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2024年3月25日 (月)

マウリツィオ・ポリーニを悼んで

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マウリツィオ・ポリーニが亡くなりました。大学生の時にショパンの「練習曲集」のレコードが出て、『これ以上なにをお望みですか』というキャッチコピーが印象的でしたが、実際に聴いてみると本当に凄くて驚いたものです。その後もショパンなら「ポロネーズ集」「前奏曲集」「ソナタ集」と立て続けに出て、どれも素晴らしかったですが、練習曲集の『これ以上』というのは中々無かったようには思います。

それからは「世界最高のピアニスト」の称号を掲げられ続けて、数多くの録音を行い、日本にも何度も訪れました。ホロヴィッツ、リヒテル、ミケランジェリと言った大巨匠達とも肩を並べる存在でした。正直言えば、個人的にはそれほど夢中に成ったわけでは有りませんでしたが、それでもあの時代における存在感は大変なものです。ピアニストに限らず、指揮者や演奏家にいわゆる超大物が少なくなった現代、小澤さんら巨星の相次ぐ逝去には一抹の寂しさを覚えます。

ご参考までにポリーニのディスクに関する主だった感想記事は下記辺りに含まれています。

ショパン 練習曲集
ショパン 前奏曲集
ショパン ポロネーズ集
ショパン ピアノソナタ第2番「葬送」
ショパン ピアノソナタ第3番
シューマン 交響的練習曲
モーツァルト ピアノ協奏曲集
ベートーヴェン ピアノ協奏曲全集
ブラームス ピアノ協奏曲第1番
ブラームス ピアノ協奏曲第2番

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名ピアニスト」カテゴリの記事

コメント

ポリーニを「音楽性を抹殺するために技巧を磨いた」と評した某合唱指揮者がいましたが、宇野功芳死去後はメディアに相手にされなくなりましたね。まぁ、ロクに聴きもしていないのでしょうが。
ポリーニはベームと組んだ協奏曲が特に素晴らしいですね。ウィーン・フィルの美音がアナログ最末期で温かく収録されているのも大きい。特に「皇帝」はかなりの名演ですね。

投稿: 桜井 哲夫 | 2024年3月25日 (月) 18時16分

桜井哲夫さま

「音楽性を抹殺するために技巧を磨いた」とは出鱈目も良いところですね。。。イスラムなら公開処刑に値します(笑)
もちろん自分も演奏曲目によっては好きなものもそうでないものも有りますが、仰る通りベームとの「皇帝」は素晴らしいです。

投稿: ハルくん | 2024年3月26日 (火) 00時32分

ハルくん様
ポリーニ氏の訃報、23日にスマートフォンを操作中にネット上で知り、仰天いたしました。
今年の序盤から、小澤征爾さんにこのポリーニ氏と、巨星が相次いで堕ち、私ごとき古手の愛好家の末席にある者は、何とも遣りきれない思いです。ポリーニ氏の御冥福を、心よりお祈りして結びの言葉にさせていただきます。

投稿: リゴレットさん | 2024年3月26日 (火) 17時08分

リゴレットさん

自分のような古い愛好家にとっては、多くの巨星が堕ちるのを見て来ましたが、いよいよという感じですね。
幸いにして残された録音遺産を鑑賞することが可能ですので、それを聴きながら心から悼みたいです。

投稿: ハルくん | 2024年3月27日 (水) 11時08分

ハルくん様
そうですね!ポリーニ氏は、ドイツ・グラモフォンと契約上の強固な結びつきがございましたし、その芸風を偲ぶに足る、立派な音源が数多遺されております。
その意味では『生きて』いらっしゃるのです。

投稿: リゴレットさん | 2024年3月27日 (水) 22時05分

「音楽性を抹殺するために技巧を磨いた」
ではなく
『魂を抹殺するためにテクニックを鍛え上げた』
ですね。
正確には
「ポリーニの悲劇は『伝えるものが何もないのにテクニックがある』或いは『魂を抹殺するためにテクニックを鍛え上げた』ということになるだろうか』
です。

賛否はともかく『「音楽性を抹殺するために技巧を磨いた」とはだいぶニュアンスが違うようにおもいます。

投稿: しま | 2024年3月28日 (木) 21時47分

しまさん

ご訂正をありがとうございました。
ただ、そのくだりを通して読んでみると、結局は同じようなことを言っている気がしますね。。

音楽評論家は通り一遍のことを書けば見向きをされないし、過激なことを書けば批判されるし、因果な職業ですね。まぁ好きなことを書いて飯が食えればこんなに楽しい職業も無いでしょうが(笑)。

投稿: ハルくん | 2024年3月29日 (金) 06時48分

そうですね。結局ポリーニ批判という点ではおなじこと、になるのかもしれませんが、音楽性を否定したわけではないのではということです。福島氏や宇野氏は音楽性と精神性(音楽への魂込め)は断じて違うという考えを他所で書かれていたはずです(最近SNS上では『精神性』について批判的な雑音が喧しいですが、なにをかいわんや・・・といいたくなります)。

魂込めといえば、同じ本にティレーマンの興味深い見聞が紹介されてますね。カラヤンとBPOのリハーサルの見学を許された彼がその仕上がり具合に『オーケストラとは、かくも見事な音と響きを奏でるものか」と驚嘆。ところが次の瞬間、ティーレマンはカラヤン指揮台上の一言を耳にして唖然としました。カラヤン曰く「完璧に弾けるようになりましたね。では次に、曲に魂を入れましょう」。当時のティーレマンにとって到達点と思われたところが出発点であったことが人生を一変させるほどの衝撃的な体験であったとのこと。(このエピソードは中野雄氏が紹介)。

この三人の共著による本『クラシックの名盤』はポリーニにもカラヤンにもかなり批判的ですが、ユニークで示唆に富む名著であると信じます、三人の中で飛び抜けて若い福島氏は御大二人とは全く毛色が違い推薦盤もほとんどが異なりますが、多くの隠れた名盤を紹介いただき、非常に感謝しております。福島氏がいなければGeorges Pludermacherのベートーヴェンなぞ絶対に聞くことがなかった。彼のポリーニ批判はたしかに苛烈であり信奉者には腹立たしいでしょうが『まぁ、ロクに聴きもしていない」などということはちょっと言い過ぎで、この本を読まれたなら福島氏が真摯にアーチストに向き合っておられるは自明であるはずです。その表現が時に厳しくなるのはその真摯さゆえといえ、凡百の生ぬるい評論家諸氏とは一線を画す存在であると思うのです。むろんこれは師の宇野功芳ゆずりでしょうね。むろん彼の見識に賛同するかどうかは別の問題ですが、このこと(ポリーニ批判)で彼の存在自体を否定してしまうことはあまりにもったいないとおもってしまうのです。彼の他の著作も何冊か読みましたがいずれも大変な熱量と時間をかけた労作です。正直いえば私は彼の推薦盤よりは宇野氏の推薦盤のほうが好みにあうことがおおいのですが、確実に音楽を聴く楽しみを増やしていただきました。

投稿: しま | 2024年3月29日 (金) 22時15分

しまさん

私も宇野さん、福島さんの著作は結構読みました。特に宇野先生の本はクラシックを本格的に聴き始めた頃に繰り返し読んだものです。
お二人、いや御三方とも凡百の毒にも薬にもならない批評家よりは遥かに面白いです。
ただ、どの批評家押し盤も、気に入るのは良くて半分です。つまり半分は自分の好みとは別だということです。自分の好み、価値観とぴたり一致する人など、評論家でも友人でもどこにも居ないということです。
だからこそクラシック音楽鑑賞は面白いのですよね。

投稿: ハルくん | 2024年4月 1日 (月) 09時01分

ハル君さん ご無沙汰しております。
私がクラシック音楽を聴き始めたのは高校2年だった1978年、確か翌年の1979年に初めて買ったショパンのレコードがポリーニの「24の前奏曲」でした。最初の゙脳への刷り込みの影響は大きようで、未だにショパンの最も好きな曲は「24の前奏曲」で、この曲を聴く時に最も多く取り出すのはやはりポリーニの演奏です。
演奏自体はポゴレリッチやソコロフの演奏の方が凄いと思ってますが。ポリーニにはこの曲の再録音して欲しかったですね。

投稿: トラオ | 2024年4月 2日 (火) 21時25分

トラオさん、こんにちは。

大切な想い出をありがとうございました。
そうですね、自分も同じような経験を憶えています。
プレリュードはポゴレリッチ、ソコロフ、それにコルトーやアルゲリッチ、どれも好きですが、ポリーニであればエチュード、ポロネーズと並んで好きです。

投稿: ハルくん | 2024年4月 3日 (水) 16時42分

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