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2020年9月

2020年9月15日 (火)

ベートーヴェン ピアノ協奏曲全集 名盤

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ベートーヴェンのピアノ協奏曲は一般に全5曲とされます。実はその他にも「ヴァイオリン協奏曲」のピアノ編曲版Op.62aや、管弦楽パートが未完の「ピアノ協奏曲ホ長調WoO 4」(第0番と呼ばれることも)、第1楽章の約25小節のみの「ピアノ協奏曲ニ長調(断章)」の草稿などが有りますが、正式には含められていません。

ベートーヴェンは1792年に生まれ故郷のボンからウィーンへ移り住みますが、その前後に、第1番から第3番までの3曲のピアノ協奏曲を作曲しました。そのうち第2番はボン時代に既に初稿が完成していたことから、第1番よりも早い作品となりますが、ウィーンに移ってから改定を行い、第1番と同じ年に出版されたことからこの2曲の作品番号が逆になってしまいました。2曲を比較してみると、第2番は楽曲の規模や楽器編成が第1番より小さいですし、ハイドンやモーツァルトの影響が強く感じられます。よりベートーヴェンらしいのは第1番です。ただ、第2番の魅力にも抗しがたく、特に第3楽章は心が浮き浮きする様な楽しい傑作です。

第3番になると、第1番、第2番から格段に飛躍を遂げた作品となります。当時寄贈を受けたエラール社製の新しいピアノも貢献して、その重量感ある音がベートーヴェンに素晴らしいインスピレーションを与えたと言われています。もちろん第4番、第5番「皇帝」は古今のピアノ協奏曲の不滅の傑作で、いまさら何をいわんやですね。

さて愛聴するⅭD全集ですが、大抵の場合「皇帝」「4番」をまずは聴いてみて、気に入ると全集を購入しています。けれど、どんな有名ピアニストであっても、ベートーヴェンの演奏として自分の好みに今一つ合わなかったりすると、「あのピアニストがどうして入っていないの?」と思われることも有るとは思います。
ともかくはご紹介致します。

410rqjyevvl__sl500_aa300_ ウイルヘルム・バックハウス独奏、シュミット=イッセルシュテット指揮ウィーン・フィル(1958-59年録音/DECCA盤) バックハウスの弾くベーゼンドルファーの深みのある美しい音と、‘50年代のウィーン・フィルの柔らかい音とが溶け合った響きがDECCAの優れたステレオ録音で残された素晴らしい全集です。中でも「皇帝」が最高ですが、1番から4番まですべての曲において立派で魅力的な演奏となっています。S=イッセルシュテットの指揮も含めて、更に豪快な演奏や、華麗な演奏であれば他にも求められるでしょうが、これほどベートーヴェンの真摯で誠実な音楽そのものを感じさせてくれる演奏は後にも先にも無いと思います。

41ploftjgjl__ac_ ヴィルヘルム・ケンプ独奏、ライトナー指揮ベルリン・フィル(1961年録音/グラモフォン盤) ケンプは同じドイツの巨匠のライバルであるバックハウスと比べて気品や優しさにおいては優りますが、男性的な強さという点ではどうしても劣ります。場合によっては幾らか「弱さ」を感じることが無いわけでは有りません。しかしこの全集ではライトナーがベルリン・フィルから如何にもドイツ的な厚い響きと堅牢な演奏を導き出していて、それを上手くカヴァーしています。5曲の中では4番、5番が特に聴き応え有りますが、1番、2番は手堅すぎて幾らか魅力の乏しさが感じられます。録音は良く、ピアノ、管弦楽ともに美しく録られています。

81ji3jgvqjl__ac_sl1500_ グレン・グールド独奏、ゴルシュマン指揮コロンビア響、バーンスタイン指揮コロンビア響/ニューヨーク・フィル、ストコフスキー指揮アメリカ響(1957年-66年録音/CBS盤) これは全集と言っても指揮者が三人で、録音時期も10年に渡りますので、初めから計画された全集ではありません。第2番のみがモノラル録音です。指揮者は第1番がゴルシュマン、第2番と第3番がバーンスタイン/コロンビア響、第4番がバーンスタイン/ニューヨーク・フィル、「皇帝」がストコフスキーです。テンポ設定が2番までが速く、3番以降が遅めなのは解釈でしょうが、元々ドイツ風でもウィーン風でも無く、統一感の無さも気にはなりません。あくまでもグールドの個性充満の演奏です。そういう意味では、これは凄く楽しめる全集です。

Baremboim ダニエル・バレンボイム独奏、クレンペラー指揮ニュー・フィルハーモニア管(1967-68年録音/EMI盤) 当時売り出し中のバレンボイムが巨匠クレンペラーと録音した全集です。両者の格の違いは明白で、どの曲もテンポが遅いのはクレンペラーが常に主導権を握っているからでしょう。バレンボイムも頑張ってはいますが、ほとんどの部分では明らかにモーツァルト向きのピアノで、ベートーヴェンの音としては物足りなさを感じます。そういう点では楽曲的に適した1番、2番は良いと思います。録音は聴き易いですが音の分離のはっきりしないEMIの典型的なものです。クレンペラーの交響曲全集と一緒になっている廉価BOXセットも有るので、そのコストパフォーマンスは高いです。

Emperar001 フリードリッヒ・グルダ独奏、シュタイン指揮ウィーン・フィル(1970年録音/DECCA盤) この録音当時のグルダの生き生きとして切れの良いピアノは、往年の巨匠の重厚な演奏とは異なり、非常に新鮮に感じられました。正に新時代のベートーヴェン演奏でした。それでいて、ウィーン音楽の伝統を感じさせるのが大きな魅力です。ホルスト・シュタインの指揮もウィーン・フィルから古典的な堅牢性を感じさせる実に堂々とした音を引き出しています。ウィーン・フィルは‘50年代のような陶酔的なまでに柔らかな音を失いはしましたが、他のオーケストラに比べればまだまだ群を抜いた美しさで、DECCAの優秀な録音がそれを忠実に捉えています。全曲ともムラの無い素晴らしい仕上がりです。

51ppoyult6l_ac_ マウリツィオ・ポリーニ独奏、ベーム/ヨッフム指揮ウィーン・フィル(1976-77、82年録音/グラモフォン盤) ポリーニの研ぎ澄まされた硬質の音と完璧な技巧が冴え渡っていた時期の録音で、一音一音の打鍵そのものに凄みを感じる魅力では第3番や「皇帝」に最大に発揮されますが、少々真面目過ぎるものの透徹したタッチで純度の高い第1番、2番も魅力的です。ベームの指揮に関しては貫禄充分で聴き応えが有り素晴らしいですが、ヨッフムも遜色有りません。ウィーン・フィルから引出されるフォルテの引き締まった迫力ある音と、美しくしなやかな音との弾き分けが実に見事です。この時代のグラモフォンの録音は安心して楽しめます。

272 ルドルフ・ゼルキン独奏、クーベリック指揮バイエルン放送響(1977年録音/オルフェオ盤) ゼルキン74歳の時にミュンヘンで行った全曲チクルスのライブです。セッション録音とは異なる、実演ならではの自在さが感じられるのが楽しいです。ゼルキンは若い頃の凄まじい切れ味こそ無くなりましたが、躍動感は相変わらずですし、そこに円熟味が加わり音楽を心から堪能させてくれます。真にドイツ的な演奏を聴かせてくれる僅かの巨匠ピアニストの一人と言えます。クーベリックの指揮もまた力強くサポートしていて素晴らしいです。第3番以降が聴き応え充分ですが、第2番も非常な名演です。放送局による優秀な録音ですが、豊かな残響でホールの臨場感に溢れています。

7fcd8540eb49a9220748ae0f70890ff4 クラウディオ・アラウ独奏、ディヴィス指揮シュターツカペレ・ドレスデン(1984、87年録音/フィリップス盤) どの曲も遅めのイン・テンポで少しも急がず慌てず、淡々と歩み行く演奏です。この時80歳を越えていたアラウは技巧の衰えなどどこ吹く風と、どこをとってもひたすら誠実に弾いていますが、最初から最後まで余りにも悠然としているのでやや退屈します。ディヴィスもそんなアラウにぴったりと付き合って居ますが、SKドレスデンの持つ古雅で柔らかく厚みのある響きは大きな魅力です。もっとも第1番、2番あたりでは楽想に対して恰幅が良すぎて逆に重たく感じられます。ファンにとってはそこがまた魅力なのでしょうけど。確かに第2番の2楽章などまるで別の曲の様に深い!

71csz0dey5l__ac_sl1400_ クリスティアン・ツィマーマン独奏、バーンスタイン指揮ウィーン・フィル(1989、91年録音/グラモフォン盤) ツィマーマンが30代半ばで録音した全集ですが、バーンスタインが急逝した為に第1番、2番は自ら弾き振りをしています。もちろんピアノ技巧には申し分無く、音も硬過ぎず、華麗過ぎずに美しいです。音楽に生命力、躍動感をとても感じますが、同時に造形性も合わせ持つのが素晴らしいです。バーンスタインはウィーン・フィルの美感を生かしていますが、ツィマーマンの弾き振りも見事で全く遜色は有りません。それにしてもウィーン・フィルの優雅な音には、他のどのオーケストラよりも魅力を感じます。どの曲も最高レベルであり、正に伝統と新しさのバランスが抜群の名全集だと思います。

41lxad4j66l__ac__20200915230501 マウリツィオ・ポリーニ独奏、アバド指揮ベルリン・フィル(1992年録音/グラモフォン盤) これはライブによる再録音です。ベーム、ヨッフムとの初めの全集は素晴らしかったですが、ピアノの硬質の音にベートーヴェンとしては好き嫌いが出たかもしれません。その点こちらの新盤ではライブのせいか、あるいはポリーニの円熟のせいか、ピアノのタッチや音色に温かみが増した印象です。あとは管弦楽の比較となり、アバドとベルリン・フィルは充分に素晴らしいものの、指揮者の芸格、楽団の音色においては旧盤に及びません。また第1番、2番が楽想に対してグラマラス気味と言えなくも有りません。ですのでトータル的には旧盤を好みます。

51uwabwfp5l__sx466_ アンドラーシュ・シフ独奏、ハイティンク指揮シュターツカペレ・ドレスデン(1996年録音/テルデック盤) シフが43歳の時の録音で、モダンピアノによる演奏ですが、奏法が端正で古典様式寄りの印象を受けます。ですので、古雅な音色を持ち、造形感に優れたSKドレスデンとの組み合わせがぴったりです。ハイティンクの指揮も自己主張をすることなくもっぱら合わせに徹していて正に適役です。第1番から第5番までの演奏の統一感が素晴らしく、過度にロマンティックなスタイルに抵抗のある人には最良の演奏だと思います。録音も派手さの無い、重心の低いアナログ録音を思わせる音造りが大変魅力的です。

81gvgswskcl__sl1400_ アルフレード・ブレンデル独奏、ラトル指揮ウィーン・フィル(1997年録音/フィリップス盤) ブレンデルの三度目の全集盤ですが、指揮者にEMIのラトルを起用したのは驚きでした。結果は大変に新鮮な演奏となりました。いつもながらラトルの譜面の細部の読み方は深く、頻繁に驚かされます。しかしそれが常套手段化していることからいささか鼻に付き、必ずしも感銘を受ける結果には結びつかないのは惜しいです。一方、ブレンデルは技巧的にも素晴らしいですが、それが若い頃のような分析的な演奏では無く、ベートーヴェンの音楽に熱く向かい合い、ウィーンの伝統に沿いながらも聴いていてワクワクするような面白さを感じます。第1番、2番においても非常に新鮮な名演となっています。

以上ですが、この中から一つだけマイ・フェイヴァリットを上げるとすれば、バックハウス/シュミット=イッセルシュテット盤を置いて他には考えられません。次点としてはグルダ/シュタイン盤です。更に上げればツィマーマン/バーンスタイン盤、ゼルキン/クーベリック盤、ブレンデル/ラトル盤あたりですが、番外としてグレン・グールド盤は外せません。さて皆さんのお好みは?

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