ベートーヴェン ピアノ三重奏曲第7番 変ロ長調Op.97「大公」 名盤
この曲はベートーヴェンのパトロンであり弟子でもあったルドルフ大公に献呈されたために『大公』と呼ばれます。もしも豊臣秀吉に献呈されていれば『太閤』となりましたね。太閤さんもびっくり!でしょう。
などとお馬鹿な冗談はさておき、この曲は同じ頃に書かれた「エロイカ」の様な雄渾さと風格を持つ傑作です。構成も4楽章と大きいですし、正に「大公」の名に相応しいでしょう。また、三つの楽器が対等に競い合うように書かれているのも、それまでの古典派のピアノ・トリオ作品には余り見られなかった新しさです。
初演は1814年にウィーンのホテルで行われ、ベートーヴェンが自分でピアノを弾き、ヴァイオリンはイグナーツ・シュパンツィヒ、チェロはヨーゼフ・リンケが演奏しました。当時のベートーヴェンは既に難聴になっていたために、他の楽器が聞こえなくなるほど大きな音でピアノを弾いてしまい、必ずしも良い演奏では無かったと伝えられています。そして、これ以後はベートーヴェンが公の場でピアノを弾かなくなりました。
第1楽章 アレグロ・モデラート
「これぞベートーヴェン」という雄渾な主題がピアノで開始されると一瞬にして曲の虜となります。そしてヴァイオリンが続き、チェロのオブリガートがそれを支えます。その後は三者が様々に絡み合い、展開部を終えて終結部に入ると冒頭の主題が奏でられて華やかに終わります。
第2楽章 アレグロ
明るいスケルツォで、心が浮き浮きとするような喜びに満ちています。
第3楽章 アンダンテ・カンタービレ
変奏曲形式で、緩やかな旋律が魅力ですが、単に美しいというだけでなく、幸せな祈りをも感じさせて感動的です。
第4楽章 アレグロ・モデラート - プレスト
ロンド形式で、3連符が効果的に取り入れられていて、躍動感に満ち溢れていてフィナーレに相応しいです。
それでは愛聴盤をご紹介します。ただし所有数は多くありません。
アルフレッド・コルトー(Pf)、ジャック・ティボー(Vn)、パブロ・カザルス(Vc)(1928年録音/EMI盤) どうしてこの3人がよく「カザルス・トリオ」と呼ばれるのか不思議です。コルトー、ティボー、カザルス・トリオの最後だけを取ったのでしょうか。それに洒脱な演奏スタイルのコルトー、ティボーと真摯なカザルスとのイメージがどうも合わないのですが、ともかくこのトリオは長く演奏を行い多くの録音を残しました。「大公」はその代表盤です。昔から評論家諸氏により推薦されてきました。確かにこの豊かな表現力の至芸は現代の演奏家こそ見習うべきです。愛好家も一度は聴かないわけには行きません。もちろん音は古いですが、編成が小さいので耳に慣れればさほど気に成りません。
ミエチスラフ・ホルショフスキー(Pf)、シャンドール・ヴェーグ(Vn)、パブロ・カザルス(Vc)(1958年録音/フィリップス盤) 実はカザルスはこの曲の録音を三種類残しました。最初のEMI盤以外はライブですが、これは3回目の録音でベートーヴェンの聖地ボンでのライブです。精神的な演奏家の代表が集まったかの面々で、カザルスの音楽にはこのメンバーの方がずっと合っています。果たして実にゆったりとスケールの大きな演奏で、楽しさには乏しいものの音楽の気宇の大きさにおいて比類が有りません。一切の力みや小賢しさを配した幽玄とも言える演奏で、3楽章から終楽章にかけての感動は計り知れません。3楽章の深淵さには言葉を失い、普通は楽しいだけに終わりがちな終楽章も別の曲の様に聞こえます。ステレオ録音ですし、年代とライブ収録の条件を考えると音質は大変優れています。
ヴィルヘルム・ケンプ(Pf)、ヘンリク・シェリング(Vn)、ピエール・フルニエ(Vc)(1970年録音/グラモフォン盤) 良い意味で最もオーソドックスな秀演だと思います。3人はいずれもハッタリや癖の無い気品に溢れた演奏家で、其々共演する回数もとても多かったですし、確かな技術の裏付けと美音による調和のとれたアンサンブルの美しさたるや比類が有りません。ゆったりとした演奏から醸し出される格調の高さが出色です。この風格はやはりこれぞ「大公」です。従ってこの曲のリファレンスとしてベストの選択と思います。しかし余りに「出来過ぎ君」の優等生であるがゆえに、これだけを聴いていると、他の演奏も聴いてみたいと思うようになるかもしれません。
ユージン・イストミン(Pf)、アイザック・スターン(Vn)、レナード・ローズ(Vc)(1965年録音/CBS盤) ドイツ・オーストリア的な意味でのオーソドックスさではシェリング達の演奏に一歩譲るかもしれませんが、堂々とした恰幅の良さではむしろ上回ります。円熟して落ち着いた大公ではなく、凛々しく若さある大公のイメージです。第1楽章の主題の輝かしさは如何ばかりでしょう。3人ともいわゆる奥行きのある名人芸ではありませんが、美音を持ち技術的にも大変優れます。聴いていて心が浮き浮きと楽しくなるようなこの演奏を好む方は多いと思います。ただ残念なのは評論家筋に取り上げているのを余り目にしたことが有りません。
ダニエル・バレンボイム(Pf)、ピンカス・ズーカーマン(Vn)、ジャクリーヌ・デュプレ(Vc)(1969年録音/EMI盤) 才能に溢れた若き面々によるトリオは幾つもの録音を残しましたが、ベートーヴェンのピアノ・トリオ全集も素晴らしい記録です。三者が其々豊かに歌い上げていますが、それが見事なハーモニーとして融合しています。躍動感に溢れる点でも随一ですし、聴いていて本当に楽しくなります。第1楽章の終結部など決め所での力感も素晴らしく印象的です。3楽章も枯れることなく幸福感一杯です。そして終楽章の生きたリズムによる楽しさや高揚感は白眉です。偉そうにした大公様では無く、少しも偉そうにしない好青年の大公というイメージです。こういうのも実に良いですね。
ということで、あくまでも個人的なお気に入りということをお断りすると、第一にホルショフスキー、ヴェーグ&カザルス盤、二番目がバレンボイム、ズーカーマン&デュプレ盤となります。
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