シベリウス&北欧音楽

~ぶらり北欧の旅~ グリーグ 劇音楽「ペールギュント」第1、2組曲

Lrg_10084559 ノルウェーを放浪中のフーテンのハルくんですが、好きな芝居を見たさにとある町の劇場に立ち寄りました。出し物は有名な「ペールギュント」です。この劇音楽は誰でも知っているほど有名ですね。私が中学校の頃には音楽授業の鑑賞曲でしたし、「朝」という曲はいたるところでBGMに使用されています。でもこの話の内容は結構支離滅裂なのですよ。というよりも主人公のペール・ギュントはとんでもない男なのです。話の内容を引用してみますと・・・・

落ちぶれた豪農の息子ペール・ギュントは母親と暮らす夢ばかり見ている男。かつての恋人イングリッドを結婚式から奪取して逃亡する(まるで「卒業」だね。)ところがじきにイングリッドに飽きて捨ててしまう。それからまた他の娘と婚礼寸前までゆくが逃げ出してしまう。さらに純情娘ソルヴェイグと恋に落ちるが彼女をおいてまた放浪の旅に出てしまう。山師になって金をもうけては無一文になったり、精神病院に入って皇帝になった気になってみたりするが、結局は年老いて帰郷する。ペールが死を意識して歩いていると、あるボタン職人に出会う。このボタン職人というのは実は、死んで天国に行くような善人でもなく、地獄に行くような悪人でもない「中庸」の人をボタンに溶かしこむのが仕事の職人だった。それを知ったペールはボタンには成りたがらず、自分は善悪を問わず中庸では無かったことを証明してもらおうと駈けずりまわる。ところが誰もそれを証明してはくれない。けれども最後の証人として会ったソルヴェイグは彼に子守唄を歌い、それを聞きながらペールは永眠する。

と、ざっとこんな話です。もしも最後に寅さんが彼に会ったら何と言うでしょうね。「そうかい、そうかい。おっちゃんは随分苦労してきたんだねえ。でも安心しな。おてんとうさんはみんな分かっていなさるよ。」こんな優しい言葉をかけてあげるのではないでしょうか。

さてこの音楽を聴くのに素晴らしい演奏が有るのでご紹介します。

41b20vy3vyl__ss500_ アリ・ラシライネン指揮ノルウェー放送管(1996年録音/ワーナーミュージック盤) 有名曲だけに昔から多くの指揮者が大オーケストラと録音していますが、それらはまずほとんどが大げさで派手な演奏です。その点、この自国ノルウェーの演奏家はアプローチが一味違います。「朝」のなんという爽やかさでしょう。空気感が全然違うのです。カラヤン/ベルリンフィルだと「朝だぞ~!日の出を拝みにさっさと出て来い~!」という感じなのですが、ラシライネンだと静かに優しく声をかけられて気持ちよく目が覚めてゆく感じなのですよ。「オーゼの死」もたいていはぶ厚い弦楽群がこれでもかと大げさに歌い上げますよね。ラシライネンはそうではなく、静かにしかし心を込めて歌います。なので悲しみの深さが余計感じられるのです。「アニトラの踊り」はうって変わってセンス抜群ですし、「山の魔王の宮殿で」は決してこけおどしでない迫力が最高です。終曲の「ソルヴェイグの歌」は淡々と慈しみに満ちていて、死に行くペールの心を慰めます。

どうぞ「こんな中学校の鑑賞曲など今更聴かないさ」とおっしゃられる人にこそこの演奏を聴いて頂きたいと思います。たまたま一度お会いしたことも有る音楽評論家の許光俊さんが「クラシック名盤バトル」の中でこのCDを取り上げているのを見たときにはわが意を得たりでした。あの先生は結構きわものを推薦することが多いですが、これぞという推薦盤もあるので注目はしています。

それにしてもとうとう発生した新型インフルエンザ。トンだことになりました。安心して世界を旅行出来なくなってしまいますよね。旅好きのフーテンのハルくんはこのまま旅を続けるのでしょうか。

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~ぶらり北欧の旅~ グリーグ ピアノ協奏曲イ短調Op.16

1166758524 ここしばらくシベリウスの音楽ばかりを聴いていましたので、フィンランドの自然をすっかり満喫した気分になりました。せっかくの美しい北欧の旅ですので、ここはこのままぶらぶらと旅を続けようかと思います。北の海沿いをぐるりと回ってお隣のノルウェーにでも流れて行ってみようかなぁ。さしずめフーテンのハルくんの気ままな一人旅です。

ノルウェーといえば世界に冠たる水産国。私の好きな鯖が美味しいのですよ。日本の近海ものは乱獲がたたって小ぶりの脂の少ない鯖が多いのですが、ノルウェーは漁船ごとに年間の捕獲量が厳しく決められているので乱獲をせずに魚がすっかり成長するまでは獲らないのだそうです。それを最新鋭の漁船で一瞬にして冷凍にしてしまうのです。なので鮮度が失われません。安くて美味しい鯖がこうして日本の食卓に届くわけです。私はシンプルに塩焼きに大根おろしが一番好きです。味噌煮も美味しいですけどね。

さて魚の話はここまでにして、音楽の話に行きましょう。ノルウェーと言えばやっぱりグリーグですよねぇ。グリーグのピアノ協奏曲はイントロがとても印象的。「チャン!チャチャチャン。チャチャチャン、チャチャチャン、チャチャチャ~ン♪」というあれです。(って知らない人がわかるかよー。)子供の頃に毎日ラジオで「ルーテルアワー」という番組を聞いていましたが、その始まりの音楽でしたので良く耳にしました。実際の曲はそのあとに続く木管の調べがなんとも哀愁が漂って美しいです。そしていよいよピアノが登場して静かに優しく木管の旋律をなぞって行くのです。だんだんにテンポアップはしますが曲の瑞々しさはそのままで、やはり北欧の自然を連想させてくれます。第2楽章アダージョがまたすこぶる美しいですね。とっても心を癒される音楽です。第3楽章アレグロモデラートはリズミカルですが少しも賑やかに成り過ぎずに楽しませてくれます。

この曲は素晴らしい名曲だと思うのですが、実はヴィルトゥオーゾタイプの有名ピアニストが弾くとなんとなく大げさになってしまうことが多いようです。この曲はそんな大げさな曲ではないと思うのですよ。私にとってはノルウェーの港の近くの丘の上に可愛く咲いている花がひっそりと港を見下ろしているような印象なんです。ですので私の好きなCDは比較的地味な演奏のものが多いのです。ではご紹介させて頂きますね。

Cci00026b エヴァ・クナルダール(Pf)、インゲブレッセン指揮ロイヤルフィル(1978年録音/BIS盤) 僕が一番気に入っているのはノルウェーに生れて子供のときに米国に渡り、35歳になって再びノルウェーに戻ったクナルダールという女流ピアニストの演奏です。 写真をご覧になって頂ければ、およそヴィジュアル路線からはかけはなれたプレイヤーだということがお分りになることでしょう。(笑) でもね、演奏が本当に素晴らしいのですよ。正直テクニックは大したこと無いのですが、曲をゆったりと本当に心から慈しむように弾いているのです。 Cci00027_2このような演奏はこれまで決して耳にしたことが有りません。 同じノルウェー人のインゲブレッセンの指揮する伴奏も素晴らしいです。同郷ならではの共感と味わいに満ち溢れています。ですのでこのCDは過去の好きな演奏を全て忘れてしまうほどなのです。但し繰り返しますがテクニックを気にされる方にはお薦めできません。音楽の味わいを最も大切にされる方だけにお薦めします。

Cci00026 レイフ=オヴェ・アンスネス(Pf)、キタエンコ指揮ベルゲンフィル(1991年録音/EMI盤) ノルウェー生れのアンスネスは抜群のテクニックと才能を持った若手ですが、これはまだデビュー時の10代の時の録音です。テクニックは既に完成されていますが、驚くのは音楽の深さです。表現力は豊かですが、そこは自国出身の人だけあって、よくあるヴィルトゥオーゾピアニストのような大げさなところは全く感じさせません。このCDはまた自国オケのベルゲンフィルの音が最高なのですよ。弦楽器も管楽器も音色からして北欧の空気に満ち溢れています。フィンランドのオケの奏でるシベリウスといい、この空気感の違いというのは何なのでしょうね。前述のクナルダール盤に加えてこのCDが有るので充分満足しています。

昔はルプー/プレヴィン盤(DECCA)あたりを良く聴いていましたが、この二つの演奏を聴いた後ではどうも余り満足できません。

さてノルウェーのひとり旅、フーテンのハルくんは旅先で素適な女性に果たしてめぐり合うことが出来るでしょうか。楽しみですね~(笑)

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シベリウス 交響曲第7番ハ長調op.105 名盤

Composer05b シベリウスの最後の交響曲であって、本当は最後では無い交響曲。シベリウスは途中まで書いた第8番の楽譜を自らの手で焼き捨てたと言われていますが、妻アイノの証言によれば実は既に完成していたという話のようです。しかし煙と灰になってしまった以上、我々が聴くことのできる最後の交響曲はこの第7番なのです。曲は通常20数分で演奏されて古典派以降の交響曲としては随分短い方です。シベリウスは曲のタイトルに「ファンタジア・シンフォニカ」とつけましたし、楽章の無い単一楽章構成になっていますので多分に交響詩的にも見受けられます。しかしこれはマーラーに代表される肥大化した交響曲とは全く逆におよそ無駄の無い極限にまで凝縮され尽くした交響曲なのです。

私は第1楽章に相当するアダージョ部分が好きです。非常に哀しさを感じます。しかしそれは、あらゆる命が永遠に繰り返される輪廻そのもののような彼岸の雰囲気を感じます。もちろん続くスケルツォにあたる部分、更に刻々と移り変わる曲想の変化の妙も素晴らしく言葉を失うほどです。

この曲の演奏なのですが、曲の持つ雰囲気が近いこともあって第6番の演奏にどうしても重なってくるのは致し方ないところです。

51wgp741rql__ss400_ パーヴォ・ベルグルンド指揮ヘルシンキ・フィル(1986年録音/EMI盤) やはりベルグルンドをリファレンスにしたいところです。どこまでも限りなく美しく、純粋にこの曲の素晴らしさを心底堪能出来る演奏です。全体に彼岸の雰囲気をいっぱいに漂わせていています。スケルツォ部分の上手さも見事です。相変わらず録音がオフ気味ですが、気になる程ではありません。ベルグルンドには新録音盤も有りますが、全くの個人的にはやはりこのヘルシンキ盤を好みます。

Si026 レイフ・セーゲルスタム指揮ヘルシンキ・フィル(2002年録音/ONDINE盤) セーゲルスタムも同じヘルシンキフィルを指揮して、非常に素晴らしい演奏を多く残していますが、この曲は正直余り感銘を受けません。演奏には神々しい雰囲気というよりは純器楽的であり、どちらかいうと近現代音楽を聴いているような感じがします。この曲が果たしてそれで良いものか少々疑問に思います。ONDINEの録音は相変わらず優秀です。

Cci00023 渡辺暁雄指揮ヘルシンキ・フィル(1982年録音/TDK盤) ヘルシンキフィル初来日の時のライブ録音です。アケさんの実力はヘルシンキフィルのような優秀なシベリウスオケを振ると見事に生かされます。どちらか言えば古い感覚の良く歌った演奏表現です。この曲の持つ彼岸の雰囲気はなかなか良く出ていますが、温かみがやや有り過ぎる点で評価の分かれるような気もします。ライブなので仕方有りませんがアンサンブルがほんの少し荒い気もします。TDKの録音はここでも優秀です。

36133027_1 ユッカ=ペッカ・サラステ指揮フィンランド放送響(1993年録音/FINLANDIA盤) これもサンクトべテルブルクでのライブ録音ですが、演奏の完成度も優れて美しい演奏です。スケルツォ部分のリズム感も歯切れ良く素晴らしいです。気になるのはちょっとせわしないところがあり音楽に小ささを感じてしまうのです。それともそれは空気の広がり間というべきものでしょうか。少しだけ不足している気がするのです。

Biscd864 オスモ・ヴァンスカ指揮ラハティ響(1996年録音/BIS盤) ヴァンスカによくある小さめの音を多用する表現が、ここではまたどうも音楽を痩せて聞こえさせてしまう気がします。曲の持つ彼岸の雰囲気に決して不足するわけでも無いのですが、何となくこの彼岸の曲にどっぷりと入っていけない感じが気になるのです。とは言え、これも非常に美しい演奏であることには変わりないのですが。

4140bnz4zhl__ss500_ パーヴォ・ベルグルンド指揮ヨーロッパ室内管(1995年録音/FINLANDIA盤) この他の演奏ではなんといってもベルグルンド/ヨーロッパ室内管が秀逸です。ヘルシンキ盤よりも高く評価されるのは充分に分かります。完全に統率されたアンサンブル、ニュアンスの豊かさはひとつの演奏表現の極地だと思います。そうなると後は神秘性ではヘルシンキフィル盤とどちらが上かということになるのですが、その点ではやはりヘルシンキ。しかし全体の魅力としては甲乙が付けがたいところです。

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シベリウス 交響曲第6番ニ短調op.104 名盤

Si198130600001交響曲第6番が完成したのは第5番の完成から8年後ですが、草稿は5番が完成する前に既に始まっていました。その間にも5番の改定を2度行い、また第7番も併行して手がけていたそうです。第7番の完成は6番の翌年ですので、この3曲の創作はかなり重なり合った時期が有ったようです。しかし6番と7番で交響曲としていよいよ最終的な境地に及んだのです。完成までさせておきながら本人が焼き捨ててしまったという第8番の楽譜が存在しない以上は、第7番が最終到達点であるとよく言われますが、この6番も曲想としては7番に匹敵するほどに充実しています。個人的には5番が一番好きだと思っていても、6番を聴いている時にはこちらの方が好きかなと思えてしまうほどです。

この曲は一般的にニ短調とされていますが、実は教会調であるドリア調です。その為に何か非常に荘厳かつ神秘的な雰囲気を漂わせます。ここではもう単に地上世界の自然というよりも何か森羅万象の域にまで達してしまったかのようです。私は特にメロディアスでありながら涅槃の雰囲気を持っている第4楽章にたまらない魅力を感じます。ここでは人間感情としての「喜び」「悲しみ」ではなく、生きとし生けるものが永遠に繰り返される「ものの哀れ」という感じがするのです。これは大変な音楽だと思います。

従って演奏についても、もしも人間的な矮小さを感じさせてしまうと意味が全く伝わらなくなってしまうのです。そういう基準で私の愛聴盤をご紹介します。

51wgp741rql__ss400_ パーヴォ・ベルグルンド指揮ヘルシンキ・フィル(1986年録音/EMI盤) やはりリファレンスにすべきはこの演奏です。むろん美しいことこの上ないのですが、それも不純な物の全く存在しない浄化され尽くされた演奏です。第1楽章は早めのテンポですが神々しいほどの美しさです。第2楽章も実に神秘的な雰囲気をいっぱいに漂わせて見事です。第3楽章のリズム感も素晴らしいですが、終楽章では美しさここに極まれりという感じです。この演奏は本当に涅槃の境地にまで達しているような気がします。録音がオフ気味なのも逆に神秘的さが増してプラスに働いています。

763 レイフ・セーゲルスタム指揮ヘルシンキ・フィル(2002年録音/ONDINE盤) セーゲルスタム盤も同じヘルシンキフィルですし、やはり非常に素晴らしい演奏です。曲によっては時に荒々しさが過ぎるセーゲルスタムですが、この曲ではそのような事はありません。第2楽章の美しさや逍遙しながらの瞑想の深さも充分ですし、第3楽章の壮麗な盛り上がりも大変見事です。全般的にはベルグルンドよりもロマンティックに聞こえますがこの神々しい曲にとっては決してプラスに働かないのが難しいところです。いつもながらONDINEの録音は透明感が有って優秀です。

423 オッコ・カム指揮ヘルシンキ・フィル(1982年録音/TDK盤) ヘルシンキフィル初来日の時のライブ録音です。何度か書きましたが、この時の第3番と5番の演奏で私はシベリウスに開眼しました。この6番の演奏も実に美しく、ライブでこれほど完成度の高い演奏が出来るのは当時からヘルシンキフィルがいかに高い実力を持っていたかの証明です。同じオケでもベルグルンドやセーゲルスタムのような神経質さは有りませんが、カムにしては随分と細部にまで気を配った演奏です。しかし全体は大波に乗ったような安心感と流れが有り素晴らしいものです。TDKの録音はここでも優秀です。

36133027_1 ユッカ=ペッカ・サラステ指揮フィンランド放送響(1993年録音/FINLANDIA盤) これもサンクトべテルブルクでのライブ録音ですが、演奏の完成度に何ら不満は有りません。第1楽章から流れるようにとても美しいですし、第2楽章についても同様です。第3楽章のリズム感も素晴らしいものです。第4楽章もやはり美しいのですが、どうしてもベルグルンドと比較してしまうと表現の徹底度合いと神秘感においてやや不足を感じてしまいます。これだけ聴いていれば充分過ぎるほど良い演奏だとは思うのですが。

Biscd864 オスモ・ヴァンスカ指揮ラハティ響(1996年録音/BIS盤) ヴァンスカらしく、第1楽章はずっと小さめの音で押し通しますが、決して音楽が痩せて聞こえることが有りません。曲の神秘感を漂わせるのに完全にプラスに働いているのです。第2楽章も静寂の中に瞑想を深く感じさせて実に素晴らしいです。第3楽章はリズムの切れが良く、ピアノとフォルテの対比が効果的でスケールの大きさを感じます。第4楽章も同様で素晴らしいのですが、時折強奏される金管や打楽器の為に現実の世界に戻されてしまう気がします。ここではやはり涅槃の雰囲気を感じ続けさせてもらいたいのです。とは言え、これは本当に美しい演奏であると思います。

これ以外の演奏ではパーヴォ・ベルグルンドがヨーロッパ室内管を指揮した新盤(FINLANDIA)も秀逸です。人によってはヘルシンキ盤よりも高く評価しますし、弦楽の極限まで統率された点などは唖然としますが、どうも「優秀な室内合奏を聴いている」という感じが音に現れていて、自然感や神秘性はやはりヘルシンキに及ばないと感じてしまうのです。

ネーメ・ヤルヴィ指揮エーテボリ管(BIS)もやはり秀逸です。空気感と美しさも相当なものですし、第1楽章の主部の速さはベルグルンド以上で「全てを置き去りにして走り去る美しさ」を感じます。それはカール・シューリヒトの演奏するモーツァルトの「プラハ」のような感覚と言えるでしょうか。新録音(グラモフォン)は聴いていませんが、旧録音全集(BIS)の中では最も優れた演奏だと思います。

というわけで、色々と演奏を聞き比べてみればみるほど、ベルグルンド/ヘルシンキフィル盤が断然のベストに感じます。次点は正直どれでも良いという感じですが、強いて挙げればヴァンスカ/ラハティ盤でしょうか。

次回の予定はいよいよ最後の第7番です。

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シベリウス 交響曲第5番変ホ長調op.82 名盤愛聴盤諸々

第5番はシベリウスが50歳の年(1915年)にその祝賀演奏会で初演された曲です。自らの為のバースデーシンフォニーですね。シベリウスがこの曲を初めからこの式典の為に書き始めたのかどうかは知りませんが、彼としては第2番以降で最も明るめの印象の曲になっています。4番ではちょっとハッピーバースデーの雰囲気では無いですからね。(苦笑) 演奏会は大成功だったのですが、彼自身は曲の出来栄えに充分満足をしてはいなかったようで、後から2度も書き直しています。ですので初演版は現在では滅多に演奏されません。通常は1919年の最終版が演奏されます。

20051217_108411 この曲は非常に美しい曲想を持った自然賛歌です。北欧の澄み渡った青空の元での清涼な空気を感じます。そういう点では7曲の中でも一番ではないでしょうか。季節としては冬の終わりから春が訪れようとする頃です。事実シベリウス自身のこの曲へのコメントが有ります。「日はくすみ冷たい。しかし春はだんだん近づいてくる。今日は16羽の白鳥を見ることができた。神よ何という美しさか。白鳥は私の頭上を長いこと旋回して、くすんだ太陽の光の中に消えて行った。自然の神秘と生の憂愁、これが第5交響曲のテーマなのだ。」この言葉がこの曲の全てを語リ尽くしていると思います。

初演版は現在、オスモ・ヴァンスカのCDで聴くことができます。1919年版と比較すると、確かに所々で散漫で無駄に感じる部分が有ると思います。しかしもしも彼が書き直しを行っていなかったとしても、これはこれで魅力的な作品には違いありません。しかし書き直しにより構成も3楽章と4楽章を一つにしてしまいましたし、ずっと簡潔な傑作に仕上がりました。私はある演奏家の全集を購入しようかどうか迷った時には必ず最初に5番を聴いてみます。この曲はオーケストラ自体の音を感じさせない自然音のような響きが理想です。美しく演奏するのが最も難しい曲だと思います。その点ではブルックナー演奏に共通しています。従ってこの曲の演奏が良ければ他の曲を聴いてもまず大丈夫だからです。

それでは私の愛聴盤について順にご紹介してみたいと思います。

Cci00023b ヨルマ・パヌラ指揮ヘルシンキ・フィル(1968年FINLANDIA盤) この人はベルグルンドと同じ世代ですが、そのベルグルンドの前のヘルシンキPOの常任指揮者です。名前があまり有名でないのはCDの数が極端に少ないことと演奏活動よりもアカデミーの教授としてより多くの時間を過ごしたからです。事実門下生にはサロネン、オラモ、サラステ、ヴァンスカとそうそうたる名前が並んでいます。この人が60年代にヘルシンキフィルと5番の録音を残してくれたのは幸運でした。オーケストラの実力はベルグルンドの80年代にはまだ及びませんが、透明で清涼感溢れる音色というものは既に確立されています。フィンランドのシベリウス演奏の基礎は更に歴史を遡ると思いますが、パヌラが後輩達に与えた影響が大きいことは明らかだと思います。

Cci00025 オッコ・カム指揮ヘルシンキ・フィル(1982年録音/TDK盤) ヘルシンキフィル初来日の時のライブ録音です。この時の第3番と5番の演奏で私はシベリウスに開眼しました。ライブでありながら完成度が非常に高いのはオケの実力が格段に上がったからだと思います。カムの好きなところはベルグルンドやセーゲルスタムに比べて神経質さが無く素朴に感じられるところとロマンティックな感覚が強いところです。ですので2楽章の美しさなどは際立ちます。3楽章後半もこけおどしでない高揚感が素晴らしく非常に感動的に終わります。TDKの録音も相変わらず優秀です。

51wgp741rql__ss400_ パーヴォ・ベルグルンド指揮ヘルシンキ・フィル(1986年録音/EMI盤) 私が演奏のリファレンスとしているのはこの演奏です。それは最も過不足が無く、それでいて曲の素晴らしさをとことん感じさせてくれるからです。第1楽章冒頭からしてホルンの保持音に続く木管の受け渡しにほれぼれしますし、こけおどしでない壮麗さも実に素晴らしいです。第2楽章の静かな足取りで深く瞑想を感じさるのも見事です。第3楽章の自然な盛り上がりも素晴らしいですが、何より全体に弦楽器と管楽器の透明感の有るハーモニーが本当に美しいです。これでこそシベリウスの音楽が生きるというものです。但し録音がONDINEやBISと比べてパリッとしないのがやや不満です。

668 レイフ・セーゲルスタム指揮ヘルシンキ・フィル(2002年録音/ONDINE盤) セーゲルスタム盤もやはり非常に素晴らしい演奏です。スケールの大きさという点ではベルグルンドに勝ります。曲によっては時に荒々しさが過ぎると感じてしまうことのあるセーゲルスタムですが、この5番ではそのような事がありません。第2楽章の美しさや逍遙しながらの瞑想の深さも充分です。第3楽章の壮麗な盛り上がりも大変見事ですが、決して騒々しくは成りません。それはシベリウス演奏の基本中の基本なのです。ONDINEの録音も透明感が有って最高です。

Si249 ユッカ=ペッカ・サラステ指揮フィンランド放送響(1993年録音/FINLANDIA盤) これもサンクトべテルブルクでのライブ録音なのですが、完成度の高さには驚かされます。冒頭から非常に美しく、金管も必要以上に強奏されることがありません。もっとも録音がホールトーン的な柔らかい音なのでそう感じるのかもしれません。第2楽章はあっさりとした感じで、弦も木管も素朴な歌いまわしはなかなかです。第3楽章後半も大げさでない盛り上がりに不満は有りません。但し全体的にはサラステにしてはやや平凡に感じられるかもしれません。

41xtezfhf2bl__ss500_ オスモ・ヴァンスカ指揮ラハティ響(1996年録音/BIS盤) この演奏もヴァンスカらしく、ピアノとフォルテとの対比の明確なのはセーゲルスタム以上です。彼はよくピアノの音を弱く弾かせ過ぎて旋律が痩せて聞こえることが有りますが、この演奏では気になりません。金管の強奏やティンパニの強打もぎりぎりで踏みとどまっていて逆に効果的です。第2楽章は遅いテンポで弾き方がいじらしいほどであり、瞑想を深く感じさせて素晴らしい出来栄えです。第3楽章も非常に壮大で後半の盛り上がりは実に感動的です。

以上はいずれもシベリウス演奏として優れているのでどれを聴いても満足してしまいますが、今回改めて聴きなおして最も気に入ったのはオスモ・ヴァンスカ/ラハティ盤でした。

この曲は昔から大好きでその他にも色々と演奏を聴いて来ましたので一通り触れてみたいと思います。ただ面白いことに上記は全てフィン指揮者とフィンオケの演奏です。それ以外の演奏にはフィン+フィンの組み合わせは一つとして有りません。ここまではっきりするとは我ながら興味深い結果です。

・シクステン・エールリンク指揮ストックホルム・フィル(1950年代FINLANDIA) 隣のスウェーデン出身の指揮者だけあって、この時代の演奏としては良いとは思いますが、いかんせん録音が古めかしいのでシベリウスの透明感のある音を味わおうとするとどうにも無理が有ります。残念ですが録音のハンディを超えてまで聴きたくなるほどではありません。

・アンソニー・コリンズ指揮ロンドン交響楽団(1955年DECCA) コリンズといえば私の世代には、ロンドンの廉価LP盤が懐かしいことと思います。当時はシベリウスの全集などもほとんど無かったので、メジャーのデッカが発売したので欧米で結構なセールスになったのではないでしょうか。しかし優れた全集が多く揃う現在となってはどれほどの価値が有るのかは疑問です。アクセントが過剰に強調された表現や金管が騒々しいのは私としてはご免なのですが、フィンランド演奏家に物足り無さを感じる方にはむしろ良いのかもしれません。

・タウノ・ハンニカイネン指揮シンフォニア・オブ・ロンドン(1960年代EMI) フィンランドの指揮者ですが、なにせ名前がイイですよね。ハンニカイネンとは!私はこのCDを名前買い?したようなものです(笑)。ところが期待に外れてオケが余りに下手でした。ロンドン響ならまだしも、ちょっとシベリウスには無理が有ります。指揮は非常に大らかなものです。この人は第2番の録音も残していますがやはり同じ印象です。

・バルビローリ指揮ハレ管(1966年EMI) バルビローリのシベリウスは昔は好きで良く聴いたものなのですが、現在はすっかり聴かなくなりました。オケの非力さも気になりますし、表現も素朴さと雑さが紙一重でしばしば不満に感じてしまいます。金管の強奏も荒くて耳に障ります。ただし2楽章だけは愛情のこもった表情がなかなか好きです。バルビローリ/ハレ管にはこの他にライブ録音も有りますが、EMI盤よりも更に気入らない演奏でした。 

・カラヤン指揮ベルリンフィル(1965年グラモフォン) 元々カラヤンの演奏には好きなものが余り多くないのですが、この演奏は悪くありません。全般的にシベリウスへの愛情のような気分には欠けますが、なかなか爽やかで端正な演奏には好感が持てます。ただし終結部の金管の咆哮だけはいただけません。どうしてフィンランド以外の演奏家は往々にしてこのようになってしまうのでしょう。

・カラヤン指揮ベルリンフィル(1976年EMI) 旧グラモフォン盤が比較的端正な演奏であったにもかかわらず、何故か新盤では派手なカラベル調の演奏に変わっています。金管の咆哮などは耳を覆いたくなるほどです。カラヤンはかつて「シベリウスの音楽を理解するには北欧の自然を知らなければならない」と言ったらしいですが、結局は終生北欧を知ることは無かったのでしょうね。

・クルト・ザンデルリンク指揮ベルリン交響楽団(1971年DENON) 昔、LPで持っていた演奏です。ところが何度聴いてもシベリウスの魅力は感じられませんでした。ドイツに生れてロシアも長かったザンデルリンクにシベリウスは遠い存在なのでしょう。録音は多いですが、所詮はレコード会社のやむない人選だったのではないでしょうか。

・ネーメ・ヤルヴィ指揮エーテボリ響(1982年BIS) 父ヤルヴィもシベリウスの交響曲全集を2度録音していますが、私のは旧録音の方です。これも1部リーグ昇格に近い演奏だと思います。ただ新録音の方が落ち着いた感じがするようなのでそのうちに聴いてみたいと思っています。

・ブロムシュテット指揮サンフランシスコ響(1989年DECCA) この演奏もファンに案外人気が有りますね。確かにとてもアメリカ西海岸のオケの音とは思えないすっきり爽やか清涼な音がしています。やはり北欧出身のブロムシュテットの指揮だからでしょうか。金管や打楽器をかなり鳴らす部分も有りますが、音楽を壊してしまうような踏み外しは全く有りません。3楽章のスケールの大きい壮麗さも見事なものです。1部リーグに昇格させても良いかもしれません。

・パーヴォ・ベルグルンド指揮ヨーロッパ室内管(1996年FINLANDIA) ベルグルンドの指揮はもちろん素晴らしいし、録音もヘルシンキEMI盤と違って優秀なのですが、管楽器がどうしてもヘルシンキフィルと比べるとシベリウスの吹き込み不足という気がしてしまいます。それとこの曲の演奏にしては小型車が無理して高速を走っているような感じがしてしまいます。この演奏をヘルシンキ盤よりも高く評価する方が居るのは知っていますが、私は残念ながらそこまでとは思いません。

・サカリ・オラモ指揮バーミンガム市響(2001年ワーナークラシックス) 指揮者は良いのかもしれませんがオケの音、とくに金管が無機的で味が無く好みません。ラトルに鍛えられたオケとして有名ですがシベリウスの音を出すのにはフィンランドのオケに到底かないません。

・渡辺暁雄指揮東京都交響楽団(1975年東京FM) 日本の誇る歴代でも世界の5指に入るであろうシベリウス指揮者にも触れます。これは東京文化会館でのライブです。指揮はもちろん素晴らしい(はずだ)と思うのですが、オケの管楽器の非力さはいかんともし難いです。生前の生演奏を偲んで聴く楽しみしか有りません。但しアンコールの「トゥオネラの白鳥」のイングリッシュホルンソロを元ロスフィル主席のギャスマンさんが吹いているので、これは素晴らしいです。

・渡辺暁雄指揮日本フィルハーモニー(1981年日本コロムビア) 単純比較では都響盤よりもこの日フィル盤のほうがずっと良いと思います。しかしそれでもヘルシンキフィルとのあの1、4、7盤の名演を知る者としてはオケの落差の大きさがかえすがえすも残念でなりません。

未だに聴いていない中では、コリン・デイヴィスはそのうちに聴こうかと思っています。

次回は第6番の予定です。5番と並んで私の最も好きな曲です。

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~目覚めよフィンランド~ シベリウス 交響詩「フィンランディア」op.26

シベリウス特集が交響曲第4番まで終わったところで次は5番と思っていたのですが、ちょっと気が変わってフィンランド国民にとって大変に重要な作品に触れたいと思います。交響詩「フィンランディア」は知らない人が居ないほど有名な曲なのですが、この曲はフィンランドでは第二の国歌と呼ばれています。その理由は曲の作られた背景にあるのです。

Sibelius フィンランドは19世紀の初めから既に100年近くも国境が隣リ合うロシアの支配下にありましたが、当時は弾圧が一段と厳しくなった時期でした。その弾圧政策の一つとして出版物への検閲が義務付けられたのです。その為にフィンランドの新聞関係者が検閲への反対集会を行うことが決定されました。そしてその集会の最後には「フィンランドの目覚め」という劇が上演されることになったのですが、その音楽を担当したのがシベリウスなのです。この劇のフィナーレとなった曲が他ならぬ「フィンランディア」の原曲なのです。その原曲を後でコンサート用に編曲したものが交響詩「フィンランディア」です。この曲はとても親しみやすいので、特に曲の背景を知らなくても感動させられてしまいます。ですが、そのような背景を知ることで感動が一段と増すのでは無いでしょうか。

この曲の演奏には大きく分けて、管弦楽のみで演奏される版と、合唱付きで演奏される版が有ります。更には合唱付きでも男性合唱と混声合唱とが有ります。私は合唱付きで聴くのが好きなのですが、それぞれについての名演奏をご紹介したいと思います。

456 レイフ・セーゲルスタム指揮ヘルシンキフィル/ポリテック男性合唱団(ONDINE盤) この演奏は男性合唱付きです。彼らは母国の賛歌を力強く感動的に歌い上げています。ロシアの圧制に屈することなく皆で立ち上がって戦おう、という祈りをストレートに感じます。他の国の合唱団がこのように歌うことはまず不可能でしょう。セーゲルスタムの指揮も、導入部の力強さや主部の速い部分の切れの良さは実に見事です。仮に合唱団が無かったとしても、大変素晴らしい演奏です。交響曲全集にも収められていますが、単売では4番と組み合わされています。

Cci00024 エリ・クラス指揮フィンランド国立歌劇場管/合唱団(ONDINE盤) この演奏は混声合唱付きです。男性合唱の場合だと、戦う為に立ち上がろうという力強さを感じるのですが、混声の場合にはもっと静かに母国への愛を歌いあげているように聞こえます。どちらも感動的なのことには変わりがなく、雰囲気の違いを楽しめるのが嬉しいです。歌劇場の管弦楽団もなかなか立派なものです。この演奏はシベリウスのカンタータ集というタイトルのCDに収められています。

Sicci00019 オッコ・カム指揮ヘルシンキフィル(TDK盤) これは1982年の日本でのライブ演奏なのでもちろん合唱は付きません。ところが非常に感動的な演奏なのです。導入部から異常なまでに気迫がこもっています。一音一音が迫るように訴えかけてきて圧倒されます。主部に入ってからは早いテンポで前のめりになるほど高揚するさまに興奮させられます。そして中間部では管弦楽がまるで人の歌声のように、というよりも歌声以上に感動的に母国賛歌を歌い上げるのです。何という演奏なのでしょう。オッコ・カムは非常に録音の少ない指揮者ですが、これほどの演奏の出来る人が実にもったいないことだと思います。この演奏は第2番のCDに収められています。TDKの録音は生々しく極上です。

51wgp741rql__ss400_ パーヴォ・ベルグルンド指揮ヘルシンキフィル(EMI盤) この演奏も合唱無しです。ベルグルンドは同じEMIに僅か数年前にフィルハーモニアともこの曲を録音していますが、このヘルシンキフィルとの演奏の方が数段出来は良いです。まあフィンランド人の演奏家がこの曲を演奏して良くなければ、他の国にさっさと移住したほうが良いと思います。この演奏はもちろん非常に素晴らしいのですが、オッコ・カムの奇跡的な演奏と比べてしまいますと感動度合いで少々及ばないというところです。この演奏は全集盤や4~7番の輸入2枚組盤、国内の2番に収められています。

118 オスモ・ヴァンスカ指揮ラハティ交響楽団(BIS盤) この演奏も合唱無しです。ヴァンスカは素晴らしいシベリウス指揮者で管弦楽曲も全てといっていいほど録音しています。ところが、この演奏は中間部の賛歌のところを非常に小さな音で弾かせるので、音楽が痩せて聞こえてしまうのです。この表現は私はちょっと気に入りません。録音もなんだかパリッとしないこもった音なので物足りなさを感じるところです。他の母国演奏家と比べて一段落ちるのがとても残念に思います。この演奏は管弦楽曲のベスト盤に収められています。

486 有名曲なのでフィンランド以外の演奏も多く有りますが、その中で強いてあげればネーメ・ヤルヴィ指揮エーテボリ管(グラモフォン盤)はなかなか良い演奏です。ヤルヴィはフィンランドと同じフィン民族の多いエストニア出身ですし、エストニアはやはり同じようにロシアからの独立闘争の歴史を持ちますので、この曲への共感は並々ならぬものが有って当然でしょう。オケの分厚く重々しい響きも私が生で聴いたエーテボリ管の音にかなり近い音です。この演奏は管弦楽曲盤もしくは2番のCDに収められています。

次回こそは交響曲第5番(の予定?)です。

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シベリウス 交響曲第4番イ短調op.63 名盤

1199331182s シベリウスは交響曲第3番で、それ以前の作品に比べてずっと内省的な音楽に変化させましたが、次の第4番では更に瞑想的で深遠な作品を書き上げました。ひとつにはこの作品に取り掛かっている時にシベリウスは喉に腫瘍が出来てしまい、手術を行いました。そのことが「死」というものを意識させて創作にも影響を与えたと、自身で後述しています。それもあってこの作品は当時のフィンランドの聴衆にとっても、困惑する難解な曲だったのです。確かに馴染みやすい音楽とは言えない為に、かなりのクラシックファンと言えども初めは曲に親しむのに苦労するようです。かくいう私もやはり馴染むまでには少々時間がかかったのです。しかし指揮者のサラステはこの様に述べています。「第4番はフィンランドのオーケストラと指揮者にとっては理解しやすく、第7番は雰囲気をつかむのに苦労する。」とです。すなわちこの曲はフィンランドの冬の暗く重苦しい自然とも密接に関係しているのです。その自然の厳しさを知っている自国の国民には理解しやすいが、他の国の人間にはなかなか理解し難いということでしょう。前後の作品の3番や5番がどちらかいうと北国の昼間の印象だとすると、4番は凍てつくような冬の澄み渡った夜空もしくは暗い海という印象になるのではないでしょうか。

私はこのような曲はフィンランド以外の演奏家が本質を表現することはなかなか難しいと思っています。それが実は私を本場もの以外の演奏から引き離す大きな理由なのです。従って私の愛聴盤はどうしても自国演奏家のものばかりが揃ってしまいます。

Cci00023b パーヴォ・ベルグルンド指揮フィンランド放送響(1968年録音/FINLANDIA盤) ベルグルンドは交響曲全集を3度録音していますが、その最初の全集の1970年代のボーンマス響盤よりも更に以前の1968年に4番を単独で録音しています。スタイルとしては後年のヘルシンキフィル盤と変わらず、過剰なところが全く無い地味な表現です。完成度では若干劣るものの、このとき彼は既にシベリウスの音楽をいかに深く把握していたかが良く解ります。ベルグルンドのレコーディング初期の演奏が聴ける貴重なCDだと思います。

51xbpaqnqql__ss400__5 パーヴォ・ベルグルンド指揮ヘルシンキ・フィル(1986年録音/EMI盤) ベルグルンドの2度目の全集録音からです。さすがにヘルシンキ・フィルだけあって、前述の旧盤よりも更に充実した名演奏です。1楽章や3楽章では弦も管も澄み切った音が本当に美しく、深い詩情に満ち溢れています。また第2楽章のリズムの意味深さや音符の処理の仕方も驚くほど徹底しています。弦楽のイントネーションの緻密さなどは他の演奏家からはちょっと聴くことは出来ません。完成度の高さという点ではやはりトップではないかという気がします。但し80年代のデジタル録音にしてはBISやONDINEと比べてどうも音がパリッとしないのですね。EMIらしいと言えばそれまでなのですけれど。

456 レイフ・セーゲルスタム指揮ヘルシンキ・フィル(2002年録音/ONDINE盤) ベルグルンド盤と同様にさすがはヘルシンキフィルだけあって美しい部分は惚れ惚れするほどに美しい演奏です。また1、3楽章の静寂の表現の深さはことによるとベルグルンド盤以上かもしれません。但しその一方で2、4楽章のリズムの切れ味や緻密さはベルグルンドには一歩及ばない気がします。全体を通しての完成度という点でもベルグルンドが上かな、と思います。ONDINEの録音は非常に優れています。

Cci00023 渡辺暁雄指揮ヘルシンキ・フィル(1982年録音/TDK盤) ヘルシンキフィルとの福岡サンパレスでのライブ録音です。アケさんとヘルシンキフィルとのコンビはまるで長年連れ添った手兵楽団のような緊密さが有って実に自然です。オケもライブとは思えないほど優れています。ベルグルンド、セーゲルスタム両盤と比べると演奏には大らかさを感じます。その為にずっとロマン派寄りの音楽に聞こえてくるのです。このあたりは好みの問題も有るでしょうが、これはやはり非常に素晴らしい演奏だと思います。半分フィンランド人の血を引くアケさんがどれほど凄いシベリウス指揮者であったかが良く分かります。TDKの録音も相変わらず優秀です。

249 ユッカ=ペッカ・サラステ指揮フィンランド放送響(1993年録音/FINLANDIA盤) サンクトべテルブルクでのライブ録音です。これはとても良く歌わせた演奏です。ですのでアケさん/ヘルシンキ盤以上にロマンティックに聞こえます。この曲になかなか馴染めないと感じる方には最も向いている演奏ではないかという気がします。かと言って決して深みに欠けている訳では有りません。サラステはシベリウスのシンフォニーの中で4番が最も好きだと述べていますので、これは音楽への愛情がこのような表現にさせているのかもしれません。

369 オスモ・ヴァンスカ指揮ラハティ響(1996年録音/BIS盤) ヴァンスカは他の指揮者に比べて弱音指定部を更に一段小さくするので、時には音が弱すぎて旋律線を損ねてしまう傾向が有ります。この演奏の冒頭も聞こえるか聞こえないか分からないほどに小さな音で始まるのでちょっとイライラしていると、まるで遠い地平線の遙かかなたから音が聞こえてくるように少しづつ大きくなってきます。ここで初めてヴァンスカの意図に納得します。全体的には弱音を多用していますが、ここぞという時には大きくクレッシェンドするので非常に彫りの深い印象になっています。管楽器に依る保持音の生かし方が非常に効果的なのも、管楽器出身のヴァンスカならではです。

さて、以上の演奏はどれもが本当に素晴らしいのですが、それでもあえて個人的な好みで絞るとすればベルグルンド/ヘルシンキ盤、渡辺暁雄/ヘルシンキ盤、サラステ/フィンランド放送盤が私のベスト3です。

この他では世評の高いベルグルンド4回目の録音であるヨーロッパ室内管盤が決して無視できない演奏なのですが、管楽器がヘルシンキフィルに比べて劣る事と弦楽器の音色がなんとなくウォームなのが私には気になります。カラヤン/ベルリンフィル(EMI盤)は余り悪口は言いたくないので(言ってるし!)、シベリウスというよりは映画音楽かムード音楽に聞こえるところが本場物ばかりを聴きすぎた時の口直しに良いかもしれません(ちっとも褒めてないし!)。同じカラヤンでもDGの旧盤のほうがもう少しシベリウスの音楽には近いと思います。バルビローリ/ハレ管はこの曲の演奏に限っては余りにオケのレベルが下手過ぎてとても聴き通すことが出来ません。

次回の予定は第5番です。おそらく私の最も好きな曲です。

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シベリウス 交響曲第3番ハ長調op.52 名盤

080107ota_1 私はシベリウスの音楽を毎年春が近づいて来る頃に集中して聴く習慣が有ります。無性に聴きたくなるのです。その理由は恐らく私がシベリウスの作品の魅力に目覚めたのが、丁度冬が終わりを告げてもうじき春になる時期だったからだと思っています。きっかけになったのは私が社会人になって間もない頃、春スキーに行った帰りにスキーバスに揺られながら携帯オーディオでシベリウスの3番と5番を聴いていました。FM放送から録音したばかりのヘルシンキフィルの来日コンサートです。その日は晴れわたり、明るい日差しに山々の雪が徐々に溶け出していました。その光景とシベリウスの音楽が驚くほどマッチしているように感じたのです。家に帰って調べてみると5番にはシベリウス自身が「春の訪れとともに雪溶けの音に驚いた白鳥が湖から飛び立って自分の頭上を旋回し、光の中に消えていった」そんな風なコメントが付いているとか。なるほどと納得しました。「自然の神秘と生の憂愁」こそがシベリウスの音楽の基本テーマなのです。

Ainola_yards この3番はシベリウスが都会の社交界から離れて片田舎の湖の近くに小さな家(アイノラ:写真)を買って婦人と2人で移り住んだ後の最初の交響曲作品です。よく言われるように1番、2番の気宇壮大な曲想とは異なり、小さな規模の極めて内省的な内容の音楽になりました。第1楽章は土俗的で歯切れの良いリズムに、雪に覆われた大地の上を春の訪れを予感させる風が流れていくような爽やかさと喜びを感じます。第2楽章は素朴で美しい民謡風のメロディが静かに流れていき深い瞑想を感じさせます。余りに心地が良いのでいつまでも聴いていたくなります。第3楽章は前半の舞曲風の部分を経てから後半はそれにコラール主題が重なり合って高揚していきます。ところがこの曲には第4楽章は無くこれで終わってしまいます。壮大な1、2番に比べるとずっとこじんまりとしています。けれども室内楽的とも言える凝縮された構成で表現する「寡黙」と「神秘」。これこそが後期のシベリウス音楽の特徴であるのです。そして私にとってこの曲はシベリウスの中でも特に好きな曲の一つです。

それでは私の愛聴盤のご紹介です。毎回同じような演奏家が並んでしまって申し訳ないのですが、3番以降は益々演奏家を厳しく選ぶ音楽ですので止むを得ません。

423 オッコ・カム指揮ヘルシンキ・フィル(1982年録音/TDK盤) ヘルシンキフィル初来日の時の東京厚生年金会館でのライブ録音です。この演奏こそが前述の私のシベリウス開眼となった記念すべきものなのです。当時のテープを既に駄目にしていた私が、このCDの発売にどれほど歓喜したかはご想像下さい。今改めて聴きなおしてみても、素朴な美しさと優しさ、そして生命感に満ち溢れた素晴らしい演奏です。合奏は非常に優秀なのに少しも神経質で無いところがこの曲にとても合っていると思います。そのうえ更に私の青春の日々の思いが重なりあって、正に宝物のような存在なのです。TDKの録音も相変わらず優秀です。

51xbpaqnqql__ss400__4 パーヴォ・ベルグルンド指揮ヘルシンキ・フィル(1986年録音/EMI盤) さすがに初演を行った楽団は音楽が楽員の身体に染み付いています。そしてここでも弦楽器も管楽器も澄み切ったハーモニーが非常に美しいです。ベルグルンドの表現もいつもながらに自然でやり過ぎたところが有りませんし、一つ一つの音符が本当に大切に扱われているので本当に安心して聴いていられます。第2楽章の静かなたたずまいと足取りも瞑想を深く感じさせます。第3楽章の自然な盛り上がりも素晴らしく、これでこそシベリウスの音楽が生きるというものです。但しカムと比べてしまうと幾分神経質な分、好みが分かれるかもしれません。

668 レイフ・セーゲルスタム指揮ヘルシンキ・フィル(2002年録音/ONDINE盤) ヘルシンキフィルの奏でるシベリウス演奏はどれも素晴らしく、このセーゲルスタム盤もまた魅力的です。ところどころでベルグルンド盤よりも更に美しいかなと感じる部分が有りますが、ひとつはこのCDは録音が非常に優秀なのでそう感じてしまうのかもしれません。但し第2楽章の瞑想はベルグルンドのほうが深いような気がします。第3楽章の盛り上がりについては全く文句が有りません。

36133027_1 ユッカ=ペッカ・サラステ指揮フィンランド放送響(1993年録音/FINLANDIA盤) これもサンクトべテルブルクライブでのライブ録音です。冒頭から早めのテンポでさっそうと始まり、リズミカルな心地よさが悪くありません。金管も強奏されティンパニも強打されますが不思議と素朴な曲想を損ねているようには感じません。第2楽章も早めのテンポなのですが違和感は無く、木管の素朴な歌い回しが魅力的です。弦も民謡風の雰囲気が良く出ていてとても好ましく思います。第3楽章は後半のコラールが重なり合ってくるところからも少しも大げさでない自然な高揚感を見せていてとても気に入っています。

643 オスモ・ヴァンスカ指揮ラハティ響(1996年録音/BIS盤) この演奏もいかにもヴァンスカらしく非常に細部にまでこだわりを見せている演奏です。ピアノとフォルテとの対比はセーゲルスタム以上です。第1楽章は遅めのテンポで非常に小さな音で始まりますが、少々弱すぎてしまい旋律が痩せて聞こえます。その反面ティンパニをかなり強打させるなど、どうも曲想の素朴さが失われているように感じます。第2楽章はとても遅いテンポで瞑想を深く感じさせますのでこれは秀逸です。第3楽章は前半、後半ともに非常に彫りが深くこの曲の魅力がかつて無いほど新鮮に感じられます。特に後半の壮大な盛り上がりは驚くほどです。この演奏で聴くと3番も決してこじんまりとした曲ではなく1、2番のようなスケールの大きな曲に聞こえます。

以上のCDはいずれも大変素晴らしく、これほどの高次元になると正直言って優劣をつけるのは至難の業です。あくまでも私の好みとお断りした上で選びますと、カム/ヘルシンキフィルがベスト。2番がベルグルンド/ヘルシンキフィル。3番にサラステ/フィンランド放送響。以上がベスト3というところです。しかし残りの二つも全くの僅差、特にユニークなヴァンスカは捨てがたい良さが有ります。

さて次回は第4番です。いよいよシベリウスの深遠の世界に入って行きます。

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シベリウス 交響曲第2番ニ長調op.43 名盤

シベリウスの交響曲の中でも最も親しみやすく分かり易い曲です。ところが、それがアダになってシベリウスフリークの間では一段低い評価になっているのかもしれません。確かに後期のあの何処までも深遠な曲想と比べてしまえば音楽に深みが欠けるのは事実です。ですが第1楽章導入部の弦のスタッカート・スラーの伴奏形からしてとてもユニークですし、中間部の壮大な盛り上がりも感動的です。また第2楽章の暗く荒涼たる雰囲気の味わい、第3楽章から第4楽章への移行の見事さなど、シベリウスならではの独創性、斬新さが見られてやはり魅力的な曲だと思います。

私が高校生の時に最初に手にしたこの曲のLPレコード(CDでは有りません)は、セルゲイ・クーセヴィツキー指揮ボストン響のモノラル盤でした。何故それを選んだのかは憶えていませんが、余り曲の魅力を表わしている様には感じられませんでした。次に買ったのはバルビローリ指揮ハレ管のものです。これには感動しました。適度の荒々しさと豊かな歌心が気に入ったのです。70年代当時のシベリウス演奏と言えばカラヤンを聴かなければやはりバルビローリだったのでは無いでしょうか。しかし80年代後半から次々と現れる自国フィンランドや北欧の優れた演奏家たちの録音の前ではそれ以前の演奏達はすっかり色あせてしまった感が有ります。

私が体験した生での名演というとネーメ・ヤルヴィ指揮エーテボリ交響楽団の日本公演です。これはまず音色自体が驚きでした。どこの国の楽団とも違う暗くくすんだ音色はロシアともドイツとも全然異なったのです。なにか北海の荒波に飲み込まれるようなスケールの大きさとも相俟って非常に感動しました。それ以前にBISに残されたこのコンビのCDで聴く音色とも全く違いました。また早すぎるテンポでせわしないBIS盤とは比較にならない名演奏だったのです。その後のグラモフォンへ録音した新盤もあの魅力的な響きを充分再現しているとは言い難いのですが、ずっと落ち着いたテンポなので好ましく思います。

さて、それでは現在の私の愛聴盤についてご紹介します。

51xbpaqnqql__ss400__3 パーヴォ・ベルグルンド指揮ヘルシンキ・フィル(1986年録音/EMI盤) ベルグルンド/ヘルシンキのシベリウスはどれもが最も安心して聴けるリファレンスと言って良い名演奏なのですが、この2番は必ずしも満足していません。理由のひとつは1楽章のテンポが早過ぎるのです。確かに楽譜の速度指定からすればこのテンポは正しいのですが、ヤルヴィのBIS盤と同じで個人的にはもう少しじっくり落ち着きを残した演奏の方が好きなのです。それにベルグルンドにしては珍しく金管楽器に繊細さが僅かに欠けるのが気になります。

763 レイフ・セーゲルスタム指揮ヘルシンキ・フィル(2002年録音/ONDINE盤) 非常に素晴らしい演奏です。1番では少々荒々しさが過ぎてしまい、個人的にはいまひとつだと思ったのですが、この曲ではそのようなことは有りません。早過ぎないテンポは理想的でありスケールはとても大きいのですが、ヘルシンキフィルはここではベルグルンド盤よりもずっと繊細で美しい音を出しています。透明度の高い叙情感が何とも言えずに魅力的なのです。録音も非常に優秀です。

Sicci00019 オッコ・カム指揮ヘルシンキ・フィル(1982年録音/TDK盤) ヘルシンキフィル初来日の時の大阪フェスティヴァルホールでのライブ録音です。ここでもTDKの録音は非常に優秀です。2番はオッコ・カムが振りました。カムは結構ロマン的な資質を持っていますので、ゆったりとしたテンポでこの曲の叙情を歌い上げます。それでも他の国の演奏家のようにシベリウスの音楽から離れて行ってしまうようなことは有りません。大げささが全く無いのに非常に感動的です。ライブでこれほど完成度の高い演奏を行えるヘルシンキフィルの実力にも本当に感心します。このCDではアンコールの非常に感動的な「フィンランディア」が聴けるのも嬉しいです。今日久しぶりにこのフィンランディアを聴いてちょっと泣けてきました。

253 ユッカ=ペッカ・サラステ指揮フィンランド放送響(1993年録音/FINLANDIA盤) これもサンクトべテルブルクでの全曲ライブ録音の一つです。これももちろん悪い演奏では無いのですが、録音がこもり気味なのが残念です。これなら同じライブ録音でもTDKのほうがむしろ優れていると思います(流石は世界のTDK!)。早過ぎないテンポには好感が持てますが、演奏全体に彫りの深さ不足を感じ無いでもありません。もっともそれは非常にハイレベルでの比較であって、凡百の演奏に比べれば遥かに素晴らしいと思います。フィナーレの壮大な盛り上がりも充分に感動的です。

643 オスモ・ヴァンスカ指揮ラハティ響(1996年録音/BIS盤) ヴァンスカは結構表現意欲のある人で、それがハマった時には絶大な魅力になります。管楽器の豊かなニュアンスはいつも通りですし、細部に非常にこだわった演奏をしています。ところが正直に言って少々こだわり過ぎで逆に素朴感を損ねている感が無きにしもあらずなのです。オケの音色の素朴感と不釣合いのようにも思えます。このあたりの好悪は非常に紙一重で、人によってはこれが良いと言う人も多いと思います。かくいう私自身も惹かれる部分とわずらわしさを感じる部分とが拮抗しているのです。

ということで、第2番に関して私の最も好きな演奏はセーゲルスタム/ヘルシンキ盤とオッコ・カム/ヘルシンキ盤の二つです。次点としてヴァンスカ/ラハティ盤でしょうか。

次回は順番で第3番です。

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シベリウス 交響曲第1番ホ短調op.39 名盤

よくシベリウスの交響曲は3番あるいは4番以降の作品が良くて、1番、2番は不出来などという意見が多く見られます。果たして本当でしょうか?もちろん後期の作品が充実していることに疑いの余地は有りません。けれどもその論法から言ったら、ベートーベンは3番以降が価値が有り、1番、2番には価値が無いと言う様なものです。ベートーヴェン好きな人が果たしてそのような言い方をするものでしょうか?愛好家、ファンを自認する人というのは、例え少々未熟な面を残してはいても、若書きの魅力というものを初期の作品から感じとるものでは無いでしょうか。世の音楽評論家の中にさえも、「シベリウスは大好きだ」と言っていながら、一方で第2番を「駄作」「不要」などと決め付けるような人が居ますが、そんな人の言葉を私は信用したくありません。

さて、それはさておき、この第1交響曲はシベリウス33歳の作品です。作品番号からも分かるように彼はそれまでに交響詩などの幾つもの管弦楽作品を作曲した上で、満を持してこの交響曲第1番を手がけました。従って既に自分の音楽というものを確かなものにしています。よく「ロシア音楽の影響を受けている」とも言われますが、私は正直余り感じません。大体、作品7の「クレルヴォ」で既に自国フィンランドの民族的な音楽書法を生かした大作を書き上げた人が、当時ロシアの統治化にあって国民運動が沸き起こっていた時代にわざわざロシア音楽に影響された曲などを作ろうと思うでしょうか。「ロシア的な」演奏を聴きなれた人が勝手にそのように思い込んでいるだけだと思います。むしろ金管をとても息長く吹かせたり長い保持音が頻繁に現れるあたりはブルックナーの影響をよほど感じます。

この曲は第1楽章の冒頭、クラリネットの音がまるで深い森の中から聞こえてくるように神秘的に始まります。その後も息の長い旋律が実に感動的です。第2楽章は北欧のロマンとでも言いたい静寂の調べに魅惑されます。第3楽章は原始的な舞曲のようですがこれも楽しいものです。そして終楽章では北国の厳しさ荒々しさを経た上で再び息の長い旋律を感動的に歌い上げて曲を閉じます。私はこの曲がとても好きです。チャイコフスキーの1番も大好きですが、負けないぐらいに好きなのですよ。それでは愛聴盤を順番に聴いていきましょう。

51xbpaqnqql__ss400__2 パーヴォ・ベルグルンド指揮ヘルシンキ・フィル(1986年録音/EMI盤) ヘルシンキ・フィルはシベリウスの交響曲の1番から6番までを初演しました。だからという訳では無いですが、音楽が楽員の身体に染み付いているのです。それを3度も全集録音をやろうという指揮者が振れば悪いはずが有りません。表現は自然でやり過ぎたところが皆無です。音符の一つ一つが正にかくあるべしというように感じるのです。人によっては1番の演奏としては物足りなく思うかもしれません。ですがそれが本来のシベリウスなのだと思います。とにかく弦も管も澄み切ったハーモニーが実に美しく、これはちょっと他のオケでは真似が出来ないと思います。

026 レイフ・セーゲルスタム指揮ヘルシンキ・フィル(2002年録音/ONDINE盤) ベルグルンドに比べるとかなりダイナミックな表現です。ある意味「伝統的なロシア風」な演奏に近いのかもしれません。それでも本物のロシアの楽団に比べればずっと節度を持った表現ですのでぎりぎりの所で踏みとどまっています。その危うさが魅力かもしれません。それに流石はヘルシンキフィルで美しい部分はとことん美しいです。後半楽章のスケールも大きく、1番の演奏としてはベルグルンドよりもセーゲルスタムを好む人はきっと多いと思います。録音も優秀です。

Cci00021m 渡辺暁雄指揮ヘルシンキ・フィル(1982年録音/TDK盤) ヘルシンキフィル初来日の時の福岡サンパレスでのライブ録音ですが、流石はTDKで非常に優秀な録音です。ベルグルンドのEMI盤あたりと比べても余り差を感じません。それより何よりも演奏の素晴らしさに感激します。アケさん(渡辺暁雄はそのように親しみを込めて呼ばれていました)はこれ以前にも既に8回くらいこのオケを振ったことが有ったそうです。このCDの余白にはこの時のリハーサルの録音が収録されていますが、フィンランド語で楽員に細かく指示するアケさんへの尊敬の念はかなりのものだったそうです。この時この楽団のクラリネット奏者であったオスモ・ヴァンスカは後年そのように述べています。ゆったりと優しさに溢れた演奏ですが、とりわけ第1楽章と終楽章の息の長い旋律がこれほど感動的な演奏は他に知りません。

249 ユッカ=ペッカ・サラステ指揮フィンランド放送響(1993年録音/FINLANDIA盤) ライブ録音なので始めのうちは演奏が何となくパリッとしないのと、録音が幾分こもり気味なのが欠点ですが、聴き進むうちに感興がどんどん高まってきて思わず引き込まれます。特に終楽章は感動的で、アケさんと並ぶ程です。余計なことですが、この演奏を聴かされたサンクトべテルブルクの聴衆は果たしてこの演奏の真価を理解してくれたでしょうか。

369 オスモ・ヴァンスカ指揮ラハティ響(1996年録音/BIS盤) この演奏もシベリウスとしてはセーゲルスタム以上にダイナミックな表現です。音の素朴さではヘルシンキフィル以上ですが、時折木管楽器がしみじみと吹くのが大変に魅力的なのはやはりヴァンスカが木管奏者だったからなのでしょう。全体的に非常にロマンティックで表情豊かに細部にこだわりを見せるのはヴァンスカならではです。荒々しい部分ではかなり徹底していますが、やはり紙一重で行き過ぎた踏み外しをしない(多少している?)のもさすがです。

以上はどれも好きなのですが、特に私が個人的に好んでいるのは、最も優しさを感じて感動的な渡辺暁雄/ヘルシンキのTDK盤とダイナミックで表情の豊かなヴァンスカ/ラハティのBIS盤です。

この他の1番の演奏では、LP時代に聴いたロジェストヴェンスキー/モスクワ放送はロシア的でワイルド、繊細さの無い演奏だったので好きではありませんでした。CDでは上記以外でネーメ・ヤルヴィ/エーテボリ響が結構気に入った演奏でした。サカリ・オラモ/バーミンガム響は響きが無機的に聞こえる所が多くて余り好きでは有りません。バルビローリは決して嫌いでは無いのですが、北欧の空気感がいまひとつなのとEMIのリマスターが高音が強調されていて聴き辛かったです。エールリンク/ストックホルムなんてのも有りましたが録音も古いしほとんど印象に残っていません。最後に渡辺暁雄が日本フィルを振った演奏の方はオケが非力過ぎて通常の鑑賞には向いていません。

この他に皆さんがお気に入りの演奏が有ればぜひ教えて頂きたいと思います。次回は順番で第2番です。

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