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2020年8月 6日 (木)

ドイツのニ大巨匠による「皇帝」ライブ盤 超名演


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ベートーヴェン生誕250年記念特集は続きます。今回はピアノ協奏曲第5番「皇帝」です。
この曲の名盤については既に「皇帝 名盤」「皇帝 女流名人戦」で書きましたが、今回は真にドイツ的なピアニストであるヴィルヘルム・バックハウスとハンス・リヒター=ハーザーという二大巨匠のライブ盤の聴き比べとしました。奇しくもこの二人は同じライプチッヒの生まれです。
但し、御二人の知名度にはだいぶ大きな差が有ると思います。1950年代から60年代のDECCAレーベルの看板ピアニストとして君臨したバックハウスと、フィリップスとEMIに録音を行ったものの余り重きを置かれなかった感のあるリヒター=ハーザーですので、遠い島国の日本ではバックハウスの知名度が圧倒的に勝るのは当然です。しかしリヒター=ハーザーは、数少ない録音からも『バックハウス以上にドイツ的』と言われる人が居るのが、あながち間違いでもないと思っています。
そこで「皇帝」という大名曲における二人の貴重な晩年のライブ盤を聴き比べてみます。しかもサポートする指揮者はそれぞれカイルベルトとザンデルリンクという、これまた真にドイツ的な大巨匠です。ワクワクする組み合わせですよね。

 

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ヴィルヘルム・バックハウス独奏、ヨーゼフ・カイルベルト指揮シュトゥットガルト放送響(1962年録音/TAHRA盤)

バックハウスの「皇帝」の録音は多く、最も標準的なDECCAのシュミット=イッシェルシュテットとのステレオ録音はいまだにマイ・フェイヴァリットとして君臨しています。クレメンス・クラウスとのモノラルの旧盤も良いですが、むしろライブ録音のショルティ/ケルン放送響(1959年)、シューリヒト/スイス・イタリア放送響(1961年)共演盤が素晴らしいです。そこでこのカイルベルトとの録音に成るわけですが、一言で言って最もドイツ的でスケールが大きいです。それが一番最後の録音だからなのか、共演指揮者との相性なのかは分かりません。基本テンポも幾らか遅めですが、それよりも間合いや音のタメ、大きなルバートなどが過去以上に大胆です。しかし恣意的な安っぽさなど微塵も感じられず、例えれば歌舞伎の名役者が見得を切るようなごく自然な腹芸だと言えます。そのうえ打鍵の確かさ(といっても機械的にという意味では無い)はこれがこの時78歳のピアニストかと驚くほどです。カイルベルトの指揮が同じように堂々たるものなので、なんでも昔、この録音が発売されたときに、指揮者がクナッパーツブッシュと間違えられていたそうです。それもなるほどと思わせるような凄い指揮ぶりです。当時のシュトゥットガルト放送響も超一流では有りませんが、充分にドイツ的な味を出しています。録音はモノラルで、頭の部分がややボケた印象なのはオリジナルテープの劣化かもしれませんが、それ以後はピアノもオーケストラも明瞭で生々しく芯の有る音に魅了されます。このディスクはDECCAのステレオ盤と並ぶマイ・フェイヴァリット盤となりました。なお、このディスクには同じ日に演奏されたブラームスの交響曲第4番が収められています。そちらは録音が幾らか不安定な個所が有りますし、演奏そのものも「皇帝」のほうがだいぶ格上です。ですのでジャケット写真はカイルベルトだけなのは残念です。

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ハンス・リヒター=ハーザー独奏、クルト・ザンデルリンク指揮デンマーク放送響(1980年録音/Kontrapunkt 盤)

リヒター・ハーザーは1912年生まれですので、実はバックハウスとは生まれた年が28年も差が有ります。ところが代表的なレコードのブラームスの協奏曲第2番が1958年の録音の為に、バックハウスの同曲のステレオ録音よりも古く、同じようなドイツの巨匠と印象付けられる原因となりました。この「皇帝」は68歳の時の録音です。打鍵、とくにフィンガリングの滑らかさはバックハウスよりも上ですが、両巨匠に共通するのは決して音が上滑りしないことです。ショパンなどを得意とするようなテクニシャンが弾くベートーヴェンはどうも音が上滑りする印象を受けます。その点この人のようなしっかりとした音で堂々と恰幅の良い演奏を聴かされてはこたえられません。ドイツ音楽の良さここに極まれりです。間合いや音のタメ具合はバックハウスの方がより強く感じますが、リヒター=ハーザーの貫禄も相当なものです。
この人には1960年にケルテスと組んでEMIに録音した「皇帝」が有り、それも既に素晴らしい演奏でした。けれども、これほど凄いドイツのピアニストがその後1960年代後半から70年代にレコード会社の商業ベースから外れてしまったのは大きな損失です。世は既にピアニスト新時代に入ってしまったからでしょうか。こうして超名演の演奏会が開かれていたのですから、ヨーロッパでは高い名声が有ったと思うのですが。共演をするザンデルリンクもまた真にドイツ的な指揮者でしたので、リヒター=ハーザーとの相性は最高です。オーケストラはデンマークのオケですが、この音楽の素晴らしい風格にはそれをしばし忘れます。当然バックハウスの録音とは比較にならないハイファイ録音なのも嬉しいです。ちなみにこのディスクは2枚組で、もう1枚はブラームスのピアノ協奏曲第1番です。これがまた同じような超名演です。ザンデルリンクはこの曲を得意にしていて、エレーヌ・グリモーとの正規盤以外にも、ラドゥ・ルプーとの非正規盤という超絶的な名盤が存在します。

このような名演奏を今も聴くことが出来る何という幸せ。
ドイツ音楽は永遠に不滅です!

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ベートーヴェン(協奏曲)」カテゴリの記事

コメント

ハルくんさん、こんばんは。

しばらくのあいだ、シベリウスの交響曲とブラームスの主に室内楽のページで勉強させてもらいました。

ハルくんがお元気そうで何よりです。
僕は今回のベートーヴェンの『皇帝』の記事をアップロードされた直後に拝見しました。

ヴィルヘルム・バックハウスというと、昨年処分したベートーヴェンのピアノソナタ全集のLPが全く値段が付かなかったのが残念でした。クラシックのLPは破棄したも同然でした。

僕は、ここに来られている方々に比べて遥かに勉強不足ですし、音楽を表現する述語にも乏しいので、良いことは言えませんが、個人的にはブラームスの室内楽、特にクラリネット五重奏、三重奏曲、ソナタやヴィオラソナタを聴いていると全然飽きません。難しい曲なのに晦渋ではなくなりました。詳しくは、よく聴くブラームスやシベリウスやあと、ドヴォルザークのページに書きます。

あと、ブログを始めたのでもし宜しかったらご覧になって下さい。クラシックの他にも、いろいろと書いてありますが、例えば、
『シベリウスの交響曲はフィンランドの血を引かないとダメ』
とか最近はよく分かるようになりました。

投稿: kum | 2020年8月 8日 (土) 00時50分

kumさん、こんにちは。
お元気そうでなによりです。

しかしバックハウスのベートーヴェンのピアノソナタ全集のLPがタダ同然とは悲しいです。
海外盤の初期盤などは驚くほどの高値になったりするというのに両極端ですね。

シベリウスの交響曲とブラームスの室内楽!
いいですね~♬
ブログも始められたのですね。拝見しました!
拙ブログのご紹介までして頂きまして光栄です。
後から読み返えしてみると、自分の嗜好がどう変化していったか思い出されて便利ですよ。

投稿: ハルくん | 2020年8月 9日 (日) 13時11分

ハルくんさん、こんばんは。

僕は、中学生の頃に、ヴィルヘルム・バックハウスピアノのモーツァルトピアノ協奏曲第27番を聴いて感動しました。それからまもなくベートーヴェンピアノソナタ全集<LP>を手に入れて、かなり聴き込みました。全ての曲が好きになれたわけではありませんが、32曲の中には忘れられない名演奏もありました。但し僕は聴き比べをしていないので、それ自体で何か批評できるものは少ないのです。

レコードは聴けなくなったので、仕方ありませんが、悪い物ではなかったので、よい値段で買ってもらえる方に引き取っていただきたかったです。

シベリウスの交響曲全集はハルくんさんの眼鏡に敵った物だけではありませんが、僕なりに消化して行くつもりです。

続きは他のページに書きます。

投稿: kum | 2020年8月 9日 (日) 23時37分

kumさん、こんにちは。

私はモーツァルトに開眼したのは大学生になってからでしたが、実はそのきっかけはバックハウス/ベームの協奏曲第27番でした。脳天に雷が落ちたようでしたね。
音楽の素晴らしさももちろんですが、演奏の素晴らしさが原因だと思います。
モーツァルト、ベートーヴェン、ブラームスに関しては本当にバックハウスは好きですね。

投稿: ハルくん | 2020年8月10日 (月) 12時04分

確か1982年頃に、RVC㈱がイタリアLaudis原盤の『伝説の名演』なるシリーズに、このバックハウス&カイルベルト盤が、クナの指揮表示で含まれて居たような‥。あのシリーズ、ハスキルの弾いたモーツァルトの何番かのピアノ協奏曲に、既出のDG原盤の物を紛れ込ませたり、随分いかがわしいものだったと、記憶しております。確かM新聞の社会欄に、『モーツァルトはだまされない!』なる見出しの記事掲載が在った筈ですよ。

投稿: リゴレットさん | 2020年8月11日 (火) 10時36分

リゴレットさん

このバックハウス&カイルベルト盤が、クナの指揮だと大々的に販売されて音楽専門誌でもそれで高い評価を受けたそうです。
人間のやることに間違いは付きものですが、せいぜい気を付けて貰いたいですよね。
しかしインチキの確信犯は許せませんね!

投稿: ハルくん | 2020年8月12日 (水) 12時51分

フルトヴェングラー指揮のベルリン・フィルのベートーヴェン『第8番ヘ長調』でも、日本フォノグラムから一枚物LPで出されたPC-4なる番号の演奏が、EMIのクリュイタンス&ベルリン・フィルを劣悪な音質に操作した、トンでもない紛い物でありました。この会社、アメリカOlympicなる所から原盤を買い、フルトヴェングラーのベートーヴェン交響曲全集を、SETC-7501~07のLPで出しておりましたが、東芝から発売済みのストックホルム・フィル盤を、スウェーデン国立管弦楽団の1940年のライヴと偽るわ‥これも『第8』ですね‥、『第2.』はドイツPolydorの、エーリッヒ・クライバー&ベルリン・シュターツオーパー管弦楽団のスタジオSPを、フルトヴェングラー指揮のベルリン・フィルと称し、全集に組み入れるわ、無茶苦茶でしたよ。この騒ぎ以降愚生の心には、出所不明なライヴと称する盤には、手を出さないでおこうと言う誓いが、生まれたのでした。

投稿: リゴレットさん | 2020年8月12日 (水) 19時44分

リゴレットさん

ありましたね。
フォノグラムから出た「8番」の演奏が素晴らしいと思いましたが、あとから判明したのがクリュイタンス盤だったということが。
ふざけた話でした。
でもクリュイタンスの素晴らしさを改めて認識したりして。。(笑)

投稿: ハルくん | 2020年8月16日 (日) 15時55分

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