ジャクリーヌ・デュ・プレのドヴォルザーク チェロ協奏曲 三種のCD比較
神様がこの世に遣わした名女流チェリストのジャクリーヌ・デュ・プレ。彼女は、その神様の悪戯により28歳で病魔の為に演奏活動から引退を余儀なくされ、そして42歳で早逝してしまいます。けれども、その壮絶とも言える数々の演奏の凄さには比較するものも無く、”最も好きなチェリスト”としてデュ・プレの名前を上げるファンは今でも少なくないと思います。
彼女の代名詞と言えたのはエルガーの協奏曲ですが、それと並ぶのはやはりドヴォルザークの協奏曲でしょう。現役当時は夫のバレンボイムの指揮で録音したEMI盤のみでしたが、その後チェリビダッケとのライヴ録音が世に出るとファンにとっては最高の演奏に位置付けられたと思います。ところが2023年にもなって、驚くことにメータ/ベルリン・フィルと共演したザルツブルク音楽祭でのライヴ録音が現われました。これは演奏だけで言えば、最もデュ・プレがデュ・プレらしく、更には指揮もオーケストラもデュ・プレ的な演奏です。リリースされたのがマイナーレーベル盤なのでどれだけのファンが聴かれたかは分かりませんが、ファンならば絶対に聴き逃してはいけない演奏です。
個人的にはドヴォルザークのこの曲としては更に好む演奏は有りますが(例えば堤剛、コシュラー/チェコ・フィル盤)、それはそれとしてデュ・プレの演奏は演奏史に燦然と輝く偉大な存在です。所有する三種のCDを改めてご紹介します。なお、他にチャールズ・グローブス/BBC響とのライブ録音(BBC盤)も有りますが未聴です。
ジャクリーヌ・デュ・プレ独奏、セルジュ・チェリビダッケ指揮スウェーデン放送響(1967年録音/TELDEC盤)
後述するデュ・プレが1970年にEMIへ録音した演奏には非常に感銘を受けました。けれども、更にそれを上回る感動を覚えたのは、EMI録音の三年前にチェリビダッケとストックホルムで共演をしたライブ録音です。これを聴くとデュ・プレはこの曲をこの時には完全に自分のものとしていたことが分ります。独奏もオーケストラも、こちらの演奏の方が上回っています。聴いているうちに手に汗を握り、白熱した音楽には引きずり込まれずにいられません。デュ・プレの激しい演奏からはドヴォルザークの音楽の癒しというものはそれほど味わえませんので、ならばいっそ徹底仕切った表現のこちらが良いと思います。録音も非常に明瞭でバランスも含めてEMI盤より優れます。
ジャクリーヌ・デュ・プレ独奏、ズビン・メータ指揮ベルリン・フィル(1968年録音/ MELOCLASSIC盤)
なんと2023年にもなってデュ・プレの唯一のザルツブルク音楽祭出演であった1968年のドヴォコンが聴けるとは思いませんでした。この前年のチェリビダッケ共演盤も素晴らしかったですが、こちらのライヴでは若きメータとベルリン・フィルの熱さが半端なく、デュ・プレと三者が死に物狂いでぶつかり合う極めて壮絶な演奏です。その為かデュ・プレにも他の録音と比べても最も表情の豊かさや激しさが有ります。つまりデュ・プレのファンにとってはこれこそが最高の演奏となると思います。録音はモノラルとのことですが、明瞭で広がりが有るのでステレオ録音かと思うほどです。2枚組のディスクにはシューマンの協奏曲、ベートーヴェンのチェロ・ソナタ第5番、ブリテンのチェロ・ソナタなどのライヴが収録されていて嬉しいです。
ジャクリーヌ・デュ・プレ独奏、ダニエル・バレンボイム指揮シカゴ響(1970年録音/EMI盤)
天才女流チェリスト、デュ・プレの演奏との最初の出会いは、このドヴォルザークの録音でした。そして非常に感銘を受けました。歌い回しの雄弁さが圧倒的で、音の一つ一つへの精神的な思い入れが本当に凄かったからです。一方バレンボイムの指揮は評判が余り良く無いようですが、それはデュ・プレの凄さに比べるとどうしても冷静な印象を受けてしまうからでしょうし、特に悪いとは思いません。それよりも常に全力投球のデュ・プレにはドヴォルザークの音楽として、もう少し癒しが欲しい気もします。またチェロのオブリガート部分になっても常にオーケストラのソロパート以上に目立つようなEMIの録音バランスの設定には幾らか古さを感じてしまいます。
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コメント
メータ盤は未聴ですが、1枚選ぶなら俄然チェリビダッケ盤でしょう。バレンボイム盤はチェロがクローズアップされ過ぎ・オケは引っ込み過ぎで、バランスが悪いし、しいていえば録音そのものも悪い。チェリビダッケ盤も良いとは言えませんが、録音のバランスは正常だし、演奏も素晴らしい!というか、チェリビダッケはバレンボイムを「”指揮は出来ない”が良いピアニスト」と言っています。チェリビダッケとバレンボイムでは勝負になりません。バレンボイムと言えば、マーラー「第9」は同曲の最下層レベルの酷い演奏でした。「商品」として成立していませんね。
投稿: 桜井 哲夫 | 2024年8月 6日 (火) 20時00分
桜井 哲夫さん
メータ盤は人によっては断然1番でしょう。ただし僕もチェリビダッケ盤の方が好みです。
バレンボイムのマーラ―9番はもちろん上位ではありませんが僕は好きですよ。
オペラを指揮すれば少なくともチェリビダッケよりは上手いでしょう。恐らく。
投稿: ハルくん | 2024年8月 7日 (水) 07時12分
アップルウオッチを医者から言われて購入するとアップルミュージック3ヶ月無料がついてきたので、廃盤扱い?のバレンボイムのシューベルトなど簡単に聴けたので、デュ・プレのも2種聞き直しました。デュ・プレのフレージングの繊細で情感表現が”刺さる”のに気がついたのは50過ぎ。宇野御大がケルトの神に嫉妬されたという感動ぶりと、御大の惚れた女神を攫って捨てたバレンボイムはボロクソですが、チェリより届きやすいオケをちゃんとやっていると思います。近頃フルニエ・チェリビダッケ・パリ管を推す話が気がかりで、これも聞いてみました。僕にとってはドボコンは最初がフルニエ・セルのLPで、それから入試が中止になってロストロカラヤンなのですが、62年の録音と表記されているものが結局一番十全に感じました(61年と表記されているのも同一演奏でしょうが)。聞き直すとセルの偉大さ、若きフルニエの力量に改めて感じ入りました。一方74年のチェリは巧みに幽玄の境地?のフルニエをサポートしていたと思いますし、オケも結構ですが。丁度クラッシックTVで宮田大が3楽章チェロの最後Dシャープ(嬰ニ)が二に戻る(転調)して終わるところの美しさを話していたので、それも聞き直すと興味深いです。LPではとても面倒でできません、CDでも。でも便利な世の中になりました。
投稿: 野口博司 | 2024年8月10日 (土) 13時16分
野口博司さん
私は保守的なので、アナログ盤こそほとんど聴かなくなりましたが、相変わらずCDで聴くことが多いです。最近のポータブル機器はとても良い音だとは思いますが。
私も実はこの曲に関してはデュ・プレよりもフルニエの方が好きですね。デュ・プレの表現力の凄さは認めますが。
色々と楽しめるのはやはり楽曲の素晴らしさでしょう。
投稿: ハルくん | 2024年8月11日 (日) 10時28分
中2の頃に、ヘリオドールという廉価盤シリーズで発売された【フルニエ/セルBPO】を聴いて以来、現在に至るまで マイベストはフルニエです。ハルくん推薦のクーベリックBRSOとの共演盤も素晴らしいと思います。
デュプレのライヴ盤は特に第1楽章での弦が切れちゃうんじゃないか?と思えるほどの気迫溢れる演奏が圧倒的で、ライヴ盤でのマイベストです。
ドヴォ・コンは超名曲だけに名演奏が多いですが、フルニエ・デュプレに次ぐものとしては、(私的には)やはり【カザルス/セルCPO】(DUTTON盤は音質優秀で、とても1937年録音とは思えませんよ!)、あるいは【シュタルケル/ドラティLSO】あたりかな? なお、ロストロのドヴォ・コンは、どれも苦手です(笑)
投稿: Lehar大好き | 2024年8月17日 (土) 09時18分
Lehar大好きさん
私もチェロに関しては一番好きなのはフルニエかと思います。どの演奏も素晴らしいです。
ロストロポーヴィチは私もずっと苦手でしたが、セル/クリーヴランドとのライブはことのほか気に入りました。これが少しは音の良い録音で聴けたらと思うのですが。。。
投稿: ハルくん | 2024年8月17日 (土) 11時47分