ブラームス ヴァイオリンとチェロの為の二重協奏曲イ短調op.102 名盤
いよいよ秋が深まってきました。いやでも「もののあはれ」を感じる季節です。
秋は夕暮。夕日のさして、山の端はいと近うなりたるに、烏の寝どころへ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど飛び急ぐさへあはれなり。まいて雁などのつらねたるがいと小さく見ゆるは、いとをかし。日入り果てて、風の音、虫の音などはたいふべきにあらず。(「枕草子」清少納言)
この季節にはやはりブラームスの音楽が一番心にしみわたります。昨年の秋にはブラームス特集として主要な曲をご紹介しましたが、今秋は一曲も取り上げていません。そこで、未だ触れていなかった「ヴァイオリンとチェロの為の二重協奏曲」を取り上げてみます。この曲には2人のソリストが登場します。ヴァイオリン協奏曲が「独身の曲」だとすれば、二重協奏曲は「夫婦の曲」をイメージできるかもしれません。事実、ブラームスはこの曲に「夫婦」の意味を込めて書いたとも言われています。しかしこの曲の2人のソリストは時に寄り添い、時に激しくぶつかり合い、と正に実際の夫婦の縮図のようです。
何はともあれ、この曲は大変充実しています。この曲もやはり、初めは交響曲になるはずでしたが、作曲途中で協奏曲に変更されました。ブラームスの協奏曲はオーケストラパートが充実しているので、どの曲も「独奏付き交響曲」という雰囲気ですが、この曲は管弦楽をバックにヴァイオリンとチェロがぴたりと寄り添ったり対峙したりする様が絶妙です。これはやはり室内楽作品を得意とするブラームスならではでしょう。第1楽章の展開部に入る前の2つの楽器の重奏にも圧倒されます。そして全体の曲想も大変に魅力的です。第1楽章の主題のカッコ良さにも惚れ惚れしますが、第2楽章の昔を懐かしく回想するような趣きはたまりません。第3楽章も実に充実しています。僕は、この曲がヴァイオリン協奏曲に負けず劣らず好きなのです。それでは僕の愛聴盤のご紹介です。
アドルフ・ブッシュ(Vn)、ヘルマン・ブッシュ(Vc)、クレツキ指揮フランス国立放送(1949年録音/Music&Arts盤) 戦後、ヨーロッパのフランスでのライブ録音です。戦前のドイツロマン派の最後の大家アドルフ・ブッシュは四重奏団の活動が多かった為に、コンチェルトの録音はブラームスやベートーヴェンといった僅かのものに限られています。ですので二重協奏曲の録音が聴けるのは貴重です。この演奏は正にドイツ浪漫の何物でもありません。第2楽章の主題にボルタメントをかけて大きく歌うあたり、懐かしくもロマンティックな表現には圧倒されることでしょう。他の演奏とは全く次元が異なります。ただ、第1、第3楽章は録音が古い分聴き応えが半減するのが残念です。この録音は他レーベルでも出ていますが、1楽章冒頭の音消えが有りますのでご注意ください。Music&Arts盤は大丈夫です。
シュナイダーハン(Vn)、シュタルケル(Vc)、フリッチャイ指揮ベルリン放送響(1962年録音/グラモフォン盤) 決して派手ではないですが、聴いていて自然に心に染み入るような演奏です。ウイーンの名手シュナイダーハンのヴァイオリンは非常に心のこもった良い演奏ですし、シュタルケルの男気の有るチェロはブラームスにぴったりだと思います。またフリッチャイの伴奏指揮もとても素晴らしいです。彼らはブッシュ達ほど表現が濃厚では有りませんが、何度でも聴きたくなるような、実にしっとりとした魅力的なブラームスを聞かせてくれます。個人的にはとても気に入っている演奏です。
オイストラフ(Vn)、ロストロポーヴィチ(Vc)、セル指揮クリーヴランド管(1969年録音/EMI盤) この曲を初めて聴いた演奏です。豪華な顔合わせで、当時は決定盤の名を欲しいがままにしていました。現在よくよく聴いてみると、オイストラフもロストロポーヴィチも元々深刻な演奏はしないためにブラームスにはいま一つの共感を感じません。もっともそれは僕の個人的な感想なので、余り暗くならないブラームスの方が良いと言う人も居るでしょう。そのような方には丁度良い演奏ではないでしょうか。技術的には全員充分に優れていますが、重奏の部分なんかは2人とも勝手に弾いている印象なので意外に凄みが感じられません。
エーリッヒ・レーン(Vn)、トレスター(Vc)、シュミット=イッセルシュテット指揮北ドイツ放送(1970年録音/米JOY盤) これは海賊盤ですが、北ドイツ放送響創設25周年記念演奏会の貴重なライブ演奏です。レーンは1940年代のベルリンフィルのコンサート・マスターでした。この時、既に技術的に衰えてしまっていたのか怪しい所が多々有りますし、チェロとの重奏箇所なんかもピタリとは合っていません。けれども第2楽章の深々とした雰囲気なんかを聴いていると、やはりドイツの魂を感じさせてくれる気がします。イッセルシュテットも手兵の北ドイツ放送を指揮して、いかにもドイツ的で味わいのある演奏を聞かせています。
シェリング(Vn)、シュタルケル(Vc)、ハイティンク指揮コンセルトへボウ管(1971年録音/フィリップス盤) シェリングは僕の最も好きなヴェイオリニストの一人ですし、シュタルケルも相変わらずブラームスに合う男っぽい演奏です。両者のアンサンブルも申し分が有りません。但し、とても美しい演奏には間違いが無いのですが、いまひとつ高揚感や情熱に不足を感じ無いでもありません。シェリング/ハイティンクのヴァイオリン協奏曲もやはり似たような印象でした。これはもしやハイティンクに問題が有るのではと個人的には思っています。
クレーメル(Vn)、マイスキー(Vc)、バーンスタイン指揮ウイーンフィル(1982年録音/グラモフォン盤) バーンスタインの引きずるようなリズムはドイツ風とは違いますが、重量感が有って悪くありません。また、ブラームスではとかく透明感の有り過ぎる響きとなるウイーンフィルも厚味の有る音を聞かせています。クレーメルとマイスキーのテクニック、アンサンブルは優秀ですし、独特の繊細な叙情性も持ち合わせていて魅力的です。クレーメルはアーノンクールの伴奏で再録音しましたが、バーンスタインとの旧盤のほうがずっと良いと思います。
スターン(Vn)、ヨーヨー・マ(Vc)、アバド指揮シカゴ響(1987年録音/SONY盤) ドイツ系のプレーヤーが誰も居ない演奏であるからか、ドイツ風のブラームスからは程遠い、非常に爽やかなブラームスです。アバド/シカゴのオケ演奏は常に腰が浮いた感じで重圧感は有りません。ヨーヨー・マのチェロも上手いのだけれどブラームスらしい含蓄が無く、えらくお気楽な感じがします。スターンは意外に音の衰えを感じさせません。全体としては大変まとまりが良いのですが、全く北ドイツ風でない点が僕の好みからは外れます。
以上の中で、僕に一番しっくり来るのはシュナイダーハン/シュタルケル/フリッチャイ盤です。オイストラフ/ロストロポーヴィチ盤はソリストの2人が、クレーメル/マイスキー盤はバーンスタインの指揮が、どうも「牛刀をもって鶏を割く」という大げさな雰囲気なのでそれほどは好んでいません。これは全くの好みの問題です。
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