとつは1楽章のテンポが速過ぎるのです。確かに楽譜の速度指定からすればこのテンポは正しいのですが、ヤルヴィのBIS盤と同じで個人的にはもう少しじっくり落ち着きを持った歩みの演奏の方が好きなのです。それにベルグルンドにしては珍しく金管楽器に繊細さが不足するのが気になります。

763 レイフ・セーゲルスタム指揮ヘルシンキ・フィル(2002年録音/ONDINE盤) 非常に素晴らしい演奏です。第1番では少々荒々しさが過ぎてしまい、個人的にはいまひとつだと思ったのですが、この曲ではそのようなことは有りません。早過ぎないテンポは理想的であり、スケールもとても大きいのですが、ヘルシンキ・フィルはここではベルグルンド盤よりもずっと繊細で美しい音を出しています。透明度の高い叙情感が何とも言えず魅力的なのです。ONDINEの録音も非常に優秀です。

Sicci00019 オッコ・カム指揮ヘルシンキ・フィル(1982年録音/TDK盤) ヘルシンキ・フィル初来日の時の大阪フェスティヴァルホールでのライブ録音です。ここでもTDKの録音は非常に優秀です。第2番はオッコ・カムが振りました。カムは結構ロマン的な資質を持っていますので、ゆったりとしたテンポでこの曲の叙情を歌い上げます。それでも他の国の演奏家のようにシベリウスの音楽から離れて行ってしまうようなことは有りません。大げささが全く無いのに非常に感動的です。ライブでこれほど完成度の高い演奏を行えるヘルシンキPOの実力にも本当に感心します。このCDではアンコールの非常に感動的な「フィンランディア」が聴けるのも嬉しいです。今日久しぶりにこのフィンランディアを聴いてちょっと泣けてきました。

253 ユッカ=ペッカ・サラステ指揮フィンランド放送響(1993年録音/FINLANDIA盤) これもサンクトべテルブルクでの全曲ライブ録音の一つです。これももちろん悪い演奏では無いのですが、録音がこもり気味なのが残念です。これなら同じライブ録音でもTDKのほうがむしろ優れていると思います(流石は世界のTDK!)。早過ぎないテンポには好感が持てますが、演奏全体に彫りの深さ不足を感じ無いでもありません。もっともそれは非常にハイレベルでの比較であって、凡百の演奏に比べれば遥かに素晴らしいと思います。フィナーレの壮大な盛り上がりも充分に感動的です。

643 オスモ・ヴァンスカ指揮ラハティ響(1996年録音/BIS盤) ヴァンスカは結構表現意欲のある人で、それがハマった時には絶大な魅力になります。管楽器の豊かなニュアンスはいつも通りですし、細部に非常にこだわった演奏をしています。ところが正直に言って少々こだわり過ぎで逆に素朴感を損ねている感が無きにしもあらずなのです。オケの音色の素朴感と不釣合いのようにも思えます。このあたりの好悪は非常に紙一重で、人によってはこれが良いと言う人も多いと思います。かくいう僕自身も惹かれる部分とわずらわしさを感じる部分とが拮抗しているのです。

ということで、第2番に関して僕の最も好きな演奏はセーゲルスタム/ヘルシンキ・フィル盤とオッコ・カム/ヘルシンキ・フィル盤の二つです。次点としてはヴァンスカ/ラハティ響盤を挙げたいと思います。

次回は順番で第3番です。

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2009年3月 8日 (日)

シベリウス 交響曲第1番ホ短調op.39 名盤

よくシベリウスの交響曲は3番あるいは4番以降の作品が良くて、1番、2番は不出来などという意見が多く見られます。果たして本当でしょうか?もちろん後期の作品が充実していることに疑いの余地は有りません。けれどもその論法から言ったら、ベートーベンは3番以降が価値が有り、1番、2番には価値が無いと言う様なものです。ベートーヴェン好きな人が果たしてそのような言い方をするものでしょうか?愛好家、ファンを自認する人というのは、例え少々未熟な面を残してはいても、若書きの魅力というものを初期の作品から感じとるものでは無いでしょうか。世の音楽評論家の中にさえも、「シベリウスは大好きだ」と言っていながら、一方で第2番を「駄作」「不要」などと決め付けるような人が居ますが、そんな人の言葉を僕は信用したくありません。

さて、それはさておき、この第1交響曲はシベリウス33歳の作品です。作品番号からも分かるように彼はそれまでに交響詩などの幾つもの管弦楽作品を作曲した上で、満を持してこの交響曲第1番を手がけました。従って既に自分の音楽というものを確かなものにしています。よく「ロシア音楽の影響を受けている」とも言われますが、僕は正直余り感じません。大体、作品7の「クレルヴォ」で既に自国フィンランドの民族的な音楽書法を生かした大作を書き上げた人が、当時ロシアの統治化にあって国民運動が沸き起こっていた時代にわざわざロシア音楽に影響された曲などを作ろうと思うでしょうか。「ロシア的な」演奏を聴きなれた人が勝手にそのように思い込んでいるだけだと思います。むしろ金管をとても息長く吹かせたり長い保持音が頻繁に現れるあたりはブルックナーの影響をよほど感じます。

この曲は第1楽章の冒頭、クラリネットの音がまるで深い森の中から聞こえてくるように神秘的に始まります。その後も息の長い旋律が実に感動的です。第2楽章は北欧のロマンとでも言いたい静寂の調べに魅惑されます。第3楽章は原始的な舞曲のようですがこれも楽しいものです。そして終楽章では北国の厳しさ荒々しさを経た上で再び息の長い旋律を感動的に歌い上げて曲を閉じます。僕はこの曲がとても好きです。チャイコフスキーの1番も大好きですが、負けないぐらいに好きです。それでは愛聴盤を順番に聴いていきましょう。

51xbpaqnqql__ss400__2 パーヴォ・ベルグルンド指揮ヘルシンキ・フィル(1986年録音/EMI盤) ヘルシンキ・フィルはシベリウスの交響曲の1番から6番までを初演しました。だからという訳では無いですが、音楽が楽員の身体に染み付いているのです。それを3度も全集録音をやろうという指揮者が振れば悪いはずが有りません。表現は自然でやり過ぎたところが皆無です。音符の一つ一つが正にかくあるべしというように感じるのです。人によっては1番の演奏としては物足りなく思うかもしれません。ですがそれが本来のシベリウスなのだと思います。とにかく弦も管も澄み切ったハーモニーが実に美しく、これはちょっと他のオケでは真似が出来ないと思います。

026 レイフ・セーゲルスタム指揮ヘルシンキ・フィル(2002年録音/ONDINE盤) ベルグルンドに比べるとかなりダイナミックな表現です。ある意味「伝統的なロシア風」な演奏に近いのかもしれません。それでも本物のロシアの楽団に比べればずっと節度を持った表現ですのでぎりぎりの所で踏みとどまっています。その危うさが魅力かもしれません。それに流石はヘルシンキ・フィルで美しい部分はとことん美しいです。後半楽章のスケールも大きく、1番の演奏としてはベルグルンドよりもセーゲルスタムを好む人はきっと多いと思います。録音も優秀です。

Cci00021m渡邉暁雄指揮ヘルシンキ・フィル(1982年録音/TDK盤) ヘルシンキ・フィル初来日の時の福岡サンパレスでのライブ録音ですが、流石はTDKで非常に優秀な録音です。ベルグルンドのEMI盤あたりと比べても余り差を感じません。それより何よりも演奏の素晴らしさに感激します。アケさん(渡邉暁雄はそのように親しみを込めて呼ばれていました)はこれ以前にも既に8回くらいこのオケを振ったことが有ったそうです。このCDの余白にはこの時のリハーサルの録音が収録されていますが、フィンランド語で楽員に細かく指示するアケさんへの尊敬の念はかなりのものだったそうです。この時この楽団のクラリネット奏者であったオスモ・ヴァンスカは後年そのように述べています。ゆったりと優しさに溢れた演奏ですが、とりわけ第1楽章と終楽章の息の長い旋律がこれほど感動的な演奏は他に知りません。

249 ユッカ=ペッカ・サラステ指揮フィンランド放送響(1993年録音/FINLANDIA盤) ライブ録音なので始めのうちは演奏が何となくパリッとしないのと、録音が幾分こもり気味なのが欠点ですが、聴き進むうちに感興がどんどん高まってきて思わず引き込まれます。特に終楽章は感動的で、アケさんと並ぶ程です。余計なことですが、この演奏を聴かされたサンクトべテルブルクの聴衆は果たしてこの演奏の真価を理解してくれたでしょうか。

369 オスモ・ヴァンスカ指揮ラハティ響(1996年録音/BIS盤) この演奏もシベリウスとしてはセーゲルスタム以上にダイナミックな表現です。音の素朴さではヘルシンキフィル以上ですが、時折木管楽器がしみじみと吹くのが大変に魅力的なのはやはりヴァンスカが木管奏者だったからなのでしょう。全体的に非常にロマンティックで表情豊かに細部にこだわりを見せるのはヴァンスカならではです。荒々しい部分ではかなり徹底していますが、やはり紙一重で行き過ぎた踏み外しをしない(多少している?)のもさすがです。

以上はどれも好きなのですが、特に僕が個人的に好んでいるのは、最も優しさを感じて感動的な渡辺暁雄/ヘルシンキ・フィルのTDK盤とダイナミックで表情の豊かなヴァンスカ/ラハティのBIS盤です。

この他の1番の演奏では、LP時代に聴いたロジェストヴェンスキー/モスクワ放送響はロシア的でワイルド、繊細さの無い演奏だったので好みではありませんでした。CDでは上記以外でネーメ・ヤルヴィ/エーテボリ響が結構気に入った演奏でした。サカリ・オラモ/バーミンガム響は響きが無機的に聞こえる所が多くて余り好きでは有りません。バルビローリ/ハレ管は決して嫌いでは無いのですが、北欧の空気感がいまひとつなのとEMIのリマスターが高音が強調されていて聴き辛かったです。エールリンク/ストックホルム・フィルなんてのも有りましたが録音も古いしほとんど印象に残っていません。最後に渡辺暁雄が日本フィルを振った演奏の方はオケが非力過ぎて通常の鑑賞には向いていません。

この他に皆さんがお気に入りの演奏が有ればぜひ教えて頂きたいと思います。次回は順番で第2番です。

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