交響曲第5番はシベリウスが50歳になった年(1915年)に、その祝賀演奏会で初演された曲です。自分自身の為のバースデー・シンフォニーですね。シベリウスがこの曲を初めからこの式典の為に書き始めたのかどうかはわかりませんが、彼としては第2番以降で最も明るい印象の曲になっています。これがもしも第4番では、ちょっとハッピー・バースデーの雰囲気では無くなりますからねぇ。(苦笑) 演奏会は大成功だったのですが、彼自身は曲の出来栄えには充分満足をしてはいなかったようで、後から2度も書き直しをしています。初演版は現在では滅多に演奏されません。通常は1919年の最終版で演奏されています。
この曲は、非常に美しい曲想を持った自然賛歌です。北欧の澄み渡った青空の元での清涼な空気を感じます。そういう点では7曲の中でも最右翼ではないでしょうか。季節としては、冬の終わりから春が訪れようとする頃ですね。事実、シベリウス自身がこの曲へ残したコメントが有ります。
「日はくすみ冷たい。しかし春はだんだん近づいてくる。今日は16羽の白鳥を見ることができた。神よ何という美しさか。白鳥は私の頭上を長いこと旋回して、くすんだ太陽の光の中に消えて行った。自然の神秘と生の憂愁、これが第5交響曲のテーマなのだ。」
この言葉がこの曲の全てを語リ尽くしていると思います。
初演版は、現在オスモ・ヴァンスカのCDで聴くことができます。1919年版と比較すると、確かに所々で散漫で無駄に感じる部分が有ると思います。しかし、もしもシベリウスが書き直しを行っていなかったとしても、これはこれで魅力的な作品には違いありません。しかし書き直しにより、曲構成も3楽章と4楽章を一つにしてしまいましたし、ずっと簡潔な傑作に仕上がりました。僕は、ある演奏家の全集を購入しようかどうか迷った時には、大抵は5番をまず聴いてみます。この曲は、オーケストラ自体の音を感じさせない自然音のような響きが理想的です。ところが美しく演奏するのが本当に難しい曲だと思います。その点ではブルックナー演奏に共通しています。従って、この曲の演奏が良ければ他の曲を聴いてもまず大丈夫です。
それでは僕の愛聴盤についてご紹介してみたいと思います。
ヨルマ・パヌラ指揮ヘルシンキ・フィル(1968年FINLANDIA盤) この人はベルグルンドと同じ世代ですが、そのベルグルンドの前のヘルシンキ・フィルの常任指揮者です。名前があまり有名でないのはCDの数が極端に少ないことと演奏活動よりもアカデミーの教授としてより多くの時間を過ごしたからです。事実門下生にはサロネン、オラモ、サラステ、ヴァンスカとそうそうたる名前が並んでいます。この人が60年代にヘルシンキフィルと5番の録音を残してくれたのは幸運でした。オーケストラの実力はベルグルンドの80年代にはまだ及びませんが、透明で清涼感溢れる音色というものは既に確立されています。フィンランドのシベリウス演奏の基礎は更に歴史を遡ると思いますが、パヌラが後輩達に与えた影響が大きいことは明らかだと思います。
オッコ・カム指揮ヘルシンキ・フィル(1982年録音/TDK盤) ヘルシンキ・フィル初来日の時のライブ録音です。この時の第3番と5番の演奏で僕はシベリウスに開眼しました。ライブでありながら完成度が非常に高いのはオケの実力が格段に上がったからだと思います。カムの好きなところはベルグルンドやセーゲルスタムに比べて神経質さが無く素朴に感じられるところとロマンティックな感覚が強いところです。ですので2楽章の美しさなどは際立ちます。3楽章後半もこけおどしでない高揚感が素晴らしく非常に感動的に終わります。TDKの録音も相変わらず優秀です。
パーヴォ・ベルグルンド指揮ヘルシンキ・フィル(1986年録音/EMI盤) 僕が演奏のリファレンスとしているのはこの演奏です。それは最も過不足が無く、それでいて曲の素晴らしさをとことん感じさせてくれるからです。第1楽章冒頭からしてホルンの保持音に続く木管の受け渡しにほれぼれしますし、こけおどしでない壮麗さも実に素晴らしいです。第2楽章の静かな足取りで深く瞑想を感じさるのも見事です。第3楽章の自然な盛り上がりも素晴らしいですが、何より全体に弦楽器と管楽器の透明感の有るハーモニーが本当に美しいです。これでこそシベリウスの音楽が生きるというものです。但し録音がONDINEやBISと比べてパリッとしないのがやや不満です。
レイフ・セーゲルスタム指揮ヘルシンキ・フィル(2002年録音/ONDINE盤) セーゲルスタム盤もやはり非常に素晴らしい演奏です。スケールの大きさという点ではベルグルンドに勝ります。曲によっては時に荒々しさが過ぎると感じてしまうことのあるセーゲルスタムですが、この5番ではそのような事がありません。第2楽章の美しさや逍遙しながらの瞑想の深さも充分です。第3楽章の壮麗な盛り上がりも大変見事ですが、決して騒々しくは成りません。それはシベリウス演奏の基本中の基本なのです。ONDINEの録音も透明感が有って最高です。
ユッカ=ペッカ・サラステ指揮フィンランド放送響(1993年録音/FINLANDIA盤) これもサンクトべテルブルクでのライブ録音なのですが、完成度の高さには驚かされます。冒頭から非常に美しく、金管も必要以上に強奏されることがありません。もっとも録音がホールトーン的な柔らかい音なのでそう感じるのかもしれません。第2楽章はあっさりとした感じで、弦も木管も素朴な歌いまわしはなかなかです。第3楽章後半も大げさでない盛り上がりに不満は有りません。但し全体的にはサラステにしてはやや平凡に感じられるかもしれません。
オスモ・ヴァンスカ指揮ラハティ響(1996年録音/BIS盤) この演奏もヴァンスカらしく、ピアノとフォルテとの対比の明確なのはセーゲルスタム以上です。彼はよくピアノの音を弱く弾かせ過ぎて旋律が痩せて聞こえることが有りますが、この演奏では気になりません。金管の強奏やティンパニの強打もぎりぎりで踏みとどまっていて逆に効果的です。第2楽章は遅いテンポで弾き方がいじらしいほどであり、瞑想を深く感じさせて素晴らしい出来栄えです。第3楽章も非常に壮大で後半の盛り上がりは実に感動的です。
以上はいずれもシベリウス演奏として優れているので、どれを聴いても満足してしまいますが、今回改めて聴きなおして最も気に入ったのはオスモ・ヴァンスカ/ラハティ盤でした。
この曲は昔から大好きで、その他にも色々と演奏を聴いて来ましたので一通り触れてみたいと思います。ただ面白いことに上記は全てフィン指揮者とフィンオケの演奏です。それ以外の演奏にはフィン+フィンの組み合わせは一つとして有りません。ここまではっきりするとは我ながら興味深い結果です。
・シクステン・エールリンク指揮ストックホルム・フィル(1950年代録音/FINLANDIA盤) 隣のスウェーデン出身の指揮者だけあって、この時代の演奏としては良いとは思いますが、いかんせん録音が古めかしいのでシベリウスの透明感のある音を味わおうとするとどうにも無理が有ります。残念ですが録音のハンディを超えてまで聴きたくなるほどではありません。
・アンソニー・コリンズ指揮ロンドン交響楽団(1955年録音/DECCA盤) コリンズといえば私の世代には、ロンドンの廉価LP盤が懐かしいことと思います。当時はシベリウスの全集などもほとんど無かったので、メジャーのデッカが発売したので欧米で結構なセールスになったのではないでしょうか。しかし優れた全集が多く揃う現在となってはどれほどの価値が有るのかは疑問です。アクセントが過剰に強調された表現や金管が騒々しいのは僕としてはご免なのですが、フィンランド演奏家に物足り無さを感じる方にはむしろ良いのかもしれません。
・タウノ・ハンニカイネン指揮シンフォニア・オブ・ロンドン(1960年代録音/EMI盤) フィンランドの指揮者ですが、なにせ名前がイイですよね。ハンニカイネンとは!僕はこのCDを名前買い?したようなものです(笑)。ところが期待に外れてオケが余りに下手でした。ロンドン響ならまだしも、ちょっとシベリウスには無理が有ります。指揮は非常に大らかなものです。この人は第2番の録音も残していますがやはり同じ印象です。
・バルビローリ指揮ハレ管(1966年録音/EMI盤) バルビローリのシベリウスは昔は好きで良く聴いたものなのですが、現在はすっかり聴かなくなりました。オケの非力さも気になりますし、表現も素朴さと雑さが紙一重でしばしば不満に感じてしまいます。金管の強奏も荒くて耳に障ります。ただし2楽章だけは愛情のこもった表情がなかなか好きです。バルビローリ/ハレ管にはこの他にライブ録音も有りますが、EMI盤よりも更に気入らない演奏でした。
・カラヤン指揮ベルリン・フィル(1965年録音/グラモフォン盤) 元々カラヤンの演奏には好きなものが余り多くはないのですが、この演奏は悪くありません。全般的にシベリウスへの愛情のような気分には欠けますが、なかなか爽やかで端正な演奏には好感が持てます。ただし終結部の金管の咆哮だけはいただけません。どうしてフィンランド以外の演奏家は往々にしてこのようになってしまうのでしょう。
・カラヤン指揮ベルリン・フィル(1976年録音/EMI盤) 旧グラモフォン盤が比較的端正な演奏であったにもかかわらず、何故か新盤では派手なカラベル調の演奏に変わっています。金管の咆哮などは耳を覆いたくなるほどです。カラヤンはかつて「シベリウスの音楽を理解するには北欧の自然を知らなければならない」と言ったらしいですが、結局は終生北欧を知ることは無かったのでしょうね。
・クルト・ザンデルリンク指揮ベルリン交響楽団(1971年録音/DENON盤) 昔、LPで持っていた演奏です。ところが何度聴いてもシベリウスの魅力は感じられませんでした。ドイツに生れてロシアも長かったザンデルリンクにシベリウスは遠い存在なのでしょう。録音は多いですが、所詮はレコード会社のやむない人選だったのではないでしょうか。
・ネーメ・ヤルヴィ指揮エーテボリ響(1982年録音/BIS盤) 父ヤルヴィもシベリウスの交響曲全集を2度録音していますが、これは旧録音の方です。これも1部リーグ昇格に近い演奏だと思います。ただ新録音の方が落ち着いた感じがするようなのでそのうちに聴いてみたいと思っています。
・ブロムシュテット指揮サンフランシスコ響(1989年録音/DECCA盤) この演奏はファンに案外人気が有りますね。確かにとてもアメリカ西海岸のオケの音とは思えないすっきり爽やか清涼な音がしています。やはり北欧出身のブロムシュテットの指揮だからでしょうか。金管や打楽器をかなり鳴らす部分も有りますが、音楽を壊してしまうような踏み外しは全く有りません。3楽章のスケールの大きい壮麗さも見事なものです。1部リーグに昇格させても良いかもしれません。
・パーヴォ・ベルグルンド指揮ヨーロッパ室内管(1996年録音/FINLANDIA盤) ベルグルンドの指揮はもちろん素晴らしいし、録音もEMI盤と違って優秀なのですが、管楽器がどうしてもヘルシンキ・フィルと比べるとシベリウスの吹き込み不足という気がしてしまいます。それとこの曲の演奏にしては小型車が無理して高速を走っているような感じがしてしまいます。この演奏をヘルシンキ盤よりも高く評価する方が居るのは知っていますが、僕は残念ながらそこまでとは思いません。
・サカリ・オラモ指揮バーミンガム市響(2001年録音/ワーナークラシックス盤) 指揮者は良いのかもしれませんがオケの音、とくに金管が無機的で味が無く好みません。ラトルに鍛えられたオケとして有名ですがシベリウスの音を出すのにはフィンランドのオケに到底かないません。
・渡邉暁雄指揮東京都交響楽団(1975年録音/東京FM盤) 日本の誇る歴代でも世界の5指に入るであろうシベリウス指揮者にも触れます。これは東京文化会館でのライブです。指揮はもちろん素晴らしい(はずだ)と思うのですが、オケの管楽器の非力さはいかんともし難いです。生前の生演奏を偲んで聴く楽しみしか有りません。但しアンコールの「トゥオネラの白鳥」のイングリッシュホルンソロを元ロスフィル主席のギャスマンさんが吹いているので、これは素晴らしいです。
・渡邉暁雄指揮日本フィルハーモニー(1981年録音/日本コロムビア盤) 単純比較では都響盤よりもこの日フィル盤のほうがずっと良いと思います。しかし、それでもヘルシンキ・フィルと来日した際の1、4、7番の名演を知る者としてはオケの落差の大きさがかえすがえすも残念でなりません。
まだ聴いていない中では、コリン・デイヴィスをそのうちに聴こうかと思っています。
次回は第6番の予定です。第5番と並んで僕の最も好きな曲です。
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