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2020年10月27日 (火)

ベートーヴェン ピアノ三重奏曲第7番 変ロ長調Op.97「大公」 名盤

Pianotriowoo38

ベートーヴェンはピアノ三重奏曲を全部で7曲書いていますが、第4番「街の歌」は、ヴァイオリンの代わりにクラリネットが入ります。その他にも編曲された作品も有りますが、一般的には7曲とされています。
その中で最も有名なのは第7番「大公」で、古今のピアノ三重奏曲の中でもチャイコフスキーの「偉大な芸術家の思い出」と並ぶ人気作品です。

この曲はベートーヴェンのパトロンであり弟子でもあったルドルフ大公に献呈されたために『大公』と呼ばれます。もしも豊臣秀吉に献呈されていれば『太閤』となりましたね。太閤さんもびっくり!でしょう。
などとお馬鹿な冗談はさておき、この曲は同じ頃に書かれた「エロイカ」の様な雄渾さと風格を持つ傑作です。構成も4楽章と大きいですし、正に「大公」の名に相応しいでしょう。また、三つの楽器が対等に競い合うように書かれているのも、それまでの古典派のピアノ・トリオ作品には余り見られなかった新しさです。

初演は1814年にウィーンのホテルで行われ、ベートーヴェンが自分でピアノを弾き、ヴァイオリンはイグナーツ・シュパンツィヒ、チェロはヨーゼフ・リンケが演奏しました。当時のベートーヴェンは既に難聴になっていたために、他の楽器が聞こえなくなるほど大きな音でピアノを弾いてしまい、必ずしも良い演奏では無かったと伝えられています。そして、これ以後はベートーヴェンが公の場でピアノを弾かなくなりました。

第1楽章 アレグロ・モデラート
「これぞベートーヴェン」という雄渾な主題がピアノで開始されると一瞬にして曲の虜となります。そしてヴァイオリンが続き、チェロのオブリガートがそれを支えます。その後は三者が様々に絡み合い、展開部を終えて終結部に入ると冒頭の主題が奏でられて華やかに終わります。

第2楽章 アレグロ
明るいスケルツォで、心が浮き浮きとするような喜びに満ちています。

第3楽章 アンダンテ・カンタービレ
変奏曲形式で、緩やかな旋律が魅力ですが、単に美しいというだけでなく、幸せな祈りをも感じさせて感動的です。

第4楽章 アレグロ・モデラート - プレスト
ロンド形式で、3連符が効果的に取り入れられていて、躍動感に満ち溢れていてフィナーレに相応しいです。

それでは愛聴盤をご紹介します。ただし所有数は多くありません。

41k7jnrndtl_ac_ アルフレッド・コルトー(Pf)、ジャック・ティボー(Vn)、パブロ・カザルス(Vc)(1928年録音/EMI盤) どうしてこの3人がよく「カザルス・トリオ」と呼ばれるのか不思議です。コルトー、ティボー、カザルス・トリオの最後だけを取ったのでしょうか。それに洒脱な演奏スタイルのコルトー、ティボーと真摯なカザルスとのイメージがどうも合わないのですが、ともかくこのトリオは長く演奏を行い多くの録音を残しました。「大公」はその代表盤です。昔から評論家諸氏により推薦されてきました。確かにこの豊かな表現力の至芸は現代の演奏家こそ見習うべきです。愛好家も一度は聴かないわけには行きません。もちろん音は古いですが、編成が小さいので耳に慣れればさほど気に成りません。

51a2_g3230821w ミエチスラフ・ホルショフスキー(Pf)、シャンドール・ヴェーグ(Vn)、パブロ・カザルス(Vc)(1958年録音/フィリップス盤) 実はカザルスはこの曲の録音を三種類残しました。最初のEMI盤以外はライブですが、これは3回目の録音でベートーヴェンの聖地ボンでのライブです。精神的な演奏家の代表が集まったかの面々で、カザルスの音楽にはこのメンバーの方がずっと合っています。果たして実にゆったりとスケールの大きな演奏で、楽しさには乏しいものの音楽の気宇の大きさにおいて比類が有りません。一切の力みや小賢しさを配した幽玄とも言える演奏で、3楽章から終楽章にかけての感動は計り知れません。3楽章の深淵さには言葉を失い、普通は楽しいだけに終わりがちな終楽章も別の曲の様に聞こえます。ステレオ録音ですし、年代とライブ収録の条件を考えると音質は大変優れています。

51cpuk1cnnl_ac_ ヴィルヘルム・ケンプ(Pf)、ヘンリク・シェリング(Vn)、ピエール・フルニエ(Vc)(1970年録音/グラモフォン盤) 良い意味で最もオーソドックスな秀演だと思います。3人はいずれもハッタリや癖の無い気品に溢れた演奏家で、其々共演する回数もとても多かったですし、確かな技術の裏付けと美音による調和のとれたアンサンブルの美しさたるや比類が有りません。ゆったりとした演奏から醸し出される格調の高さが出色です。この風格はやはりこれぞ「大公」です。従ってこの曲のリファレンスとしてベストの選択と思います。しかし余りに「出来過ぎ君」の優等生であるがゆえに、これだけを聴いていると、他の演奏も聴いてみたいと思うようになるかもしれません。

51jowh4x1il_ac_ ユージン・イストミン(Pf)、アイザック・スターン(Vn)、レナード・ローズ(Vc)(1965年録音/CBS盤) ドイツ・オーストリア的な意味でのオーソドックスさではシェリング達の演奏に一歩譲るかもしれませんが、堂々とした恰幅の良さではむしろ上回ります。円熟して落ち着いた大公ではなく、凛々しく若さある大公のイメージです。第1楽章の主題の輝かしさは如何ばかりでしょう。3人ともいわゆる奥行きのある名人芸ではありませんが、美音を持ち技術的にも大変優れます。聴いていて心が浮き浮きと楽しくなるようなこの演奏を好む方は多いと思います。ただ残念なのは評論家筋に取り上げているのを余り目にしたことが有りません。

51fsz4foo6l_ac_ ダニエル・バレンボイム(Pf)、ピンカス・ズーカーマン(Vn)、ジャクリーヌ・デュプレ(Vc)(1969年録音/EMI盤) 才能に溢れた若き面々によるトリオは幾つもの録音を残しましたが、ベートーヴェンのピアノ・トリオ全集も素晴らしい記録です。三者が其々豊かに歌い上げていますが、それが見事なハーモニーとして融合しています。躍動感に溢れる点でも随一ですし、聴いていて本当に楽しくなります。第1楽章の終結部など決め所での力感も素晴らしく印象的です。3楽章も枯れることなく幸福感一杯です。そして終楽章の生きたリズムによる楽しさや高揚感は白眉です。偉そうにした大公様では無く、少しも偉そうにしない好青年の大公というイメージです。こういうのも実に良いですね。

ということで、あくまでも個人的なお気に入りということをお断りすると、第一にホルショフスキー、ヴェーグ&カザルス盤、二番目がバレンボイム、ズーカーマン&デュプレ盤となります。

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ベートーヴェン(室内楽)」カテゴリの記事

コメント

ハルくん、今晩は。
この曲には思い出があります。小生も大学時代オーケストラをやってましてチェロを弾いてました。しかし受験まで何となくピアノもやっていてそっちの方が得意?でした。ある時学年は下で年はずっと上のチェロの大将が「Youのピアノ(チェロではなくて)と何かやりたいね」という話になり、ヴァイオリンの熱血ぼんぼんを誘いこの第一楽章をすることに、といっても当時はオケの練習場(道場の隣の掘立て小屋)にはピアノもありませんでした。そんなとき団友のある人から「ピアノがあるから家に来て練習したら」と言っていただき何回か練習を重ねました。そしてその方の結婚披露宴の余興で披露することに!
まあ若いころの度胸は底知れませんが、結構うまくまとまって、見知らぬ方からお褒めの言葉もいただきました。気障に言えばかけがえのない”青春時代の思い出”です。
CDはシェリング、フルニエ、ケンプの1枚のみですが、これは聴けば聴くほど味がにじみ出る名録音と思ってます。

投稿: ふうさん | 2020年10月28日 (水) 20時36分

こんばんは。

「大公」は、インマゼール(P)、ベス(vn) 、ビルスマ(vc)によるオリジナル楽器演奏でのCDを愛聴しています。

私見ですが、ピアノを伴う室内楽は、この曲に限らず、モダン楽器の演奏では、どうしてもピアノの音量が弦楽器などを圧倒してしまいバランスが悪く聞こえてしまうことが、実演を聴いた経験上、多いような気がしています(録音では多くの場合、その弊害は調整されている)。

ピアノを伴う室内楽は、音量バランスに関してだけは、オリジナル楽器での演奏の方が好ましいというのが、私の現時点での感想です。

投稿: 犍陀多 | 2020年10月29日 (木) 23時30分

ふうさん、こんばんは。

それは楽しい思い出ですね!
しかしピアノとチェロとをやられていたのですね。素晴らしい!

シェリング、フルニエ、ケンプ盤は正に王道ですね。なのでへそ曲がりの私は時々横道に反れたくなるのです。(笑)

投稿: ハルくん | 2020年11月 1日 (日) 00時06分

犍陀多さん、こんばんは。

モダンピアノは大ホールでオーケストラと渡り合うように設計されていますし、スタインウェイに至っては3000人のホールで演奏できるのがコンセプトです。
そもそも他の楽器とはエンクロージャーの大きさが違いますから、音量を張り合えば当然勝ってしまいますね。
それが実演上での問題ですが、室内楽の上手なピアニストは他の楽器との音量バランスを適切に取ります。あるピアニストは思い切り熱演しているように見せて、実は音を押さえているのだそうです。経験の浅い人ほど、ついつい強く弾いてしまうのですね。
私見では音量バランスを取るのが下手なピアニストが多い為だと思います。

投稿: ハルくん | 2020年11月 1日 (日) 00時22分

おはようございます。

すごいですね。演奏家には、当然ながら「役者」としての演技力も求められているわけですよね。感じてなくても〇〇っているふりをするとか(爆)

余談ですが、オーボエをやっている人間としては、音量コントロールがしやすいクラリネットが羨ましいと思うことがよくあります。ファゴット君も同意してくれそうです(笑)

投稿: 犍陀多 | 2020年11月 1日 (日) 09時07分

コメントを書き込んでから、何かモヤモヤしておりました。

ベートーヴェンの初演エピソードを読むにつけ、「思い切り熱演しているように見せて、実は音を押さえている」演奏というのは、ブラームスには相応しくても、ベートーヴェンの心意気には反していると確信してしまいました。

実演は、「バランスがなんぼのもんじゃい!!」という演奏のほうが、たとえアマチュアでも、下手でも、中期ベートーヴェンの曲では、私は大いに感動します。

録音でも、「出来過ぎ君」の優等生的演奏では物足りないです。

投稿: 犍陀多 | 2020年11月 2日 (月) 10時40分

犍陀多さん

誤解が有るといけませんが、抑えている(適切なコントロールをしている)のは音量だけの話で、没入した熱演には変わりません。いくらベートーヴェンでも相手の音をかき消すようなバランスを壊した演奏はプロの業では有りませんね。ベートーヴェンも自分の演奏評を聴いて弾かなくなったようですし。
しかしどのような演奏を好むかは聴き手の自由ですね。

投稿: ハルくん | 2020年11月 4日 (水) 13時19分

こんばんは。

「大公」のことをハルくん様のご意見から学び、改めて深く考え、先日から手持ちの音盤をいろいろと聴き直しました。結果、モダン楽器の録音では、ご紹介の中の、アルフレッド・コルトー(Pf)、ジャック・ティボー(Vn)、パブロ・カザルス(Vc)(1928年録音/EMI盤)の演奏が最も気に入りました。

マーラー:第6交響曲のことが気になったついでに、自らもチェロが弾け、アマチュアでオーケストラや室内楽演奏経験が豊富だった、作曲家 柴田南雄の古い著書「レコードつれづれぐさ」(音楽之友社)を十数年ぶりで読み返していたら、次のような趣旨の記載があり、現時点でのこの曲への私個人の感覚に近いところがあり、思わず膝を打ちました。

「ピアノ・トリオは、あくまで柄の大きい三人の競演できかせる曲種だ。対立や矛盾や違和感が魅力の源泉になっている珍しい曲種でもある訳で、昔のティボー、カザルス、コルトー(彼らの「大公!」)がその典型だった」 

(返信ご無用です)

投稿: 犍陀多 | 2020年11月14日 (土) 19時38分

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