歌舞伎

2017年8月25日 (金)

歌舞伎座 『野田版 桜の森の満開の下』を観劇して

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昨日は歌舞伎座へ行きました。ひと頃は良く行ったものですが、最近はとんとご無沙汰していました。なにしろ新しく建て替わってからは初めてなのですから。

八月納涼歌舞伎の夜の第三部『野田版 桜の森の満開の下』を観劇しました。
坂口安吾の現代小説を野田秀樹が歌舞伎として演出しての公演です。
何といってもこれは野田歌舞伎。野田さんの演出スタイルをそのまま勘九郎、染五郎、七之助といった人気役者が好演しました。音楽では全編に渡りプッチーニのアリア「私のお父さん」が効果的に流れていました。

もちろん面白かったのですが、過去に故中村勘三郎とコラボした「研辰の討たれ」「鼠小僧」「愛陀姫」の三作と比べると正直面白さは半減しました。やはりあの三作は勘三郎がいたからこその楽しさで、野田さん一人だと歌舞伎での上演にはやや限界を感じてしまいます。
でも歌舞伎座で歌舞伎役者が現代演劇を力いっぱい演じるというのは価値あることで、伝統にとらわれない新しい歌舞伎を造ってゆくという素晴らしい取り組みだと思います。
是非また新しい題材で上演して頂きたいものです。

しかし歌舞伎座は良いですね。新しくなっても雰囲気はそのままです。
お弁当屋さんもレストランも充実していますし、リーゾナブルな価格で結構美味しいです。地下フロアには様々な土産物屋さんがずらりと軒を並べていますし眺めて歩くだけでも楽しいです。
それに客席で幕の間にお弁当を食べられるというのは良いことです。これぞ芝居小屋の原点であり、江戸庶民文化の継承ですね。正にここは歌舞伎のワンダーランドです。
これらのことは新国立劇場や東京文化会館では有り得ません。あそこは西洋文化の劇場なのだからと言われるかもしれませんが、劇場の運営予算を削減することばかりを考えずに、どうすれば収益を増やせるかという新しい発想を起こしてほしいですね。
確かにワーグナーの楽劇に弁当は似合わないかもしれません。でもオペレッタや軽いオペラには似合うし楽しいですよ。
お堅い公営劇場で無理ならば、民間でそういうオペラ劇場を作らないですかね?日本独自の庶民オペラ劇場です。
劇場が格式ばかりを重んじていては、日本のオペラが娯楽文化として歌舞伎の楽しさに追いつくことなど100年経っても叶わないでしょうね。
そんなことをつらつらと考えてしまいました。

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2013年4月29日 (月)

シネマ歌舞伎「野田版・研辰の討たれ」

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今日は本当に春らしく暖かい中、東銀座の東劇まで出かけて、シネマ歌舞伎の「野田版・研辰(とぎたつ)の討たれ」を観てきました。5年前にもこの歌舞伎映画を一度観ていますが、今年は新歌舞伎座の落成記念と勘三郎さん追悼ということで、全国でシネマ歌舞伎が公開されていますのでもう一度観たくなりました。

勘三郎さんが亡くなったので、テレビでも多く取り上げられましたが、演劇の野田秀樹さんが勘三郎さんに促されて、初めて歌舞伎座で公演したのが、この「野田版・研辰(とぎたつ)の討たれ」です。公演初日の前には二人とも本当に成功するかどうか不安も有ったようですが、幕が下りた後に歌舞伎座史上初のスタンディングオベーションが起こる大成功だったので、二人して喜び合ったそうです。残念ながら、自分は舞台公演に接することは有りませんでしたが、後から映画で鑑賞できたのは幸せです。

それにしても、これは野田秀樹と中村勘三郎(公演当時は中村勘九郎)という二人の才能の凄さを嫌と言うほど思い知らされる舞台でした。スクリーンで観ても抱腹絶倒でどんなコメディ映画よりも面白いです。細かい顔の表情などは舞台よりも詳しく観ることができるという長所も有ります。

最後に、敵討ちに合った研辰役の勘三郎さんが「死にたくはねえ」とセリフを言いながら死んでゆくシーンには、この何年か後に本当に亡くなってしまう勘三郎さんの姿と重なり合ってしまい、無性に涙を誘われました。前回観たときには、勘三郎さんはまだ生きていましたので、こんな風に感じることは当然有りませんでした。時の無常をつくづく思ってしまいました。

このシネマ歌舞伎、他の「野田版・鼠小僧」「平成中村座・法界坊」などと合わせて、是非とも劇場でご覧になられることをお勧めします。劇場へ足を運べない方にはDVDも出ています。

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2012年12月29日 (土)

追悼・中村勘三郎 その2 ~野田秀樹さんの弔辞~

中村勘三郎さんの葬儀が27日に築地本願寺で行われましたが、その時に演劇の野田秀樹さんが弔辞を読まれました。勘三郎さんとは長いお付き合いで無二の親友だったそうです。お二人の出会いのエピソードを、以前、勘三郎さんがテレビで話されていたことが有りました。

若い頃に、勘三郎さんが歌舞伎の若手集を連れて渋谷の道玄坂を下って歩いていたところ、坂を上ってくる一団が居たそうです。それが野田秀樹さんであり、やはり演劇界の若手集を連れていたそうです。会ったことは無かったのですが、顔を知っていたので声をかけて挨拶を交わしました。そしてそれが、長い付き合いが始まるきっかけだったのだそうです。「歌舞伎」と「演劇」という片や古典、片や現代の芝居の世界を将来背負って立つことになる二人の巨人の運命的な出会いだったわけです。二人は生れた年が同じですが、実は僕も同じ年です。

それにしても、この二人のコラボレーションの凄さは圧巻でした。「研辰の討たれ」「鼠小僧」「愛蛇姫」。どれもが最高に楽しい現代歌舞伎であり、芝居でした。

葬儀での野田さんの弔辞の全文が産経のWEBニュースに掲載されていましたので、以下に引用しておきます。

―弔辞全文―

 見てごらん。君の目の前にいる人たちを。列をなし、君にお別れを言いに来てくれている人たちを。君はこれほど多くの人に愛されていた。そして今日、これほど多くの人を残して、さっさと去ってしまう。残された僕たちは、これから長い時間をかけて、君の死を、中村勘三郎の死を、超えていかなくてはいけない。

 いつだってそうだ。生き残った者は、死者を超えていく。そのことで生き続ける。分かってはいる。けれども、今の僕にそれができるだろうか。

 君の死は、僕を子供に戻してしまった。これから僕は、君の死とともに、ずっとずっと生き続ける気がする。芝居の台本を書いているときも。桜の木の下で花を見ているときも。稽古場でくつろいでいるときも。落ち葉がハラハラと一葉舞うとき。舞台初日の本番前の袖でも、ふとしたはずみで、必ずや君を思い出し続けるだろう。

 たとえば君が、僕に初めて歌舞伎の本を書かせてくれた「研辰(とぎたつ)の討たれ」という狂言の初日。歌舞伎座の君の楽屋で、出番寸前に突然、2人で不安になった。もしかして観客から総スカンを受けるのではないか。つい5分前まではそんなこと、まったく思いもしなかったのに。君が「じゃあ舞台に行ってくるよ」、そう言った瞬間、君と僕は半分涙目になり、「大丈夫だよな」「大丈夫。ここまで来たんだ。もうどうなっても」。どちらからともなく同じ気持ちになりながら、そして君は言った。「戦場に赴く気持ちだよ」 

 やがて芝居が終わり、歌舞伎座始まって以来のスタンディングオベーションに、僕たちは有頂天となり、君の楽屋に戻り、夢から覚め、しばし冷静になり、「良かった。本当に良かった」と抱き合い、君は言った。「戦友って、こういう気分だろうな」

 そうだった。僕らは戦友だった。いつも何かに向かって戦って、だからこそ時には心が折れそうなとき、必ず「大丈夫だ」と励まし合ってきた。どれほど君が演じる姿が、僕の心の支えになっただろう。それは僕だけではない。君を慕う、あるいは親友と思う、すべての君の周りにいる人々が、どれだけ君のみなぎるパワーに、君の屈託のない明るさに、時に明るさなどというものを通り越した無法な明るさに、どれだけ助けられただろう。

 君の中には、古きよきものと、挑むべき新しいものとが、いつも同居していた。型破りな君にばかり目が行ってしまうけれども、君は型破りをする以前の古典の型を心得ていたし、歌舞伎を心底愛し、行く末を案じていた。

 とにかく勉強家で、人はただ簡単に君を「天才」と呼ぶけれど、いつも楽屋で本から雑誌、資料を読み込んで、ありとあらゆる劇場に足を運び、吸収できるものならばどこからでも吸収し、そうやって作り上げてきた「天才」だった。

 だから、役者・中村勘三郎、君の中には芝居の神髄というものがぎっしりと詰まっていた。それが、君の死とともにすべて跡形もなく消え去る。それが悔しい。

 君のような者は残るだろうが、それは君ではない。誰も君のようには、二度とやれない。

 君ほど愛された役者を、僕は知らない。誰もが舞台上の君を好きだった。そして舞台上から下りてきた君を好きだった。こめかみに血管を浮かび上がらせ、憤る君の姿さえ、誰もが大好きだった。

 君の怒りはいつも、ひどいことをする人間にだけ向けられていた。何に対しても君は真摯(しんし)で、誰に対しても本当に、思いやりがあった。

 そしていつも芝居のことばかり考えて、夜中でもへっちゃらで電話をかけてきた。「あの、あれ、どう? 絶対に頼むよ、絶対だよ」とか、主語も目的語もない、訳の分からない言葉で、こちらを起こすだけ起こして、切ってしまう。電話を切られた後、いつもこちら側には君の情熱だけが残る。今の君と同じだ。僕の手元に残していった君の情熱を、これからどうすればいいのだろう。途方に暮れてしまう。 

 そして君はせっかちだった。エレベーターが降りてくるのを待てなくて、エレベーターのドアを両手でこじ開けようとする姿を、僕は目撃したことがある。勘三郎、そんなことをしてもエレベーターは開かないんだよ」。待ちきれず、エレベーターをこじ開けるように、君はこの世を去っていく。 

 お前に、安らかになんか眠ってほしくない。まだこの世をうろうろしていてくれ。化けて出てきてくれ。そしてバッタリ俺を驚かせてくれ。君の死はそんな理不尽な願いを抱かせる。君の死は、僕を子供に戻してしまう。

 「研辰の討たれ」の最後の場面、君はハラハラと落ちてくる、一片(ひとひら)の紅葉を胸に置いたまま、「生きてえなぁ、生きてえなぁ」、そう言いながら死んでいった。けれどもあれは、虚構の死だ。嘘の死だった。作家はいつも虚構の死をもてあそぶ仕事だ。だから死を真正面から見つめなくてはいけない。だが今はまだ、君の死を、君の不在を、真っ正面から見ることなどできない。子供に戻ってしまった作家など、作家として失格だ。

 でも、それでいい。僕は君とともに暮らした作家である前に、君の友達だった。親友だ。盟友だ。戦友だ。戦友に、あきらめなどつくはずがない。どうか、どうか安らかなんかに眠ってくれるな。この世のどこかをせかせかと、まだうろうろしていてくれ。

以上です。

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2012年12月22日 (土)

「野田版・鼠小僧」 ~江戸のホワイトクリスマス~

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もうじきクリスマスですが、今月亡くなった中村勘三郎(当時はまだ勘九郎でした)が主演した、クリスマスの江戸を舞台にした歌舞伎の傑作が有ります。

それは、2003年に演劇の野田秀樹の脚本・演出で公演された「野田版・鼠小僧」です。といっても僕は生の舞台を観たわけでは無く、舞台をそのまま撮影したシネマ歌舞伎で後から観たのでしたが。

話のあらすじは、江戸の町で棺桶屋をしている三太が、ある武家の遺産をめぐって屋敷に千両箱を盗みに入りますが、蔵番の爺さんに義賊の鼠小僧だと思い込まれてしまい、「自分を殺して金を取って、捨て子同然の暮らしをしている孫に、施しの金を降らせてやってほしい」と頼まれます。

生れてこのかた他人に施しなんかをしたことの無い三太は千両箱を持って逃げ出しますが、途中で箱をひっくり返して小判を街にばらまいてしまいます。そこで三太は小判を取り戻すために、本当の鼠小僧に成りすまします。

ところが、ひょんなことで出会った子供が、蔵番の話していた孫だと気付き、その子の為に小判の雨を降らそうと決心して屋根に上ります。けれどもその時、運が悪いことに目明しに見つかって捕えられてしまいます。

三太は奉行所で裁きに合い、目明しに切りつけられながらも、奉行所から逃げ出します。そして、隠してあった小判の雨を子供に降らせてやろうと、再び屋根に上ります。けれども、追ってきた目明しにとどめを刺されてしまい、そこで力尽きてしまいます。

三太が屋根に横たわっていると、そこに子供が現れて、静かに降ってきた雪を見ながら、「きらきらと光って小判が降ってきたぞ。きれいだなぁ!」と一人でつぶやきます。そのとき尺八の調べで名曲「ホワイト・クリスマス」が静かに流れてきます。今夜は師走の二十四日だったのです。

もうお分りの通り、三太はサンタだったのですね。鼠小僧とサンタ・クロースをコラボさせるアイディアはもちろん野田さんでしょうが、それを演じた勘三郎は全くもって見事でした。こういう役を演じさせて、この人以上の役者はまず考えられません。

ごくごく簡単にあらすじをご紹介しましたが、抱腹絶倒間違いなしの話と演技が次から次へと息つく間も無いほどに登場して来ます。そして最後には一転して涙を誘います。

三太のように天国へ旅立ってしまった勘三郎さんの生の舞台を、出来ることならもう一度堪能したかったですが、幸いなことにこの「野田版・鼠小僧」もシネマ歌舞伎として、来年全国で再上映されるようですので、「研辰の討たれ」や「法界坊」と並んで、最高の舞台を味わうことが出来ます。

松竹 シネマ歌舞伎に関するWEBサイトはこちらへ

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2012年12月 8日 (土)

追悼・中村勘三郎 ~よっ!中村屋!~

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なんということでしょう。今週、勘三郎さんが逝ってしまいました。

歌舞伎という、それまでは少々敷居の高い伝統芸能というイメージを、庶民の芝居という感覚へ変えて、我々を楽しませてくれた稀有の歌舞伎者でした。天性の役者であり、型破りのプロモーターであった彼に代わる人は、今後もそう簡単には現れないと思います。

特に演劇の野田秀樹と協同した幾つかの新作歌舞伎は、保守的な歌舞伎愛好家には、眉をひそめられたのかもしれませんが、自分のような、にわかファンには最高のエンターテイメントでした。多くの人もそう感じたはずです。

とても悔やまれるのは、自分は勘三郎の舞台を一、二度しか観ていなかったことです。いつでも見られるからと思っていたのは大間違いでした。もう二度と観ることが出来ません。

けれども幸いなことは、松竹が「歌舞伎シネマ」という生の舞台を彷彿させる映画撮影を幾つも行ってくれたことです。勘三郎作品を映画館で味わうことができます。DVDも出ていますが、やはり客席の雰囲気を少しでも味わうためには劇場に足を運びたいと思っています。そして、周りの人と一緒に勘三郎の演技を心から懐かしみ、楽しもうと思います。

勘三郎さん、どうもありがとう。
天国でも「中村座」の芝居をやって下さいね。僕が逝った時には、今度こそ生の舞台を何度でも見せてもらいますので。よっ!中村屋!

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2010年3月 7日 (日)

歌舞伎 「金門五山桐」―石川五右衛門―

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昨日は雨の中を、今月5日から国立劇場で公演されている「金門五山桐(きんもんごさんのきり」を観に行ってきました。誰にでも御馴染みの天下の大泥棒石川五右衛門を主役とする歌舞伎芝居です。何しろこの「金門五山桐」の初演は安永七年(1778年)なのですね。モーツァルトの最初の本格的オペラ「イドメネオ」が作られた1780年の2年前です。

石川五右衛門は安土桃山時代の京都に実在した盗賊集団の大親分で、三条河原で釜茹で処刑されたというのは事実だそうです。この作品では、大胆不敵にも天下人の太閤秀吉と渡り合った話が中心です。そもそも五右衛門が捕らえられたのも秀吉の寝首をかこうとして失敗したからだとも伝えられています。しかもそれも事実だという説も有るようです。なんとも大胆な大泥棒ですよね。時代を超えてその名を知られるのもよく理解できます。

この歌舞伎の最も有名な場面「南禅寺山門」では、五右衛門が山門の上で煙管をくわえながら満開の桜を眺めながら「絶景かな、絶景かな」のセリフを言います。それから太閤の羽柴秀吉をもじった真柴久吉(ましばひさよし)(笑)と対峙します。この場面だけでももう充分楽しめます。

五右衛門は中村橋之助、太閤には中村扇雀という配役でした。橋之助さんの大見得切りはやっぱりほれぼれしますね~。つづら抜けの宙乗りも見事でした。しろうと歌舞伎ファンにとっては、こういう解り易い場面はやはり楽しみ易いのですよ。

僕の観たのは3階の三等席でしたので料金は僅か1500円です。さすがは国営文化事業ですね。それに3階と言っても、劇場はさほど大きくないので、大ホールのオペラ公演でいえばA席程度のとても見易い距離なのです。有り難いじゃないですか。せっかく我々の税金で運営されているのですから、これは観に行かなければ損と言うものです。この公演は今月27日までです。

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2009年12月27日 (日)

シネマ歌舞伎「法界坊」 ~平成中村座公演~ 

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年の瀬ですが、東銀座の東劇で公開されたシネマ歌舞伎「法界坊」を観て来ました。歌舞伎座を持つ松竹が歌舞伎公演をビデオ収録して、劇場で公開するという"シネマ歌舞伎"は数年前から行われています。僕はこれまでに「研辰(とぎたつ)の討たれ」と「鼠小僧」の2本を観ましたが、どちらも最高に面白くて楽しめました。二本とも中村勘三郎が主役です。今回の作品も平成中村座が昨年の11月に浅草寺境内に特設芝居小屋を設けて公演した歌舞伎作品です。舞台物はもちろん生の公演を観るのが一番なのですが、観られなかった公演を低料金で気軽に楽しめる映画というのは大変に有り難いものです。また役者の細かい演技や表情を大きく見られるという、生公演よりもむしろ優れている点も有ります。

今回の「法界坊」は、金と女が大好きという愛嬌溢れる乞食坊主(勘三郎)を中心に巻き起こされるドタバタ劇なのですが、普段歌舞伎に馴染みの無い一般の観客が観ても文句無く楽しめる抱腹絶倒の傑作芝居です。勘三郎の話芸は正に天才的ですが、脇役陣のそれぞれの演技もハマリにハマって最高です。このシネマは昨日26日が初日で、1月もずっと公開されます。その後に全国の劇場で順に公開される予定ですので、生公演を観られた方もそうでない方も、お近くで公開された時には是非ご覧になって下さい。ちなみに現在公開されている東劇は歌舞伎座の目の前、築地のほど近くに有りますので、帰りに寿司屋に寄って来るというのも大きな楽しみですよ。

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2008年10月20日 (月)

国立劇場で歌舞伎「大老」

3326_1 国立劇場へ歌舞伎を観に行きました。演目は「大老」です。言わずと知れた井伊直弼の半生記です。井伊大老といえば、今年のNHK大河ドラマの「篤姫」でも非常に存在感の有る役どころであったので皆さんも記憶に新しいところだと思います。

歌舞伎といっても作家は昭和の劇作家北條秀司なので、台詞はほとんど時代劇調でとてもわかり易く、私のような歌舞伎初心者にはとても有り難いのです。(^^)

3326_2_2 彦根でのんびり暮らしていた井伊直弼が兄の突然の死により家督を相続し、大老として国政を担うことになり、国家存亡の危機に直面した我が国を米国と通商条約を結ぶことで欧米列強国の植民地になることを防ごうと奮闘するのですが、水戸藩を中心とする攘夷派と争って、最後は結局桜田門外で暗殺されてしまいます。その彼の半生を、心の葛藤や妻お静の方との情愛を交えて見事に描き出していて大いに楽しめました。

井伊直助役は中村吉右衛門で、その迫力ある演技には圧倒されました。特に最後の暗殺される直前のお静と二人きりの場面で「生まれ変わったらお前とのんびり静かに暮らしたい。大老には絶対になりたくない。」という語りにはとても感動させられました。

さすがに国立劇場は劇場として格調が高いので、このような演目にはふさわしいです。一方で歌舞伎座の庶民的な芝居小屋の雰囲気もまた捨てがたい良さが有って好きです。両者の違いを味わうのもまた楽しいものです。

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2008年8月15日 (金)

歌舞伎でアイーダ 「野田版 愛陀姫」

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昨日はお盆休みの2日目で、歌舞伎座に行ってきました。といっても、今月の演目は「野田版 愛陀姫」。演劇界の才人野田秀樹さんは新国立劇場でヴェルディの歌劇「マクベス」の演出を手がけたことも有りましたが、今回はヴェルディの傑作オペラ「アイーダ」を、なんと歌舞伎へ書き換えたという注目の舞台ですので、とても楽しみでした。

原作のエジプトとエチオピアの争いを、戦国時代の美濃と尾張に置き換えて主役のアイーダは愛陀と、将軍ラダメスは木村駄目助座衛門(きむ、らだめす、けざえもん)と名前をパロっているあたりから笑えますが、将軍を決めるお告げを告げるいんちき占い師の名前が「細毛」と「荏原」の二人というのが大笑いでした。一方、アムネリスは実在の人物である濃姫として、最後に織田信長へ嫁にやられるというオチが傑作です。農姫を演じるのは中村勘三郎でさすがの演技です。

演出は歌舞伎と言ってもほとんど演劇風の実にわかり易いものです。ヴェルディの勇壮な音楽が、笛やお囃子や演歌ヴァイオリンで安っぽくバックに流れるのがまた雰囲気をかもし出してセンス抜群です。とくに凱旋のシーンでは軍隊ラッパのアイーダ行進曲とともに美濃軍が旗印を連ねて、大八車に戦利品を積んで行進してくるなど、最高のパロディで大笑いでした。

それが最後の地下牢での二人のこの世への別れのシーンになると、迫真の演劇のやり取りが実に胸を打ちました。その感動たるや、オペラ公演をむしろ凌ぐほど。さすがは野田秀樹です。そういえば、このシーンの音楽だけは、ヴェルディの原曲では無くマーラーの第五交響曲の「アダージェット」に差し替えていました。ちょっと驚いたものの違和感は感じませんでした。むしろイメージにピッタリで分かり易くて良かったと思います。

何しろ面白かったです。公演はまだ2週間ほど続くのでお薦めですが、昨日も立ち見が出るほどでしたので前売りはもう残っていないかもしれません。

野田秀樹演出の歌舞伎は過去にも2回行われていて、それは劇場映画化されています。「歌舞伎シネマ」という形で全国の劇場で順番に公開されていますので、お薦めです。特に「研辰(とぎたつ)の討たれ」という作品は抱腹絶倒、これほど面白い映画はこれまでにちょっと思い当たりません。騙されたと思って必ず観に行ってください。もうひとつの「鼠小僧」という作品もやはり凄ごく面白いですよ。

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