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2024年6月

2024年6月25日 (火)

ロヴロ・フォン・マタチッチ指揮ザグレブ・フィルのベートーヴェン 交響曲全集

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ロヴロ・フォン・マタチッチ指揮ザグレブ・フィルハーモニー管弦楽団(1980-81年録音/Prominent Classics盤) 

昔、N響に何度も客演したことから、我が国のオールド・ファンから今でも愛されているマタチッチですが、晩年に祖国のクロアチア(当時はユーゴスラヴィア)で行ったベートーヴェンのツィクルスのライヴが今年1月にCDリリースされました。遅ればせながら、その鑑賞記です。 

ザグレブ・フィルはヨーロッパでは決して上級レベルの楽団では有りませんが、下手ということはありません。逆に東欧の楽団特有の素朴な響きを持つのが魅力です。野趣を感じさせるマタチッチの芸風にはぴったりだと言えます。

音源はクロアチア放送によるステレオ録音ですが、古めのアナログ録音のような音で年代にしては不満が残りますが、昔のライヴCDの鑑賞がお好きな方には問題は無いと思います。中低域の厚いリマスタリングも聴き心地が良いです。

いずれにせよ、マタチッチにはベートーヴェンの正規録音が少ないので、こうして比較的良い条件で全曲を聴くことが出来るのはとても貴重ですので歓迎しましょう。 

それでは主要な曲から感想を短く紹介します。 

「英雄」は中庸のテンポで、豪快というほどでは有りませんが生命力を感じます。管弦楽の洗練されない素朴な味わいが魅力です。 

「運命」は速くも無く遅くも無いテンポですが地に根付いたような安定感が有ります。男性的とも言える雄渾さがこの曲にはぴったりです。 

「田園」はオーケストラの素朴な音色や上手過ぎない木管楽器が田舎臭さを醸し出していて、のどかな味わいに心底惹き付けられます。“嵐”もこけおどしには成りません。 

第7番は思ったよりも重厚さが感じられませんが、現代の快速演奏と比べれば充分に重量感が有ります。終楽章は中々に高揚しますが、全体的には更に雄渾にやって欲しかったと思います。 

「第九」の1楽章は豪快さとずしりとした重み、かつ奔流のような勢いが有ります。2楽章には男性的な骨太さ、3楽章には表面的に陥らない崇高さが感じられます。終楽章は歓喜の主題が殊のほか速いテンポで豪快です。ソリスト、合唱団は自国演奏家で固めていて、熱く一生懸命なのは分かりますが、普段CDで聴く一流どころに比べると少々聴き劣りはします。 

残る、第1番、第2番は楽想の小ささを感じさせない堂々とした恰幅の良さが有ります。緩除楽章には心に沁み入る深い味わいが感じられます。 

第4番は重量感の有る豪快な演奏で、「3番と5番に挟まれた小曲」などという印象は完全に吹き飛びます。正に“野人“の本領発揮です。 

第8番もどっしりと手応えの有る演奏ですが、終楽章は荒れ狂います。マタチッチの個性が生きていて、カザルスの指揮に共通したところが有るようにふと思いました。 

ということで、ベートーヴェンの全集のファーストチョイスとして上げることは有りませんが、個性的な演奏を求めたい人にはお勧めしたいです。もちろん昔からのファンにも!

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2024年6月18日 (火)

プロコフィエフ バレエ音楽「ロミオとジュリエット」全曲 Op.64 名盤

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「ロミオとジュリエット」というと過去の記事にも書きましたが、どうしても青春時代に観たフランコ・ゼフィレッリ監督の映画が忘れられません。ゼフィレッリ監督が造りだした中世の街やお城の世界が夢のように美しく、ニーノ・ロータの音楽は中世のイメージを生かして魔法のようでした。そして主役のオリヴィア・ハッセーとレナード・ホワイティングの何という初々しさ!あの映画こそが自分の「ロミオとジュリエット」体験の原点です。

それはそれとして、バレエ音楽として最も有名なのは、セルゲイ・プロコフィエフの作品です。プロコフィエフがパリからロシアに戻り、たまたま接したシェイクスピアの悲劇的な戯曲に感激して、バレエ音楽の創作を思い立ちました。

作品は1936年に、たった4か月の期間で一気に書き上げられました。元々はレニングラード・バレエ学校の創立200年祭で上演される予定でしたが、酷評された為に契約は破棄となります。そして2年後の1938年にチェコのブルノ劇場で初演されて成功を収めます。
ブルノでの上演が成功したことから、1940年にキーロフ劇場で上演されることになりましたが、この時はダンサー達が楽曲のシンコペーションのリズムに非常に苦労してしまい、ボイコットされかかったそうです。それでも何とか上演に漕ぎつけると成功を収め、ソビエト・バレエの最高の作品の一つだと讃えられました。プロコフィエフのバレエ音楽の中で最も長大でドラマティックな傑作ですし、ストラヴィンスキーの「春の祭典」やラヴェルの「ダフニスとクロエ」などに続く革新的な作品です。 

<あらすじ>

第一幕 時は14世紀。北イタリアの街ヴェローナ。
第1場 モンタギュー家とキャピュレット家という二つの名家が有ったが、長年お互いに抗争を繰り返していたので、ヴェローナを治める大公は、とうとう再び争い沙汰を起こした者はこの街から追放すると命じる。 

第2場 モンタギュー家とキャピュレット家には、それぞれロミオという若者とジュリエットという娘が居た。あるときキャピュレット家で開かれた仮面舞踏会に、ロミオは友人たちと紛れ込む。するとロミオとジュリエットは出会って恋に落ちてしまう。 

第3場 キャピュレット家のバルコニー。ロミオは夜更けに庭から隠れるようにしてジュリエットに会いに来て、二人は愛を交わす。 

第二幕
第1場 街の市場でロミオが若者たちと楽しんでいる。そこへジュリエットの乳母が秘密の使者としてやって来る。 

第2場 ロレンス神父の邸。ロミオとジュリエットは秘密裏に結婚式を挙げる。神父は二人の結婚が両家の抗争を終わらせることになることを願っている。 

第3場    街の市場。モンタギュー家とキャピュレット家の若者たちが出くわす。キャピュレット家のティボルトの挑発が発端となって争いが起きてマキューシオが命を落とす。ロミオは親友の死に激高してティボルトを殺してしまう。 

第三幕
第1場
 ジュリエットの寝室。追放処分となったロミオはジュリエットと一夜を共にする。朝になるとロミオは悲嘆にくれながら出て行く。一方ジュリエットは両親からパリスとの結婚を迫られて困り、ロレンス神父に助けを求める。神父はジュリエットに仮死状態となる薬を渡す。ジュリエットが死んだと見せかけて、その隙にロミオとともに逃げる計画だったのだが、それはロミオに上手く伝わらなかった。 

第2場 キャピュレット家の墓所。棺のジュリエットの元へロミオが駆けつける。薬による仮死状態だと知らないロミオは哀しみ、毒薬を飲んで自ら命を絶つ。その直ぐ後にジュリエットが目覚めるが、ロミオの死を知ると短剣で後を追う。 

<愛聴盤のご紹介>

この作品のディスクは組曲版が多く出ていて、もちろん気軽に楽しめはしますが、どうせなら全曲版で鑑賞したいです。そこで愛聴盤のご紹介です。 

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ロリン・マゼール指揮クリーヴランド管弦楽団(1973年録音/DECCA盤)
マゼールがセルの後任としてクリーヴランド管の音楽監督に就任して初の録音でした。セルに鍛え上げられたクリーヴランド管の精緻なアンサンブルと澄んだ響きはプロコフィエフの近代的な管弦楽を表現するのにはうってつけでした。マゼールの指揮も速いテンポでサクサクとしたキレの良さが格別です。ただしその分、重量感が欲しい楽曲において音が軽く感じられてしまったり、もう少しゆっくり歌わせて欲しいと感じる箇所が有ります。プロコフィエフの持つロシア的な情緒感や暗さといったものもかなり稀薄です。マゼールのことですからもう少し個性を打ち出しても良かったようにも思いますが、日本でもレコードアカデミー賞を受賞して、この当時とても話題となったディスクでした。DECCAのアナログ録音技術が頂点を極めた時代の録音ですので音質的にも文句無しです。 

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アンドレ・プレヴィン指揮ロンドン交響楽団(1973年録音/EMI盤)
1973年は、この作品の当たり年で、マゼール盤の録音直後にプレヴィンとロンドン響によるEMI録音も行われました。マゼール盤の録音終了が197366日、プレヴィン盤の収録開始がその翌々日68日なのはびっくりです。こちらはバレエ音楽を得意とするプレヴィンらしく、メリハリをつけた音楽と躍動するリズムの冴えが、息つく間を与えないほどに聴き手を惹き付けます。まるで映画を観るような雰囲気も有りますし、フィナーレも感動的です。もっとも全体的に楽しく、暗さや悲劇性に関しては幾らか薄いようにも感じられますし、ロシア的な情緒も物足りません。ロンドン響はプレヴィンとの相性の良さが際立っていて、アンサンブルのレベルも高いですが、細部の精緻さにおいては他盤より幾らか劣ります。録音はEMIにしては優秀なので鑑賞上の不満はほとんど有りません。 

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ワレリー・ゲルギエフ/キーロフ管弦楽団(1990年録音/フィリップス盤)
ゲルギエフは「ロミオとジュリエット」をロンドン響と再録音を行なっていますが、自分が所有するのはキーロフ劇場管との旧録音盤です。ゲルギエフは一世代前のロシアの爆演系指揮者とは異なり、迫力は有っても決して音量のリミッターを外すような真似はしません。繊細かつ多彩な管弦楽の音色の変化も持ち合わせます。その音色感覚はCDでは中々聴き取ることが出来ませんが、実演で生の音を聴くとそれは驚異的です。従って、プロコフィエフは最善のレパートリーの一つだと言えます。手兵のキーロフ管を駆使して、非常に美しい音とデリカシー溢れる歌い回し、そしてリズミカルで生き生きした演奏を繰り広げています。凄味の有る不協和音ですら騒々しく感じられることが無く、斬新な響きを楽しめます。フィリップスの録音も極上の出来栄えです。それまでのマゼールやプレヴィンの名盤を凌駕する素晴らしい全曲盤です。 

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ウラディーミル・アシュケナージ指揮ロイヤル・フィルハーモニー(1991年録音/DECCA盤)
アシュケナージの指揮に才能が有るかどうかは良く分かりませんが、マエストロがプロコフィエフを好んでいる事だけは確かです。リズムが生き生きとしていて軽やかな場面と重々しい場面での切り替えも秀逸ですし、ダンサー達の舞踏がまるで目に浮かぶようです。ロイヤル・フィルが元々持っている管弦楽の豊かな色彩感も魅力的ですが、それは決して極彩色では無く落ち着いた色合いなのはやはり英国の団体です。アシュケナージはロシア人指揮者にしてはそれほどロシア風の味が強く感じられないのは不思議で、むしろ英国風のスマートな印象が強いです。この人のピアノ演奏と共通していそうです。しかしこの演奏は聴いていて心が弾むように楽しくなる点では随一かもしれません。DECCAの録音はマゼール盤を凌ぐ優秀さです。

以上ですが、どれにも魅力が有るものの、どれか一つと言われれば迷うことなくゲルギエフ盤となります。

<関連記事>
バレエ「ロミオとジュリエット」 ゲルギエフ/キーロフ管の名盤

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2024年6月 3日 (月)

アントン・ブルックナー 交響曲全集 ~名盤~

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ブルックナーやマーラー、それにベートーヴェンなどは交響曲の全集が数多く出ていますが、全ての曲の演奏が良いというものは中々存在しないと思います。その人に熱烈な「押し」が有る場合は別なのですが。ですので、結局はそれぞれの曲ごとに好きな演奏を選び出すことになります。ただ、一人の指揮者で全曲を聴き通すことで、各曲の色合いの違いを細かく知ることが出来るという利点は有るのかもしれません。 

そういうわけでブルックナーの生誕200年を記念して(笑)自分の気に入っている全集盤を挙げてみたいと思います。 

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オイゲン・ヨッフム指揮ベルリン・フィル、バイエルン放送響(1958-67年録音/グラモフォン盤)
ヨッフムはブルックナーを非常に得意としていた名指揮者で、交響曲全集を2回録音しています。これは最初の全集で、ベルリン・フィルとバイエルン放送響とを曲によって振り分けています(2,3,5,6番がバイエルン放送で、残りはベルリン・フィル)。音の傾向からするとバイエルン放送響のほうがブルックナーには適していると思います。オーストリアにも近く、アルプス山脈の麓と言っても良いミュンヘンの楽団は昔からブルックナーが得意です。ベルリン・フィルもドイツ的な堅牢な響きを残している時代なので、これはまた別の魅力は有ります。全集としての統一性の点では幾らかマイナスですが、どちらも優秀な楽団なので慣れてしまえばどうということは有りません。ヨッフムの指揮に若々しさが有り、各スケルツォ楽章の切れ味などは印象的です。演奏の出来栄えは曲により幾らか凸凹が有るとはいえ、これだけの水準を保つのは凄いです。中では1番、2番、6番、9番あたりの演奏が特に素晴らしいです。ベルリンのイエス・キリスト教会、ミュンヘンのヘルクレスザールで行われた録音も優れていて余り古さを感じさせません。 

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オイゲン・ヨッフム指揮シュターツカペレ・ドレスデン(1975-80年録音/EMI盤)
ヨッフムの2回目の全集では、名門SKドレスデンが全ての曲を演奏しています。聴きようによってはややメカニカルな音に聞こえたベルリン・フィルよりも、音に古雅な素朴さが感じられるドレスデンの方が聴いていて心地良いのは確かです。録音も透明感の有るグラモフォン盤に対して、こちらは響きの豊かさで知られるドレスデンの聖ルカ教会で東独エテルナにより収録されたことで中声部が厚く感じられます。ヨッフムのブルックナーは新旧盤どちらも神経質にならない素朴さ、豪快さが大きな魅力ですので、どちらを選んでも充分に満足できますが、もしもどちらか一つを選ぶとすれば、平均点の高さが旧グラモフォン盤よりも優れるEMIの新盤を選びます。なお、この全集は何度も再リリースされていますが、CDに限っては国内盤や廉価版のXmasBOXよりも写真のオランダ盤が中低域の音が厚く、本来のドレスデンらしい音が味わえますのでお勧めしたいです。 

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ワレリー・ゲルギエフ指揮ミュンヘン・フィル(2017-19年録音/ワーナークラシックス盤)
オーストリアのリンツではブルックナー音楽祭が毎年秋に開催されますが、ゲルギエフとミュンヘン・フィルは2017年から3年連続で聖地である聖フローリアン修道院で交響曲の全曲演奏/録音を行いました。ミュンヘン・フィルには、これまで層々たるブルックナー指揮者たちが指揮して来たので、ブルックナーの響きが底の底から沁みついています。 ゲルギエフはロシア音楽では定評が有りますが、ブルックナーには懐疑的な方も多いようです。ところが全く正統的な演奏で、特に中期以降の曲ではゲルギエフらしさはほとんど感じられません。ブルックナー指揮者が見せる自然体の解釈により、あの深遠な音楽を再現させています。ただ考えてみればロシア音楽でもゲルギエフはテンポの急激な変化は余り取らずに、息の長い旋律を深く歌わせます。そのスタイル自体は実はブルックナーの理想形に共通しています。これはミュンヘン・フィルの自主制作録音で、聖フローリアン修道院の残響の美しさは有名ですが、各楽器の音の分離とバランスの良さは特筆されます。 

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クリスティアン・ティーレマン指揮ウィーン・フィル(2019-22年録音/SONY盤)
ブルックナーの生誕200年を記念するプロジェクトとして、2019年の第2番からスタートして、2022年の第9番まで足かけ4年で完成させました。ウィーン・フィルはブルックナーの演奏にかけては世界で最も理想的な音色を奏でます。もちろんミュンヘン・フィル、SKドレスデンなども極上の音なのですが、ブルックナーが生れ育ったオーストリアのアルプス地方の空気のように、のどかでいて美しく澄み渡った音はウィーン・フィルならではです。そのウィーン・フィルもこれまで一人の指揮者で交響曲全集を完成させたことは無く、これが初めての全集です。ティーレマンの解釈はドイツ・オーストリアの伝統そのものの正統派スタイルでどの曲も素晴らしいです。中では第4番が最も優れると思いますが、他の曲も其々が名盤の上位に上げたい演奏ばかりです。1番から9番だけでなく、初期の「ヘ短調」「第0番」も含みます。 ウィーンのムジークフェラインとザルツブルクの祝祭大劇場の二か所でライブもしくは無観客ライブで録音されましたが、ウィーン・フィルの美しい音をホールで聴くような臨場感を持つ優秀録音です。  

以上、どれも素晴らしい全集ですが、特に古雅なドイツの響きを持つSKドレスデンとのヨッフムEMI盤、聖フローリアン修道院でのミュンヘン・フィルが聴けるゲルギエフ盤、そしてウィーン・フィルの素晴らしい演奏で初期の2曲を含むティーレマン盤の3つは、どれをとってもブルックナーの音楽に心底浸り切れます。 

<補足>より詳しくは下記リンク参照

ゲルギエフ/ミュンヘン・フィルのブルックナー交響曲全集
ティーレマン/ウィーン・フィルのブルックナー交響曲全集

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2024年6月 1日 (土)

ゲルギエフ/ミュンヘン・フィル ブルックナー交響曲全集 聖フローリアン修道院のライヴ盤

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ワレリー・ゲルギエフ指揮ミュンヘン・フィル(ワーナークラシックス盤) 

今年はアントン・ブルックナーの生誕200年にあたり、世界各地でその作品が多く演奏会で取り上げられるようです。
ブルックナーが生まれたオーストリアのリンツではブルックナー音楽祭が毎年秋に開催されていますが、ゲルギエフとミュンヘン・フィルが2017年から2019年に3年連続で招待され、ブルックナーの聖地である聖フローリアン修道院で交響曲の全曲演奏と録音を成し遂げました。この教会と言えば、朝比奈隆と大阪フィルの1975年ヨーロッパツアーでのライヴ演奏がまず思い起されます。 

ミュンヘン・フィルは、かつてブルックナーの弟子レーヴェがブルックナー作品を積極的に取り上げましたが、その後もクナッパーツブッシュ、ケンペ、ヨッフム、チェリビダッケ、ヴァント、ティーレマンといった層々たるブルックナー指揮者たちが指揮台へ登壇を重ねて来ました。つまりこの楽団にはブルックナーの響きが底の底から沁みついています。 

2015年からこの楽団の首席指揮者になったゲルギエフはロシア音楽では傑出した能力を発揮しますが、個人的にはブルックナーには懐疑的でしたので、この全集も三年ほど前に出ましたが、全く聴きませんでした。ところがひょんな事から一部を耳にして素晴らしさに驚き、すぐに全集盤を入手しました。 

全体に、特に中期以降の曲ではゲルギエフらしさはほとんど感じません。チャイコフスキーの時のような濃厚さは見せず、ほとんどのブルックナー指揮者が見せる自然体の解釈により、あの深遠な音楽を再現させています。ただ考えてみればロシア音楽でもゲルギエフはテンポの急激な変化は余り取らずに、息の長い旋律を深く歌わせます。そのスタイル自体は実はブルックナーの理想形に共通しています。

管弦楽の響きについては何しろ聖フローリアン修道院の長い残響の美しさは有名で、ここでミュンヘン・フィルが演奏すれば指揮者は普通に指揮しても(変なことをしなければ)まず名演となるでしょう。 

これはミュンヘン・フィルの自主制作録音盤ですが、残響と各楽器の音の分離は良好で、バランスの良さは特筆出来ます。

全集CD盤はワーナークラシックスが販売していますが、他にもBlu-ray + DVD盤も出ていますので価格はともかくお好みで。各曲の1枚盤も出てはいますが、やはり全集をお勧めします。 

各曲の短い感想と録音データ、使用版を付け加えます。 

交響曲第1番ハ短調(2017925日録音)リンツ稿 ノヴァーク版
1楽章を落ちついた歩みで開始され、力みが皆無です。凛とした空気感が素晴らしく、改定前のリンツ稿の使用でありながら、中期作品のような余裕と貫禄を感じさせます。これを聴けばゲルギエフがブルックナーを正統的なスタイルで掌中に収めていることが直ぐに分ります。 

交響曲第2番ハ短調(2018924-25日録音)1877年ノヴァーク版
1楽章は速めのテンポでサクサクと足取りを進め、若々しさを感じます。対旋律は明確に処理されて、各部の表情がとても豊かです。2楽章は美しく、奥深さも感じさせます。3、4楽章はやたら煽らずに落ち着きが有り、底光りするような美しさと魅力が有ります。

交響曲第3番ニ短調「ワーグナー」(2017925日録音)1888/89年ノヴァーク版
ゲルギエフは最初の年に1番、3番、4番を演奏しました。後期の作品はごく自然体ですが、初期の曲では幾らか表現意欲を感じさせます。それが不自然なことは無く、逆に初期作品の幾らかの物足りなさを補う結果をもたらしています。この曲も震えるほどに美しくロマンティックで心から魅了されます。 

交響曲第4番変ホ長調「ロマンティック」(2017926日録音)1877/78年第二稿+1880年終楽章
導入部の神秘的な美しさは特筆されます。主部に入ると割と早めにサクサクと進み、徐々に壮絶なほどに盛り上がります。ロマンティックで表情は豊か、積極的な表現意欲を感じますが、あくまで自然で効果的です。往々に退屈する2楽章も飽きさせません。3、4楽章も作品を再認識するほどの楽しさが有り、この曲が苦手の人にこそ聴いて欲しいです。 

交響曲第5番変ロ長調(2019923-24日録音)原典版
1楽章はゆったりとしたテンポでスケールが大きいのは良いのですが、展開部がイン・テンポ過ぎて高揚感に不足を感じます。しかし後半では巨大な大伽藍となり正に圧巻です。2楽章の荘厳さと美しさも最も素晴らしいものの一つです。後半も3楽章、4楽章と素晴らしく、特に後者の壮大さは特筆されます。この曲のベスト盤のヨッフム/ACOに次ぐ位置を占めるかもしれません。 

交響曲第6番イ長調(2019924-25日録音)原典版
この曲も他の曲と同様にゆったりとしたテンポでスケールの大きい演奏です。1楽章から美しく、ハッタリが皆無なので幾らか地味に感じられます。2楽章も沈み込む雰囲気とは違いますが、大層美しいです。3楽章以降もむしろ地味さが良い方に転んでいて、ブルックナーとしてはともすると外面的に聞こえるこの作品が後期の傑作に近づくような奥深さを感じさせます。過去のヨッフムやスクロヴァチェフスキの名盤に並ぶと思います。但し録音が余りに残響豊か過ぎには思います。 

交響曲第7番ホ長調(2019925-26日録音)原典版
あの朝比奈/大阪フィルのフローリアン盤を思い起こします。ゆったりとした呼吸の深さが素晴らしいです。2楽章の修道院の響きと管弦楽の響きが一体となっての美しさは実に感動的です。終楽章はスケールが巨大で、あたかもアルプスの巨峰を仰ぎ見るようで正に圧巻です。この曲のベスト盤を争うことでしょう。 

交響曲第8番ハ短調 2018926日録音)1890年ノヴァーク版
遅めのテンポで堂々としたスケールの大きさが有ります。クナッパーツブッシュはともかく、ヨッフムやヴァントの演奏のような圭角を感じないのに幾らか物足りない気もします。とはいえ修道院の深い響きで聴けるこの曲の演奏の魅力はやはり特別なものです。 

交響曲第9番ニ短調 (2018926日録音)原典版
ゆったりとしてスケールが大きく、この曲に相応しいです。と言ってもバーンスタインやジュリーニのような余りに遅過ぎてもたれるようなことが無いのが良いです。特に第3楽章は深々として極めて感動的です。この演奏はこれまで双璧として好んできたシューリヒト/VPO、ヨッフム/MPO両盤に加えてベスト3としても良いかもしれません。 

少し前にティーレマンとウイーン・フィルの全集を「決定盤」と言いました。00番、0番が含まれる点を考えるとそれは変わりませんが、1番から9番が揃えば良いという方には、むしろこのゲルギエフ盤をお薦めしたい気がします。 

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聖フローリアン修道院

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