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2020年11月16日 (月)

ベートーヴェン チェロ・ソナタ第3番 イ長調Op.69 名盤

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ベートーヴェンが器楽曲のジャンルで最も情熱を注いだのが32曲のピアノソナタ、そして16曲の弦楽四重奏曲だというのは紛れもない事実ですが、続いてはヴァイオリンソナタを全部で10曲書き上げています。それに比べればチェロソナタの5曲というのは決して多くは有りません。

しかし、チェロソナタは初期の作品5の第1番と第2番、中期の作品69の第3番、後期の作品102の第4番と第5番と、それぞれの時代の特徴や形式を代表するような傑作を残しています。ですので比較的初期に作品が集中しているヴァイオリンソナタ以上にベートーヴェンの作風の進化を示しているように思います。

5曲のうち、最も良く知られていて一際人気の高いのは作品69の第3番ですが、作品5の2曲の親しみやすい魅力にも大いに惹かれます。一方で作品102の2曲には後期に見られるある種の理屈っぽさが感じられる為に、いつでも楽しく聴けるという訳には行きません。

なにはともあれ第3番は中期の"傑作の森"において「運命」「田園」「皇帝」などと共に書かれましたので、演奏時間こそ20分ちょっとと比較的短めながらもおよそ内容に無駄が無く、凝縮しきった大変な傑作です。

ベートーヴェンが様々な曲で試みたように、ここでもまたチェロはピアノと対等な役割を担っています。それ以前のチェロソナタは、実質「チェロ伴奏付きのピアノソナタ」でした。
この曲のチェロ奏法は格段に高度な技術を求められるようになっていて、低音から高音まで広い音域が要求され、ピアノと時には寄り添い、時には渡り合い、かつ豊かに歌い上げなければなりません。

曲は三楽章構成です。

第1楽章 アレグロ イ長調。2分の2拍子。
冒頭のチェロの勇壮な第1主題を聴いただけで一瞬にして惹き込まれてしまいます。展開部に入っても、チェロとピアノの絡み合いが息つく間を与えません。曲は更に盛り上がってフィナーレに突入します。

第2楽章 スケルツォ、アレグロモルト イ短調。4分の3拍子。
チェロとピアノ共に鋭いリズムで切り裂くように奏でる精悍なスケルツォで大変に魅力的です。

第3楽章 アダージオ・カンタービレ-アレグロ・ヴィヴァーチェ
大らかな序奏部に始まり簡潔に終えると、直ぐに快活なアレグロに入り、音楽が疾走する中でチェロが優美な主題を大きく歌い上げます。これぞ正に『歌うアレグロ』の真骨頂ですが、このように勇壮でいながらも優美さを持つ音楽というのはベートーヴェンでなければちょっと書けません。聴き惚れているうちにあっという間にコーダに入り、チェロとピアノが白熱したまま堂々と曲が終わります。

CDを購入される際には、2枚のCDにまず5曲全てが収められていますので、もし好きなチェリストが全集を出して入れば、それを求められると良いと思います。そうでなければ第1番から第3番の1枚もの、あるいは第3番から第5番(このパターンは多いです)の1枚ものを求められれば宜しいです。

ということで愛聴盤のご紹介です。

028945301327 ピエール・フルニエ(Vc)、ヴィルヘルム・ケンプ(Pf)(1965年録音/グラモフォン盤) パリのプレイエル・ザールで行われたコンサートの全曲ライブ録音です。フルニエの素晴らしいテクニックと美しい音色が臨場感ある優れた録音で捉えられていて、共演するケンプのピアノも素晴らしく、両者による古典的な造形性を保つ極上の名演奏となっています。ライブでありながら演奏の完成度の高さは驚くほどで、これをリファレンスにするのには何の抵抗も有りません。第3番以外の曲も全て名演ですし、チェロとピアノの為の3曲の変奏曲作品も含まれていますので、これは是非とも全曲盤を座右に置かれて聴かれるべきです。

Bee-91m1jsqhll_ac_sl1500_ ジャクリーヌ・デュプレ(Vc)、ダニエル・バレンボイム(Pf)(1970年録音/EMI盤)この全曲のセッション録音が行われた当時、デュプレ25歳、バレンボイム28歳という若さでしたが両者の才能が溢れ出た素晴らしい演奏です。テンポは幾らかゆったり気味で、豊かな表情でスケール大きく歌い上げるデュプレのチェロがとにかく魅力的ですが、バレンボイムのサポートも不満有りません。古典的な造形性をはみ出しているわけでも何でもありませんが、やがて訪れるロマン派への憧憬が感じられます。リファレンスとしての完成度においてはフルニエに一日の長が有りますが、こちらもまた聴かれて損のない演奏だと思います。

Cla110616142 ダニール・シャフラン(Vc)、アントン・ギンズブルグ(Pf)(1971年録音/Venezia盤) シャフランはロストロポーヴィチと同時代の旧ソ連を代表する名チェリストで、1949年のブダペスト、1950年のプラハの二つのコンクールでどちらもロストロポーヴィチと共に優勝を分け合っていることからも実力が計り知れます。ヨーロッパやアメリカ、日本へもツアーを行い活躍しましたが、ロストロポーヴィチほど一般の知名度の高さは有りません。けれども名器アマティの太い低音と美しい高音で表情豊かに歌わせた、このスケール大きく素晴らしいベートーヴェンを聴きさえすれば誰しもが魅了されることと思います。ピアノのギンズブルグも優秀です。この全曲CDはロシアのマスターテープをリマスターしたものですので音は良いですし、バッハの無伴奏チェロ組曲全曲と組み合わされているのでお勧めなのですが、残念なことに既に廃盤ですので入手は難しいかもしれません。

Bee-celo ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ(Vc)、スヴャトスラフ・リヒテル(Pf)(1961年録音/フィリップス盤) もちろんこの曲でスラヴァの演奏を外すことは出来ません。フルニエ盤と双璧のベストセラーとなったディスクです。もっとも私は第3番以降しか持っていませんが、出来れば全曲盤で入手されると良いと思います。チェロとピアノが対等に渡り合うという点ではこの二人以上の組み合わせは無いかもしれません。正にがっぷり四つの力比べをしている感が有ります。随所にみられる激しい音のアタックは、さながら対決をしているかのようで、「優雅さ」よりは「真剣勝負」の印象が強いです。ですので聴き手によっては幾らか好みが分かれるかもしれません。

Bee-61hf0zvxagl_ac_ パブロ・カザルス(Vc)、ルドルフ・ゼルキン(Pf)(1953年録音/CBS盤) もうひとつは大巨匠カザルスのモノラル録音で、フランスのプラドにおけるカザルス音楽祭でのライブ録音です。これは第3番以降のみのディスクですが、1951年のペルピニャンの収録と合わせて全集としても出ています。カザルス晩年の演奏ですが、ゆったりとしたテンポで雄大なベートーヴェンを聴かせます。何か曲の大きさが一回りも二回りも大きくなったような貫禄が有ります。壮年期のゼルキンのピアノがまた実に立派で素晴らしいのですが、主役はあくまでもカザルスです。リファレンスには向きませんが、やはりこれも是非聴いておいて頂きたい演奏です。

Zap2_a2021420w 鈴木秀美(Vc)、小島芳子(Hf)(1996年録音/独ハルモニアムンディ盤) 別に古楽器が嫌いなわけでは無いのですが、モーツァルト以降の音楽はやはりモダン楽器演奏を好みます。というわけで1点だけは古楽器演奏盤です。なにも日本人だからなどという安っぽい基準でなく鈴木秀美は本当に凄い演奏家だと思いますし、ハンマーフリューゲルで共演する小島芳子もまた素晴らしいです。しかし、前述した錚々たる面々のモダン楽器の表現力と比べると楽器の限界を感じます。もっとも、その古雅な響きがピリオド楽器の魅力ではありますし、ここは無心で楽しむことにしましょう。

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ベートーヴェン(室内楽)」カテゴリの記事

コメント

おはようございます。
この曲は内容が短時間で凝縮されていて大好きです。中期ベト室内楽モダン楽器演奏ではフルニエやナットなど仏系やケンプも含め「あっさり系」が年々好きになっていくのは歳だからでしょうか? 今回は「あっさり系コメント」でした。

投稿: 犍陀多 | 2020年11月16日 (月) 09時39分

犍陀多さん、おはようございます。

うーん、あっさり系、こってり系どちらにも魅力は有りますね。
ラーメンもそうなのですが、色々な味の違いを楽しむのはいいですね。といって何でも好むわけでは有りませんが。
実は今、気に成る古楽演奏のCDを1枚取り寄せ中でして、聴後に追記しようと思ってはいます。

投稿: ハルくん | 2020年11月16日 (月) 10時36分

この曲は、愚生が接しました盤の中では、フルニエ&グルダのDG盤とロストロポーヴィチ&リヒテルのPHILIPS盤の一騎打ち的な、様相です。『何や、アンタもか?』と言うお声も聞こえて来そうなのですが、愚生が団扇を上げるタイプとしては、DG盤でございます。BBC放送のテープからの商品化と目される、デュ・プレ&バレンボイムもWarnerの格安輸入盤で最近聴き、上記二点に次ぐ内容との確信を得ました。皆様から、世評にはあまり上らないけれども、こんな佳演があるよ‥と言うような録音の御紹介を、期待致します。

投稿: リゴレットさん | 2020年11月17日 (火) 10時54分

リゴレットさん

フルニエはグルダ盤も定評ありますね。
フルニエとロストロポーヴィチの両者は永遠のライバルでしょう。
聴き手による好みは分かれるでしょうから他にも色々と面白い演奏が有ることと思います。

投稿: ハルくん | 2020年11月17日 (火) 17時08分

カザルスは、シュルホフ及びホルショフスキとの旧盤、ゼルキンとの新盤とも未だライブラリーに加えていない罰当たり者でありますけれども、何卒御海容のほど、願います。脱線ですが、ロストロ盤は外盤の『Duo・Series』での購入した次第ですが、同じPHILIPS原盤のジャンドロン&フランセの、VcとPfの為の変奏曲全三曲も収録して下さっている、大盤振る舞いですよ。

投稿: リゴレットさん | 2020年11月18日 (水) 12時50分

こんにちは。

それにしても、ベートーヴェンも室内楽では、交響曲などと違い、「本場の演奏家」という要素がさほど有難がられず重要視されてこなかったのは、考えてみれば不思議なことですね。

投稿: 犍陀多 | 2020年11月18日 (水) 15時32分

リゴレットさん

フルニエとケンプのDG盤にも変奏曲が3曲収録されています。こういうのは有難いですよね!

投稿: ハルくん | 2020年11月18日 (水) 17時58分

犍陀多さん、こんにちは。

戦前やモノラル時代にはドイツの演奏家の録音は多かったですけど、ステレオ時代に入ってから西ドイツの演奏家に大物がめっきり減りましたね。東ドイツには魅力的な人が結構居ましたが、肝心のレコードが西側諸国に余り流れて来ませんでした。

投稿: ハルくん | 2020年11月18日 (水) 18時05分

第二次世界大戦後の出身者にドイツ人の国際的な演奏家が輩出しない気味があるのは、ナチス・ドイツが教育上手な民族であるユダヤ人を、迫害、追放した為である‥と、お書きになっていたお方がいらっしゃいましたが、事実はどうなのでしょうね。

投稿: リゴレットさん | 2020年11月19日 (木) 02時48分

リゴレットさんのご指摘は演奏スタイルの変遷を考える際にも、重要なポイントでしょうね。

ナチス・ドイツの敗北・滅亡が新即物主義の復権、主流化を促し、例えば指揮者の解釈にしても、フルトヴェングラーのようなスケールの大きな表現主義的スタイルが好まれなくなった遠因に繋がっているかもしれないと思いました。

投稿: 犍陀多 | 2020年11月21日 (土) 10時03分

確かに大物が減ったのはユダヤ人の排斥の影響が考えられますね。
同時に演奏スタイルもスマートなタイプが好まれるようになりましたが、早い話インスタントなものが好まれる現代社会の姿なのでは無いでしょうか。便利な世の中は文化的には決して良いことばかりでは無いと思います。

投稿: ハルくん | 2020年11月21日 (土) 23時50分

>早い話インスタントなものが好まれる現代社会の姿

そう考えると、ベートーヴェンのメトロノーム数字に従い近頃流行だった、古楽器、ピリオド奏法系で60分前後の演奏時間の「第九」って、どう考えたらいいのでしょうね。
歴史で明らかになっていないミッシングリンクが多すぎて、皆目わからなくなってきました(笑)。

投稿: 犍陀多 | 2020年11月22日 (日) 06時36分

気付きませんでしたが、鈴木秀美(Vc)、小島芳子(Hf)盤のご感想を追加されたのですね!
鈴木秀美さんのチェロは過去何度か実演も聴きましたが、気品があって美しいですね!

但し、最近の鈴木雅明 & BCJの「第九」実演でも同じことを感じてしまったのですが、私が聴きたいと思う古楽演奏ではないことも確かです。

私が真に聴きたい古楽器でのベートーヴェンは、「伝統の音」として誉れが高いゲヴァントハウスとの系譜を実感させ、モダン楽器演奏とのミッシングリンクの穴を埋め、しかも気迫あふれる演奏なのですが、そんな古楽器演奏家はまだこの世には実在していないと思っています。

投稿: 犍陀多 | 2020年11月22日 (日) 12時13分

犍陀多さん

鈴木秀美も最近は指揮者の仕事がメインの様ですが、この人のチェロは素晴らしいと思います。バッハの無伴奏も師匠のビルスマ以上のように思います。

古楽器の演奏に本当に惹かれるのはせいぜいモーツァルト、ハイドン迄ですね。少なくとも現在は。

投稿: ハルくん | 2020年11月26日 (木) 16時53分

ハルくんさん、こんばんは。

話題戻りますが、昨年僕は、
「フルニエ/グルダ盤」
「ロストロポーヴィチ/リヒテル盤」
を買い求め、特に後者のバトルにはまりました。

僕は「哲学」と「競馬予想」と「音楽」のblogを展開しておりますが、チェロとピアノのためのソナタはyoutubeのリンクを貼って紹介しています。

思えば大変な時代になってしまったもので、blogに訪れる皆様のご無事を願っております。

投稿: kum | 2021年1月11日 (月) 22時28分

kumさん

「哲学」と「競馬予想」と「音楽」ですか。
ご趣味が巾広くて良いですね。

投稿: ハルくん | 2021年1月13日 (水) 22時49分

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